オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE33. 支配者失望する/会合ノ六腕/帝国ノ罪(7)

 夜の暗闇が広がり僅かに小雨が落ちる中、王都リ・エスティーゼ内南東市街地の裏通りを人目を避けるように走る箱型の4人乗り小型馬車があった。

 ご丁寧にアインズの屋敷へリットン伯からのお迎えが来たのは、午後11時半前のことだ。

 御者席には黒服の元冒険者ゴドウの姿が見える。

 このあと24時から反国王派側に協力する上位戦力らが集まり、竜軍団に対する作戦会議を兼ねる初会合が行われる。

 アインズ一行はその一つで、待つのはどうやら『八本指』の組織の者らだと予想している。

 馬車の室内に座っているのは、アインズ、ルベド、ソリュシャン、シズの4名。

 ちなみに後方上空から戦闘メイド服姿のナーベラルも不可視化で付いて来ている。替え玉は何時必要になるか分からない事や、主人の対応を良く見て学んで貰おうという考えもあった。

 王城を出る前の王国戦士長が退出した直後、ツアレがお茶の片付けに奥の家事室へ行っている間に伝えていたが、アインズは改めて可愛いNPC達へと告げる。

 

「連中は、まだすぐに殺すなよ」

 

 皆、頷いた……一応。

 馬車は間もなく約束の会合場所、中規模商人が所有者だという倉庫の前へと到着する。

 

(さぁて、どんな連中が待っているやら)

 

 アインズは、ルベドらが先に降りて待つ湿ったレンガ畳の上へ降り立つと、僅かに深夜の雨空を見上げた。

 今日もここまでに、王国内外で様々なことが起こっていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国とアゼルリシア山脈を挟み東方に広がるバハルス帝国。

 帝国はその国力において、経済と軍事で王国を凌ぐ一大人類国家である。

 唯一の弱点は、戦力として突出している人材が少ないという点であろうか。

 しかし、全世界で4名しかいないという第六位階魔法が使用可能である『逸脱者』のフールーダ・パラダインを帝国魔法省のトップに擁しており、個で引けを取っている訳では無い。

 首都である帝都アーウィンタールは、その中央へ皇帝の居城である豪勢に装飾を凝らした皇城が築かれ、そこから放射状に延びる石やレンガで舗装された道路に沿う街並みは整然と広がり、美しく栄える帝国最大の都市だ。隣国の大都市エ・ランテルより北東へ最寄りの砦を抜け、間に帝国の大都市をひとつ置いた直線距離で270キロほどの位置に存在している。

 そして――帝都の皇城には、現在22才の若者である金髪の貴公子ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが皇帝として全権力を掌握し存在していた。

 彼は、その苛烈であった行動から『鮮血帝』と呼ばれている。

 まず、弱冠14歳で八個軍団ある帝国騎士団を掌握し指揮下に収めると、その軍事力を背景に、反皇帝派の有力貴族達から次々と地位及び領地をはく奪し処刑してきた。

 それは、身内、兄弟にも手加減なく及んだ。

 そして昨年初頭頃、先代まで帝政に大きく悪影響を及ぼしていた貴族の大粛清を概ね完了し、権力を皇帝へ一極的に集めた中央集権化に成功していた。

 だが同時に文官であった貴族達も多く排除してしまった事で、国政に関して人材不足に落ち入っている。

 今は、積極的に平民から、能力の高いものを試験等で拾い上げる形で、行政の体制を新制度も組み込みながら徐々に固めつつ持ち上げようとしている段階である。

 そのため、連日の皇帝の公務時間が17時間と多忙を極めていた。平均睡眠時間は僅かに4時間半程で熟しており、将来的に身体へ局所的……特に頭部表皮にある毛髪……に与える影響がいささか不安視される。

 そんな彼の座る異様に巨大である机が、皇帝の執務室に置かれていた。

 1辺が2メートル50センチ程のコの字型になっており、後ろから出入りする形だ。

 そして、三方を囲む机には(うずたか)くサインを待つ行政指示書類や書きかけの各種草案、新制度関連の資料が積み上がる。

 時刻は朝の10時を回った頃。

 今もジルクニフは額に右手を当てながら、分厚い資料から自分の考えを裏付ける情報を探す。

 彼は昨晩も夜11時に眠り、今朝の3時半から起きていた……。

 そのジルクニフの下を、白髪で白鬚を長く伸ばした一人の老人が訪れる。

 

「陛下、御忙しいところ失礼しますぞ」

「……なんだ、爺か。別に入って構わんぞ」

 

 他の者であれば15分ほど後にしろと言うつもりでいたが、相手の声がフールーダだと知って手を止め、身を起こし口元に柔らかい笑みを浮かべ親しそうに声を掛けた。

 ジルクニフにとっては、血は繋がっていないが内心ながら正に敬意を持って祖父という気で接している。

 幼いころから良くしてくれ、大粛清の際に最も力になってくれたのはフールーダであった。

 彼がいたから帝国騎士団も掌握出来たし、魔法省と強力な魔法詠唱者部隊も直ぐに協力してくれた。

 この老人が敵に回っていれば、確実に今を生きていない。

 だから『祖父』のつもりで可能と思える事ならなんでも恩を返すつもりでいる。

 しかし、フールーダ自身からは魔法省の設備追加や蔵書である古典魔法書の収集、帝国魔法学院の建物の補修に一部設備の増強ぐらいで、豪邸や女や富といった私欲に関する物の要求はほとんどなかった。

 そのため、余計にこういった用向きの際に便宜を図るぐらいしかないと考えている。

 扉を衛士が開けると、フールーダが紅い高級絨毯を踏みしめ入って来る。

 普段は物静かに白鬚を触っている彼には珍しく部屋へ入るとすぐ、机に座るジルクニフへと饒舌に話し出す。

 

「実はですな、一昨日、非常に興味深い情報が王国の密偵より上がってきたのです」

「一昨日……」

 

 ここ数年秋の収穫期に起こす戦争の準備には少し早く、今はまだ日々、帝国内を回すことで頭が一杯でいた金髪の貴公子は一瞬『はて?』と思う。

 しかし、目の前の爺が饒舌になるのは、高位や難しい魔法の関係する場合だということを思い出す。そして、確か西側国境傍の王国の小村からの報告で、恐るべきモンスターを使役する娘の情報が上がってきていた事を思い出した。

 そのモンスターの名は確か、死の騎士(デス・ナイト)――。

 帝国の南西にあるカッツェ平野に数十年に1体ほど登場する恐るべき存在だと聞く。その強さは帝国四騎士達でも足止めがやっとで、倒し切れない水準のモンスターだとも。近年も登場し、フールーダによって退治されたと聞いている。

 そんなモノが、国境付近の小村にしかも王国側で使役されているというのは、看過出来ない事象と思ったが、よく考えればそれほどのモンスターを村娘如きが使えるなどありえるのかという点に気付き、正面の机の端へ置いたままにしていたはずである……。

 丁度良い機会だと、皇帝ジルクニフは問う。

 

「ああ、それは例の国境付近の小村の娘が恐るべきモンスターを使役するという話だな? そんなことが可能なのか?」

「ええ、まさにその話でありますが、私はその状況が事実であると考えております」

「なに?」

 

 ジルクニフの声のトーンは1オクターブ下がっていた。

 現実だった場合、帝国側の戦争リスクは跳ね上がる。それと報告には、確かその村が急速に砦化されつつあるともあった。

 フールーダは関連情報を皇帝に思い出させる。

 

「先日、帝国情報局が掴んだ王国王城での会議報告にスレイン法国特殊部隊撃退とそれを成した謎の旅の魔法詠唱者一行についての情報が有ったと思いますが」

「ああ、確かアインズ・ウール・ゴウンなる人物の一行だったか?」

「はい。実は村娘のいるその小村ですが、ゴウン氏一行がその際に助けたカルネ村だと」

「……確かに。そんな名が記されていたな」

 

 ここで、ジルクニフは事の重大さに気が付き始める。

 そしてフールーダの一言が、余計に不安を湧き起こし始める。

 

 

 

「そのゴウンなる人物、このフールーダ・パラダイン以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)やもしれませんぞ」

 

 

 

「ど、どういうことだ、爺?」

 

 大きく動揺を見せる皇帝へ、国の危機かもしれない事柄にも嬉しそうな顔を浮かべフールーダは述べる。

 

「私でも――魔法による死の騎士(デス・ナイト)の使役は無理ですからな。それを操れるほどの魔法を使えるかもしれない者という事です」

「…………」

 

 正直、ジルクニフはこのフールーダ1人が帝国の敵に回った場合、帝国騎士団と帝国魔法詠唱者部隊を総動員しても、すぐには討ち取れないと考えている。

 彼は国の戦力の要。その重鎮の答えに、口を開けたまま皇帝は少し絶句していた。

 しかしいつまでも指導者としてそんな態度はしていられない。

 

「――調査が必要だな」

「はい、陛下」

 

 フールーダはその答えを待っていた。

 皇帝の言葉を引き出す為にここを訪れていたのだ。

 まだこれは『かもしれない』という段階である。

 老師なら帝国魔法省最高責任者の権限で、大抵の事は独自に調べる事が可能。

 また、魔法省地下に拘束している国家滅亡級のモンスター死の騎士(デス・ナイト)についても本来なら裁量の度合いを越えていたが、フールーダには死の騎士(デス・ナイト)を倒せる自信があったため『実験体の一つを確保している』という報告に留めている。

 しかし、流石に自分を越える存在を相手にする可能性を見て、ジルクニフの同意を欲した。

 ゴウンなる人物が、最終的に優秀な魔法詠唱者で有る場合、己の師として帝国へ迎え入れる為にも根回しをしておくべきだと。

 深淵の魔法を研究する為には時間と設備と資金も重要。

 

 フールーダにとっては――そのための『帝国』なのである。

 

 もちろん彼にも人間らしい心は存在する。小さいころから慕ってくれているジルクニフには愛情すら感じている。しかし、魔法に関しての探究心はそれとは別次元のものだ。

 フールーダにとっての二百年を超えて生きる意味となっている。

 そうでなければ、実子を設け百五十年ほどで人生を終わっていた。

 長き白髭を扱きながら彼は、皇帝へ告げる。

 

「それでは、私が指揮を執りますがよろしいでしょうか?」

「うむ、魔法に関する件は爺に任せるべきだろう。で、どうするつもりだ?」

「その、村娘に尋ねるのが早いでしょうな。なので、少し――こちらに来てもらい“じっくり”詳細について話を聞こうかと考えております」

 

 考えるよりも『現物を確保』し確認した方が確実である。

 

「そうか、任せる」

「はい」

 

 死の騎士(デス・ナイト)の使役は魔法では無く、生まれながらの異能(タレント)持ちなのかもしれない。

 一方で小娘が使える程度の簡単な魔法ということも考えられる。

 もちろん、新たに目覚めた高位の魔法少女の可能性もある。

 

 だがやはり――謎の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンなる人物の仕業と考えるのが妥当であろう。

 

 一昨日の報告によると、ゴウン一行はすでに村を去り王都リ・エスティーゼへ向かって旅立った後だと伝わっている。

 

(旅人は去るもの。王国に先立ち村娘を念入りに調べ、彼の秘密を手に入れておくべき。魔法が事実であれば、私が王都に赴き、偉大なる魔法詠唱者(マジック・キャスター)を帝都へお連れしようぞっ)

 

 そんなワクワクする気持ちに瞳を若人の様にギラギラさせ、皇帝の執務室から下がるフールーダであった。

 しかし、不幸にもこの時、カルネ村がアインズ・ウール・ゴウンの保護下であり、村娘が彼直属の大事な配下であることなど知る由もなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰り、リーダー。で、どうだった、“王女様”は?」

 

 淡い青みのある瞳のガガーランは、王城から部屋へと帰って来た白銀の鎧を身に付ける美しい乙女のラキュースに声を掛けた。

 ここは、王都内でも一際豪華で白い石造りの外観を持つ、八階建ての最高級宿屋最上階にある部屋。アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の、王都での宿泊場所である。

 

「そうね、昨日の去り際は凄くショックを受けていたみたいだから心配だったけど。今朝は大丈夫みたい」

「ふーん。しかし……姫さんらしくない話だったな。言葉でやり込められた事といい、大きい会議の場で発言権の無い身での挑発紛いの言動があった事といい」

 

 ガガーランは荒っぽいようで、周囲の人物をよく見ている。

 時刻は午前11時過ぎ。

 空には雲が多いためか、夏の季節にバルコニーから入ってくる風が涼しく心地よい。

 そこへ面したテーブル席へラキュースは腰掛ける。

 

「でも、私達や叔父さま達のチームでは、すでに竜王の前までの使者の護衛は難しいもの。だから、何とかしようと動いた。あのゴウン殿達の未知数といえる戦力に期待していたのでしょう」

「昨日聞いたけど、結局乗ってこなかったんだろ、あの御仁?」

「ええ」

 

 それは、初の会合の時にも言っていた『戦士長のいる王都に残る』という感じであった。

 王国民でない彼の言い分であるし、王都から逃げる訳では無いので、批判は早計である。

 ただ一つラキュース自身は、王女の友としてあのゴウンの言動の前半部分に違和感があった。あんな憤慨した反論の言葉でなくとも、後半の穏やかな口調の反論だけでよかったのではと。

 でも、だからと言ってラナーの挑発気味であった言動はやはり良くなかったとは思う。

 あの旅人の殿方にも譲れない誇りがあったのだから。

 そういう事で、ゴウンという人物への評価は中立的な状態だ。

 

「うーん。なかなか、読みにくい人物だよなぁ」

「そうね」

 

 ここで装備の手入れの終わったティアがラキュースに尋ねる。

 

「それで、ボス。私達は、どう戦う? 今日、王女に聞いてきたのだろ?」

 

 先日の闇討ちで敵百竜長の1体を半殺しには出来たが、同時にその彼らの恐るべき頑丈さを思い知った『蒼の薔薇』のメンバー達である。

 不意打ちの1対5であの戦果に留まったのだ。次の混乱した戦場で同等の戦果について、望み薄だということは明白。そして更に上の竜王級だろう竜軍団長は遥かに遠い気がする。

 彼女らには何か別の有効と思える手が必要であった。それも早急にである。

 そのために今朝、ラキュースは王女の所へと出向いていた。

 時間はもうそう残されていない。1日でも早くその手段を見つけ、自らの作戦を練る必要があった。

 彼女達5名は、周りの者達皆に最後の最後まで希望を見せなければならない。それは、冒険者の頂点にいるアダマンタイト級であるが故の責務なのだ。

 ラキュースは、仮面を外して磨くイビルアイ他、周りにいる仲間達へ伝える。

 

