オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE04. 未知の世界と戦力と支配者の気紛れ(1)

 満天の星々の瞬く空の上で、モモンガが冗談めいた世界征服をデミウルゴスへ呟いて、はや2日が経過していた。

 ナザリック地下大墳墓自体の偽装は終わり、マーレは早くも周辺の随分と広い草原への丘造成に着手していた。

 

「デートっ、デートっ、デートっ……」

 

 マーレはニコニコとそう呟きながら、支配者より与えられたこの大きな仕事を早く片付けるべく、異様とも思える頑張りを見せている。それは思わぬ波及効果を生んでいた。

 アルベドやシャルティア、アウラらが、主へ「重要度の高い仕事を自分にも」と詰め寄ってきたのだ。

 モモンガは、やる気を削ぐのは良くないだろうと配下達の折角の申し出を受ける。防衛体制が強化されたナザリックを、コキュートスとセバス以下戦闘メイドプレアデスらに守らせた。

 そして、アウラには遠方に見える山脈手前側へ広がる広大な森林部を含む北方を、デミウルゴスには東方を、アルベドには南方を、シャルティアには西方を調べさせる。

 モモンガは、高位の魔法等を使い隠密に徹するよう厳命し、まず周囲の半径70キロ程に渡る地理をまず詳細に把握することにした。

 もちろん、守護者には3体以上ずつ、最強のシモベを付けるように言い渡している。

 一方で、モモンガには常にプレアデスが2名と――ルベドが傍に控えていた。

 

 時間は昼を少し過ぎた辺り。ここは第十階層の玉座の間である。

 プレアデス達は直立にて警護する中、少し小柄のルベドだけはひざを抱えるようにモモンガの後方で(うずくま)っている。

 当初彼女の無礼さから、その場に居る金色巻き毛なソリュシャン・イプシロンと左目眼帯で桃色髪のシズ・デルタは「……ルベド……無礼」と咎めるも、モモンガは「それは捨て置け」と告げた。これは彼女の設定から来ているためだ。

 ルベドは納得してここに控えている訳ではない。姉であるアルベドに言われたまでだ。控えている以上の事はしたくなかった。姉から『直立で』と加えて言われていればそうしたかもしれないが。

 

(……なぜ、何故、ナゼ――断れなかった?)

 

 以前なら姉達の言葉ですら、姉妹以外の傍で警護せよと言われても断っただろう。しかし、今回はその対象が、至高の41人の一人、モモンガであったのだ。

 

(……)

 

 ルベドが悩むのは当然かもしれない。

 彼女の種族は、なぜか――最上級天使なのだから。ナザリックには僅かしかいない神聖系の頂点にいた。

 鎧も真っ白な衣装に輝かしい天使の輪を頭上に浮かべる彼女は今、神聖の証でもある真っ白い翼の羽を撫でている。

 

 モモンガは彼女を視野の片隅に収めつつ、『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』の調整をしていた。

 周辺地理把握の後に監視網の充実を図りたいと考えているモモンガは、それの一部に多数の『遠隔視の鏡』を採用しようと考えている。ただ、これは現状だと低位の対情報系魔法で簡単に阻害されるため、強化したものをと考え試行錯誤中である。

 

「(ふう)……よし」

 

 とりあえず、対情報系魔法の対応位階をなんとか3つ程あげてみた。ナザリックの管理システムと『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』からの補完調整により、第4位階の阻害魔法までは耐えられるはずである。

 パチパチと拍手が起こる。プレアデスの二名と脇に控えるメイドの三名だ。

 

「おめでとうございます、モモンガ様。流石でございます」

 

 ソリュシャンがにこやかに褒めてくれ、表情の少ないメカ少女であるシズも銃器を下ろして腋へ挟み、メイドとともに拍手しながらうんうんと頷いている。ルベドは興味が無さそうに一瞥くれていた。

 

「うむ。ありがとう、みんな。これは結構使えるはずだぞ」

 

