オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~ 作:SUIKAN
「……何という事だ。これは法国として憂慮すべき非常事態である!」
白き石造りの巨大で荘厳な、スレイン法国神都の中央大神殿内で再び響く声。
緊張した表情を浮かべる最高神官長は、先日とよく似た文句を自室で立ち尽くし叫んでいた。
それは、漆黒聖典の上司である神官長より伝えられた、寝耳に水という脅威であった。
報告された内容は、エ・ランテルの秘密支部を7日程前に出た情報。報告に出た騎兵は裏道を進んだ際、不運にもアクシデントで馬ごと倒れてしまうも、なんとか自力で伝えてきたため大幅に遅れて届いたものだ。
内容はつまり……。
「エ・ランテル南部の山岳北側の森林近くで"巨盾万壁"らが――難度200を超える吸血鬼に出会っていただと?! 法国のすぐ近くに人外の大きい脅威が……この半月で一体何が起こっているのだっ」
謎の高位魔法詠唱者に竜王といい、この立て続けでの人類を揺さぶるような存在達が登場する状況に、さすがの最高神官長も震える。
また今は、謎の魔法詠唱者の脅威が近隣からとりあえず去ったと思い、一昨日に漆黒聖典の全員を煉獄の竜王の率いる竜軍団討伐へ出撃させたところである。
ただ、常の守りとして『番外席次』を残していたのが救いだ。あの者さえいれば何とかなる。
幸い報告された吸血鬼は1体のみ。十分対応可能といえる。
「神都内の警戒状況は万全であるな?」
「はい。現在、人員を平時の3倍へ増員し、24時間体制にしています。吸血鬼が確認され次第、"番外席次"を討伐に当たらせます。しかし……昨今、そのような吸血鬼の存在は聞いたことがありませんな」
「うむ。この地で新しく生まれし存在という線もあるが、もしかすると例の
「おぉ、なるほど……それなら、話が繋がりますな」
水の神官長は、未来に光射す話で僅かに口許が笑む。
最高神官長も内心、そうあって欲しいという願望が膨らむ。いやきっとそうなのだと。
「とにかく今は、気を緩めず事に当たろう」
「はい」
二人の思考では、『その恐るべき吸血鬼が、実は例のゴウンを名乗る仁徳者である魔法詠唱者の配下』という最悪のシナリオへは到達出来なかった……。
ナザリック地下大墳墓の第九階層、玉座の間。
壇上の威厳ある玉座へと静かに目を向け、アインズの着席する凛々しい雄姿を熱く妄想しつつ、アルベドはふと思い出す。先日、その至高の御方よりお願いされていた調査があった事を。
一度問題ないとの報告を受けていたが、その続きや最終的な結果の報告をまだ聞いていなかったのだ。
彼女は一旦、玉座の間より出て怪人の使用人を見つけると、すぐにセバスを玉座の間へと呼び寄せ尋ねる。
「セバス、例の馬車追跡の件、その後どうなっています?」
「はっ、その報告はまだ上がってきておりません。責任者へ直接聞かれては」
守護者統括の彼女は「……そうね。セバスはもういいから、代わりに"あの者"をここへ」と、責任者を呼び出した。
イワトビペンギンの姿に黒ネクタイのみを締めたエクレア・エクレール・エイクレアーが怪人の使用人に担がれ、統合管制室責任者としてこの場へと現れる。
アルベドは、内心で「設定とはいえ、この反逆志望者め」と本気で思いながらも、目の前の者はアインズに重用されている事から無表情で尋ねる。
「エクレア。頼んでおいた、スレイン法国の馬車追跡調査はどうなっているのですか?」
「ああ、それですか」
なんとも呑気といえる回答だ。絶対的支配者であられるアインズ様による至高の依頼なのだ。完了するまでは死ぬ気で取り組むべき事項である。
返答次第では、怠慢により懲罰を御方へ進言しようとすら考えているアルベドであった。
だが対するエクレアは、どこ吹く風という感じで続けて答える。
「現在も一応まだ鋭意追跡中でありますが。目標の馬車は馬を変えて走り続けておりますので」
その結果はまだ出ていないという報告であった。これでは、流石に糾弾するほどの材料にはならない。
「……そう。分かりました、お下がりなさい」
アルベドの中では不穏分子筆頭のエクレアであるが、曲がりなりにも至高の41人の餡ころもっちもちにより作成されたNPC。それ故、正当である理由なくして排除は出来ない。その気になればシモベ達へ上位命令も出せて危険な者であっても。
とはいえ、追跡監視責任者はここで、例の馬車の一行が竜王に遭遇して竜軍団を追跡し、大都市エ・アセナルの傍まで行き、何故かリ・ボウロロールの建物へ寄ってその庭に伝文が大きく書かれた板が敷かれた事や、その馬車が再び東へ引き返し始めた一連の事実を守護者統括へ伝えても良かった気がする……。
エクレアが玉座の間を怪人の使用人に担がれて退出すると、アルベドは神へ祈るように胸の前で手を組み、玉座へ向かい溢れ出る想いを投げ掛けるように告げる。
「あぁ、アインズ様。このナザリックは今日も、わたくしが妻として守っておりますからご安心をっ」
大都市エ・ランテルで、竜軍団進攻に対する冒険者の決起的集会があった翌日昼頃。
木立が所々有り、深い雑草の茂る平原に一本伸びた細めの道を今、馬二頭立てでカルネ村に向かう荷台へ一杯荷物の積まれた一台の馬車があった。
その御者席には、若き優秀な薬師のンフィーレア・バレアレと
「雨じゃなくて良かったわ」
「そうですね。草が多いこの道でも、場所によっては雨だと泥に車輪を取られちゃうので」
時折そんな、たわいも無い話をする二人。
そして、上空を〈
あと、不可視化しているがパンドラズ・アクターも〈
だが一行の数は、当初の予定よりも1名と1体少ない。
この日、大都市エ・ランテルを出発する予定の朝8時半前に、モモンとマーベロが第二城壁内に建つ『バレアレ薬品店』を内包する中流家庭規模で建つバレアレ家の前まで行くと、二つほど予定変更が起こっていた。
一つ目はその場で知ったが、ンフィーレアの祖母、リィジー・バレアレが後方支援系生産者として、このエ・ランテルへ残ると言うのである。
「今はとんでもない非常時だからね、そう思うようにはいかないのが人生さね」
