オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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※一部残虐的な表現や衝撃的場面があります。



STAGE26. ナザリックの祭日/竜王ノ憂鬱/ニグン2(2)

 

 ナザリック地下大墳墓は、記念すべき日の正午を迎えようとしていた。

 

 この地の絶対的支配者であるアインズは、すでに荘厳さの漂うここ玉座の間の最奥に置かれた偉大なる玉座へ、皆に貫録を示す形でどっしりと座っている。

 主の左手には、ギルドの象徴と言える金色(こんじき)(スタッフ)状のギルド武器アイテム――『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』がしっかりと握られていた。

 玉座の左脇には、全NPC並びに守護者統括のアルベドが、この広間で整然と並ぶ者達を眺め、粗相や不備が無いかを確認していた。

 

「そろそろ時間となります。皆、静粛に」

 

 配下筆頭である彼女の通る凛とした声が響き、玉座の間は正に無音と化す。装備の擦れる音すらしない静寂。

 広間の最端に姉のエンリと居て、天井に下がる先程見たものより格調高く豪華さの極まるシャンデリア群を仰ぐネムの、「ねぇ、ねぇ、あれも全部キンピカッ!」という小声が僅かに漏れ聞こえてくるほどだ。

 玉座の壇上から十段程降りた床の最前列には、巨体すぎる第四階層守護者のガルガンチュアを除く7名の階層守護者級が居並ぶ。彼らの一歩下がった横に領域守護者達も並んでいる。その後方には、整然と各守護者のシモベ達等の上位者がずらりと整列していた。

 ルベドは、アルベドやニグレドの配下では無く一人、『独立軍団』として左端に立つ。

 戦闘メイド六連星(プレアデス)達も、セバスの後ろへユリを先頭に付いている。姿の無いソリュシャンは、王都で任務中という報告は把握済み。

 途中、アルベドの視線が、恐怖公以下のところでだけ些か泳いでいた。公にだけ、精鋭のみ10匹以下と厳命していたが、紳士の彼によりそれは守られた風でホッとする。

 新参のNPC『同誕の六人衆(セクステット)』達も、大浴場管理人で骸骨のダビド爺さんと白衣の美容師、蛮妖精(ワイルドエルフ)のジルダはセバス後方。動死体(ゾンビ)であるフランチェスカはコキュートスの後方へ、スライムのエヴァはシャルティアの後方、悪魔娘のヘカテーはデミウルゴスの後方にと其々並んでいる。なお、配属については本人の意見が尊重された。シャルティアは、フランチェスカに来て欲しかったようだが……。

 NPCではないが、アウラはハムスケを配下に誘っていたが、『殿の傍にお仕えしたいでござる』と言われて断られていた。

 右端付近の二列にはアインズが日々、特殊技術(スキル)で作成し増やし続けているアンデッド達が100体ほど並ぶ。その更に外へ、キョウとハムスケ、エンリとネムにジュゲム達がいた。

 それらを見つめるアルベドの眼差しが一瞬だけ細まり妬ましいものに変わる。だがすぐに表情は戻り、視線は左方向へと折り返していく。そうして彼女の帰って来た視線は、普段ほぼ顔を見る事のない――()()()()の者達の前で止まる。

 

 今より少し前、アインズはエンリ達を玉座の間の中へ送った時、第八階層の者達がそこに居ない事に気が付き、更にそこから2名の守護者を迎えに行っていた。

 1名は、第八階層『荒野』の階層守護者、ヴィクティムである。

 アインズは、指輪の〈転移〉でヴィクティムの住居であるセフィロトを訪れる。

 

ひと()にゅうはく()あおみどり()ボタン()()ハイ()タイシャ()()あおむらさき()

 

 そこには守護者が、床から少し浮くように飛んでいた。変わったエノグ語を話して。

 種族は天使。ゆえに天使の輪と羽を持つ。だが姿は全長1メートルほどの桃色の胚子に似た形をしていた。羽も枯れ枝のような干からびた雰囲気。手足は有るが短くほぼ二頭身で、頭はマッコウクジラの頭部の如き形で目は其々側面側へ付いている。飛ばない場合、短い尻尾もあり、蜥蜴の様に四足歩行の形での移動する。ぬいぐるみのようで少し可愛い。

 階層守護者ではあるが、HP等の基本ステータスはナザリック内においてかなり低い。

 だがヴィクティムは、死ぬ事で第八階層において類まれなる防衛能力を発揮する。それは第八階層に対し、侵入して来た者ら全てへ呪いとして一定長時間の転移門使用不可に変え大きな制約を掛けるという補助的特殊能力である。

 しかしどちらかというと、安全装置的なトリガーとしての存在の方が大きいかもしれない。

 この階層は非常に特殊で、ナザリックの最終防衛線と最大戦力がここにある。

 

 なんと、広い荒野の地表自体が――『巨大な怪物達(八階層の闘士隊)』へと成るのだ。

 

 タイマンでは最強のルベドでも、怪物達の集中攻撃を受ければ10分持つだろうかという、切り捨てても殴り砕いても冷え固めても焼き滅ぼしても終わらない地獄の巨大無限兵団へと変わる。

 現在、至高の41人以外、この階層は立ち入り禁止である。つまりアインズ以外は、味方ですら安全が保障されていない。

 ただし、転移門の管理者が操作することでナザリック勢だけ階層を通過出来る特別製の転移門がある。一方で、それはあくまで意図的な措置であり、操作が無ければ通常の転移門を通って第八階層内へと入ってしまう仕組みになっている。

 アインズは、そんな危険階層の守護者の天使へと話を伝える。

 

「ヴィクティムよ。今よりナザリック勢の集会を開く。階層守護者の一角として、お前も玉座の間へ来い」

そしょく()やまぶき()だいだい()ぞうげ()()おうど()たまご()うすいろ()こくたん()()ときわ()たまご()たいしゃ()ぞうげ()

「ああ、ずっとここで守っていたのだ。今日ぐらいはいいだろう」

 

 そう言って、移動が遅いヴィクティムを左手で抱くように連れ出す。そうして、もう1名の守護者の所へと向かった。

 第八階層には、桜花聖域と呼ばれる桜の花びらが舞い散る美しい領域区画が存在する。

 ここも宝物殿と同様、出入り口が存在しない場所で、尚且つ第八階層内からの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)使用でしか出入り出来ない。

 アインズが、桜花聖域内へと現れる。

 桜花聖域は70メートル四方ほどの場所で結構広い。昼と夜が存在し枝ぶりの良い桜の木がたくさん植えられており小川も流れ、中央付近に小さめの朱塗りの柱と白壁の神社風の建物がある。

 ここの桜は、花が散ってもすぐにつぼみが出来る特別製である。散った花びらを片付けるのもここに居る者達の仕事だ。丁度、数名の和風並びに乙女感滲む巫女服の少女達が、箒を手に花びらを掃き集めていた。

 その中で来訪者の存在を感じ、顔をいち早く向けてきた長い黒髪の美しい少女に声を掛ける。

 

「オーレオール」

「あれっ? これは、アインズ様。それに、ヴィクティム様も」

 

 オーレオールと呼ばれた彼女は、第八階層桜花聖域領域守護者のオーレオール・オメガ。

 この地の桜は、彼女の賑やかしい名前にあやかろうと植えられ増やされたものである。

 

 種族は、ナザリックのNPCの中で唯一の――人間だ。

 

 また名前の最後から分かるように、実はプレアデスの末の妹でもある。

 しかし職務に対応する為、この場に詰め、飲食不要のアイテムが与えられた上で不老となっていた。もう仙女と言った方が良いかもしれない……。

 掃除をしていた他の巫女達は、後方で箒を置き横に整列して支配者へと礼を取っていた。

 彼女達は、管理システムマスターソースのオプションを利用し、主にナザリック内にある階層間の転移門(ゲート)管理を行っている。

 管理についてだが、ユグドラシルの拠点ルール上、ナザリック地下大墳墓も地上中央霊廟正面出入り口から第十階層の玉座の間まで、転移門といえども必ず一本は常時制約無しに繋がっている必要がある。

 新世界に来た今でもそのルールは、アインズの命により守られている。未知のペナルティー発生のリスクを恐れたためだ。

 このため彼女達の重要となる役割は、転移門を閉じることではなく、繋ぎ換えや監視によって侵入者を転移途中で強制排除する事となっている。

 なので、オーレオール一人が持ち場にいないからといって転移門に問題が出る訳では無い。

 

「実はな、これから玉座の間で集会を開くので、ヴィクティムと共にお前も呼びに来たのだ」

「こ、これは。至高の御方自らのお迎えとは……愛溢れる行動に照れてしまいます」

 

 透き通るように白い美肌の頬へ右手を当て、なにげに顔を赤らめるオーレオール。和風の姿が妙に艶めかしい。

 

「いやいや、ここには私しか入れないだろう?」

「あっ、そうでした。でもでもぉ……」

 

 領域守護者の娘は、そう言いつつ可愛く身体を小さく左右へと振ってみせていた……。

 少し思い込みが激しい子である。注意が必要かもしれないとアインズは思うも、時間が無いので話を進める。

 

「とりあえず、行くぞ。私の手を取れ」

「は、はい」

 

 オーレオールは恥じらいつつ、差し出されている偉大な支配者の手をそっと取った。

 そうしてヴィクティム達は第八階層を再経由し、玉座の間まで連れて来られていた。

 

 先程より玉座壇上から第八階層の者達を見ていたアルベドは、会釈してきた巫女服の領域守護者に対して視線を外す。

 ――時間である。

 

 

 

 

 

 正午。特に鐘などは鳴らない。

 しかし、アルベドは無言で立ち位置を玉座傍まで下げてくると、支配者の方を向き片膝を突き傅く。

 玉座の間の者達も全員、アルベドに続き跪いていった。

 後方までの様子を感じ取り、アルベドは口元を僅かに開き小声で囁く。

 

「アインズ様、統括及び配下の者達全て、御身の前に」

 

 その声にアインズが、ゆっくりと黄金の杖と共に玉座から立ち上がる。

 目の前には、ナザリックの正に精鋭達が数百名と支配者の生み出したアンデッド達が壮観といえる光景で跪き並ぶ。

 ここは、支配者として恥じない姿と貫録の見せどころである。

 皆の御方は、一声を悠然と発した。

 

「良く集まってくれた、ナザリック地下大墳墓の精鋭達よ! 私は皆の勇ましい姿を見れて非常に喜んでいる」

「「「「「おぉぉぉぉ」」」」」

 

 至高の御方の喜びの言葉に、広間内へ集いし者達の感激と安堵の吐息が広がる。アインズが右手を小さく上げると静寂が戻った。

 

「この広間に居る者以外のナザリックの者達にも、今日は私の口から聞いてもらいたい事が有ってこの場を設けた」

 

 アインズの声と姿は、各階層の広い場所数か所に設けられた超大型の〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉を通して、防衛当直者以外の者達が地に絨毯の如く整然と跪き見ている。

 

「まずは、この場にても伝えておく。私は先日より名を改めている。すでに知っていると思うが、"モモンガ"を改め、今後"アインズ・ウール・ゴウン"を名乗る事にした。皆の者、宜しく頼む」

 

 ここでアルベドが、皆に先駆けて凛と響く言葉を発し盛り上げる。

 

「今、新しき御尊名を、全員が伺いましてございます。ナザリックで唯一の偉大なる御方に対し、改めて皆の忠誠をここに! アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ!」

 

 それにまず続くは、階層守護者達と領域守護者達。

 

「「「「「「アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ!」」」」」」

 

 そして、玉座の間内全域と各階層内から湧き上がる。

 

『『『アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ! アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ! アインズ・ウール・ゴウン様、万歳ーーーーーっ!!』』』

 

 三唱とその後に広まった拍手の音は、玉座の間内で反響し僅かに地響いたようにも感じる程であった。

 アインズが再び右手を小さく上げ、静寂を求める。

 