「正直、私達自身の修行による地道な戦闘力上昇は時間的に難しいわね。ラナーは言ったわ。だからこそ、魔法やアイテムによる基本となる体力への一時的な強化は有効だと思うと。もはや、それぐらいしか手は無いでしょうね」

「なるほど……いよいよ捨て身というわけだな」

 

 ティナが、皆を代表して冷静に、分かり易い表現で言い変える。

 副作用を考えなければ、そういった一時的での強化もありえる。だが平時において、それは冒険者としてどうかという思いがあったのだ。

 しかし今回は、単なる冒険者ではない。その背には子供や街の人々の未来を背負っているのだ。負ければ、王国は蹂躙され滅びるだろう。

 

 何もせず負けることは出来ない――皆に託されているものがあるから。

 

 

「ふっ、俺の限界をみせてやるか」

「それは、そろそろ血の色が変化を起こしての第二形態のこと?」

「言ってろ、ティア」

「私も楽しみ」

 

 ティアとティナは本気でガガーランに『変態』を期待している様子。

 

「私も付き合おう」

 

 それを横目に王国民戦力内最強のイビルアイも告げる。ティアとティナもラキュースへ頷く。

 反対するものは誰もいなかった。

 

「ありがとうみんな。それで、まずアイテムによる基本強化。次に王都に集まる冒険者達の中で、強化魔法の効果が最も高い者に体力強化を頼む。それが切れたら――最後は薬物ね。とりあえずメンバー全員が2割も強化出来れば、百竜長ぐらいは殺せるはずよ」

「竜王を引きつけて、逃げ回りながらというのは中々に厳しいがな」

 

 イビルアイの言葉に皆が苦笑う。

 王城会議でのレエブン侯の出していた案に沿う形の作戦が、すでにラキュースからメンバーへ一番現実的だとして伝えられている。

 竜王が、配下の多くを討たれて引き下がるか、怒り狂って王国を滅ぼすかは賭けの部分ではあるが、直接竜王にダメージを与える手が無い以上、仕方のないところだ。

 肉体が無理なら竜王の心理面を攻めるしかない。

 ただ、優秀な指揮官なら味方が2、3割も討たれれば、自らの作戦に疑問を持ち侵攻への行為の是非を再考するはずである。

 この大戦に限り、王国側に撤退は有り得ない。たとえ総力の8割を失おうと竜軍団の3割撃破を目指すのみである。

 ラキュースは望み薄ながらぼやくように呟く。

 

「和平の使者達の話が、万が一でまとまってくれれば最高ね……」

 

 

 

 

 同時刻。

 同じくアダマンタイト級の冒険者チーム『朱の雫』の王都帰還組のルイセンベルグは、王城の小部屋にて国王と大臣、そして同席した王国戦士長へ現地からの最新状況について報告していた。

 昨日、現地に残っていたアズス・アインドラからの地面に記した暗号での伝言を、セテオラクスが生まれながらの異能(タレント)の〈遠視〉で読み取り、その後で暗号解読したものだ。

 それにより、竜軍団が依然300程の数で都市北側近郊へ駐留し撤退の兆しは無く、8万以上の捕虜を本国であるアーグランド評議国に移送する準備をしている。その捕虜達は衣食住で苦境に立たされている。また、竜軍団はこれまでに13体程の死者が出ている。等々が伝えられた。

 しかし、王都側からは現状で何もしてやる事が出来ない。竜軍団を排除出来ない限り捕虜を救う事は夢物語と言える。

 また、エ・アセナルの戦いでは、4万の王国軍とアダマンタイト級冒険者を含めながら千人近い冒険者達でも10体程の(ドラゴン)しか倒せていない事が判明する。

 国王ランポッサIII世とガゼフ達の表情は、一様に渋いものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 曇り空の合間へ僅かに日が差す午後の3時に近い王都の石畳の敷かれた大通りを、1台の貴賓漂わせる漆黒の馬車が眼鏡美人の御者を乗せて静かに進む。

 それは四頭の超高級馬である八足馬(スレイプニール)に引かれており、沿道を歩いていた者は皆、その威風に一瞬目を向けた。

 それは、恐れが混じるものである。

 この国で八足馬(スレイプニール)の馬車を持てるほど裕福で余裕を持つ者らは、王家や六大貴族、大貴族の幾つかと大商人達の様な特権階級的地位に居る者達ばかりであるからだ。

 この馬の価値は金貨で250枚以上は確実で4頭いれば、ちょっとした屋敷程の値段であることから、伯爵の家柄でもなかなか持つことが出来ないと言われている。

 さらに馬車本体はスタイリッシュに造られたもので、最高の逸品と言える馬車であった。

 駆ける漆黒の車体の中、アインズは最後尾の広い3人掛けのフカフカである座席に座っている。その右脇へジャンケンに勝利したルベドが座り、時折御方の右胸へ可愛く頬をスリスリしてくる。

 今日は、それを向かいに座るシズとソリュシャンが仲良く並びつつも、ルベドへ羨ましい視線を送っている構図。ちなみにジャンケンにはツアレも参加していた……。

 ツアレは、シズらの座る席と背向かいになって進行方向を向いた座席に座っていた。更に不可視化しているが、ナーベラルもひっそり羨ましい眼差しを送りながら同乗している。

 そんな状況で支配者は、ぼんやりとパンドラズ・アクターの事を気に掛けていた。

 彼は今――竜王国に出向いているはずである。

 

 

 午後1時半前に森の中でマーレをナザリックへ見送ったあと、ふと傍に不可視化のまま佇むパンドラズ・アクターの事に気が付いたのだ。彼はいつもの軍服姿で今朝入れ替わった後、無言で付いて来ていた。

 この後、アインズは王城に行く予定だが、その場にパンドラズ・アクターのポジションは無い。

 小声でアインズは問いかける。

 

「おい、パンドラズ・アクター」

「はっ。私の創造主たる、至高の――」

「挨拶はいいから。……えっと……(そうだ!)」

 

 ここで、アインズはパンドラズ・アクターへ何か用はないかと考え、良い案を閃く。

 他の至高の41名の生み出したNPCでは扱いに気を使うが、自分の作ったNPCには気を使っていない。つまり、気軽に命じられるという事である。

 

「お前は、明日の朝まで――竜王国の現地に飛び、現状をなるべく調べてこい」

「……あの、一つお願いが」

「なんだ?」

「私に少しマジックアイテムと触れ合う時間を頂ければと。ここ数日、ナザリックの外にいましたので触りたくて、触りたくて」

 

 両掌を上に向け、指の動きがサワサワとし、話も部分的に聞くと完全に変質者だとも聞こえるが、確かにそんな設定を最後辺りで追加した気がする。黒歴史を宝物殿に置くために――。

 

「……いいだろう。30分だけ許そう。これより、〈転移〉でナザリックへ戻り、アルベドから私の指輪を借りて宝物殿へ行ってこい。指輪を返却後に統合管制室で場所を確認し、マーレかシャルティアにでも頼んでLv.80級の護衛数体を連れて竜王国内へ〈転移門〉を繋いでもらえ。言っておくが、現地では干渉せず見つかるなよ?」

「はっ、畏まりました。創造主たるアインズ様っ」

 

 そうやって自分のNPCを送り出していた。

 

 

(大丈夫かなアイツ……)

 

 アインズには他の仲間が作ったNPC達の方が、どこかしっかりして見えていた。

 傍にいるルベドも、告げた事はきちんと守ってくれている。それに、最初は素っ気なく困ったが懐いてくれると、アルベドよりも素直な気がする。そしてボディーガードとしては最も優秀だ。最近の彼女は、プレアデス以外にこっそりと王都屋敷のメイド三姉妹の仲良しでいる姿を楽しみに加えている模様だ……。

 御方にそんな心配をされているパンドラズ・アクターであるが、ナザリック地下大墳墓に戻った彼の動きはそつ無く、守護者統括を初め守護者達からの評価は上々で信頼も厚い。

 それは、至高の御方に生み出されたNPCという絶大な信用もある。

 加えてパンドラズ・アクター自身も応えようと努力していた。自らが不甲斐ないと創造主様の名を下げることにも繋がると考えているためだ。

 絶対的支配者の不安は、親の心配性とも取れる感情に近いかもしれない。

 

 アインズ達ナザリック勢7名を乗せた四頭立て四輪大型馬車(コーチ)は、大臣補佐に教えて貰った王都内の名所を回る。

 芸術的な噴水の有る交差点や、職人により整備された大きい公園、神殿、美術館、重厚に造られた長い石橋、中央市場や高級住宅街等々。

 それは、今後ナザリックによって作られる小都市の中にも活かせる物がないかという見学目的もアインズの中にはあった。場所によっては少し馬車を降りて歩いて見て回る。

 その折、王城内では有名であっても、この王都の市民達の殆どはアインズ達を知らないため、異様に立派な馬車からどこの御貴族様が現れたのかと、はっきり遠巻きにされていた。

 そして大分日が傾いた午後5時頃、王都を満喫した馬車は、アインズの屋敷の門傍へ止まる。

 

(あれ? いつの間にか『ゴウン』という鋼鉄の表札がついているなぁ。どうしたんだコレ?)

 

 一応、王国の文字で『アインズ・ウール・ゴウン』とサイン出来るように練習したため、門柱に付いていた表札の文字に気が付いた。

 もしかするとメイド達が気を利かせてくれたのかもしれない。

 ツアレが一度降りてベルを鳴らすと、窓から見えた主人の豪華絢爛の馬車に気付き、小綺麗である三階建ての洋館から、黒紅色の制服を着たメイド三姉妹のメイベラにマーリンとキャロルが出て来る。

 彼女達は門を開閉し、玄関へ横付けされた豪奢すぎる馬車の扉前に整列して出迎えた。

 馬車側面の扉が開くと、ツアレ、ソリュシャン、シズ、ルベド、御者のユリも降りて並ぶ。

 そして、仮面を付けたご主人様であるアインズが最後に降り立つ。

 三姉妹の『おかえりなさいませっ、ご主人様』と出迎えの挨拶を受けると、至高の御方は初顔のソリュシャンとツアレを紹介して屋敷へと入った。

 支配者は一度部屋に入って落ち着くと、今日は深夜まで時間も有るため庭をゆっくりと1周回ってみたり、食堂で晩餐を楽しんだり、居間でメイド達の話を聞いたりして過ごした。

 その間の午後8時過ぎから、小雨が降ったり止んだりしている。

 いつもは早く寝るリッセンバッハの三姉妹達も、今晩は主人が会合という事でまだ起きていた。

 そして、会合で屋敷を出るにはまだ早い午後11時を回った頃。

 ベッドメイクの準備の為、ユリとメイベラ、マーリンが居間には不在の折、キャロルによる物語の本の朗読をしてもらっていたところ、主の傍に立つ耳の良いソリュシャンから、席へ座るアインズへそっと知らされる。

 

「……(アインズ様、当家の門の脇に馬車が1台止まりました。……御者の声に聞き覚えがあります。確かツアレと出会った際にいた黒服の男です。一人で来たようですが……降りて来ません。待ち伏せているのでしょうか)蹴散らしますか?」

 

 最後の言葉に、属性が『邪悪』(カルマ値:マイナス400)でソリュシャンと並ぶ、不可視化しているナーベラルも僅かに身構える。

 アインズが小声で返す。

 

「いや、捨て置け。(……ゴドウとかいう奴だ。恐らくご丁寧にリットン伯からの案内役だろう。乗せていって貰おうじゃないか。なので、一応用心のため、ユリは居残りだな。代わりにナーベラルを連れて行くとしよう)」

「はい、畏まりました」

 

 ツアレとキャロルは、主人達の会話の意味がよく分からず「ん?」と首を僅かに傾げた。

 そして、時間は20分程過ぎて頃良い時間となり、アインズは居間の席を立つ。

 見送りもありアインズ他全員が玄関前へ現れると、ゴドウが馬車の御者席から降り、屋敷のベルを小さく鳴らした。

 アインズが「知り合いだから御者を招いてこい」と指示する。

 それに従いメイベラが門を開け玄関先まで先導すると、ゴドウがアインズ達の傍まで歩いてくる。

 ツアレだけが、現れた黒服男の姿へ僅かに身構える。あれからまだ1週間でありトラウマが残っていた。

 そんなツアレを――僅かに「フッ」と鼻で笑いつつゴドウが挨拶する。

 

「1週間ぶりでございます、ゴウン様。今宵は指定の場所への送迎に上がりました」

「ゴドウ殿も元気そうで何より。ところで……確かあなたはエ・リットルのお店の警備統括と聞いていましたが?」

「え、ぃいや、ええ。……実は上からの指示で、王都の店に出向してきております」

「ふーん、それは随分と大変ですね。では、“しっかりと”送迎をお願いしましょうか」

 

 日々良く働いてくれているツアレを鼻で笑ったゴドウが、どれだけ偉いのかをアインズはツアレに代わり聞いてやった。

 所詮は脆弱に過ぎぬ人間の上司からの指示で王都まで移された存在に、絶対的支配者の下で一生懸命頑張っているツアレを鼻で笑う資格などないと。

 それに、リットン伯と共謀してアインズを出し抜こうとし、反国王派へ引き込む手助けをした不快度の高い男でもある。

 アインズにとって、もう――いつ潰してもいい『玩具』となった。

 この時、元冒険者のゴドウの本能は、何か異様な雰囲気を察知するも仕事を進める。

 

「そ、それでは、少しお待ちを」

 

 そう言ってゴドウは乗って来た馬車へ戻り動かすと、門を抜け玄関の横へと着けた。

 アインズを先頭にシズらが、ギシギシと鉄バネが軋む一般的である馬車に乗り込む。一応これでも、男爵達も乗せる馬車らしい。

 室内のサイズ的制約もあり、アインズの横には小柄なシズが頬を染めつつ無表情ながらも嬉しそうに限界まで密着して乗る。

 屋敷のメイドにより馬車の扉が閉められたのを確認すると、ゴドウは「では、出発します」と告げ馬を走らせ始める。ゴウン屋敷の門を抜け、石畳の通りに出ると速度を少し上げる。

 時刻は午後11時半を過ぎたところだ。

 馬車で15分程のはずなので恐らく11時50分前には到着するだろう。

 時折、路面に出来た水たまりの濁った水を、深夜の誰も歩いていない歩道へ撥ねながら馬車は目的地へと近付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ポツポツと小雨が降る中、倉庫前の作業場として張られているレンガ畳上へ止まった馬車から先に降りて整列しているルベド達。

 最後に馬車からアインズが降り立つと、御者席からゴドウが告げてくる。

 

「某はここで、お待ちしてます」

「……そうか」

 

 アインズがゴドウへと僅かに顔を向け返事をする。この黒服の男が中まで案内はしない模様。

 

(じゃあ、倉庫から誰か迎えが来るのかな?)

