オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

38 / 49
注)不快になる冷徹で胸糞な雰囲気が一瞬だけあります。
注)凄く長いです(9万字)


STAGE38. 支配者失望する/新タナル計画/フ-ル躍動(12)

 

「えっ、休暇?」

 

 

 それは、絶対的支配者アインズ様のお言葉――

 

 『お前達の懸命なる働きを思えば、私 に 休 ん で い る 暇 は な い』

 

 ――を聞き、()()()()衝撃を受けたアルベドが数時間、第五階層で()()()()()呆然と立ち尽くしたのちに少し悩んだ末、これをナザリック全体の緊急問題として、バーから第七階層の赤熱神殿へと戻って来たデミウルゴスへ相談に訪れた時の事。

 無論、建前は『至高の御方のお体を心配して』だ。

 すると、赤熱神殿内で赤暗い溶岩光の灯る執務室の中央にあるテーブルを挟み、向かい合うソファーへ座るアルベドを前に、彼女の前後の話も加えて少しの間考えた、当代の大天才で最上位悪魔のデミウルゴスは「休暇ですね」と提案したのだ。

 彼の言葉でアルベドはスッと概ね全容を理解した。

 

「私達にですか?」

「そうです。ナザリックの我々が忙しいということで、至高の御方がお休み出来ないとの事ですから、臣下に暇がある事をご理解頂き堂々と御休息頂くのです」

 

 しかしアルベドは即時に反論する。

 

「私達にとって、仕事が出来ない休暇は――酷い罰ではないですか! 到底受け入れられません」

 

 すでに連続2日も強制休養を受けたことのある彼女の言葉には、実感がとても籠っていた……。

 だが、それに対してデミウルゴスは燦然と言い放つ。

 

 

 

「アルベド。――我々臣下がこの身を()()()()()()()へと差し出してでも、アインズ様には大切なお体を休めて頂くという気概が無くてどうしますかっ?」

 

 

 

「――――っ!! そうだわ……確かにあなたの言う通りだわっ」

 

 主の為に()()になれる。そしてご休憩時間も作れる……一石二鳥のこの妙案にアルベドは恍惚の表情を浮かべた。

 

(くふ――――っ!)

 

 ここで悦のまま40秒程経過。

 

「……ハッ?!(こうしちゃいられないっ)」

 

 守護者統括の彼女は、骨細工の並んだ執務室のソファーから勢いよく立ち上がると、直ちに第四、第八、及びこの直後に現地から報告の〈伝言(メッセージ)〉で連絡が取れ了承したセバスを除く階層守護者を、第九階層の戦略会議室へ招集した。

 会議の場には、アインズから朝までナザリックへ姉妹での滞在を許されたマーレも参加。

 アルベドの20分にも及んだ長い一節での説明の最後を飾り、もっともである熱弁がここで冴える。

 

「――いいですか? アインズ様は、私達が暇でいる姿を見せない事から頑張り過ぎておられますっ。私達が枷になってはいけません。だから今こそ、あの方の忠実なる臣下として決断しましょうっ。たとえ――我々にとって、辛く身を切って()()()()()という“休暇”を取ることになろうともです!」

 

「あぁぁそんな……でも、分かったでありんす!」

「オオォッ、ナント厳シイ……。ダガ従オウ」

「辛いけど、勿論賛成っ!」

「ぼ、僕もっ」

「異論ありません。賛成ですね」

 

 至高の御方の為という話であれば、異を唱える者など存在しないのだ。

 また、アルベドは不満を最小限に抑えるべく、当然()の言葉も用意していた。

 

「安心しなさい。無論、仕事量はこれまで以上に(こな)してもらいますから」

「「「おぉー」」」

 

 総量で御方へ貢献出来るとあって、皆に安堵の溜息が漏れる。

 全員の同意を受け、部屋の中央よりやや奥に置かれた、大きく黒き会議テーブルの上座左横の席から、アルベドは立ち上がる。

 

「まだ、それぞれ配下のシモベ達への通達はありますが……まず、ここで決定します。私達は――“ローテーションによる休暇制度”を配下達の分も含め取り纏め、その導入をアインズ様へ具申します。全ては偉大なる至高の御方、アインズ様の為にっ! アインズ・ウール・ゴウン様万歳っ!」

 

 彼女の鋭く挙げた両手に続き、皆も立ち上がり両手と三唱の声が共にあがる。

 

「「「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳! アインズ・ウール・ゴウン様万歳! アインズ・ウール・ゴウン様万歳ーーっ!」」」」」

 

 凄まじい忠誠心と団結力を見せる階層守護者達の面々であった……。

 こうして、いきなりの予想外といえるナザリック休暇推進計画が、NPCとシモベ達主導でここに立ち上がったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、彼等の(あるじ)であるアインズは当然、ナザリック地下大墳墓の可愛いNPC達の新しい動きについて、まだ全く知らない。

 そんな彼は、漆黒の戦士モモンとしてエ・ランテル冒険者組合の王都での『遠征現地確認点呼日』とされた翌朝を迎える。

 王都の中央交差点広場から歩いて7分程の所に建つ、この地では些か上等といえる5階建ての滞在宿の4階借り部屋にて、ベッド脇の窓から差し込む朝の陽射しをモモンは受けていた。

 今日は白金(プラチナ)級冒険者チーム『漆黒』としてあの公園に行かなければならない。

 マーベロが隣のベッドへちょこんと遠慮気味に座り、モモンからの指示を可愛い瞳の輝きで待ち侘びている。不可視化中のパンドラズ・アクターも白塗りの壁際で待機していた。

 

 昨日、絶対的支配者はルベドの一件のあと夕食に続きお茶会までを皆と宮殿にて過ごし、ユリとツアレが片付けで奥の家事室へ下がった折に、マーベロ不在のこの部屋まで一度戻ってきている。

 パンドラズ・アクターと魔法を使った知識の共有をするためだ。それは〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉に近い。

 

「じゃあ、始めるか。〈記憶共有(シェア・メモリー)〉」

 

 ユグドラシルでは、条件が揃ったユーザー同士なら未踏破でも一部の情報に限り、同水準までコピーで合わせることが出来た機能。〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉ではそれを閲覧し、(ダミー)や全く違う情報に書き換えることが出来た。耐性や制限がないと攻撃を受けた瞬間は、どこの知識情報が書き替えられたのか分からないという嫌な魔法といえる。

 この新世界では、どちらもダイレクトに記憶へのアクセスが可能みたいだ……。アインズは実験的にパンドラズ・アクターとのみ局所記憶に限り数回〈記憶共有(シェア・メモリー)〉を行なっている。

 パンドラズ・アクター側からは、アインザックらと馬車で回った『竜王国救援』とその先発隊について、近隣三都市の冒険者組合代表格らとの会合の様子を得る。アインズ側からは、モモンとしてクレマンティーヌとその兄抹殺にかかわるやり取りをパンドラズ・アクターへ伝えた。

 『竜王国救援』の件では、すでに最大の難関と言えた王都冒険者組合長が動いているため、予想通りに他からは良い感触であった。当たり前だが、一介の冒険者モモンらと王都冒険者組合長の言葉とでは重みと説得力が全然違うのだ。ただ、あくまでも『竜王軍団の撃退』の後の話だが……。

 そのパンドラズ・アクターとの情報のやりとりの最後の辺りで、(シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』のルクルットがふらりと、明日の点呼日に御一緒しないかと確認でやって来た。点呼時間は午前9時から午後5時と幅があったからだ。

 『漆黒の剣』の彼等も食事を終えた後みたいで既に午後8時を回っており、ここへの距離も2キロ以上あったので、女の子のニニャではなく彼が来ていた。仲間から大事にされている事が窺える。

 

「じゃあー、朝の10時頃ってことでー?」

「ええ、それぐらいかな」

 

 ルクルットの最終確認にモモンがそう答えると、宿屋の前まで出ていた鎧の戦士へ片手を上げ、笑顔で野伏の彼は去って行った。

 夜でもあり、横に不在のマーベロへの不信感は持たれていない様子。偶にこういった状況が起こるため、モモンとマーベロは揃っている必要があるのだ。

 ほどなく部屋にて、パンドラズ・アクターと知識の共有が終ったアインズは再び王城へと戻り、午前0時前から第三王女ラナーとの深夜会談に臨んでいる。それはまた思わぬ方向へと動いてゆくが(詳細はのちほどで)。

 更にアインズは夜中にナザリックを訪れて、日課のアンデッド作成と支配者執務室で雑務を行なっている。しかし、それはNPC達の例の会合が終わった後の時間であった……。

 そうして日が昇る前頃、ナザリックからマーレと共にこの冒険者チーム『漆黒』としての宿屋へと戻って来た。

 合流したマーレであるが、先のナザリック休暇推進計画については現時点での体裁が整っていない事も有り、アインズへの報告には至っていない。彼女にはその前に、クレマンティーヌから伝えられたスレイン法国関連やズーラーノーンの情報にかかわるレポート提出が優先されていて出発前にそれが終わったところだ。それにモモンガ様へ披露する踊りの稽古の件もあった。

 

(モモンガさまに……喜んで頂けるかな。えへへ)

 

 姉アウラとの練習で息の合った踊りを頭の中で反芻しながら、アインズの姿を見詰めているマーレ。

 その様子を『手持ち無沙汰』と思ったモモンは、自身も()()()()や色々と考える事もあり、ふと誘う。

 

「マーベロ、少し街を歩こうか?」

「は、はい」

 

 モモンは朝日の差す窓辺から離れると、腰掛けるベッドからすっくと立ち上がりキラキラの瞳でテテテと寄って来たマーベロと手を繋ぎ、時間つぶしも兼ねて一度朝の王都へと宿の階段を降り外へと散歩に出かける。

 ここは中心地の中央交差点大広場に近く、石畳の大通りは大きい店ばかりであり、朝の6時過ぎではまだ全て閉まっていた。二人は2つほど入った裏通りを進む。

 赤レンガ敷きや砂利へと変わった道を歩いた。両側にはびっしりと店は並ぶが、大通りに比べればかなり規模が小さめの店へと移る。

 その中にはパン屋なども多く、下準備や朝食向けに先程から開店している店もあった。これらの店は午後3時頃には早仕舞いし、翌日に備えるのだ。

 モモン達は、更に奥の通りに入るが店の並ぶ賑やかさは変わらない。流石、人口100万を超える巨大都市といえる。

 アインズ達が作ろうとしている新小都市は、城塞性が少し高い。

 しかし、繁華街や居住区を巨大に階層化するという、現代思考の要素を取り入れ経済面にも配慮したものが建設される予定だ。故に外周壁の高さは脅威の50メートル超え。

 もちろん大火災にも対応する様、耐火性の高い総石造りや消火槽に防火壁までも有している。

 新小都市の計画をあれこれ思い出しながら、モモンはマーベロと歩を進めた。

 そのとき王都中心地から1キロ程離れた道の途中でスラム街風の地区があった。そこを貫き通る道の入口から奥が垣間見える。日当たりの悪い湿気た雰囲気のうえ、ゴミ溜めの如き状況の場所だ。夏に近いため、壁に背を付け(うずくま)っていたり、ボロ布を敷いて路上で眠る者も多い。

 エ・ランテルでは週に数回スープが無料で振る舞われていたり、その対価で自主清掃が行われていたりと随分マシだった気もする。

 しかしここは、見た目の様子からそういった慈善の手は感じない。単に都市から捨てられ、悪意も渦巻く場所だ。国王のいる王都がこの有り様では、エ・ランテルが異質という事だろう。もしかすると、地下犯罪組織『八本指』の影響かもしれない。

 入口前を颯爽と素晴らしい装備で過ぎてゆくモモン達の姿。それを、ひとえに眩しいモノだと虚ろで澱む視線が一斉に追うのを感じた。

 モモンとマーベロはそれらを気にすることなく、ただ通り過ぎる。

 全ての事象に優劣強弱はソンザイする。それは不動の摂理。ましてやここは他国の都市。

 それらの事を最強者が一々気にしても仕方がないのだ。

 

 でも――我らの新小都市内では存在しない場所にしたいなと、絶対的支配者は考えていた……。

 

 午前7時半頃から外で朝食を済ませると、不可視化中のパンドラズ・アクターも連れたモモン達は8時頃に宿部屋へ戻る。

 そこでモモンは、アインズのなるべく落ち着いた声で、王城のユリへ『重大な事』を確認する。

 

「〈伝言(メッセージ)〉。ユリよ、今大丈夫か?」

『はい。丁度今、私だけが家事室にいますので』

「そうか。変わったことはないか?」

 

 協力者とはいえ()()()()()があり、アインズは一応確認した。

 

『特に動きは。それで例の件ですが、宮殿内ではまだ――王国戦士長様に会えておりません』

「うーむ。では、戦士長殿に例の件を直接頼みに、騎馬隊の詰所まで行って来てくれ」

『畏まりました、アインズ様』

「頼んだぞ、ではな」

 

 そう言って、モモンは通話を手短に切った。

 気持ち的にはアインズが、直接ガゼフのところへ行って頼みたいほどの急ぎでもある話なのだ。

 しかし、アインズは王家の客人でゴウン家の主の立場。そしてまず、周りに違和感や焦りを感じさせる動きは避けたいこともあった。

 だから形式上、使用人としてのユリに頼んでいたのだ。

 

 そのロ・レンテ城内側のユリはソリュシャンへと自身の外出を告げると、急ぎ主の命に従い宮殿を出て、広い城内の西側城壁付近にある王国戦士騎馬隊の屯所へとやって来る。

 昨日、馬車に思い切り轢かれた戦士長を運び込んだ場所でもあり、迷うことなく辿り着いていた。

 時刻は午前8時15分。

 幸いなことにまだガゼフは、空き時間で詰所の外にて剣の手入れをしていた。

 

「ストロノーフ様」

 

 その聞き違うことのない、愛すべき美しくも突然のユリの声にぎょっとするほど驚き、目を見開いて顔を上げ向けるガゼフ。

 彼は昨晩もよくよく考え、昨日の失態をとても気にしていたのだ。

 本来、誘ったご婦人を宮殿の部屋まで送り届けるのは男のマナー。それを成す前に、己は馬車で勝手に轢かれたうえでベッドへまで運んでもらうというトンデモナイ迷惑を掛けてしまっており、剣を布で拭く手と身体が固まる。

 しかし、礼儀的にも黙っている訳にはいかない。

 

「……これは、ユリ・アルファ殿。昨日は大変失礼で無様なところを……」

「い、いえ、私は気にしておりません。それよりもお怪我がなくて本当になによりです。でも……(護衛対象だったのに申し訳なく、アインズ様の客人の身体が壊れてないか)その心配で……」

「(――!? こ、これはっ)……」

 

 ユリの凄く心の籠る言葉に、ガゼフの見開かれた目が更にカッと開かれた。

 どう聞いても――心配を告げる内容ではないかっ。

 

 愛ゆえに?

 

 ガゼフは歓喜で僅かに震えが来ていた。なぜならアインズの命で来たという事象をまだ知らないため、心配のあまり様子を見に来てくれたのだと信じ切る。

 対して善の心を持つユリは、本来護衛する対象であり、轢かれたのは自分の失敗という気持ちだ。それを、気にしないはずもなく、戦士長へ随分申し訳ないという心境。

 それに、今は新しい主からの急ぎの命も受けており、頼む相手としてもガゼフを気遣う流れが出来ていた……。

 ガゼフはユリの心配を振り払うために、剣を置き立ち上がると元気に伝える。

 

「ユリ・アルファ殿は何も気に病む事はありません。すべては不注意だった私の責任ですから。そして、ここまでわざわざ運んで頂いた。感謝しています。私に何か出来る事が有れば、気楽に申し付けてください」

 

 ガゼフが真摯で紳士に振る舞う人物で良かったと言える。仮にフューリス男爵辺りが相手であれば、弱みに付け込まれて(操も含めて)何を要求されたか……。

 責任を感じているユリなので戦士長へ用を言い付ける事はしないつもりだが、この言葉により彼女はアインズの命を伝えやすくなった。ただ『本題』については、周囲に数名居る王国戦士の目があり言えなかったが。

 

「あ、そういえば主が、ストロノーフ様に今日少しお時間はないかと」

 

 戦士長に、それはいかにも()()()()()()()に聞こえた。

 

「ゴウン殿が? ……分かりました。二件程公務があるので、午前11時過ぎに部屋へ伺うとお伝え頂きたい」

 

 ガゼフは厳つい顔へ笑顔を浮かべそう返事を述べた。

 ユリは、程なく王国戦士騎馬隊の屯所を戦士長の『幸せ一杯の表情』に見送られて後にする。部屋へ戻ったユリから、ソリュシャン経由にて事情込みで支配者へと戦士長来訪の時間が伝えられた。

 

 なお、幸せで胸いっぱいの戦士長がこの後、剣の手入れ中に指を切り落としそうになったり、公務への打ち合わせ場所へ軍馬で移動途中に三度落馬し二度馬に踏まれ、一度は後ろ足で蹴り飛ばされたのは、もはや自然の流れであろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 白金(プラチナ)級冒険者チーム『漆黒』のモモンとマーベロが、王都リ・エスティーゼ内の南東門から大通り沿いに入って1キロ程の、先日遠征隊が集った広めの公園風で水飲み場のある広場に到着したのは、午前9時45分頃のこと。

 モモンの身に付ける漆黒の全身鎧は目立つので、すぐに先に来ていた冒険者チーム『漆黒の剣』の4人が見つけて挨拶にやって来た。

 

「おはようございます。モモンさん、マーベロさん」

 

 リーダーのペテルの挨拶を皮切りに「おはようでーっす!」「おはようであるっ! モモン氏にマーベロ女史!」「おはようございます、モモンさん、マーベロさん」といつもの流れ。

 

「おはようございます、ニニャに皆さん」

「お、おはようございます」

 

 モモン達も挨拶を返す。先日と違いニニャはいつもの輪の付いた杖を持ち、ベージュ系のローブを羽織る魔法詠唱者少年スタイル。

 デートの日、ニニャは女の子の服を着ていたが、彼等の宿へ宿泊する冒険者チームにエ・ランテルの者は『漆黒の剣』だけだったのだ。また宿も結構都市外周に近く離れてもおり、ニニャが女の子だという話は全く広がる気配をみせなかった。

 ニニャとしても、チームの仲間達とモモンのチームだけが知っていれば良い話なので、以前のままの状態は望むところである。

 

「私達は10分ぐらい前に着いて点呼を受けましたので。モモンさん達も先に済ませて来ては?」

「ええ、そうですね」

 

 ペテルからの勧めに従い、6名は受付の机が置かれた広場の東端にあたる場所へと移動する。ペテル達4人は少し手前で立ち止まり待つ。

 点呼場所には銀級の冒険者の女性が手伝いなのだろう、ひとりで仮設机の席へ座っており名簿資料にチェックを入れていた。

 そして、冒険者達の出席を確認しているのは勿論、プルトン・アインザックとテオ・ラケシルの二人だ。

 一切の誤魔化しは利かないということである。

 近付くモモンとマーベロの顔を見ると、エ・ランテル冒険者組合長とエ・ランテル魔術師組合長はこちらへと小さく頷いた。

 本当なら、決戦時にチームを組むことになったモモンとマーベロ達も、手伝うというのは普通かと思える。しかしそれは、アインザックの方から昨日の『竜王国救援』の件で馬車移動の途中に不要だと告げられていた。

 アインザックという人物は、中々人と組織を見る目があった。

 彼が言うには、「今、新規参入の君達を多く重用すると不和が起こる」というものだった。

 ミスリル級冒険者チームの中で、長年幅を利かせている幾つかはモモン達の存在を良く思っていないと。

 モモンとしてはどうという事はないが、統率者のアインザックとしては乾坤一擲の決戦を前にし、小さいいざこざも困るのだろう。

 なのでここは、冒険者組合長に合わせていた。

 

「おはようございます、アインザックさん」

「お、おはようございます」

 

 挨拶するモモン達に、冒険者組合長が笑顔で返す。

 

「よく来たな、二人とも。君、白金(プラチナ)級冒険者チーム“漆黒”のモモン君にマーベロ君は参加である」

「は、はい」

 

 声を掛けられた席に着く女性冒険者は、緊張気味で資料へチェックを入れていた。

 

「もうこの数日中に動きがあると思う。(それ以後は共に行動してもらう事になるだろうから)今日も含めて、それまでは好きにしていたまえ」

 

 アインザックの声に、横に立つラケシルも右手を軽く上げ、そうしてくれと相槌を示す。

 

「……分かりました。ではこれで失礼します」

 

 モモンはそう言ってマーベロと会釈をし、点呼の場を離れる。そうして『漆黒の剣』の居るところまで戻って来た。だが、冒険者組合長の声は、ペテル達の所まで少し聞こえていたらしい。

 耳のいいルクルットが、視線を落として真剣な表情で呟く。

 

「動きがあるって……いよいよかよぉー」

 

 どうやら『漆黒の剣』の点呼の時には告げられなかった言葉のようだ。

 だが、知ったからといって何が変わるわけでもない。単に数日早く冒険者達の動きの予定を掴んだだけで、竜達と戦うというヤルべきことは――必死の場へ挑む事は同じである。

 ルクルットが昨日夜にやって来たのも、昼過ぎから隊を組む予定だという同じ宿の他の都市の銀級冒険者達との集まりが、夕方まであったからだと聞いていた。モモン達はアインザック達他と少数で動くので、他の白金級とそういった会合からは外れていて予定はない。

 ルクルットの溢した言葉に、死闘という現実が心を襲いだし、ペテルやダインも難しい顔になる。

 ニニャも不安げにモモンへ近付くと、彼の右腕のガントレットを両手で上下から掴み見上げる。その表情は女の子のものであった。彼女にすればモモンは組合長らと行動を共にするので、戦場ではまず一緒にいられない。ニニャはあくまでも『漆黒の剣』の一員として仲間達と最後まで行動を共にするつもりだ。

 これは、王国の者として誰もが逃げられない闘い。

 そういった深刻さ漂う雰囲気のところで、モモン達は突如声を掛けられる。

 

「よお、ルーキーの“漆黒”の戦士。ビビッてショボくれてんじゃねぇのか? ハハハッ」

 

 他人の声にニニャは、慌ててモモンの腕を解放し顔を逸らせると、一歩離れる。

 モモンやペテル達が声の方を見ると、全員が傲慢(ごうまん)そうにほくそ笑む表情を並べた、そこそこの装備を付ける4人の男達が立っていた。

 その中央にいたのが腰へ左手を突き、もっとも偉そうで態度のデカイ男。

 

 ――ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジである。

 

 少年の頃から身体能力が故郷の小村でズバ抜けており、近隣に出没するモンスターの小鬼(ゴブリン)を13歳の時に一度の機会で3体も倒す程であった。

 モンスターだけでなく村娘達も何人か散々食ったその後、18歳の時に故郷を捨て一人飛び出し、名を揚げるために大都市のエ・ランテルへとやって来た。

 それから10年以上を掛け、ようやく都市の冒険者組合(ギルド)で最上位階級であるミスリル級でもトップの3チームのひとつにのし上がってきている。彼は、まずエ・ランテルでのトップを目指していた。だから、早くオリハルコン級へ上がりたいのだ。それで、自分達に非協力的で邪魔の目障りなチームは陰でいたぶり、幾つも移籍か廃業にまで追い込んできた。

 

 その彼の目に今、悪い意味でモモン達は留まってしまっていた……。

 

 そもそも(カッパー)級のくせに、見るからに光沢のある上質で漆黒の全身鎧(フルプレート)に二本のグレートソード。連れは小柄ながら超絶美人の魔法少女。

 目立ちまくりであった。

 それでヘボいのなら笑いのネタだと放っておくのだが、組合加盟後たった半月で、『大盗賊団討伐』という誰もが勇敢さと強さを認め一目置くだろう大きく目立つ実績を上げると、4階級の飛び級で今や白金(プラチナ)級冒険者である。

 さらに自分達を中々評価してくれない、あの組合トップのアインザックとラケシルにもう目を掛けられている雰囲気があった。不愉快極まりないうえに、イグヴァルジはすでに背中まで追いつかれている気しかしていなかった。

 

(冗談じゃねぇぞ。俺がここまで上がって来るのに10年以上掛かってるんだ。ポッと出のオッサンに邪魔されてたまるかよーーってな、まあその心配はないか。指揮官級の竜と戦う組合長とじゃ直ぐ死ぬだろうぜ。くくく、ざまぁねぇ。……だが、娘の方は長く楽しめそうだがなぁ、死んでなきゃ俺様が拾うか)

 

 そういう考えで、イグヴァルジは『漆黒』の戦士の方を笑いに来ていたのだ。

 だがその明らかに『漆黒の戦士』をバカにした語りと雰囲気に――一瞬で瞳のキラキラが灰色に変わった者がいた。

 

 勿論、マーベロである。

 

 自分へと向けられるイヤラシイ視線と雰囲気はまだ、マーベロ役として我慢出来る。

 しかし主へとモロに発せられたナメた言葉で完全に頭に来ていた。

 

(殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す死ね殺す――――)

 

 ただ現状は『冒険者モモン』が、そういう目をみているということであり、またアインズからは、冒険者マーベロとしての行動を守るように言われている。

 そのため即滅する動きには、まだ移っていない。

 しかし、少しうつむくおかっぱの前髪で、呪い殺す勢いの鋭い視線は隠されていた……。

 そんな主思いで可愛いマーベロの様子に気付くモモンは、フード越しに我慢強い配下の頭を撫でつつ、目の前の上位者の『先輩』へと言葉を返す。

 

 

「どうも、イグヴァルジさん、『クラルグラ』の皆さん。“私”のことは気軽に、モモンと呼んでもらえれば」

 

 

 声は重々しくないが、どこかで聞いた感じのフレーズである。

 これには、落ち着いたマーベロも気が付いた。漆黒の兜のスリットから一瞬見せたモモンの――アインズの紅い瞳の光も、彼女は見逃さない。

 しかし、続くモモンの言葉は、すでに普通になっていた。

 

「相手は竜軍団ですし、戦いでは()()()()()()分かりませんので」

 

 モモンはイグヴァルジ達について、ミスリル級冒険者チームの中でも特に印象が悪かったためよく覚えていた。とにかく相手が下手(したて)だと常に見下す雰囲気しか感じられず、人間性にかなりの偏りがある人物なのは間違いない。だが、ここで相手にするのは短慮者のすることだ。

 また実際、竜軍団が未知の恐るべきアイテムや特殊技術(スキル)を持っている可能性はある。

 

 それに――戦いの中でクダラナイ者達があっけなく死ぬ事もだ。

 

 でもここは優しく、彼等がどうとでも解釈出来る言葉を返してやっていた。

 すると、イグヴァルジはモモンが気弱く肯定したと捉え、調子を良くし余計である一言を口走る。

 

 

「まあ、貴様がくたばっても心配するな。もし相棒が生き残ってりゃ――俺達がタップリと面倒みてやるからよ。ハハハーーー」

「ギャハハッ、そりゃいいな。黒い鎧の、心配いらねぇぞぉ」

「クククッ」

「キヒヒヒヒ」

 

 

 またしても伝えた名前を使わない連中。

 それでも、支配者は自分(モモン)の事についてだけならば、目を瞑ってもいいかと思っていた……しかし、その時期は遂に過ぎてしまった……。

 ()()()()は、エ・ランテルの冒険者の生き残りに彼等が居る必要はないとの結論に至る。

 歪んだ笑いを続けるイグヴァルジ達へ、モモンはこの場では理性的にこう返した。

 

「御心配なく。それに今回は、互いに自分達の身を守ることを第一にすべきかなと」

「ハハハーー、それもそうだよなー(まあせいぜい頑張って1秒でも長く竜の指揮官から逃げてくれや)。じゃあな」

 

 他意を含みつつも当たり障りのない言葉を、モモンから哀れな者達として贈られた事に気付かず、イグヴァルジは漆黒の戦士の死を信じ、勝ち誇ったように気分よく背を向け、取り巻き達の集まる少し離れた場所へと去って行った。

 

 冒険者組合員間の争いに関しては、基本各自自己責任となっている。

 ただし、冒険者組合組織へまで影響が出る場合に限り示談が採用されるが、基本階級が上のチームの方が優遇される。

 それは、実力上位者への尊敬と遠慮があってしかるべきという加盟時の盟約に沿ったものだ。加えて冒険者組合は、力ある者が加盟することで、より組織として力を得る事も起因している。

 これらから、最上位階級者チームに酷く睨まれるとその冒険者組合ではやっていけなくなると言われているほどだ。エ・ランテルでの加盟人数は1000名程であり、人間関係について連鎖影響も馬鹿にならなかった。世渡りと実力がなければやっていけない世界である。

 

 『漆黒の剣』のメンバーは、イグヴァルジらの言葉の内容の酷さに顔を(しか)めつつも沈黙していた。

 上位者であるミスリル級と白金級の会話であったからだ。銀級冒険者達の出る幕は無い。

 それを物語るように、イグヴァルジ達から『漆黒の剣』へは一言の声も掛けられなかった。

 ここでペテルは、申し訳なさそうにモモンへと詫びる。

 

「モモンさん、すみません。私達はただ傍で見ているだけで……」

「いや。その気持ちだけで十分かな。俺も噂で、彼等から酷い目にあったチームがあるって聞いているし。まあ今も会話だけで、特に被害はないしね」

 

 モモンは、慣れた風に表面上では泰然としていた。

 ペテル達は、そんな堂々たる漆黒の戦士の姿に対し、流石だという信頼の目を向ける。

 当然ニニャも左手に持つ杖の握りを強くし『モモンさんって本当に凄く頼りになる』と改めて頬を染める。

 イグヴァルジ達は、裏でワーカー達すら使って周到で陰湿な手を巡らし潰しにくるとも聞くので、不用意に噂すら余り立てられない怖さがあった。

 睨まれたチームが生き残るには、エ・ランテルで同じ他のミスリル級冒険者チームかイグヴァルジ達と仲の良い白金級のチームと懇意になるのが数少ない逃げ道となっている。

 その中で最高の状況と言えるのが、冒険者組合長達と懇意にしていることだ。

 イグヴァルジ達の『クラルグラ』も冒険者組合長らを敵にする訳にはいかない。ゆえにアインザックのチームと組むモモン達へは、言葉だけで済んでいた。

 奴の気持ち的には、モモンを裏道の袋小路まで呼び出し、少しボコるぐらいしたいところであった。まあ、実行すれば返り討ちは確実なのだが……今日は運良く自業自得にならずに済んでいた。