彼女は、まさに経験が皺へと刻まれた貫録の有る表情で不敵にニヤリと笑っていた。
モモンも王国の国家総動員的な非常事態を受けて、こういった状況もある程度想定しており、目的の人物であるンフィーレアがカルネ村へ来るのであれば異存はない。
リィジーは既に、昨日の夕方中にエ・ランテル魔術師組合長のラケシルへ「生産拠点を増やす」という名目で話を通しており、ンフィーレアの移住を認める書簡まで貰ってきていた。
ブリタも、
こういった確認を取っておくことは、一人前の社会人としても、命掛けの仕事で信用が重要な組合に所属する者としても当然である。
門で止められてゴタゴタするなど、目先の利かない手際が悪い奴がする事なのだ。
今回の竜軍団遠征に関しては、逃げ出せば各都市のギルドへ通達され、少なくとも王国内で冒険者活動が二度と出来なくなる重たい罰則も組合では用意されている。さらにそれ以外も状況次第では、罰金に懲罰も辞さないという。
どうやら冒険者他、各組合へ都市上層部からの大きい圧力があるらしい。
二つ目の変更は、ンフィーレアに付けていたカルネ村警護の
過剰気味の戦力投入であるが、ルベドに関する世界平和への恩恵に対し
モモンらがこの場へ着くと同時に、ニニャの顔を知るパンドラズ・アクターが
そんな状況であったが、時間通りの出発である。
「モモンさん達、孫をよろしくお願いします」
「ええ、任せてください」
リィジーは、モモンとマーベロらへ向かい頭を一つ下げる。
先日のカルネ村への護衛や盗賊団討伐の話は聞いていたが、初めて会う冒険者であった。一流と言われる人生を歩んできた彼女は――一目見て、モモンとマーベロの自然体で落ち着いた雰囲気に二人が只者ではない事を感じ取っていた。
「じゃあ、おばあちゃん、行くよ」
声を掛けられた祖母は表情を戻すと、御者席へ座る大切で可愛い孫を笑顔で送り出す。
「ンフィーレア、しっかりおやり」
よく考えれば、男の子の人生の旅立ちという状況である。だが、リィジーは心配していない。ここ数年で孫は、大人として大抵のことが一通り自分で出来るようになっていた。それは家事についてもだ。
「偶には手紙ぐらい寄越すんだよ」
「うん、手紙書くから」
祖母の言葉に頷くと、ンフィーレアは手綱を操り荷馬車を進める。馬車は進み、間もなく通りを左折する
ンフィーレアにはその際、リィジーの姿がいつもより心なしか少し小さく見えた。
『漆黒』のモモンらを護衛に付けたンフィーレアとブリタの引越一行は、門の通過から今のところ何も問題なく順調に進んで昼時を迎えている。
ブリタの荷物は大きめの鞄2つ程。冒険者は基本、普段から身軽である為、装備一式と着替え程度の荷物だ。
彼女はカルネ村へ移っても鍛錬を続け、戦士スタイルの生活を変える気はない。
狩猟や、村人の森への護衛の他、体力には自信があるので、手伝いの傍らで農業も身に付けれればと考えている。
それは慎ましくも、自分の力で切り開く生活である。
(モモンさんから見られても、恥ずかしくない生き方をしなくちゃ)
笑顔のブリタはさり気なく景色を見る風に、後方のモモンへと目を向けていた。
戦士としての誇りは守っていきたいのだ。想いを寄せる漆黒の戦士の隣へいつも堂々と立てるように――。
少しずつ目的地へと近付くンフィーレアは、楽しくもあり悲しくもある。
大好きな明るいエンリの隣に住めるという、村での新しい生活。しかし、同時に彼女は他の男の女という状況からのスタート……。
果たしてあの偉大である魔法詠唱者から、奪われたエンリの心と身体を取り戻せるのか。
でも、自分の足で踏み込まなければ、現状を何も変える事など出来ないのだ。
それは、『自分の力で手に入れることに価値が有るのではないのか』と、あの人の言った通りだと。
(エンリ、僕は五十年掛っても絶対に諦めないからねっ。とにかく活躍してまず、エンリからお祝いのほっぺにチューが目標だっ。……でもエンリが子供を生んでくれるうちに何とか結婚したいなぁ。うーん、せめて子供だけでも先になんとか……)
若き少年は、荷馬車の手綱を握りつつ、ささやかな想いの裏に、結構先走った願望満載で生々しいことを考えていた――。
マーベロことマーレは、上空からンフィーレアを
彼女は、モモンガ様と共に有る事が大きな喜びである。
(モモンガ様と今日もご一緒だ~っ)
今はまさに十分幸せと言える。
姉のアウラには時々「代わりなさいよ」と言われ、アルベドからは偶に威嚇的で獰猛な目を向けられ、シャルティアに時折弄られていても、この冒険者パートナーの立ち位置を譲る気は無い。
その内に宿で、こっそり閨へと誘って頂けるのを、彼女は気長に熱く静かに待っている――。
一方、後方に追随するパンドラズ・アクターは、最近今一つ納得していない事が有った。
それは、造物主様御自ら設定して頂いたはずの敬礼を含めた至高のポーズ類及び台詞集が、以前から披露する度に止められ続けているのは――何故だと。
彼は、最高といえるタイミングと形でポーズや台詞を、バッチリと披露しているはずなのだ。
パンドラズ・アクターはじっくり考えた。
そして彼の完璧に高い忠誠心は、一つの絶対的なる結論に到達する。
(――これはきっと、他の者達には高尚過ぎてすべて理解出来ないからだっ。造物主様の、それが可哀想だからという『慈悲深き御配慮』なのであろう! やむを得ません。
パンドラズ・アクターは、ひとまず自己完結で納得する。
これ以後、他者の居る場で彼は、ポーズ等について
そして、〈
アインズは昨夜、『漆黒の剣』のメンバーやブリタ達との夕食の宴を終え、夜遅めに宿屋へ戻るとすぐ、明日向かう予定のカルネ村へ単身で移動しキョウやエンリへ、ンフィーレアの引越に関し通告に向かっている。
旦那様の夜の訪問にエンリは内心喜ぶも、ぬか喜びに終わる。主は説明後、間もなくその足で次の場所へと行ってしまったから。
そうして、アインズは王城へとやって来る。明日はンフィーレアの引越で、冒険者モモンとして行動する為、王城をまた不在にする事を伝え予定や現状を再確認するためだ。
既に部屋の灯りは消され、ツアレは隣室の使用人部屋にて就寝中の時間。