 

 そう考えた時にソリュシャンから声が掛かる。

 

「アインズ様、出迎えが来たようです」

 

 アインズが倉庫の扉の方を向くと、()()()脇の小さい扉が開き2名の男達がこちらへ向かってくる。

 だが、彼らは訪問者達へと近寄り前へ立つ直前まで「お、おいっ」「あ、ああ、どうなってるんだ……?」と小声で話しつつ、かなりの動揺を見せていた。

 それは巨躯で仮面を付けた漆黒のローブの者――にではなく、横に居並ぶ若い娘達の美しさに度肝を抜かれている様子。

 この場へ(そばめ)を連れて来る事は有り得ないのに、三人とも絶世の美女であるためだ。

 しかし、驚く彼らは八本指の、そして今夜の秘密会合の担当を任された精鋭の警備者でもある。仕事を思い出し、確認の声を掛けてきた。

 

「ァ、アインズ・ウール・ゴウン殿と一派の方らだな?」

「そうだ。雨も降ってるし、早速案内してもらおうか」

 

 アインズは堂々と、不満げに結構強気でそう伝える。

 これまでは、王族や貴族、戦士長といった、表舞台の者を相手にしていたため、気を回したり敬語なども普通に使っていた。

 また、ズーラーノーンに関しては、小都市を滅ぼす力も一応あり、全貌が不明というのがあったため不必要に敵対しなかった。

 でも今回の相手は少し違う。脆弱といえる王国の更に裏世界の『悪の犯罪組織』。裏社会すら数日で統一も出来ない勢力。どの規模の組織だろうと明らかに脅威度は低い。

 つまり、雑魚なのだ。

 アインズはユグドラシルにおいて、雑魚を寄せ付けない『悪役』のロールプレイを行なっていたが、この相手には冒頭からそれが出来そうである。

 

 

 

 悪人の片棒を担ぐ連中の会合に――『善人』など必要ないのだ。

 

 

 

 『悪の犯罪組織』と組むのは『悪党』だと相手も思っていることだろう。

 ここはその当然の流れに乗るべきなのだ。

 『悪役』のロールプレイは舐められたら終わりである。

 だから絶対的支配者として、脆弱に思う連中へ下手に出る必要はなく『強気』あるのみ。

 そもそも御方の属性は、『極悪』(カルマ値:マイナス500)。

 

 なので、アインズは「ふふふっ」とノリノリである。

 

 出迎えの男達も「で、では、こちらです」と丁寧な感じに応対し先導する。

 荷物の置かれた倉庫の中を通り、奥の一角で仕掛けにより大きめの床石が持ち上がっている箇所までくる。

 そこから地下へと延びる階段が見えていた。

 

「こちらの階段を降りて、少し歩きますので付いて来てください」

 

 男達は2人とも階段を下りてゆき、アインズ達も続く。

 床石の仕掛けは階段を少し降りた位置にある壁の開閉装置で操作出来るようだ。

 彼等はその背で隠し、出入り口を閉じる。

 〈転移門(ゲート)〉を使えば閉じ込められる事はないが、一応アインズが顎を上げ数度軽く差すと不可視化している戦闘メイド服の彼女が彼等の横へ移動し行動を確認する。

 照明は所々に水晶が放つ〈永続光(コンティニュアルライト)〉が設置されていた。

 通路はアインズがギリギリ通れる程度。最悪、自身に〈縮小〉を掛ければいいのでまあ問題ない。

 男達が時折振り向き付いて来ているか確認しつつ前を歩き、直角で右に左にと曲がり途中合流や分岐も有り100メートル程歩いただろうか。

 移動する一行の列は、構造的に整備された地下空間へ着く。

 どうやら、地下通路が数か所からこの施設へ合流している模様。逆に言えば、逃走ルートも複数あるということ。魔法による若干の阻害も設置されているようだ。

 

(ふーん。施設には一応力を入れている組織のようだな)

 

 それは、資金力や組織力がなければ中々実現できない事だ。

 アインズはこの部分を素直に評価する。

 構造的に広がる地下空間は地下屋敷という趣きで天井も随分高い。

 廊下も大理石張りで、かび臭さや湿気をあまり感じない。晴れた日などに風車や水車で、地上の換気口から常に空気を送風・対流させているためだろう。

 施設内の所々に警備の男達が立つ。

 間もなく、メインホールから伸びる廊下奥に大きい両開きの扉が見えた。

 こちらに気付いた扉脇の男達が、僅かに片側の戸を開け中の者と話をしている姿を見る。

 そうして、アインズ達が扉の前に立つと、警備の男が本当に美しいシズ達を横目でチラチラ見つつも扉の取っ手を掴みながら知らせてくる。

 

「皆さんすでにお待ちです」

 

 時刻はまだ24時ではないが、5分前集合とはいかなかったようだ。

 だが、待たせるぐらいでいいと支配者は考えていた。

 警護の男達が両扉を内側へと全開で開く。

 その部屋は、ゴウン屋敷の居間よりも更に横幅が広く、奥行きも20メートル近くあるかというものだった。

 アインズとルベド達4人が部屋へ踏み入ると扉は後方で手早く閉められたが、彼等はそれに構わず4メートルほど進んだ。

 室内にも壁際へ等間隔で立ち警備する者らが20人は見えている。

 部屋の中央部には大机が周回する形で1辺が8メートル程の正方形に並べられていた。

 そのうち、扉前以外の三方はすでに陣取られている。

 扉から最奥の上座の位置に6席用意される中、()()()者達が座っている。

 その右端に居る、全身に筋肉が盛り上がり腕組みをする男は――両足を机の上に放り出し右足を上で組み、見下す様に扉方向から入って来たアインズ一行を鋭い目で睨んでいる。

 その横の優男も同様に、両足を机の上に放り出し両手を頭の後ろで組んでいた。

 そしてフードを被るローブの男と、薄絹の服装に顔を薄布で隠す女。モモンのように全身鎧の男が座っていた。

 向かって左横の1列には全身黒服に紺のローブを纏う背の高い男が率いる8名の者達が陣取る。

 右横の1列には冒険者崩れに見える7名が座っていた。金色長髪で騎士風の装備に、鼻と口元を銀マスクで覆い表情を隠す紺のマントの男がリーダーみたいだ。

 ただ、奥に座る者達以外に足を机上に放り出す者はいない。

 どうやら、奥に居る連中が格上の『六腕』なのだろうとアインズは当たりを付ける。

 

「ぁ、…………」

 

 だがその『六腕』の者達を初め、その場にいた連中も、やはりルベドやソリュシャン達を見て目を見開いていた。扉が開いた当初の室内の騒めきが一瞬停止する。

 それは座っている中にいた数名の女達も同様だ。

 女としての格の違いというのを感じていた――。

 

 なので、場を動かす為に、アインズの方から告げる。

 

 

 

「集まった者達よ、ご苦労。私がアインズ・ウール・ゴウンだ。よく覚えておけ。あと共同戦線と聞いたが、今回お前達は皆、私の指示に従って貰おう。何故なら――お前達は私よりも随分弱いからな」

 

 

 

「な、なんだと……」

「ふざけるなよ?」

 

 奥以外の両脇に座る者らを率いる男達が、アインズへと『敵意』を見せる。

 奥に居る『六腕』達に言われるなら納得出来るが、今日会ったそれも王国の裏社会では新参者の連中に軽口を叩かれて憤慨していた。

 それに対して――奥に座る筋骨隆々の男が、静かに一瞬目を閉じると口元に笑みを浮かべ、右手人差し指でアインズを指すと声を掛けた。

 

「ふっ、面白いなお前。――でも、間もなくそんなナメた口を利くのも終わるはずだ」

 

 彼――ゼロは、先日の八本指の部門長会議で聞いた、ゴウン達の陽光聖典に対する戦果を聞いて、その鼻っ柱をへし折ってやろうと『ある作戦』をサキュロントに指示していた。

 それは間もなくここへ到着するはずである。

 

 だがしかし――。

 

 

 

「それは、コレのことかな?」

 

 

 

 アインズの声と共に、閉まったばかりの後方の分厚い両開きの大扉が中央から粉々に砕け散り、扉の破片と共に一人の男が床を転がる。そして転がって来たゴミを避けるように中央を空けて振り返ったアインズ達のすぐ手前で止まった。

 

「げ、げへぇ……」

 

 その息も上がり、腫れあがり鼻や頬から血も流れるボコボコの表情とボロ布といえる状態の服装ながら、ゼロはそれが送り出していた『六腕』の一人であるサキュロントだと気付いた。

 

「……サキュロント……おめぇ……」

「ボ、ボス……すまねぇ………………でも……あ、あの屋敷には……」

 

 ゼロとサキュロントは、二時間程前の事を思い出す。

 

 

 

* * *

 

 

 

「えっ、アインズ・ウール・ゴウンって、今夜会談する魔法詠唱者(マジック・キャスター)のですかい?」

「そうだ。我々が今後、奴から主導権を得るために、我々の力を先に見せておく必要がある。お前にも分かるな?」

 

 この地下屋敷の一室で、地下犯罪組織『八本指』の警備部門責任者のゼロは、その執務室に同じ『六腕』メンバーの一人、フード付きの紺系のコート姿のサキュロントを呼び出していた。

 

「そ、それはもう。では奴らが来た時に、ここで不意打ちでも掛けますか?」

「いや。やつがボウロロープ侯らから最近貰った小奇麗な屋敷が王都にある」

「えぇっ? 奴は、六大貴族から屋敷を貰ったんですか?」

 

 サキュロントが驚くのも無理はない。そんなリッチな待遇を受けるのは稀である。元オリハルコン級冒険者ら5人が、レエブン侯に召し抱えられた時に、領内に其々家と多くの支度金を貰ったという話を聞いたぐらいである。

 

「ああ。金と若いイイ女のメイド達も付いてたそうだ」

「………ゆるせねぇな」

 

 数日かけて散々具合を楽しんだんだろうなと、持たざる者の僻みと言える考えと下卑た表情をするサキュロントであった。

 

「それを貰う前にも、奴は高級娼婦を一人、我らの八本指系列の店からリットン伯経由で、モノにしている」

「…………っ!」

 

 『六腕』であるサキュロントも当然金や家を持ち、結構イイ女も傍に置いているが高級娼婦はまだ手元に置いていなかった。

 流石に部門責任者のゼロは何人か高級娼婦を囲っているが、それは仕方がない。

 話は通った。サキュロントは理解する。

 

「それをさらうんですね、ボス」

「ははっ、そうだ。我々がいつでも、一枚上手であるという恐怖を植え付けておくことで、よそ者を黙らせ優位に立てる」

「分かりました。腕利きの警備の者も15名ほど連れて行きますので」

「捕まえたらすぐに連れてこい。面白い見世物を始めるぞ」

「はい、任せてください、ボス」

 

 ニヤリとイヤラしくサキュロントは笑った。

 そうして、サキュロントは警備の者を連れて荷馬車2台で『ゴウン屋敷』近くへと向かった。

 彼等には、リットン伯からの指示で『アインズ一行の会談への送迎』が伝えられていた為、送迎の馬車が特定の場所を通過するのを見てから、屋敷へ踏み入る手段を取った。

 このため、屋敷周辺を常に見ていたソリュシャンの警戒網には引っかからなかったのだ。

 ゴドウの操る馬車がゴウン屋敷を出てから僅かに3分。

 再び屋敷のベルが鳴る。

 初め、時間的に御主人様達が忘れ物かと思い、ツアレが玄関ホールまで最初に出て来ていた。

 そして続けて僅かに遅れて玄関ホールに来たユリだが、門は閉めたはずなのに玄関前の石畳のロータリーに響く多人数の駆ける足音に気が付いた。それは屋敷を囲むように散開する。

 この時、上の階から玄関ホールの両端に掛かる階段をメイベラやマーリン達も降りてきた。

 ユリは、扉へ近付こうとしたツアレを止める。

 

「待ちなさい、ツアレ。これは――悪意のある侵入者達です」

「えっ、えぇっ?! ぁあ、どうすれば……」

 

 ツアレはアインズが居ないため、僅かに動揺しかける。

 

「貴方は年長者として、この後ろの階段の踊り場でメイベラ達姉妹を守りなさいっ」

 

 伝えてくるユリの声と表情は、真剣そのもの。

 あの出会った時に、馬車の前へ飛び出し叱られた時の厳しいものだ。

 

「は、はいっ。でも、ユリ様は――」

 

 そうなると悪意のある侵入者の矢面に立つのは、ユリ一人なのだ。

 しかし、ツアレに背を向け正面玄関へと近付きながらメイド長は力強く宣言する。

 

「――大丈夫、心配はいらない。アインズ様から命じられているんだ。ツアレ達は――ボクが守るよ」

 

 その両拳にグッと気迫が籠る。そうしてユリは扉を開けた。

 屋敷の門は確かに閉まっていた。

 しかし、招かれざる客らの影は既に玄関前のロータリーに立っていた。

 

 一方、侵入者のサキュロントらは、ランプが灯る玄関から現れた女に絶句していた。

 美人過ぎたのだ。スラリとした身長のある色白で胸も豊かな眼鏡美人。夜会巻きの髪と項が艶っぽい。

 

「…………………………お、お前が元高級娼婦だな? 抵抗するな、痛い目に遭うぞ」

 

 サキュロントとしては疑う余地がない。こんないい女は見たことがなかった。

 恐らくボスのゼロが囲っている女でもこれほどの高級娼婦はいないだろう。

 あとはこの女を捕まえて連れて行くだけである。

 この時ユリがサキュロントの問いを無視して尋ね返す。

 

「一つ尋ねますけれど、貴方達はこのお屋敷の主に断って、ここへ侵入したのでしょうね?」

 

 その問いに改めてサキュロントも半分無視する。それは決定的となる脅しを掛ける為に。

 

「ははははっ。教えてやろう、俺達は八本指の〝六腕〟に連なる者だ。お前も元高級娼婦ならこの国の裏社会の大部分を仕切っている組織の名ぐらい聞いたことがあるだろう? 生憎だが夜の世界じゃ、お前のご主人様程度に断る必要なんかは微塵もねぇのよ」

 

 一般の市民や商人達では、八本指の系列と争うことすら難しかった。その場合、こちらも知人やコネを総動員して貴族や王族の息の掛かった商人らを仲介に立てるなど組織を以って当たらなければ示談は難しい。

 それに対して八本指本体との問題ともなると、大貴族以上が直接仲介しないとどうにもならない水準に上がる。

 今回は警備部門長のゼロから命じられた『六腕』の威信が掛かる行動であり、それをも越えた行為になっている。

 つまり誰にも文句も邪魔もされない自身がサキュロントにはあった。

 だが。

 