 アイテム機能付加や付与は余りやっていなかったが、以前仲間がやっていたのを思いだし、書庫から手順書を探し出してきていたりする。

 配下が異様に頑張っている為、モモンガも少し前倒しで威厳を保つため必死になって頑張っていた。

 早速、アウラから昨日報告のあったナザリック南西側にある森近くの規模の小さい村を、手始めとして見てみることに。

 上空の高い位置からの俯瞰より、モモンガは報告通り小さな集落を見つけ、拡大していく。中央に広場が有り、人が蟻のようにワラワラと動いていた。

 

「……祭りか?」

 

 すると一瞥をくれていたルベドの目が見開かれ、突然立ち上がり寄って来る。

 

「違う。これは殺戮……」

 

 モモンガが拡大していくと、村内を縦横無尽に走る鎧を着た騎馬兵や騎士らが村人を槍や剣で淘汰していく様が見て取れた。引いた俯瞰光景では、村の周辺に規模の大きい軍団的部隊は確認出来ない。

 鏡に映る建物や、兵と村人の服装は古臭くすべて中世風。自動車のように近代的であるものは見えず、どうやら外は現代よりかなり古い時代の雰囲気だ。しかしこの殺戮は、病気、犯罪、見せしめの類だろうか。色々と理由が考えられた。

 

「ここ」

 

 無造作に近寄って来ていたルベドが前屈みになり、形の良い大きめの胸を彼の顔横すぐで揺らしつつ、指差す辺りをモモンガは拡大する。

 それは姉妹と思われる少女と幼い女の子が、手を取り合って抜き身の剣を握る鎧の騎士らから走って逃げる姿であった。少女は妹の手を引くだけで武器は何も持っていない。姉の少女は妹を庇うも、どう考えようと哀れだろう結末が見えていた。

 

「……姉妹に救いがないなんて――ありえない」

 

 そう言ったルベドの周囲の神気が異常に高まる。下位アンデッドには、それだけで結構有害だ。

 彼女の場合、重要なのは仲の良い『姉妹』である。人間とかはどうでも良かった。モモンガの傍を離れると、彼女は魔法の詠唱を始める。

 

「〈転移門(ゲート)〉」

「お、おい、待て。お前では間に合わないだろう」

 

 それに、この兵団らと考えなしに争えば、敵を作ることになる。それがもし強大で大規模となれば、まだまだ状況が分からないナザリックは、いきなり窮地に立つかもしれないのだ。

 モモンガの掛ける声に、腰ほどの長い紺色の綺麗な髪を揺らし振り返る、少し怒り顔のルベド。この子は神器級(ゴッズ)アイテム、聖剣シュトレト・ペインを手にするLv.100のNPCであるが、『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を装備していないため、直接ナザリックの外へ〈転移門〉を開くことは出来ない。更にここは玉座の間。『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』以外では〈転移門〉は開けない。

 

「……」

 

 一度目線を落としたルベドが、モモンガへ『姉妹を助けろ』と、その圧倒的に『美しい顔』から強い視線を送りジッと見詰めてくる。

 

「(はぁ……もはや止めるのは難しそうだ)しょうがないな。まあ、この世界の実戦で魔法を試すには丁度良いか。向こうは敵地だ。勝手は許さんぞ」

「分かった」

 

 ルベドは渋々だが、至高の者の言葉に従う。

 モモンガは玉座から立ち上がる。

 

「私も出る。シズは付いて来い」

「……了解……です」

「ソリュシャンはセバスへ非常事態の一報後、私の開けた転移門(ゲート)が閉じるまでここで見張りつつ待機しろ」

「畏まりました」

「――〈転移門(ゲート)〉」

 

 モモンガは、宙に浮く黄金の杖を手に取りながら急ぎ詠唱した。

 

 

 

 

 

「デートっ、デートっ、デートっ、……」

 