 

 こんな出来事があり、少し話をしていると午前10時半を迎える。

 モモンとしては、11時には王城の宮殿にアインズとしていつものソファーに座っていたい。

 しかし――。

 

「さぁて、どうしますー? 少しブラリとして飯でも食べますかー? 昼の1時過ぎからまた俺達、銀級冒険者の集まりがあるんで」

「モモンさん……一緒に居たいです」

 

 ルクルットの言葉の後に、ニニャから『モモンの彼女』としての熱い視線と要望を受けてしまう。

 歴戦の漢モモンとして、非常に断りにくい。

 しかし、王国戦士長との話の比重の方が明らかに大きいと思われた。

 モモンであるアインズは、内心で苦悩する。

 

(うわぁぁ……予定が被っちゃったよ。こうなったら食事に付き合う形で進めて、適当なところでパンドラズ・アクターと入れ替わるしか。それから戦士長との会談に向かおう。でもまずマーベロ達と打ち合わせが必要だよなぁ)

 

 一応、この場へ来る前の宿内で、マーベロ達には11時過ぎからの王城での戦士長との会談予定と有事の入れ替わりの必要性を伝えてはいる。しかし、アイコンタクトだけでは『入れ替わり実行の意思』や『こういったタイミングで』という具体案を伝えきれない。また、モモンのすぐそばにはニニャがいて〈伝言(メッセージ)〉も事実上使用不可だ。

 幸いモモンとマーベロ、パンドラズ・アクターも、急の〈時間停止(タイムストップ)〉への対策は常時していて影響は受けない状態であり、魔法を発動出来ればなんとかなる。

 だが、それにも障害が存在した。〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉による漆黒の戦士の状態では自由に魔法が使えないのだ……。

 なので、隙を見てマーベロかパンドラズ・アクターに掛けてもらうほかない。

 彼等に指示する時間を作るべく、とりあえずこの場はモモンの答えのみをニニャ達へと伝える。

 

「分かったよ。みんなで食事に行こうか」

 

 その回答にルクルットやダインが大いに喜びの声を上げる。

 

「やったー、食べ放題だぜ」

「この食事は貴重であるっ!」

「もう、また二人ったら」

「……すみませんね、モモンさん」

 

 男仲間達のハシャギっぷりにニニャ、最後にリーダーのペテルは嬉し申し訳なさそうにする。

 戦時下のここ王都は、物価がかなり上がっていたから。

 すでに平時の2倍超えの料金だ。一応、宿泊宿と食事券の援助があり、ほぼお金を使わず宿泊や指定の店にて幾つかの種類で安い少量の食事が可能ではある。モモン達も今朝はその券を使って食事をしている。でも、若きペテル達の胃袋がそれで満足出来るはずもない。

 といって、毎食の自腹も考えものだ。

 そこへリッチお財布モモンさま登場であるっ。期待は当然というべきもの。

 モモンとしては盗賊団との戦いで戦友の部分があり、気にする事でもない。

 

「大丈夫。じゃあ、どこにいきます?」

 

 そう語るモモンの言葉を受け、ペテルやニニャ達は動き出し広場を後にする。

 大食漢のルクルットとダインを先頭にペテルが続き、そしてモモンとその両隣にニニャ、マーベロという形で道を歩く。

 マーベロとは手を繋いでいるが、少年衣装のニニャは残念ながら隣で寄り添うのみだ。

 彼女的に、歴戦の戦士モモンは男らしく『女』が好きであってほしい、という気持ちであり我慢しているのが分かる。モモン寄りの手が掴みたそうに何度も空を切っているから。

 切ない感じに手を繋いでいなくともニニャの位置が随分近いため、モモンはマーベロ達へ『入れ替わりの説明』が出来そうになかった。

 

 そのままの状況で20分以上が経過する。

 悠然と歩く漆黒の鎧姿のモモンであるが、兜の中では思考と視線が左右へとブレていた……。

 

(んー、ヤバいな、コレ。どうしよう……全然タイミングが無い……)

 

 先導する野伏(レンジャー)の男はこの後の予定を考え、彼らの宿の方向も考慮しつつ道を選び移動していく。歩く通りは先程から飲食店が並んでいる風景に変わっている。また、彼はモモン達の宿の位置も正確に知っているので、丁度良い経路をチョイスしていた。

 そして更に5分ほど歩いたところでルクルットは、道に一軒の店を見つけて傍まで進むと振り返りつつ、軽く握った右手親指で建物を差し告げる。

 

「ふっ、よーし。ここにしようぜー」

 

 すると、皆がその店の看板を見上げた。

 

「あ、ここって」

「いいであるなっ!」

 

 そこはエ・ランテル料理の店であった。

 東の大都市エ・ランテルを出発して1週間が経っている。やはり、ホームの飯の味が食べたくなってきたのだ。店外に掛けられたお勧めメニューリストに書かれている値段も多少お手頃価格の様子。

 モモンは、彼等の気持ちを理解し了承を伝える。

 

「うん、いいんじゃないかな?」

 

 今いるメンバー全員の共通点。仲間として連帯感を覚える事象である。

 モモンも悪い気はしない。

 それに――この瞬間、ニニャの意識が店の方に取られてモモンから4、5歩離れたのだっ。

 支配者はこの隙を見逃さない。小声で早口に述べる。

 

「……(〈伝言(メッセージ)〉。マーベロ、〈時間停止(タイムストップ)〉だっ)」

 

 次の瞬間、世界が止まった。

 モモンはアインズとして配下へ声を掛ける。

 

「マーレに、パンドラズ・アクターよ」

「は、はい」

「何なりと、創造主様っ」

「宿を出る前、先に述べていたが、私はこの後すぐに王城にて王国戦士長殿と会談がある。パンドラズ・アクターよ、()()()()ここで入れ替わるぞ」

 

 無論、そんな予定はない。偶然だ。

 だがモモンは、(ようや)く巡って来た機会を、見越していたように伝えた。多分、ここを逃すと食事の席でもニニャは傍に居続けるだろうから、残り僅かの午前11時までの時間で最後の好機のはず。

 命を受けたアインズの創造せし不可視化中のNPCは、直ちに応える。

 

「畏まりました。少々お待ちをっ」

 

 パンドラズ・アクターはその不可視化を解き、軍服から変形により漆黒の鎧の戦士姿へと見る間に変態する。そしてモモンの位置と入れ替わると、代わって〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉を解除したアインズが()()で不可視化した。時間停止中は攻撃系と移動系の魔法は無効化されるが、それ以外の魔法は使える。

 

「これ以後は頼んだぞ。マーベロも上手くやれ」

 

 マーベロは瞳をキラキラさせながら支配者へ答える。

 

「は、はい。お任せを」

「うむ。〈魔法遅延化(ディレイマジック)〉〈転移(テレポーテーション)〉。ではな、時間停止解除を頼む」

 

 そうして、アインズは〈時間停止〉解除の瞬間、この場を後にした。

 店に入ったペテルら一行は、このあと存分に彼らのホームであるエ・ランテルの食事を楽しんだ。

 パンドラズ・アクターは、先日から不可視で何度も『漆黒の剣』との食事風景を見ているので、自然とニニャとマーベロを両脇に座らせる形になり、偽モモンとして振る舞う。

 しかし、彼の内心は凄く複雑だ。

 パンドラズ・アクターは、アインズの事を密かに『父上』だと思っている。だから、もし『父上』と結ばれる女性がいれば、それは――『母上』となるわけで……。

 目の前の人間ニニャは、『モモンの彼女』という立場上その候補の一人なのだ。

 時折、その人間が瞳を潤ませ、頬を染める熱い想いの顔を向けて来る。食事の為に面頬付き兜(クローズド・ヘルム)は脱いでおり、『自分(モモン)の彼女』に対して目を逸らすのも不自然である。時折そっと手も握られるし、身体も熱く寄せられる。

 欲情などは全く湧かないが、『母上』候補に迫られるこの状況には思わず困惑していた。

 

(創造主のアインズ様ぁ、私は、ど、どうすればぁぁぁーーー)

 

 子として苦悶する彼は、とりあえず――笑った表情で必死に誤魔化し続けていた……。

 

 

 

 

 

 

 なんとか王城のヴァランシア宮殿へと戻って来たアインズは、ほどなくナーベラル扮する影武者のアインズと交代する。

 一般メイドと違い、いつも熱い視線でジッと主を見詰めてくれるツアレが部屋に居たので、熱めの飲み物を頼んでもらい奥の家事室へと下がらせた隙にだ。

 不可視化したナーベラルが壁際へと下がり、アインズはいつものソファーへ腰掛けて寛ぐ。

 支配者は本気で寛いでいた……。

 

(ふーっ。間に合ったなぁ)

 

 部屋の飾り棚にある大きい置時計を見れば、時刻は午前10時58分であった。

 戦士長からの言伝(ことづて)では11時過ぎという話。

 11時半頃かもしれないなぁ、と思っているとソリュシャンが告げる。

 

「アインズ様、王国戦士長殿()が宮殿内に来たようです」

 

 これも常に流動変化する“諸行無常”の一環なのか、絶対的支配者にまともな休みは無いようだ。

 

「……そうか」

 

 よく聞くと、王国戦士長へ対しての敬称がプレアデスの中で微妙に割れている。

 『様』を付けているのはユリだけだ。アインズは以前と変わらず『殿』付けである。

 おそらくユリはアインズの、ひいてはナザリックにとって唯一の客人という存在に対して付けているのだろうと、支配者は理解している。ソリュシャンやシズらは、客人とはいえ主を初めナザリックの上位者達と同じ敬称は付けたくない様子。その辺りについて、アインズは個人の裁量に任せている。

 2分ほど後、宿泊部屋の白い両開き式の扉が叩かれた。

 ユリが出迎え、笑顔のガッシリとした男を室内へ招くと、部屋の主がソファーから立ち上がる。

 

「ようこそ。折り入って少し話がありまして」

「いや、こちらも」

 

 アインズとガゼフの二人は握手の後、話をしながらいつものようにソファーへと掛けた。

 ユリは、脇へ止めていた来訪者用に準備万端のお茶セットを乗せたワゴンで、お茶の用意を始める。

 その愛しい女性の姿を視界の端に捉えつつ、戦士長の方が先に昨日の件について伝えてきた。

 

「昨日は無様な事になり、ユリ・アルファ殿をこちらまでお送り出来なくて申し訳ない」

「ああ、お気になさらず。それより、大事なく良かったです」

「いや、お恥ずかしい。……ところで、早速だが君の用件を伺いたい。今は30分程しか時間がないものでね」

「分かりました」

 

 いよいよ、この王都リ・エスティーゼ内も王国全土からの冒険者や各都市の大規模に膨れ上がった兵団が集結を進めており、王国戦士長の多忙さは十分推察出来る。

 そのガゼフから発言を促されたアインズは、ソファーの背へともたれ掛かり落ち着いた雰囲気を一旦作ると、少し意外な用件を告げる。

 

「では。……先日、大臣代行殿から話を聞きましたが、その―――ルトラー第二王女殿下と会えないでしょうか」

「……ルトラー様に?」

 

 実は、元々朝にユリを戦士長の下へ行かせた理由が、『ルトラー第二王女殿下に会えないか』ということだったのだ。しかし、この件は反国王派との件もあり、公には安易に口外出来ない内容で、ユリには可能ならという話で指示しており、本題はこの場に持ち越されていた。

 ゴウン氏からの申し出の言葉に、ガゼフはその真意を探る雰囲気で斜め前に座る友人の仮面へと少し視線を強める。なぜ大臣代行ではなく自分なのかという事も含めて。

 だがそれは、親交のない大臣代行よりもという部分と、秘密裏で当初説得に来た者へ掛け合おうと考えるのは当然に思えた。

 絶対的支配者としては、急ぎや切羽詰まった感は極力感じさせないように理由付けも忘れない。

 

「ええ。彼女の希望でもあるということを聞いていますし、例(婚姻)の件も含めて早めにお会いして一度話をしておくべきかと思いまして」

「……ふむ、確かに」

 

 国王の忠臣として戦士長は主の為に、姫君の強く希望しているこの幸福であろう縁談を、無事に叶えてやりたいと考えている。

 またガゼフも、ルトラー王女が旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)との面会を望んでいることは聞いていた。

 ゴウン氏の語る内容に道理としておかしい部分は無い。

 加えて近い将来に婚姻を結ぶ約定――つまり婚約者同士の二人が話をするのに異論を挟むのは野暮というもの。

 ただ、当初の対竜王軍団戦への参戦の見返りとして、第二王女との縁談説得時に反国王派との関係の兼ね合いからだろうか、ゴウン氏から何となく『王女と会うべきではない』という強い意思の漂う雰囲気を感じていたのだ。

 それが、この5日程で「積極的に会いたいという話に?」と……。ナゼに。

 眼前へ悠然と座る友人の大きく変わった考えについて、ガゼフとしてはまだ完全に理解出来ていなかった。でも、戦士長自身――突然好きになったモノはどうしようもないという、激しい心理変化がどれほどかを現在進行形で良く知っている身。

 だから仮面の友人も、若くてとても美人で清楚なうえに知的であるラナー王女とほぼ瓜二つと聞く双子のルトラー第二王女へ、そういう気持ちになったのかと考えた。

 戦士長は、当然真実を知らない。

 そもそもアインズ自身にとって、丁度ナザリック内での『妃』問題に連なるデリケートといえた話に加えて、まずラナー王女の姉ということと、『自身を人身御供にすら使う遠大な戦略家の影』が垣間見える第二王女に、近寄りたくなかったのが正直な思いである。

 

 

 しかし、そういった流れが()()()()()()()()()大きく変わったのだっ。

 

 

 

 

* * *

 

 

 アインズは昨日、可愛く忠誠を示したルベドからの『姉妹だから(敵の)竜王も守ってほしい』という無理難題を最大限考慮するためにアーグランド評議国を動かすと明言した。

 ゆえに、本来の計画へ上積みしてそれを実行する必要がある……。

 しかしそこで、()()()()今も多忙のデミウルゴスやアルベドへと追加で知恵出しを頼むのは忍びないと考えてしまう。

 評議国についてほとんど何も知らないアインズは、良案を立てる為に苦肉の策ながら、脅威の知識と知恵の両方を合わせ持つ危険人物指定のラナー王女の力を借りるのが近道と考えた。

 ラナーとは、先日(6日前)の夜遅くの密談において、彼女の瑞々しい生脚と純白の下着まで見せられたうえで最終的に『姉妹保護の観点』から既に協力関係となっている。それ以後、二人の時は「ラナー」「アインズさま」と名で呼び合う間柄ということで、相談には乗ってもらえるはずだと。

 ただ、相手はこのリ・エスティーゼ王国と王家から、実質『政略結婚用の弾』として大切に保護されている美しくうら若き第三王女殿下である。

 この正当なる玉の姫と、わざわざ戦争協力の餌として多くの財と難ありながら第二王女を(あて)がったはずの旅の風来坊の男とが、大ぴらに談話を重ねていくなど国王達は良しとしないだろう。

 つまりラナーとの協力関係に加え、面会も秘匿する必要ありと思われた。

 それと、先日のラナー王女側からの使用人経由での書簡は上手く届けられたが、本来、言伝や書簡など記録が残る形でのやり取りは、貴族達の大変好む色モノゴシップの餌食になりかねない危険行為であったはずだ。

 ちなみに、あのラナーからの書簡を届けてきた小間使いは、例のラナーの部屋に隠された『異質の絵』を描いた画家の頭へ水差しを誤って落とし殺してしまった貴族娘の妹であり、内容を改められること無く秘密は完全に守られている。あの書簡は表向き、「先の会議の詫び状です」という話で後腐れなく片付いていた。前後の状況から許された一度きりといえる機会を、あの王女が上手く使っていたのは流石と言える。

 

 

 さてここで問題なのは、アインズとラナーとの連絡に入る人物はいないということ。

 

 

 アインズとしては〈伝言(メッセージ)〉を使えば事足りそうだが、人間達が使用すると距離により不鮮明となる魔法の模様。嘗て300年程前だろうか、不鮮明さを利用されて主戦力が都を離れた隙に王は討たれガテンバーグという王国が滅んだ事もあり、それ以後“〈伝言〉を重用せし者”とは『信用できない人物』、『愚者』という意味合いで使われているほどだ。

 ラナーからも過去の厳然たる史実から、〈伝言(メッセージ)〉のみという手段は断られていた……。

 そんな二人の関係は、ガゼフにすら秘された関係である。

 戦士長にとっても二人の関係を知った場合、それは主と祖国の『とっておきの姫君』のただならぬ男関係となり、友人であるゴウン氏といえども眉を顰めざるを得ないモノといえる。

 玉に(きず)が付くということなのだ。

 側近の剣士クライムについては、これまで10年以上に渡り使用人の娘達や宮殿の衛兵達が傍にいる状況で問題は皆無と確認されている事と、少年剣士自体が『忠犬』という陰口的二つ名へ表れている風に主へ手を上げることはないだろうと、ある意味かなり信用され始めていた。

 ラナー王女への色モノゴシップは『忠犬』の存在でかなり守られていて、これまでにほとんどない。それは、ラナー第三王女が専属の騎士を全く置いていない事や、過去数年の舞踏会でも父や兄達以外の男性と踊ったことや、会話すら殆どない事実が物語っている。

 平時はクライムや守衛の目が光る宮殿と庭を散策する程度で、話し掛けられても上手くほぼ会釈のみの対応に留める第三王女。

 可憐で純粋に見えるラナー姫の、若く美しく整った表情とその如何にも男を喜ばせそうな肉体への関心だけは、貴族間でかなり高い。特に自領内で弱者を甚振(いたぶ)り唯我独尊の生活を送る欲深い貴族ら特権階級の者達には、自制心の希薄になった者が多く、色欲に目が血走っている獣の男が多数いた。

 第三王女がか弱い性格の者ではない事は、『奴隷制度廃止』や『冒険者組合の改革』へ対する会議での強く説得力のある発言から周知されている。逆に、そういう知的で綺麗で強気の女を虐げることに悦楽を感じる貴族連中が、より彼女へと狂おしく熱い欲望に萌えていた……。

 そんな折、あの竜王軍団侵攻前夜の舞踏会で少し王女の行動に異変が見られたのだ。

 珍しく舞踏会の開始当初からラナー第三王女は出席していた……まるでダレカを探して待ち焦がれるように。いつも通りに、欲望混じりで向けられる男達からの挨拶も言葉も、ただ軽い会釈と最低限の会話で全てスルーする。それで時間はどんどん過ぎ、問題は何も無かった。だが次の瞬間、ラナー王女がなんと、よそ者である平民と(おぼ)しき仮面を付けた旅の妖しい魔法詠唱者(マジック・キャスター)へ“笑顔”で彼女の方から話し掛けたのだ。『ラナー狙い』だが手の届かない中層級の老若混じる貴族男性らが、一斉に拳を握り込んだのはいうまでもない。

 第三王女の珍しい行動は翌日も続き、『蒼の薔薇』と王国戦士長がいるものの、再び旅の魔法詠唱者と同席する場が設けられたのだ。

 でもそれは、王国戦士騎馬隊の救出や竜軍団の占領するエ・アセナルへの潜入調査と、異例の部分も垣間見え、幸いまだ貴族達からの明確に『王女との男女間での怪しみ』に関して、客人『アインズ・ウール・ゴウン』へと向けられてはいない。

 また、王城で開かれた『竜軍団に関しての緊急対策会議』での、ラナーの仮面の客人への煽りシーンも地味に効力を発揮していた。噂では一部罵倒したとも伝わっていたからだ。

 ラナーは、一般にしっかり者で思いやりのある知的で素晴らしい人物として知られている。そんな彼女は、目立つ立場の対立者へは、無関心の立場を取るようになると……。

 だから会議日以降、いずれ王城を去りゆく客人のゴウン氏とはもう接近しないだろうという憶測が貴族達の中で大半を占め始めており、ラナー王女への淫らで激しい想いを秘め熱く狂う貴族達には安堵感が漂う。

 ソリュシャンにより、王城内の噂も把握確認している指揮官アインズとして、周囲の状況からラナーとはこのまま秘密裏の関係を続けるのが最良と判断する。

 

 だから勿論、支配者は事前に布石を打っていた。

 

 アインズは先日の密談の最後、平和を守るため微笑みを要求したあとのラナー第三王女へ――今後の連絡手段の参考情報として宮殿4階奥にある彼女の部屋近辺について、夜間の衛士交代と使用人の娘達の見回り巡回時間を確認している。

 すると、彼女からそっと小声で「午後10時5分から10時10分までは、毎日必ず誰も来ない時間が存在します」と呟く。それは、ラナー王女殿下の部屋において巡回の隙といえるもので、貞操を考えれば男性には本来告げられない情報である。

 だが自身の苦しい現状を打破し、クライムとの桃色の野望を実現出来る強大な力を持つ者は、すでに仮面の彼だけとラナーは確信し一蓮托生と考え、強者から支配される想いも熱く寄せつつアインズへとソレは伝えられた。

 その隙間の機を利用するべくアインズは――昨夜、パンドラズ・アクターとの〈記憶共有(シェア・メモリー)〉による情報共有を終え、暫く後の午後10時前に再び王城へ戻る。そこでナーベラルとは入れ替わらずベランダにて、ラナーから聞いたその時刻の午後10時6分頃、彼女へと静かに呼び掛けた。

 

 

「〈伝言(メッセージ)〉。ラナー、聞こえますか? アインズですが」

 

 

 この時、相手のラナーは、ヴァランシア宮殿4階奥の自室に居た。

 本日は入浴日であったが、今日の彼女は夜遅くの利用ではなく朝食の後、まだお湯の綺麗な午前9時過ぎ頃に1階の浴場で入浴を終えている。

 現在王国は戦時下で非常事態であるが、敵の王都リ・エスティーゼへの直接進撃は確認されておらず、定刻午後9時に剣士のクライムは王女の下を退出していく。しかし部屋には使用人の娘が1名残っていた。9時半には王女の寝間着への着替えがあり3名にまで増える。着替えが終わると再び1名が残るといった感じで、基本1名は室内に居る形だ。

 そして、扉の外には剣を帯びた腕の立つ騎士が衛士として直立で護衛する。

 ラナー専属の騎士は1名もいないため、近衛騎士達による数時間ごとの持ち場交代任務と定められている。美しいラナーへ憧れる騎士も多いがこれは近衛騎士隊の中で順番になるので、1年に一度あるかという機会。それも僅か数時間のうえに、部屋の外という切ない状況である。廊下を不定期で巡回する衛兵もいるため、中でお着替えの時間と分かっていても、ラナーの部屋の扉に聞き耳を立てる訳にもいかず、若き騎士達はモンモンとした想いで数時間を過ごす場となっている。

 その中で、連日朝から夜まで剣士のクライムだけは中での護衛。姫から挨拶や声も掛けられ、時折楽し気に美しい声の会話まで聞こえてきた……。

 こうして騎士隊の者達の苛立ちは、平民風情の少年剣士へ共通した恨みに近い考えとして連帯感すら生み出し決して小さくなかったのであるっ。

 時間は午後10時5分。ここでラナーの部屋にいた使用人が退出する。この後5分間は部屋へラナーひとりである。実は1日の内に、この5分という空白時間は数回発生している。それは1日中安全でいることを見張られている形のラナーへ、解放感を与える時間でもあった。だが、文字通り彼女にとって恵みの時間へ変わろうとしていた。

 ラナーは魔法の〈伝言(メッセージ)〉について知識を持ちつつも、実際に頭の中に流れる独特の電子音の知らせと、音声をこの時初めて聞いた。

 アインズからの問いかけに、ラナーは目を少し見開き驚きの表情で答える。

 

「!?――……はい、聞こえます、はっきりと」

 

 記述では、〈伝言(メッセージ)〉とは雑音が酷く、かなり聞き取りにくいという書籍の知識を持っていたが、アインズの声はそれを完全に裏切り、鮮明に澄んでいる声質が頭の中へと届いている。

 そんな、驚きの収まらない中で仮面の相手がラナーへと尋ねてくる。

 

『今はお一人ですか?』

「はい、―――アインズさま」

 

 ラナーは今、少し胸がドキドキし始めている。

 それは、あの「アインズさま」と呼ぶ様になった晩の事。アインズへ、『この先毎夜でもいいです……よ』などと、トンデモナク淫らな誘いの言葉を贈っていたからだ。

 翌日も本当に来たら……と実は熱く()()()()()挙句に空振りを食らい、その直後の入浴場で姉のルトラーとの話から特異の状況を察知する羽目になった。

 翌朝に、長兄のバルブロに探りを入れるが、まだ何も聞いていないらしく、仕方なく父のランポッサIII世に『あの旅の方々を戦いに引き込めれば良いですね』と探りを入れ、『そ、そうだの』という王のラナーへ対しバツの悪そうにする態度を見て、漸く確信する。

 『姉ルトラーは、アインズさまと―――婚約している』という事実に。

 王の居室を去る時に、ラナーはナゼか感情の高鳴りにより少し手が震えた。これは怒りか悔しさか、そして第三王女の姉に対する敗北感なのだろうか。

 でも、彼女は探りでもう一つ分かった事もある。この婚姻は『すぐ』ではない。

 つまり姉に対して――まだ先手の『実』は取れるという話だ。

 今のアインズの言葉から、そういう『夜のお誘い』なのかと、ラナーは姉への対抗心からの期待も含み一瞬で考えていた。

 しかし、全く違う内容を聞く……。

 

『実は、今回の竜王軍団との戦争について、アーグランド評議国に対し内部工作もしようと考えています』

「――えっ」

 

 ラナーは内心些かガッカリしつつも、別の意味で小さく驚きの声を上げた。

 それだけの内容で、アインズの要望のほぼ全てが分かったからだ。

 確かに、『竜王軍団をアーグランド評議国側の指示で撤収させる』というのは、理に適っている。竜王軍団を力のみで殲滅撃破した場合、かの国には王国への恨みしか残らないだろう。

 リ・エスティーゼ王国は、既に未曽有の損失を受けており勝つのは最重要だが、今後になるべく遺恨を残すべきでないのは確か。

 それは、竜などに対し寿命の短い人間の英雄(アインズさま)が死んだあとの事も考える必要があるためだ。戦後も数十万の民と大都市とその経済全てを失った王国の、隣国と亜人らへ対する恨みは消えないが、人類全体にとって未来の新たな戦いの火種となるなら目をつぶるのも肝要である。

 だがこの時、ラナーの思考にひとつ、アインズへの大きい疑問が浮かぶ。彼女も乙女である。その急に湧き上がった想いが『思考の魔女』を大きく狂わせていく。

 

(先日まではその必要性がない雰囲気であったのに、ナゼ考えが変わったのです?)