この部屋には、ツアレ以外のルベド、ユリ、ナーベラル、シズ、ソリュシャンが集まり、支配者は出迎えられていた。
定時連絡は採用していないため、異常がなければ〈
「特に問題はなかったか?」
「はい。アインズ様がエ・ランテルへ行かれた後、今日は午後に中庭を小一時間散策しただけで、特に変わった事はございません」
異常が無かった事を肯定してユリは答える。
流石に、丸1日部屋の中というのはマズイだろうと、お茶の後に少し城内を回る事を主はナーベラルらへ指示していた。
こういう世間体の面を考えれば、あの貰った王都内の屋敷へ移った方が、面倒は少ないかもしれない。とはいえ、王城の方が情報を得易い利点は大きく、有効に使いたい。
ソリュシャンだけ不可視化で潜り込ませる手も有りだが、何と言っても姉妹の揃っている方が某天使様は喜ぶのである……。
すなわち、今はこれがベストという結論だ。
また、ナーベラルもアインズの身代わり姿で頑張っている様子。
ユリより、今日も廊下等ですれ違った人間達からの挨拶に、アインズとして『会釈を返す』など下等動物に対して奮闘したという話を聞く。
「ナーベラルよ、我慢させているか」
「い、いえ。この程度の事、アインズ様の御為とあらば、造作もありません」
凛々しく答える表情も美しいナーベラルだが、非常に人間を蔑んで嫌っており、本当はギリギリである。自分に関してであれば、任務と言えどもナザリックと縁のない人間になど、1ミリも頭を下げたくない。心情的には、死んでも下げたくないのだ。
しかし、今回はアインズの代役としての名誉ある使命であり訳が違う。これは『御方の盾となって死ぬ事に匹敵する仕事』と彼女は位置付け、普段我慢出来ない所を凄まじく我慢していた。
(アインズ様の御ため、アインズ様の御ため、アインズ様の御ため――)
念仏の様に心の中で繰り返されるこの言葉で、拒絶する精神を抑え込み、敬愛する御方の身代わりとして、まさに自らを殺し任務へ当たっている。
これには、先日の晩餐会での失態を取り戻す意味もあった。
アインズは、その頑張るナーベラルへ歩み寄ると――卵顔の頭を優しく撫でてやる。
「良く頑張っているな。明日も頼むぞ」
相変わらず彼女の黒髪はキューティクルが最高なのかサラッサラである。撫でる方も気持ちが良い。
メイド服姿のナーベラルは、敬愛する絶対的支配者からの優しいナデナデに、白い肌の頬から耳までを真っ赤へと変えて受けていた。
「あっ、アインズ様……はぃ……こ、この命に……代えましても」
何と素晴らしい夢心地であろうか。デレデレでいつもの凛とした声が出ない程だ。
耐えて下等生物どもに会釈した甲斐があったという思いで、気持ちは満ちる。
周りのルベドやシズ達は、文字通り指をくわえて物欲しそうにそれを見ていた……。
その後、アインズはソファーへ座り、二つ三つ状況を確認しつつ暫く寛いだあと、不在となる翌日の行動についてユリ達へと指示する。
「そうだな……お前達は昼のお茶の後にでも、馬車で王都内を探索がてら三時間ほど回ってみるのがいいか。それなら、その間はナーベラルも外の者と接触することはあるまい」
「はい。ではそのようにいたします」
「それ以外の時間は皆、部屋で大人しく過ごしていてくれ」
「「「畏まりました」」」
「……了解」
「分かった」
其々からの返事を聞いて安心すると、アインズはエ・ランテルの宿へと移動した。
そして、日が昇り、仕事でカルネ村へ向かって出発した午前中は何も無い平和な時間である――はずであった。
『アインズ様、ソリュシャンでございます。王城にて困ったことが起こりそうで、恐れながら指示をお願いしたいのですが』
そう〈伝言〉で知らせてきたのは、午前11時過ぎだ。
恐らく盗聴により何か掴んだのだろうと、アインズは続きを要求する。
「分かった。状況を説明しろ」
『はい。実は先程、大臣と大臣補佐の会話にて、本日このあと午後0時半から急遽――国王と大貴族達の参加する竜軍団に関しての緊急対策会議が開かれることを掴みました。どうやらアインズ様も参加メンバーに入っておられるようで……王国戦士長殿が間もなく迎えに来られます』
「えっ……(明日じゃないのかよっ)」
僅かに支配者は呆然とする。
先日からアインズも、緊急対策会議が近日開かれるとは聞いていた。例の大臣署名入りの出席依頼書にもそう記されている。
ただ、『いつ』とは明記されておらず成り行きの様子で、重要である会議にも拘らず国状を示すように温い予定であったのだ。そして昨日の夜の段階ではまだ、自領へ向かった大貴族達全員の動向が全く確認されておらず、てっきり今日は揃わず開かれないだろうとアインズは考えていた。
この会議には、ガゼフ・ストロノーフと共に出席すると告げてしまっている。
ここは入れ替わるべきか――。
アインズの頭には、まず冷静に考えた判断が浮かぶ。
だが同時に昨晩、ナーベラルが艶っぽくも呟いた『命に代えましても』という言葉を思い出す。
(…………)
アインズは――迷った。
対応力を普通に考えれば、ナーベラルはどうにもヤバイ。
特に人間へ対しては徹底的といえる見下しを信条とし、使う言葉をはじめ、名前も満足に覚えられないほどなのだ。
しかし、アインズへの忠誠心に揺ぎなく、ここ数日は努力の跡が見える。昨夜、主人として一度頼む形で命じている。それをここで『非常に不安だ』として取り消せばナーベラルはどう思うだろうか。いや、「もはや自分は身代わりとして用済み」と、その場で命を絶ちかねない。
――NPC達は変化していく可能性がある。
アインズは、一度目を閉じる様に赤き瞳の輝きを落とす。
そして、しばし考え呟いた。
「………細かくは〈伝言〉で直接指示をする。ここは――ナーベラルに任せよう」
『畏まりました』
さあ、午後から大博打が始まる。
モモンが、昨夜からの流れを静かに振り返り終わる頃、ンフィーレア一行は馬車を背の低い草地が広がる所の道の脇へと寄せ、皆で昼食となった。
アインズが飲食問題へ蟲を利用するようになって以来、蟲がすべて飲み込んでくれるため、元々大して味が分からない彼の食事であるが、今は内心で特に気が気では無いため全く味について記憶へ残りそうにない。また、胃も無いはずなのに、すでに胃の辺りが痛いという心境でもある。