 鼻歌の調子で呟きはずっと流れている。

 敬愛する絶対的支配者からのご褒美が楽しみで、一刻も早く終えようとニコニコ顔のマーレは疲労も忘れ、黙々とダミーの丘の造成という重要任務を続けていた。だが、ふと現れた気配にたちまち気付く。気弱く見えるマーレだが、彼女の能力は姉をほぼ全てで凌いでおり、守護者ではシャルティアに次ぐ戦闘力を持っている。元々、『でも、男の娘はやっぱり強くなくちゃねっ』という考えが造物主にあったのだろう。

 

「マーレ様」

 

 そこにはセバスが立っていた。軽い礼のあと近くまで歩いて来る。

 

「どうしたんですか、セバスさん?」

 

 マーレは、作業を中断して彼を出迎えた。

 同列だが、目上であるセバスには敬称も付けている。彼女は身内への配慮や礼儀を欠かさない。ナザリック内でのシモベ達の上司にしたい好感度では、密かにNo.1の存在である。

 

「実は、先程モモンガ様が――緊急に出陣されました」

「えっ!?」

 

 マーレのにこやかだった表情が一変する。

 

「そ、それで?」

「一応なのですが、マーレ様には援軍を――」

「わ、分かりましたっ! 腕の立つ選りすぐりを直ぐに集め率いて向かいます! で、モモンガ様はどちらへ?」

 

 セバスから村の場所を聞くマーレの表情は、普段のおどおどしている雰囲気を感じさせない凛々しいものであった。

 話を聞き終わると、マーレは告げる。

 

「分かりました、セバスさん。では、失礼します! 〈転移(テレポーテーション)〉っ!」

 

 彼女は素早くナザリック地上部の中央霊廟正面出入り口へと移動し階層を降りて行く。

 ナザリック防衛のセバスは、彼女の〈転移〉を静かに礼で見送っていた。

 

 可愛いマーレにもその気持ちはあるのだ。

 敬愛する主の為には――『他の何を放ってもっ!』――という強い想いが。

 

 

 

 

 

 

「残念だな。奴隷にすれば高く売れそうだが――死ね」

 

 姉妹を、カルネ村の端の一角に追い詰めた三名の鎧を着た騎士のうち、先頭の一人がまずはと妹へ目掛けて勢いよく剣を振り下ろす。先程逃げる途中、激昂した農夫姿の姉から殴られた仕返しとばかりにである。

 

「ネムっ!」

 

 姉である褪せた感じの金色髪をした少女エンリ・エモットは、妹のネムを抱き締める様に倒れ込み庇う。

 

「うっ」

 

 彼女は妹の代わりにその背中を斬られてしまう。さらに「止めだ」と後ろから容赦なく告げてくる騎士らに、エンリはなんとか妹の逃げる時間だけは作ろうと、斬られた体で立ち上がろうと騎士達を睨むように振り返った。

 すると、騎士達は――何故かエンリの方ではない前方を向いていた。そして、彼らは呆然と呟く。

 

「な、なんだ、アレは」

「魔法か?」

 

 姉妹後方、空間の途中に浮かんだ闇のようなところから、黄金の杖を持つ巨体の人影が現れる。それは骸骨の顔と身体を持っていた。

 

「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

 落ち着きのある絶望的な重い声が響く。

 10位階ある魔法の中でも、第9位に属する非常に高位の魔法だ。それは相手の心臓を遠隔で直接握りつぶし即死させる。モモンガは、この世界の人間の強さが不明であるため、確実で得意とする強力な魔法をまず使用した。

 三人の騎士の先頭にいて、それを受けた者はあっけなく息絶える。

 モモンガは魔法が通用したことに少し安心する。一方、その転がる躯を見下ろしても、彼は何も感じない。

 

「そうか……(やはり肉体だけでなく心でも人間を止めたということか)」

 

 もし、これが通用しない場合は少女ら二人を攫い、〈転移門(ゲート)〉へ逃げ込むつもりであった。

 間もなく、骸骨顔のモモンガの後方両脇へ〈転移門〉から輝く天使の輪と美しく白い翼を持つコンパクトグラマーと言える最上級天使のルベドに、一抱えある射出武器のようなものを構え向ける戦闘メイドであるシズも現れる。