「嬉しく思うぞ。――さて、今日はこのナザリックのこれからについて、私の方針が決まった事を皆に知らせる事にした。我々は最終的に――世界征服を目指す!」

 

『『『うおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!』』』

 

 この瞬間、ナザリック全体が歓喜により大きくどよめいた。

 皆の前で支配者がハッキリと宣言したことに、ナザリック至上主義のデミウルゴスを初め、シャルティアやアウラにマーレ、コキュートスらも喜びを隠せない。

 守護者だけに留まらず、多くの者達が手を握り締めたり、拳を突き上げる仕草をして嬉しさを表現していた。

 

(うわぁ~言っちゃった。でも皆、喜んでて楽しみにしてるし……今は時間を稼いで、まとまることが大事だよな)

 

 目の前の配下達の光景を見るアインズの思いは複雑であった。

 

「――えっ?」

 

 その中でただ一人、思わず小さな呟きを漏らしたのが――エンリであった。

 世界征服。それは戦いを起こし、虐げる事を伴う蹂躙である。

 

(なんで……なぜです? アインズ様)

 

 エンリは、アインズの言へ僅かに違和感を覚え、無意識で指揮官的思考をフルに発揮し回想する。

 彼の村人達へ示してくれた、救いの手と施しと明るい未来。

 また、自分やネムへの身内に対する家族的な温もりのある優しさ。

 一方で思い出すのは、敵に対する情け容赦のない割り切りと暴力。

 

 そして今回の、世界征服発言――。

 

 間もなく、アインズを敬愛する彼女の中で結論は生まれた。

 お父さんやお母さん、いや何百年も続く村の貧しく苦しい生活。周りの領地を取り巻く変わらなく酷い貴族達の傲慢さ。毎年税を増やし続け、戦争を繰り返すだけの無能とすら感じる王家の王国。それを引き起こす帝国や法国。

 さらに、亜人種やモンスターが徘徊する大森林や、人間達を奴隷化していると遠い噂に聞く西方隣国や大陸の中央部に以東方面……。

 

 

(全ては、愛しい旦那様の下で変わるべきなのかも。そう、周りの世界は、全部――敵だ)

 

 

 こうして、エンリの若い熱き思考は、高速回転し更に割り切って着地していた。

 

「せかいの悪者を、アインズ様がこらしめるんだよねっ。すごいすごいすごーいっ!」

 

 やはり姉妹なのか、横に寄り添うネムも同じ結論に辿り着いていた……。

 アインズの話は、長期とする五か年の第一計画へと続く。

 

「世界征服の第一歩として五か年計画で、まず足場となる新国家を建設する。領土としてはトブの大森林と山岳部、並びにこの周囲の平原一帯だ。合わせて地上の拠点となる城塞都市も建設する。なお、我が名を世界へ広めるため国名は――"アインズ・ウール・ゴウン"とする!」

 

 玉座の間は、絶対的支配者の言葉毎にどよめきが止まらない。また、この後の司令や先鋒などの主な担当人事の発表では、配下達が守護者達の名誉に喜びの声をあげた。

 その都度、アインズは右手を小さく上げ話を進めていった。

 ニ十分程続いた支配者の話は最後に差し掛かる。

 

「――ついては、近日中に我々ナザリックは、トブの大森林への侵攻を開始するための準備に入る。ではナザリックの全軍各員、上位の者と共に協力し合い粉骨砕身せよっ! ――以上だ」

 

『『『『ははーーーーーーーーっ』』』』

 

 再び、玉座の間の配下一同が壮観と言える光景でアインズへと頭を下げていた。

 その光景は、各階層のモニタ前でも同様であった。

 アインズは無事に、絶対的支配者で至高の御方としての威厳を見せ付けつつ、重大発表の場を終えた。

 

 

 

 

(くふーーーーーーーっ! やっべ、アインズ様、かっけぇー。くふふふふーーーー)

 

 

 玉座の横で跪いているアルベドは、アインズの皆を前に堂々と世界征服を言い放って立つその至高で崇高といえる姿に、感激と欲情的興奮で目を全開に見開いたまま小刻みに震えていた。

 一方、近辺が非常事態に突入している事を知らないアインズは、ゆったりと再び玉座へと腰掛ける。

 

(ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ……無事に終わった)

 

 内心で、随分すぎる長さの吐息を吐いていた。

 ふと、アインズは二歩程離れたところで跪いたまま震えるアルベドへ気付き、小声を掛ける。

 

「アルベド、どうした」

 

 愛しの御方のその声にアルベドは、ピクリと反応すると、うつむき加減にゆらりと立ち上がる。

 アインズは――イヤな予感がした。

 目線を刹那で周囲へやると、一応護衛で八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が増強され()()いるようだが。

 アルベドは、瞳を潤ませ頬を上気させつつ()()と呟いた。

 

「あとは――お妃とお世継ぎが必要ですわね」

「ぇ―――?」

 

 主人は漸く気付く。これはダメなパターンだと。

 アインズは頑強に作られた玉座に座ってしまっていた。後ろに下がろうにも――後がない。彼女は場所を選ばない。

 捕まったら、ジ・エンド。

 支配者は非常に焦っていた。

 

(な、なにか、手はないかぁぁ?! うわぁぁ……会議室の比じゃないよぉ。公開生中継だよっ!)

 

 そもそもAVは、大勢で見るものではない。コッソリと楽しむからいいのだ。イヤ――それは今、重要ではなかった……。

 ここは玉座の間であり指輪は使えないのだ。アインズは動けないっ。

 

 だがここで、彼は左手で握ってる物に気が付いた。

 

 ギルド武器――『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』。これは指輪とは違う。

 これなら、この場からの〈転移〉も可能。さらに、宝物庫最奥の世界級(ワールド)アイテム保管庫内や、第八階層を経由せずに桜花聖域へも直接行く事すら可能だ。

 同じ指輪を持つ、アルベドをも置き去りに出来る。

 ギルド武器アイテムは伊達では無い。

 

(やったぁっ! 逃げられるぅぅぅ)

 

 でも――ちょっと待て、と彼の心が叫んだ。

 この場で玉座へと襲いかかって来るアルベドを〈転移〉で躱した場合、残された彼女がどうなるのかが支配者の思考へと過った。

 これが普段の場なら、いつもの顔ぶれで何とか取り繕う事は出来るだろう。

 しかし今回は、公式で厳粛な集会内において、全軍が見ている中での至高の御方への無礼行為になるのだ。おまけに見た目が、嫌がられた風で逃げられてしまうという……。

 

 間違いなく、強制休養では済まない失態の上、彼女の心は更にオカシクなるのではないだろうか。

 

(――――っ)

 

 彼女がこうなっているのも元はと言えば、設定を書き換えたモモンガ自身の所為ではないかという思いがある。彼女だけに負わせる事ではないと。

 そもそも、彼女を嫌いな訳が無い。綺麗だと思っていたのだ、愛してくれたら嬉しいなと。遊びが入ったとはいえ設定を変える程に。

 時間がないアインズであったが、一瞬で決断する。

 彼は――自ら前へと足を踏み出していた。

 

「アルベド!」

 

 絶対的支配者からの強い声よりも――玉座壇上で自分の熱い身体が御方によって強く抱き締められている事に、アルベドは逆に固まった。

 アインズは、拘束を掛けられる前にアルベド側へ仕掛けたのだ。

 もちろんアインズの声は、広間内の全注目を集める。その抱き合う姿も。

 

 

 そして、当然玉座の間内も固まった……各々が様々な表情で。

 

 

 この場においては少しハレンチ的行為だが、アルベドが苦境に立つよりか全然マシだろう。

 ありがたい事に、絶対的支配者であるアインズの如何なる行為も、このナザリックでは許されるのだから。

 彼は、自身への『伝家の宝刀』で今の状況を凌ぐことにした。

 

「――体調が悪いようだな。ちょっと付いてこい」

「は、い……」

 

 アルベドは、失態と状況から混乱気味に答える。

 思わぬ非常事態に支配者は、この場の後処理について、壇上から見下ろしつつ適任者へと指示を出す。このあと、第六階層の闘技場にて盛大な宴会が催される予定もあるからだ。

 

「デミウルゴス、少し任せる」

「はっ、畏まりました」

 

 最上位悪魔の階層守護者は、壇上での状況から何があったのかを即理解し、余分に話す事無く真摯に言葉を返した。

 それを聞くとアインズは黄金の杖を使い、アルベドを抱き締めたまま玉座の間から〈転移〉した。

 

(申し訳ありません、アインズ様……賢明な御判断に感謝いたします)

 

 デミウルゴスは至高の御方へ感謝した。

 流石の彼も待ちに待っていた集会で、その直後の満足感に満たされた雰囲気の中では、アルベドの変化に気付くのが完全に遅れた。その事を悔やみつつ、気配りが足らなかった事を御方へ詫びていた。

 シャルティアやアウラ達もデミウルゴスの下へと集まって来る。

 

「我が君が、あの女を抱き締めるなんて……一体どうしたでありんす?」

「何も問題ありませんよ。アインズ様の慈悲深いご配慮のおかげでね」

「あっ、……あの大口ゴリラのサキュバス、また盛ったのでありんすか? まぁ、今日は私も感動でちょっと下着が怪しいでありんすが」

「この乳ナシっ、何言ってるのよ。アルベドもアルベドね。大事な集会でしっかりしなさいっての」

「……ソウダッタノカ。統括ニシロシャルティアモ、コノ厳粛ナ場デ不謹慎デアルゾ」

 

 割と寛大であるコキュートスが、声のトーンを落とし不快感を露わにしていた。この場は、至高の御方の厳粛なセレモニーであるからだ。何人も汚すことは許されない。

 

「わ、悪かったでありんすよ」

 

 武人の言葉に、シャルティアも我が君の晴れの場という事で少し反省する。それと、コキュートスの本気もヤバイのだ。

 だが、そんなコキュートスを気にすることもなく、些かショックに思うマーレは呟く。

 

「モ、アインズ様……ギュッと抱き締めてたよ」

「「……っ」」

 

 マーレの言葉に、シャルティアとアウラはちょっぴり悔しそうな表情で口を結ぶと、一瞬目線を落とした。三人の美少女揃いの階層守護者達は理由はどうあれ、アルベドが羨ましかったのだ。

 その感情は、この場で見ていたルベドとプレアデス達やオーレオール、エンリら、主を敬愛する者に共通した想いであった。

 

「セバス、闘技場側の宴会準備はどうなっています?」

 

 デミウルゴスは、最も詳しいセバスへと確認する。本来、アルベドが皆へ指示する予定であったが、主より任された以上、見事に熟さなければならない。

 

「すべて順調です。ほぼ完了しています。問題はありません」

「そうですか、分かりました」

 

 ナザリックの執事からの回答を受け、デミウルゴスが玉座の間の者達、皆へと告げる。

 

「皆さん、聞きたまえ」

 

 アインズの消える前後辺りから、些かざわついていた広間内であるが、最上位幹部の階層守護者であるデミウルゴスの言葉に鎮まり、皆が傾注する。

 

「統括のアルベドが一時体調を崩したため、至高の御方より私が『宴会進行』代行に指名されました。これより、アインズ様の御改名と、その御方の下で我々ナザリックが偉業への第一歩を踏み出す門出を祝して、第六階層闘技場において宴会を行います! 今回は食事会だけではなく、アインズ様の御配慮と許可により催し物も豊富です。各員、速やかに移動し存分に楽しみましょうっ」

 

『『『おおぉぉぉぉーーーーーーーーっ!』』』

 

 宴会開催と聞いて、皆、大喜びである。

 もう先程の、アルベドに関するアインズの行為を気にしている配下は、殆ど居なくなっていた。そもそも、至高の御方であるアインズの行動への憶測すら、不敬となり下々にとって許される行為ではないのだ。