そもそも、まだ会議すら始まっていないのだが……。
兎に角、アインズがソリュシャンからの連絡を受けてまずしたことは――あのカルネ村近くにてガゼフとの入れ替わり時で使ったものと同じ500円ガチャの『小さな彫刻像』を利用して、王城内にいるナーベラルの現状をリアルタイムで掴む事である。一応、ナーベラルとパンドラズ・アクターには当初よりその彫刻像を持たせていた。
今、〈
これである程度、現地の状況確認と指示が出来る。
「ナーベラル、私の伝える指示に従え。それだけでよい」
『はっ、畏まりました』
ナーベラルは、先日の王城での晩餐会以来の状況に、少し緊張気味で返事をしていた。
あの時はナーベラルの人間への拒絶反応が強烈で、指示した内容の半分も実行されなかった。ただ、ソリュシャンがすぐ横に居てくれて、辛くも切り抜けることが出来ていた。
しかし――今日は傍に誰もいない状況も控えている。
暫くして、アインズ達の部屋へと王国戦士長が迎えにやって来た。
ナーベラルの持つアイテムの彫刻像を経て、向こうの状況が伝わってくる。幸い仮面を被っているので、彼女の表情に気を使わなくて済むのは助かる。
アインズは、ナーベラルへ〝ソファーから立ち上がって出迎えろ〟や、戦士長の「急に申し訳ない」に対し、"いいえと言いながら握手しろ"や、その後戦士長との10分ほどの歓談を何とかこなした。
途中、戦士長から「……ゴウン殿、体調が優れないのか?」とツッコミが来た時は、焦りを覚えた。やはり不自然さはあるようだ。そもそもナーベラルが、アインズの指示を受けてから動くのでそのタイムラグは防ぎようがない。
とりあえず、「実は、今朝から少し。旅の疲れで風邪を引いたのかもしれません」と体調の悪さを訴えておく。多少のぎこちなさはそれの所為にしようと考える。
そうして、「ゴウン殿、悪いがそろそろ参ろうか」の声で、歓談は終わりアインズの部屋を二人は後にする。
ガゼフに対して、割とスムーズな形でアインズに扮したナーベラルの対応は進んだ。
これは、『王国戦士長には先日より至高の御方と小さくない親交がある』という立ち位置が影響を与えている。
ユリやソリュシャンらの対応を、ナーベラルもあの場にて不可視化して見ていた。それにより、『絶対的支配者に縁の有る者』として大きい抵抗は無かったようだ。
ガゼフに案内される形で、それなりに小奇麗な廊下を二人は進んでいく――。
そこで不意に
「モモンさん、先程から食事の手が止まってますが、大丈夫ですか?」
「あ、ああっ……大丈夫ですよ」
流石に同時進行する状況なら、緊迫した方へ意識が偏るのを防ぎようがない。モモンはンフィーレアへ言葉を返しつつ、王城内でナーベラルが移動し一服している今、食事を蟲の口へとかき込んだ。
ンフィーレア達は食事を済ませると、再びカルネ村を目指して移動し始める。
(――モモンちゃん、モモンちゃん、モモンちゃーーん!)
元気一杯の笑顔をしたクレマンティーヌが、前を緩く開けた紺碧色のローブを纏い、その下に漆黒聖典の最大全力装備姿でエ・ランテルへと現れたのは、モモン達がカルネ村へと出発した後、午前10時頃の事である。
今の彼女の戦闘力は密かに、王家へ伝わる四つの宝物をフル装備した場合の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフをも上回っている。
クレマンティーヌはこれでも、二日で300キロを馬で走破してきており、相当早い移動を熟していた。乗って来た軍馬は1日目を140キロ、二日目は160キロ以上の距離を移動してかなりへばっている様子。
しかし、彼女自身は愛しのモモンちゃんにもう会えるという熱い想いから、全く疲労を感じていない。同時に「これ以上邪魔する奴はぶった切るっ」という雰囲気も漂うウットリとした中に危なく欲情した表情をしている。
彼女はエ・ランテル郊外の秘密支部で、馬を手放し要点だけ伝えると即離れた。そして、いつものように都市西方共同墓地の外側近辺で人の気配を探り、第三城壁上の衛兵からの死角が多い場所より、白昼ながら侵入に成功する。
彼女は、フードで目立つ髪と共に綺麗な表情も隠しつつ、早速宿屋街で冒険者モモンについて聞き込む。
すると、モモンの最近の活躍と目立つ風体から直ぐに泊まっている宿屋が分かった。
(モモンちゃん、モモンちゃん、モモンちゃーーんっ!)
彼女は即、迷うことなく一目散でその宿屋へと突撃する。
「冒険者モモン――(ちゃん)はー、どこの部屋なのっ」
愛情籠る綺麗で可愛い声の言葉に反し、受付に立つ宿屋の
宿屋の親仁は驚く。彼も元冒険者で修羅場や普段から荒くれ者達を相手にしてきているが、それゆえに凄みが普通の冒険者達と違う事に。すでにこの場で自分は二、三度殺されたのではと錯覚するほどの雰囲気だ。
「ざ、残念だが、モモン達は、今朝から仕事でカルネ村まで護衛の日帰り仕事に出ているぜ」
引きつった顔になっている宿屋の親仁だが、なんとかそこまでを告げる。
クレマンティーヌはそれと聞くと、非常にがっかりし眼光からも迫力が失われていく。
(モモンちゃん、なんで居ないのよっ、モモンちゃん! モモンちゃんと両想いのクレマンティーヌが折角こうして会いに来たんだよっ。お土産も持って来たのにー。どうしよう、どうしよう! 追い駆けようかなぁ。でもでもぉ、彼、仕事中だしぃ……う~ん、う~ん)
普段は冷酷で落ち着きの有るクレマンティーヌが、可愛く純粋な乙女心で右手を口許に当てふるふると身体を可愛く揺すり動揺する。そしてモモンへ尽くす彼女は、先日の仕事に真摯だった彼の言葉を忘れていない。
今から追い駆け、会って飛び付いても「仕事の邪魔だ」と怒られてはラブラブで温かい雰囲気が台無しである。
「分かったぁ……また夕方にでも来るから」
彼女はそう言ってトボトボと立ち去った。
「な、何者だありゃぁ……」
宿屋の親仁と受付傍にいた冒険者達も含めて、全員が金縛りの解けたように「ふー」と大きくため息を吐いた。