 

「……モモンガ様……シズ……前へ出て……〈電磁速射機関砲(レールガン)〉で……制圧する?」

「いや、シズよ、ここは私が戦おう。二人とも手を出すな」

「……了解……です」

「分かった」

 

 騎士らは、その組み合わせと存在が余りに夢物語のように異様過ぎるのか終始絶句している。

 

「……女子供は追い回すが、毛色の変わった途端に無理なのか?」

 

 異質すぎる三体の存在の中で、中央に立つ骸骨のその言葉を聞いても騎士らは、引きつった顔のままだ。

 モモンガは考える。先ほどの〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉はスキルまで総動員する魔法であった。それよりも少しランクを落として試してみようと。

 

「ふん、無理やりにでも付き合ってもらうぞ。――〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 竜の如く暴れる白い稲妻が伸ばした右腕の人差し指から、騎士らへ目掛け中空を貫く。突き抜ける雷を一瞬に浴びた騎士達は、命の糸が切れたためその場へ崩れ落ちる様に倒れていった。

 

「……弱い。こんな簡単に死ぬとは」

 

 〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉は第5位階魔法だ。〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉よりもかなり低位の魔法で、モモンガが殆ど使わなくなった水準。しかし、この程度で容易に死んでしまう者が相手であったと知ると、モモンガから緊張感が少し薄れた。

 とは言え、今の二名だけが弱かったのかとも考えられる。警戒感は高まる。油断して死ぬのは御免であった。

 そのために、実験と共に戦力増強を考える。

 

「――中位アンデッド作成、デス・ナイト」

 

 モモンガは自らの特殊技術(スキル)を解放した。それも――3体である。

 デス・ナイトは盾として重宝する。それは、1回だけどんな攻撃もHP1で受け切り耐えるというものだ。

 だが、この世界でこいつの出現過程がなかなか酷いようだ。ユグドラシルのゲーム内では、空中から湧き立つようにデス・ナイトは登場するが、ここでは黒い霧が広がると死体の騎士に溶け込み、ギクシャクした歪な動きの後にふらりと立ち上がると、気色悪い液体を吹きつつ異形へと大きく変形していく。そして死霊の騎士の容姿へと落ち着くのだ。身長はそれぞれ2・3メートルにもなっている。人と言うより獣の感じがする雰囲気だ。全身は黒い鎧で覆われ、鋭い棘状の突起が付き出している。ボロボロ風の漆黒のマントを纏い、装備は左手に巨大なタワーシールド、右手には1・3メートルもあるフランベルジェ。攻撃レベルは25程度とそれ程でもない。

 モモンガは三体の内の一体に、丁度新たにこちらへと向かって来た騎士を指差し命じる。

 

「この村を襲っている、あの鎧を着る連中のみを殺せ」

「オオオオァァァアアアーー!」

 

 支配者より命令を受けた喜びの咆哮を上げ、デス・ナイトが疾風のように駆け出し進み、目の前の騎士の胴体を剛剣にて真っ二つにすると、より先の敵へも襲い掛かっていった。

 

(すごい自由度だな……ユグドラシルではユーザーの周辺にいて、襲って来た敵とだけ戦うものだったのに)

 

 この時、転移門が制限時間により薄れ始める。その段階でソリュシャンもこちらへと現れると、門は間もなく消失した。戦闘メイドプレアデス達自身は、至高の者の盾となって散る存在だと思っている。なので、みな極力主へ付き従う。モモンガの後方には、これで三体の護衛が並び立っていた。

 漸く周辺が一段落ついたモモンガは、(うずくま)る姉妹へと静かに向き直る。

 

「さて」

 