 アインズが〈転移〉前に、アルベドへ「体調が悪いようだな」と言葉にしているのを前列付近の者が聞いており、『そういう事なのだろう』として、この一件は完全に落着していった。

 

 

 

 

 

 アインズとアルベドは、宝物殿内の入り口付近、天井からユグドラシルの金貨が降り落ちて、床を敷き詰め山となって積もっている空間へと現れていた。

 アルベドは、まだアインズに抱き締められている。まさに、頭の中で何度も妄想していたシーンである。

 非常に嬉しくあったが、しかし、彼女は今――なんとも言えない不安を感じている。

 この体勢は、厳粛な場所においての明らかに彼女の暴走を、支配者から庇って貰った結果であるからだ。

 

「アルベド、もう大丈夫か?」

「はい」

 

 アルベドの声を受け、アインズは拘束的に抱き締めていた両腕を放し、数歩下がった。

 彼女はすぐさまその場へと跪く。

 

「申し訳ありません、アインズ様。厳粛で大切な集会の場で、我を忘れてしまいました。つきましては、どのような罰でもお与え――」

「――よい」

 

 "くださいますように"とアルベドが告げる前に、アインズの許しが聞こえた。

 アルベドは俯き落としていた顔を上げ、アインズを見上げる。

 支配者は――闇の眼窩(がんか)に収まる優しい赤き瞳で見てくれていた。

 彼は、ゆっくり静かに話し始める。

 

「お前の設定について、手を加えた事に……私は責任を感じている」

「いえっ、アインズ様に責任などございません。全て私の気持ちから起こってしまった事です」

 

 直ぐに反論するアルベドだが、その不安は大きくなってきていた。アインズの様子が重たいのだ。

 それが的中する形で、支配者はアルベドへとその『決断した考え』を伝えた。

 

 

 

「私は――お前の"その設定"を修正しようと思う」

 

 

 

「――――っ!」

 

 アルベドは絶句する。

 

 ――『モモンガを愛している』

 

 アルベドにとってこの一文は、心の拠り所でありプライドであり、主からの愛の証と考えている。それはそれは、大切な大切な宝物と言えた。

 しかしアインズは残念ながら、まだそこまでのモノだとは思い至っていない。変更してからまだ日も浅いものだと。

 支配者は、気付かないまま話を続ける。

 

「幸い今、私はこれを持っている。意識の中でお前の設定欄へアクセスし、ソフトウェアキーボードを使えば変更は可能なはずだ」

 

 支配者は、ギルド武器の『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を左手で僅かに持ち上げる。アルベドも、設定を変更された時の光景自体を見ていたので理解出来る。

 それだけに恐怖である。消えてしまうのだ、「モモンガを愛している」という愛しく刻まれた文字が。

 彼女は――願いを伝える。

 

「アインズ様。何卒、何卒、それはご容赦頂けませんか? 私がお嫌いになったのでしょうか? それとも私が――ご迷惑になって……いるので……しょう……か」

 

 そこまで伝えて、今日の厳粛であった集会での自らの失態を思い出していた。

 アルベドは小さく震え始める。

 そして叫びつつ懇願した。必死であった。

 

「ア、アインズ様、罰を。私に是非、罰をお与えくださいっ。で、ですから、どうか設定の変更だけはっ」

 

 いつの間にか彼女の美しい目元から一筋の涙がこぼれ落ちていた。

 

「……お前は悪くない」

 

 アインズは、罰の必要が無い旨を、ゆっくり顔を小さく横に振って伝える。

 そして、右手で優しくアルベドの頬を撫でながら涙の滴を拭い、優しく語り掛ける。

 

「分かってくれアルベド。これは――お前を守る為なのだ。このままでは、私が勝手に変更した設定によって、お前がいつか大きく酷い失態をしてしまうのではと思ってな。それが原因で守護者統括の地位を辞す事や、もっと悪い状況になるやもしれん。今日のように、私がいつも事前に気付いて助けてやれるとは限らないのだぞ」

 

 アインズはただ心配なのだ。自分の行った設定の変更が無ければ、彼女がこのような『発作』を起こさないのでないかと。

 しかし、アルベドは譲れない想いの言葉を返す。

 

「――仰る事が分かりません。それに構いません、たとえ一兵卒へ落ちようとも。私の忠誠は、永遠に、微塵も変わりませんっ。どうか、どうか……」

 

 彼女は言い切った。

 それほど大事なのである。僅か10文字程であるが、ハッキリとした至高の主から貰った愛の形であるのだから。

 

「アルベド……」

 

 アインズは困ってしまった。彼自身、これを言いたくなかったが、『命令する』しかないかも知れないと思い始める。

 彼女の必死に漏らしたこの後の一言を聞くまでは。

 

 

 

「それに、アインズ様が設定を変更されたとしても――私のアインズ様を敬愛する気持ちは、もう変わりませんっ!!」

 

 

 

「え゛っ………」

 

 盲点であった。

 というか、アインズもまだ新世界におけるNPCの設定の有効性を全て理解している訳ではない。

 アルベドの叫びは続く。

 

「設定はあくまでも"初期設定"で――必ずしも絶対ではありませんっ。その気になれば反することはあり得るのです。その証拠がルベドです。あの子には、至高の41人に敬意を持っていない設定が明記されている事をご存知のはずです。でも、今は違います。今日、あの子は――皆と同じにちゃんと跪いていましたから。あの子を変えたのは……アインズ様です」

「――――っ、そうか……」

 

 ルベドに付け加えたのは「至高の41人には従順である」という一文のみ。当初、ルベドは確かに命令には従ったが、愛想も会話も無く礼などは殆どしてこなかったのを思い出す。

 だが、今は明らかに違う。送迎の礼もきちんとしてくれるし、向こうから可愛くスリスリして来てもくれるのだ。

 アインズは、仲間の子供同然といえるNPC達のこの新世界における可能性を、もっと広い目で見てやるべきだという思いが湧いた。

 また、どうやら設定とは別でキャラごとに好感度等の多数のシークレットパラメーターも有るのではと感じた。これは、管理システムのマスターソースでも確認変更出来ない項目の様だ。AIとも関連する、いわゆる個性と言っていいだろう。

 アインズは、アルベドの肩へと右手を置いて伝える。

 

「アルベド。良い事を進言してくれた。良く分かった。もうこれ以上お前の設定について、変更するとは言うまい」

「ア、アインズ様っ……ぁっ」

 

 跪いていたアルベドは、安堵感により力が抜けてよろけそうになった。彼女にとってはそれほどの事象だったのだ。

 アインズは、彼女の肩に置いていた手で支えてあげる。

 

「立てるか、アルベド? 我々も第六階層の宴会場へ行かなければな」

 

 主役とトップレディーの二人である。会場も格好が付かないはずだ。

 アインズがそう尋ねると、アルベドは悪戯っぽく笑った。

 

「立つのは……無理なようですアインズ様。出来れば、その……抱っこをお願いします、お姫様風に」

 

 また、あの『発作』が起きるかもしれない。

 しかしアインズは、可愛らしい彼女のその要望に応えてあげた。

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層『ジャングル』内の闘技場脇の上空へ二人は姿を現す。

 

(よっしゃぁぁぁーーーーーーーっ!)

 

 アルベドは、心身共に逞しく復活していた。まさに転んでもタダでは起きない。

 愛しのアインズ様にお姫様抱っこをしてもらい、ここまで連れて来てもらっていた。

 

「さあ、着いたぞ。我々も、そろそろ宴会での役割を果たそう」

「は、はい(グッと抱き締めて頂いた熱い感触とぉ、お姫様抱っこ……くふふふ)」

 

 ここへ現れるまでに、お姫様抱っこのまま素敵で静寂の広がる宝物殿内のホールを5分ほど歩いてもらえたという大サービスまで追加されていた……。

 アルベドはまだ名残惜しくも、予想外のご褒美を貰えたことを思い出しつつ満足する。

 アインズ達が玉座の間から姿を消して30分近く経過していたが、タイミング的には丁度良い感じに思えた。

 転移門を使っても、第六階層へ万を超える移動となると、それなりに時間が必要であった。

 この時上空への、ナザリックの絶対的支配者と守護者統括の登場に気付いた者達から歓声が上がり出す。

 軽く手を振るアインズとアルベドは、並んで空中から競技場の観客席部分にある少し張り出た舞台部分へ降り立った。

 そこにはデミウルゴスと指示を受けていた配下の三魔将の一人、筋肉質で美男子風の相貌と長めの赤髪を持つ強欲の魔将がおり、アインズらの登場に魔将は直ちに膝を折り、デミウルゴスは腹部へ手を添える形での礼にて出迎える。

 

「お待ちしておりました、アインズ様」

「うむ、ご苦労。すべて順調そうだな」

「はい。各階層の当直のみを残し、すでに大半が入場を完了しております。アルベド、貴方も大丈夫なようですね」

「ええ、任せてしまってごめんなさい、デミウルゴス。代わりましょうか?」

「まぁ、総合司会は私がやる予定でしたし大丈夫ですよ。では、少しバックアップをお願いします」

「分かったわ。では、アインズ様」

「ああ」

 

 笑顔のアルベドは会場の資料を受け取り、少し離れたところで指示を伝えているセバスのところまで、優雅な素振りと足取りで確認へと向かった。

 デミウルゴスは、アルベドの件についてはもう何も聞かない。アルベドのいつもと変わらぬ様子で察するとともに、支配者の対応と配慮の素晴らしさに感動していた。

 

(――流石でございます、アインズ様。先程、玉座の間で混乱し固まっていたアルベドが、この僅かな時間で生き生きとしています。"超位魔法"に匹敵する至高の存在力に感服いたします。同僚の私では、対応が難しい件でした)

 

 アインズは、デミウルゴスから会場のパンフレットを受け取りつつ、このあとの簡単な流れを聞く。殆どやることは無く、中盤にこの舞台を使った催し物で、一文読んで欲しいとだけ頼まれとりあえずOKすると、舞台後方の一段と高い位置にある支配者席へと移動する。玉座の間で別れた形のエンリ達の様子が少し気になったが、宴会開始直前で有り自重する。

 この全軍が揃う場所で、過度に贔屓されているという形の先入観を周りに持たせるわけにはいかないのだ。エンリとネムのような普通の人間は、このナザリックでは余りにも脆弱といえる存在でしかない。

 また一方で……初めて見る周りの異形の者達の姿に、震え上がっているのではないかと、そう不憫に考えていた――。

 

 

 

「うわーい、カッコイイ骸骨さんがいっぱいっ! あっちにも強そうな虫さん達がいるよっ! 悪いやつらをおしおきするアインズ様の軍団だよねっ」

「こら、ネム!」

 

 ネムは、ここへ来て絶好調であるっ。

 すでに森の賢王ハムスケの背に乗せてもらっていた。

 エンリとネム、ハムスケ、ジュゲム、デス・ナイトのルイス君はNPCのキョウに連れられ、パンフレットを片手に宴会直前の全軍集結でごった返す闘技場内を歩いている。

 ハムスケは、200年間ずっと独りでいたため、殆ど人間とも付き合ったことがない。出会ったのは、大半が名を上げに来た冒険者達。なので人間に余り良い印象はないが、アインズ配下の同輩となれば別であった。

 玉座の間で出会った際、キョウを挟んで互いに自己紹介していた。

 

「某はハムスケでござる。女の子同士、よろしくでござるよ」

「こ、こちらこそ、ハムスケさん。私はエンリ、こっちが妹のネムよ。あと、付き添いのジュゲムさんと、戦士のルイス君」

「ハムスケちゃん、凄くカッコイイっ!」

「そ、そうでござるか」

 

 長い尻尾を揺らしテレる稀代の森の賢王は、ネムにちゃん付けされて、すぐ懐かれていた……。

 カルネ村の中では、限られた遊びしかなく見世物も来ない。しかし逞しいネムにとって、このナザリックは目に入るモノ全てが、大スケールの遊び場的所にも見えていたのだ。

 その時、キョウ一行へと声が掛かる。

 