暇になったクレマンティーヌ。予定より1日早くエ・ランテルへ着いており、あと2日程も自由な時間が有った。少なくとも一晩は熱い夜を過ごせると必死で行動した結果だ。
以前なら、暇が有れば冒険者達をスラムの路地裏や墓地の傍等、人気の無い所へ女らしい身体を見せつける様に誘ったり怒らせたりして
彼女は仕方ないと、取り敢えず――また都市西側にある共同墓地の一角へと足を向ける。
そこには白い石造りの霊廟とおぼしき建物があった。
その建物の周囲の陰には、黒色のローブを身に纏った魔法詠唱者らしき者らが幾人も、周囲を見張り備えるように控えている。
彼等は、数年前よりこの墓地を守る守衛達から気付かれずに存在していた。
そんな妖しいローブを羽織る者達らにすら悟られる事も無く、クレマンティーヌの装備である音のしない高位の甲冑特性も生かし彼女は無音で霊廟の中へ入り、床石に隠された階段を降りて地下へと向かう。
そして底まで降りてから、途中二人ほど黒いローブを羽織る者らを軽く手刀で昏睡させつつ天井が低い通路を少し潜ると、広めである薄暗い地下空間へと出た。
「ちわー、カジッちゃん」
クレマンティーヌは、そこで馴れ馴れしく声を掛ける。
地下空間ながら明かりが多く灯る奥の、魔法陣のある広めの場所へ一人佇む40歳程の男へと。
痩せた風で髪も無く少し老けて見える彼は、赤黒いローブを羽織り、小動物の頭蓋骨が並ぶネックレスを首に下げ、黒い杖を持ちつつゆっくりと振り向く。
「毎回、その呼び方は止めろ。威厳と誇りあるズーラーノーンで、畏怖される儂の名が下がるわ」
「そう? ズーラーノーンの十二高弟が一人、カジット・デイル・バダンテール。漆黒聖典の出撃情報を持って来たわよ。んふっ」
クレマンティーヌは彼へと歪んだ笑みを向ける。
「ほう。しかし、デイルは止めぬか、既に捨てた洗礼名だ。それと、ここへの通路には見張りが居たはずだが?」
「ああ、部下の奴らねー。今は私がいるし、心配しなくても大丈夫だよ、カジッちゃん。寝不足解消にって通路で寝かせてあげてるわよー」
「はぁ……まあよいわ」
ここ二年程、クレマンティーヌはズーラーノーンの為にも、その人外的といえる武の実力を発揮し大きく貢献して働いており、今は十二高弟待遇となっている。
そんな十二高弟の中で彼のアジトが法国に近いのもあるが、クレマンティーヌはこの場を良く訪れていた。
数々の悲劇や地獄を現世に発現してきた、恐怖をまき散らし邪悪に染まる秘密結社ズーラーノーン。
盟主も含め高弟達の多くは、大量殺戮にしか興味のない者、死体や骨にしか欲情しない者、拷問や苦行を見て悦となる者など、当然癖の強く人間性は皆無でおかしな連中揃いである。
その中でカジットは、目的へ邪魔となるものに容赦がないだけで、一番まともであった。
この二年でクレマンティーヌと約束したことを一度も違えたことは無く、彼女のプレート集めで殺しまくった死体の処分等、厄介事をいつもしてくれた結構義理堅い男である。
ただ、出会った当初から何度かクレマンティーヌがジャレて腕を試すも兄を殺せる実力は無さそうなので、身体と生涯を捧げるような盟約へ踏み込む事はなかった。でも、もしその力があれば年齢差はあっても『まあ、いいか』と思えた程で、表には全く出していないが今もそれなりに信用している。
異常な行動をしていたクレマンティーヌであるが、結局、惹かれるのはまともといえる思考を持つ男のようである。
そう見られていたカジットから見る彼女は、多くの死体処理という面倒事を押し付けてくるし、偶にサクッと命を狙っても来る、油断のならない馴れ馴れしい小娘という感じである。
ただ、突出した武人として結構援護等を引き受けてくれる上に、組織として致命的水準で強敵となりうる戦力を持つ漆黒聖典の最新情報は、いつもまず彼の所へ届けに来てくれていた。
クレマンティーヌによって、組織におけるカジットの働きが更に高く評価されているのも事実。
カジットには、薄幸で死んだ実母をなんとか蘇らせたいという長年の野望があった。そのためには、レベルダウンなどの幾つかの問題と障害があり、蘇生魔法を極める為には時間が必要だと、エルダー・リッチになる事を決意。まずそれになるために『負のエネルギー』が大量に必要となり、盟主に師事するため強大であった秘密結社ズーラーノーンに入っていた。
彼は良く師事し高弟となり、数年前からここ大都市エ・ランテルを『死の螺旋』と呼ばれる多くのアンデッドを利用した狂宴で死都に変え、一気により多くの『負のエネルギー』を集めようとしている。
そのため初めに、多くのアンデッドを使役するため、彼のアイテム『死の宝珠』に莫大な『負のエネルギー』を溜めるところから始まっている。
最終目的までが、非常に遠いがカジットは真面目に地道に進んでいた……。
彼としては、ズーラーノーンへの貢献は恩返し的部分での意味が大きい。
だからクレマンティーヌへも、目的に害のない間はと面倒に思いつつも、義理堅く対応していたのだ。
「で、漆黒聖典の情報とは、昨日からこの街でも騒ぎになっている竜軍団への対応だな?」
「あれー、分かっちゃった?」
「馬鹿にするな。いつもと違うそのおぬしの完全装備を見れば分かる」
いつもの露出度の多いビキニに近い感じの装備ではなく、軽装だが凛々しい女騎士風の
「エローい。実はカジッちゃん、私のあの姿を食い入るように見てたんだねー」
「そんな訳あるか! それに――今のおぬしの姿の方が似合っておるわ」
猛反論するカジットだが、貧しい家の出の彼には元々育ちの良いクレマンティーヌが、このアジトで普段の歪な笑顔を見せていない気の抜けた時に垣間見せていた、何気なくも御令嬢的である振る舞いを見ていたのだ。彼女には妖艶よりも、清楚な方が似合っているのではと。
「――っ……あ、ありがとー」
それなりに信用してる人物から褒められることは、悪い気がしないものである。クレマンティーヌは素直に御礼を告げていた。
「ふん。それで、スレイン法国は竜軍団へ対しどう動いたのだ?」
カジットとしては、竜軍団との戦いによる単純な形での大量犠牲者に興味は無い。
『死の螺旋』は一連の儀式であり、その中で、カジットの操るアンデッドによる連鎖する殺戮が大きく『負のエネルギー』を集めるからだ。