 エンリとネムの姉妹は、目の前の異様を通り越す状況に動けないまま、エンリが妹を包み庇うようにしてその場へしゃがみ込んでいた。そして、巨体の骸骨から声を掛けられ二人ともガチガチと歯を鳴らして震え始める。彼女は思った。骸骨顔の者のその圧倒的風格に、綺麗な顔をし謎の機械を構える者らはともかく、美しい天使すらも従えている姿は伝説の『死の王』ではないかと。

 

(あぁ……騎士からは逃れられたけれど……間違いなく生贄にされる。私はどうなってもいい……何でもする。だけどせめてネムだけは、妹だけは助けてもらわないと……)

 

 だが、先程の騎士達を一瞬で殺した非情の手際や、死体を別物の配下に変える残忍な魔法――期待は果てしなく薄いだろうと思われた。

 そんな『死の王』がエンリ達へと手を伸ばしてきた。

 

「ひぃ、お、お姉ちゃんっ」

(く、食われる)

 

 余りの恐怖に、姉妹二人は失禁してしまう。

 

「(えぇぇっ? ……こ、これは、一体どうすれば)……」

 

 モモンガは、ただ怪我をしている姉を治そうと手を伸ばしただけであった。どうやら姉妹には、この姿に対しての恐怖がとんでもない事に気が付く。そのため、彼は別の方法を取った。

 エンリへと『死の王』が圧倒的に威厳を漂わせる声で直々に告げてくる。

 

「これを飲め、傷が治る」

 

 そう言って、赤い血のようにも見える液体の入った小瓶を彼女へと突き付けてきた。

 治療薬(ポーション)なのだろうか? だがそれは、エンリがこれまで見たり聞いたりしたことのない『赤い色』をしていた。彼女の知る治療薬は、常に青いものであった。

 

(――飲めば死ぬ)

 

 エンリの思考には、それしか浮かばなかった。しかしと、彼女は『死の王』へ嘆願する。

 

「飲みますっ。だから、妹だけは――」

「お姉ちゃん!」

「ごめんね、ネム。でも、貴方は生きて」

 

 妹のネムは姉の覚悟を感じ取り、姉を必死に止めようとする。姉は謝りながら、自らを犠牲にするべく瓶を取ろうとしていた。

 モモンガは……困惑してしまう。

 

(……完全に、飲めば死ぬ毒薬だと思われてるんだぁ……う~ん)

 

 本当なら、殺そうと襲い掛かってきていた騎士達から助けてあげれば、恩人だと涙を流して感謝してくれるのが当然の展開のはず。

 やはり、美味しい場面は――イケメンのみにしか許されないというのだろうか。骸骨はお呼びでないと……。

 姉妹のそんな様子に、ここでついにソリュシャンが姉妹達へ怒りを交えて告げる。

 

「至高の方の温情により、薬をお手から下賜されようとしているにもかかわらず、下等生物の分際で受け取らないとは。その罪、万死に値しますわ」

 

 シズも、魔銃である『死の銃(デスガン)』を構え銃口を姉妹へと向ける。それに対して、姉妹を守ろうとルベドが動く前にモモンガが叫ぶ。

 

「ま、待てっ。物事に行き違いはあるものだ」

「はっ」

「……了解……です」

 

 モモンガの言葉で、ソリュシャン達は引き下がる。

 プレアデス達の気持ちはありがたいが、姉妹を殺すとここへ来た目的が無くなる。それにルベドが、こんな敵地で勝手に暴れ出せばどうなるのか想像もつかない。

 姉妹達になんとか薬を飲んでもらうのが最良と言える。

 

「これは危険なものではない。治療の薬だ。早く飲んだ方がいい」

 

 モモンガは僅かに優しい口調だが、強い意志で告げた。

 

「妹の事をどうか――」

 

 早くしないとどうなるかという雰囲気を感じエンリは、そう言うと素早く瓶を受け取り迷わず一気に(あお)った。もう妹の為に、死ぬ覚悟は出来ていたから。

 しかし、彼女は当然死なない。切られた服ごと完全回復する。

 

「――えっ、うそ……」

 