「……キョウ……エンリ……ネム……」

「あっ、シズ様ぁー。ユリ様達だぁ」

 

 エンリ達を見つけたユリ達プレアデスの一行が近付いてきた。エンリらに馴染みのソリュシャンが見当たらず、内三人は見慣れない顔ぶれ。ちなみにルベドは、歪な赤子人形を抱く姉ニグレドと姉妹仲良く闘技場へ移動してきている。

 ネムは、ハムスケの側面に横方向へ靡く固い毛を慣れた梯子のように素早く降りると、シズへ駆け寄り抱き付いた。

 ユリ達はいつもの装備服ではなく、スカートの裾が長いタイプのメイド服を着ている。セバスから、各所の応援へ少し入るように言われてこの辺りへと来ていた。

 

「あ、エンリとネムっすね、あとは……顔は知ってるっすよ。時々、夜中にキョウの所や森のハムスケの所に顔を出してるっすから。私はルプスレギナっす」

 

 耳型カチューシャに赤毛が美しく三つ編みおさげ、元気な雰囲気でどこか憎めない美少女が、人懐っこい口調で話し掛ける。

 ジュゲムの方がエンリより強くとも『格』の問題があった。またエンリについては、支配者が望んだ世界級(ワールド)アイテム並みの特殊な生まれながらの異能(タレント)持ちの人間(ンフィーレア)を、味方に引き入れた大きな功が伝えられている。

 次に白肌の卵顔でストレートロングに黒髪の凄まじい美人のメイドが続く。

 

「ハムスケに、エ……エ、ム……姉と妹だな。(顔は)覚えておこう。私はナーベラル・ガンマだ」

 

 彼女には、人の名前の記憶は難しい模様。また、ネムに「すごく綺麗」と呟かれ満更でもない。

 最後にもう一名。

 

「えーっと、まず(固そうなのが)ハムスケ。こっち(の柔らかそうな子)がネムで、そして(そこそこ柔らかそうな子が)エンリですねー。エントマですわー」

 

 斬新な覚え方である。相手はアインズ様直系の配下であり、自らが餓死しようとも食す気はないが、思考での表現は自由。

 ダークパープル系で節の有る独特の髪形をした、小柄で可愛い少女が綺麗な声で名乗った。

 そんな、見た目は凄く美しく見える人外のプレアデスである彼女らへ、エモット姉妹達も「エンリです」「ネムですっ」「ジュゲムです」という感じで名乗っていく。

 挨拶を終えて早々だが、ユリは眼鏡を上げつつ周囲に主が居ないこともあり、和やかに告げる。

 

「じゃあね。ボク達は、手伝いの方に行くので」

「頑張ってください(ニャ)」

 

 元気に激しく手を振るネムとキョウ達から見送られつつ、プレアデスの面々は去って行った。

 この時、キョウ一行の周りに大勢居る各階層のシモベ達は、この邂逅の前からしっかりと見ている。上位から手を出すなと通達はあったが、見慣れぬ『人間』のエンリ達がどういった立場の者なのかを知るためにだ。

 キョウについては、新参者であるが絶対的支配者アインズの制作したNPCということで随分上位というのは分かる。

 そのキョウが率いている事に加え、人間らは名を呼ばれている事が重要であった。ナザリック軍団において、大部分はまともな名前が無い。あっても、最後に数字が付いているのが大半と言える。

 きちんとした名前があるだけで、上位1000には入るはずなのだ。

 このナザリックでは、上位とレベルは余り関係が無い。至高の41人に近いかや実績・処理能力が重要で、統合管制室の責任者に就く執事助手エクレアは、危険な設定持ちの上にわずかLv.1である。

 そんな固有の名を持つエンリらは、プレアデス達と挨拶を交わし名を覚えられたことで、更に上位者として認識されていく。

 何と言っても戦闘メイド六連星(プレアデス)は、至高の41人によって生み出されたNPC達であり、第九階層の守備も任される間違いなく上位50番以内に入る存在。加えて、絶対的支配者の上、至高の御方であるアインズ様へも、直接意見を伝えられる者達なのだ。一兵卒達とは『存在次元』が異なる。

 気が付くと、混んでいるはずだがキョウ達の進行方向で、自発的にシモベ達が避けてゆき道が出来ていく。

 それは、プレアデスが去って行く時に近い感じであった。

 身分の低い一介の農民娘エンリには良く分からない異質である状況だが、キョウは一々気にすることなく誘う。

 

「では今度は、あちら側へ行ってみましょうか(ニャ)」

 

 ナザリックの軍団の大半は、減っても自動POPする兵団なのだ。そして、それらは個々で上位を認識してくれる為、意識する必要は無い。

 一行は通り易くなった道をゆっくりと進み始めた。

 

 

 

「では皆さん、大宴会の開催を前にこちらへ注目をお願いします!」

 

 

 その時、観客席から少し張り出た舞台の上で、デミウルゴスが両腕を大きく開くようなポーズで語り始めた。

 

「アインズ様も席へいらっしゃいましたし、御方の御改名とナザリックの栄光なる戦いの幕開けを祝しての大宴会をいよいよ始めたいと思います。つきましては開始宣言の前に、アインズ様から是非、一言頂きたいのですが」

 

 まあ、統率者の立場としてのお決まりと言える。

 アインズは、ゆっくりと席を立つ。

 宴の席であり、跪く必要もない。気楽にすればよいのだ。階層守護者と領域守護者達もアインズより一段低い席ながら両横に並んで座っている。

 それでも、全ての配下の視線がアインズへと集まっていた。

 

「では一言だけ。――アインズと改名して、皆の者とこの場を迎えられて嬉しく思う。そして、これから我々は一丸となって大きい目標へと向かって行くことになる、その門出だ。大抵のことは無礼講である。今日は皆、ゆっくりと楽しんで欲しい。以上だ。デミウルゴス、さあ、始めてくれ」

「無礼講の御許可も頂き、ありがとうございました。――では、宴会のスタートです! 皆さん大いに楽しみましょう!」

 

『『『『うおおぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』』』』

 

 観客席までもびっしり埋まり、競技場が地響く程の歓声で大宴会は始まった。

 さて振る舞いだが、守護者達の個別席には料理が並べられている。しかし、他の者達は違った。

 料理は基本バイキング形式。第九階層からバーも出張して来ており飲み物も充実。勿論食べ放題飲み放題だ。

 

 食材の大半は、トブの大森林やダグザの大釜で各種入手。あとは――――先日、モモンらが討伐した盗賊団員とか、盗賊団員とか、盗賊団員とか……。

 結構多くの者が死ぬ前に、最上位悪魔から用途を知らされたルプスレギナによって〈大治療(ヒール)〉されまくって確保されている。彼女は「危なかったすね。死なずによかったっすよ。ラッキーっすね」と助けた者達に笑顔で声を掛けていたが、その一部が新鮮なお肉としても提供されている。あの時、あっさり死んだ者は幸せである……。

 とはいえ、全軍の大半は飲み食いしない者も多い。そのため大いに盛り上がるのは、各種余興である。

 先日、討伐された盗賊団はここでも大活躍だ。的になったり、血飛沫や手足飛ぶ過激な見世物になっていた……。

 笑顔を浮かべるサディストのルプスレギナも周回して随時待機しており、壊れたオモチャを直すように『悪趣味な』終わらない地獄がそこに展開されていく。

 

 最後は、「スタッフで美味しく頂きました」という結末に向けて……。

 

 開始が宣言され少し過ぎた頃、宴会場内のある所でエンリの目が止まる。

 それは檻に入れられた――数名の人間の男達であった。

 そして、その横の舞台では、シモベ達により生きたまま●●●●●●な技が披露されていた。周囲は、シモベ達のテンションが上がり歓声に包まれている。

 

「ほう、余興でござるか」

「う、姐さん」

「あ、あれは……?」

 

 この光景にショックを受けるかと思われたエモット姉妹であるが、キョウの言葉で『納得』する。

 キョウはこう答えた。

 

「あの者達は、数十人で徒党を組み街道を中心に、長い間残虐的に盗賊行為をしていた者達で、アインズ様が冒険者に扮して討伐した後の生き残りです」

「………そうですか。では――当然ですね」

 

 この世界で、残虐な盗賊団の醜悪さは有名なのだ。

 襲われた者達の皆殺しは当たり前。若い女は連れ去り、使い捨てられた酷い遺体も良く発見される話を両親から何度も聞かされていた。

 エンリは、身内を失った家族達が少しでも報われる事を願う。

 姉から一応手で目を塞がれているネムも語る。

 

「悪者たちが、アインズさまの兵達にバツを受けてるんだよねー。すごいすごーい!」

 

 このように、エンリ達に関する物事の歯車は小気味良く回っていた――。

 

 

 

 宴会は午後1時頃に無事にスタートしたが、アインズは特に食欲は無い為、皆の様子を見て楽しむつもりでいる。

 この後、王城への帰還の時刻を考えれば、あと4時間ぐらいはゆっくり出来そうかなと考えていた。彼は、そう単純に思っていた……。

 

 さて無礼講である。そう宣言したのはアインズ自身。

 

「――!」

 

 宴会が開始されると、最初に予想外と言える予告なしの挨拶を受けた。

 支配者席の少し手前に無音で現れ跪いたのは、最上位悪魔の少女ヘカテーであった。

 可愛くつり上がった大きめの紅き瞳に、短めの左サイドポニーで炎のように濃い赤の髪。ボンテージチックである漆黒の装甲衣装とローブに、蝙蝠風で黒紫色の翼と悪魔の尻尾――。

 見るからに悪魔っ娘である。

 

「ヘカテー・オルゴット、御身の前に。この度、領土確保作戦における参謀就任の拝命を頂き、恐悦至極。まずはご挨拶をと。この戦いに、刻苦精進と慎始敬終の気持ちで臨む所存であります。また、何かご要望あらば、昼夜何時でも何なりと。しかし――ハレンチなのはイケマセン、いけないと思います」

「う、(先程のアルベドの件も込みかなぁ。そういえば設定が、真面目な風紀委員ぽいヤツだったかも……)うむ、考えておこう。今後何か頼むやもしれん。その時は、しっかり頼むぞ。下がってよい」

「はっ。では」

 

 彼女は瞳を閉じると〈転移〉で消えた。

 それと入れ替わるように、次は当然の如く熱いお誘いが右横からやって来る。

 

「我が君~。目出度いでありんすねぇ。ご一緒に会場を回りたいでありんす。その後は是非、私のダブル棺桶ベッドを見に~」

「シャルティア……」

 

 彼女は、今、アルベドが居ない状況を良い事に、アインズの右腕へと艶っぽく縋ってきた。

 開始5分程なのだが既に酒臭い……。いつから飲んでいたのか。まあ、楽しんでくれているようなのでいいんだが。

 

「――消えろ、この酔っ払いの男胸っ!」

 

 そんなシャルティアの頭を後ろから両側をガッと掴んで、後方にその身体ごと放り投げたのはアウラであった。無礼講、無礼講。

 そして何事も無かったかのように支配者を笑顔で誘う。

 

「アインズ様、是非私達と会場を回りませんかっ?」

「ア、アインズ様、是非」

 

 アウラは、更に妥協して妹のマーレも連れて来ていた。これは、一人ずつで行くよりも、優先度を上げさせる双子姉妹ならではの上策である。

 ところが後ろより――強敵現る。

 その者達は、僅かに出遅れたが、大きな切り札を持っていた。

 

「あのぉ、アインズ様。私達はあの階層から普段余り出る機会がありませんし、是非是非この機会にご一緒で見て回りたいのですがぁ」

 

 そう告げてきたのは、可憐さ漂う巫女姿の桜花聖域領域守護者オーレオールであった。そして両手で、第八階層守護者のヴィクティムを胸元へと大事に抱えて連れていた。

 