 

 これは……姉ルトラーとの縁談が強く関係しているのかもしれないと、ラナーは彼へと温まる心をチリチリと焦がしつつ、目を細め考えを巡らせる。

 以前、彼はいずれ去るつもりでいたこの国の百年後を考える必要が無かった。しかし、美しく自分(ラナー)にそっくりで()()()()()()()女と富と安住の地をこの国へ得たことで、先の……夜な夜な熱く愛を育んで生まれる子供達の未来を考えるようになったのか、と。

 派手にボキリと女のプライドの折れた音を立てる第三王女の心が(うな)る。

 

(……悔しい。負けたくない。―――先んじて必ず『実子』を取ってやるわっ)

 

 ラナーにとってこの心情は、可愛いクライムとでは一度も感じる事のなかった強烈な、女としての想い。恐らく少年剣士へちょっかいを出す女には、「ペットを盗みに来た愚かなヤツ」という程度の感情しか湧かないと気付く彼女であった。

 いつの間やら裏で、勝手に激しいラナーVSルトラーの子宝戦という様相だが気付くはずもなく、アインズはまず確認する。

 

『兎に角、〈伝言(メッセージ)〉ではなく直接そちらで話していいですか?』

「……はい、大丈夫です」

 

 彼女の答えを聞いた瞬間にアインズは、ラナーの部屋へと〈転移(テレポーテーション)〉する。扉の傍はマズいので、少し奥にある前回来た時に座った三人掛けの椅子とテーブルの傍だ。

 アインズは出現して気付く。ラナーの姿が普段見る王女仕様である豪華っぽくそれなりに飾った純白のドレスではないことに。前回はラナーが使用人らに手を回し、2時間以上空白を作り着替えの時間をズラしたので普段のドレス姿を見ていたが今日は違った。それは、リボンとフリルが可愛らしい真っ白のネグリジェ系の寝間着であった。幸いに裾の長く夏ながら透けのないもので、支配者は目のやり場に困らず済んだ。

 だが、常識的に考えてそれは、姫君が他家の男の客人には絶対に見せることのない姿。

 

 見る事の出来るのは同性の友人か……夫を含めた身内のみであろう。

 

 アインズの思考に、ふとカルネ村のエンリの姿がダブる。

 いや、そういう光景があるとはいえ今は時間がない状況で、支配者は礼儀としてまず姫へ断りを入れる。

 

「……お休み前なのに、急に申し訳ありませんね」

「いえ。そのことよりもまた私の部屋へ来て貰えて嬉しいです。ただ、時間があと3分ほどですけど」

 

 『夜に愛しい男を部屋へ招く』――この事実は、貞操の固い彼女ら王女にすれば、決心した後の禁断の行為。しかも二度目の来訪である。逢瀬といっても過言ではない。

 ラナーとしては、姉よりも一歩先に進んでいる感がしていた。少し彼女の心が軽くなる。

 アインズは今の僅かの時間へ対し、本題を進めるために彼女へ問う。

 

「今日のこのあと、どこかに話をする時間はありますか?」

「予定表では確か0時を過ぎると、私の就寝中の時間でもあり1時間ほど小間使いの子がいない時間があったはずです」

 

 先日よりラナーは毎朝一応といって、アインズとの密会のために、使用人らの担当予定表を見せてもらい確認することにしていた。それが生きた形。姉へ先んじるためにも好機は逃したくないと十分可能性のある纏まった時間を、想いも込めて彼へと伝えた。

 彼女の答えにアインズは即飛びつく形で提案する。

 

「その時間に、先の件を話せませんか、ラナー?」

「分かりました、アインズさま。では後ほど」

 

 優しく微笑んでのラナーの言葉を支配者は聞く。

 もう残り時間は1分ぐらい。

 アインズは彼女へ頷くだけで、「〈転移(テレポーテーション)〉」と小声で呟き、この場から掻き消えた。ラナーの「()()()()お待ちしています」と囁く言葉は聞こえぬままに。

 それから30秒ほどして、ラナーの部屋の白い扉は使用人に小さく叩かれた音がした。

 

 

 

 約2時間後の日付を越えた午前0時1分。

 絶対的支配者の巨躯の影が、時間通りにヴァランシア宮殿4階奥の、ラナー第三王女殿下の私室の真っ白い壁へと浮かび上がっていた。

 ソリュシャンの確認で、王女の部屋から使用人の姿は0時に迫る3分程も前に消えている。

 使用人らの多くは下級貴族の娘でもあり、王女も随分前に部屋奥の大きなベッドへ入り、この地は戦場からも随分遠く、見られていない部分での緊張感は皆無で、手抜きの窺える結構ゆるゆるの勤務状況だ。アインズとしては、勿論その方が色々と助かる。

 彼が広い部屋を見回すと、就寝時間の今も全ての明かりが消されたわけではなかった。

 普段からこの特別である部屋には有事用に水晶が放つ〈永続光(コンティニュアルライト)〉の燭台風の明かり台が4本残されており、薄暗くあり室内は真っ暗ではない。

 明かりは入口の白い扉脇に1つ、途中のテーブル等障害物の傍に2つ、そして部屋奥に置かれた白と赤とピンクの高級レース布を天板から下ろし飾られた高品質のベッド脇に1つだ。

 アインズは、その明かりに沿うよう進み、ベッドから少し手前で止まると、寝たふりをしているであろう王女へと声を掛ける。

 

「ラナー、起きてますか? 約束の時間です」

「はい……起きています」

 

 彼女は、フカフカの布団から枕に乗せた頭を覗かせており、美しい顔の閉じていた目をゆっくりと開いていった。

 そして目を開いて彼女が見た光景。既に三度目の逢瀬。そのアインズの様子に、彼女の彼への信頼度と好感度が増した。彼は、紳士らしく乙女の王女に配慮した行動をとっていたからだ。

 今回こそ、力を笠に着てズガズガとベッドまで乗り込まれ、匂いや寝顔を舐め回す形に堪能される無礼で幻滅する行為をされるかもしれないと、ラナーは()()()()していた。もちろん更にいきなり唇を奪われ激しく身体を求められることも……。この密室には彼と自分の、大人の男女二人だけしかいないのだから。そうなると布団越しでも声などで衛士に見つかる可能性が、と。だがそれも、この時代の強者の示すひとつの特権といえるものである。

 圧倒的な力に支配されるのは、彼女の()()()()()()ところでもある。

 天才である自分の『夫』ならそれぐらいであってもイイ。ちなみに、クライムは淡い初恋の可愛い――『愛犬』だ。

 でも、初めぐらいはロマンチックに、乙女として優しく扱ってほしいと思うのは自然のこと。

 

 そういった王女の期待に、目の前の仮面の人物は十分に応えてくれていた。

 

 ラナーは嬉しさで自然と穏やかに微笑む。彼が優しく配慮の出来る良い殿方なのだと、今知ることが出来たのは福音である。使用人達の話でも、良く希望で出るのだが現実には欲深く強引なるモノが殆どで中々いないらしいのだ……。

 少し子供でガッ付き気味のところがある少年のクライムも、こうはいかないだろうと思っている。

 幸せ感と甘い思考に浸り動かない王女に対して、アインズは時間を有効に使いたいため、早速アーグランド評議国に関する情報と、対応策について話し合おうとラナーへ催促する。

 

「では、この遅い時間で申し訳ありませんが、話を始めませんか?」

 

 すると、アインズの人柄を知ったラナーは、憂いなく驚くべき会談場所を提案する。

 

「あの……アインズさま。談話中に使用人が来ても困りますので、こちらで――ベッドの中で話をしませんか?」

 

 

「―――ぇ?!」

 

 

 これには思わず、絶対的支配者も極小声ながら驚きの声を出してしまった。

 確かに、談話へ夢中となり使用人が万一やって来て見つかる可能性はあるが、それにしてもその案は思いつかなかった……。

 アインズの考えでは、部屋の一角へ認識阻害と幻術魔法でも使えば大丈夫だと考えていた。それなら、他者からはラナーがベッドで寝ている風に見え、部屋の隅でコッソリ話していれば気付かれることはない。彼としては正直、ラナーへ余り手の内を見せるべきではないと考えている。

 まあ、アインズだけが隠れる形で、王女だけ見つかるケースも(ゼロ)とはならずだ。確かに夜中の部屋の端で、一人掛けの椅子へ座りブツブツ言っている姿を見られるのはイヤかもしれないが……。

 アインズが絶句していると、ラナーは積極的にベッドの上へ掛かる広い掛け布団の端を、彼を誘うために大きく捲ってくれたのである。

 しかし、捲られた布団の下に見えたラナーの寝間着は、先ほどの白く裾の長いネグリジェ系の服ではなかった。

 

 それは、メチャメチャ透けているモノに変わっていたのだ……。

 

 

 

 驚くアインズは仮面の中で――骸 骨(がいこつ) の (あご) が外れた。

 

 

 

 いや、仮面が外れ掛けた。運よく即時に精神抑制が発動していて助かった形に見える。

 童貞の彼には、予告なしでの若く綺麗で健康的な瑞々しい乙女の生シースルー姿は、精神的に顎が外れる程の衝撃であった。精神抑制はみるみる軽く2周してしまっている……。

 目の前の状況をテンポ的に述べるとペロン、ポロリンだ。

 

「――(ちょ、ちょ……)オホン。……(……ふーーーっ)」

 

 しかし、ナザリックにとってここで動揺を見せていい相手とは依然思えず。

 アインズは仮面の中で遮二無二(しゃにむに)落ち着きを取り戻す。

 第三王女の衣装は十分ハレンチで正視を躊躇われるが、彼は絶対的支配者『アインズ・ウール・ゴウン』。この程度、強者の漢なら泰然とし堂々と見なければならないっ。

 それに眼前のベッドへと横たわるラナーは、純粋に綺麗であった。イヤラシさというよりも、〈永続光(コンティニュアルライト)〉の幻想的な灯りの中で絵画のように芸術と考るべき光景に見える。

 その艶のある長い金髪とブルーサファイアの瞳。容姿端麗である表情に、肌の透き通るように白く均整の取れた胴と四肢。女性らしい胸のふくらみと腰の括れ。瑞々しい桃の如きお尻と太腿から足先への完璧なライン。

 ラナーは、白き袖無しネグリジェ系で裾の長い完全シースルーの、女性の魅力を際立たせる寝間着を着ていた。その広い胸元に付く可愛いリボンやフリルまでも薄く繊維間のあるもので出来ており透過性の高いモノである。

 そして、彼女は胸の部分にブラジャー風の下着を付けていない。更に下は、スケスケの短冊風の前垂れ布に紐が……まず腰側に短冊部分をたらし、紐を前で括って後ろから短冊状のスケスケ布を前で括った紐の下から通しその余った長めの布部分を前へ垂らす形の、良く見ればいわゆるフンドシタイプ。

 でも前垂れによりパッと見は、女神的で神聖味のある趣きを感じさせた。

 その全体の姫君の雰囲気にアインズは率直に呟く。

 

 

「……美しいな、ラナーは」

 

 

「――――っっ!? ……」

 

 思考の魔女のラナーには分かる。今のアインズはおべっかは言っていないと。

 それは――王女の心に最高の褒め言葉として突き刺さる。

 10日程前、『蒼の薔薇』と初会見時でのアインズの思考からも、近いものを読み取っていたが、二人きりで見つめ合いながら直接語られるのはまた全然違った。

 王城の舞踏会にて、目の血走った下等極まる貴族達からの「美しい」と聞こえた言葉の裏の思考には正に汚物的なモノしかなかった。

 対する仮面の彼の言葉とその思考は、一致し純粋に「澄んでいた」のだ。

 

 またもや色欲の無かった彼の気持ちに、少し感動していた。

 

 常に冷静で心の底は完全にドス黒いはずの彼女だが、顔と言わずその白い肌の全身へと赤みが差していく――。

 嬉し恥ずかしという言葉がピッタリな気持ちであった。

 心臓の鼓動がドキドキドキと心へも鳴り響くのだ。

 

(……いったいどうしちゃったの、私……)

 

 ラナーは混乱しつつも気付く。乙女として自分が十分興奮していることに。

 大人の女性の階段を、自分は上り始めたのだということに。

 強い気持ちを寄せ始めたアインズへその火照る身体を晒しながら、彼女は思わず可愛く両手を頬に当てていた。

 処女の王女は想いを強める。己を散らすのは、まさに今夜が相応しいのではないのかと。

 ラナーには、今夜時間があった。それもまだ十分と言えるだけ。

 ベッドからも見える、着替え用の豪華で大きい姿見に映り込んだ飾り棚の時計の時刻から、まだ52分以上残されている。

 

 

 実は――――ラナーの知識に亜人の国に関するものは余り無かったのだ……。

 

 

 王女がアインズへ参考になる情報を伝える時間は、2分もあれば事足りる。後は自由の時間。

 つまり、アインズの期待する情報はラナー自身からは十分得られないということだ。

 ではラナーは、アインズを騙したのかというとそれも違う。

 先程の短い時間のやり取りでは、伝えきれなかったのだ。そして、ラナーはアインズの要望に応える方法を知っていた。

 そうとは知らないアインズが、ラナーの最初の誘いについての返事を漸く返す。

 

「ラナー。貴方からの魅力的で嬉しい話ですが、その特等席について今夜は断らせてもらいます。まず(ソリュシャンとルベドが耳と目で監視中で、ナザリックでの女性関連報告も含めて、精神の)平静を保てそうにない。それに、私のこの目的はラナーの『夢』の実現にも繋がるもので重要なのです。失礼ながら――貴方との大切な約束の責任上、寝物語に聞けるものではない」

「―――っ!」

 

 王女は「でも」「どうして?」とは絶対に言えなかった。

 自分から持ちかけたアインズとの協力話である。そして彼は今その課題へ真剣に挑むところなのだ。ラナーの希望のすべてを握る彼の邪魔は、当然出来ない話となる。

 夜中の密室のベッドで、イチャイチャと初エッチをしてる場合ではないのだっ。

 アインズの言葉に、熱い想いを飲み込んだラナーがベッドへ起き上がった。そして膝を崩した姿勢で背を伸ばし両手を腿の上に置いて姿勢を正すと、アインズへ伝える。

 

「アインズさま……私からお伝えすべき事が大きく2つあります。一つは先程来られた時には時間が無く伝えられずすみません。実は、私には亜人の国に関する知識が殆どありません」

「えっ! そうなの?」

「はい。公務などがあり、亜人らに関する大量の文献へこれまで殆ど目を通せていないのです」

「……そう……ですか……(うわぁぁぁーーーどうしよう。どうすれば……やっはりデミウルゴスに――)」

 

 アインズは思わず、右手のガントレットを仮面の右前側へ当てる形で頭を抱えた。

 しかし、ここでラナーから続きの声が掛けられる。

 

「それと、お伝えしたい2つめですが、確かに亜人の国の情報を私は知らないのですが、その―――姉のルトラーは亜人の文献へも多く目を通しています」

「――っ(公務をしていないから、タップリ時間があったということか)、そうかっ」

「姉は、必ずアーグランド評議国の内情に関する書物も読んでいるかと」

「分かりました。教えてくれてありがとう、ラナー」

 

 一度沈んだ気持ちが希望に大きく立ち直り捲土重来(けんどちょうらい)という感じで、とても安堵感を漂わせるアインズであった。

 ラナーとしては正直、教えるかを迷った情報である。でも、いずれ分かってしまうはずの事に拘りは無駄というもの。それよりも今すぐに知らせる事で彼からの信頼を得る方がずっと有益と考えたのだ。

 それでも姉の第二王女は恋敵であり、気になるのが乙女心。彼の心に余裕の出来た様子を見て、ここで第三王女は初めて尋ねる。

 

「アインズさま、ひとつだけ。その……姉のルトラーと婚約を?」

 

 ラナーに対して、隠し切れそうにないため、アインズは一瞬悩むが事実を告げる。

 

「……今は両家の秘匿事項だけど――確かに約定は貰っています」

 

 アインズ自身から事実と告げられ、複雑に思いが重なった表情のラナーである。

 だが、今の王女というお飾りの彼女では実の力は何もない。「私ではダメですか」とも言えない立場。

 期待する眼前の仮面の男が竜王軍団を打ち破り、アーグランド評議国へ撤退勝利させた時に、初めてアインズは王国に対して大きい発言力を持つ存在となるのだ。

 そこまでは我慢しなければならないし、約定もそれ以後に発動するものだと思いたい。

 

「分かりました、アインズさま。教えてくださりありがとうございます」

 

 落ち着き返事を返すラナーであるが、納得していなくて何かをしでかしそうな雰囲気に見えた。

 それは現実になる。彼女は咄嗟という感じに支配者へ要望する。

 

「つきましては、アインズさまが姉と会われるその場に――私も同席出来ないでしょうか?」

 

 それでは支配者と第三王女の関係が露呈してしまう、簡単にマズイと分かる話だ。

 沈着冷静で利口者のラナーからは、まず出ない考えだと思えた。

 

「それは……難しいだろう、ラナー?」

「……でも、私……」

 

 ラナーはベッドの端から、そっと降りつつ履物へ足を通し立ち上がる。そして両手を胸元で包み合わせるようにし、ゆっくりとアインズへと歩を進め近寄って来た。

 幸い王女の胸元は、腕で隠され間近でも正視に冷静さを持って耐えうる状況だ。

 ラナーはアインズの前まで来ると……彼の胸へと熱い身体を軽く飛び込ませる――。

 

「(おほぅ!)………」

 

 アインズは支配者としてラナーを悠然と受け止めた。その一方で、彼女のその柔らかい肉体の感触と乙女の香りを直接受け、静かに――内心で激しい動揺が起こる。

 

 ラナーは甘くなかった……。それは女の揺さぶり。

 

 更に彼女は見上げてきた。そのすべてを透過する程の死んだ魚のようなブルーアイの恐るべき目が、『思考の魔女』ならではの輝きを放つ。

 

「私と貴方はもう一蓮托生……逃がしませんわよ。姉からは、情報だけを貰ってくださいな。()()()()、アインズさまに知恵と策を示しお手助けするのです――私との約束でもありましたでしょう?」

「!?――っ」

 

 心を見透かしてくるような魔女の言葉だが、絶対的支配者はこの程度で屈する訳にはいかない。

 一気に沈静化した精神から、保護対象の王女へとその(あるじ)は告げる。

 

 

 

「……勘違いしないでほしいな、ラナー。――どうするかを決めるのは、この私だ」

 

 

 

 その力を感じさせる重々しい声の言葉に、第三王女は――瞳を乙女のモノへと戻し、優しく嬉しそうに微笑む。

 

「………はい、分かりました、アインズさま」

 

 ラナーは『仮面の男』の思考が、普通の人である事は分かっている。だが、それは彼女にとって先日からもう重要ではなかった。おおよそ、統計的に彼女以上の知能と思考を持つ男性はいないだろうことは、彼女ほどの知力が有れば当然分かる話。

 彼には英知の策謀を一蹴し圧倒する絶大無比の魔法の力がある。それで十分。あとはラナー自身をどう使ってくれるか。そう、女に溺れ頼り過ぎる愚物なのか、己を律し女を活用する側の者なのか。

 

 そして、それをしっかりと冷静に決断出来る者であるのか……。

 

 でもラナーの心配は杞憂に終わったようである。

 女で王女である者に流されることなく、強い意志を見せてくれた頼れる主人たる殿方、アインズ・ウール・ゴウン。

 これからは離れず、添い遂げるべく付いて行くだけと、彼女の心は不思議と安らぐ。

 ふと王女は考える。

 クライムはとても可愛く大事と思うけれど……恐らく高みへと引っ張って行ってくれる者とは思えない。あの少年は主へ従う『忠犬』の域から出ることはないだろうと。

 あとは……伴侶アインズとの前に大きく立ちふさがる、双子の美しい第三王女殿下(じぶん)より胸の少し大きい第二王女殿下(ルトラー)だ。

 だから、妹は、主へと姉について教えてあげる。

 

「アインズさま。ルトラーについて少しお伝えしましょうか?」

「……そう……だな。では使用人達が来てもマズイし、そちらの奥に見える端の席で話をしようか」

 

 すでに自然と二人の口調は、従う女とその主人が交わす風になっていた。

 アインズはまずベッド周辺へ〈幻影〉で寝ている形の様子を持たせる。次にアイテムボックスから白地のフワフワなガウン調の服を出しラナーへと掛けてやる。流石に、張りはあり形良く揺れる胸元と腰下への目のやり場に困る為だ。

 ラナーは「わぁ、素晴らしい品ですね」と、その高級さと上質感に感動していた。そして主人の自分への優しさも感じ、心は温かくときめく。すでにこの身体をしっかりと見られてしまっているはずだが、後悔は全くない。もっと見ても……触ってもらってもいいのに……と。

 支配者は、目の前へ立つ白いガウン服を羽織るラナーの右肩へ手を背中側から回してそっと抱くと、部屋奥の窓際にあった小さいテーブルと一対の椅子の席へとエスコートして移動する。その場の周りへ認識阻害の魔法を施すと、二人は向かい合い席に着いた。

 

「さて。では、ルトラーについて聞かせてもらおうか」

「はい、では――」

 

 ラナーの話は、自分についても主人へ知って欲しかった気持ちもあり30分程続く。

 彼女ら姉妹の生まれから始まる。美しかった母は、国王派男爵貴族の末娘であった。

 第一王子と第二王子に第一王女も生んだ国王の最初の妃が亡くなったあと、3年後の舞踏会で見染められる。半年後、国王とラナー達の母の婚儀が行われた。それから1年後に、双子のルトラーとラナーが生まれる。その母は彼女らが8歳の時に他界した。以後、国王ランポッサIII世は妃を娶っていない。あとラナーらの母方の男爵家とは、母が末娘で嫁いでから既に代替わりが2回されていて、母の叔父の娘婿が当主となっており関係は随分薄くなっている。

 さて、双子で生まれた姉のルトラーだが、生まれながらに両足が不自由。そして5歳の時にその原因が前代未聞の『呪い』だと判明する。厳しい緘口令が敷かれ、ルトラーの容体について公では不治の難病ということにされた。だが、ラナーには関係なく周囲の思考から、姉は風評の悪さを王家が恐れて――冷徹に表舞台から脱落させられたことを知る。

 

 ラナーはこの時、目的に親類の情など一切不要なのだと大いに学ぶ。

 

 それからルトラーは、現在まで王城を一歩も出ることなく、ほぼ王家以外の者の目に留まる事もなく、このヴァランシア宮殿5階の一室にてひっそりと暮らし続けていた。

 そのため、幼少期から時間だけは山の様にあったのだ。ラナーに匹敵する頭脳を持ち、彼女は王城にあった閲覧可能な書物を取り寄せほぼ全て読破している……。それは、人類国家関連に留まらず200年近く前より亜人の国から王国へもたらされ、誰も読まず読めずで残されていた大量の書物にまで及んでいた。

 彼女が解読出来る言語数は、この広い大陸の全域に及び既に90以上あるらしい。ラナーが読めるのは、過去にも存在したものも含めて人類国家中心に15言語程に留まる。

 ラナーとしては、姉が恋敵になるとは想定外で、もし亜人の国に関しての変事が有れば、嫁がずにずっと残っているだろう彼女を頼ろうと考えていたようだ……。

 ルトラーは幼少時から時折、ラナーとは5階の自室内で会っており、共に勉強をしたり姉妹での会話も楽しんでいる。

 妹からみる姉ルトラーは『寛容』『聡明』『可憐』だ。姿は似ているが心が温かい姉の方が綺麗に見えていた。特に澄み切った穢れなきブルーエメラルドの瞳だ。また幼少期には容赦のない地もみせたラナーは、何度か窘められている。

 客観的にみてみるとラナーには悔しいが、姉の方が人として総合的に優れているのが感じられた……。

 

 だからずっと親近感は抱いていない。

 

 ラナーにとって、姉のルトラーは人間的能力と容姿での永遠のライバルなのだ。

 ただ、一つだけ姉にも『欠点』がある。『呪い』の件はともかく、お飾りの王女に足の具合は余り関係ない。妹的にみて欠点とはルトラーが――『黒』を溺愛していることだっ。

 部屋の白い壁を除くと室内は、絨毯を初めカーテンやベッドに至るまであらゆる家具が黒一色に埋もれている。また身に付ける服も下着すらも全て真っ黒々だ。まるで葬儀場の如き異質である光景が、姉の自室には日常として広がっていた。

 

 姉ルトラーは言う。『他色の全てを容易(たやす)く塗りつぶす事の出来る黒こそが、不変で美しい』と。

 

 その台詞を僅か5歳でさらりと述べた姉が、ラナーには怖かった……。

 なぜ、美しい『白』ではないのか。その後よく、好みのカラーで言い争いになったが。

 『欠点』を除けば兎に角、姉ルトラーはラナーにとっての『眠れる獅子』だ。

 ソレが、恋愛にまでも激しく加わって来るとは……。

 

「――姉は、父上と母上、兄妹達や自分の生まれた我が王国を愛し大事に思っています。そして、次期王位はここ十年、毎朝見舞いに来る長兄のバルブロ第一王子が継ぐことを望んでいるようです。そこで、王家でずっと厄介者の自分を王国存続のために活用したのです。財と権力に紛れて餌となりアインズさまを動かし利用しようと企んだ……その身も上手く押し付けて……ズルい人ですわ」

 

 姉ルトラーの株を僅かでも下げようと、妹のラナーは言いたい放題である。ラナー自身もアインズを利用している身のはずなのだが……。

 そして、姉が主人の妻にと上手く納まる形の妙策に、羨ましいとラナーは素直に思ってしまっていた。流石は自分が姉だと。

 でも、ラナーとしては目の前に居るアインズはすでに生涯の良人と決めた者。ここで彼を取られそうになり、大人しく引っ込むはずがない。

 また、姉ルトラーの『寛容』な性格は良く知っている。

 間もなく祖国を救う偉大で英雄の魔法詠唱者アインズに、自分以外の女が1人や2人ぶら下がっていてもとやかく言う程狭量ではない事を。

 王家の魔女は己の主人へ余裕の笑顔で伝える。

 

 

 

「きっと、私が同席していても大丈夫ですよ――――()()()ですから」

 

 

 

 アインズは、ナゼかそれには納得してしまった。

 

「……そうか……だが少し考えたいな。いずれにしても、段取りはこちらで用意する。それまでラナーは、()()()()も大人しくしていろ」

「はい、アインズさま」

 

 ラナーはニンマリと微笑んだ。

 

 時間はまだ15分ほど残っており、アインズはラナーへ現状で予想される評議国の内情を話す。スレイン法国の陽光聖典の連中から得ていた情報だ。竜種達も含め数々の亜人の種族の連合体で国家を形成している模様。それを評議国という国名から推測すると合議制で運営しているのだろう。だが、そこまでだ。実際にはどんな種族がいて、組織があって、どういった手順で今回の軍事行動は決められたのか。また、どの種族の誰がどういう立場でいるのかといった詳細は全くの不明。

 これでは具体的な作戦の立てようがない。

 現地へ赴き、行き当たりばったりで行動している時間は多く取れないだろう。精々1週間ぐらいか。

 現状の情報でラナーが示す大まかながら確実だという手は、評議国における権力者の――直接支配だ。

 彼女は笑顔で主人へと勧める。

 

「アインズさまは、()()()()篭絡出来たのですから、大丈夫ですよ」

 

 智謀の王女が語るには、亜人達の世界においても“力は絶対”とのこと……。

 半信半疑で「そうだな」と支配者は答えた。

 時間が来たため、アインズはラナーの部屋を後にする。

 先程彼女へと掛けたフカフカの白いガウン服について、「此処への来訪がバレるかもしれない」と回収を忘れない。

 脱いだラナーは残念そうにその服を一度抱き締めると、アインズへと別れ際に差し出していた。

 

 

* * *

 

 

 

 

 結局、支配者は昨夜、無駄足を食らっていた。

 ルベドの為に評議国の情報を得ようとラナーを頼るが、亜人情報は有さずと言われ、姉が知識を持つと知らされたのだ。

 そうして、王国戦士長へとルトラー第二王女殿下との会談伺いを立てる今へ至る。

 アインズは、表面上焦りなく悠然と語る。

 

「日々急変もあり得る戦況と出陣も迫る状況です。出来れば早い方がいいのかもと。こちらとしては、会談時間や場所は王女殿下側で任意に決めて貰って構いませんので」

「んー」

 

 客人の(表では)殆ど宮殿の部屋か庭園で過ごしている風に見えるゴウン氏からのいつも聞く控えめの言葉を、戦士長は目を閉じて一つ一つ思考で反芻する。

 3日程前に話を折り返されたはずの大臣代行は、少し頭の固いところのある人物で、ゴウン氏のこの戦争に関する大きい存在をまだ十分に捉えていない節があった。

 戦士長は閉じていた瞼を上げ、姫君の婚約者たる客人の友へ伝える。

 

「一々もっともだ。この話を持ち帰り、早急に実現するよう努力しよう。今日明日にでも予定をお知らせする」

「よろしくお願いします」

 

 二人の交わす会話の際中、ユリによりいつも通り温かいお茶の入ったカップがガゼフの席の前に置かれていた。それを厳つい顔ながら美味しそうに飲み干すと、戦士長は「では急ぐので、これにて」と立ち上がる。

 アインズも立ち上がると握手を交わし、ユリに扉の外まで送らせた。

 去り際にガゼフは愛しの眼鏡美人へと告げる。

 

「ユリ・アルファ殿。近日にまたお食事への招待状を出しますので。本日もお茶、美味しかったです」

「ありがとうございます。分かりました。では、またのお越しを」

 

 戦士長は、ユリの眩しい笑顔(半営業スマイル)を贈られる。

 しかし、朝に受けたユリからの感激の衝撃に比べ振れ幅が小さく、感情が安定内に留まった彼は――珍しく正気のままこの場を後にした。

 人はもちろん恋でも精神が進化する生き物なのであるっ。

 

 

 

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、ゴウン氏との用件を10分程で終えたため、まだ時間があると判断する。

 宮殿を出て少し歩いた王城建屋内にある国王ランポッサIII世の執務室を訪れ、王の座る執務机の前で跪き、仮面の客人と姫の会談の件について父親である国王へとまずお伺いを立てた。

 

「陛下。先日、大臣代行殿をかの御仁へ遣わした折、王女殿下からの会談ご希望の旨も伝えられたかと」

 

 約定の件とルトラーの話は公では禁句のため、(ぼか)されてここでは伝えられた。

 

「……うむ」

 

 国王は一応、大臣代行からゴウン氏の返事について「実は……」と話は聞いていたようであるが、娘の要望とは言え今の段階で足に難しい問題の有る姫を、魔力系であろう旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の前に出していいものか改めて思案していた。

 嘗て娘の足を診断した信仰系魔法の権威で、第4位階魔法詠唱者の高名な神官から「恐らく人類が使える魔法の範囲で、呪いの解除は無理でしょうな」とも告げられている。先日の会議で己に誇りを持っていると語った仮面の客人へ、()()()()()も失礼だろうと尋ねることも出来ていない。

 何と言っても此度は王国の命運が掛かっている戦いで、今は彼の『竜王にも対抗出来る』と予想される未知の力無くして勝利は難しいという話になっている。

 その男に、王女をこの機会で会わせ『解除出来ない呪い』に彼の自尊心を傷つけ「やはり、気が変わった」と言われ、王城から立ち去られる可能性は残る。それにより今次大戦の敗北――王国の滅亡へ向かう事にでもなれば一大事である。全ての国民が絶望に打ち震えるだろう……。

 ランポッサIII世は重く口を開く。

 

「今、二人を会わせて大丈夫なのかと思うてな。かの人物は、我が王国にとって最後の希望かもしれん。娘の(さま)を見て失望し、この地を去ったりしないかと心配でな……」

 

 主の不安を抱える心を聞いたストロノーフは、国王が大臣代行らに言いくるめられゴウン氏を嫌うなどして敬遠しているのかという不安が杞憂だと安堵する。忠臣の彼は、心配無用と自信ある表情を浮かべ、国王へ向かう。

 

「御安心ください、陛下。今、かの御仁に呼ばれ宮殿の部屋で会ってきたところでございます。あの人物は、竜王軍団の話にすら泰然としている真に勇の者。狭量の人物では決してありません。それに――王女が不安がっていないかと心配し、会談を早めにした方が良いのではと気遣っていましたぞ」

「ぉおお、なんとっ。そうであったか……」

 

 戦士長の語った仮面の客人の話に、国王の表情は一気に安堵と喜びの混じる表情へと好転した。

 ランポッサIII世は執務机の席から立ち上がると、大臣補佐へと声を掛ける。

 

「小間使いの婆やを呼べ」

「はっ、しばしのお待ちを」

 

 ルトラーの部屋を長年仕切る小間使いのベテランを呼びに大臣補佐が執務室から退出する。

 国王は席を離れ、机の前方で膝を折る戦士長の横へ近付くと左肩に手を置き呟く。

 

「……あの心ある強き客人は、我が王国の救世主かもしれんな」

「はい」

 

 このあと、呼ばれた婆やは国王よりルトラー宛の書簡を受け取る。

 それには『彼との会談は今日、明日の何時が良いか?』と記されていた。

 

 

 

 

 アインズと第二王女ルトラーの面会が行われたのは、それから――僅か2時間後の午後1時半からであった。

 ルトラーは約定が決まったと知らせがあった日から、ずっとこの時を心待ちにしていた。

 なんといっても『漆黒』のカラーを愛用する者同士である。

 広い城内において殿方で、連日黒系の衣装を着こなす人物にお目に掛かったことがなかったのだ。

 彼女としては『黒系を愛用する殿方に嫁げる』、もうそれだけでよかった……。

 無論、ルトラーの会談用のリボンとフリル満載の袖なしで胸元も広い豪華調のロングドレスは真っ黒だ。両手にはめるレースの長手袋も真っ黒、手に握る羽根付きの扇も真っ黒。靴もストッキングも髪飾りの花も、そして見えない下着すらも全部黒一色である。

 どこからどう見ても、完全に葬式帰りの立派すぎる衣装に見える。

 だが、彼女の艶のある美しく長い金色でストレートの髪と、輝くブルーエメラルドの瞳に加え透き通る白い肌が強烈なコントラストを示し、車椅子ながらルトラーという女の存在をより鮮やかに魅せていた――。

 

 そして会談の場所は、アインズの宿泊部屋となっている。

 

 車椅子のルトラーの付き添いには()()と若い使用人が一人。

 このヴァランシア宮殿には、普段は使われないがからくりを使った昇降機が廊下へ面する一角に小部屋として増設されている。

 それを使い5階から3階へと第二王女一行は降りて来た。

 先程から5階の一部区画と、この部屋周辺の守衛状況の変更が行われ、王女の姿を見られることなく旅の客人の部屋へと、婚約者的立場の姫君が入室する。

 

 黒き車椅子に乗ったルトラーは、扉から中へ進みながらゴウン氏の部屋を視線のみで見回す。

 正面から歩み寄る漆黒のローブを纏う仮面のゴウン氏に、警護だろう白き鎧の者とメイド服調武装の2人に、使用人衣装の者が()()見えた。そこで第二王女の視線は、その中にいた使用人服姿の一人へ釘付けとなる……その娘の顔が、自分に瓜二つなのだ。長いはずの金髪は、大きめのメイドキャップに納まっているが、どうみても(ラナー)である。

 婆やと使用人は距離もあり『特異な使用人』には気付かない様子。

 姉の視線に気付いた妹が、口許へ僅かに笑みを浮かべ「フッ」と微笑む。

 第二王女は、そう言えばと思い出す。国王から面会場所と時間が記されて届いた()()()の書簡には『今日の会談で、“婚儀について”の話を客人はしたいらしい』とあった。

 

(……本当にそれだけ?)