 飲んだ直後、『本当に』傷は完治した。それも一瞬にである。

 エンリは、それが実際に薬であったことにまず驚いたが、それ以上に一瞬で治ったことで驚嘆していた。知り合いの友人でもある薬師は非常に優秀なのだが、そんな治療薬は彼からまだ聞いたことがない。

 とは言え、身体を捻って確認するも実際に全く痛みは感じない。皮膚の手触りも裂傷跡的な感触も皆無の様だ。

 

「どうだ、痛みはなくなったな?」

「は、はい」

 

 エンリはなぜ自分が生かされているのか分からず、しばしの間思考が固まる。

 対するモモンガは、エンリの回復によって新しい情報を得る。

 

(そうか、この世界の住民は、こんな下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)で完治するレベルなのか)

 

 アンデッドであるモモンガには毒物でしかない治療薬だが、ギルドの仲間にはアンデッドで無い者もいる。とは言え、Lv.100にもなればもはや自動回復の方が下級治療薬よりも圧倒的に大きく、これは随分長い間無用のアイテムとなっていたものだ。

 そして、モモンガは何気なく重要な事を少女に確認する。

 

「お前達は、魔法というものを知っているか?」

「は、はい、知っています。村に時々やって来る友人の薬師が魔法を使えます」

「そうか……(なら話は早い)私は、村が襲われているのを知って助けに来た――魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。分かるか?」

(えぇっ?!)

 

 エンリは一瞬、ずっと感じている伝説の『死の王』との落差から理解出来なかった。確かにアンデッドやバンパイアでも僅かとはいえ、人と暮らす気のいい者もいるという噂話は聞いた事がある。

 だが彼らは概ね素顔を、幻術や仮面などで隠しているのが常識であった。

 

「(それにどう考えても、普通は伝説や英雄譚のお話でしか知らない美しい天使なんて連れていない。きっとそういう事にしろって言うんだわ。でも、それだと本当に私達を殺す気はない……?)……は、はい、分かります。ただ知り合いにはいませんが。あ、あの失礼ですが……」

「なんだ?」

「街中で暮らすアンデッドの方々は、素顔を幻術や仮面などで隠す方が多いのですが」

「(――なにぃ?!)……」

 

 モモンガはしまったと気が付く。よくよく考えれば、人ではない今の姿にもっと気を使うべきであった。だが、部下の前でもあり、慌てずに繕う言葉を吐き出す。

 

「……そうであったな。良く教えてくれた。私は随分と久しぶりに地上へ出て来たのだ。では仮面で隠すとしよう」

 

 アイテムボックスから仮面を取り出し装着した。顔をすっぽりと覆うタイプでバリ島のランダやバロンのマスクに似ている。これは、クリスマスイブの夜にユグドラシルへログインしている『寂しい連中』しか手に入れられない呪われた逸品――略称、嫉妬マスクだ。

 さらに、筋力を増大させるだけの能力しかない外装の籠手(ガントレット)『イルアン・グライベル』も装着し、胸元も閉じ全身から骸骨の姿を消した。

 そしてついでに、ルベドの天使の輪と、翼を不可視化するように言い渡す。ルベドは渋々だが至高の者の指示に従う。

 

「これでどうだ? 不自然はあるまい」

「は、はい。大丈夫だと思います」

「うむ。あ……先ほどの姿の事と、後ろの連れについては――」

 

 エンリは、思わず叫んでいた。妹のネムも続く。

 

「絶対に誰にも言いませんっ! この命を掛けて誓います」

「誓いますっ」

 

 後方にいたソリュシャンがモモンガへ「やはり記憶を書き換えるべきでは?」と囁く。

 彼も初めはそう考えたが、「いや、止めておこう」と小さく返しこの場は見送った。

 そうしてモモンガは、姉妹達へと魔法を唱える。

 

「〈乾燥洗浄(ドライ・クリーニング)〉、〈生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)〉、〈矢守りの(ウォール・オブ・プロテクショ)障壁(ンフロムアローズ)〉」

 