ボタン()()ハイ()タイシャ()()あおむらさき()()ぞうげ()ぞうげ()たまご()たいしゃ()

「うっ……」

「お、お姉ちゃん……」

 

 アウラ達の旗色は俄然悪くなった。アインズから返事を貰っていれば勝ち目もあったが、天秤に掛けられると分が悪すぎた。

 

「んー、そうだな。機会の少ないヴィクティムとオーレオールとは回っておきたいな」

 

 アインズの声に闇妖精(ダークエルフ)の姉妹はシュンとなる。

 しかし――。

 

「まあ、時間はあるし、30分ほど行ってこようか。アウラとマーレはその後でもよいか?」

「!――は、はいっ」

「だ、大丈夫です」

 

 双子姉妹に笑顔が戻る。

 アインズは、一旦選択するも順番だけを譲らせる形を取らせることにした。

 

「わ、我が君ぃ……あの……」

 

 そして、マーレ達の後ろで、寂しそうに立っている酔っ払いのシャルティアがいた。

 

「シャルティアはマーレ達の後でよいか?」

「えっ。は、はいでありんすっ!」

 

 彼女もアウラ達と同様、華がパッと咲いたようにうっとりとした笑顔を浮かべた。

 

「うむ。では、ヴィクティムにオーレオール、行こうか」

あおみどり()()

「はい」

 

 アインズは、第八階層コンビのヴィクティムとオーレオールを伴って闘技場内へと目立たぬように降りて行った。

 その彼の姿を、領域守護者席に来ていたルベドがじーっと追うように熱い瞳で眺めている。

 それについて、姉のニグレドが確認する。

 

「まぁ、可愛らしい下の妹よ、アインズ様とご一緒したいの?」

 

 コクリ。

 モフモフで純白の翼を僅かに動かしつつ、ルベドの頬は少し赤くなった。

 

「まぁまぁ。そうね――ここは、私達三姉妹のエースが来るのを待ちましょう」

 

 タブラ三姉妹のドン、ニグレドは落ち着いて切り札が来るのを待つことにした。

 

 

 

 ヴィクティムは、アインズに抱きかかえられて移動していた。

 

たいしゃ()しおん()あおむらさき()ちゃ()はい()

「いや、かまわん。無礼講だ。行きたいところや何か参加したければ遠慮するな」

 

 アインズの腕力からすれば、全く重くない。ヴィクティムの場合、地を這う速度と飛ぶ速度に大差がないので誰かが捕まえて運ぶ方が効率が良かった。

 動作もゆっくりなので、眺めているとそれなりに愛らしい姿に見えてくる。

 オーレオールも、そんな階層守護者が気に入っているようで、玉座の間から第六階層までも率先して彼女が運んであげていた。

 さて、宴会の余興は、見世物ばかりではなく腕自慢とかも開かれている。

 オーレオールの得意である武器に弓矢もある。

 極小の的をどれほど正確に、そして多く射抜けるかの競技も行われていた。

 

「アインズ様、少々お待ちを。ちょっと参加してきます」

 

 告げると同時に、パンフレットで知った催し物へ飛び入りで参加し、あっという間に競技を終えたオーレオールへ周囲から歓声が上がる。

 彼女は高速で動く極小の的三十個の中央を見事打ち抜き、二人目の満点を出していた。

 

「相変わらず、見事だな」

「恐れ入ります。――胸の形まで褒めていただいて」

「えっ……ま、まぁ……うむ」

 

 偶々、上から見下ろした視界に巫女服の胸元も入っていただけなのだが。彼女の思い込みは、激しさを増していた。確かに彼女のは、大きさといい形も良いので否定出来ない……。

 至高の御方に色々褒められ、バッチリ気に入られたと思い込む彼女は、染めた頬に手を当てつつ幸せな時間を過ごせた。

 

 

 

 アインズがオーレオール達と支配者席へ帰って来ると、今度はアウラとマーレの番である。

 

「待たせたな、二人とも」

「いえっ」

「ま、全く」

 

 双子の姉妹は、待ち時間など無かったかのようにニコニコとして、アインズと共に会場内へと向かった。

 

「今日は、遠慮するなよ」

「はいっ」

「は、はい」

 

 すでに、二人はアインズとそれぞれ手を繋いで歩いていた……。

 先程、ヴィクティムとオーレオール達とは会場の北側を回ったので、此度は東側の区域を回る。

 どうもこの辺りの見世物は、あの盗賊団員を使っての結構エグイ出し物が並んでいた。

 領域守護者の餓食狐蟲王(がしょくこちゅうおう)とグラントに、特別情報収集官のニューロニストも態々強烈な見世物を出しており、人気の一角となっている。

 しかし、アウラとマーレの属性はカルマ値マイナス100の悪寄りであり、全く気にする様子はない。そもそもマーレにすれば、モモンと共に斬り付けられた側である。アウラもアインズの敵を許すはずも無く、当然の結果だと双子の闇妖精(ダークエルフ)は冷徹に笑顔で眺めていた。まあ、アインズは言わずもがな。

 一方で、マーレは杖を腋に抱えての乙女歩きで相変わらず可愛く、アウラも見世物に目を向けながら可愛い笑顔を見せ、妖精達の様子にアインズは和んでいた。そして辺りを見物しつつ三人は、宴会の見どころについての会話に興じる。

 その話の中で、「このあと楽しみにしていて下さいね、アインズ様」と言われ、「うむ」と軽く答えたアインズが、この後何か催し物があったかと考えた時――道の途中で、宴会のバックアップに入っていたはずのアルベドに捕まった。

 

「アインズ様っ、姉さんに聞きましたわ。是非、私達三姉妹とも回って頂けますよね?」

 

 どことなくワインの香りをさせた彼女には、詰め寄るどこか有無を言わさないオーラが溢れていた。先程の失態など、すでに無礼講の彼方へと消え失せてしまっている感じだ。それもまあ良いかと、アインズは頷く。

 

「お、おう。では、シャルティアの後でな」

 

 ヤツメウナギィィィの後と聞いて、少し思い出したかの様にムッとなり掛けるも、笑顔でアルベドは伝える。

 

「はい。その時をお待ちしています。それでは」

 

 そう言って、彼女は僅かに裾を持ち上げる仕草を入れて華麗に礼をすると、会場のシモベ達を「くふふふーー」と派手に掻き分けながら嵐の様に去って行った。

 その様子にポカンとし、残りのデートの時間は「お散歩」に近い感じになるも、双子姉妹は主に触れていられればそれで十分幸せという風に、会場を回り終えるとアインズ達は観客席へと帰って来た。

 

 

 

 アインズは、守護者席でアウラ達と別れて支配者席まで戻って来る。

 すると、支配者席周辺には凄まじい――酒臭さが充満していた。

 そしてアインズは、うめき声のボヤキを聞く。

 

「我が君~~、我が君~~~~。ヒック……どうせ私なんかーーっ。胸っ、無いでありんすよーーだ。おっぱい無いのが怖くて、女なんかやってられますかってんだっ」

 

 支配者席には、酔いどれの吸血鬼が頭から倒れ込んでいた……。

 

(……良かった。無礼講でほんと良かった)

 

 アインズは内心でそう思った。

 ヴィクティム達の次にアウラ達と回り、合計で1時間ほどであったが、一体誰がここまで飲ませたのだろうか。

 

「……ぺったんこでも需要あるんでありんすよ、きっと。あ……我が君は、ヒック……大きさに拘ってないって、言ってたもんね~~。ヒヒヒッ、ざまみろ――――大口ゴリラぁっ。……ぉぃ、さっきから、聞いてんのかゴラぁ~!」

 

 どうやら、犯人はアルベドらしい……。後で聞いた銘柄は強力と聞く『絶望のワインIV』。この酔っ払い方だと、オーレオール達と回っていた時に、どこかで早飲み比べでもしていたのだろう。妨害工作的に酔い潰しかもしれない。

 ベロベロでも主との約束を守ろうと、左手にくしゃくしゃになった会場のパンフレットを握り締め、ここまで倒れたり這うようにして辿り着いたみたいだ。綺麗な袖やボールガウンの衣装に少し汚れが付いている。

 約束でもあり仕方が無いので、アインズはこのまま――シャルティアをおぶって連れていってやる。

 彼は西側の会場へと向かった。背負われた真祖の少女は、ほとんど動かず「う~ん、う~ん」と唸っているだけのデートであったが。

 その途中の催し物で、アインズは新参のNPC『同誕の六人衆(セクステット)』の一名より声を掛けられる。

 

「これは、アインズ様。ジルダ・ヴァレンタインであります」

 

 裾が短めの白衣で、胸元のボタンがはちきれそうな金髪白肌巨乳美容師の蛮妖精(ワイルドエルフ)がそこに居た。インパクトのあるサイズが揺れる胸元は忘れようもない。

 彼女は出張美容院を会場で開いている様子。

 

「おお、ジルダか。繁盛しているみたいだな(なるほど、こうしてれば皆と打ち溶けやすいよなぁ)」

 

 シャルティアをおぶりつつ、アインズは多くの客が入っている彼女の催し物の様子を眺める。

 

「はいっ、おかげさまで。……ところで、少し寄られませんか? シャルティア様の服が汚れていらっしゃるようなので〈乾燥洗浄(ドライ・クリーニング)〉を掛けさせて頂ければ」

「……そうか。では頼もうか」

 

 残念ながら髪がないアインズに、美容院は縁がないと思ったのだが、そういう事ならと寄らせてもらう。支配者席での余りの惨状に、そこまで気配り出来なかったなと思いつつ。

 シャルティアをマッサージ用の台へ寝かすと、何故かアインズは散髪台へと座らされた。

 蛮妖精(ワイルドエルフ)の彼女のぴちぴちで艶めかしい太腿のホルスターに、鋭い鋏を何本も下げている姿が目に入る。

 

「ジルダよ……残念ながら私に切る髪はないぞ」

 

 本日は無礼講である。こんなジョークも可能ではある。

 しかし、ジルダは言った。

 

「アインズ様、御髪をカットするだけが美容院ではありません。その至高なる骸骨のお顔を磨かせて頂ければと」

 

 なんと、美肌ではなく美骨エステをしてくれると言うのだ。

 

「ほぉ。……では頼んでみるか」

「はい。では、数分頂きますね」

 

 頭部の装備が一時外され、頭骸骨が露わにされると、蒸しタオル、特製のオイルとワックス、そして磨きが三段階で丁寧に行われた。

 そのつど「タイル入りまーす」「オイル入りまーす」「ワックス入りまーす」「磨き入りまーす」と可愛い声が響く。

 仕上がりは、テカテカというわけではなく、鏡に映る姿は威厳が増したシック(上品で洗練されているさま)な仕上がり。

 

「おおぉ。凄いな」

「お褒め頂き、有難うございます。シャルティア様の方も終わっております」

「そうか、手間を掛けさせたな。では行かせてもらおうか」

「お気を付けて。またのお越しをー」

 

 ジルダに手を(自然に巨乳も)振られて、酔いつぶれのシャルティアを再び背負ったアインズは催し物を後にした。

 その後10分ほど、アインズは律儀に周辺を回ると観客席へ戻ろうかと立ち止まり、シャルティアへ声を掛ける。

 

「シャルティア、そろそろ戻るぞ」

 

 彼女は、絶対的支配者の大きい背中でもぞもぞとする。……もぞもぞと動く。

 

「ん?」

 

 アインズが振り返えろうとするも……装備によって直接見ることが出来ない。仕方が無いので〈千里眼(クレアボヤンス)〉で確認する。

 すると、微かに頬を背中へスリスリしているシャルティアの姿が目に入った。

 

「我が君~~、我が君~~」

「なんだ?」

 

 主は優しく声を掛ける。しかし聞こえていない様子で「我が君~~」を繰り返していた。

 

「ふっ、仕方のない奴だな」

 

 そう言いつつ、アインズは大事に娘を背負い直すと再び歩き出す。

 すると、シャルティアは小さく呟き始めた。

 