「そう、八本指ね。――じゃあ、これぐらいのお仕置きならいいでしょう」

「はぁ? ――――っ」

 

 結局、話が全く噛み合わないまま決着へと進む。

 サキュロントの頑丈なはずの頭蓋骨が、軋みを上げて「ゴガッ」と鳴った気がした。

 全く反応出来ない速度であった。

 次の瞬間、彼は門近くの地べたに飛ばされ転がっていた。

 サキュロントは、あまりに速い攻撃を受け、何が起こったのか分からず混乱する。

 

「ぁ……ぁあ……? な…………、な()が……?」

 

 周りの警備の男達もそのメイドの動きが現実だと思えず、戦慄に固まっていた。

 また、よく見ると彼女のメイド服が――戦闘メイド服に変わっていた。

 ユリは、たった一発の軽い拳ながら、猛烈であったダメージに脳震盪で動けず石畳みに転がるサキュロントへゆっくりと歩いて近付くと冷たく声を放つ。

 

「良かったですね。アインズ様の指示が事前にあって。なければ、貴方を確実に殴り殺していましたので」

 

 一応、まだ八本指の者達は殺すな(半殺しは可)と指示が出ていた。そうでなければこの不快である行動に命はない。

 サキュロントは震える。

 ふと眼鏡越しに目が合った絶世の美女と言える彼女の瞳だが、それは恐ろしく冷たく、完全に殺しに掛かってきていた目であった……。

 

「ひ………ひぃぃーっ、わ………悪かっ()………謝()………」

「ダメダメっ。悪い子達には〝キッチリ〟とお仕置きが必要ですっ」

 

 ユリは教師風に語り、屋敷周辺にいる警備の男達を見回すと視界に入れた。

 そして40秒後――ユリ以外に庭内で意識の有る者はいなかった……。

 ただし、ここで一つ困ったことが起こる。

 ユリはアインズから〈伝言(メッセージ)〉を受けることは出来るが、巻物(スクロール)で〈伝言〉を起動出来ないのだ。連絡する手段が無かった。

 でも会合の場所は、(あるじ)と共に地図を見ており知っていた。

 ユリはツアレ達に戸締りを頼むと、サキュロントらが2台で乗り付けて来た荷馬車の1台に馬を縦連結で繋ぎ換え、手や足を折った警備の者全員を纏めて荷台へ放り込むと、御者席で手綱を握り「ハイヤーっ」と叫び駆け出していく。4分程全速で馬を走らせると、そこで警備の男達を乗せた馬車を乗り捨てる。勿論車軸は拳でへし折っていく。

 これで、怪我人だらけの警備の者らは、ゴウン屋敷へ直ぐには近付けない。

 そこからユリは、ボコボコにして完全に気絶させているサキュロントを担いで移動した。

 彼女の脚力なら数分でアインズの乗る馬車まで追いつけると――。

 そして、馬車後方を飛んでいる不可視化中のナーベラルを捕まえると、ナーベラルからアインズへ〈伝言(メッセージ)〉を繋ぎ、アインズからユリへ〈伝言(メッセージ)〉を繋いでもらう形で全貌が伝わった。

 そしてナーベラルは屋敷へ〈転移(テレポーテーション)〉で帰ってもらうと、アインズの一行に装備機能で不可視化した戦闘メイド姿のユリ・アルファが白目をむくサキュロントを担いで続いていた……。

 

 

 

* * *

 

 

 

「……こ……この化け物が……いた……んだ。……無理」

 

 ゼロの視線は、扉の破壊された戸枠付近に、仁王立ちでいる一人の人物へと向かう。

 それはメイド服の女であった。しかも超絶といえる眼鏡美人。

 だが、少し変わったメイド服の両腕には、スパイクの付いた強力さ滲むガントレットがはまり、血に染まっていた……。

 そのギャップが、この場の者達の目に震える程異様な光景として映る。

 目の前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に仕えるのは、メイドの女ですらこの戦闘力と言わんばかりだ。

 

「アインズ様、ご指示通り向こう側は制圧しました。全員息は有ると思いますが」

「ありがとう、ユリ。お前は、そこで待っていろ」

「はい」

 

 何事も無かったようにアインズの命に従い静かにそこへ佇むメイド。

 ゼロはさらに気付く。彼女の後方の廊下には気絶する警備の者達がずっと先まで倒れているのが見えた。視界内だけで12人倒れている。

 もしかすると、すでに言葉通り、向こう側の地下屋敷内の警備者全員がやられているかもしれない……。

 アインズがこの場の者へ告げる。

 

「余興の力試し(デモンストレーション)はこの辺でいいかな?」

 

 だが、その言葉が終らない内に――奥に座っていた薄絹の女が動く。

 幾つかの煌めきが宙に舞ったのを見た支配者は、『ガンナー』らに命じる。

 

「――シズ、ソリュシャン、ルベド!」

 

 次の瞬間に、シズの構える魔銃『死の銃(デス・ガン)』から放たれるタタタという乾いた一瞬の機械音と「あぐっ」と言う女の声が室内に反響する。

 それと同時に、8つの飛行体が一瞬で撃ち落とされ、鋭い刃を見せて床へと転がった。それを放った薄絹の女は両肩を同時に魔弾で抉られるように貫通され、席の背もたれに叩きつけられる。

 同じく戦闘へと立ち上がり掛けた鎧の男は、その自慢のうねる特殊仕様の剣を抜く事も無く、いつの間にか横に立っていたソリュシャンの握る短剣に分厚い鎧ごと利き腕を切断されていた。

 利き手を失った鎧の男は「ぐあぁぁぁーー」と叫び、血を流す腕を抱えて蹲る。

 また、クレマンティーヌの一撃に近いとさえ言われるレイピアの『突き』を持つ優男は、机に脚を放り出したまま微動だに出来ずいた。

 何故なら、机の前にはもうルベドが立っていた。勿論、天使の輪と翼は隠したままだ。そして、優男の喉元にはすでに皮と肉を突き破り5センチほどルベドの握る聖剣シュトレト・ペインの分厚い切っ先の『突き』が、気道と頸動脈をワザとはずされてめり込んでいた……。

 そして、フードを被るローブの男――。

 

「舐めるなよ、人間。――――〈火球(ファイヤーボール)〉、〈火球〉、〈火球〉っ!」

 

 咄嗟に〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉で机の席から消え、アインズの左側面に出現した『六腕』のローブの男が、近距離から〈火球〉を高速で連射する。

 〈火球(ファイヤーボール)〉自体が高位の魔法なのだが、それを連発出来る者というのは余りいないのである。

 その三連射された〈火球(ファイヤーボール)〉は、見事に全弾アインズへと命中する。

 傍にまだ倒れていたサキュロントが「熱っ、あっちい!」と掛かる火炎から怪我を推して転がって逃げる程だ。

 しかし――。

 

「〈火球(ファイヤーボール)〉か、残念。私には全く効かないな」

 

 三連弾の〈火球〉を受けたはずのアインズはノーダメージの様子で言葉を返した。

 ローブの男は、仮面の男の言葉を信じられない。被るフードから僅かに見えるカピカピに乾ききった唇が震えていた。

 

「……そ、そんな馬鹿な事が……〈反射〉されたわけでもなく。魔法の威力は一体何処へ行ったのだ……骨の竜(スケリトル・ドラゴン)ではあるまいし……〈抵抗(レジスト)〉か?」

 

 アインズは常時発動型特殊技術(パッシブスキル)として〈上位物理無効化〉に加え、〈上位魔法無効化〉も備えているため、Lv.60以下のデータ量の少ない攻撃はほぼ全て、〈火球(ファイヤーボール)〉も勿論、完全無効化される。

 だがこの世界でまさに無双出来る、そんな神掛かり的といえる能力の存在に納得できるはずもない。

 

「(いや、単純に無効化なんだけどな)ん……?(このローブの男、アンデッドか?)」

 

 フード付きローブの男の先程の『舐めるなよ、人間』発言が気になったアインズは、アンデッドを探知する〈不死の祝福〉の特殊技術(スキル)を起動したが、それがこの男に反応していた……。

 アインズは親近感を僅かに覚え、目の前の男へ尋ねる。

 

「……お前の名は? 私は先に名乗ったぞ?」

「俺は―――デイバーノックだ」

 

 ここで、会話が終わっておけば良かったのかもしれない。いや、二人の会話は終わっていたのだ。

 しかし、『六腕』でない他の一団の中に、このフードで顔を隠す魔法詠唱者(マジック・キャスター)の強さを伝えようとしたのだろうが――とんでもなく無責任な外野がいたのだ……。

 

 

 

「その人はなー、“不死王”デイバーノックとよばれてるんだぞぉぉぉーーーーー!」

 

 

 

 その瞬間に、この場の空気が――『ガチン』と凍った。

 もちろん、凍らせたのは『不死王』という二つ名である。

 プレアデス達とルベドからの殺気が尋常ではない。

 その二つ名は、至高の御方であり彼女らの主にのみ相応しい物であると。

 ――紛いモノはイラナイノダ。

 彼女達はハモりながら確認するように呟く。

 

「「「「不死王……?」」」」

 

 気が付けば、“不死王”デイバーノックの周りは、その場で待機を命じられていたユリを除く3名が間近で取り囲んでいた……。

 

 “不死王”であるはずのデイバーノックは、3名の美しい娘達の瞬間移動したかに感じる逸脱した動きが死神に思え――――死を直感する。

 

 先程から尋常ではない殺気により、この場の皆が金縛りにあった形で固まっていた。

 ――しかしその時である。

 至高の御方自身から救いの声が掛かった。

 

 

 

「“不死王”? ――いいではないか。この(脆弱な)王国での“不死王”ということで……相応しいとは思わないか、お前達?」

 

 

 

 この時点で、もう不満を感じることはユリやソリュシャンらプレアデス達には出来ない。

 

「「はっ、御言葉のままに」」

「……御意」

 

 そう言ってアインズへと跪いた。

 ルベドだけは、デイバーノックの脇で仁王立ちのまま、まだ納得出来ていない様子。

 すると、アインズが右手で彼女へコイコイと傍へと招く。

 少し小柄のルベドは口を不満げにへの字に曲げ右肩に聖剣を担ぐと、トコトコ歩いて近付いて来た。

 支配者は目の前まで来たルベドの頭を、優しく撫でてやる。

 すると、徐々に不満げにへの字に曲げていた口許へニヤニヤが戻った。

 

 先程まで、真剣の上を素足で歩くような、恐ろしい殺気で充満していたこの場の空気が完全に和んでいた……。

 すでに、『六腕』の傷ついたメンバー達は、身に付けている治療薬(ポーション)を飲んで、回復に入っている。

 もうこの場の雰囲気が、アインズ側のものに染まろうとしていたその時。

 

 

「なんなんだ、この茶番はっ!!」

 

 

 ここで怒気を含み叫んだのは、相変わらず奥の席で机に両脚を放り出しふんぞり返っていた『八本指』の警備部門責任者で『六腕』のリーダー〝闘鬼〟ゼロであった。

 その言葉に、アインズが余裕を持って答える。

 

「おいおい。仕掛けてきたのは、そちらが先だぞ? まだやるつもりならば、今度はお前自身が掛かってくればどうだ。納得いくまで――この私が直接相手をしてやろう」

 

 絶対的支配者は、手を広げて掛かって来いとアピールする。

 次の1コンマの瞬間の後、周辺の大机を吹き飛ばし一直線に突っ込んで来たゼロの強烈な全力全開の一撃がアインズの腹部にめり込む――ように当たった。

 凄まじい衝撃波と爆音が部屋へと広がる。

 

 

 だが、それを受けたアインズは1ミリも下がっていなかった。

 

 

 その事実に、ゼロの方が恐怖し三歩下がる。

 

「な、な、なにぃ。なぜだぁ。どうなっているっ。今のは、鋼鉄の分厚い扉をも軽く貫く俺様の全てのスペルタトゥーを全開にした上での、合わせ技の究極の“一撃”だったのだぞっ!!」

 

 ゼロが踏み込んだ床はひび割れ、足形で数センチ沈み込んでおり、震脚をも加えた恐るべき一撃だったはずなのだ。

 漆黒のローブを纏う仮面のアインズは、それに対し淡々と答える。

 

 

 

「お前達の常識で語るな。本当の究極はもっと上に有る事を知れ。そもそも今の一撃程度では、竜王どころか――百竜長も倒せまい」

 

 

 

 ゼロは、真の強者の言葉に愕然となる。

 その両手を震えながら見詰め、崩れるようにその場へと膝を突いた。

 アインズは、その姿を見詰めたあと周りに固まる者らを見回すとこう静かに告げた。

 

「そろそろ皆、席について会議を始めようではないか。その前に、私は先に名乗ったのだ、もうそちらの自己紹介があってもいい頃だろう? そうでなければ呼び方が分からなくて困る」

 

 間もなく、床や天井に焦げ跡が残り、扉のぶっ壊れたままの部屋で、大机を並べ直しての対竜軍団作戦会議が始まった。

 もちろん、その席で奥の上座に座ったのはアインズ達一行である――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の王都の朝は、雲の少ない清々しい夏の青空がどこまでも広がっていた。

 都市内の神殿の塔にある大時計の時刻は、朝の9時を指そうとしている。

 本日、王城から大臣とともに竜軍団への和平の使者が出発する。

 一行は大臣他、護衛の騎士8名と第三位階魔法詠唱者1名。

 戦車1台、馬車2台の隊列を組み旧エ・アセナルの北側の竜軍団宿営地を目指す。

 移動に4日で、会見予定は5日後だ。

 これに加えて、本来先に出るはずのアポイントの使者として第三位階魔法詠唱者1名も同行する。

 直前のアポイントの成否に関わらず、和平の使者は竜軍団へ接触することになっている。

 

 

 ――これは決死隊なのである。

 

 

 ここに加わっている第三位階魔法詠唱者2名は、先日王国軍よりエ・アセナル偵察を言い渡され、昨日『朱の雫』の報告のあとに戻って来た者達であった。

 伝えられた内容は、上空を偵察する(ドラゴン)達のために近寄れず、『蒼の薔薇』や『朱の雫』らに比べ精度の低い内容にとどまる。

 しかし、現地を良く知っているということで再度メンバーに組み込まれた……死ねと言うのだろうか。

 それでも今は、王国の明日への希望のために再び行ってもらうしかない。

 勿論、慈悲深い国王ランポッサIII世は、彼ら和平の使者の家族達への手厚い待遇の将来を約束して送り出している。

 大臣を初め、王国や家族の為に死ぬ覚悟で臨む者達の表情は、まさに気迫があった。

 

「では、行ってまいります、陛下」

 

 戦略会議の折には、国王の視線にイヤイヤをしていたあの大臣は、腹を括った漢の顔をしていた。

 

「最善を尽くしてくれ。――守るべき者達の為にも」

 

 ランポッサIII世はあえて、『王国のために』とは言わなかった。

 それは、人が強く動くにはまず身近な『利』が必要だからである。親しい者達を守る思いは個人的なことかもしれないが、それが今回は結果的に国をも救う事に繋がる。

 今は、手段などどうでもいい。

 

 ただ結果だけが必要なのだ――。

 

 

「はっ。朗報をお持ちください」

 

 こうして、馬車に乗り込んだ大臣達は、王都のロ・レンテ城より出発していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. おかえりなさいませっ、ご主人様っ!