 身綺麗にされたあと、姉妹を中心に大きな半球が重なるように微光を放つ。

 姉妹は驚くと共に、エンリは乙女として顔を赤らめてしまう。先ほどの粗相による不快感が臭いと共に完全消滅したが、それに気付かれ、さり気なく気を使われたという羞恥心が膨れ上がる。

 

「生物を通さない守りの魔法と、射撃攻撃を阻害する魔法だ。そこに居れば大抵は安全のはず。あとこれをくれてやろう」

 

 加えて、モモンガは少し見すぼらしい角笛を取り出し、守りの中へ軽く放り投げる。

 

「それはゴブリン将軍の角笛と言われるアイテムで、吹けばゴブリンの一団がお前に従うべく姿を見せるはずだ。それを使って身を守ると良い」

 

 モモンガが昔に使った時には、低位のゴブリンが二十体程現れた程度のゴミアイテムだ。なぜ破棄していなかったのかと思うほどだが、先程の騎士相手なら十分以上に対抗できるだろう。

 姉妹に告げ終るとモモンガは背を向け、配下を引き連れて先行したデス・ナイトを探しに行こうとする。目的の姉妹は助けたのだ。あとは、村を襲い姉妹へ更に危害を及ぼす恐れのある騎士達を鏖殺するだけである。

 そんな彼の姿に、エンリは忘れていたとても大切である事を思い出し、慌てて正座のように両膝を地に付いて礼を述べる。

 

「あ、あの、助けてくださって、ありがとうございます!」

「ありがとうございますっ」

 

 妹のネムも姉に倣い礼を告げた。

 モモンガが振り返ると、姉の少女は目尻に涙を浮かべつつ感謝の表情を浮かべていた。彼は決まり文句を口にする。

 

「……気にするな」

 

 だが今、エンリは更に彼へと縋らなければならなかった。彼しかいないのである。

 

「あ、あと、図々しいことは分かっていますが、でも、貴方様しか頼れる方がいないんです! どうか、どうか! お父さんとお母さんを助けてくださいっ」

「助けてくださいっ!」

 

 妹のネムもハッとし、両親救助を姉に続き必死に懇願してきた。

 

「了解した。まだ生きていれば助けよう」

 

 モモンガは軽くだが約束する。

 エンリはその『助ける』という言葉に目を大きく見開いていた。

 

(この方は……恐れる対象ではなく、救世主たるお方?)

 

 先程、彼は騎士達を非情といえる形であっさりと殺している。

 だが良く考えると騎士達は、平和に暮らしていた罪無きこの村を、いきなり襲ってきた憎むべき凶悪な連中に過ぎないのだ。

 それに対してこの方は、見た目こそ骸骨のアンデッドという究極的に死や恐怖の姿をしてはあるが、終始礼儀正しく恥ずかしくも過分に気も使ってもらい、そして間違いなく自分達姉妹を手厚く助けてくれていた。

 どちらが慕うべき正義かは考えるまでもない。

 彼女の頭は、信仰に近い感謝と敬意が芽生え自然に下がっていく。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

 

 そんな彼の名前を、エンリは聞いておきたいと思った。決意にごくりと喉が鳴る。

 

「あの……私はエンリ・エモットと申します。よ、宜しければお名前をお教えいただけないでしょうか?」

「名前か……」

 

 一人の少女に名を改めて聞かれた瞬間、彼の思考に思いが巡る。

 モモンガは、ここで単なるHN(ハンドルネーム)を告げるのは違う気がした。彼はこの世界でユグドラシルの仲間を広く探そうとしている。

 

(そうだな……)

 

 それには――知名度も必要であった。彼は敢えて名乗る。

 

 

 

「我が名を知るが良い、我こそが――アインズ・ウール・ゴウンである」

 

 

 




ルベドは不明な点だらけで、完全に設定捏造です。
シズの銃も詳細不明。
こうだったらいいなぁと(笑

補足)本作中での距離感
本作では王都とエ・ランテルまでが300キロ程とみています。



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