「……こんな……みっともない……私でも……見捨てない……我が君の事……どこまでも(……灰になっても……愛しているで……ありんすえ……)」

 

 最後の方は、よく聞き取れなかった。

 

 

 

 絶対的支配者が階層守護者達と戯れていたころ、闘技場内の一角で一つの邂逅があった。

 それは、ネムの大きな叫び声が切っ掛けを呼び寄せる。

 

「ああっ、ゴキさんだぁぁーー!」

「ネ、ネムッーー!」

 

 エンリの声が空しく響く。

 小さい彼女(ネム)の視界には、村でも見慣れたアノ昆虫の姿があった。

 しかし、ずいぶん大きい30センチ程の体長で二足歩行の上、小ぶりだが金の王冠と金の笏丈まで持っている姿。

 呼ばれたと思い、紳士である彼は紅色で大きい襟のあるマントを翻しながら声を返す。

 

「何かね、そこのお嬢さん」

 

 声の(ぬし)は、第二階層の区画黒棺(ブラック・カプセル)領域守護者の恐怖公であった。

 無礼講とはいえ、キョウを含め周囲のシモベ達は騒然である。

 ナザリック上位20番にも入り、配下数千を誇る『別格』の存在だ。その傍にも精鋭の1メートル程もある配下達を連れていた。

 だが、ネムが凄いのはここからである。

 彼女は恐怖公へと近付いて行き――直前で目線を近付ける為、膝を折って両拳を握りつつ大声でこう告げたのだ。

 

 

「超カッコイイーーーーッ!」

 

 

 ネムは、動物や虫が好きな子であった。しかし、王冠を付ける虫はそういない。

 そしてこの掛けられたカッコイイという言葉に、恐怖公は少なからず――感激した。

 今のナザリックの女性陣で、まともに自分を見てくれるのはマーレぐらいである。

 エントマは、少し違った……危険な存在というべきかもしれない。

 恐怖公も階層守護者のシャルティアから、最近ナザリックへアインズ様の配下として加入した人間の娘達について聞いていた。珍しかったため覚えている。

 

「吾輩は第二階層黒棺の領域守護者、恐怖公である。お嬢さんは確か……」

「ネムですっ、恐怖公さま。うわー、りっぱな足のトゲトゲーー」

 

 少女の様子から分かる。嫌がっている様子は微塵もなく、非常に喜んでいるのが見て取れた。

 彼は思った、この子はナザリックの同胞でも凄く貴重といえる人材だと。

 ふと、階層守護者のマーレは圧倒的強さを持つが、このただの人間の子はいかにも非常にか弱く見えた。

 

「ネムか、良い名だ。良い子の君は――コレを連れているとよい。身を守ってくれるだろう」

 

 恐怖公は、マント内側の背中から取り出すと、ソレをネムの手へと乗せた。

 ソレは、体長7センチ程で「白く」美しい一匹のG個体であった。よく見ると真珠の様に薄く虹色の輝きを放つ特別な個体のようだ。

 

 ――ネムは何気にLv.23の助っ人をゲットした!

 

「また会おう」

「ありがとうございますっ、恐怖公さまっ」

 

 黒棺(ブラック・カプセル)の領域守護者は、金の笏丈を掲げ口を広げつつ笑顔で去って行った。

 手を振って見送るとネムは、その新しいお付きの白き者のお尻で気付く。

 

「綺麗ー。あなたはメスなんだー。じゃあ、えーっと……オードリー(高潔な強さ)って呼ぶね」

 

 白きG(オードリー)は、美しい触角を盛んに動かし喜んでいた……。

 

「ネムーーーーっ!」

 

 姉エンリの叱る声が響いたが、また格が上がった彼女らを咎めるシモベは周囲に居なかった。

 

 

 

 アインズは一般メイドを呼んで、シャルティアの守護者席傍に敷物を敷かせ優しく寝かし付けると、支配者席へと帰って来た。

 その際、漆黒のローブの背中側へ〈乾燥洗浄(ドライ・クリーニング)〉を掛けながら。

 最後の最後で、シャルティアは()()()()()をリバースにより噴き出し、御方の背中へぶちまけてしまっていた……。

 無礼講、無礼講……ノープロブレム。

 そして目の前には、スタイル抜群の三名の美女が並ぶ。……約一名、領域から出る為、顔の皮に不慣れだけれど。おまけに、本当に気持ちの悪い赤ん坊の人形まで持っているんだけど。

 ニグレド、アルベド、ルベドの三姉妹である。

 普段の服装色は黒、白、白だが、なんと今はデートの為、赤、桃、黄である。

 皆、華やかなドレスを身に纏い、颯爽と並び立っていた。

 それも、謀ったかのように全員大きい胸と胸元が更に強調されているデザインである。裾もスリットが強烈で覗く生足は艶めかしく、もはや十分エロいと言っても良い。ニグレドもアルベドとほぼ同じスタイルと、本来の美人の表情を主へと()()付けていた。よく考えると、本当に赤ちゃんが欲しいのは彼女なのかもしれない……。

 

「アインズ様、ほんのひと時ですが可愛らしい上の妹と可愛らしい下の妹共々、よろしくお願いしますね」

 

 いつもの形相と周囲の赤子群、出会い時の狂乱は異色だが、普段の思考は三姉妹で一番『普通』である、艶やかである髪を揺らす長姉のニグレドが主へと挨拶した。顔の皮が付いていると、本当にびっくりするほどアルベドとそっくりである。

 

「う、うむ、では参ろうか」

 

 アインズ達は、残った宴会会場の南側へと足を運ぶ。

 両手をニグレドとアルベドに引かれ、無礼講なので……首元に浮遊するルベドが纏わり付いての移動だ。

 最高位ペアを含む一行は、さすがに目立ち過ぎるようで、シモベ達は大きく道を開けて通してくれていた。

 それもあったのか場内を回り始めて5分ほどで、キョウ達一行と出くわす。

 

 

 

 ――エンリは玉座の間にて、アインズが壇上でとても美しい女性を、ギュッと抱き締める姿に大きくショックを受けていた。

 

(私はまだ、あんなふうに熱く抱き締めてもらったことがない――)

 

 彼女はまだ、ナデナデぐらいしかしてもらっていないのだ。

 エモット家で、美しい天使のルベドを抱えたアインズを見た時、偉大な英雄様には周りへ多くの女性が居るのは自然の事だと、自分もその一人に入って可愛がって貰えればいいなと思っていた。

 しかし改めて考えると、壇上の女性は自分より数段美形顔である上、長く綺麗な髪で肌も透き通るように白く、更にスラリと背が高く豊満で美しかった。黒い翼が腰から生えていたが、その神秘さは増すばかりと言える。

 エンリとしては、自分も主の妻の一人で居たいと考えているのだが、あの美しい女性との落差の現実にまた自信を失いかけていた。

 

(女性として大人と子供程の差があるかも……閨を一緒にした時、旦那様に触れて頂けなかったのはその所為なのかな……)

 

 見せ付けられた現実から、大きく寂しい劣等感と疑問は尽きない。

 エンリは、村へ高級馬車が来た時に感じた、村娘的な劣等感とはまた違う女の壁に当たろうとしていた。

 宴会会場を歩く中、時々ネムの暴走で忘れたような状況になるが、落ち着いて歩いていると圧倒的であるアインズ様はやはり遠い存在なのではと不安が襲って来ていた。

 

(私も、あんなふうに抱き締めて欲しいなぁ……私の身体じゃ無理なのかな……)

 

 そんな時だ。

 目の前に旦那様にルベドと、あの美人で『守護者統括』という配下最高位の女性が現れた――おまけになぜか同じ美人が二人もいる。一体どういう訳なのか。

 

「ん、お前達もこの辺りにいたのか」

 

 そんな熱い想いも知らないアインズから、自然にキョウ達へ声が掛けられた。

 ここでも、突破口を作ったのはネムである。

 もう二つ名に勇者をあげてもいい水準。

 

「あっ、アインズ様っ。それにすごくすごく綺麗なお妃さまだぁ! ……あれっ、二人いるよ?」

 

 ネムの言葉は、アインズぞっこんな小悪魔の彼女にとって衝撃的な単語を含んでいた。

 勿論反応したのはアルベドだ。

 

「くふふふふ、お、お妃さま……(なんて素晴らしい響きなんでしょうっ!)」

 

 アルベドの視線が、キョウ達の一行から数歩出て来ていたネムへと向かう。本来人間などゴミ同然なのだが――この小さい個体は気に入った。

 初めて呼ばれたのだ、『アインズのお妃』と。

 また『凄く凄く綺麗』も高好感ポイントを叩き出していた。

 一応、この個体は至高の御方が配下にした人間の、エンリとかいう娘の妹であるとは聞いていた。完全にオマケだと。一方でその姉の方は功を上げたと聞いたが、どうやら主の妾希望という厚かましい存在のような雰囲気。

 しかし――姉と違い、妹は中々見どころがあると再認識する。

 そんなアルベドの思考を他所に、アインズがネムへと間違いを正していく。

 

「ネムよ、私にはまだ妃はいない。……そうか、玉座の間の壇上での出来事を見て勘違いしたのだな。あれは――調子の悪くなったこの子(アルベド)を単に介抱したのだ、あの場に他意はない」

「分かりましたっ」

 

 アルベドは反論したいところだが、今回だけは大きな失態だった為に我慢し黙認せざるを得ない。

 アインズの言葉と、目の前の女性が反論しない事から、あの抱擁が緊急措置ということは本当のようでエンリはかなり自信を取り戻す。

 

(あれっ、旦那様にはまだ、お妃さまはいないんだ……それにあの行為は単に支えただけみたい。そうかも。私が倒れそうになっても、優しい旦那様はきっとギュッと抱き締めてくださるはず。私ももっと旦那様から色々可愛がって頂けるように頑張らないとっ)

 

 そう思うとエンリは、幸せ一杯の気分でアインズを熱く見つめ直していた……。

 深刻な悩みがいつの間にか一つ解決したことを知らず、アインズは紹介を始める。

 

「この桃色のドレスの者が、守護者統括のアルベドだ。私がナザリックに居ない時には、全権を任せている。しっかり覚えるのだぞ。そしてこの赤いドレスの者がアルベドの姉で領域守護者のニグレドだ。そして、ルベドは分かるな」

「はい、アインズさまっ。アルベドさま、ニグレドさま、初めましてっ、ネムといいますっ。ルベドさまもこんにちわっ」

「ネムね、その名を覚えておきましょう」

 

 元気で可愛らしいネムの挨拶に、言葉を返すアルベドやルベドが頷いていると――ニグレドがその横から前へと出て来て、ネムを優しく抱き締めていた。

 

「ネムって言うのね。可愛い可愛い」

 

 赤子ではないが、子供に慈悲深く大好きである。

 ニグレドは、アルベドが気に入った以上に、ネムの事を気に入った。なんといってもナザリックで希少といえる『子供』である。おまけだが、ネムなら第五階層『氷結牢獄』の行き来も、フリーパスが実現する。顔の皮等難点はありそうだが。

 守護者統括のアルベドも姉のニグレドには頭が上がらない。これでネムの安全は、ナザリック内では安泰と言えるだろう。

 このあと、キョウ達一行のエンリやハムスケらの自己紹介も無事に行われた。

 しかし、ネムのコネクト力というべきか、最上位ワンツーフィニッシュへと一気に駆け登った光景に、周囲のシモベ達は……もはや愕然となっていた。

 

 

 

 

 

 結局、アインズとタブラ三姉妹にキョウ一行達は、ネムのおかげで一緒にこの宴会場南側を回り始めていた。

 しかし5分ほど過ぎた頃、とんでもないモノが始まる。

 それは、観客席から張り出した舞台からデミウルゴスにより、予告なしに会場へと伝えられた。

 

 

 

「皆さん、宴会を楽しんでいますでしょうか。さて突然ですが、これより――第一回アインズ杯争奪、栄光のナザリック地下大墳墓ミスコンテストを開催いたしますーーーーっ!!」

 

 

 

『『『『うおおおおぉぉーーーーーーーーーーーーっ?!』』』』

 

 一瞬で会場を覆い尽くしたどよめきは、宴会開催宣言以上であった。

 

(なにぃーーっ!?)