 

 

 ここは王都の南東部に位置している、王都内に数か所ある閑静な高級住宅街の一角。

 そこへ50メートル四方程の敷地に小さい林も見える部屋数20程を数える三階建ての洋館が建つ。

 住人達が屋敷の所有者である仮面のご主人様に初めて会ってから、4日が過ぎていた。

 昨日からこの屋敷の門柱には、王国の文字で番地と共に『ゴウン』の名の入った表札が掲げられている。

 それは差出人がゴウンの名で届けられるも実は偽名で、リットン伯が書簡での行動を効果的に促すために送ってきていた。

 しかし、この屋敷のメイド達であるリッセンバッハ三姉妹には気付きようもなく思惑通り丁寧に設置されている。

 今日は朝から特に用件も無いため、黒紅色のメイド服姿の姉妹達は仲良く日課である屋敷内の掃除に勤しんでいた。

 肩程で揃えた黒赤毛髪の長女メイベラは家事室と一階を、腰程まで一本の三つ編み髪の次女マーリンは庭と馬車庫、厩舎周りを、顔に少しそばかすのあるツインテールの三女キャロルは二階と三階の清掃である。

 彼女達は――不思議に思っている。

 この屋敷へは、両親の借金の(かた)の一部として、いきなりの終身雇用の身で連れて来られていた。それは衣食住のみはあるが、賃金はほぼ無しという奴隷的待遇を意味する。

 後日屋敷へやって来る貴族に仕える使用人達からも、最下層の扱いを受け地獄を見ると思えたし、それ以前に主人からは毎夜肉欲的奉仕を強要されるとすら考えていた……。

 しかし現実には今のところ、やって来たご主人様からの無茶な要望はなく、それどころかとても気を使われている。

 同伴してきた美しい女の子達は、ご主人様に同行して王城の宮殿に滞在しているという。

 だから現状、この邸宅へ姉妹三人だけで仲良く平和に住んでいる状況である……。

 更に当面の維持管理費として金貨10枚も渡されていた。

 天と地……そんな風にすら現状を感じている。

 彼女達は、もちろん分をわきまえて必要雑貨しか購入していないし、一階の片隅にある使用人部屋の一つで三姉妹は共に寝起きしている。

 

 さて、担当の掃除を終えたメイベラが「行ってきます」と買い物へと外出した。

 20分程歩いた市場の各商店へ買い物に寄る度、店の主人らから今は竜軍団の件で買い占めや買い溜めが起こり物価だけが跳ね上がり、どこも凄く大変と言う話ばかりを聞く。

 幸いどういう訳か、お屋敷の薪と小麦粉等は、裏の倉庫に山積されており当分は大丈夫に思えた。

 メイベラとマーリンはパンを自作で焼けるので主食に困ることはなさそうである。

 それでも野菜や肉類は、値がもう2倍近くまで随分と上がってきていた。

 しかし、健康に気を付けよと命じられているため、それを維持する為にケチる訳にはいかない。病弱だというメイドが居ては、立派なご主人様の風評にも差し障る為、メイベラはしっかりと選んで購入する。

 また姉妹達は、メイド服も臭わず清潔でアイロンも掛けた物を着用し身嗜みにも気を使っている。

 そういった生活へ余裕のある姿に、薄汚れや繕いのある服を着る街の下人や使用人達からは「いいわねぇ」と幾度か羨ましがられた。

 最近多くの仕事場で使用人達は、賃金も待遇もジリ貧で大変なのである。

 そして王国では中級の貴族や商人達以上でなければほぼ余裕はなくなってきていて、メイベラも自分達の異様といっていい待遇の良さに、未だ疑問符が並んでいる。

 

(そうなのよね……ご主人様は一体どのような身分で裕福なのかしら?)

 

 買い物から戻り、家事室で購入品を整理しながら市場の物価の上がり方に、これからは少し困るかもと考える。

 そんな平和な日常を過ごした夕方の五時を迎えた頃、門のベルが鳴った。

 メイベラは、家事室の門付近が見える窓から外を覗いた。

 すると門の傍の鉄柵越しに、先日ご主人様が乗って来た4頭の八足馬(スレイプニール)が牽引する漆黒の超高級馬車が止まっているのを見て慌てる。

 普段の午後3時には持ち場の仕事が終り、下の姉妹達は屋敷内に居るはずと、長女メイベラは家事室を出ると玄関ホールまで早歩きしながら叫ぶ。

 

「マーリンっ、キャロルっ、ご主人様がお戻りよーーーっ!!」

 

 すると、僅かに上階でドタバタとしつつも、妹達は15秒ほどで吹き抜けの階段を降りてホールへ集まってきた。

 三人は、顔を見合わせ頷き両開きの玄関扉を開けると、次女のマーリンと三女のキャロルが鉄柵門まで足早で進み「お帰りなさいませ」と告げながら急いで開放する。

 開かれた門から漆黒の馬車は、15メートル程の距離がある玄関まで移動。ロータリーとなっているところを回り、玄関前へ横付けされた。

 メイベラが紅い足拭きを馬車の扉の下へ置いていると姉妹達が戻って来て共に整列し出迎える。

 扉が開くと、シズらに、ルベドと続き、御者のユリも降りて来た。

 

「お帰りなさいませ」

 

 メイベラは、各人が降りてくるごとに一礼と声を掛けた。マーリンとキャロルも姉に合わせ礼で迎える。

 そして、4日振りに相変わらず仮面を付けた屋敷のご主人様であるアインズも降り立った。

 

「「「おかえりなさいませっ、ご主人様」」」

 

 アインズの時のみ、マーリンとキャロルも合わさった三姉妹の挨拶となった。

 すでに彼女達の人生は、この仮面の主人次第なのである。

 常に僅かの粗相もあってはいけない。

 特に長女のメイベラは、可能なら妹達の分まで責任を負うつもりでおり神経を集中している。

 先日は確かに優しい主人の姿であったが、あの短時間ではまだまだどういった人物なのか不明と言える。

 あれから数日色々考えていた。

 その一つで、もしかすると現状は単なる気紛れというかお遊びで、『優しくしてから地獄へ落とす』という手順かもしれないと。

 

 純粋に向けた笑顔を、苦痛の顔へと徐々に変えるのを楽しみ、そのあとで激しく蹂躙する……。

 

 そんな事も、両親が領主の貴族から受けたトラウマ的事例で経験済なのだ。

 だから本当に不安であった。

 貴族のみならず大商人らも信用できないと。

 しかしそんなメイベラへ、なんということだろう――。

 

「どうだ、何か困ったことなどなかったか?」

 

 ご主人様が先日と変わらず優しく気遣いの声を掛けてくれたのである。

 アインズは周囲の庭が掃除されている様子から、屋敷が管理されていることに満足していた。

 

「お前達だけに屋敷の管理を押し付ける形で任せてしまって、すまないと思っている」

「――――っ、ありがとうございます。大丈夫です。幸い今のところ、特に問題はございません」

「そうか。ご苦労」

「いえ……」

 

 夢じゃなかった……それが率直な彼女の気持ちだ。

 そして、『すまない』などという詫びの言葉を、貴族や大商人らから聞いたことが無い。

 驚きと感動の会話である。

 彼女らは、両親の店が貴族とその貴族の経営する商会に騙された上、気質も強面(こわもて)であった徴収部の者らから罵詈雑言を浴びせられ財産をむしり取られていく様をずっと見せられている。

 この時、アインズの言葉をメイベラだけでなくマーリンやキャロルも同じ思いで聞いていた。

 メイベラの頭には更に、先日の主人の出掛け際に浮かんだ考えが、確定に至る。

 

(間違いない。この方は――信用できる優しくて良いご主人様だわ)

 

 心の腐った者達は、持ち上げてくる場合もどこか『腑に落ちなさ』『不自然さ』があるものなのだ。

 今回は、状況は突飛であるが、このご主人様からの言葉に変な裏を感じない。

 今の状況に対する素直な気持ちの言葉だとメイベラは納得出来ていた。

 

 しかし、これは……凄い事である。

 

 これほど裕福である人物なのに、最下層の者にも気を遣ってくれるという話は、余り聞いたことが無い。大抵は無視し、直接口すら聞くことは無いのだから。

 人が良かった自分の父親に少し似ている気がする――。

 だから騙されたのだが。

 

(あっ。もしかすると……このお優しいご主人様は、あの酷い領主のフューリス男爵に騙されているのかもしれない。そうでなければ繋がりが分からない……。でもそれなら――あの憎い鬼畜極まる貴族のやり方を良く知っている私達がお助けしないとっ)

 

 メイベラの心に、新たな『このご主人様を守って差し上げたい』との決意が広がった。

 その彼女の瞳に居並ぶ美女達が映っているが、ふと先日に比べて二人増えていることに気が付く。

 その時にアインズから告げられる。

 

「今晩は夜中に会合があるが戻ればここで一泊する。王城から晩餐用に食材を運んできている。この後、馬車を片付ける際に載せてある食材を運び出しておいてくれ」

「はい、畏まりました」

「あと一応、屋敷で気付いた事などをユリとツアレに知らせておいてくれ……っと、そうか、初顔合わせが二人いるな。ついでだから今、紹介しておこう。この者が、ソリュシャン、そしてツアレだ。ユリ達の事はわかるな?」

「はい。ソリュシャン様、ツアレ様、よろしくお願いします」

 

 姉のメイベラに続きマーリンとキャロルも「よろしくお願いします」とソリュシャンとツアレに向かい一礼する。

 ソリュシャンは、すでにこの娘達がアインズの名で庇護下に入っている事を知っているので「よろしくですわ」と普通に答える。一方、『様』を付けられたツアレは少し複雑という表情である。ソリュシャンはゴウン家の一員であるが、自分は一使用人であり立場は明確にしておくべきだと考え、ツアレはここで伝える。

 

「あの、私はユリ様やソリュシャン様達と違い、あくまで使用人ですので、ツアレで構いません」

 

 メイベラと姉妹達は顔を見合わせる。しかし、家内での上下関係は重要で明確にしておかなければならない。この場はツアレの言い分を採用する。あとで詳しく聞けばいいと。

 ツアレは落ち着いた年上風であり少なくとも傍仕えであることから、敬称を付けるべきとメイベラは考えた。

 

「では、ツアレさんと。私達姉妹のことは、メイベラ、マーリン、キャロルと呼び捨ててください」

「わかりました。メイベラ、マーリン、キャロル、よろしくです」

 

 偶然にも似た境遇の彼女らは、互いに笑顔を交わした。

 挨拶も終わり、アインズ一行の多くは二階のベランダの有る広い居間へと移動する。

 マーリンとキャロルが八足馬(スレイプニール)の馬車を馬車庫と厩舎へと移動させる。

 台車も用意しており、この後、馬車の荷物室の食材を下ろして運ぶ予定だ。

 メイベラは、ユリとツアレを家事室へまず案内する。

 ここで、ユリは飲み物を主人へ出すよう指示する。三人で準備し、ツアレに届けさせる。戻って来るのをユリらは器具等の具合を確認しながら待ち、続いて倉庫へと簡単に案内してもらう。

 やがて再び家事室へ戻ると、間もなくマーリン、キャロルが食材の山を台車に乗せて裏口から中へ入って来る。

 家事周りを把握したユリがこの場で一応、自身が『ゴウン屋敷』のメイド長を兼任する事を伝える。不在の場合は、メイベラに屋敷メイド長代理を命じた。

 ツアレよりもメイベラ達の方が明らかに手慣れていると見たからだ。それに、ツアレは王城側の手伝いとして必要と考えている。

 ここ数日、就寝前と朝の時間にユリからメイドの特訓を受けているツアレも見込みは十分にある。彼女の覚えや仕事はそう悪くない。

 既に午後5時20分を過ぎており、5名は慌ただしく晩餐の用意を開始した。

 多くの食材を洗いながらメイベラは、近くで芋の皮をせっせとむいている穏やかで笑顔の多い美人のツアレへふと目を向ける。

 ご主人様が、4日前よりも美人女性の数を増やして連れて来ている事が気になったのだ……。

 裾の短いメイド服風の武装衣装の美女ソリュシャン。そしてユリと同じ型のメイド服を着た美人のツアレである。

 メイベラ達も親の店のあった街では美少女三姉妹と言われていたが、ご主人様の連れている女の子達の誰にも全く勝てている気がしなかった。

 だが重要なのはそこではない。

 この王国では、美人娘の辿る人生が幸せと言える形で終わる者の方が――明らかに少ない。

 もちろんそれは腐った貴族など、権力階級者からの私利私欲の圧力や暴力的強制搾取、蹂躙によるものだ。

 その為、王国内の力の無い美しく可憐な乙女達の表情は、多くに影があり冴えない。

 対してツアレやユリ、ルベドらの凄く美人の娘達が皆、自然に慕う笑顔の姿でご主人様の傍へ仕えている風に見える。改めて気付けば、自分もそういう表情と気持ちで頑張ろうとしていた。

 これは、アインズ・ウール・ゴウンという人物が、稀なる仁徳者であるということの証。

 ただ、若い彼女は僅かに頬を赤くし、少し妄想豊かに想像する。

 

(もしかするとご主人様は――――よ、夜の生活でもお優しいのかもしれない……)

 

 ご主人様も男性ということと周囲の美女陣の雰囲気を見れば、一番しっくりする考えだ。

 恐らく圧迫や強制という部分がない情愛の世界なのだろう。

 それは、自然にご主人様へ魅かれているということかもしれない。

 

(………自分も……?)