 

 現状からおそらく、この会談のお膳立てに第三王女が一枚噛んでいるのは確実。直ちに何故かをルトラーは推測する。ラナーの『姉』はよく知っている。妹が、無駄なことはしない者だと。

 優秀なラナー自身が解決出来ない部分で、姉に頼ろうと思う部分となると()()()()()()()()()

 また、先日の深夜の入浴場での妹の雰囲気から、ゴウン氏への接触を少し予感させたが……。

 

(これは……)

 

 ラナーとゴウン氏は、この王国の未曽有の状況に協力関係を取っているということは理解出来た。でも、この状況は一体全体どういう事だろうと、偉才のルトラーも表情は変えずとも澄んだ青緑の瞳に困惑の色が浮かぶ。

 

 格式あるリ・エスティーゼ王国。その第三王女が、()()()使()()()()()()をするなど知れ渡れば前代未聞……というか大問題になる行動だ。

 

 おまけにラナーは、今、公務の時間のはずである。どうやって抜け出してきたのか……。

 第一、協力するなら普通に同席すればいいはずだが――と、ここでルトラーの思考が、妹からの無言での主張の答えに辿り着いた。

 

 

(ココで、あなた(ラナー)に目を瞑れって事? それも……ゴウンさまの女として――)

 

 

 強烈なる妹ラナーからの挑戦であるっ。

 しかし、この今日の会談への動きには妹の手が入っていると考えられる。また王国の命運を掛けた今次大戦への、これは大事な会合なのだろう。

 ルトラーは複雑に想いの交錯する中、一瞬で考えると――ゆっくり目を瞑った。

 

(…………分かったわラナー。あなた、仮面の客人に惹かれているのね)

 

 双子の姉妹である。熱くなった想いの気持ちは強く理解出来た。

 それに、国家存亡の超一大事の際中。王家の者として今、個人的な部分は十分飲み込めるものだ。

 第二王女が次に輝いた眼を開けた時には、もう特異の使用人は視界から外れていた。ルトラーは、正面に立った漆黒のローブのとても似合う大柄の魔法詠唱者を見ていた。

 部屋に入ってからこの間、3秒足らずだ。

 

 

 アインズは、車椅子の黒い客人を歓迎する。

 

「ようこそこちらまで。下の廊下でお会いして以来ですね、ルトラー王女殿下」

 

 ルトラーは、目の前の()()()()(ラナー)を手懐けた様子を姉へと見せつけながら、随分と冷静な声を掛けられるものだと感心する。

 

「……そうですね、ゴウン殿()

 

 第二王女は、複雑に乱れた思考をもう切り替え終えていた。当初の浮かれ気分はどこへやらだ。すでに彼女から恋心の大半は霧散していた。

 それは当然だろう。アノ妹に、あの貶める服装をも決断させる()を前にしているのである。

 妹とこの御仁、二人の関係は普通に考えて蜜月。

 

 それは――彼女の妹であり、王国の『大切なとっておきの姫君』を既に夜な夜な散々に散らされ失っている事が容易に想像出来る。

 

 ゴウンは多分、上級の魔法詠唱者だ。護衛を騙し誤魔化すのは簡単だろう。今、ラナーがここに居ることがそれを証明していた。

 この目の前の()()()()と婚姻の約定までしている自分にやるせない思いも湧く。

 とはいえ、仮面の男の力無くしてこの祖国と数百万の民は救えない。双子の王女姉妹を贄にするだけで、国と皆が救われるなら上等であるっ。

 

(これは、王家に生まれし者の定めなのね……)

 

 だからここは、売女(ばいた)の如く全ての屈辱を見事に耐えてみせ()(へつら)い、リ・エスティーゼの礎として明日へと進むのみ。

 たとえ、婚姻の遥か前の今夜から秘密裏に、濃厚であろう閨での散々に繰り広げられるご奉仕の日々であろうとも――。

 

(ぁ、入籍前に望まれない禁断の御子が生まれてしまうかも……)

 

 ゴウン家との約定が成り1年先の婚儀に備えるべく、先日から王家の若妻達が読んだという書物を解禁されたルトラーは、夫婦の夜の過ごし方が列記されたソレを軽く30回以上も読み返していた……一言一句まで覚えたはずなのに。おかげで基礎知識はぼんやりと埋まった状態だ。

 その実践を考え、少し身体の奥がジンと熱くなる想いに、ナゼか僅かにゾクゾクとしてしまう彼女。ラナーの姉なのは伊達ではないということだろうか。

 こんなイヤラシイ思いを一瞬でさせた目の前の男を、王女は少し睨むように見た。

 でも、そのトキメキの言葉は突然で。

 

「先日とまた違った、素敵で見事にお似合いの“黒のドレス”ですね」

「――っ!?」

 

 ()()()()のはずである男の言葉に、ルトラーの胸が大きくドキンと鼓動を打った。声の雰囲気から取り繕って出されたものではなく、自然の感想ということが窺えるものだ。

 

(あぁ、そんな……)

 

 黒の良さを知っている人でとてもとても嬉しいけれど……それだけに余計悲しい。

 何という無情だろう。

 巡り合った生涯の伴侶たる『黒』を理解する殿方が、妹を食い尽くした()()()()とは……。

 だがここで、ルトラーは思い至っていなかった『とある思考』をハッと(ひらめ)く。

 

(……本当にゴウン()()は――ケダモノなの?)

 

 父の国王や兄バルブロから聞く貴族の男達は、必ず女を組み敷くといい、安易に近寄るなと口を揃えて語っていた。一度でも隙を見せれば、毎夜飽きるまで襲われ続けると。

 『でも』と、目まぐるしく変わる乙女の心理が、ここに炸裂していた。

 妹のラナーは、我の強い大物でクセ者である。

 それゆえに――貴族達の大多数を占めると聞く、女を漁り溺れる愚者に道を託す訳がないと思えた。もしそうなら今、第三王女(ラナー)がこのゴウンさまを従えてここに出迎えているはずだ……。

 

(そのラナーが、彼に黙って従っているということは……)

 

 偉才の第二王女ルトラー・ペシェール・ラドネリス・ライル・ヴァイセルフには、今日の件の全てが見えた気がした。

 

 昼前に戦士長《ガゼフ》を迎えた時と比べ3人掛けのソファーが外され、アインズの一人掛けのソファーも動かされている。車椅子用の位置がテーブルを挟みアインズの一人掛けのソファーと対面の形で空けられていた。

 客人の車椅子がその位置へ移ると、アインズも一人掛けのソファーへと腰を下ろす。

 この時に漸くルトラーは、彼の周りに控える者達の尋常ではない美貌に驚く。『黄金』と呼ばれる妹のラナーにも勝るとも劣らない者達が多く揃う。

 外の世界を知らないルトラーは、容姿の基準が分からない。

 ヴァランシア宮殿5階のルトラーの部屋へ出入り出来る使用人は、計7名で全員女性だ。非常に限られており少ない。50代の婆やを除くと、30代1名と、20代2名に10代3名。全て国王派の中でも長く親密な貴族の娘達だ。

 その者達の容姿は……悪くないと思っていた。稀にこっそりと秘密通路越しで、宮殿内を歩く使用人の娘達を見ても変わらないように見えたのだ。

 でも、この部屋にいるゴウンさまの連れている女性達に絶世の美人が多すぎた。一人だけ普通そうに見える娘がいるけれども、その金髪の娘でさえも宮殿中で一人、二人いるかという可憐な者だ。

 ちなみにルトラーの部屋は国王の居室空間の更に奥へあり、常時、王の近辺を守る衛士や衛兵を10名以上倒さなければ入れない場所だ。第三位階の移動魔法〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉を感知出来る仕掛け等もあり、大事な姫を突然襲う魔法詠唱者の侵入も許さない。

 そういった中で過ごしているが、仮面の彼への疑問が膨らんでいた。

 

(ゴウンさまは……何者?)

 

 三大人類国家の一つ、リ・エスティーゼ王国の人口は実に約900万人。

 ここはその国王の居城。威信もあり使用人達は、容姿の美しい者を集めているはずなのだ……。

 ルトラーは統計学的に、オカシイ部分に気が付きはじめる。

 一介の旅の魔法詠唱者一行の娘達5人全員が、大国内から選り抜きされた貴族の娘達の容姿を、圧倒するということはあり得るのかと。

 ただ、貴族達が多くの美女達を隷属的に閉じ込めて続けているという悲しい事情はある。しかしそれでも、ラナー姉妹やラキュースなど飛び抜けた美貌の者達の例は少数にとどまるだろう。

 

(これは――ないですわ)

 

 常識的範疇で普通に考えれば簡単な話である。まずあり得ない。

 でも、ここにその現実は有る。

 

 つまり、それだけで旅の魔法詠唱者一行が普通ではないことを立証していた。

 

(これほどの人材達を、()()()集められたのかしら……)

 

 これは、絶対的支配者にとって、窮する致命的な質問。

 ルトラーの思考は、視界外から抉り込んでくる威力を持つモノである。正に鬼才といえよう。

 だが、彼女はそれについてゴウンさまへ問わなかった。

 

「ドレスについて、お褒め頂きありがとうございます」

 

 ルトラーは、最初に礼を述べた。まず、もう少しゴウンという者を知りたかった……いや、『黒』をどう思っているのか探りたかったというのが本音であるっ。

 しかしなんと彼から、いきなりファイナルアンサーが返って来た。

 

「いやぁ、実は私は――“黒”が大好きなもので」

「――っ!!」

 

 ルトラーは震えた。絶句するように、口許を微かに開いたままで。

 

 アインズは、リアルの鈴木悟の時から黒にこだわりがある。

 知り合いからよく「ちょっと服、黒過ぎない?」とよく言われていた。グレー系も含め服を初め、部屋の家電や家具もブラック調で統一していたほどだ。

 それはユグドラシルでも変わらなかった。第十階層の自室もブラック調。このアインズの装備もギルドマスターとして金も取り入れているが、なるべく黒基調で揃えた。冒険者モモンの全身鎧も剣も漆黒の多い物を採用している――。

 だから、女性であるルトラーの()()ながら真っ黒の衣装は、新鮮でとても美しく見えた。それを纏うルトラーも。

 金色の髪に咲く真っ黒な花飾りが、彼女の端正である表情を際立たせる。透き通る質感の肌は、ラナーと同じ滑らかさを見せていた。また胸元には、ラナーより一回り大きいかもしれない、柔らかさとまろやかさの漂う双胸がクッキリと谷間を作り僅かに揺れる。

 そして全てを見通すが如き、美しいブルーエメラルドの瞳。

 支配者は、黒を存分に着こなす彼女とは趣味が合うかもと思った……。

 

 第二王女にとって、ゴウンさまの『黒』大好き発言は幸福感を十二分に満たすものだ。

 先日から王国のために、彼への輿入れは確定している状況にある。ラナーの態度からゴウンさまは、アノ妹が従うに足る資質と紳士さを持つ方のようだ。立派な方で何よりに思う。ただ、お陰で妹までが、ゴウン家に加わりそうという勢いではあるけれど……。

 それでも祖国救済への見返りの天秤へ乗せられたのならば、異議はない。双子の姉妹で仲良く、この『黒好き』のステキな夫殿を奥から末永く支えていくだけとの考えを固める。

 その鬼才の彼女が開口する。

 

「今必要なのは、アーグランド評議国の権力組織等に関する情報ですね? 後は、経済方面も。どこからお話ししましょうか」

「――!? (ラナーの同席でこちらの計画を読まれたんだなぁ……手間が省けたかな)」

 

 流石はラナーの姉だと、アインズはその圧倒的である慧眼への驚きで僅かに上体が動いた。

 それを誤魔化すのもあり支配者は語る。

 

「ありがとうございます。今は、この王国をまず勝たせることが優先されますので」

 

 目の前のルトラーは、それを聞き頷く。今はそれでいいと。彼女のゴウンさまへの気持ちはもう決まったのだから。

 しかし、彼女は一つだけ、情報を語るその前にとお願いする。

 

「あの――かなうならば先に、その……ゴウン()()のお顔を拝見出来ませんか?」

 

 そう、彼女はまだ見たことが無かったのだ。上流階級の貴族の娘達は、他家の顔を知らない男へ嫁ぐことも多いと聞く。でも今は、目の前にいるのだ。是非見ておきたいのは女心である。

 彼女の要求にアインズは応え、ゆっくりと右手で仮面を外す。鬼才のブルーエメラルドの視線の先へ現れたのは、一応平均以上をキープする金髪の顔であった。

 ルトラーは、二コリと微笑んでいた。祖国の者に多い髪の色を眺めて。

 彼女はふと思う。

 

(でも―――入籍前に御子が生まれてても……いいかも……)

 

 二人の愛の結晶。その可愛く愛しい子は間違いなく綺麗な()()()の髪だろうと――。

 

 まさか、もし生まれれば大好きである色の()()や神人という可能性については、鬼才の彼女でさえもまだ知る由もない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーグランド評議国第三の都市サルバレ。

 リ・エスティーゼ王国に南東部へ横たわる山脈を境とする形で隣接している国境から25キロ程の場所に位置し、北西側に広がる大平原への出入り口で交通の要衝に造られた小都市だ。先日廃墟と化した王国側の旧大都市エ・アセナルから見ると北北西へ70キロ程の地にあり、人類国家群へ備える城塞化された軍事都市でもある。周辺の亜人個体数は8万程。

 アインズ達一行はルトラーとの面会のあと、午後3時半をこの地で迎えていた――。

 

 

 

 アーグランド評議国は、現在4つの都市を中心に栄えている。

 第三の都市サルバレから西北西へ直線距離で約120キロ行くと、首都の中央都がある。中央都周辺は賑やかに発展し、亜人個体数が約15万ほどだ。他に北海岸と南西海岸近辺へ2つの都市が存在し、それぞれも繁栄している。

 国民達は基本的に多くの種族ごとで分れ、共同体的なコロニーをつくり生活する。都市内でも区画で分れている形だ。混合して暮らすと揉め事が多くなるため、共に暮らす地域は第三の都市サルバレなど極一部である。

 また海岸部には、マーマンやシー・リザードマンら海の種族が多く生息し、山岳部には竜種などが集まり易い。森林部には精霊種、林や平原には豚鬼(オーク)小鬼(ゴブリン)らがと、地方では住み分けも自然と行われている。

 ただ、アーグランド評議国の奴隷階層を除いた人口――総個体数は67万台に留まる。

 竜王国の東の()()『ビーストマンの国』の亜人総個体数約280万からすれば随分少ない。

 だがこの評議国には、多種混成国家のお陰の部分も存在する。竜種だけで4000体(Lv.50以上は20体程度)を数える。そして、大陸でも珍しく陸海空の全ての大軍団を保有していた。多くの人類国家や大陸中央寄りにある単種での小国に対し、圧倒出来る程の戦力を持つといえる。

 建国当時の300年程前に比べ、アーグランド評議国は奴隷達を利用した豊富な労働力と食肉産業を生かし、国を発展させながら亜人の総数を何とか20倍以上に増やしてきた。

 そうなれば、当然領土拡大をすべく人類国家に対する戦争の話が出て当然であるが、中央都の評議会で議題に上がるたびに、永久評議員7名の多数決で否決されている。

 その回数は評議会発足以来、実に139回を数えた。直近の100年で、それは90回へ近付く。特に永久評議員筆頭の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツァインドルクス=ヴァイシオンは一度も可の決定を下していない。

 

 彼は、古き歴史上100年単位で登場してきた六大神や八欲王など、飛び抜けて圧倒的といえる力を持った破壊思想を持つ人類側救世主達の再度の登場を危惧している。

 

 遺恨が大きければ、反動は凄まじいと。

 現に600年前、大陸上で人類国家の淘汰に近付いていた状況下で六大神が突然登場する。人類救済の名目の下、人間を隷属化し生き残らせていた全他種族へ対し大規模排除の形で鏖殺(おうさつ)が行われた。結果、僅か2年で亜人の国々や異形、死者の国までが20を超えて滅び去り、特にこの周辺である大陸北西部一帯の人類以外の総個体数は一気に50分の1以下になったのだ……。

 

 だから、ツァインドルクスは偶に「余り人間を甘く見ない方がいいよ」というのである。

 

 彼自身、六大神や八欲王と対峙したことがあり、実際の悪鬼的恐ろしさを知るからだ。

 ゆえに『神人』を滅ぼす言い伝えも、人類国家を打倒し評議国を建国した際の報復で発する新しい戦争の歯止めになるよう、スレイン法国へ脅しというべき形で密かに広めていた。その際、遠隔操作した人間用の鎧姿で法国の各地をこっそり行脚している。また、数十年単位で時折感知した世界に脅威を与えそうな存在へも、鎧姿で確認を行なっていたりする。

 それが興じて、特に国内世論が「今なら勝てる」と対人類戦争へ向け急に高まり始めた200年前の時期のこと。白金の竜王は100年振りで()()()()()()()を見つけると、人類側の状況把握と人間達を理解しようと考え、『十三英雄』の『白銀』として遠隔操作の鎧姿で人類世界を旅し、共に戦い喜びも分かち合い、その価値観を理解した。

 彼等人間達の価値観は共感出来る部分も多く、『共存は可能だ』と彼は個人的に今理解している。

 しかし、国の代表の一人としての立場から見て、国内に延々と定着している『人間どもは先祖の仇にして、クソで脆弱な奴隷』という常識を覆すのはほぼ不可能である。アーグランド評議国は、今なお人類勢力が共通の敵として存在することで、(まと)まっている部分もあるからだ。

 評議会は、永久評議員7名と一般評議員104名の計111の議席で運営される合議機関だが、最近は一般評議員の中でも横暴に振る舞う者が増えて来ており頭を痛めている。

 

 評議会を無視し、勝手に大きな争いを起こす者が現れたのだ。

 

 確かに評議国内の竜王の中でも、今騒動を起こしている煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)は、嘗て八欲王らにもダメージを与えた事もある古の実力者ではある。

 更に、私欲に走る実力の無い者までが、それへ便乗する形で動くという悪循環が起こっていた。

 国内で、不満感が増えたと見ているここ100年でも無かった事態である。

 寿命の短い者らの世代交代が随分進み、格式と威厳に満ちた評議会も300年前からの同じ顔触れは、もう2割ほどに過ぎない。

 最近は『老害』などと長老らを陰で馬鹿にする新興の勢力も登場しつつあると感じている。

 

(困ったねぇ……)

 

 国や国民へ対する板挟みのジレンマと、空中都市の主を失った守護者達より()()()()()()()()()()として密かに託された至高の八武器の一つを守る責任を思いつつ、ツァインドルクスは今孤独に――全てへの突破口をずっと欲している。

 

 だが、国内で世界最強水準の力を唯一持つ彼以外に、その悩みを(にな)える者はいない。

 アーグランド評議国も、決して安定している国ではないのだ……。

 

 

 

 

 そんな滅入り気味の竜王が一本柱で支える評議国の大地へと、ナザリックの絶対的支配者は偽装も交え密かに乗り込んで来ていた。

 準備は万全――とは、やはり言い難い。

 何せルトラー第二王女との会談が終ってから1時間程でここへ来ているのだ。

 

「……(へぇ、中々にぎわっているなぁ)」

 

 だが、()()()()()()()のアインズは、人類世界とは異なる未知の領域であり、初めて踏み入る亜人国家内に繁栄する都市の、周囲の街並みを興味深く見回している。

 アインズの一行は、至高の御方を含めて総勢8名で編成されていた。

 ハッキリ言って、今一時的に動かせる戦力として即興でかき集めた感アリアリだ。

 まず支配者の護衛として、また今回の火付け役でもある彼女、完全不可知化のルベド。彼女がいればたとえ最上級のプレイヤーが数名現れても一応何とかなる。次に、お伴として最低1名は交渉役も兼ねた亜人を連れて行く必要があった。だが、ギルド内は殆ど異形種か人間種なのを思いだす。そこでアインズは一旦ナザリックへ戻り、大図書館にて召喚巻物(スクロール)の中から見つけてきた小鬼(ゴブリン)でLv.43のレッドキャップを5体呼び出した。なるべく低レベルを心掛けたがこれ以上低い者はいなかった……。

 そして最後は――Lv.83の自作NPCのキョウである。

 他に心当たりがなかったのだ。その時に閃いたのが()()()()を守っていた彼女だ。

 キョウは、便利な二重の影(ドッペルゲンガー)と、ネコマタのハーフでもある。ネコマタ状態へ変化すれば、猫耳と顔にも可愛く長い髭が伸び、銀の体毛がフサフサでお尻へ尻尾が二本揺れる形で、戦国鎧調忍び装備のほぼビーストマンの姿だ。

 この一行は、表向き彼女が率いている風を装う事にした。 

 また一応後方支援として、パンドラズ・アクターとマーレが予備戦力として王都の宿屋で待機してくれている。しかし、冒険者モモンらにはチーム『漆黒』としての仕事があり、基本は王都から動かしたくはない。

 なぜなら、人を動かすにはそれなりに手間が掛かるのである。

 ルベドの外出とキョウの村外へ出るのにも、周囲への理由付けが必要だ。これは、アインズの部屋へ公務中のラナーを登場させる時にも用意されていた。

 ラナーの場合は、4階で公務中だったがそれでも王女専用の御手洗いへは行けた。そして、ソコで不可視化したナーベラルが活躍してくれた。(詳細は補足に)

 ルベドの場合は、ツアレと大臣補佐らに対してで幾分楽だ「数日の王都内での所要」。あと、キョウについては「トブの大森林内の調査」となっている。

 面倒事を考えつつアインズは、大図書館から上階への移動ついでに第九階層の統合管制室に寄り、アーグランド評議国の第三の都市サルバレと首都中央都などを俯瞰から拡大状態で確認していた。

 そうして評議国訪問メンバーは、先程トブの大森林内からアインズの〈転移門(ゲート)〉で評議国のこの都市の傍の林奥へと移動して来たのである。

 一行は高い外周壁に護られた都市の正門から、堂々と中の街へと入っていった。ただ入門前に一つだけ困ったのは、またしてもお金だ。しかし都市の近郊にも街が有り、評議国の貨幣については、アインズ向けにンフィーレアからエンリ経由で献上されていた2ダースの青い下級治療薬の内2本を、都市外の店で売却し得ることができた。初顔だがキョウが超美人だということもあり、買い叩かれることもなく大きめの金の粒に彫刻のある貨幣が手渡される。粒の数は5個。どうやらひと粒で金貨1枚分と思われる。魔法を使う鑑定者のガッシリした人馬(セントール)の親仁が「こいつは随分上質だな」と感心していた。相場は人間の世界よりも高いみたいだ。ダースで王国金貨18枚程と聞いている。なので2本なら金貨3枚……粒で3個程度の価値が5個であった。

 さて、視界に見える都市の建物は石と土を固めて作られており、5階以上ある高層階の建物も普通に建てられている。ただ人間世界とは違い、各階は大柄の体格へ合わせるように天井までが5メートル程あり角に丸みがある感じで、アバウトでもっさり感のようなものが感じられた。扉や窓の付いているものもあるが、布を垂らすか穴しか空いていない形のものも結構見られる。亜人達は人間に比べ体毛や皮膚が丈夫なので、寒暖に差があっても大きい影響はない部分が街の造形にも影響しているようだ。

 商店や露店も多く見られるし通りも亜人達で賑わうが、目立つのは――意外に人間の男達の姿と数である。

 彼等は多くで荷車を引き、荷を運び下ろし、建物を作り、作業後の片付けなどをしていた。指示を出すのは、上質の服を着た恰幅の良い虎顔のビーストマンや小鬼(ゴブリン)らだ。

 亜人達が馬車へ乗降する時には、人間の男が四つん這いになり足元の台の替わりを当然のように行う。

 その人間達の衣装は、殆どが粗末に出来たボロ布を腹部で縛っただけのものを身に付けていた。

 

 王国では見掛けなかった家畜的奴隷階層の人間達――。

 

 支配者も新世界へ来て、初めて見る光景である。話で聞くのと実際に見るのとでは悲惨さが違った……。

 そんなドロに汚れ、何かに終始怯えたビクビクとする彼等の、額へ『Z』に似た刻印が押された表情と仕草は何を物語るのか。

 不可視化のアインズが気付くと、道端の先の方では主人の亜人が奴隷の男を棍棒で本気にぶん殴っている姿も見えた。

 人間の奴隷達が街中で多くみられるのは、亜人へ対して人口比で2倍以上いることと、都市には何れの地にも広大な奴隷繁殖飼育区画『牧場』が多く併設されている事情もあるのだろう。

 その時突然、歩くキョウへと道脇の店から子供の声が掛けられる。

 

「あ、あのー、美し獣人さまっ。ボク買って、雇ってほしいっ。このまま、ボク――今晩、()()、ですっ、お願い、ます。ボク、実は少し、魔法使えます。だから――」

 

 ネコマタの彼女は立ち止まった。片言のコトバの中に、トンデモナイ訴えがあったから。

 アインズも思わずその声の方を向いてしまう。

 

 そこは―――精肉屋の前であった……。

 

 人間専門店らしく、店先には鋼鉄の小さい冷蔵庫ぐらいの大きさの檻へ、鶏の羽根を毟った後の様に丸坊主で白肌の3名の子供が詰め込まれて店の前に置かれている。そういった形の檻が7つほど大雑把で山積みにされていた。どうやら、新鮮さと柔らかい若肉が売りの模様……。後の無いヤバイ状況。でもこれが、亜人世界の日常的現状でもある。

 キョウは善の心を持つNPCであった。

 彼女の猫的で、美しい縦の瞳孔の広い目がその悲惨な光景を捉えると、視線が誰もいないはずの不可視化したアインズの立つ方を一瞬見る。

 弱者が食われる……これは世界の縮図だ。この場で助けることに意味はない。

 しかし一応とアインズは、キョウへ〈伝言(メッセージ)〉の小声で確認した。

 

「……(この子供が、魔法を使えるというのは本当か?)」

「……(はい。職業レベルで料理人(コック)Lv.1ですニャ)」

 

 状況から生まれながらの異能(タレント)持ちだろう。変わった職業なのだが、ユグドラシルでは火炎や冷却系の魔法に加えて刃物系が繊細に使えて意外な強さを持つ(プレイヤー)も何人かいたのを思い出す。確かキレた時の決め台詞が全員「今からお前を(偶に“美味しく”が付く)料理してヤル」だったなぁと。

 でもそれも概ね関係なく、ここでアインズが確認したのはあくまでも――ウソを吐いているかどうかだ。

 ただ助かりたい一心で騙す者もいる。そんな奴には、まず救いの手は在り得ない。

 それだけ聞くと、アインズは首を冷徹に横へと振り歩き出す。

 ルベドは、見える子供達の顔触れが、()()()()()でないと見え特に反応は無く……アインズの後を進む。

 その(あるじ)達の様子に、キョウは声を掛けてきた子供へ視線を交わせ残念だけどという表情を向けると、首を横へ無言で小さく振りレッドキャップスを率いて立ち去って行く。

 

 淡い期待に檻を小さな手で強く掴んでいた子供は、彼女の立ち去って行く様子をただ黙って見送るしかなかった。獰猛そうで恐ろしい亜人ばかりの中で他にも声を掛けたけれど、今日一番の優しそうで綺麗な顔と姿の者だったのだ。期待を込めていた。

 

 でも、まったく――拾って貰えなかった。

 

 優し気に見えた雌の獣人さんの、去って行き人混みへ消えた背中の幻をじっと数分間見送ると、子供は涙を浮かべ視線を落とす。

 魔法が使えるという言葉は、最後まで残していたとっておきの事実であった。ただ、火が少しだけ魔法で熾せようと、鋼鉄の檻の中では全くの無意味である現実も、今まで手に火傷を何度も負いつつ散々感じていた。

 

(やぱり、お肉いう存在価値だけ、のかな……ボクって)

 

 午後4時に近付き、夕食時がくれば需要増でこの首はスパッと刈られてしまう事になるだろう。

 あと数時間の命……。子供がそう思ったとき、声が掛かった。

 

「オヤジ、この――魔法を使えるというガキを、家の晩餐用に持って帰りてぇ。ちょっと絞めてくれるか? 美味そうじゃねぇかっ」

「――!!? (あぁぁ……)」

 

 御指名の子供は、驚愕の表情でそちらを向く。すると声の主は、涎を垂らしている上質の服を着た身長が2メートル半程度ある奴隷達へ指示していた虎顔のビーストマンであった。

 子供ながら自分の首を絞めてしまったことに少し後悔する。

 客らしき声に、店の奥から店長らしい熊顔で3メートル超えの巨体を揺らし、返り血で染まる革の作業着を着たベアーマンが現れる。

 

「いらっしゃい。他と違うから少し色付けさせてもらうが。金の粒で5個を頂きやすけど?」

「ああ、いいぜっ。金はある」

「じゃあ、ちょっと待ってくだせえ。今すぐ、さっと絞めちまうんで」

 

 鶏や豚とは違い、相手の話す内容が死の直前まで筒抜けなのは、想像を絶する恐ろしさを持っていた……。

 

「…………」

 

 死の宣告に、子供は泣くのも忘れ固まっていた……思わずここで粗相をしてしまうほどに。

 店のオヤジは鋼鉄の檻の鍵を開けると、「ああっ。ちっ、またこいつも漏らしちまったか」と悪態を吐き、手足に木製の枷を付けた裸の子供の頭を左手で掴むと、3人詰め込んだ中から荒っぽく持ち上げて出した。そのまま右手で鍵を閉め奥へ運び、水桶から柄杓で粗相の後をザッと流すと、厚さが10センチもありマナ板というよりは机の天板というべき巨大な調理板の上に、子供の頭を右側にして仰向けに横たえた。

 子供は、振り下ろしの刃が見える体勢で、恐怖の余り硬直し完全に動けなくなっていた。

 そんな状況を見慣れていた店の親仁は、もう子供は逃げないなと経験から判断し掴んでいた手を頭から離す。そして、後ろの壁に吊るしてあった首をちょん切るための、ドデカいトマホークの如きL字型麺切り包丁風の刃渡り90センチもある重厚な特殊包丁を、僅かに振り向きフサフサで太い右の剛腕に握る。

 

「さぁて、絞めるか」

 

 準備万端で彼は前を向くと、仰向けにした調理板上の――――子供の姿が忽然と消えていた。

 

 店長のベアーマンは、目前での一瞬の出来事に「ハァ?」と野太い声を上げ眉を顰めて固まるも、すぐに慌てて周囲を見回す。

 だが、調理台の周りには姿が見えなかった。

 店長はおかしいと思った。

 そして、その鋭く獰猛である目を……疑いの浮かんだツブラな瞳を――店の表で背を向けて立って待つ、虎顔のビーストマンへと向けた。

 

(アノヤロウ、盗みやがったなっ!)