それよりも、人類への大量殺傷組織と言える秘密結社ズーラーノーンを敵視する、漆黒聖典の動きの方が重要である。
クレマンティーヌは答える。
「私を含めて漆黒聖典全員が全力装備で、一昨日から出撃中ー。あと、秘宝を装備したカイレという老婆のお偉いさんも、陽光聖典を5名引き連れて一緒に出撃してるよー。神都には、まだ最強の"番外席次"が残っているけどねー。でも、アンチクショーは神器を守っているから動けないはずだよー。私達も王都以北まで行くから、当面この近辺は手薄になるよー。多分二週間ぐらいは、ナニをしても大丈夫、大丈夫ー」
「ほう。それは良い事を伝えてくれたな。どれ、我らがズーラーノーンの力を、儂が見せてやるかな」
普段中々笑うことの無いカジットが、口許を僅かに緩ませる。
そのカジットの言葉と様子に、クレマンティーヌの歪んだ笑顔の瞳の奥が光る。愛しのモモンは、ズーラーノーン内の情報も欲していた。聞き出せる情報は聞いておきたい。
「へー、先兵になるアンデッドの準備が結構出来てるんだー。もう始めるのかなー? ……他の高弟達は、何か動かないの?」
「んー、もう少し数が欲しいが……今が好機。10日程でなんとかなるだろう。この上の墓地は儂ぐらいの使い手には、良い素材の宝庫だからな。それと……他の連中は当分動かん。其々のアジトに籠っておるわ」
通常、墓地へきちんと埋葬されれば、アンデッド化が自然に起こることは無い。ただ、ここの共同墓地のように数が揃うと発生し易くなる。また、この世界の高位のネクロマンサー達は、数の制限はあるとはいえ埋葬された死者をも起こすことが出来る。第五位階魔法だけでなく、『死の宝珠』を利用し魔力量によってはアンデッド系に関してだが最大第六位階魔法をも使えるカジットもその一人だ。
彼は、クレマンティーヌを信用してか、気分が高揚していた為か、『死の螺旋』の開始時期と、他の高弟の状況まで口走っていた。
しかしここで、クレマンティーヌは真面目であるカジットへ何故か自然に尋ねていた。
「カジッちゃん、――"死の螺旋"ってさーエ・ランテル以外じゃ出来ないのー?」
カジットは、クレマンティーヌの真意が分からず、眉をひそめて答える。
「おぬしは何を言っている。儂のアジトはここなんだ。何年準備に掛かっていると思っておるのだ、全く。それに他の都市は――盟主様や他の高弟らのアジトがあるだろうが」
「だよねー。ちょっと聞いてみただけじゃん。気にしない、気にしなーい」
「……まあ、他でも可能ではある。だが、準備はほぼゼロからだ。あと王都と小都市がまだ一つ余っているがな」
この質問は、無意識にこの都市ではモモンの強さから失敗すると予感して、カジットを助けようと思ったのだろうか。彼女自身にもよく分からなかった……。
王国戦士長とアインズに扮するナーベラルは、いくつかの階段と廊下を経て高さのある大きめの扉を潜り、会議会場と思われる約30席弱程の長い大テーブルがある、窓からの景色も中々の部屋へと入る。
ガゼフ達は先着の者らへ会釈をしつつ中を進む。
既に、大貴族の幾人かは席についている。国王は当然最後の方に登場だ。
ここで、ナーベラルは既に――カチンと来ていた。思わず考えを口にする。
「……私達は……立ったままなのか?」
アインズのこの王城での立ち位置は、王家からの客人待遇だが、あくまでも一介の旅の魔法詠唱者に過ぎない。
なので当然、国王を上座へ迎え大貴族達が机に座る会議中は、ガゼフと共に王の傍の壁近くで並んで立って控えるのが常識的状況である。
しかしナーベラルには、そんなことは関係がない。
下等生物である人間共が座り、絶対的支配者が端に立たされ続けるなど、あってはならない事なのだ。
横に立つゴウン氏の平時は聞かない言葉に、ガゼフは直前の「彼は体調が悪い」ということを連想する。
「体調が悪いところ、申し訳ないな。だがここは暫く耐えて頂きたい」
多くの王国民の命を左右する、国家存亡の大事な対策会議の場である。旅の魔法詠唱者の重要な意見に期待する王国戦士長が、多少の無理をお願いするのは仕方のない事である。
ナーベラルが反論する前に、ガゼフの声を聞いたアインズが感付き命じる。
『ナーベラルっ、ここは反論するな。"大丈夫です"と答えろ』
「(!――っ)……大丈夫です」
それから、10分掛からず20名を超える大貴族達に加え、アダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』からルイセンベルグ、『蒼の薔薇』のラキュースも揃い、そこへ二人の王子達にラナー王女も伴って国王ランポッサIII世が入場し上座へと着席する。
ここは謁見の間ではないので出迎え時、全員起立しての会釈だけに留まる。
王子達は国王の左側の席へと着き、王女はガゼフ達とは反対側の壁近くの別席へ腰かける。美しい第三王女は、ただ見る事を許されているに過ぎない。王子達の様に席へ付いての発言権はないのだ。
この会議においては、冒険者達や戦果を上げ会議へ招かれた旅の魔法詠唱者の方が発言力が有る事を意味していた。
そして一方で――ラナーはまるで、大貴族達への餌として見せるかのようでもあった。彼女の衣装は、いささか胸部の露出や腰部、素足の強調がされていたのだ。
反国王派の貴族の子息達には、若く美しいラナーに関心がある者もいる。王家直轄領の特上地であった大都市エ・アセナルを失った王家は、国内での勢力維持を考えれば外国へ嫁がせるよりも、国内地盤の維持がすでに急務となっている。国王にとって、可愛く大事な娘に違いはないが、もはや権力維持も重要課題となっていた。
そんな、各種の思惑の有る中、大臣が進行役を務める。
「それでは皆様、これより竜王率いる竜軍団侵攻に対します臨時戦略会議を始めたいと思います。まず初めにアダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』のルイセンベルグ殿から先日報告のあった――」
そのあと、大臣により割と簡潔に伝えられた王国の被害と敵の戦力、そして現状の戦果。そのあと、ここまでの王国側の対応について伝えられた。