 

 メイベラはブンブンと首を振り、調理作業へ戻った。

 

 二階へと上がり、居間のソファーに座って一度落ち着いたアインズだが、前回に屋敷内は見て回ったため、ふと「庭を見てくるか」と言葉を口にし席を立つ。

 もちろんその後ろを、ぞろぞろとルベド達に不可視化のナーベラルも続く。

 絶対的支配者の意向に従うのが、ナザリック配下の者達の務めである。

 

(うーん、一人がいいとは言えないかぁ……)

 

 アインズ的には、ひっそり一人でのんびりしたかったのだが。

 玄関ホールの吹き抜けの階段を降りる途中で、ツアレが飲み物を持って上がってこようとしていた。

 端へ寄り畏まるツアレにはとりあえず庭行きを伝え、「後で飲むので居間へ置いて下がっていいぞ」と伝えておく。

 そうして、玄関から建物を左へ回る形で周回していく。

 玄関から門までは約15メートル。玄関前はロータリーだ。ロータリーの中心にはお決まりの小さな噴水が見える。正面中央に玄関のあるこの屋敷を中心に10メートル程の側面側と裏側は奥行で20メートルぐらいの空間がある。

 林は屋敷正面から見て右裏奥に広がっている。林と建物との間は適度に距離があるので、室内が暗すぎるということはない。

 この屋敷は、カルネ村のゴウン邸に比べて10倍程広いだろう。

 庭を周回中に、アインズはあえて感想を述べなかった。

 その周りで、ソリュシャンが盛んに「どこもかしこも、至高の御方の滞在される場所に相応しいとは言い難いですわ」と小声でブツブツ言っている。

 ルベドは、仲良し姉妹がいればどこでも気にしない様子。シズは妹の意見を「……でも……アインズ様容認」と宥める。それによりソリュシャンも渋々「そうですわね、仕方ありません。至高の御方の盾となって散るべく、如何なる場所へもお傍に付いて行くのみですわ」と締めくくり一行は屋敷へと戻って行く。

 

 家事室ではユリを中心に、晩餐の準備が進む。

 ユリの指示するレシピによって、ツアレ、メイベラ、マーリン、キャロルが食材を洗ったり、カットしたり、軽く焼いたり茹でたり、煮込んだりと下ごしらえを進め、最終的な調理をユリが担当し、彼女の指示で皿へと盛り付けてゆく。

 用意しているのは全7品からなるコースだ。

 ツアレ達がユリを褒めたたえるも、ユリとしては本来のナザリックの水準である副料理長らにはまだまだ全然届いていないと考えている。

 しかし、配下の人間達を前に、ディナーが無いなどと御方へ恥を掻かせるわけにはいかない。その為に形だけでもと用意していた。

 だが、それは中規模商人の水準であったリッセンバッハの家でも並べられた事の無い貴賓性がある料理であった。

 十分にユリの思惑は達成出来たと言える。

 それらの料理は、洋館一階の家事室に隣接する食堂で振る舞われた。

 料理が完成する少し前に、マーリンによって二階の居間のアインズ達へ知らされる。

 

「そろそろご夕食の用意が整います。ご主人様を初め皆さん、一階の食堂へお越しください」

「よし。では……ん?」

 

 席を立ち上がったアインズは、振り返りながら扉の所に立つ髪が『一本三つ編み』のマーリンを見て気が付き尋ねる。

 

「マーリンは、時々眼鏡を掛けているのか?」

 

 出迎え時などこれまで付けていなかったが、今の彼女は黒縁の丸眼鏡を付けていた。

 ナザリック勢でも眼鏡は、銀縁丸眼鏡のデミウルゴスと黒縁横長角丸眼鏡のユリしか付けていない為、ある意味貴重な人材にあたる。

 気弱であったマーリンは一瞬焦る。調理作業で効率を上げるため付けていたが、緊張して直前に外すのを忘れていたのだ。特徴があると目を付けられ酷い目に遭うかもしれないという理由で外していた。

 しかし、家事室で姉に「大丈夫。信用できる優しくて良いご主人様よ」と、先程聞かされてここへ送り出されており素直に答える。

 

「は、はい。でも、その……変に目立ってはいけないと思いまして……」

「ははっ。ユリも付けているのだ。目立つと言うことはない。気にせず付けたい時に付ければいい。似合っているしな」

「あぅ。は、はいっ。ありがとうございます、そうさせて頂きます」

「うむ。では、皆行こうか」

 

 アインズの言葉に、ルベドらも食堂へ向かい居間を出て一階へ降りて行く。

 知らせ役のマーリンは、全員が退出した居間の扉を静かに閉め『ほっ』と胸を撫で下ろし呟く。

 

「本当に優しいご主人様みたい……良かった、メイベラ姉さん」

 

 ここに、また一人眼鏡美少女が現れた。

 

 食堂には15人ほど座れて脚に彫刻細工のある長テーブルがあり、きちんと白いテーブルクロスが掛けられ、三又の形をした銀製の蝋燭立てに明かりが灯り花も飾られている。

 アインズを上座にその斜め両側へルベド達が座った。

 給仕にはメイベラが立つ。蝋燭の炎に浮かび上がるその表情と姿は中々に綺麗である。

 この時、彼女の目が釘付けになった。

 ご主人様の右手があの仮面を掴み外したからである。準備に出入りしていたマーリンとキャロルも一瞬足を止めて見入る。ツアレはすでに何度か見ており作業を続けていた。

 そこにあったのは、金髪の前髪が見えるギリギリ青年であろう人物の顔であった。

 一応アインズにより、元の幻影を平均以上にと調整された顔である……その顔で安心した様に三姉妹は微笑みの会釈をして作業に戻っていく。

 

(うーん。やはりこっちの顔の方が受けがいいなぁ。まあ、この肉の付いた顔で売り込むつもりはないんだけど……)

 

 アインズは泰然としている振りをしているが……男として複雑な心境であった。

 晩餐は、出来立ての料理がひと品ずつ順にワゴンに乗せられ、ツアレ達によって運ばれ下げられていく形式だ。

 テーブルマナーもきちんと身に付けているアインズに抜かりは無い。

 午後6時半過ぎに始まった晩餐会も無事にクリアし、少し落ち着いた後、再び仮面を付けた支配者とシズ達は二階の居間へと移動する。

 7時半を前にした頃、家事室では少し遅くなったが、晩餐会のメニューを少しアレンジした夕食がユリにより振る舞われた。

 しかし……ツアレと、リッセンバッハ姉妹は困惑する。

 

 豪華であったのだ。庶民には余りに。

 

 基本食材を、王城から持ってきた事もあるが、市場での相場を知っているメイベラは特に。この一食でひと月分の食費が出そうな……いや完全に出るだろうという水準である。

 しかし、ユリは当然気にしない。

 

「もう作ってしまったのだし、食べるしかないでしょう?」

「は、はい、確かに」

「でもいいのかなぁ……私なんかが食べても」

 

 マーリンは納得するも、末の妹のキャロルが心配げに確認する。

 でもユリがハッキリと伝える。

 

「大丈夫よ。晩餐会もここの全員が協力して上手く出来たし。それに、アインズ様からも事前に言われていたのだから」

「え、ご主人様からですか?」

 

 ツアレの問いにユリが頷く。

 

「そうよ、だから有り難く頂かないと」

 

 御屋敷メイド長の声に皆が、感謝の気持ちから豊かな胸元に手を置いた。

 若干一名、ツインテールを可愛く揺らす小柄のキャロルだけはまだ薄く発展途上だが……。

 メイド達の豪華な夕食が終わり片付けが進む中、二階の居間へ飲み物の補充に上がったツアレが戻って来る。

 

「あの、ご主人様がリッセンバッハ姉妹へ尋ねたいことがあるとお呼びです」

「えっ」

 

 メイベラは小さく驚く。内心はもっと大きいのだが。

 一応、預かった維持管理費の使用分は書き出して付けており、ユリにも見せている。

 不正と思う事はしていない。それとも、掃除されていない所でもあったのだろうか。

 確かに外周の鉄柵や屋根に、屋敷の外壁までは磨いていない……。

 

「ここはもうツアレと二人で大丈夫よ。早くアインズ様の所へ向かいなさい」

 

 ユリの勧めに姉妹らと代わるツアレも頷く。ご主人様を待たせてはいけないと。

 メイベラもここはお待たせするのが罪と頷き、妹達と共に階段を急ぎ上がって行った。

 二階の居間は、広いバルコニーや大きな暖炉を備え、横と奥行きが共に10メートル程と結構広い。サイドボードや棚も充実し、そこにはまだそれほど古くない本も残されている。

 リッセンバッハ三姉妹は居間の扉を叩き、対応するソリュシャンに中へと誘導され、一人掛けのソファーへ悠然と座るアインズの前へ進む。

 長女のメイベラが、片肘を突き威厳漂う主人であるアインズへと尋ねる。

 

「私達をお呼びという事ですが……?」

「うむ。今日はまだ時間があるのでお前達と少し話をしようと思ったのだが。それで、少し気になっていた事も思い出してな」

 

 なんだろうと、メイベラは先程頭を過った内容で少し不安になった。

 アインズが話を続ける。

 

「まず、屋敷の門柱に“ゴウン”という鋼鉄の表札が付いていたのだが、あれの費用はどれほど掛かったのだ?」

 

 それは、メイベラが考えていた事とは全く違う質問であった。

 そして主人と何か齟齬があると感じながら述べる。

 

「あのぉ、鋼鉄の表札ですが、こちらでは購入しておりません。昨日、差出人がご主人様ということで届いたのですが……違うのですか?」

「なに?」

 

 アインズは、これは何者かが仕組んだ事だと知る。

 だが、爆弾と言う訳ではない。普通の表札を送りつけてきた……それも『ゴウン』という名でだ。

 その意味を考えると、おのずとアインズの思考に答えは出てくる。

 

「(……この屋敷が私の物だと強く考えさせたい訳だな――リットン伯爵)……この表札の件は解決した。送り主は、私の知っている者だ。忘れ物なのだろう」

「そ、そうですか」

 

 メイベラが完全には納得していない感じの返事をする。

 しかし、アインズはこれ以上この件の奥を話す気はない。先に話を進める。

 

「さて次だが……メイベラよ。先日、私がここへ来た時、お前は確か“生涯傍へお仕えするようにと言われて”と話していた気がするが――そんな事を誰に言われたんだ?」

 

 メイベラは思う。

 その時は覚悟を決めていたが、今思い返せば少し恥ずかしい話であったと。

 だが三姉妹の長女は、信用するご主人様へ素直に答える。

 

「それは、私達の暮らしていた街の領主だったフューリス男爵です。正確には男爵様からの指示だと配下の者に告げられて、ですが」

「フューリス男爵……フューリス? ん? どこかで聞いた名前だな……そうか」

 

 王国の貴族にフューリスを名乗る男爵家がいくつあるのか不明だが、少なくとも舞踏会の折、ソリュシャンに欲情し一夜を金貨で交渉してきた不快な馬鹿がいたのを思い出す。

 アインズは、メイベラへその経緯を尋ねる。

 すると、メイベラは口元を押さえながら幸せだった生活と優しい両親のことを思い出しつつ、フューリス男爵とその傘下の阿漕(あこぎ)さ極まる『フューリス商会』に両親の店が圧迫的な酷い取引の上で、資産を毟り取られ莫大な借金を負わされ、今は鉱山で強制労働者に身を落としている事を語った。

 そして最後の方は涙と鼻声で……同じ表情のマーリンとキャロルを抱きよせたメイベラが小さく呟く。

 

「……た……助けて……ください。優しかった両親を……」

 

 アインズはその瞬間は微動だにしない。

 それは、あくまでもこの国の弱肉強食の世界の話で関係が無いからだ。

 しかし今、リッセンバッハ三姉妹は、ナザリック庇護下で拠点でもあるこの屋敷を丁寧に管理してくれて役に立っている。

 この分の恩は返してやってもいいだろう。

 支配者は告げてやる。

 

「ふむ、なるほど。……確約は出来ないが、状況によっては助けてやれるかもしれない。しばらく掛かるだろうが待っていろ」

 

 その言葉に、頼んだ方のメイベラ達の方が驚く。

 

「えぇっ……ま、まさか、助けて頂けると? でも……相手は男爵様ですよ」

 

 国王ですらなかなか罰する事は出来ない。それが貴族である。

 貴族を罰するには、王家と六大貴族の六家と大貴族から持ち回りで四家が裁判官をする王国貴族裁判において裁判官の全員一致で有罪にしなければならない。裏で蜜月という関係があり、この百五十年間、必ず裁判官のうち一家が反対し有罪は出ていない。そして過去の有罪も領地の一部を没収された二家のみに留まる。

 

 それがこの王国の正義である……。

 

 裁判以外は直接的に決闘もあるが、結局本人らだけではない代理人参加戦である。その上、私兵や金銭で凄腕の戦士を助太刀に雇うので平民ではまず勝てないのだ。

 そんな無理と言える貴族相手にもメイベラの今の主はこう答えてくれた。

 

「ふん、まあ見ていろ」

 

 その落ち着いた態度や言葉はメイベラ達姉妹に希望を信じさせる。

 強大である貴族相手に、味方など一人もいないと思っていた。

 この主人の気持ちだけでも十分嬉しいものであった。

 三姉妹はその場へ膝を突き、両手を握り合わせ神に感謝する姿でアインズへ向かう。

 

「「「あ、ありがとうございます。本当にありがとうございます」」」

「礼は、実現したら改めて聞こう。さあ、皆立つがいい」

 

 娘らの姿にアインズは、謙虚に答えた。

 立ち上がりつつ、もはやリッセンバッハ三姉妹には目の前の人物が、偉大と呼ぶべき救世主に見えていた。

 そこで、気になったメイベラはついに興奮を抑え切れず尋ねる。

 

「あのぉ……ご主人様は、一体どのような地位の方なのですか?」

 

 アインズは静かに淡々と返した。

 

「私は、旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。先日、王国戦士長殿の部隊を偶然助けたことで王城に招かれている。そして、今は竜軍団の侵攻に備えて王都で待機している状態だな。この屋敷は、色々と協力することで与えられたものだ」

「「「…………っ!」」」

 

 メイベラ達三姉妹は凄い内容に絶句する。

 特にメイベラは、(あるじ)が単に、フューリス男爵に騙されている変わった服装の人の良い商人辺りではと、酷い勘違いしていたのも拍車を掛けた。

 恐るべき(ドラゴン)の大軍団の侵攻は、王都民の皆が知るところである。

 あるのは恐怖。

 皆の希望であるアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』が、(ドラゴン)を数体討ち取ったという話を市場のあちこちで噂に聞くも、同時に噂で大軍団と伝わる敵の全貌に不安はぬぐい去れるものでは無い。

 その中で、ご主人様のこの余裕の雰囲気である。

 それに、王国戦士長の部隊を助けたというのなら、すでに『英雄級』の人物と言える。

 

 本当にこの方は、王国の救世主なのかもしれない――と。

 

 そして自分達姉妹がここに居る状況や理由も理解出来た。貴族達からの貢ぎ物だという事を。

 

(((それって……実は女として名誉なことなのかも)))

 

 三姉妹は同じことを考えていた。

 確かにここに至る過程は酷い物であったが、その相手がご主人様というのなら拒む要素が見つからないように思える。

 英雄で、気前が良くて、優しくて、貴族を相手に両親まで助けてくれるかもしれない(あるじ)さまである。

 

(((……寧ろ、嬉しい……?)))