 

 獣系の者達は、ルプスレギナの例の如く――少し直情的(バカ)だった。

 体長3メートル超えの巨体を怒らせて、ゴツい特殊包丁を右手に握ったまま店先へと向かった店長はドスの利いた声で、唸るように虎顔のビーストマンへ告げる。

 

「おい、お客さんよお、ブツ持っていくのは……金を払ってからにしてもらおうじゃねぇかっ」

 

 急に怒り声を後ろからぶつけられ、虎顔のビーストマンはビクリと一瞬怯む。しかし、荒くれ商人である彼も直情的(バカ)であるっ。威勢よく振り向く。

 

「あ? なんだとコラァ……」

 

 ところが、眼前へ分厚い胸板があった。前に立つ3メートル超のベアーマンの、強靭さ溢れる体格からの圧力は半端がない。少し気弱になった……。

 

「ぁ――前払いならそう言えやっ」

 

 ベアーマンにとっては、そういった小さいことではない。虎顔のコイツは先程、「絞めてくれ」と言ってきたのだ。その前に油断させ無断で持っていくのは、もはや小細工を交えた計画的犯行というほかない。ビーストマン達の素早さは知っている。

 

「そうじゃねぇ、お客さん。アンタ、まだ絞め終ってねぇのを勝手に持っていっただろう?」

「あぁ?! 何言ってんだ、そんなことしてねぇぞっ、オラァ!」

 

 流石に、やってない事に言いがかりを付けられ、虎顔のビーストマンは気勢をあげた。

 でもベアーマンの店長は全く怯まない。

 

「今なら、許してやる。正直にブツを戻せ。でないと―――アンタからコレで絞めるぞ?」

 

 そう言いながら右手に持つ、特殊包丁を少し腕を曲げて振る形でチラつかせた。そこらにある剣よりも余程切れ味が良さそうに見える。

 虎顔のビーストマンは大いに身の危険を感じ、護身用として腰の背側に差す小剣の柄を握りつつも言い返す。

 

「――証拠はあるのかよ?」

「――っ! ……傍にいたのはアンタだけだ」

「そんなの理由になるかよ、ふざけんな。証拠だせやっ」

 

 戦えばヤバイと、頭を回した虎顔のビーストマンの方が幾分冷静だ。

 少し分が悪くなったベアーマンのオヤジだが、ここは多少論理的に言葉を返す。

 

「隙を見て素早さで盗む。アンタ達が良く使う手じゃないかっ。だいたい、店の奥の扉には錠前が掛かっていて行き止まりだ。調理台や周辺の棚にも見当たらねぇ、唯一の逃げ道になる店先に居たのは――テメエだ」

「冗談じゃねぇ、オヤジが寝ぼけてたんじゃねぇのかよ。そもそも、盗むなら奥よりこの店先に並んでるのを盗っていく方が手っ取り早いじゃねぇかっ!」

 

 そう言って、虎顔のビーストマンは傍横にあった鋼鉄の檻の上部を手で『理屈としてどうだ』と叩いた。

 するとその瞬間、叩いた檻の中の3人の子供が次々と手枷足枷だけカタンカタンと音込みで残し消え――虎顔のビーストマンとベアーマンのオヤジの顔が向いていた、店先の道端に登場する。

 自由になった3人の裸の子供達は、方々へと走って逃げ去っていった……。

 

「「ハァァ?!」」

 

 二人とも進行する光景に状況が分からず困惑し、同じ声を上げた。だが、その現象はそれで終わらない。連鎖的に続いていく。

 虎顔のビーストマンが手を置いていた檻の下に置かれた鋼鉄の檻から横に置かれているものへと、次々に中の子供達が枷だけを残して消えていき、その次に通りへ順に現れ走り去る。

 檻の二つ、三つ目まで見ていたベアーマンのオヤジも、売り物が次々と失われ逃げ出す状況に――思わず、その現象の犯人らしい目の前にいる虎顔のビーストマンの顔を左拳でぶん殴っていた……。

 意外に虎顔のビーストマンの難度の方が高く、拳を食らうも道へ転がる程度で済む。しかし、逆に力が拮抗することが分かり、店先は獣人二人で殴り合いの大混乱に陥っていく。そして、いつの間やら店頭の檻の中の子供は一人残らず姿が消えていた……。

 

 先程からの現象は無論、不可視化したキョウが()()()()()()()()()()()()()に〈解錠〉と〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉を連発して、檻の中の子供達を全部、店から見える少し離れた道端へと飛ばしていたのだ。

 これは救出ではなく――あくまでも陽動と混乱への利用の範囲であるとして。

 

(後は、創造主さまから恵まれたこの好機を活かして、自分で自由を最後まで掴みなさいニャ)

 

 その荒れた状況を、不可視化したキョウは傍で確認し終えると背を向け、小脇に抱える〈乾燥洗浄(ドライ・クリーニング)〉を掛けた子供を連れてこの場から〈転移〉する。

 

 

 

 アインズ一行は声を掛けられた後、あの精肉店の店先から道を歩いて進んだ。

 支配者は少し表情を曇らせたキョウの様子を見る。元々起動前の調整以前は――凶悪(カルマ値:マイナス200)程度の悪寄りの設定予定であった。しかし、可愛いマーレまでが、人間らを無価値に捉える状況に一抹の不安を感じ、善側に振り替えていた。

 でもこういった局所では、心を痛める原因になりかねない。

 ナザリックの極悪な絶対的支配者としては、メリットも感じず軽率に慈悲は与えられない。それはせいぜい、気紛れに力を見せるという名目で、第10位階の爆裂魔法などで区域ごと消し去り、楽に死なせてやることぐらいだ……。

 

 とはいえ()()()()()があれば別である。

 

 歩きながら不可視化の支配者は、後ろに続く少しうつむき加減のキョウへと〈伝言〉経由で囁くように尋ねる。

 

「……(キョウよ、お前はすでに先日より今日も含め色々と役に立ってくれている。そうだな、ナデもいいが……少しなら褒美を与えよう。――姉妹ごっことかどうだ? 妹は1人だけなら適当に決めてかまわんぞ)」

「……(――っ! 創造主様……。そのご褒美を謹んで頂きます……ニャ)」

 

 アインズは、先程の魔法を使えると語った裸の子に()()()()()()()()()()ため、女児だと気付いていた。それでこの案を思い付いたのだ。

 キョウは、豊かに膨らむ胸元へ手を合わせると嬉しそうに猫耳も揺らし微笑む。

 また、姉妹という言葉を、横にいる最強天使が聞き逃すはずはないっ。

 

「……(もう――それは守るしかないっ!)」

 

 ニヤリとし両拳を強く握るルベドであった。……仲良し姉妹なら結構なんでもいいらしい。

 まあ、アインズとしてはこれも狙いのうちである。こうでもしなければ、ゴミの如き人間の子供へ命を恵んでやることに関し、デミウルゴス達を黙らせることは出来ないと。

 支配者としては、あの状況下で声を掛けてきた子供の努力も買ったのだ。それは、ナザリックの支配者の一行へであった。偶然であろうが、その機会を掴んだ者だと言える。ゆえに他の子供らには興味がない。

 ただ、キョウの手前捨て置くことも出来ず、利用する代わりに他の子へも分の悪い機会だけは与えるという、支配者として寛大なる慈悲を示した形である。

 先程の店から5分ほどの場所にある狭い袋小路を見つけ、一行は人目を避ける形に片隅で留まりアインズの認識阻害魔法で身を隠す。そうして、主はキョウへと策を指示して送り出した。

 とはいえ、この都市内で人間の子供が逃げ切れるはずはないのだ。でも――今晩の『お肉』へとならずに済むかもしれない。

 生き延びても、他の亜人に使われるだろうが、今夜の運命よりかは幾分マシなものを自分で掴めばと至高の御方は考えていた……。

 

 10分ほどでキョウは、この場へと子供を連れて戻って来た。

 小脇に抱えられている子供は初め、殺されるはずの店の中で何が起こったのか良く分からなかった。しかし、モフモフで柔らかい毛と良い匂いに包まれ安心感が広がっていた……まるで母親か姉にでも抱かれているかのようで。

 アインズからルベドへと、子供に羽織らせるための上質で肌触りの良い小振りの青紫色系のローブが渡されていて、天使の彼女はそっと女児の小さい体へ纏わせてやる。

 当初の策では店頭の子供達を突如解放し、それに店主が混乱した中であの子供を攫う予定であったが、すでに調理板へ乗せられていたため手順が変わる。しかし、結果は上々となっていた……。

 銀の毛並みの美しいネコマタ姿の獣人は、小脇から優しく子供を地面へと下ろしていた。その時に子供は、雌の獣人と小鬼(ゴブリン)達の傍に立つ、不可視化を解除した巨躯の――骸骨顔の人物と、小柄の天使の女性を強烈に認識する。

 女児は、困惑し驚きと恐怖の表情で固まった。天使は兎も角、相手は生者を憎む死者(アンデッド)のモンスターである。

 その様子にキョウは、横でしゃがむと子供の肩を優しく抱いて告げる。

 

「この方は、私達の優しい主、アインズ・ウール・ゴウン様です(ニャ)」

「アインズ……ウール・ゴウンさま……」

「そう。貴方を救ったのはこの方の意志だからですよ。そして――私と貴方は姉妹となります(ニャ)。それだけが、貴方が生き残れる道です。受け入れますか(ニャ)?」

 

 そう語り掛けるキョウの顔を見た子供は、小さくこくんと頷く。

 選択の余地はなかった。それに――この綺麗でやっぱり優しかった雌の獣人さまの傍に居たかったから。

 その頷きにより、女児はキョウの妹と承認されナザリックの保護対象となった。

 同時にこの国の奴隷階層から完全解放されている。ちなみにこの10年で評議国内の人間の奴隷から平民へ昇格した者は、僅かに7人である……。

 目の前の子供には怪我が目立っていた。特に手足への火傷の痕である。また、額の他に右肩甲骨の辺りへデカく生産者と用途を示す焼き刻印まで押されており、アインズは赤い下級治療薬を飲ませて全快させ、忌まわしい傷痕も刻印も完全に消し去った。

 こうしてアインズ一行は、未踏だった地で短いながらいきなり拾いものを得る寄り道を食い終わる。

 

 

 

 

 

 絶対的支配者は、王国の第二王女ルトラーとの先の会談を予定通り1時間程で終えていた。

 最後は「次回こそゆっくり――これからの二人のお話をしたいですわ」と、熱い瞳で告げられて……。

 その会談の間、まずアーグランド評議国の総人口220万(奴隷階層を含み、20年程前や過去の記録から現在を推定)や都市、有力種族、派閥、山岳部や森林、海岸線に西部の大森林地帯と多種族の街や村々などの地理について。次に政治面の評議会構成、主な議員らに、国の抱える諸問題などを。また経済面では、農業、漁業、製造業が普通にあり、特に畜産業、繊維工業、軍船や武器生産工業も独自に発達している点。そして軍事関連では竜種中心の陸海空の軍団を揃える話を一通り聞いた。

 正直これは、アインズ達の建国予定の多種族国家について、随分参考となりそうな国に思える。

 それらの情報を頭の中で吟味したうえで、アインズが()()()()()として望む今の戦略を口に出す。

 評議会を動かし、竜王軍団の苦戦の情報だけで、それらを本国へ撤退させたいと。

 すると、ルトラーは書物からの知識だけでポイントを推測してくれた。

 

『まず、議会に広く影響力があって、利益に敏感な人物を貴方の意志の虜とすることです。その人物は――』

 

 

 アインズ達の目的は――豚鬼(オーク)族長の1体、ゲイリング評議員の懐柔である。

 

 

 彼は新興政治派閥の代表格を務めているという。また近年において経済面で大きい財閥的組織を国内へ有し、市場的発言力はかなり大きいだろうと王女から聞いてきた。

 名声とユグドラシルプレイヤーをも呼び込む『大舞台』が、満足のいく結果を残すのであれば手段は選ばない。期間は1週間を予定している。

 とにかく、今は優勢の竜王軍団が苦戦に陥った段階を見て、撤退させる方へ評議会を傾かすよう仕向けることである。

 今はまず、ターゲットの評議員の現状の考えについて知ることが肝要となる。そのために、アインズは周辺の情報集めから始めようと考えていた。この都市には、彼の経営する大商会本店があるというのだ。それがあって、御方はまず評議会の大議事堂のある中央都ではなく、この地を訪れていた。

 

 早速、袋小路を後にし計画遂行への作戦行動を再開するが、見た目に人間の子供を連れていては色々とマズイ。とりあえずルベドが抱き不可視化している。

 子供という要素は、社会的交渉事では基本不要……というよりは不利にしか作用しない項目。真面目であるほど交渉時に一員としていれば『馬鹿にしているのか』と相手が不快になること必然だ。おまけに、この国では最下層の人間(ドレイ)の子供という煽り要素満載ときている……。

 だが、アインズとしては、それも面白いと考えていた。

 正攻法だけが活路ではないと。

 アインズは完全不可知化で歩きつつ、この都市と周辺の入る地図を僅かに広げる。

 地図は、第九階層の統合管制室にて俯瞰情報から作成されていた。

 上から見ると都市はいびつな七角形をしていて、3キロ四方以上の広さがある。水源は井戸を掘り地下水で(まかな)っていると思われ、山脈から続く大きい川は離れた北西側の耕作地域の中を流れていた。

 都市周囲へは門の脇に空堀がある程度で、基本外周壁だけで囲っている城塞型だ。外周壁の正門は二箇所。また、都市の中にも仕切りとして低い防御壁が塔を結んで一部にあり、侵入された場合も一気に全域へ踏み込まれない形で整備されている。商業地と住宅地と軍用地は管理や防衛を考え、それぞれ分けられていた。

 

 時刻は午後4時を過ぎていたことで、まず拠点替わりとなる宿を探し入ることにする。

 アインズ達一行は女児が加わり9名となっていたが、見た目はキョウと小鬼(ゴブリン)のレッドキャップスの6名だ。とりあえず、目的の市街南西部へ広がる商業地に近い清潔感のある総石材造りの宿屋を見つけ、一泊銀の粒1つの部屋と銀の粒2つの部屋を取った。女性陣と男性陣――という形にである。アインズとしては普段より気が楽に出来る雰囲気だ。

 ルベドは、アインズを女部屋へと引っ張ろうとしたが……。

 彼等は一旦別れて各部屋へと入る。

 アインズだけがベッドへ腰を下ろし、レッドキャップらは直立のまま待機する。

 レッドキャップ達は、呼び出した主であるアインズへ絶対の忠誠を持つ。あと、彼らは呼び出される際に、此度の用途期間の長さから課金されており消滅はしない。レベルが50以下なので格安ということもあり、そうしている。

 とはいえ、Lv.43はこの都市にいる8万の亜人個体の中でも相当上位になる。

 アインズとルベドにキョウは、アイテム類で本来の強さを消したり改竄しているので、この一行ではレッドキャップらの方に用心棒感がある形だ。

 また、キョウの持つ広域探査能力で、どうやらこの都市と近郊には竜種らを初め、Lv.50を超える者が5体以上いるようだ。支配者からすれば敵ではない水準だが、見つかるのは避けたい。

 やはり、予想外のアイテムの存在を考えると、正面からの戦闘は常に出来る限り避けるべきだろう。

 

(さて、ここはやはり不意を突き――魅了(チャーム)系の魔法で、情報を安全に集めていくべきだな)

 

 まどろっこしいが、アインズは堅実な作戦を重視する。加えて残り時間的に効率よくだ。

 探索要素を重視したNPCのキョウは、この為に連れて来たと言ってもいい。

 アインズは、隣部屋の彼女へ連絡をとる。

 

「〈伝言〉。キョウよ、こちらへ来れるか?」

『はいです(ニャ)』

「では、頼む」

 

 次の瞬間、キョウは〈転移〉で、こちらへと姿を現す。

 隣の部屋では、ルベドが子供の面倒を見ていた。傍に跪いたネコマタへアインズは聞く。

 

「あの子の、名前は決めたのか?」

 

 実は、女児にはまだ名前が無かった。先程の袋小路から移動するときに名を問うも、『施設』では「1726」という番号で呼ばれていたという。

 キョウから「ではアインズ様から良い名を」と言われたが、支配者としては『ほにょっぺ』や『ちりまる』とかしか思い付かない……。仮称ならいいかもと考えたが、人間の名と『何かが違う』気がし、キョウへ「姉のお前が名を付けてやれ」と告げていた。

 主からのその問いに彼女は答える。

 

「はい(ニャ)。その……“ミヤ”、と」

 

 子猫の鳴き声を思わせる音の響きにも思えた。『京』に対し『宮』とも聞こえる。アインズに異論はない。

 

「ふむ、いいんじゃないか」

「ありがとうございます、では後ほど名付けます(ニャ)」

「そうしてやれ。さて――」

 

 アインズは本題へ入った。アイテムボックスから都市の地図を取り出し広げると、キョウを近寄らせて大まかに目的地と行動を指示する。

 まず、日没までは商人『チリマル』として小鬼(ゴブリン)のレッドキャップスを引き連れ、商業地区で『ゲイリング大商会』との商談交渉についての話を聞き込む振りをしながら、現状の系列連結規模で国の経済へどれほどの影響力があるのかを確認せよ、と。そして日没の暫く後には、『ゲイリング大商会』サルバレ本店へ潜入し、最高幹部級の者ら数名からゲイリング評議員の弱みが無いかを直接確認するよう指示を与えた。文字の解読用に一応と翻訳眼鏡(モノクル)も渡しておく。但し、今日は逃走路や周辺の確認など探りを入れる程度にし、接触や行動が難しそうと感じる場合は実行に及ばずとも伝える。

 キョウは「勅命を承りました。では」と姿を消す。

 アインズの居る部屋からも、レッドキャップを3体送り出した。残り2体は、不在時に部屋へ踏み込まれた時に備えてだ。この地はこれまでの人類世界の常識が通じない場所かもしれないと。

 現地指揮官として、警戒心だけは解かなかった。

 

 

 

 中央都へのこの潜入前の事前準備調査について、キョウは至高の御方からの命令をほぼ完ぺきに熟していった。一昨日、昨日、本日において――『ゲイリング大商会』系列の最新の規模と経済力情報に加え、ゲイリング評議員の弱みについても潜入調査により幾つか得る事が出来ていた。

 こうして正に順風満帆の状況で、アーグランド評議国第三の都市サルバレでの3日目の夜を宿泊宿で迎えているアインズであった。この3日程の間も支配者自身は、昼間に情報を整理し日付を越えればナザリックで日課のアンデッド作成や、クレマンティーヌも含め各所への確認と指示を行なっている。昨日の夜にはカルネ村や王都の冒険者宿へも赴いていた。

 だが昨夜は、日付を越える少し前にナザリックよりバハルス帝国からと思われる怪しい100名程の商隊風の一団が、大墳墓の南15キロの平原を西方へ向かい通過中の報を受け、アインズはナザリック側へ移動し状況確認後にその追跡を指示した。その隊はカルネ村の南10キロをも通過する。更に、統合管制室の観測班は50キロほど東側からもう1隊、帝国領内より西方へ進み来る100名程の隊列を発見していた。そのために、通過する明日まで南方への警戒を一応強めるようアルベドへ指示している。それらが落ち着くとアンデッド作成を行い、支配者は日が昇らないうちに評議国のこの宿へ戻って来ていた。

 そうして昼が過ぎ、夜の午後7時を過ぎようとしてた。キョウは、そろそろ昨晩掴んだというゲイリング評議員の広い自宅へ潜入している頃だろう。追加で情報が得られるかもしれないなと、アインズはほくそ笑む。

 明日の午前中にはこの都市を発ち、いよいよ中央都へと向かう予定だ。

 

(さぁて、明日の夜には都でゲイリングというヤツに接触して上手く計画へ引き込まないとなぁ)

 

 全てが順調であり、そう意気込むのは当然といえるだろう。

 しかし――ここで絶対的支配者の思考へと、あの電子音が鳴る。

 

『アインズ様、エントマでございます。あの……急ぎご報告申し上げます』

 

 ナザリックにいる蟲愛でる彼女から〈伝言(メッセージ)〉が届くも、その突然の可愛らしいエントマの声に、いつもと異なる些か怯えと緊張が感じられた。

 

「ん、(この声の雰囲気。例の商隊風の隊列絡みか)……何かあったのか?」

 

 先を急かすように、それでも支配者は落ち着いた声で事情を確認した。

 するとエントマが告げる。

 

 

 

『実は、今から2時間ほど前となりますが、その……カルネ村から――

 人間の司令官エンリ・エモットが行方不明となっている模様です』

 

 

 

「なに……?」

 

 アインズは思わず絶句した。

 エントマが、問題発覚の経緯を報告する。

 

『先程、本日のカルネ村の様子確認へ赴きましたが、村内の様子がおかしく、慌てていた妹のネムへと確認したところ、突然の姉の不明を伝えられました。行動を共にしていたと思われる小鬼(ゴブリン)の1体もです。蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)達を初め、急ぎアウラ様へお願いし、ハムスケにも手伝わせていますが、村内やその周辺と森林内の反応をくまなく探索したにも拘わらず未だ発見出来ておりません。申し訳ございません。ただ、特殊能力を持つンフィーレアの所在と安全は村内で確認と確保が出来ております』

 

 44人の人間の教官で忙しいエントマに、キョウ不在の穴を埋める形で、今後の数日間を半日だけはンフィーレアの居るカルネ村へこっそり居てもらうように命じていた。これは、まだ直接面識の無いフランチェスカが1日中いるよりも、宴会の闘技場で会ったというプレアデス姉妹の一人の方がエンリらとも確認時に接触しやすいと思ったからであった。また、この新しい追加指令に張り切っていたエントマである。予定時間に遅れたという事は無かった。これは不運といえる部分がある。

 そして――常駐での護衛役としていたキョウをカルネ村から、一時的に動かしていたのはアインズ本人である。

 

 自身の開けた穴で、エンリが居なくなってしまったという事実だけが残っていた。

 

 

「………誰だ?」

 

 

 絶対的支配者の、静かながら重々しい声が、宿部屋の中へと漏れた。

 傍で控えていたレッドキャップら2体の顔が緊張する。絶対的支配者の身体から、『絶望のオーラ』が弱く漏れ出してきていたためだ。

 至高の御方の意思が、世界を終わらせる……そんな雰囲気が一瞬のうちに周囲へ広がっていく。

 彼の頭蓋の眼窩(がんか)に、輝く紅き光点へ『不愉快』という明らかに強い怒りの色が加わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ーつけた」

 

 まるで、かくれんぼをしているが如き少年風の少し甲高い声を、200歳は超えたはずの帝国主席宮廷魔法使いフールーダ・パラダインは上げていた――。

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国へ侵攻した竜軍団の早期討伐のため、バハルス帝国の切り札である、選抜された100名の強襲魔法詠唱者部隊を引き連れ、帝国魔法省最高責任者の彼、フールーダは今より皇城から出撃する。

 地上の騎士団本隊より遅れること3日。

 それを、皇帝ジルクニフを初め、多くの重臣や残った将軍に騎士団の面々が見送る。

 フールーダは、白系色ながらいつもよりも()()()()()を着ていた。それは、少し戦闘向きではないようにも思える畏まった感じのするものに見えた。

 

「……(村娘に対して粗相があってはいかんからなぁ。まずは身嗜みからよ)」

 

 その彼の思いは、右手へと握っていた彼の使う杖の中でも最高の逸品の一つであるアイテムがあった事で、ジルクニフや皆はこの戦いへ老師が大いに気合を入れているのだと錯覚し受け入れていた……。

 彼の持つ杖は『雷氷の杖』といい、聖遺物級(レリック)アイテムだ。名の通り、火気系の竜に有効な魔法を補助増幅する効果が高いものだ。また自動で〈魔法抵抗突破最強化(ペネトレートマキシマイズマジック)〉が追加で掛かるという優れものである。

 それらを装備した大賢者は、皇帝ジルクニフへと淡々と告げて旅立つ。

 

「それでは陛下、行って参ります」

「うむ。万事よろしく頼んだぞ、爺」

「では。〈飛行(フライ)〉」

 

 そういって、会釈すると皇帝の傍から、一気に高く空へと飛び立った。

 指揮官の出撃に、皇帝の前で凛々しく整列していた重装備の部隊員達も順次出発していく。

 100名は上空で勇壮に大編隊を組み、帝都を大きく1周すると、南西に向かって進み始める。

 今は、まだまだ日の高い丁度午後3時といった頃だ。

 高度を取って上空を移動するとは言え、100名も纏まっていると見つかってしまう。そのために、王国内では夜間飛行が計画されていた。

 今日は、これから帝国との国境傍まで7時間ほど掛け220キロほど空を進み、明日の夜に王国内へと進撃する行程で予定が組まれている。

 

 そうして30分ほど巡行速度で飛行しただろうか。

 先頭で風を切り進んでいたフールーダが、突如、隊から突出して進行しだす。

 ――『時は今』と。

 

「し、師よーーっ」

「いかがされましたかーー?」

「お、お待ちくださーーいっ」

「弟子達よー、この隊は一時任せたー。私は先に予定の野営地で待っておるぞーー」

 

 ぴゅー。

 そんな猛烈な急加速を見せ、彼は空の彼方へと飛び去って行った。

 

「ぁ?!」

「え?」

「えっ?」

 

 側近の高弟達は全員が、全力で飛ぶも追いつけずに取り残され、唖然と師を見送った……。

 

 

 その日、カルネ村ではいつもと変わらぬ日常が流れていた。

 エンリは今日も朝から、忙しそうに家や畑の仕事の他、村の砦化の作業への指揮に忙しい。

 昨晩はエントマを伴った旦那(アインズ)様の来訪で、1時間ほど会話も楽しめ、それを思い出しつつ今も自然と彼女の顔には笑顔が浮かんでいる。

 キョウの招集とエントマが代役の件は勿論、アインズからエンリとネムへ真実がきちんと事前に伝えられている。

 村民の彼女としては村の皆に隠し事が増え悪いのだが、旦那(アインズ)様からの信頼を感じられて結構嬉しい。ただカルネ村の指揮官として、エントマ様が居ない時間帯となる朝の5時から夕方の5時までは、キョウから一時指揮権をもらった死の騎士(デス・ナイト)3体はいるが、直接危険者を探知出来る者はいなくなるので少し不安がある。

 先日、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)3体の存在も知らされたエンリであるが、その指揮権はキョウからエントマに一時移譲されている。エントマがいれば、蟲の連絡網を周囲へ張れるため、所定の場所を守る場合はマスターアサシンに近い敵探知力を見せてくれるのだ。

 ンフィーレアを任されているエンリは、エントマ様へ「まず彼の存在確認と安全を第一にお願いします」と頼んでいる。

 妹のネムは今日も、姉の傍で補佐をゴブリン軍団の2名程と力を合わせて元気よくしていた。

 ブリタは、村の自警団の朝の鍛錬指導が終わると、ラッチモンらと狩りの手伝いに勤しむ。

 

 そうした中で、天才薬師少年であるンフィーレア・バレアレも頑張っている。

 彼が借りている村外れにある小屋には『バレアレ薬品店・カルネ村製作所』の看板が掲げられていた。3日前に設備へ火が入り、漸く治療薬の生産が出来る程の状態まで持って来ており、本格的生産開始も近い。

 しかし、それに伴い新薬の実験も始まっていて、小屋の周りには何とも言えない刺激臭が漂い出している……。

 少年は、早朝からハイテンションで張り切っていた。

 昨日、エンリから「ねぇ、ンフィーレア。カルネ村特産のお薬って、何か作れないかな?」とお願いされたのだ。

 詳しく聞けば、村を少しでも繁栄させたいという話で、その起爆剤にしたいという。

 それを聞いて薬師の少年の思考には、熱く強い想いが溢れた。

 

(こ、これは……もし村をうんと大きく出来れば、彼女の大好きなこの村の立役者は――僕だよねっ。そ、それならチューを貰えるはずっ。そ、それも、頬じゃなく……)

 

 彼のニヤけ切った表情は、もはや思考が完全に透けて見える程だ。その妄想は、エンリが目を閉じて顔を上げ、僅かに唇をとがらせ寄せてくる光景に他ならない。

 

「待っててね、エンリっ! 頑張るからっ」

 

 右拳を一瞬強く握ると、早速薬草の調合を始めるンフィーレアであった。

 

 

 

 そうして、今日も無事に暮れてゆくかと思わせる夕焼け前の空がまだ青い午後4時半頃、エンリは畑仕事を早めに終え、傍で雑用の力仕事を片付けた死の騎士(デス・ナイト)のルイス君に砦化の作業へと戻ることを頼むと、一旦晩御飯の支度の下準備にゴウン邸へ向けあぜ道を戻っていく。