現在、王都から各都市へ国王の命令書と共に、各領主の署名も入った徴兵指示書が届けられており、傭兵団招集はもとより兵員の徴兵が直ちに開始されている状況。今回の動員総数は、急にも拘らず対帝国戦を超える規模となる。
そして怪物の竜相手ゆえに、各都市冒険者ギルドをはじめ、各組織への半強制的といえる協力依頼により、王国内の冒険者達も総動員する。だが、王都へ集まるのは精鋭に絞ったチーム群となりそうだ。
あとはいつごろ全戦力が完全に揃うかだが――。
「その……どんなに早くとも……ふた月後かと……」
「ええい、そんなに待てぬわっ。竜共はたった1日で大都市を灰にしたのだぞ。その頃には王国の全てを焼き払い、もう帝国まで乗り込んでおるかもしれんっ。半月だ、半月でなんとか揃えよっ」
気の短い第一王子のバルブロが、机を大きく叩いて怒鳴る。
気持ちは分かるが国家総動員の兵力。遠方から集まる兵も多く、そう簡単に揃う訳が無い。
対して、攻めて来るのは最強にして進撃速度は最も高いであろう
そして最悪のケースだが、伝えられた桁外れであろう竜王の力量から、二カ月あれば王国全土の都市を焦土に変えるのも決して不可能ではなさそうな事が、逆にこの場へ恐怖を煽る。
会議はざわつき始める。貴族達の多くはもはや皆、どうしてよいのか分からないのだ。
すると場を落ち着ける為、国王自ら発言する。
「落ち着け、バルブロよ。ここには
「……失礼しました」
バルブロ王子は武人であり、実は同じ武人ながらも美しく処女の証となる
その者がこの場へいる事を思い出し、彼はすぐ大人しく引き下がった。
さて、この先どう反攻作戦を組み立てていくのか。
大臣はこの直後に補足事項として、半月で集結可能と思われる王都を含む近隣都市の戦力を挙げていく。
「――となり、半月後には近隣4つの大都市の戦力を中心に合わせた兵20万と機動力のある精鋭冒険者700チーム程は戦線へ投入可能かと」
大貴族達は、僅か半月でもかなりの戦力の集結に「おぉー」と期待の声が漏れる。
バルブロが大臣へ、それを先に言えという顔を向けていた。
ここからが戦略会議と言える。この貴重である戦力群をどう使い組み立て対抗するのかだ。
しかしここで、人物には定評のある高齢の六大貴族の一人、ウロヴァーナ辺境伯が口を開いた。
「
それに対して、国境が領地に迫る内容の話に反国王派の盟主ボウロロープ侯爵が声を上げる。
「そのような交渉、我々王国の力を見せてからの話ではないですかなっ? 今は、我々王国の怒りの一撃を竜王らに見舞うべきだ!」
「竜王に対抗できる戦力があればそうも言おう、ボウロロープ侯。だが、たった一撃で城をも吹き飛ばす攻撃を連発可能と聞く化け物に対抗出来るというのか? 交渉により戦いを終わらせる事も立派な戦略である」
会議はもめ始める。
いきなり戦い自体を避けようという意見と、あくまでも戦うという六大貴族同士の討論で、暗礁に乗り上げた。この後、周囲の貴族達が双方に賛同していく。
しかし、場を見かねた六大貴族の一角であるレエブン侯の意見で流れは変わる。
「竜王と交渉をするとしても、まず成立する可能性は低いでしょう。我々は、その後の事も前提に考えて進めないといけない。交渉が決裂しても、捕虜を助けたいと言う意見はごもっとも。しかし現実を考えれば、敵は空を制する者達です。夜目も利き隠れ切れる人数でもなく、逃げ果せるのは非常に困難でしょう。先ほどの20万の兵を投入しようと、成果なく最悪全滅です。それゆえに、ここは苦渋の選択ではありますが、まず捕虜解放に繋がる和平交渉を行い、纏まらない場合は竜軍団を先に叩き、その結果で捕虜が解放されるという戦略で行くべきです。先に捕虜へ捉われてはいけない。また、交渉に赴く者達は――高い確率で死を覚悟してもらわなければなりません」
会議の場は鎮まる。
レエブン侯の意見は、全て正論であった。
だがまず交渉し、そして戦うという流れに会議は戻った。
ここで国王は、ガゼフ達の方へと顔を向け――尋ねてきた。
「ゴウン殿よ、配下の戦士長ストロノーフより聞いておるぞ。この王都リ・エスティーゼで向かえ討つのは不向きであると。確かに城壁は彼奴らには無効であり、市民達の被害を考えればその通りである。なので尋ねたい。其の方はどこで竜軍団と戦うが最適と思うかな?」
『小さな彫刻像』を通して耳を傾けていたアインズは、素早く考えていた事をナーベラルへ伝える。ナーベラルは人間の名前は憶えないが、決して記憶力に問題が有る訳では無い。
主人から伝えられた言葉を、旅の魔法詠唱者姿である彼女の口から順にアインズと同じ声で、こう王へと伝えられる。
「……では、進言させて頂きます。……可能であれば現在竜軍団がいると思われる、エ・アセナル周辺が最適かと。……失礼ながら、すでに人がいないのであれば好都合という事です。……あとは王都のすぐ北側へ広がる穀倉地帯でしょうか」
旅の
ナーベラル扮する魔法詠唱者の話に、国王は頷きながら内容を確認した。
「なるほど……あい分かった。いずれも住民がおらず壁となる防御施設が無い場所であるな」
さらに国王は、再度レエブン侯へと尋ねる。
「では戦う場合、レエブン侯よ。其方ならこの難局、どう対処する?」
「決め手はやはり竜王です。竜王そのものとは可能な限り戦わないことです。まず勝ち目がないのですから。結論は、それ以外の戦力を先に削り切る事です。"蒼の薔薇"には竜王を挑発しつつ引き付けてもらう陽動部隊として動いてもらい、その間に他の冒険者達が300体の配下の竜兵を減らしていくのです」
「「「おぉぉーーっ」」」
よくよく考えれば正に、その通りと言える。
「あと非情な手ですが――攻撃の主力となる冒険者達の囮として、一般の兵達を分隊ごとに広い範囲へ散ってもらい、物量的に時間を稼いでもらいます。ただ、冒険者の者達にも一般兵へ少し協力してもらいますが」
帝国の精鋭騎兵隊へ対するのとは全く逆の発想。兵が固まる師団にはせず分隊まで小さく分散させることで一撃での大量の兵の損失を抑えるという考えだ。
最高で城をも吹き飛ばす一撃である。固まっていれば一発で数万の犠牲が出るだろう。しかし、広範囲に分散していれば、奴らも火炎等の攻撃を何千回も撃つ必要が発生するはず。