 

 アインズも詳しく聞いていない。ただデミウルゴスから、進行の簡単な説明の中であの舞台を使った催し物があり、読み上げてもらいたい物があると聞いたのを思い出す。

 

(まさか、ミスコンの事だったとは……)

 

 だが問題が、色々あるように思われた。

 

(一体何を考えているんだ、デミウルゴスっ……女の子達の怖さを侮るなっ)

 

 そもそも、ダレをという点からヤバイ――。

 

「では早速、独断と妥協的にエントリーメンバーを発表しますっ」

(うわっ、いきなりかよっ!)

 

 選考基準は、物議をかもす最大要素である。入らなかった者の不満はどうなるのか。

 

「なお、あらゆる異論は――無礼講により却下です」

(正気かっ。それで片付ける気かーーー!?)

 

 デミウルゴスの軽快な語りはまだまだ続く。

 

「まずはエントリーNo.1番、守護者統括から、アルベドーーっ! そうそう、呼ばれた方はこの舞台まで来てくださいね」

 

 だが、支配者の横に居る名を呼ばれたアルベドは、余り乗り気では無い様子。

 恐らく、玉座の間での失態が有るのだろう……しかし、舞台にいる最上位悪魔は告げた。

 

「それから先に言っておきますと、今回の優勝者には、優勝杯へ名を刻まれると共に記念盾の他、豪華商品として――"御方の執務室寝室の使用済シーツ製である、アインズ様水着着用柄等身大抱き枕"が授与されますっ! また、抱き枕へは後ほど直筆サインも頂きますっ」

 

 アルベドの黄色い瞳が輝いたかと思った瞬間、彼女の姿は舞台へと〈転移〉していた。

 第九階層の彼女の部屋にある抱き枕群に、まだ水着着用柄は存在しない――。

 最上位悪魔の一般メイド達から得た情報調査に抜かりなしだ。

 また、興奮したのはアルベドだけではなかった。至高の御方の直に触れた温もりと直筆まで付くとなれば、その価値は計り知れない。

 

 場の空気が変わった……。

 

 次に誰が呼ばれるのかと、女性陣は固唾を飲んで悪魔の司会者を見守る。

 デミウルゴスは、次々に朗々と読み上げてゆく。

 

「さぁでは続けて、階層守護者からは――

 エントリーNo.2番、シャルティアーーー、

 エントリーNo.3番、アウラ・ベラ・フィオーラーーー、

 エントリーNo.4番、マーレ・ベロ・フィオーレーーーっ!」

 

 有名どころである名前が、呼ばれるごとに闘技場内から喝采と拍手が起こる。

 

(アウラ達が、"あとで楽しみに"というのはコレの事だったのか)

 

 アインズがそう思い出していると、まだまだ参加者の発表は続いてゆく。

 

「次に領域守護者からは――

 エントリーNo.5番、オーレオール・オメガーーー、

 エントリーNo.6番、ニグレドーーー。

 後、各職、その他から――

 エントリーNo.7番、一般メイド代表、ペストーニャーーー、

 エントリーNo.8番、図書館より、アエリウスーーー、

 エントリーNo.9番、戦闘メイドプレアデスより、ユリ・アルファーーー、

 そして、エントリーNo.10番、ルプスレギナ・ベーターーー、

 エントリーNo.11番、同誕のセクステットより、フランチェスカーーー、

 あと推薦枠より、エントリーNo.12番、配下最強、ルベドーーー、

 そして特別枠、エントリーNo.13番、拷問官――ニューロニスト・ペインキルーーー、

 以上の方々ですっ!」

 

 最後は「中性じゃねぇかー」っと、異質へ悲鳴に近い歓声も混ざっていた気がする。

 そんな声はどこ吹く風と、デミウルゴスの競技説明が始まる。

 

「さて、今回のコンテストの審査は、普段の姿での自己紹介、続いて水着審査、最後にアピールタイムの3つで公平に行われます。アピールタイムについては、自由で奇抜な衣装や小道具を使っても構いません。そして選考方法ですが――ご安心ください。一部の者の職権乱用を受け易い審査員制では無く、純粋に皆さん其々の無記名投票のみで行われます。そして発表は最多得票の1位のみ。禍根は残しませんので奮ってご参加ください。なお不正が無いように、投票方法は最後にお知らせいたしますっ」

 

 さすがのデミウルゴスである。ズルがしにくい点にアルベドがチッという悔しそうな顔を一瞬見せていた。

 だがアルベドは、すぐにニヤリとした表情に戻る。策がまだあるのだろう。

 いつもは同じ行動をしそうなシャルティアだが……さすがに『絶望のワインIV』の影響からか、未だ黒子の布を頭にかぶったシモベの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)二人の間で干物が吊るされるように肩を担がれる姿で立っていた。それでも、愛しの我が君のグッズが欲しいらしく棄権はしない。

 エントリー者の全員が〈転移〉を使える訳では無い。ある者はその身体能力を活かし、長大ジャンプで舞台まで来たり、またシモベに運んでもらう者などさまざまだ。

 盛り上げるため、参加者が舞台へ辿り着いたところもデミウルゴスにより実況された。

 数分後、舞台の上へ参加者が全員揃ったところで、コンテストはスタートかと思われたが、ここでデミウルゴスの口から彼が呼ばれた。

 

「申し訳ありません、会場内のアインズ様。御足労をお掛けしますが、舞台までお願いします」

(あ、そうだったよなぁ)

 

 キョウらとミスコンの成り行きを見て楽しんでいた絶対的支配者は、話を聞いていたので「じゃあ、ちょっと行ってくるとするか」と舞台へ颯爽と〈転移〉した。

 至高の御方の登場に、場は一気に拍手と歓声で盛り上がる。

 

「ありがとうございます、アインズ様」

「ふふっ、皆が楽しめればそれでよい。後で、その抱き枕にサインをすれば良いのだな?」

 

 宴会の場が盛り上がっている以上、ミスコンにも協力してやるのが支配者の度量と務めである。

 

「よろしくお願いいたします。それと――」

 

 デミウルゴスが、オレンジ系の縦縞スーツのポケットから、メモが箇条書きされた用紙を取り出して見せながら伝えてくる。

 

「こちらの、禁則事項を読み上げて頂ければと」

「んん?」

 

 ざっと目を通すと、いずれの項目も――不正防止の命令であった。

 特に問題も無く、まあ良いだろうと内容を朗読する。

 

「えー、これより述べることを皆、禁則事項として守るように。

 ひとつ、選択を強制しての投票を禁じる。

 ひとつ、組織票を禁じる。

 ひとつ、結果が出るまで、投票しようと思う者、投票した者についてを互いに確認してはならない。

 最後に、自分の考えのみで選考し投票せよ。

 以上だ」

 

 至高の41人である御方からの言葉である。これで下々の者は清き一票が絶対厳守となった……。

 このアインズの宣言を聞いたアルベドは――その場に片膝を突き崩れ落ちていた。命令と組織票が使えなくなったのだ。凄まじい痛手である。

 彼女は顔を上げ、キッと最上位悪魔を睨む。そうして表情と僅かな指先の仕草だけで会話する。

 

(ちょっと、デミウルゴスっ。どういうつもりっ)

(ズルはいけませんよ、アルベド。ここは実力で戦って下さい。貴方の"力"なら十分勝算は有りますよ)

 

 小さく首を横に振り、口許に薄笑いを浮かべるイベント仕掛け人と化したデミウルゴス。

 アルベドは一旦目を閉じると、カッと見開いて目だけで答えた。

 

(希少抱き枕の為に、やったろーじゃないのぉっ!)

(それでこそ、アルベドですよ)

 

 そんな雰囲気で、デミウルゴスは「ふっ」と薄笑いのまま目を閉じた。

 

「アインズ様、ありがとうございました。会場内にて経過をゆっくりお愉しみくださいませ」

「そうさせてもらおう」

 

 何食わぬ顔で、悪魔はアインズがキョウ達の所へ戻るのを礼にて舞台上より見送る。

 至高の御方が去った舞台では、まずは普通にエントリー順での自己紹介が始まる。

 先頭を切って舞台の先端へ立つアルベド。アピールタイムでは無いため、いつもの白い衣装に着替え直しての登場だ。そのお色直しの為に、開始が10分ほど遅れたが。

 ここでは、普段の姿で登場し司会者からの名前の紹介のあと、本人からの名乗りと一言だけのスピーチ。

 そして、舞台上でくるりと回って全身の姿を見てもらう形だ。

 シャルティアはフラつきつつも、一人で登場し、弱弱しい声で名乗り、よろしくとだけ伝えると、そのまま下がっていった。

 そのあと、アウラ、マーレと続く。

 マーレは密かに上司にしたい階層守護者No.1であり、声援が大きい。照れつつ、くるりと短めのスカートを中が見えないギリギリで翻させるテクニックを見せていた。

 オーレオールとニグレドは、共に普段は姿を見れないため「おおぉ」と会場はどよめく反応。オーレオールは可憐な巫女服を見せつけ、ニグレドは顔に皮が乗っているとアルベドとそっくりな超美人であり、共に観衆を引き付けていた。

 そのあとも順調に進み、13番目の異色の参加者、ニューロニストが登場してまた盛り上がっていた。

 悪く言えば肉塊……灰色肌で触手っぽいモノを数本有した太めのタコの如き二本足で歩くずんぐりな体形に、左目は飛び出し潰れたような頭部。黒のビキニ系の衣装と破れた形の黒ストッキング風の装備衣装。

 

「うふふふ、みなさん、ニューロニストでぇす。頑張りますわよんっ」

 

 そう言って、可愛い風に右手を顔の横へ上げ、形が歪な人差し指だけを小刻みに振る。一般の人間から見れば、怪物が痙攣しているようにも見えなくはない衝撃のポーズだが、会場では一部が熱狂的に声援している。この者のキツい芸術的拷問に共鳴するもの達だ。

 そんな感じで自己紹介は終わる。

 

 次に続くは水着審査。

 これは公平を期すため、ミスコン側で用意した数種類から選ぶ。そして、舞台上を2分間歩いてもらう。止まっての立ちポーズは3度までOK。

 アルベドが選んだのは白のビキニタイプ。我儘ボディがそのまま表現されたと言っていい。

 アインズの横で距離が有る為、〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉で見せてもらっているエンリも、そのスタイルに思わず息を飲んでしまう程だ。

 続くシャルティアは勿論――紺色のスクール水着だ。アインズに胸の件を「拘らない」と告げられてから、平ら近い胸を誤魔化し隠すようなことはしていない。

 彼女は、そのすっきりとした若々しい少女の身体を披露していたが……ここでもまだフラついていた。

 アウラは、白のスクール水着を着用。元気に舞台上で前方伸身宙返りを見せ、デミウルゴスに注意されていた……。

 一方マーレは主による性別の設定変更後も身体的な名残りは一部あり、姉と同じ白のスクール水着に青系の布を腰に巻くパレオ風で登場。少し恥ずかしいのか、恥じらう姿も彼女の魅力を引き上げていた。