 外作業により草木で、旦那(アインズ)様から見られる腕へ傷が付かないようにと着ていた服の、長袖を捲る。

 すると主エンリに対して、一歩下がった位置を歩く荷物持ちのゴブリン軍団のカイジャリから褒め言葉が贈られる。

 

「姐さんは最近、逞しくなりましたね?」

「そ、そうかな?」

 

 エンリにしてみれば、正直余り嬉しくない言葉だ。

 逞しいといわれた彼女の、先日キョウに知らべて貰った職業レベルは以下。

 

 ファーマー   Lv.1

 サージェント  Lv.2

 コマンダー   Lv.2

 ●ェ●●ル   Lv.2

 ネクロマンサー Lv.1 (新規登場)

 

 一生懸命()()()をしているが、上昇するのは他の職業レベルである事に、エンリ自身納得出来ずにいる。

 おまけに死の騎士(デス・ナイト)のルイス君を初め、他の2体へも最近ガンガン手伝いをお願いしていたので――目新しい職業までが増えていた……。

 そのうちアンデッド・コマンダー(死者の職業)とかも追加されるかもしれないなと、旦那(アインズ)様に冗談を言われていたのを思い出す。

 

 それに、エンリは体力的にみるともう()()()Lv.6の戦士相当であるっ。

 

 (アイアン)級冒険者になれるかもしれない水準だ。

 力勝負だと村の男性で彼女に勝てる者は、もうラッチモンぐらいになっている現状があった。

 ブリタに腕相撲で勝つことが多くなってきてもいる。

 

(そういえば、最近――以前重量のあった角材が随分と軽くなった気がするんだけど)

 

 旦那様に可愛いとか、女の子らしいとか、綺麗だとか言って欲しいのに……逞しいと言われては、村の皆から旦那様の女だと思われているのに、何か申し訳なく思ってしまう。

 そんな長閑(のどか)な考えをしていた少女の前へ異変が起こる。

 

 

 忽然と5メートル程前の道へ杖を持つ白髪で白鬚の老人が現れたのだ。

 

 

 エンリは思わず目を見開き立ち止まる。

 彼は、純白の上品で高級そうに見えるコート系の服を着ていた。なので、まるで幽霊にでも遭った雰囲気だ。

 

「見ーつけた」

 

 その老人は嬉しそうに微笑む表情で、いきなり随分子供っぽい言葉を少女へと向けてきた。

 実は、先程からこの老人は不可視化し気配も魔法で抑え、村の中で死の騎士(デス・ナイト)へ指示を出す者がいないかこっそりと探していた。そして見付けたのだ。

 少女は、背中へゾワリと強烈に寒気を感じた。

 何故かというと、それは目の前の人物が――風格と練達さを感じさせる魔法詠唱者(マジック・キャスター)に見えたからだ。

 少女は、この村の司令官として目の前の謎の老人へと声を掛ける。

 

「あの……どちらさまですか?」

 

 後ろにいたカイジャリが、剣を抜こうとする動作を感じ、エンリは冷静に手で制し止めた。

 旦那様の強さを知っているからこそ、老人の余裕のある登場の仕方で、敵対すれば容易に自分やカイジャリが殺されるだろうと判断してだ。

 ここは、情報をなるべく引き出し、カイジャリにネムやハムスケの所へ走って貰った方がいいと判断する。

 だが、それはどうやら難しい様だ。老人が口を開く。

 

「失礼する。〈昏睡(トランス)〉」

 

 その言葉が発せられた直後、魔法を受けたカイジャリが仰向けにバッタリと倒れた。

 

「カ、カイジャリさんっ!?」

 

 エンリは、心配から思わず倒れている配下の傍へ両膝を突き、小鬼(ゴブリン)の頭を抱き抱えた。

 その少女へ魔法使いは優しく声を掛ける。

 

「心配は無用です。しばらく眠って貰っただけですので。しかし、貴方は死の戦士(デス・ナイト)以外に小鬼(ゴブリン)までも従えているとは、素晴らしいですな」

「――っ! ……もう一度伺います。どちらさまですか? ……目的はなんなのですか?」

 

 状況が全く分からず、いきなりの攻撃に、エンリは少し怒りも含めた声で問いかけていた。

 すると、老人は一方的に告げる。

 

「――詳しくは後ほど。〈睡眠(スリープ)〉」

 

 第1位階魔法だが、受けたエンリはしゃがんだ体勢でグラリときた。しかし、彼女が地へと倒れることは無かった。

 フールーダが、傍に現れ丁重に彼女を支えたからだ。そして、道の脇へ転がる目撃者の小鬼へ発覚を遅らせるように、認識阻害の魔法を追加で掛けておく。

 

「……(死の戦士らへの指示をこの目で直に見せてもらったが、この娘の魔法力は――小さい。……ふむ、新しい魔法かもしれんなぁ)……ふはははは!」

 

 老人は高らかに笑い声をあげたあと、最高に高揚した気分で第6位階魔法を叫ぶ。

 

「〈転移(テレポーテーション)〉っ」

 

 二人の姿は、その場からあっさりと消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 天啓なるお言葉

 

 

 デミウルゴスは、先日アインズの第七階層への来訪時に主から()()()()()()()()を受けていた。

 

「王国の隣国―――バハルス帝国もそろそろ動き出すかもしれないな」

 

 近年は、毎年秋近くに王国へと戦いを挑んでいると聞く国である。

 アインズとしては、スレイン法国が動いたのだからという、ふと浮かんだ軽い考えだ。

 対して、以前よりデミウルゴスは、バハルス帝国の持つであろう大よその国力と戦力からその『王国弱体化後の併合』的な真意を既にくみ取っていた。

 しかし、竜軍団の侵攻を聞いた帝国の判断には幾つかの新しい手が考えられる。もちろん近隣の国家を動かし連合も一つの案には考えられた。

 ただ最上位悪魔は、スレイン法国の隠密である動きからそれは無いとの結論を出し、主へと回答している。

 

「はい。恐らく、かの国は王国を盾に使うことでしょう」

「そうか。(気楽な王国へ)余り帝国からの影響は受けたくないものだな――()()()()()()()か」

 

 アインズはこの時、何気ないつもりで口にしていた。

 

 

 だが――忠臣デミウルゴスがその『お言葉』を大きく重く受け止めていたのは当然と言えよう。

 

 

 それが、見事に炸裂することになろうとは……帝国の命運は風前の灯火と変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 運命の就職活動

 

 

 ――権力に勝てるのは、権力のみ。

 

 

 結局、それは現世界での絶対論理。

 アルシェが、時間が無い中で悩み苦悶した末、最終的に出した答えである。双子の妹を犠牲にする鬼畜すぎる御家再興案の話を聞いて早二日が過ぎていた。

 国外逃亡は考えなかった。手元の資金の問題もあり、それは最後の手として今は残している。

 相手は父と、そして帝国の伯爵家という権力の怪物。

 だが、よくよく話を思い返し考えれば父と取引をしたのは、その伯爵家のお世継ぎ様という話。

 伯爵家当主がいる以上、当主から認めがなければ、フルト家に準男爵の貴族位を与えることは出来ないはず。

 それが確定出来れば父も此度は諦めるだろう。

 

 つまり――伯爵家の御当主へ意見出来る方から「認めないように」と、お声掛けをしてもらえれば何とかなる。

 

 さて、そこで伯爵家の当主へ意見出来る人物で最高位の者と言えば、それはバハルス帝国皇帝のジルクニフ陛下である。そして、その人物に最も意見が可能な者となれば――。

 

 アルシェ・イーブ・リイル・フルトは今、帝国魔法省の受付に乗り込んで来ている。

 

 父や伯爵家の悪趣味な世継ぎから手を回され、アルシェを追い隠れ家を突き止めて妹達をさらおうとする者らも、まさかここに来ているとは思わないだろう。

 実際、ここへは手が回っていない。

 そもそもこの魔法省は、許可が無い一般者は魔法が使えないと門すら潜れないのだ。

 万が一、不審者として捕まるリスクを貴族家の者達が容認するはずがなかった。

 

 フールーダ・パラダイン――名前からも分かるように老師は、貴族ではない。

 

 『血の粛清劇』の折に陛下へ絶大な与力をしながら、彼は爵位を望まなかった。それだけを取っても、皇帝へ非常に大きい借りとなっている。

 彼ほどの功労者が望まないのに、と。

 もちろん、彼が要望すれば喜んで縁戚を結び特例措置で侯爵にしていただろう。

 また、もしその老師が皇帝陛下へ真摯に嘆願すれば……どれほど名門の伯爵家でも簡単に潰されるはずだ。

 それほど帝国魔法省の最高責任者、三重魔法詠唱者(トライアッド)とも言われる、魔法の逸脱者で主席宮廷魔法使いは皇帝陛下に信頼されている。だから、アルシェはここへ来ていた。

 彼女は、受付へ座る者に最高責任者への面談の伺いを堂々と立てる。

 

「嘗て帝国魔法学院に在籍していました第三位階魔法詠唱者、アルシェ・フルトと申します。パラダイン様との面会の取次をお願いします」

 

 第三位階魔法詠唱者は、帝国内に1000名も居ないエリートである。

 アルシェも昔とは違い、一人前の魔法使いになっていた。

 受付の者から「問い合わせいたしますので、しばらくおまちください」と告げられ、待合席に座り時を待つ。

 見上げると、10メートル以上の高さの天井に、家が数軒は建てられる広さのロビーである。但し、造りへ金銀などは一切使われておらず、白壁や梁の形状など洗練されているが質素といえる。

 建物自体も豪華さよりも広さや姿と頑丈さを第一にしっかりと建てられていた。

 帝国魔法省関連の敷地面積は帝都周辺も合わせ、10平方キロ以上ある。莫大な年間予算もパラダイン老師に上限無しで一任されているという話だ。

 しかし、彼は150年を超えて帝国に仕えているが、余分のある不正計上は1度も記録されていない。魔法を極めることを旨とし、全てに対して公正に振る舞っていた。

 まさに、皇帝と帝国に仕える者として最高であるといえるだろう。

 噂では、現皇帝が急病で職務が難しくなった場合は「フールーダに判断させよ」という言葉もあると聞く。

 アルシェは考えている。

 

(なんとか今日、パラダイン老に力を認められて、家の話を聞いてもらいたいけど……)

 

 正直、不安だらけである。

 老師にすれば、あくまでも没落した小貴族の家の問題というもの。でも彼女としては、他に縋り付ける存在へ当てが思いつかないでいた。

 常識的に考えて、現存する貴族達は皇帝に認められているという家ばかりのはずで、小娘一人の話など何を告げても老師から戯言と一蹴される気もしている……。

 

(あぁ………)

 

 時間を長く感じた。しかし、時計を見るとまだ10分も経っていない。

 その時、奥から受付の女性が帰って来た。

 そして――。

 

「お会いになられるそうです。こちらへどうぞ」

 

 そのまま受付の女性が先導して、上階の会談室へ通された。

 カップで飲み物が出されたが、とても喉を通らない。女性は「このままお待ちください。いらっしゃいますので」と告げると下がっていった。

 さらに5分ほどが経過する。扉が軽く叩かれ、開いた。アルシェは礼儀的に条件反射で立ち上がる。

 すると、以前見た姿と余り変わりない印象の白髪で白鬚に白いローブを纏った老人が、杖も無くスイスイと歩いて入って来た。

 

「…………アルシェ・フルトか、覚えているぞ。まあ掛けたまえ」

 

 彼は会話しつつそのままテーブルを挟んだ差し向かいのソファーへと掛けた。

 

「御無沙汰しております。では」

 

 アルシェには分かる。以前も直接傍で会ったときに感じていた。老師の体から溢れるその桁違いに大きい魔法力を。

 一応すでに老師は、記憶から魔法の才能の高かったこの少女の事を思い出していた。

 

「しかし残念な事に君は確か、学院を中退したのではなかったかな?」

「はい。恥ずかしながら、家の事情がありまして」

 

 家の問題をここで話すかとも思うが、まず己の力を見せてからと考える。

 パラダイン老師は、学院の中退についてはそれほど拘りなくアルシェへと尋ねる。

 

「ふむ。まあ、過去は過去か。今は働いているのか?」

「一応ワーカーを。ですが、妹達が居ますので近々辞めようかと考えています。それで、こちらに来ました」

 

 とりあえず、客観的に問題が無い範囲で現状を伝えた。

 それを聞くとフールーダは、白髭に覆われて見えにくい口許を僅かにニヤリとさせつつ誘う。

 

「どうかな、アルシェ・フルトよ。この――魔法省で働いてみる気はないか?」

「……(えっ、中退した後、2年も経ってるけれど、今の私の魔法技術を確認されなくて良いの?)」

 

 帝国魔法省は国立の公共機関である。雇うというのであれば、確認しないのかという彼女の疑問はもっともなものだ。でも一方で、確かに最高責任者が認めれば関係ないとも言える。

 実は彼女の心配は杞憂となっている。確認はすでに終わっていたのだ。

 先程、会談室に入った直後に、パラダイン老師もアルシェの総魔法量などを把握し、合格を出していたのだ。

 この二人は、非常に近い能力を持っている者同士であった。

 

 さて権力者の誘いの言葉を蹴ることは、この後の願いを聞いて貰えるはずもない。

 だから今、アルシェは要求にまず応えるのみ。

 

「ありがとうございます。私で、お役に立てるなら喜んで。よろしくお願いします」

 

 己の持つ力を老師へ見せてからと考える彼女は、家の事情を打ち明ける機会を今少し窺う事にした。

 

 

 

 

 二人が会う少し前の時間。

 魔法省の自室に居たフールーダは、明日の王国領内への出撃を前に一点気にしている事象があった。

 もちろんカルネ村の村娘の件だ。それは、彼女をこの帝都へと招いたあとの話である。

 

 

 ――いったい誰に面倒を見させるかと。

 

 

 相手は辺境でも極小村の村娘。確実に田舎者である。

 なので、貴族家の者は気疲れするので付けられないと考えた。

 かといって、街の者では礼儀が不十分だろうと思われる。あと、更に担当は年齢の近い若い娘の方が良いはずだと。

 色々思案するが、適任者が中々思い付かずにフールーダは「うーむ」と唸っていた。

 そうしていると、扉を叩き受付嬢が入って来て知らせる。面会希望者が来たというのだ。

 フールーダは少々しかめっ面で問う。

 

「この忙しい時に。誰か?」

「あ、あの、学院の卒業生かと思うのですが、第三位階魔法詠唱者のアルシェ・フルトなる若い娘で――」

 

 フールーダは、魔法については何事もよく覚えている。そして才能の高い者達の事もだ。

 だから、彼女アルシェ・フルトが今は平民だが――元貴族の娘であった事実も思い出していた。

 悩める事象への適任者現る、と。

 

「――会おうっ」

 

 即答した大賢者の顔は、悩みが晴れた少年のような笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 嗚呼、アルシェの運命がこれから試される……老師と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. アインズ、評議国の都市内のぶらり探訪でもアレに遭遇する

 

 

 窓の外には快晴の青空が広がっているお昼前の午前10時半。

 ルベドのお願いに関する難題を解決する用件で、アーグランド評議国という人類国家とは異なる未知の地へ来ているアインズであった。

 NPCのキョウは、先程9時過ぎからまた情報を集めるべく小鬼(ゴブリン)のレッドキャップを3体連れて商業地を回っている。

 宿屋へ籠り、昨晩から始まっているキョウの商業地や『ゲイリング大商会』へ潜入により入手した情報を早朝から整理していた支配者であるが、昨日分は初日ということもあり午前10時頃には終わってしまっていた。

 

 つまり――暇なのだ。

 

 そうなれば、当然支配者が気になるのは窓から見える空の下に広がる光景。宿の外の亜人世界という目新しい場所というもの。

 

(ここまで来てて、見て回らないというのもなぁ)

 

 とはいえ、普段の異形種の姿で街へ自由に出る訳にはいかない。

 確かに不可視化を使えば良い気もする。だが、視認されないため周りへ対してこちらが全て避けなければならず普通に歩きたいものだとアインズは思う。また〈幻術〉という手は手軽で便利だが、実体を持つためには結構調整が必要であり、今はその時間が惜しい。

 一番理想的なのは亜人のキャラに変わる事である。ところが、ユグドラシルでは1プレイヤーに1キャラのみと制限されていた……。

 それでも、課金アイテムを使えばキャラを偽装することは可能であるっ。

 但し制限も多い。公式イベント系には参加不可や、1回につき最大12時間という時間制限が存在した。また当然だが、その偽装キャラに対しての経験値は付かない。あくまでも、元のキャラに対する行動として経験値等が加算される。つまり、アインズが戦士で人間アバターのキャラ偽装を選んだ場合、剣は振れるが剣技に対しての経験値は、魔法使い側にパラメーターがないものは加算されない等が起こるということだ。

 

(一応、そのキャラの雰囲気は味わえるし、お試し風のものと考えれば十分だよな)

 

 そう思い支配者は割り切っていた。

 まさに今日のような時間つぶしには打って付けである。

 アインズは、ユグドラシル時代に幾つか偽装キャラを試しており、その中に亜人のものが数種残っていたはずと思い出していた。

 彼は、ルベドに宿で()()の面倒を見てもらいつつ、〈千里眼(クレアボヤンス)〉での護衛を頼む。

 

「分かった。こっちも忙しいけど」

 

 聞くと、ルベドは()()へ姉妹となる事への心構えをコンコンと語っていたという……。『姉妹仲良し講座』なるものを繰り広げている模様だ。12章もの構成らしく、意外に奥が深い。まあ平和ならいいかと、ゴブリン達2体を留守番に残しアインズは宿を後にした。

 そうして、不可視化したアインズは〈転移〉で都市の外の林の中まで出てきた。

 アイテムボックスから、課金アイテム『偽装鏡(フェイクアップ・ミラー)』を取り出す。メイクアップと掛けているような名だ。これは姿見型のアイテムで、まず写った自身の姿が事前に設定登録したキャラ姿で見える。そして気に行ったキャラを『転写』コマンドで実装することで、偽キャラになれるという手順。

 支配者はコレだと選ぶと、『転写』コマンドを実行した。

 

 

 

 サルバレの都市外周壁の南東にある正門で、アインズは昨日のキョウと同じ様に亜人らの列へ並んだ。

 資金というかお金については、活動費としてキョウ達へ金の粒を3つ、ルベドへ銀の粒を10渡してあるので、今のアインズは金の粒1つと本日分の宿代を前払いした残りの銀の粒3つ程を持っていた。銀の粒4つではないのはミアと小鬼(ゴブリン)達へ食料を買い与えたためだ。

 さて、門においては前日同様に、通行税や通行料は無い模様である。

 国内の経済の安定上、通行税は物流へ制限を掛けたい場合に有効な手段だ。この世界で国家を運営するなら経済面で考慮しておくべき項目。

 しかし今は横へ投げ置き、気楽に並んでいるアインズであった。

 門の守りには10名程度の姿が見える。槍や剣、弓などで武装した守衛達の隊長は恐らくひときわ大きいミノタウロスだろう。他は下半身が獅子風のラミアが並ぶ。

 ふとアインズは昨日通過したよりも守衛の数が多いかなと感じた。

 間もなくアインズの順番が来る。

 

「次の者。名は何という?」

「(え?)……」

 

 名前など、昨日は聞かれなかったのだ……。キョウと小鬼(ゴブリン)の一行は行商の荷物もなかったため、身形(みなり)を確認されただけで通過出来ていた。

 それが、今日は確認されていた。これは――と、考えてる暇は無さそうだ。

 

「どうした?」

「いや。私は、モ……――()()()()()という」

 

 頭に被る目許までを隠す銀兜のスリット感から思わず、『漆黒の戦士』の時の名前を言いそうになり、焦って飛び出した名はダメダメなモノであった……。

 だがもうコレでいくしかないっ。

 あと、発する声についてだが、言葉遣いはアインズで声音を鈴木悟の域で話した。以前、スレイン法国の騎士から奪った声帯の口唇蟲を持っているが、今日は余興的なものであり、それはまだ使わず温存する。

 守衛の男のラミア兵は、帳面へ羽根ペンでよく分からない文字を記入していく。

 

「モニョッペ…………かの英雄と同じか、イイ名だな」

「ああ(ダレだよ。どんな英雄だよっ)」

「……立派な装備に、その姿。――人馬(セントール)の戦士だな?」

「そうだ」

 

 アインズは、下半身がこげ茶色の黒鹿毛の馬体で上半身が人に近い腕と胴を持つ人馬(セントール)の戦士を選択していた。兜からは長めの黒髪が垂れ、縦に二つ立ち上がった馬耳が穴から飛び出している。耳を含まずとも身長は210センチ程ある。上半身には肩へ金属防具の付く革製の装備と腰に剣を差していた。馬の胴体側には前面に金属防具を、そして胴には上質の生地で出来た、赤と黒と白色にてデザインされた服を纏う。これら装備類は、設定当初適当に余りもので()()()()()()()()()を付けたと記憶している。

 人馬は4本足のため、ユグドラシルの時は歩く感覚を表現すると『二人三脚』の感じだ。なれれば結構動けるが、それまでは大変でかなりコツがいる。しかし、この新世界では『歩きながら足の指を動かす』程度の感覚で動いてくれる。最初から走るのも難しくなかった。

 さて、名前の確認は何とか切り抜けたアインズ改め『モニョッペ』であるが、ラミア兵の質問がこれで終わらなかった。

 

「どこの街から来た?」

「――!?(げっ。ヤバイよ)………」

 

 いきなり大ピンチである。モニョッペは、皮膚を持つため僅かに手汗をかいていく。

 適当に言っていいのか彼は悩む。なぜなら調べればすぐにバレる話だ。とはいえ知っている街といえば――中央都などの都市しかない。

 モニョッペは、思わず何か良い手はないかと情報を欲し問い掛ける。

 

「……何かあったのか? 直ぐ通れると知り合いから聞いてきたのだが」

「ああ、実は街へ昨日から盗賊で腕の立つらしい魔法詠唱者が出たようでな」

 

 モニョッペが身形のいい戦士でもあるため、魔法詠唱者の能力はないとみて話してくれる。

 だが聞き進むと、それはなにやら聞いたことのある話に聞こえた。

 

「揉め事での単純な殺しや喧嘩は元々多いんだが……昨日から白昼の街中で売り物の精肉用の人間が20体以上盗まれたり、深夜にはいくつかの商会で幹部が()()()()に気絶させられ、金品目当てなのか室内を僅かに物色されたりしている変な事件が続いているんだ」

「ほぉ、そうですか」

 

 アインズとしては、どこか自業自得の気がする部分もある……。

 しかし、こんな序盤でボロを出す訳にはいかない。ここは「中央都から来た」と言おうとした瞬間――。

 

「あれ? その黒髪。私の故郷の街“ゲテル”の方ですか?」

 

 それは数名分、列の前にいて門を抜けた所へ居た人馬(セントール)の娘であった。豊かで長い黒髪の毛先へ可愛く巻き毛が揺れる。彼女は故郷の者が珍しいのか、人懐っこそうに笑顔でこちらへと少し寄って来た。

 守衛のラミア兵は、これが良く見る娘であり、先程城外の街への買い物で出入りしたと知っているらしく、目の前の戦士へと確認してきた。

 

「そうなのか?」

 

 モニョッペは、もちろんそれへ飛びついた。ギリギリ感へもう慣れた風に堂々と伝える。

 

「ええ、私は“ゲテル”の街から来ました」

 

 すると、ラミア兵は再び帳面へ記入しつつ告げてきた。

 

「そうか……ふむ。戦士殿、通って構わないぞ」

「では」

 

 何食わぬ素振りで、人馬(セントール)の彼は正門を潜っていく。勿論、モニョッペはゲテルの街がどこにあるのかなどまるで知らずだ。

 そして――見知らぬ人馬の娘の待つ所へと足を運ぶ。

 守衛の目もあり、ここで素っ気なくするのはマズいと考えての行動である。それと、一応助けて貰った形でもあり、彼女へ先に名乗る。

 

「……どうも。私はモニョッペと言います」

「わぁ、やっぱり“ゲテル”の方だったんですねっ、モニョッペさんは」

 

 彼と守衛のラミア兵の声が聞こえていた様子で彼女は、故郷の者に会うのが嬉しいらしく、興奮からか困ったことにテンションが高い。

 (オス)人馬(セントール)は結構ゴツイのだが、雌の人馬は意外に可憐だ。上半身は人に結構近く、胸も人と同じ双丘が胸部にあり彼女は大きめであった。

 また馬の耳は立っているため兎風な感じで頭の上方から生えているのだ。それが、長く広がる黒髪から出ている。表情も目鼻立ちは人間とそれほど変わらない可愛い子といえる。

 彼女は馬の胴体と上半身が一体で繋がっているフリルの多い愛らしい白と灰系のブルベリーカラーの服を着ていた。上半身の腰からは前垂れ状のスカートも付く。馬足先部分から馬体は赤系の鹿毛のようだ。

 元気よく彼女は名を告げて来る。

 

「あ、ワレの名はシェルビー・カロです」

「……(ワレ? 方言かな? いや、こちらは突っ込まれていないし大丈夫か)どうも、初めましてカロさん」

 

 評議国でも、ラストネームが家名というのは同じとルトラー王女から聞いていた。

 モニョッペは、こちらが年上だろうし変に故郷の話を振られても困るので、主導権を握りつつ手短に話を済ませようと試みる。

 

「カロさんは、もうこちらで長く住んでるのか?」

「はい。ワレが“ゲテル”で生まれて暫くのちに、父が仕事でこちらへ来て以来と聞いていますので」

「なるほど。私はこちらで仕事がないかと思いまして。あ、いけない。色々話はしたいところだが、仕事を探しに来ているので。それに早く今日寝る場所も決めないと、だから――」

 

 すると何と、その言葉に食い付かれてしまった……。

 

「あ! でしたら宜しければ、ウチに泊まりませんか? 仕事も父の商売の護衛とかどうでしょう? 同郷で父も喜びますし、遠慮なさらずに是非、どうぞどうぞ」

「(えぇっ、藪蛇かよっ?! 俺はただ街を見物したいだけなのにぃ)……」

 

 もう離さないという感じで、右腕を柔らかい彼女の両手で取られてしまっていた。

 しかし、これは蟻地獄的状況だ。いけばジリジリとボロが出て終焉は必定である。

 ここでモニョッペは、リアルで培ったもっともらしい言葉を並べた営業的話術を炸裂させる。

 

「御厚意は、大変ありがたく感じている。しかし――この地へ来てすぐ甘えてばかりでは、私自身のためにならない。ここは自分の足で一度は仕事を探してみたいと考えています。それでも、もし私が仕事を見つけられなかった、そういった折に助けていただければ幸いです」

 

 そう伝えると、シェルビーと名乗った人馬の娘は――余計に興奮していた。

 

「うわぁ。やっぱり、同郷の方ですねっ! 父も同じことを言っていました。ここで転がり込んでくる者には “ゲテル魂はないっ!” って。もしかの時は是非ウチへお寄りくださいね。これ、ウチのお店のビラです。お持ちください。それでは」

 

 彼女はぺこりと一礼すると、笑顔で去っていった。

 

(こういうのをなんというのだっけ……『瓢箪から()()が出る』かな)

 

 本来の『駒』とは馬の事だが、そう言った『はずのない』状態を意図せず実現した状況に、モニョッペは持ち込んでいた。

 手渡された宣伝ビラへ目を落としつつ呟く。

 

「(ふう)さあて、じゃあ、街を見て回るかなぁ」

 

 モニョッペはこうして、サルバレの都市内を自由に見て歩き出した。

 時間は午後3時ぐらいまでと考えており、すでに11時を過ぎているので、残り時間を考えれば住宅地は却下。そして、関係者以外は立ち入り出来ない軍用地関連もこの姿では入れないだろう。なので商業地を中心に練り歩く。

 アイテムを売る店や、武器専門店、食事処に各種娯楽施設などなど。

 彼が流し見た店先で、並んでいた掘り出し物といえるアイテムは、非売展示品の遺産級(レガシー)アイテムを一つ見たぐらいだ。購入可能なのは『最上級』の下の『上級』アイテム。それが金の粒で万単位の大金であった。

 アインズは、人間世界ではじっくり店の中の品まで見てこなかったのだが、ここにきて(ようや)く気が付く。

 

(どうしてこんなに、アイテム類が高いんだよ? あ。いや……ユグドラシルと同じぐらいかな。つまり、物価の差や市場規模が小さいということなのか)

 

 よく分からない。でも、これだけは言える。普通に考えると国家元首級でなければ、最上位水準の装備には手が届かない金額だ。収入の劣る冒険者のような平民階層の者達が手に入れるには、まず譲ってもらうか、あるいは自力で探し出すか、それとも――相手から奪うしかないだろう。

 思わぬ事実を知った絶対的支配者であった。

 そういった事もあったが結局1時間半ほど歩いたころ、モニョッペが足を止めたのが闘技場である。

 そこにはポスター調の大きい布の垂れ幕が吊るされ、

 

 『腕に覚えある者来たれ! 5人勝ち抜けば金の粒5つが貴方の物に! 参加費:銀の粒2つ』

 

 ――の内容で闘士達の躍動する絵柄と文字が躍る。

 しかし、モニョッペは字が読めなかった……。

 それでも図柄や雰囲気で十分意図は伝わる。これは5回勝ち抜ければいいようだ。

 大体の場合、こういった形式だと最後に登場するヤツはとんでもない強さであると相場は決まっている。主催者の狙いは、概ね銀の粒2つの大量回収なのだから。

 1回戦、2回戦の相手はザコ水準で、「これはいける」と思わせる。そして「3回戦」辺りからぼちぼち腕の立つ者が現れるはずだ。

 今のモニョッペの戦士としての強さは『漆黒の戦士』とはちょっと異なる。

 これはアインズの、戦士でLv.100の〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉とも異なる。

 剣の実力で並べると『完璧なる戦士』>>>>現在の『偽戦士(+キャラの体力若干分)』>>『漆黒の戦士モモン』という感じだと考える。

 魔法詠唱者としてLv.100での体力にキャラ分の体力も乗り戦士として剣が振るえる状態。ただ、やはり人馬の戦士キャラなので魔法は随分制限されている。

 剣については『漆黒の戦士』で、扱いや戦い方についてのみだが少し掴んできたつもりだ。これに加えて、冒険者の時より強化されている体力から振るわれる一撃が、弱く遅い訳は無い。

 しかし――多くの観衆がいる闘技場でそれを披露する訳にもいかないだろう。

 