 

 結婚適齢期を迎えている姉妹達は内心で皆、複雑に広がる想いを感じつつあった。

 

 このあと、アインズは旧リッセンバッハ家とフューリス男爵の領地の正確な場所に付いて確認した。王国戦士長に頼んで少し調べてもらえばすぐに確定出来るだろう。

 しかし支配者はこのとき、この居間に残された多くの書籍が並ぶ本棚に目が行く。

 

「メイベラ、その本棚か屋敷内に王国の“貴族全集”といったものは残っていなかったか?」

「……あっ、確か一冊あったはずです」

 

 主人の質問に三女のキャロルが答えた。本好きで二階と三階の掃除を担当することが多い彼女は、残っていた百冊ほどの本について表題と内容を大まかに把握していた。

 キャロルは元気一杯に、頼れる希望の主人へ説明する。

 

「子孫が絶えての断絶や幾つか新しい家の興りがありますけど、男爵以上はこの二百年でも大きく変化はありませんし、フューリス男爵家は古いので多少昔の資料でも大丈夫かと」

 

 小柄の彼女が壁際の棚から1冊の分厚い大きな本を両手に抱えて出してくる。重さは5キロ程有りそうに見える。

 王国内の准男爵や勲爵士(騎士)も含めると1万数千家にもなるので、その大きさと分厚さになっていた。准男爵は世襲、勲爵士は一代限りであるが、勲爵士も子孫がいれば『一人で鎧を付けれる』といった甘々な試験でほぼ再度叙任されている。

 一方で、平民からの叙任は――基本ない。

 王国戦士長ですら勲爵士ではないという事から、その身分の壁というか、腐った感がハッキリとしていた。

 キャロルは、持って来た貴族全集をアインズのソファー横の脇机に置くと、表紙を開きフューリス男爵を検索する。

 男爵だけでも1000家程はあったが、男爵家でフューリスの名は『ただ一つ』であった。

 彼の男爵家では二つの街と八つの村を含む平均を上回る7平方キロ程を領地として治めている。領地人口は約2800人。領内には一部砦仕様の屋敷があるだけで、城はない。私兵の数は50名程。お抱え騎士は5名。軍馬12頭保有等々。

 街も有る為、領地内からの税収はそれなりにありそうだが、上納金や屋敷他、道路に橋や水路、井戸等公共の設備維持費、給金や兵の装備等必要経費、そしてその他にも戦争関連等の臨時的な経費を除くと余剰金は殆ど無いと考える。

 恐らく一定の期間毎で領内の商家の財産を没収して不足分に補填しているはずだ。

 そんな中、あの舞踏会で確か金貨80枚を提示してきたが、絶対に馬鹿だろう。

 とは言えアインズとしては、別に男爵が自領内で何をしようと、領民の血税と言える金貨を情事に100枚無駄に使われようが全然構わない。

 ただ絶対的支配者としては、その勝手なくだらない事象に配下達を巻き込もうとしたり、また――既に巻き込まれた新配下のお願いなども判断基準や焦点となる。

 これでもう一人、いつ消えてもいい不快である『玩具』が確定した。

 

「フューリス男爵についてよく分かった。本に気付いてくれた事と、綺麗な声で読んでくれてありがとう、キャロル」

 

 彼女が内容を読み上げてくれたため、翻訳眼鏡(モノクル)を使わずに助かった。

 

「あ、いえ、お役に立ててよかったですっ」

 

 アインズの横で可愛く膝を突いて本を開いていたリッセンバッハの末妹は、『綺麗な声』と言われて頬を僅かに赤くし嬉しそうに笑顔で微笑む。

 

 この時時刻は8時半を回った辺り。先ほどから小雨が降り始めている様子。

 まだ3時間ほど時間がありそうに思えた。

 キャロルが棚へと本を戻しに行くのを横目に、アインズはリッセンバッハの姉妹へ今まで重要に考えていた事を尋ね始める。

 

「メイベラ達は――吟遊詩人(バード)の話を聞いたことがあるか?」

 

 メイベラとマーリンは顔を見合わせる。キャロルも姉らのもとへ戻ってきつつ首を捻った。

 その様子に、アインズは良く考えれば彼女達も田舎の領地から連れて来られて、間が余りないことに気が付く。だが、吟遊詩人(バード)達が地方を回る事もあるかもしれないと僅かに期待し、彼女らの主人はヒント的に例を出す。

 

「んー、そうだな例えば、英雄譚的な事とかだ」

 

 アインズは、プレイヤーの情報を吟遊詩人が歌っているような事はないだろうかとずっと考えていた。

 ここは王都である。最も情報が集まり易いはずと考えていたのだ。

 すると、本好きのキャロルが元気に尋ねてくる。

 

「吟遊詩人の話は直接聞いたことがないのですが、えーとぉ、例えば十三英雄とかですか?」

「十三英雄……? (確かその一人が『黒騎士』とかで四大暗黒剣を持っているとかだったような。『漆黒の剣』達から聞いた話にあったけど……でもこれを知ってるのはモモンだしなぁ。ここで、言わない方がいいかな)実は、私は王国から離れた所からやって来ているので、この地域の英雄譚には疎くてな」

「そうなのですかっ、では、宜しければこの部屋に物語の本があるのでお読みしましょうか?」

 

 キャロルは先程、アインズにその声を褒められ、ご主人さまの役に立てればと胸に手を当て『お任せを』と申し出た。

 アインズとしては、十三英雄がどんな連中かを具体的に知る事が出来るかもしれないと考える。時間も結構有った。

 

「うむ。では、キャロルに少しの時間、朗読を頼もうか」

「はい。今、本を取ってきますね」

 

 キャロルは、先程の貴族全集とは少し離れた違う棚から、手軽に持てる程度な一冊の白いハードカバーの本を持ってきた。

 タイトルは『十三英雄の活躍』。

 「では」と、キャロルの綺麗な声が部屋に流れ始める。しかし……。

 

「――人類は最高の存在である。その人類が亜種を淘汰し、全てを統べるのが自然の摂理と言えよう。その最たる者達が十三英雄である――。彼らは人類の絶対――」

「待て待て」

「え?」

 

 思わず、アインズは朗読を中断させた。

 キャロルが、折角良い所なのにと首を傾げる。

 アインズは一応尋ねた。

 

「その本は――どこの出版だ?」

 

 キャロルは本を裏返すと、少し日焼けしている白の背表紙を確認した。

 

「え? えっとですねー、“擦レ印(すれいん)聖典出版”ですね。古くから私達人類を称賛する本を多く出している王国でも老舗のところです」

「……そ、そうか……続けてくれ」

「はいっ。――彼らは人類の絶対的守護者――」

 

 どう考えても法国からの工作企業だと思うのだが、王国的には構わないのだろうか。

 まあいいかとアインズは朗読を聞き続ける。

 40分ごとに休憩を挟み、キャロルに朗読してもらった。

 そして、3時間程が経過する。結局100ページ程進んだところで時間一杯となった。

 途中でユリとツアレも居間へと来たが、1時間ほど前からユリとメイベラ、マーリンはベッドメイクで、居間を後にしている。

 確かに十三英雄の話なのだが、やたら途中の内容に『人類は最高の存在である。』が洗脳するかのように繰り返し書かれていた。

 ただ内容は、非常に興味深いものであった。

 明らかにプレイヤー要素を含む十三人の人間の、未知の存在に挑む“冒険者”達。

 リーダーが使う武器が、結構強力なものであった。

 死者使い、白金の鎧の戦士、巨人の戦士長、暗殺者、エルフの王族、黒騎士等が登場し、どうやってリーダーと仲間になっていったのかが今のところ、話の大筋になっている。

 

(仲間集めか……懐かしいなぁ)

 

 アインズは、ユグドラシル時代を思い出しつつ、物語に少し引き込まれる度に、『人類は最高の存在である。』で我に返されたがそれなりには楽しめた。

 最後の少し前に、ソリュシャンから耳打ちされたが、お迎えも待っている様子。

 

「――な音を聞き、リーダーは思わず振り向いた。しかし――」

「キャロル、ありがとう。時間だ。今日はここまでにしよう。またその綺麗な声で頼む」

「は、はいっ」

 

 ソファーから立ち上がったアインズは、しおりを挟み本を胸に抱えたキャロルの頭を優しく撫でてやる。

 メイド服を着たキャロルの小柄の可愛い身体が、僅かにピクリと震えた。

 

(な、なんて心地いい――撫でなのっ!?)

 

 既に居間の扉からアインズの出て行く姿が見えるも、キャロルは顔を真っ赤にして立ちつくしてしまう。

 そんな末妹も、同じ経験のあるツアレに「はいはい、行きましょうね」と背中を押されて、一階の玄関フロアまで移動した。

 アインズを初め一同が揃う中で小さく門のベルが鳴る。

 玄関を開けると、暗闇の中の鉄柵沿いにランプの灯る馬車が見えていた。

 

「知り合いだから御者を招いてこい」

 

 アインズから、そう命じられメイベラが連れて来たのは、リットン伯から送られてきた黒服の男ゴドウであった。

 彼と目が合い、ツアレは僅かに身構えた。その事にリッセンバッハ姉妹は何か嫌なモノを感じ、戻って来たメイベラがツアレの前へと立つ形で、妹達がツアレに寄り添い守ってあげる。

 

「1週間ぶりでございます、ゴウン様。今宵は指定の場所への送迎に上がりました」

 

 そんなゴドウと会話を交わし、アインズは「では、しっかりと送迎をお願いしましょうか」とその申し出を受けた。

 ゴドウが門の外まで馬車を取りに戻る間に、アインズが屋敷へ居残るユリの前に立つ。

 巨躯で漆黒のローブ姿をしたアインズに対し、ナザリックの女子で身長が最も高い眼鏡美人のユリが並ぶと『主とメイド』という構図で絵になった。

 支配者は、この屋敷に到着してからこの時間まで、晩餐の間もずっと裏方を仕切ってくれていた事へ労いの言葉を掛ける。

 

「屋敷に入って以後、快適であった。夕食も良く出来ていたな、ありがとうユリ。この後も、ここの留守を頼むぞ」

 

 そう言って、ユリの綺麗な夜会巻の髪に掛からないよう、前頭側を優しく撫でる。さらに。

 

「うむ。もう、いつでも嫁に行けるな。あぁ、でもそうなったら私が困るか」

 

 アインズからのご褒美の撫でと、この言葉に肌の真っ白なユリは、顔だけでなく耳やチョークのある美しい(うなじ)まで真っ赤になる。

 

(やだぁ……アインズ様、皆の前なのに。ボクも困っちゃう……)

 

 満更でもない。

 眼鏡越しの上目遣いで見上げる御方と地面とを視線が往復する。

 やはり、敬愛する至高の御方に認められることがユリは嬉しい。

 居なくなったら困るとまで言われたのだ。なので。

 

(ボクは傍に居なくちゃならないんだ――盾以外としてもっ)

 

 そう胸に誓う、心はドキドキするも動死体として鼓動はドキドキしない、眼鏡美人の首無し騎士(デュラハン)であった。

 

 玄関へと横付けされた馬車に乗り込んだアインズとルベド、シズ、ソリュシャンの4名は深夜会合の場へと屋敷を後にする。

 先程屋敷で、朗読の前のリッセンバッハ三姉妹とのやり取りの間、絶対的支配者で至高の御方であるアインズは、実は―――一瞬斜め後方から差し貫くように鋭い視線の凄まじいプレッシャーを感じていた……。

 そして今、その視線をくれた馬車の向かい座席に座る天使と正面で目線が交わる。

 彼女はニコニコと改めてここで言葉をくれる。

 

「私は、(同志)アインズ様をずっと信じているから――――」

 

 裏切りなど許さないということだろうか?

 これは――ナザリックに対する、最高の脅し文句にも思える。

 彼女の笑顔と「くふふふ」という某可愛い声が思考の中でクロスする。

 

(やはり、アルベドの妹なのですね)

 

 アインズの頭には、最終日に置き土産を残していったタブラさんの姿が浮かんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ニニャ、邪魔される……

 

 

 (シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』のメンバーは、竜軍団討伐の為、順調に王都への遠征の道を進んでいた。

 彼等は予定通り、エ・ランテル冒険者組合王都遠征隊を率いる組合長で、灰色の軍馬に騎乗するオリハルコン級冒険者のアインザックらと行動を合わせている。

 『漆黒の剣』のメンバーらは、王都までを徒歩により5日間で踏破の予定だ。一日の移動距離は60キロになるが問題はない。また結局、多くのチームがこのペースに合わせて行軍するようだ。

 『漆黒の剣』はリーダーのペテル・モークを先頭に、ルクルット・ボルブ、ニニャ、ダイン・ウッドワンダーのいつもの慣れた順番で街道を行く。

 この四人でチームを組んで既に2年近くが立とうとしている。

 ニニャにとっては、姉、師匠、そして彼氏であるモモンと並ぶ凄く信用出来る仲間達だ。

 もし戦いの最中、庇った事で自らの命を落としても悔いがないほどに。

 それはもう家族と言ってもいい。

 

 だから――伝えなければならない事実があるのだ。

 

(先延ばしはしない。出発初日の今夜、みんなに秘密を告げよう――)

 

 ニニャは、決めた事はやる子である。

 

 

 

 だが、邪魔する者は存在するのだ。

 

 

 

 『あぁ? 俺達と酒が飲めねぇってのか?』――そんな台詞によって。

 

 遠征初日、日が沈む前に『漆黒の剣』は旅費を倹約するため、初めから野宿を選択していた。

 白金(プラチナ)級以上の上級冒険者チームらや(ゴールド)級冒険者チームの多くはこの先の街で宿に入ったようだ。

 この時、遠征に同行する(シルバー)級冒険者チームの多くが、『漆黒の剣』と同じように街の手前や近隣の野外で寝る場所を見つけていた。

 『漆黒の剣』以外のチームでは、お金に余裕のあるチームも有るはずなのだが、実はこの先の街には宿屋が少なかったのだ。なので下位チームの多くが上位の冒険者チームに譲る形でこの街道脇の草原に残っていた。

 ただ、その中に何故かあのチームが居たのだ……。

 

 冒険者チーム『クラルグラ』

 