加えて、レエブン侯は冒険者の魔法詠唱者らに、一部の一般兵への体力強化の補助魔法や、防御魔法を掛けさせるという手で、補強するという案も考えていた。更に、攻撃隊は大きく3つに分割し24時間連続で波状攻撃させる。竜達を寝させないという事だ。
これらの奇策に、会議の雰囲気は相当の被害を覚悟しつつも、絶望では無い希望が持てる流れに変わっていた。
ただ、それはあくまでも戦術面だ。
戦略的にはその大打撃をもって、竜軍団すべてを王国内からの撤退へ追い込む事である。
それまでにこちらが擦り潰れるかも知れない戦いとなろう。
そして、王都周辺以北に戦力を集中する為、正直帝国の動きも気がかりなところである。エ・ランテルの残存戦力1万5000で出来るだけ時間を稼ぐ他ない。
最終的にはエ・ランテル割譲という手もある。少なくとも
広域の戦略については、こうして国王と大貴族達の前でほぼ固まった。
あとは、先の竜軍団との交渉代表者を誰にするかである。
これは高度に政治的といえる交渉役となる。
最初のアポイントは兎も角、一兵卒にやらせるわけにはいかない。とはいえ、竜達に遭遇した瞬間、殺される可能が極めて高い役目だ。
国王は、左手を口許へ当て、難しい顔をしていた。だが誰かにやってもらわねばならず、国を背負う王の鋭い視線は徐々に動いていく。
おそらく十に一つも生存の可能性はない。流石にこの役目は、目の前に居並ぶ大貴族達へ振る事は出来ない。
とは言え……大事にする可愛い息子達らへも命じる訳にもいかない。
ストロノーフや大臣補佐、冒険者らでは政治家として役不足。
つまり――国王の視線は、大臣で止まる。
その大臣と目が合った。彼は、完全に顔が引きつっている。心なしか、顔が小刻みにイヤイヤと横へ振れている気がする。国王の命じる為の口が動かない事を願っているという雰囲気。
気持ちは分かると、周囲で首を僅かに横へ振ったり、考えるポーズをする大貴族達の空気がもう囁いていた。
そう、皆がすでに思っている。『大臣、お前がやれ』と。
その言葉を国王が口を開き始め、告げるその瞬間であった――脇の椅子から静かに立ち上がり、彼女が発言したのは。
「――お父様、その交渉役、私がお引き受けしますわ」
なんと、ラナー王女が会議の席の一同の前でそう名乗り出ていた。
「ラ、ラナーーっ!?」
「な、馬鹿な事を言うなっ!」
王女を親友と思っているラキュースと、父親であるランポッサIII世が同時に声を上げる。
ラキュースは、ラナーこそがこの地上でもっとも頭の良い人間だと考えている。
勿論、その高い政治力もずば抜けていると。
そして、国民や友人の為に親身になれる素晴らしい人でもあると。
先日、エ・アセナルからの帰還の際、煤けて酷く汚れた装備を気にすることなく、ラナーは駆け寄りメンバー全員をギュッと一人ずつ抱き締めて「お帰り」と言ってくれたのだ。
そんな、素晴らしい友が……ラキュースはここでハッとする。何か考えがあるのではと。
「いかんぞ、ラナー。断じて」
国王は、右側の壁傍にあるソファーの前に立つ第三王女へ向かい、首を振りながら厳しい顔で告げる。
だが、ラナーは黙らない。
「ただし、一つ条件があります。私の護衛を――魔法詠唱者のゴウン殿一行にお願いします」
その言葉を、王城ロ・レンテより遥か離れたカルネ村への道中で『小さな彫刻像』を通して聞いた瞬間、アインズは非常にイヤな予感がした。
そして改めて思う。この王女は危険過ぎると――。
アインズ自身がその会議室に居れば、断るのは簡単であった。
何を言われても仮面の顔で「申し訳ありませんが、お断りします。陛下もそれをお望みですし」と言えば済んだはずなのだ。
しかし、その場に居るのはアインズでは無く――――ナーベラルである。
王女は、口許を僅かに微笑ませると、全てを読み切ったように、だた一言だけ窺うように告げた。
「ゴウン殿もやはり、
そういって、ゴウンを小馬鹿に過小評価する形で文句を口に出したのだ――――。
アインズは止めた。必死で命じて止めた。忠臣の
『落ち着け、ナーベラルっ! 何もしゃべるなっ、絶対にしゃべるなよっ』
(…………アインズ様……)
この場のゴウンが同意しなければ、条件が満たされず、そもそも国王が勝手に止めるはずである。
『いいな、ナーベラルっ。いかんぞ!』
(…………アインズ様の御ため……)
自身の絶対的主人であり敬愛する至高の御方の声が、アイテムを通して頭の中へと鮮明に響く。
今ならばナーベラルは、自分の事であれば下等な人間にどれほど酷い事を言われようと、主人の為に耐えられた。
だが逆に――そのアインズ様への侮辱的低評価は絶対に許せない――この命に代えても。
ナーベラル扮するゴウンは、小さく小さく呟き始める。
「……(アインズ様――申し訳ありません)」
『ナ、ナーベラル……』
そして、その声は徐々に大きく、段々とラナーの方へと体を向けながら凄みつつ告げていく。
「(殺)――すぞ、この
「「「「――――!?」」」」
周囲がこの場のゴウンの様子の変化に気付く。
しかし、ラナーは一人笑顔のままだ。
ナーベラルが演じるゴウンは、ハッキリと吐き捨てる様に会議室内で宣言する。
「ふざけるなっ、我がアインズ・ウール・ゴウンは絶対無敵!
旅の
(うあぁぁぁぁーーーな、なんてことを言っちゃうんだぁぁぁーーーー)
平和でニッコニコの表情のマーベロに引かれる〈
捏造・考察)500円ガチャ『小さな彫刻像』
とりあえず、原作準拠で相互転移機能はないアイテムとします。
文章は変更等していませんが、STAGE07.でも裏でアインズが魔法を使ったという形で。
書籍版1-P326で、ガゼフがアインズの声を初めて聞いた際、〈伝言〉のようなコール音はしていません。なので、少なくとも通話機能はこのアイテムにあると考えています。
音声から周辺の状況も拾えます。
捏造)ズーラーノーンの高弟らのアジト
王国の都市は小都市を入れ、首都を外せば13個(盟主+12高弟分? 笑)
帝国は古田さんいるし、法国も厳重そうだし。
あ、竜軍団に一つ潰されちゃったかも?