(楽しめればいいよな。どんなヤツが出て来るかが面白そうだなぁ)

 

 この場は全力でなく、銀の粒2つを払って雰囲気を味わうぐらいがイイんだと、人馬の戦士モニョッペは受付窓口へと向かった。

 

 

 

 この闘技場は、サルバレの都市内の西方側の商業地にある。

 全体の外観は立方体を高さ3分の2程で水平に切ったすり鉢風に見える。基礎が正方形の形で1辺は約120メートルの総石材造りされた施設だ。観客席はどこからでも良く見えるように急こう配になっている。更に最上部にはぐるりと、VIPルームの窓の広い個室が並んでいる造り。そして中央にある闘技エリアは円形で直径は約70メートル。東西に入場口が作られていた。1万体以上の観衆を収容出来るため、偶に集会場的にも使われている施設のようだ。

 だが、本来の用途は娯楽提供の場である。基本入場料は銅の粒3つ。あとはVIP席や闘技エリアに近付くほど追加の料金が掛かる形だ。

 本日の演目は、モニョッペの出る飛び入りアリの『腕自慢』に始まり、『サルバレ杯タッグ戦』『殺戮ショー』『サルバレ杯個人戦』である。

 『殺戮ショー』は、志願した屈強の奴隷達同士が1対1で計19戦を勝ち上がり自由への切符を掴めるか、敗れて死ぬかというデスオアライブ対戦である。

 一度エントリーすれば、治療薬を買えない中で病や怪我による欠場は認められない。特別戦の第20戦目を生きて終えた者のみが奴隷から解放され平民へ上がることが出来る。おまけに対戦相手は、二つ以内の勝ち星差の者同士に限るという過酷極まる組み合わせ。勝っても傷を受け共倒れ的に死ぬ者も少なくない。相手が誕生せず19戦目を1年以上待った者もいるほどだ。勿論、1年も戦わなかった奴は負けて死んでいる。

 そうして特別戦で20勝目を迎え平民に上がっても、25勝するまでは19勝した奴隷と生死を掛けて()()()()()という奴隷上がりに相応しいお役目がある。サルバレにおいて、最近の10年で平民までの達成者は3名。そして最後まで生き残った者は僅かに――1名だけだ。

 都市主催のサルバレ杯はトーナメント形式の対戦で全国規模の『評議国武道大会』予選も兼ねているらしい。小都市サルバレには、見世物ながら真剣に戦う闘士達が400名以上存在している。彼らは名声と富を掴む為、日々修行し精進していた。

 評議国には、人類国家圏でみられた冒険者やワーカーといった職業団体が基本存在しない。なぜならモンスター的なモノが余り存在しないからだ。しかし、山野へ野蛮な盗賊団は存在するので、護衛隊などはここの闘士達がお金を貰い付く形だ。

 また野生動物に対して、亜人らはそれぞれが十分強いともいえるので護衛がいらない者らも多い。その辺の店のミノタウロスの親仁が、難度で100以上とかも普通にあるのだ……。

 ここ闘技場は、その中で集まった腕自慢の闘士達のいる場所である。

 

 人馬の戦士の1回戦、対戦するのは意外にも闘士の一人でまだ若い(オス)賢小鬼(ホブゴブリン)だと、モニョッペは他の数名の一般エントリー者もいる控室で係員の者から聞かされた。

 対戦開始時刻は受け付け順ということもあり、昼下がりの午後1時20分と決まった。

 なお、『腕自慢』では真剣による勝負は行われない。武器で剣を使うと申告したモニョッペは、竹に近い良く撓る木で組み上げた棒を剣の代わりにと渡された。槍や弓使いなども穂先や矢じりを加工されたものが試合では使われるようだ。

 『殺戮ショー』以外では『相手の殺害禁止』『攻撃部位に制限』『審判による判定』『制限時間3本勝負』と随分緩い。確かに『腕自慢』は金を払ったお客が楽しむ娯楽の範疇であり、また闘士を集める場でもある。『サルバレ杯』関連も闘士を育てる意味で行なっている面もあり、殺し合いは行き過ぎという運営側の判断があるのだろう。

 支配者としては、もっと殺伐とした世界観を持っていたが、亜人都市の住人達は意外と理性的で合理性を持って考えていることを知った。

 さて闘技場は、見なれない飛び入りの戦士モニョッペの試合時間が近付く。

 係員の少し年老いたリザードマンの雄が呼びに来た。

 

「モニョッペさん、準備はいいですか? 東の登場口より入場をお願いします。こちらです」

「分かりました」

 

 当初、1回戦、2回戦はお遊びかと思っていたモニョッペであるが、先程から8名程試合が進んだ中で戻って来たのが2名だけという状況を見て、どうやら真剣さのあるものだと理解する。

 

(逆にワクワクしてくるなぁ)

 

 まだ、彼の後ろにはビーストマンや豚鬼(オーク)など3名程が残っていたが、緊張感を滲ませる表情で座っていた。

 見れば彼等の身形は余り良い姿ではない。装備も古びた防具や破れ目の目立つ衣装だ。闘士という職業に就きたいという思いを持って真剣にこの場へと来ている様子。

 でも、事情は各者それぞれである。モニョッペは控室を後に石造りの廊下を進んで行った。

 

 東の登場口より、まだ快晴の空が広がる眩しい闘技エリアへ、対戦する二者は足を進める。

 足元は砂利が敷かれた水はけも良く()()()()()()()造りである。

 闘技エリアと観客席は5メートル近い高さの垂直壁が段差としてあり、安全に観戦出来るようになっている。

 観衆は、軽食を片手にする者もまだ見え半数程の席が埋まっていた。夜に行われるメインイベントの『サルバレ杯個人戦』では8割以上の席は埋まるそうだ。

 状況は淡々と進む。遅れて西の入場口からエリア中央へと3名の審判が現れると、対戦の二人を呼ぶ。

 基本的な、『真剣を使わない』『相手の殺害禁止』『目や耳鼻口内、及び金的への攻撃禁止』『かみつき禁止』など、注意事項を確認する。そして、1本の制限時間10分で「始めっ」と声が掛かった。

 

 対戦相手の体色がやや深い緑の賢小鬼(ホブゴブリン)の闘士は、背の高い人馬の相手に対し150センチほどの低身長を活かす。右側からサッと回り込んで間合いを詰めて近寄り、下方から馬胴へ()を水平に薙ぐ形で素早く振るってきた。

 審判の判定は、『致命傷となる箇所』への一撃の有効度だ。ゆえに、前だけでなく背中からの首や胸付近の攻撃も有効になる。

 敵の攻撃に、モニョッペは素早く体を躱し間合いを取る。ユグドラシルの人馬の『二人三脚』感覚では足が縺れてコケていたかもしれないが、今の人馬の足周りは十分に反応してくれた。

 向こうは随分慣れた感じの剣使いであった。モニョッペは、その動作や様子を窺う。

 王国やカルネ村で見た小鬼(ゴブリン)らは、レベルは高くても10程度であったが、この対戦相手は随分違った。王国戦士長には及ばないが、Lv.20は確実に超えていると思う動きを見せた。まあレッドキャップよりかは全然弱い水準なのだが。

 受けられずに、素早く動きだけで人馬に躱されたことへ驚き、賢小鬼(ホブゴブリン)の闘士は()をやや斜め中段に構え直す。待つことは無く、次の瞬間踏み込んで来た。

 しかし闘士はモニョッペを、見失う。

 

「な!?」

 

 思わず声が出たが気が付けば、側面から人馬に首筋を棒で打たれていた……。

 真剣であれば首が落ちている一撃である。

 

「モニョッペ、有効打で先制」

 

 豹顔のビーストマンの審判が、手で人馬の戦士を差した。

 会場は勝者の華麗な動きへの驚きと、賛辞の喚声があがる。

 

 でもモニョッペにすれば、これは随分――遅い動きなのだ。

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)だがLv.100の絶対的支配者の最大戦闘時の動体視力と反応速度は距離をとれば、同等のプレイヤーやシャルティアの動きに対応出来る水準である。加えて体力は戦士体でプラス気味。

 その彼にしては、相当ゆっくり動いて躱したつもりだ。

 しかし、相手がLv.20台では当然の結果だろう。

 

(まあ普通、こんなものかな。じゃあアレを使うか)

 

 この場では、いくらなんでも敵から未知のアイテムを使われる事は無いはずである。

 モニョッペのアインズは、余りに結果が見えてしまい面白くないので、プレイヤー自身への防御面と攻撃面のうち攻撃面に限り、殆ど使う事のない『制限』モードを80%程度で起動する。

 これにより、感覚や速度、威力はLv.50水準まで下がったはずだ(最大だとLv.40水準にまで下がる)。ただ、基本が魔法詠唱者(マジック・キャスター)の体力の出力を絞るということで、戦士系が多くそろう闘技場の闘士達を相手には結構厳しい気がする。

 

(さぁて、真面目に()()()やるかっ)

 

 思わず兜から見える人馬姿の御方の口許へニッと笑みが浮かぶ。

 防御面は今までのまま。常時発動型特殊技術(パッシブスキル)の上位物理無効化と上位魔法無効化は有効なので、実質完全に舐めきったプレイ状態ではあった。

 でも、今の全力を見せられない状況で本気を楽しむには、ピッタリの機能と言える。

 少し下げ過ぎの感もあり、攻撃面については劣勢が予想され、久しぶりで真剣に()()()()()()()()である。

 あと一本とれば、1回戦は勝利で終わる。

 インターバルの3分が過ぎ、2本目が「始め」の掛け声から始まる。

 

 直後に仕掛けたのは、モニョッペの方だ。

 相手との8メートル程の距離を、真っ直ぐ正面から一気に詰めて左手に握った棒での、上から打ち下ろすような敵顔面への突き。それが空振り後も左の側頭部への払いを連動で見せる。

 賢小鬼(ホブゴブリン)はまず突きへ上体を振って避けたが、同時の払いへの対処が間に合わないとし、後ろへ倒れるように転がる。両手を地面へ突いて飛び跳ねるように起き上がると、足で地を蹴り後方へ数歩下がり間合いを取った。

 モニョッペはその動きを見つつ追っていく。棒の柄を一瞬両手で握ったが右手に持ち替えると、馬体で踏み込みながら左下方から右斜め上方へと敵胸部へ切り上げを見せた。

 その棒撃を賢小鬼(ホブゴブリン)は、両の手で握った棒で受けて押し上げるように弾く。

 人馬側は賢小鬼のその後の振り下ろしの反撃を考え、強く馬脚で地を蹴り馬体を機敏に右横へと飛ばして間合いを取った。

 賢小鬼は追撃せず、両者は棒を構えてにらみ合う。

 この一連の攻撃でモニョッペは理解する。

 

(よし。まだ、こちらの方が動きが速いかな)

 

 そして、決着を付けるべく「いくか」と呟き、賢小鬼へと棒撃の速い連打を浴びせる。

 人馬からの鋭い踏み込みに賢小鬼は、避ける間がなく最初の一、二撃を何とか棒で受けきったが、三打目以降は続けて、数撃を頭と首へ受けてしまう。

 

「戦士モニョッペ、有効打で2勝。1回戦突破です」

 

 モニョッペが攻撃を止めると、賢小鬼は軽い脳震盪を起こしたのか片膝を突いた。

 その様子も見えて、明らかな決着で周辺の観客席が沸く。

 

 娯楽へ飢える彼等が見たいのは、憧れでもある明確な『強さ』なのだ。

 

 闘い慣れている闘士の賢小鬼は直ぐに立ち上がると、こちらへ僅かに会釈を寄越し去っていく。

 それに礼を返してから戦士モニョッペも、歓声に手を上げて暫し応えると、入場口から退場した。

 その後『腕自慢』は進むが結局、モニョッペの後ろに居た3名は誰も残らなかった。

 そうして2回戦、3回戦と進んでいく。

 3回戦が終った時、残ったのは人馬の戦士モニョッペのみになっていた。

 1回戦を勝ち上がったのは3名おり、2回戦も全員が2勝で順当に勝ち上がったが、3回戦で前の2名は接戦で健闘するも負けた。

 モニョッペも3回戦は苦戦した。出てきたのは獅子顔のビーストマンで素早い攻撃にかなり苦慮したのだ。1本目を8分過ぎに激戦で先制したが、次を追い込みながら隙を突かれ逆転取りされた。3本目をなんとか取り勝ち抜けである。

 闘士達の水準はレベルで30は越え始めていると見ている。

 時刻は2時半。『腕自慢』は唯一残った参加者の4回戦を迎える。

 人馬モニョッペが闘技エリアへ入場口から出てくる。そして、既に仁王立ちで待っていた対戦相手を見て驚いた。

 

 そこに立っていたのは、大柄に全身鎧で武装した少し髭顔の―――人間。

 

 彼の額には『Z』に似た焼き印のあとは存在しない。現在闘士となっている彼は、奴隷から解放される時点で治療魔法を受け、忌まわしい烙印は消されていた。

 彼こそが、都市サルバレにて難度114の力で同じ自由という夢を追いかけた()()()を屠ってきた男である。

 そんな彼へ、後ろの入場口そばから「頑張れーっ、ご主人(ノーモン)様っ」と元気で可愛い声が飛ぶ。見れば額に焼き印の見える日焼け肌の赤髪の年少奴隷だ。

 

「マベルめ、困ったヤツだ」

 

 全身鎧の男は僅かに振り向くと、そんな下僕へ優しく呟く。

 評議国の奴隷制度の決まりで、旧敵である人類だけは平民へ上がっても、20体以上の奴隷を持つことは許されていない。これは、同族である人類への大量の救済行為を阻止するための事項だ。人類への恨みはどこまでも根深いのだ……。

 

 一瞬驚いたモニョッペであるが、人類国家領域にも突出した強さの人間はガゼフや漆黒聖典に六腕らなど20名を数えて居る話で、亜人の中で生き抜く人間の存在も十分あり得ると理解する。

 今は殺し合いでなく、ただ腕を競う場所であり、落ち着いて審判からの確認を受けた。

 そして戦いを待つ両者へ「始め」の声が掛かる。

 人間の男の握るのは戦斧型の棒であった。

 開始2分程は一、二合打ち合う間合いを測る展開がみられた。しかしその直後、モニョッペの様子見で打った棒撃に対し、早く鋭く正確に打ち込まれてしまった。御方の喉元へだ。

 

「――闘士ノーモン、先制」

 

 審判の手が素早く、人間の戦士へと振られた。

 馴染みの観客も多く観客席よりの歓声が起こる。人類を毛嫌いする層も多いが、純粋な『強さ』を認めている者達も少なくない。

 闘士ノーモンは人間だが、『サルバレ杯個人戦』のトーナメントで昨年はその実力で亜人達を退けて堂々のベスト16の一角となっていた。

 全国行きのベスト8戦で敗退したが、日々鍛錬し今年はその雪辱に燃えている。

 

 一方、初めて先制を許したモニョッペは、唸っていた。ある意味楽しい。

 

(く、クソぉ。普通に悔しいなこれは)

 

 先程の、3回戦で落とした接戦は勿体ない感があったが、今回は相手の力量がかなり感じられた。

 なので、ここはこちらも相応の工夫を加え、動きを結構見させてもらったクレマンティーヌの動きも取り入れつつ棒を振るう事にする。

 インターバルの3分を終え、気迫のある表情でモニョッペは次本へ挑む。そして審判の二本目を告げる「始め」の声が掛かった。

 今度は、一旦受けて――全力での攻撃をと。

 相手が出てこないと見ると、人間の闘士は一気に踏み込んで来る。だがモニョッペにもう油断は無い。相手の動きは良く見えていた。二合、三合と流し受けで打ち合う。流石に大きめで力の加わった戦斧型の棒の威力をまともに受けるのは、体勢が悪くなり上手くないからだ。

 そして、人間の闘士が一歩間合いを取ろうと下がり掛けたところで、今度はモニョッペがクレマンティーヌ風のラッシュを見せる。ただ残念なことに、『制限』モード中でもあり、彼女ほどの速度は出ないが。

 御方の持つ棒は、グレートソードよりも当然細く軽いので、その攻撃が活かせる部分もあった。

 突き主体の人馬側の鋭い連撃に、人間の闘士は長い柄の戦斧型の棒で左右への払い受けがメイン。その隙を突く形で戦斧棒の先にある刃形状部で突いての応戦となる。

 モニョッペが狙うのは、その相手の戦斧棒の突きへのカウンターだ。

 御方が狙う形の、人間の闘士が打った戦斧の突きが襲って来る。モニョッペはそれへ人馬側の膝を溜める姿勢で身を落としつつ、棒撃で戦斧棒を下から右上方へと払い流した。これで戦斧が浮いた形になり、闘士の胴はガラ空きになるのが見えている。

 この時、人馬は膝を溜める姿勢から低い位置となっており、その溜めた力で素早く前へと飛び込む形で足を後ろへ蹴って進んだ。

 同時に御方は、戦斧を浮かした棒を持つ手首を返し、それで人間の闘士の喉を突きにいく――。

 しかしである。

 気が付けば、モニョッペは右胴を見事に打たれていた……。

 

(――っ! 武技かっ)

 

 モニョッペの視界前面から戦斧を持つ闘士の姿が、右横へと武技〈縮地〉で素早く移っていた。そして、男の浮かせていた戦斧を持つ手首が返されていて、振り下ろされてきたのだ。

 

「――闘士ノーモン、有効打で2勝。4回戦これまで。勝者――闘士ノーモン!」

 

 場内から勝者への歓声が上がる。

 周りの声を聞きながら人馬の挑戦者は、静かに天を仰いだ。

 そんなモニョッペは横から声を掛けられる。

 

「貴殿、中々に巧者ですな。武技を使わねば負けでしたわ」

 

 右手に木製の戦斧棒をまだ握った人間の男の方からだ。

 

「(えっ)あ、いや、お恥ずかしい。1つも取れず、まだまだのようで。それでは」

 

 人類国家側から来た身で生い立ちを知らないのも有り、彼へのこだわりは無い。

 それでも人間へ接する場合、この地では注目を集める恐れもある。手短に会話を切り上げて去る。

 人の世も亜人の世も各自其々のようだ。気性の荒い者もいれば、理性的な者、平和的な者がいるのだと。

 人馬『モニョッペ』が敗れた事で、『腕自慢』への挑戦は終わった。

 

 

 

 石材造りの闘技場を出た人馬の戦士モニョッペは、建物を振り返りながら見上げ少し黄昏る。

 

(まあ、楽しかったかな。最後、一本ぐらい勝ちたかったけど。でも目立たないこれぐらいが良かったはず)

 

 参加記念として渡された、実に安っぽい木彫りのワッペンのような物を見詰める。

 それを思い出も交え一応という気で、アイテムボックスへと仕舞おうとして、ふとあの人馬の娘から貰ったビラを見つけた。

 今の時間は、午後2時55分――。

 

(明日はキョウからの情報整理で外に出れないはず。もう会うこともないんだろうな。……最後にお店だけ遠くから見て終わるか)

 

 ビラの文字は相変わらず不明だが、店先を書いた線画の絵柄から彼女の父親のお店は、洋服屋のようであった。記された地図には闘技場と思われる雑なイラストも入っている。図を見るに歩いてそう遠くないだろう。恐らくこのまま宿泊宿へ戻ってもキョウの一時帰還まで1時間ほどは暇なはずなので、これで20分ぐらいは潰れるかと、モニョッペは呑気にパカパカ蹄を鳴らしながらゆるりと道を歩いた。

 そうして、人馬の彼はビラに書かれていた商店街の通りへと辿り着く。

 

(えーと、ビラの雰囲気からこの通りの南側の何軒目かに並ぶお店だよな)

 

 日焼けして生地の傷む元である日光が、店の中へ直接差し込まない北向きに面している店だろう。

 モニョッペが歩き進んで、15軒目程まで来た時に、前方へ少し亜人らの溜まりが出来ていた。

 更に近寄ると、怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「おいおい、このクソガキ達のしでかした事に、親としてどう責任を取るつもりなんだ?」

 

 亜人らの並ぶ合間から見ると――洋服の見本の掛かる窓の並ぶ店の前で、3体の丸太のような腕や足を持つガッシリした体躯のバグベアがいた。バグベアはゴブリン類の中でも随分大型の種族。身長は2メートルを超えている。顔の雰囲気はブルドッグ系だが、鼻は熊に似ている。彼等3体の中で真ん中に立つ随分赤い皮膚を持つ個体が一番良い装備衣装を身に付けている。その左横に立つバグベアが威勢よく吠えていた。

 

「洋服店の旦那さんよお。アンタん家のクソガキが、兄貴のこの豪華な装備衣装に、ベッタリ飴菓子を塗り付けたうえに、トンズラこきやがったんだぜ」

 

 荒っぽい男の言葉へ、人馬(セントール)で黒い口髭と黒髪を短めに刈り上げた白シャツ姿で馬体へ灰色生地の服を着た店主と思わる男性が、平身低頭に対応している。

 その店主の傍で、まだ小柄な人馬で3名の――子供達が涙顔で父親だろう彼へ縋っていた。

 

「ウチの子供が本当に申し訳ありません」

 

 いつもは自分達へ厳しい親が、他の大人へ頭を下げている姿に申し訳なく、恐怖でぐずる子供達で一番年長そうな肩下程まで髪のある子が男達へ言い訳を口にする。

 

「だ、だから御免なさいって。ちょ、ちょっとだけ、ぶつかってしまったのー」

「あうぅぅ」

「……ふえーん」

 

 すると今度は、それを聞いたガラの悪いバグベアの一人、兄貴の一番の舎弟と思われる右に立つ男が、親ではなくその子供の言葉に反応し凄む。

 

「おい、そこの子供、今、なんて言った? ちょっとだぁ? 兄貴のこのお高い装備衣装へと、これでもかというぐらい飴菓子で汚しておいて、何も無しで済むと思っているのかっ!」

 

 どう見ても強請(ゆす)りタカりの連中である。だが、その兄貴と呼ばれた者の装備は、他の2体と違って随分本格的に見えた。

 声を上げつつ、一番の舎弟と思われる男が店主の傍までやって来ると、次の瞬間なんと――人馬の子の襟首を左腕でつかんで持ち上げる。それを父親は止めようとしたが、バグベアの太い右腕で払い飛ばされ横に大きく倒された。

 その時である。

 店先に並んでいた()()()()()()()()()()()()の危ない状況を見て、完全不可知化のヤバイモノがモニョッペの傍に現れていた……。

 

「……」

 

 ()()はこの状況を静かに見ている。でも大変危険な雰囲気だ。世界の平和が揺らぐ可能性があるほどに……。彼女は決定的な、ただ一言を待っている。

 この状況に、ガラの悪い連中の真ん中に立つ赤めの皮膚をしたバグベアは何かを感じた。彼の本能が呟かせる。

 

「……おい、何か寒くないか? 一瞬ゾクリとしたんだが」

「えっ、……そうですかい? 病じゃないでしょうね?」

「あっしは、特には何も。今、夏ですぜ?」

 

 舎弟の二人は特に気付かなかった。難度的に一流の水準へ達していないという事だろう。

 勿論モニョッペは気付く。だって、そのモフモフの翼で優しく頬を撫でてくれているから……。

 彼女に独断で動かれる恐れもあり、もはや猶予は無い。人馬姿の支配者は小声て呟く。

 

「……(ここは私が行く)」

「……(分かった。フォローする)」

 

 慎重なやり取りが続いた。

 彼女としては、慕う主人の手によって対象は護って貰いたいのだ。

 しかし、ここで突然の乱入者が現れる。

 外回りで店を出ていた一体の人馬の娘が、その可憐な馬体を高く躍動させ飛び込んで来た。

 

 

「ちょっと、貴方達っ。父さんや――ワレの可愛い()()()()()に何しくれてんのよっ!」

 

 

 その姉の登場と同時に、襟元を掴まれて吊るされた年上の子の横にいて、怯え切る随分小さい人馬の子が半泣きで呟く。

 

「ぁ、お姉たん……」

 

 その瞬間に状況は一変した。

 小さな人馬の年長で可愛い娘を掴んでいた者の手が――突如、メキッと潰れる程の力で掴まれたため思わず手放す。少女は自力で着地する。同時に、そのバグベアは何故か通りの中央まで勝手に吹き飛んだ様に転がっていった……。倒れたままソイツは動かない。気絶している模様だ。

 その気絶したバグベアの強靭である頭蓋の額には、指状の型でヘコんだ痕が出来ていた。デコピンのサイズは――ル●ドのモノへ完全に一致しそう。気持ちは分かるが、天使の彼女には状況をよく考えて欲しいものだ。

 攻撃を受けた舎弟の様子を見て、赤めの皮膚のバグベアが無言で身構え周囲を警戒する。

 もう一人の舎弟のバグベアは、状況が分からず慌てた声をあげた。

 

「な、何っ!?」

 

 この混乱が良い頃合いである。

 人馬姿の支配者が、今行くしかないと力強く悠然に問答の場内へ進み出る。

 

「その辺にしたらどうだ? 大人げないとは思わないのか」

 

 警戒すべき敵の登場と認識し、赤めの皮膚のバグベアが問う。

 

「……今のはいったいどうしやがった?」

発勁(はっけい)……かな」

 

 無理やりの理由を、考える方の身にもなってほしいもの。とはいえ、彼女の気持ちは分かり今の行動はしょうがないだろう。

 ここで、助けに登場した人馬(セントール)の戦士の姿を見て、人馬の娘シェルビーが気付く。

 

「あぁっ、モニョッペさんっ!?」

「ちょっと時間が出来て寄ったのだが、大変そうだな。ここは私が引き受けよう。君はお父さんと妹さん達を見てあげて」

「え、でも……。さすがにこれは、モニョッペさんに迷惑を――」

 

 ここで戦士モニョッペは、颯爽と語り聞かせる。

 

 

「あなたが朝、出会った時に私へもしてくれた。

 

 ――“ ゲ テ ル ” の者は、同 郷 の 者を見捨てない。

 

 そうだろう、シェルビー?」

 

 

「……はいっ!」

 

 目の前で、自分達家族を守る位置で立ってくれている同郷の戦士の言葉に、思わず嬉しさで目が潤む彼女であった。

 そんなイイ雰囲気のところへ、残ってる舎弟のバグベアからの声がけたたましく割り込む。

 

「ははははッ、馬鹿だろオメエ。こちらの兄貴を誰だか知ってるのか? 兄貴は去年、サルバレ杯の個人戦トーナメントでベスト4のお方なんだぞっ。どこの馬の骨とも知らない戦士野郎の出る幕じゃなかったんだよ。それを手ぇ出しやがって。俺達は、金の粒7つ程も貰えば、帰ってやったのによー。もう無事では帰れねぇぞ。……そうですよね、兄貴っ」

 

 大口を叩いた舎弟。だが、直ぐに横の赤めの皮膚のバグベアの顔色を窺った。

 もちろん、部下をやられている以上武闘派の闘士が引っ込む事は出来ず、兄貴と呼ばれた彼は舎弟の言葉を肯定する。

 

「そういうことだ。でも――連れの治療代も含めて、金の粒10寄越せば水に流そう。お前は運がいい。俺は今晩、大事な試合があるんでな」

 

 そう言って、貫録と殺気の籠る鋭い視線をモニョッペに一度飛ばすと目を閉じた。

 赤めの皮膚をした闘士のバグベアは、自分の強さへ絶対の自信を持っている。

 その――難度153の実力に。

 

「じ、10粒っ?!(そんな大金……)」

 

 話を聞いたシェルビーは、請求金額の大きさに驚く。こんな話、モニョッペさんはどうするのだろうと……。

 対して目の前の人馬の戦士は、兜から出ている馬耳を触りながら淡々と言葉を返す。要求が金の貨幣で100粒でも、1000粒でも同じことだ。当初から払う気の無い彼には、金額などもう関係が無いのだから。

 

 

「じゃあ、この場ではなんだろう。時間もないし、ちょっと人気(ひとけ)のない路地の方へ行こうか」

 

 

 普通に聞けば、話を飲んだ風に聞こえる不思議な文句である。

 モニョッペの言葉を聞いて、周囲に溜まっていた亜人達は、話が付いたんだと()()()して去っていく。これ以上は(かね)の受け渡しで、見ていればガンを付けられるだけの話だと分かっているからだ。

 ここで、ノビていたバグベアが気が付く。額には強烈なタンコブが出来ていた。

 

「う、痛ぇ……っ。なんだぁ……すげぇコブになってやがる。ハッ、何が起こったんだ……!?」

「行くぞ」

「え? あ、兄貴。クソォ、オレはっ!」

 

 慌てて怒りと共に起きあがった一番舎弟の彼だが、兄貴に諭される。

 

「いいんだ。話は概ね付いた。さあいくぞ」

「……ぁ、そうなんですかい?」

 

 狙いの物が貰えるならと舎弟の機嫌は随分回復した。そうして、赤い皮膚のバグベアらはモニョッペを連れ、少し離れた普段人気(ひとけ)の無い街裏の寂れた路地奥へとやって来た。

 闘士の兄貴が口を開く。

 

「さあ、ここらでいいだろう? ――()()()()()()寄越せよ。それで命だけは助けてやろう」

 

 考えが凶悪である。金の10粒を払うというのならもっと持っているだろうと。

 

「兄貴ぃ、いつもながら(ワル)ですねぇ」

「流石、兄貴だ」

 

 目の前の連中は、完全に強請りタカりの常習犯らしい。

 闘技場で対戦した闘士達は、割と真摯に戦う者達であったので、戦えなくするのはどうかという考えが少しあったのだ。

 モニョッペは、遠慮することはなさそうだと、笑顔を浮かべて伝える。

 

「そうか。じゃあこれで心置きなく―――踏みつぶせるな。先程の悔しい戦いもあるし、口直しにもう一戦だな」

「あ? 何言ってやがるんだ。ハハハ。まさか俺と戦う気か、可哀想に。いいぜ、手足の一つも切り落とし、半殺しにしてから懐を毟ってやろう」

 

 人目の無いこの場では闘士のバグベアも、周りを気にせずに済むため、本心で語った。

 その言葉へ、人馬の支配者はあの言葉を返してやる。

 

 

「心配無用だ。 私は……――〈 完 璧 な る 戦 士 (パーフェクト・ウォリアー)〉」

 

 

 台詞へ乗せるように、彼は唱えていた。

 

 その後の戦いは、ただ一方的である。

 