 ベテランのミスリル級冒険者イグヴァルジが率いる4人組の、エ・ランテルではエース格のチームである。

 彼等が突如夕方に、今日は野営チームを集めて宴会をすると言い出したのだ。

 ミスリル級冒険者の掛け声に、参加しないわけにはいかない……。

 

 実はニニャは、ペテル達3人へ昼食の時に、前振りをしていた。

 

「今晩なんだけど、夕食の後にちょっと聞いて欲しい話があるんだけどー」

「分かりました」

「なんだよー、いいぜー」

「分かったである!」

 

 なのでペテルがそれを少し考慮して、イグヴァルジら4名が誘いに来た時に「急ということも有りますし、少し遅れるかも知れませんが……」と条件を付けるような応対をしてしまう。

 すると首を傾けて、イグヴァルジがこう凄んできた。

 

「なんだ、遅れるだと。あぁ? 俺達と酒が飲めねぇってのか?」

「い、いえ、そんなことは」

 

 この時、ニニャが小銭袋を振って、笑顔で親指を立てて叫ぶ。

 

「ペテル、お金ならまだ足りるよ、大丈夫っ」

 

 彼女は自分の所為でこじれかけた話を上手く方向修正する。

 イグヴァルジが、ニニャの分かり易い行動の意味を理解する。

 

「ああ、なんだ金のことか。心配するな、大半は俺達が出してやるよ。それなら大丈夫だろ?」

「あ、はい」

「じゃあ、すぐ来いよー」

 

 そう言って、イグヴァルジは右手を軽く上げ手を振りながら背を向け、仲間達と次のチームの所へ向かって行った。

 

「うはー、あぶねーぞ、ペテルっ」

「悪い。判断を間違えてしまいました。ニニャ、明日でいいかな」

「うん。ペテルは悪くないよ。みんな、わたしの所為でごめん」

「と、とりあえず、良かったである!」

 

 「ふー」とみんなで一息つく。

 銀級チーム程度でミスリル級冒険者チームに睨まれるのは、かなり厳しいのだ。

 だが、そのうちにみんなでこの失敗をくくっと笑い出す。

 

「くくくっ。いやー、それにしてもペテルのあの焦った顔は」

「それを、言わないでください。でも、ルクルット。あなただって、口開けて固まっていましたよ。ははっ」

「アレはマジで焦るだろ。ニニャ、グッジョブ!」

「わははははっ、平和が一番であるな!」

「あははっ(今日は無理になっちゃったけど、明日は必ず――)」

 

 ペテル達『漆黒の剣』の4人は肩を組み、背中を軽く叩きあいながら、仲良く宴会場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. で、どうなった? 深夜会議

 

 

 『八本指』が誇る警備部門の拠点の一つであるこの地下屋敷は、15名をゴウン屋敷へ送り出しながらも、まだ60名程の警備の者達を残していた。

 しかしその警備の者達は、アインズ達のいた会議室の21名を除いて、本当にユリ一人によって不幸にも短時間で全員戦闘不能にされていた……。

 それをゼロは、扉の壊れて無くなった出入り口付近で、淡々とこの会議室に残っていた警備の者らを使い順次確認、即対応指示で処理する。

 

「向こう側は見事に全滅か?」

「はいっ、息はありますが」

「……取り敢えず今はお前ら8名でホールを固めろ、そっちの4名は荷馬車で出て、乗り捨てられた地点へ向かい負傷者を回収してこい。残り4名はその辺に転がってるやつの治療対応だ」

「「「「はい、ボス!」」」」

 

 会議も再開するため、並行して5名がすでに大机を急ぎ並べ直していた。

 並べ終ると、2名だけここへ警備・伝令として残し、更に3名を地下屋敷の治療対応へと回す。

 そんな様子にルベドやユリらを横に従えるアインズが、近くで感想を語る。

 

「意外と冷静なんだな? ……そういえば、まだ名前を聞いていなかったか」

「……俺はゼロという。これでも組織では警備部門の責任者だからな。――机は並べた。奥へ座ったらどうだ?」

 

 意外にあっさりと、ゼロは奥の上座位置の席を譲る。

 まるで先程、両手を震わせて一旦膝をついたが、30秒程でぽつりと「……負けたか」と呟くと、すっくと立ち上がりサバサバと後処理を始めたかのように。

 

「いいのか?」

「ふっ、いいのかも無いだろう。指示してくれるんだろ? 今回は勝つためにやる。あれだけ強いんだ、俺に文句はねぇし、組織の者にも言わせねぇよ」

 

 ゼロにも組織で一番というプライドがあるのだろう。

 アインズが、周囲へ目を向けると他の5人の『六腕』が集う中で優男が代表してどうぞという手の動きで勧めてきた。

 勿論他の二つの一派にも異を唱える者はいない。

 あの『六腕』らが何も出来ず一方的に敗れたが、組織としても誰も責められない。

 それほどゴウン一行が圧倒的過ぎた……組織ごと潰される水準だと理解したのだ。

 これで協力しない方が責任を問われる行為であると。

 

 そうして、間もなく全員が会議の席に着く。

 奥をアインズ達、その左側に『六腕』達6名。右側に全身黒服に紺のローブを纏う背の高い男が率いる8名の者達が座った。

 最後にアインズ達の向かい側……扉の無い入口側に近い席へ、金色長髪で騎士風の装備に銀マスクを付ける紺のマントの男が率いる冒険者崩れ風の7名が座った。

 まずアインズが、提案する。

 

「会議を始める前にまず、其々どういう集団で、どんなメンバーなのか自己紹介からしてもらう。最初は、我々から。私はアインズ・ウール・ゴウンだ。我々は旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一行である。右に座るのが、ルベド、ユリ、シズ、ソリュシャンだ」

 

 支配者からの紹介の為、ルベド達は一応会釈する。

 しかし周りの一同は、相変わらず絶世の美女ばかりなのが信じられないという表情を浮かべて静まり返っていた。

 アインズが進行させるために次へ振る。

 

「じゃあ、次はゼロのところだ」

「ぉ、おう。俺はゼロ。〝八本指〟警備部門の責任者だ。俺達は“六腕”を名乗っている。右からマルムヴィスト、エドストレーム、デイバーノック、ペシュリアン、サキュロントだ」

 

 その後、右側の全身黒服に紺のローブを纏う男が、『暗殺部門』の長だと告げてきた。そして並ぶ者達も、暗殺において歴戦の精鋭達8名だと。

 正面の連中は密輸部門からの応援で最強の護衛部隊だという。確かに運ぶために秘境を通る場合もある為、元冒険者達の精鋭というわけだ。

 こうして集まった上位戦力ということだが、ソリュシャンの見立てでは、平均で唯一Lv.30を超えている『六腕』が一番マシだと後で聞いた。

 他2つは平均でLv.20台前半であった。

 自己紹介に一応満足したアインズは、本題に入る。

 

「さて今回だが、竜軍団そのものを撤退させないと後が無いのは確かだ」

「そうだが……()()()()()は策でもあるのか?」

 

 ゼロが一番気になるところを聞いてくる。

 ちなみにゼロが人に敬称を付けるのは、これまで組織のまとめ役(ボス)だけであった。

 なので、僅かにザワついたが、ゼロがスッと視線を流し睨むと皆即押し黙った。

 

 さて、実際に力を見せた事で、裏社会の上位戦力を抑え付ける事に成功したアインズであったが、それにより難しくなった部分も出てくる。

 力を持っている事実が広がる事で、時間稼ぎがしにくくなるという事だ。

 より大きな戦力が、早期に前線へ投入されるのは戦いの常道と言える。

 それゆえに、アインズがここで打つべき手は二つであった――。

 

「その前に、一つ先に聞かせてくれ。お前達の描く最高の結末は――なんだ?」

「最高の……結末……」

 

 ゼロが自分へ問うように呟く。

 これだけ集まっているが、ゼロに先んじて意見出来る者は限られていた。

 その中の一人、暗殺部門長の男が口を開いた。

 

「当然、(ドラゴン)を多く倒しての竜軍団の撤退だろう? そうすれば報奨金も得られるしな。竜王は無理かもしれんが、百竜長でも金貨で3000枚は下るまい」

「そうよね、悪くない話よね」

 

 薄布で顔を隠すエドストレームが暗殺部門長の意見へ相槌を討つ。『六腕』のメンバーも普段からある程度はゼロへ意見出来た。ちなみに彼女は、とある目的に莫大な金が必要だったことが『六腕』入りの理由となっている。現在も警備部門とゼロにはかなりの借金がある。身体を売らずに仕事だけで返済し続けている苦労人だ。

 その足しにしたいという思いの発言である。

 

「俺は、やっぱり――」

「サキュロント、今日、おめぇは黙ってろ」

「――ぁ。へ、へぃ……」

 

 サキュロントの発言はゼロに止められた。罰なのか今日の発言権は無い様子。

 その直後、優男のマルムヴィストが、具体的だと思う事を口にする。

 

「蒼の薔薇と朱の雫が竜達に殺されていなくなってくれれば、仕事は楽になりそうだね」

 

 漸く真意に気が付いたゼロの目が、仮面のアインズを見る。

 アインズはひとつ頷き答えた。

 

「そういった話だ。結果的に竜達が引き起こす暴力を、今後の自分達へ有利にした展開に持っていく。この場はそういう会議なのだ」

 

 

「「「(なんという強大な悪党)――――っ!!」」」

 

 

 多くの者が衝撃を受けている様子。

 これの意味するのは、大戦に便乗して今回の依頼者でもある反国王派を含む、本来犯罪組織を取り締まる側の六大貴族達や王家の力をも削ぐという話にもなってくる。

 それが、戦後の八本指に有利に働く理想の展開に繋がっていくのだと。

 だが、アインズの思惑は更に深い。

 

(そんな形で誘導するのは面倒だけど、仕方ないかな。とりあえず一つ目の手は良い感触だ。悪党は利に敏いからなぁ)

 

 この直後から、ああだこうだと、八本指の未来にプラスになると考えられる結末が自然に語られ貯まっていく。

 そうしてまとめ上げ、それが結局、冒険者や王国の戦力を削る感じで時間を掛けるものにアインズが誘導し持っていく――。

 アインズは営業スキルも駆使して、1時間ほどでサクッと討議を纏めた。

 それには、二つ目の手も当然織り込んでいる。

 

「じゃあ、こういう事でいいな。お前達は、今日“私の実力は見ておらず”、竜に対する作戦立案は――難航していると」

「ああ、それでいいと思うぜ、ゴウンさんよ。俺達は今日、争い無く仲良く集まって話をしただけだ。それでいいよな? 暗殺部門長」

 

 警備部門長の確認に、暗殺部門長もしっかりと頷く。

 

「ああ、異議なしだ。死者なんていないしな。そうだよな、密輸部門の者らよ」

 

 それは、これを守れぬ者は八本指の警備部門と暗殺部門が相手をするという事。

 

「も、勿論。我々は、討議を尽くしたが、纏まらなかったな。これは、時間が掛かりそうだー」

 

 最後にいささか棒読みも入るが、密輸部門の最強の護衛部隊も少し額に汗を滲ませつつ、そう返すのみである。

 

 

 

 そうして、反国王派側に協力する上位戦力らが集まったはずの初会合は、対外的に見ると――不調に終わったのである。

 

 

 




補足)帝国情報局の情報網
王国に侵攻した総勢300体の竜軍団の話を伝えるため、王都から密偵が帝国へ移動中だが、まだ5日しか経っておらず、第一報にあと数日掛かる。



解説)フューリス男爵
実は、舞踏会の回、22話を公開した当初(昨年11月)は名前が『フィリップ男爵』でした(笑)
10巻発売で混乱すると思い30話公開時に22話と26話での名前を変更しています。
しかし、フィリップというのはろくでなしばかりなのか……。



補足・捏造)爵位と領地の広さ
西洋では男爵領を持つ領主を男爵と言い、昔から広大な所領をもっている土豪を差す。
また子爵は、上位領主より派遣された者がその地に根づいた家。侯爵、伯爵は、国王や上位領主から叙勲された家と言う感じ。公爵は王族系で、子爵は凄く少ないみたいですね。
このことから、男爵の方が地位は低くとも広い土地と実力を持っている事も起こる。
あと、准男爵と勲爵士(騎士)は貴族では無く平民で領地を持っていない。
准男爵位は地主(豪商や豪農みたいなもの)からの金集めの目的で創設。
勲爵士は、戦士、剣士に与えられた名誉称号。だから地位に対しての俸給はない。

これを本作では、国王>侯爵>伯爵>子爵>男爵と概ね爵位の高い方が広い土地を持っていると設定してます。これらは王国建国時前後に固まったまま。なので今は全部が土豪みたいなものです。
そして、准男爵と勲爵士(騎士)についても準貴族的に考え、平民とは異なる地位としてます。准男爵は男爵家以上に与力(寄生)し少し土地を持っていたり、給金制だったりです。
王国に少数しかいない騎士は、仕える家から給金を貰ってる感じですね。
日本的な大大名、大名、小名辺りまでが男爵以上で、それ以下の准男爵と勲爵士が上級武士、中級武士のような雰囲気です。
戦士、剣士は平民水準な下級武士辺りかな。
国王派、反国王派が、譜代と外様のような関係に近そうです。
あと冒険者のアダマンタイト級だけは敬意と発言権が別格みたいですね。子爵級ぐらいの待遇はありそう。
一方オリハルコン級では、普通は勲爵士級扱いか良くても准男爵の扱い止まりで。



考察・補足・捏造)プレアデスの姉妹の順番・呼び方
本作では現状、ギリシャ文字順としています。
それはアニメの1話で、その順に並んでいた事でそう解釈しています。
主がいる場所では、並び順で上下関係がはっきりしていると思ったので…。

一方、書籍版では1-029で『六人のメイド』としか記載がなく順番は不明。
1-030にて髪型でシニョン、ポニーテール、ストレート、三つ編み、ロールヘア、夜会巻きの順で記述有り。
この時の列の並び順の可能性は残るが、単に髪型をランダムで読み上げた感が強い。

また、限定閲覧の某「プレイアデスな日」で、
ギリシャ文字順ではない具体的な姉妹構成が書かれています。
書籍版1巻から明記されていない事項であり、その順になるかも。
ただ、冒頭の原作者様コメで「プレイアデスな日」は今後修正も有り得るとの記述もみられ、現時点で決定項ではない模様。

あと姉妹内での呼び方……。
本作で、ソリュシャンは姉達に対し「姉様」を付けています。
(姉さん→姉様へ修正)

原作では基本的に呼び捨てですね。
ルプ―とシズがユリに対して、「ユリ姉」
それ以外は「ユリ姉様」
ルプ―だけが、「ナーちゃん」「ソーちゃん」「エンちゃん」「シズちゃん、かっけー(プレプレ7話)」

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