 次の瞬間に闘士のバグベアは、卑劣にもなぶるために、まず馬体の前足を1本切り落とす目的で腰に帯びていた大剣を素早く抜いて打ち込んできた。だが、モニョッペはその一撃へ速度を合わせ、左の素手で剣自体を軽く掴む。直後に支配者はグンと一歩踏み込んで接近し、闘士の顔面へ右拳の――パンチパンチパンチ。

 闘士のバグベアの顔面は鼻が潰れ、歯が顎骨ごと折れ、最後の一撃で片目が陥没するほど破損していた。最後の一撃時にモニョッペが剣を手放し少し力を込めた事で、そのまま拳の威力を受けたバグベアは、汚れた路地の地面を転がっていった。

 その様子に、「ぁぁああ兄貴が?! うわあ、バケモノだぁぁ!」と舎弟の二人は逃げ出すも、背を向けた瞬間に見えない何かの手で、両足の太腿部分の太い大腿骨を直角にへし折られて転倒し「ぎゃあぁぁ、痛ぇ」「折れてる、コレは折れちゃってるよぉぉ」と自身の太腿の異常な曲がり具合を見ながら呻き出していた。

 

 人馬の戦士は、闘士のバグベアへ近付いてゆく。

 まだ、彼は生きている。大剣を地に突いてなんとか立ち上がっていた。

 赤めの皮膚に顔面からの血が滴るバグベアは、背中から寄る驚異的威圧の気配に気付きゆっくりと振り向く。

 モニョッペは腰に差していた剣を抜いて構えていた。そして静かな口調で軽く誘う。

 

「さあ、その剣でさっさと掛かって来たらどうだ。まだまだ始まったばかり。お前は金の粒がタンマリと欲しいのだろう?」

 

 だが、先の強烈すぎる剛力のパンチを受け、己との大きい力量差へ気付いた闘士のバグベアは戦意を喪失しており、泣きを入れてくる。

 

「アンタ強すぎだよ。お、俺が悪かった。この通り謝る。金の粒20、いや、50出すからっ。な、今回は助けてくれっ」

 

 そして、大剣を横の地へ放り出し両膝を突き両手を地に付け、額までも付けて許しを乞う。

 

「これ、この通りだっ」

 

 だが、そんな一時しのぎに過ぎないヤツの土下座の姿を見つめながら、絶対的支配者は冷酷に告げてやる。

 

 

「金など不要。私は言ったはずだ。――――踏みつぶすとな。そこから一歩も動かなければ命だけは助けてやる。死にたくなければ、痛みに耐えてまあ頑張るんだな。これからは少し、因果応報という言葉を覚えておけ。では、遠慮なく」

 

 

 支配者は、路地裏の地で土下座する闘士へと馬体の歩を一歩ずつ進めていく。そうして、ヤツの両手を蹄で踏み砕き、右肩や左股関節に続き両足首関節をただ剛力で踏みつぶし通り過ぎる。

 

「は……はぁぁぁぁ、くっ、ひぃぃぃぃーーー、痛いぃぃぃーーーーーー、ぐっ、ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー……」

 

 

 こうして、赤めの皮膚をした闘士のバグベアは、治療薬を使ってさえも全治1カ月という重傷を負った。当然、今年のサルバレ杯トーナメントは『不慮の事故』ということで欠場することになる。

 ちなみに舎弟の二人も、天使さまからの両肩へ粉砕骨折というアリガタイ追加の贈り物が与えられ重傷を負っているという話だ……。

 

 

 

 

 

「行ってしまうんですね……モニョッペさん」

 

 目を熱く潤ませる可愛い人馬の娘シェルビー。

 戦士モニョッペは、重傷のバグベア達を放置してお店まで戻って来ていた。

 彼は当初、そのまま消え去ろうかとも思った。しかし――これは一つの物語のエンディングやエピローグといえる。

 

 彼は、是非やってみたかったのだ。

 

 シェルビーの父親の経営する『カロ洋服店』には、娘と同様に外回りをしていた美人の母親も戻って来て、優し気な4姉妹を含む家族6人が出迎えてくれた。

 長女のシェルビーを筆頭に、店主である彼女の両親からも、人形のように可愛い下の3姉妹からも、一杯礼を伝えられて支配者は満足していた。

 彼女の一家には、「もう話は無事に付けたから」と伝えている。

 支配者は闘士を踏みつぶす最中に、念を押すのを忘れていない。この一家に限らせないよう――「次にこんな強請りをすれば、粉々に磨り潰す」と。ついでに「分かってると思うが、この件は他言無用だ」とも言ってある。実行されれば確実に死を迎える内容に、「はぃぃぃぃぃぃぃ」と闘士は答えていた。

 

 戦士モニョッペは、先のヒロインからの問いかけにもっともらしい答えを返す。

 

「追手が来て迷惑を掛けるといけないからな。中央都辺りにいくつもりだ」

「……もう戻ってこないのですか?」

余熱(ほとぼり)が冷めるまでは、ね。今日のことは忘れない」

「私もずっと………」

「じゃあ、そろそろ行くよ。元気でな」

「はい。……モニョッペさんも、ずっとお元気……で」

 

 別れが迫り、グッと目を閉じる。彼女の涙が一筋、頬を流れた。

 

「ああ。じゃあシェルビーも、皆さんも」

 

 まだ日の高い午後3時50分頃、6人の「ありがとう」の見送りを受けた戦士モニョッペは通りを歩く多くの亜人達の影の中に消えて行った。

 

 

 

 熱い涙の視線で戦士を見送った長女へと、父親が静かに問いかける。

 

「いい方だったな。……シェルビー、お前、付いて行かなくてよかったのか?」

「……もう、父さんったら。――彼には、また会える気がするの。そのときにはきちんと――顔を見せて貰うんだからっ」

 

 振り向いて、そう語る人馬(セントール)の娘の顔には、笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 ただこれだけは言えた。

 ルベドの姉妹リストに、可愛い人馬のカロ四姉妹が追加されたことである―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 神聖なる『今日のアインズ様当番』

 

 

 その凛々しき髑髏のお顔と骸骨のお姿は、正に神の如し――。

 

 一般メイドのリュミエールは、金色の髪に星(ふう)の輝きがあり、眼鏡の似合う清楚で落ち着きのある子だ。

 彼女達の主な任務地はこの地下大墳墓の第九、第十階層。階層守護者級以上の直接命令以外で、上階層への移動は禁止されていた。

 一般メイドは、人造人間(ホムンクルス)でLv.1のためだ。か弱い。

 彼女達のメイド服は、防御面での底上げが多少されている物を着用。胸部が白なのはユリやナーベラルの着る服と同じだが肩からのフリルが黒である。また、スカートは足首上から膝下程と数種類あり幾分短めの形だ。リュミエールは膝下程のものを着ている。あとは白地の前垂れ調のエプロンが付く。

 それらを全力で綺麗に整えた今日のリュミエールは、滅法張り切っていた。

 ナザリックで統括も参加されたという作戦の翌日未明午前2時14分に、桜花聖域よりアイテム経由で『数分前にアインズ様がご帰還され、現在第三階層にて御公務中』の一報が入ってきた。

 執務室にて、午前6時までの任務であったリュミエールは緊張する。

 彼女は、昨日朝6時から初めての当番日であったからだ。

 『今日のアインズ様当番』は導入から2週間程で、まだまだ41名分の1周目の半分も終えていなかった。

 しかし、すでに当番を終えた姉妹と言える多くの者達からの情報があり、それを整理すると――。

 

 

 アインズ様は格好良く、優しく、慈悲深く、またご褒美の――()()が凄いらしいという。

 

 

 当番以外も含めて、今まで10名近くの一般メイド達がそれを受け……感激していた。

 リュミエールもこの機会にそれが是非欲しいと思っている。

 しかし一般メイドの彼女達は、格上の戦闘メイドプレアデス達とは違う。

 

 強請(ねだ)る事は一切出来ない。

 

 だから、メイドとして自らのその誇るべき、お掃除やお着換え補佐、扉の開閉補佐などで傍付きにおける『存在意義』の実力を見せなければならないっ。

 

(アインズ様に、私の特訓した華麗なる扉のオープンクローズ技術を見て頂きますねっ!)

 

 両拳をきゅっと握り、可憐にがんばるぞポーズをする清楚で眼鏡っ娘のリュミエール。

 彼女は気を利かせて、絶対的支配者の豪華な執務室の扉前で、直立のまま静かにその偉大なる主の到着を待った。

 しかし1時間経っても、1時間半経ってもあのお方は現れなかった……。

 

(他でお忙しいのかしら)

 

 そう考えていた。

 ところが、2時間が経とうかという時、何と……背側の部屋の中から僅かに声が聞こえたような気がしたのだ。

 リュミエールは、ゆっくりと振り向き一応恐る恐る最高級の装飾のされた両開き式の扉をノックしてみた。

 すると……。

 

「誰か? 入っても構わんぞ」

「!?――っ」

 

 重みのある偉大すぎる声を受け、そっと扉を開けてリュミエールは中へ一歩踏み入る。

 程よい雰囲気にシャンデリアを含めた照明群の明かり灯る超豪華で広い執務室の中では、あろう事かすでに至高の御方アインズ様が奥に設けられた漆黒の大机に座り、颯爽と公務を行なっている姿があった。

 

「……(ぁぁぁ……ああ……あああぁぁぁぁぁーーーっ!)」

 

 思考を乱し、視線を床へゆっくりと落としたリュミエールは、己に絶望した。

 この栄光あるナザリック地下大墳墓の主にして絶対的支配者を、どれほどの時間御一人で放置してしまったのだろうかと……。

 

 

 一般メイド達のこれまで積み上げてきた職務上での最悪といえる、 大 失 態 であるっ!

 

 

 ショックの余り彼女はトボトボと数歩進むと――モフモフの最高級絨毯の上に両膝を突き、更に両手を突き、それから額を床に擦り付ける。土下座である。

 彼女は心底、主へと詫びた。

 

 

「申し訳ございません、アインズ様っ! 扉の外でお待ちしていて……このような酷い仕儀に……この上は、ナザリックの至高様に命を懸け仕えしこの身、如何なる処罰をも――」

 

 

「(えっ。突然なんだぁ?!)―――待て」

 

 ここでアインズはストップをかける。そして、確か書類があったと思い出しファイルの当番表を見る。

 

「……んー、今日の担当は……リュミエールか」

「はいっ。リュミエールに御座います、アインズ様」

 

 会話をしつつアインズは、最高級の背の高い黒皮の椅子から立ち上がる。

 

「リュミエールよ、立つが良い」

「は、はい」

 

 近付いたアインズへ彼女は悲しい表情で、申し訳なさそうに胸元で手を合わせつつ立った。

 彼女の身長は160センチ少しほど。量産型のメイドだが、個々の表情や髪型、身長等でキチンと個体差があり、それほど手は抜かれていない。彼女達もヘロヘロさん達の残した娘達のようなものだ。

 元々目くじらを立てる程の失態ではない。

 また状況から、アインズが指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で執務室へと直接入った事でこの状況になったと予測出来た。

 これまでの一般メイドは常に部屋の中に居たのだ。今日は偶然であるが、決めごとではなかったのが原因だろう。

 

「お前はどれほど、扉の前で待っていたのだ?」

「はい――2時間程かと」

「(長っ!)……そうか」

 

 確かに彼女達は指輪(リング・オブ・サステナンス)を装備しているので不眠不休でも食事さえきちんと取れば基本疲弊はしない。

 最後は結局、彼女が気付きノックして入って来たのである。主として一般メイドが部屋へ居ない差異に気付くべき部分もある。それなのに彼女一人の罪を問うのは行き過ぎだろう。

 

「リュミエールは、なぜ外で待っていたのだ?」

 

 ふと浮かんだ主の問いに、彼女は恥ずかしそうに伝えてくる。

 

「あの……今日に向けて扉の開け閉めを練習してきましたので……ですからその……」

「そうか。良く分かった」

 

 ここでアインズは、ペストーニャを呼ぶ。

 

「〈伝言(メッセージ)〉、ペストーニャよ、今どこだ?」

『これは、アインズ様……わん。今は、第九階層の客間のお掃除です、わん』

「ちょっと私の執務室まですぐに来てくれ」

『畏まりました、わん』

 

 同じ階層なので、2分程で扉が叩かれた。

 

「入れ」

「ペストーニャです。失礼します、わん。……リュミエール?」

 

 入って来た可愛い犬頭でメイド長のペストーニャは目に入ったメイドの名を口にした。

 普通、一般メイドは部屋の扉脇に立って待機する形になっている。

 それが、部屋の中央寄りにアインズと共も立っていたので、ペストーニャは何かあったのだと気付く。

 

「アインズ様、この者が何か? ……わん」

 

 『わん』については無理やり感が酷いが、それも可愛い設定である。

 アインズは気にせず語る。

 

「いや、決めていない事象があったようでな。一般メイドは基本、執務室の中で待機していることとしよう」

「分かりました。……わん」

 

 ペストーニャは絶対的支配者の指示を速やかに了解した。異議などない。

 その言葉にリュミエールは少し残念である。練習してきた最初のお出迎えは今後出来そうにないのだから。

 だが、アインズの言葉にはまだ続きがあった。

 

「基本はそうだが――外で待つことも認めよう」

「「!?――っ」」

 

 これにより、リュミエールは今日の件について罪は問われないし、これからも練習が無駄にはならないこととなった。

 アインズが執務室内へ現れた時に一般メイドが居なければ、扉の外に指輪で転移してやればいいだけだ。彼にすれば手間と言うほどではない。

 

「わ、分かりました、わん。ですが……」

「うん?」

 

 ペストーニャが尋ねようとしたが、主の雰囲気から察する。

 

「(お手間では)……いえ。……わん」

「……(アインズ様っ……)」

 

 リュミエールは二人の会話を見守るだけである。意見を言える立場ではないためだ。

 

「ペストーニャよ、ご苦労。もういいぞ」

「はい。では失礼します、アインズ様。リュミエール、交代までしっかりお仕えしなさい、わん」

「はいっ、ペストーニャ様」

 

 上司へと、リュミエールは元気に弾ける笑顔で答えた。

 ペストーニャが去った後、彼女は主へと礼を述べる。

 

「アインズ様、ありがとうございます」

「(配下達の努力は、やはり報われて欲しいからなぁ)……うむ、精進せよ。さあ、仕事を始めよう」

「はい」

 

 アインズは再び漆黒の大机の席に着き公務へ戻り、リュミエールは扉脇にて直立で待機の状態へ移る。

 彼女は、午前6時までの間にアルベドらの来訪他で扉を華麗に五度開け閉めし、大図書館へも付き従い無事に当番の職務を終えていた。

 

 そして、アインズが日の出前の5時過ぎに王都へ戻るため執務室をあとにする際、彼女は主からナデナデを貰ったという――。

 

 

 

 リュミエールは、アインズ様の威厳と優しさに感動した。

 自分やメイド長のペストーニャ様をも、堂々と呼びつけ命じる姿に、そして配下への気遣いに。

 

(至高のご主人様は、やはりこうあるべきなんです……)

 

 一般メイド達はリュミエールの伝説級の話を聞き、更に絶対的支配者への忠誠心を高めていった。

 

 

 メイド達皆は、明日か今日かと待ちわびている――神聖なる『今日のアインズ様当番』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 彼女達は休暇で何をするべきか

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層の戦略会議室を、男性陣が去って行ったあとのこと。

 新しく大きな準備計画を皆に告げた守護者統括のアルベドへ、アウラがぽつりと尋ねる。

 

「でもさぁ、“休暇”を貰ったらあたし達は何をすればいいのよ?」

 

 アウラとマーレが管理する第六階層『ジャングル』は、ナザリック全階層の中で最大の面積と容積を誇る。配下の数も上位に入り、マーレの不在が多い中で日々、指示や管理・確認で忙しくしている身なのだ。

 それが休暇(仕事以外)と言われても……という話である。

 これに、アルベドはニンマリとした表情を浮かべ余裕を持って答える。

 

(わたくし)は、ヤルことが一杯あり過ぎて特に困ることはないかしら」

 

 彼女には、主と熱く多くの愛を育み生まれてくる子供達の衣服の作成作業が山ほどある。勿論今は、跡継ぎの為の必要作業として公務の一部に少しずつ時間を組み込んでいる形だ。

 当然、アインズとの子作りも大事な大事なナザリック地下大墳墓の未来に必要な大事業として捉えている。

 無論これらは『仕事だから』という話ではないが。

 

 アルベドにとって、御方との『愛』は全てを超越し優先されるものなのである。

 

 ただその中で、数が20に迫る『アインズ様抱き枕』については、一体公務のドコに該当するのかがいささか不明な気もする……。

 姉のアウラの言葉に、マーレが呟く。

 

「ぼ、僕は……お邪魔にならないなら、いつもアインズ様のすぐお傍にいたいかな。お膝の上とか」

 

 とても危険だとされた世界級(ワールド)アイテムは無事に回収されたが、それでもお傍でお守りしたいというマーレの純粋な想いが溢れていた。だから闇妖精(ダークエルフ)の彼女の言葉にはまだ、何時でも至高の御方の閨のお相手をするという女としての意味合いは含まれていない。

 だが、シャルティアは()()()()()で解釈する。

 

「あら、マーレには、バカ姉と共にまだまだ役不足の部分もあると思うでありんすぇ」

「だれがバカよ、骨に当たる男胸なんかよりもあたしらの方がずっと柔らかいんだからっ!」

「ぐっ。いい度胸でありんすねぇ……それ一度勝負したろか!」

 

 何をどう勝負するのだろうか。

 アウラとシャルティアは互いの肩と、こめかみ辺りをぶつけ合って一触即発風でにらみ合う。でも最近は皆、互いに加減が分かってきたらしく、じゃれ合いも仲が良さそうに見えてしまうほどだ。

 

「あぁぁ、お、お姉ちゃん」

 

 マーレが、可愛くわたわたする。

 その守護者達3名の様子にアルベドが、先程アウラの質問への一案も兼ねて一石を投じる。

 

「そうね。一緒に休暇を頂けたら――皆でお風呂とかどうかしら? 勝負とやらもその時に」

「「「――!!」」」

 

 ここナザリック地下大墳墓第九階層には、至高の41人のブルー・プラネット協力のもと、ベルリバーの手により造られたゴージャスな入浴場『スパリゾートナザリック』が存在する。男女用合わせて9種17浴槽を誇り、もはや一大娯楽施設と呼べるだろう。

 あの場所は常時、『同誕の六人衆(セクステット)』の一人で、麦わら帽子を被ったスケルトンのダビド爺さんが怪人風の使用人らも使って綺麗に管理してくれている。

 だが今、注目するのは『皆』という言葉だ。

 ここに居るメンバーは兎も角、プレアデス達らや――そして、アインズ様もいっその事―――。

 そんな思いが各自の心へ大きく広がる。

 

 

 統括及び階層守護者達は、顔を見合わせると最後に……無言でニッコリと微笑み合った。

 

 

 アインズに迫るのは、ピンチかそれとも天国か――?

 NPCら主導の『ナザリック休暇推進計画』の完了が待たれるっ。

 

 

 

 

 

――P.S. 守護者の彼らは休暇で何をするべきか

 

 

 コキュートスは、会議の終わった戦略会議室をデミウルゴスに続いて出る。

 すると最上位悪魔から「仕事へ戻る前に少しいいかね」と誘われる形で、蟲王は共に少し歩くと、同じ第九階層にあるバーへと入った。

 程よい明かりの灯るカウンターの席に其々が座り、副料理長のマスターへ「いつものを」「私モ」と注文(オーダー)する。

 守護者統括主導により、階層守護者達の取り決め合意の計画とはいえ、急に『休暇』という少々対処に困ったものを貰う為の下準備に努めよという話になった。

 だが、コキュートスは内心でまだ困惑気味の思いがあった。

 彼としては、忠臣として1日中休むという行為が、怠惰に思えて仕方がないのだ。

 

(我ラニ休暇ナド本来不要。シカシ、至高の御方ガ存分ニオ休ミ頂クタメニハ仕方ガナイ。ソウ、コレハ仕方ガナイノダ。代ワリニ常時ノ仕事ニ励メバ問題ナイ)

 

 それで己を納得させようと真剣に考えていた。

 そんな思いを巡らしつつ、コキュートスはふと隣のデミウルゴスを見る。

 すると――珍しくデミウルゴスも、左手を右肘に当て右拳を顎に当てる形で考え事をしている風に見えた。

 

「何ヲ考エテイルカ聞イテモヨイカ?」

「いいとも、友よ。君とだいたい同じことを考えていたよ。“これは仕方がない”とね」

 

 デミウルゴスもアルベドへ提案はしたが、休暇を取る事へはやはり気がすすまない。

 しかし、偉大な主が広い視野でお考えの『世界征服』を前提に考えた場合、地上の戦力をナザリックの先兵とし、世界の列強制圧の主力に組み込む事を考えるならば、いずれ取り入れざるを得ない事でもある。地上の生者達には休養が必要なのだ。

 

 アインズ様の遠大な()()()()()()かもしれない――そうも考えて。

 

 ならば、導入はより早い方がいいと。彼はそう思ったのだ。

 最上位悪魔の、そんな先見の明までは聞けなかったが、コキュートスは十分納得する。

 

「ウム、ソウカ」

 

 盟友のデミウルゴスがソレで納得したのなら、自身も納得しようと考えた。

 元々難しい話を考えるのに、己は向いていないと蟲王は思っている。

 

 ただ、偉大なる至高の御方の忠臣として恥ずかしくないよう、武士道に反しない道理の通った行動をと常に心掛けている。

 

 デミウルゴスは、大事な主と栄光のナザリックに関しては非常にストイックだ。

 その件に関し、この盟友の行動に一点の曇りも見えない。

 だからコキュートスは信じられた。

 

 二人のドリンク、『炎の雷』と『氷河期侍』が出されると、両者は僅かに杯を合わせ乾杯する。

 デミウルゴスがコキュートスを誘ったのは、休暇で何をするかを相談する為である。

 

「友よ、“休暇”はどう過ごすつもりかな?」

「ウム、中々難シイナ。コレマデ経験ガ無イカラナ」

 

 盟友の問いに、コキュートスは二対の腕を共に組んだ。

 装備については、常日頃から入念に整備しているし、精進についても武技について少しだけ見えてきていた。

 しかし、いずれも“休暇”の時に行うものではないと思える。

 これでは、単に日頃の武人の嗜みと言えるだろう。

 忠臣として、見事に休まなければならない。そんな彼の心を、ふと一案が(よぎ)る。

 

 

「――座禅デモ組ムカ」

 

 

 足が組めるか微妙だが、精神の鎮静は心の静養を含み、且つ武技に繋がる部分もある。

 普段は出来ない静かなる行動だ。

 それを聞き、頷きつつデミウルゴスが答える。

 

「なるほど。私は――骨細工ですね」

 

 最上位悪魔の作る骨細工は、更に魔力供給のアイテムにも追加加工出来るため趣味と仕事の延長上で作っている部分もある。

 近い将来、トブの大森林を制圧した際や小都市が完成した暁には、敵の監視阻害範囲が大きく広がることが確実だ。現在、御方が周辺へ地雷的に設置している対情報系魔法の魔力供給アイテムとして多くの需要が見込まれる。

 ナザリックに元々在庫は存在するが、貴重なものだ。主はなるべく地上の物を活用して使うようにとのお考えを既に皆へ伝えている。

 それの助けになれば、休暇も無駄では無いと丸眼鏡の忠臣は思う。

 

「ソウカ」

 

 コキュートスには、骨細工の良さがよくわからないが、それは個性というものだと感じた。

 

 あと、デミウルゴスは別々で常に休暇を過ごすのもありだが、折角でもあるし偶には共に寛ぐのもいいのではと考えていた。

 なので、最上位悪魔が盟友へと提案する。

 

 

「どうかね、都合と時間が合えばだが―――至高の御方もお誘いして皆でお風呂というのは」

 

 

 デミウルゴスは、至高の御方々が第九階層の大浴場で楽しくお遊びになった事を覚えていた。

 友の言葉にコキュートスも昔を思い出す。

 

「オオ、ソレハイイ。アインズ様モオ喜ビニナルノデハ?」

「では状況が整い次第、それとなく上申しておくよ」

 

 セバスについては、無理に都合を付ける気はない。

 そもそも互いに多忙であり“休暇”が重なることは殆どないだろうと予想している。

 まあ、主が望めば別であるが……。

 

 

 結局、水が高き所から低き所へと行きつくが如く、ナザリックが誇る大入浴場『スパリゾートナザリック』へ全てが至るのであるっ。

 

 

 




考察)ユグドラシルの時間停止魔法について
時間停止には制限があるはず。
それは制限時間であったり、(見えない)範囲であったりと。
ユグドラシルの全プレイヤーの同時ゲーム進行上で突然の『時間停止』を実現するためには、西暦2126年に始まったゲームを動かすハードの進化した性能が重要。
1秒を60フレームに区切る60fpsで見せているのがまだ続いているとして、その60分の1秒間をさらに、『時間停止』の制限時間で仮想的に区切り、プレイヤー個人の簡易の仮想思考だけを加速させる技術があれば実現できると思う。



捏造)時間停止中は攻撃系と移動系の魔法は無効化されるが、それ以外の魔法は使える。
原作の書籍9-411では「全ての攻撃は意味をなさない」とあり、それ以外は不明。

本作で移動系を制限するのは、時間停止魔法に有効範囲が必要だ考えたから。
なぜなら範囲が無いと、誰かが時間停止を掛けると、ユグドラシルや新世界内全域で、対策している人だけが動くという状態に陥ると考えられる。(別の視点でいうと、対策していないプレイヤーには、対策者が突然消えたり現れたりする異常な世界を見ている感じになる)
それは逆に言うと、新世界で誰かが使えばプレイヤー級がいる可能性を知る手掛かりになってしまうオチ…(笑)

なので本作では、有効範囲があると決めて、影響を受ける対象を絞ります。
ちなみに歩いて範囲から出ようとすると……境界で180度向きが変わってその場へ出て来る感じになり出られない。

なお、本作STAGE.29の〈時間保持(タイム・ホールド)〉は密閉空間内に掛けるため、密閉空間外は普通に時間が流れており、有効範囲への出入りは可能になっている。



捏造)ラナーとルトラーの母
生まれや国王の周辺環境などなとゴッソリ。
ラナー達の姉妹は、第一王女(推定26歳?)とは異母姉妹。



補足)ラナーの抜け出しの件
ラナーの場合は、4階で公務中だったがそれでも行ける所があった。そう――用を足しに席を立ってもらう。面談の10分ほど前だ。当然、使用人が王女専用の御手洗いの扉前まで付いて来る。だが中までは入ってこない。そこで不可視化したナーベラルに〈幻影〉でゴウン家のメイド服調に変えさせラナーの服をそっと掴んでもらい〈転移〉で3階の衛士らの死角に現れさせる。
そしてソリュシャンがタイミングよく部屋の扉を開けてくれるという寸法。ツアレには、「国王側からお目付の使用人が、ゴウン家の者に偽装し少しの間だけ居る」と事前に告げていた。会談開始直後にラナーの用件は済んだので、5分後にラナーは退出。階段への角を曲がり死角へ入った段階でナーベラルに王女専用の御手洗いへ再度〈転移〉してもらい、〈幻影〉も解除。
 ちなみにアインズはラナーへ「魔法はすべて遠隔だ」と打ち合わせ時に伝えてある……。また、ラナー不在の御手洗いにはナーベラルがいて、事前にラナーの声について公務で発した「まだです」「まちなさい」をアイテムで〈録音〉しており〈再生〉して使用人の伺いに対応している。
以上で、ラナーは10分ほどのアリバイを稼げた。



捏造)アーグランド評議国(26話あとがき・続)誕生秘話他
八欲王が滅んだ500年近く前は、この地に亜人達と争う三つの人類国家があった。
当時のこの地の亜人達は、ひと昔前、今の王国や帝国、法国周辺に住んでいた者達が、六大神率いる人類軍に淘汰され生き残り逃げ場を求めて集まった残党である。だからより多種に加え、別々で戦っていた。その後に登場した八欲王らは、大陸中央へ進んだため、この北西端の地の亜人達は多くが生き残った。
そしてその後、亜人達は徐々に連合し人類小国家を一つ二つと滅ぼし、やがてこの半島地域で最後に残っていたガテンバーグ王国を打倒征服する。約300年前の話だ。半島内陸部にある現在の中央都は、この王国の首都の地である。
最終的に、山脈で隠遁していた竜種の王達が全軍を率いたため、団結し狡猾で強くなった。最後は人類側の連絡手段の〈伝言〉を逆利用し不意を突いて人間の王一族を討ち、それらの首を見せ大混乱に陥ったガテンバーグ王国軍主力を蹂躙殲滅し勝利している。なお、全軍で最強のツァインドルクスは総軍司令として、軍団筆頭の一人に名を連ねたが、某武器を守る立場も有り戦闘には参加していない。彼としては、多くが纏まり始めた亜人の軍団を今後の未来に統率する機会はここしか無かったためだ(空中都市の守護者らとも揉め掛けた)。第5位階魔法が使える晴天の竜王(ブルースカイ・ドラゴンロード)が指示を受け総軍団長を務めた。この時、煉獄の竜王の妹ビルデバルド=カーマイダリスは、姉の復活を一族揃って待っており参加していない。

奴隷階層の98%程を占めるの人間は、昔の人類国家の民の末裔。
現総数は実に150万人を超えるが、代を重ねつつ殆ど勉学を受けていない為、文化や歴史を完全に失わされた上で一部は片言の言葉しか話せない。牛や馬と共に、家畜として悲しく使われている。主に労働力としてだが、見世物や食肉用、夜を含む娯楽などにも利用されている。
2万ほど多種族の奴隷も存在する。

ここは五体以上の竜王を擁し竜種の残存数も多く、スレイン法国にとって遠方であることや法国周辺地域の平定と維持管理もあり、奴隷人類の奪還は当初より諦められた見捨てられし地となった……。



捏造と考察)『(人類世界との)和平と共存』の証
言い伝えで「神人とは決戦」という割に、空中都市の強力な守護者達は見逃されてる点を考えてみました。


考察)フルダ
フールーダ = FOOL(馬鹿者)だ…


捏造)人馬
人類勢力圏と評議国において「セントール」と呼称。
大陸中央部側では「ケンタウロス」と呼称。


捏造補足)上級アイテムの価値
本作では、およそ金貨で1万枚から10万枚程度
31話あとがき参照


捏造)英雄モニョッペス
ガテンバーグ王国を打倒した決戦時に、全国で奮闘した37英雄の1体。
ラミアの種族。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。