 スタイルの良いオーレオールとニグレドにユリは、其々オレンジのビキニと青のビキニと黒のビキニを選択。

 アエリウスとペストーニャが、黒ビキニのパレオと水色ビキニのパレオ。

 ルプスレギナは何を思ったのか、白いスクール水着を着用。狼的に少し白が好きなのかもしれない。

 ルベドもコンパクトグラマラスで大きめの胸ながら、パツパツの紺のスクール水着を着用した。

 ニューロニストは、こだわりがあるのか何故か黒のビキニで普段と余り変わらない感じで……(おぞ)ましさと共に登場。

 そんな若干1名を別にすれば、NPC達の身体のバランスは非常に美しく、アインズ的にも薄れ気味な男の感情が蘇る感じに、内心で少しムフフフな良い目の保養になった。

 会場はお目当ての女の子が現れるごとに、支持する歓声が沸き起こり徐々にヒートアップしていく。

 横でエンリだけが、時々溜息をついていた。彼女の場合、自分の全身スタイルを鏡できちんと見た事が無いだけなのだが。

 さて――ここまでは普通のミスコンであった。

 

 

 

 いよいよ最後のアピールタイムである。制限時間は、各自5分以内。

 ここでトップバッターのアルベドは、投票で勝つためにトンデモナイ事を開始する。

 彼女は、舞台より一瞬消えると闘技場側へ出て来てくる。その広場的場所に巨大で丈夫な『台』を指輪を使って移動し運んできていた。

 そしてまた少しの間消えると次に――なんと、第四階層の守護者、岩盤調の身体に太い腕に太い足のガルガンチュアも連れて来るサプライズを展開する。

 ゴーレムであるガルガンチュアの巨体は、ずんぐりと可愛くも見える姿に反し全高30メートルを超える。この会場に居るどの個体よりも圧倒的にデカい。

 開始から1分程が経過していたが、司会者のデミウルゴスは見当が付くも敢て尋ねる。

 

「アルベド。一応確認しますが、貴方は何をする気ですか?」

 

 すると彼女は当然の様に答えた。

 

「皆に私の"力”を見せてあげるのよ。――ガルガンチュアとの腕相撲勝負をねっ」

 

 それを聞いた会場は『うおおぉぉーーーっ!』と、どよめきの声が上がるっ。

 ただ、どうなのだろうか。体格差が余りにも有り過ぎるのだ。

 またNPCではないガルガンチュアの戦闘力は、あの守護者序列一位のシャルティアをも上回るほどだ。

 しかし一方で、基本体力であるHPは――アルベドが上回っていた……。

 この勝負は、やってみなければ分からないと思われる。

 そして、アルベドはここで一つのお願いをする。

 

「――アインズ様。ガルガンチュアへ、私との腕相撲の真剣勝負をお命じください」

 

 これが、命じられれば正に、イカサマ無しの全力ガチパワー勝負となる。

 会場の盛り上がり方は、尋常では無いボルテージへと高まる。

 アインズは、双方が怪我をしないかが心配であった。だが、あくまで腕相撲であるため、死ぬ事はないだろう。

 これは余興の中で有り、無礼講……なのだと。絶対的支配者は決断し告げた。

 

「ガルガンチュアよ、アルベドと腕相撲勝負を行え」

 

 声の出ないガルガンチュアは可愛く頷くと、アルベドの方を向き対峙する。

 時間の無いアルベドが、首や拳をボキボキと鳴らしながら先に台へと右肘を付け、手を開き左手の人差し指をクイクイっと動かし挑発する。

 

「さぁ、遠慮なく掛かってきなさい、"可愛い"ガルガンチュア」

 

 その声にガルガンチュアは小さく巨体の腰をひねり、その太く巨大な右腕と手を台の上へ低空でこする風に向かわせる。

 その先にサイズの違い過ぎるアルベドの右腕が待っていた。

 

 そして、互いの右手同士が――激突する。

 

 台の周囲を二重三重で取り囲むその多くの者らが、瞬間的に決着が付くのではと息を飲む。

 ゴツンッという、イヤな鈍い大きい音が聞こえた。

 常識的に考えれば、圧倒的といえる体格差が惨劇を生むはずなのだが――それは静止していた。

 

 

 なんとガルガンチュアの太い右腕が、対比すれば爪楊枝のようなアルベドの細めの右腕一本に止められていたのである!

 

 

 ただアルベドの表情も――大口ゴリラと化していた。美しくは勝てない。

 彼女は、その右剛腕をガルガンチュアの右掌の中へと、ひび割れを作ってめり込ませていた。

 そして、ジワリと動き出す。

 

「ぐぎぎぃぃ、ぐおおぉぉぉ、アインズ様の抱きまくらぁぁぁーーーーーーーーっ!」

 

 この瞬間の為にパワーを貯めに貯めていたのだろう。アルベドが吠えると、ジリジリとガルガンチュアの右掌が天を向いていった……。

 多少ガルガンチュアの腕が伸びる形で『てこの原理』もあるのだが、最初のガルガンチュアの勢いを止めた時点で、勝負は付いていたような気がする。

 ズンと、巨大で大重量である手の甲の接地振動が台から地に響くと、戦いは終わる。

 

 

「勝者、アルベド――――っ!」

 

 

 良いタイミングで、司会者のデミウルゴスが勝敗を告げる。

 

『『『『うおおぉぉぉーーーーーーーーーッ!』』』』

 

 会場は、改めて守護者統括であるアルベドの(パワー)に驚愕し歓喜した!

 

 

 

 余韻醒め止まぬ中、指名のコールが響く。

 

「では、エントリーNo.2番のシャルティア、お願いします」

 

 次はアノ体調不良であったシャルティアが出番を迎える。

 デミウルゴスからの声に、彼女の表情は冴えない。それは『絶望のワインIV』によるものでは既に無かった。

 

(うっ、ほんとに……誤算でありんすよ)

 

 実は、シャルティアはヘロヘロだったにもかかわらず、直前までミスコンでの勝算があったのだ。

 

 それは――パワー勝負でアルベドに勝って目立つことであった。

 

 酒の酔いについては、短期間での解決法が有る。下準備にシモベを使うことまでは禁止されていないので、10分ほどで会場から某盗賊団員達が催し物で流していた血をシモベ達に集めさせていた。

 血で酔えば、酒の酔いは飛ばせるのだ。

 しかし、その野望は潰えてしまった……。

 今、アルベドはガルガンチュアとの戦いで、実はそれなりに消耗していた。

 まず初撃で相手の巨大な右腕を受け止めた時に、背筋の一部を損傷している。さらに、そのまま損傷分を埋める為の一時的上乗せ(オーバーブースト)によるフルパワーで右剛腕の筋肉を断裂しながらの終劇である。それらのダメージはHP低下へと反映される。

 対する、ガルガンチュア側も右肘関節の一部を初撃時に損傷していたりする。大パワー同士の真剣勝負なら、無傷で済むとは限らなかった。

 とにかく、膨大といえるHPを持つ故に9割を切っているアルベドが、もはや2分以内で万全の状態に戻らない事は確定している。エントリー中のペストーニャは使えないし、他の者では時間が掛かり過ぎるのだ。

 それと、万全にして勝ったとしても、アルベドを連戦させているわけであり、何か美しくない。

 完全にシャルティアの計画は詰んでいた。

 

(か、覚悟を決めるしかないでありんす)

 

 酒の酔いが醒めたシャルティアは、仕方なく捨て身の作戦に出るしかなかった。

 

 

 シャルティアは、集めた血を使い―――水芸を披露していた……。

 

 

 虚しかった……5分間はまもなく過ぎていく。

 でも、なぜか意外に会場では受けていた。

 そしてアインズも、拍手してくれている。

 

(我が君~~。まあ、いいでありんすか)

 

 吸血鬼の真祖の表情は割と晴れやか。彼女の一つの戦いは、静かに終わった。

 

 

 

 ――会場は、血が拭き取られた舞台上に起こったその異変へ徐々に気が付いていく。

 いつもと違うと。

 

「エントリーNo.3番っ! アウラ、お願いします」

 

 支配者も含めてその原因は皆、直ぐに分かった。

 

「ま、まさか……そう来るか」

 

 アインズは先程デートの時に、アウラ達から聞いた事前の「このあと楽しみにしていて下さいね」の言葉の真の意味を知る。

 瞳の色は、間違いなく右眼が緑色で左が紫の闇妖精(ダークエルフ)の双子の姉、アウラ。

 しかし、その姿に大きな衝撃を受けていた。

 

 

 

 なんとアウラが―――スカートを履いていたのだ。

 

 

 

 マーレと同じ白いプリーツスカートである。だがここまでドキッとさせるものであったとは。

 アインズは、なにか……禁断のモノを見てしまったような気にさせられた。

 舞台上で、明るく笑顔を振りまく可愛い姿に。

 それは正にアウラのアピール。私は女の子なんですという、強烈といえる主張であった。

 派手な演出は要らない――と。

 ミスコンならではと言える。

 

 いや、これは至高の御方ただ一人への熱いアピールと言えるのではないだろうか。

 

 その衝撃の光景に会場と舞台の5分間は、あっという間に過ぎていった。

 

 

 

「続きましてエントリーNo.4番、マーレ、お願いします」

 

 デミウルゴスの声が掛かるも、双子の妹の彼女はまだ現れず舞台脇から声が。

 

「お、お姉ちゃん、やっぱりぼく、いつもので――」

「もう始まってるのに何言ってんのよ。ほらっ、とっととアインズ様へ見てもらいに行ってらっしゃいっ」

「でぇぇ~」

 

 姉に軽く尻を蹴り出されて、舞台中央へトテトテと杖を持ったマーレは出てきた。

 姉がスカートならと、アインズも想像は出来ていた。

 

 

 マーレは、白のズボン姿であった。

 

 

 慣れなく恥ずかしいのか、僅かに前屈みでモジモジしている。

 しかし――これはこれで頬を染め恥ずかしがる少し幼く見える若く可愛い少年(少女)の姿。

 ある意味、これも禁断と言える領域……。

 

 会場では『ごくりっ』と音をさせ、唾を飲み込む者が続出したとかしないとか。

 

 このあとの数分間終始、低い『ぉぉぉぉぉぉぉぉー』という、重低音のような声が会場内を取り巻いていた。

 上司にしたい階層守護者No.1の支持率は、また静かにUPしていく……。

 

 

 

 この後、エントリーNo.5番のオーレオールは、無礼講を利用して階層守護者コキュートスへ相手をお願いし、薙刀による見事な演武を披露。以下一言、「ナザリックの敵は華麗に散らせますね」

 ニグレドは、気持ち悪い赤子人形を抱きつつ、赤子についてを延々と制限時間すら超え8分以上も熱弁し、一般メイド達に舞台から運び出されて退場。「赤ちゃんは可愛い可愛い」

 ペスト―ニャは、第九階層のバーに有った、しつこい油のこびり付いていた業務用レンジフードの清掃実演。僅か4分程でピッカピカに。「根こそぎですわん!」

 アエリウスは、物静かに蔵書本を美声で朗読。「知識の宝庫である書物は偉大です」

 ユリは、棘付きの凶悪なガントレットを装着しスパーリングにて、ラッシュ『怒りの鉄拳』を披露。相手は、死者の魔法使い(エルダーリッチ)ベリュー=3により〈死者召喚(サモン・アンデッド)〉された某盗賊団員。それを一瞬でボコボコに。「この拳は御方の為に」

 ルプスレギナは、舞台上でそのサディストな凶悪性極まる。まだ死んでいない盗賊団員で三度〈大治療(ヒール)〉を披露するも、あの1・3メートル程の聖杖にて四度、笑顔で半殺しにしていた……最後もワザとトドメは刺さず。「よかったっすね、まだ死んでないっすよっ」

 フランチェスカは、綺麗な歌を披露した――〈奪命の歌(スティールライフ・ソング)〉を。至近距離で聞かされたあの直前に出演していた盗賊団員は、笑顔のサディストから四度目の〈大治療(ヒール)〉を掛けて貰っていたが……苦しみもがき、死んだ。「ミーの歌でみんな逝っちゃいまーす」

 ルベドは――聖剣シュトレト・ペインを持ち出し"通常の"剣技を披露しようとしたが止められた。仕方なく、武技によるパワー強化でガルガンチュアの巨体を左手一本で「よいしょ」と持ち上げて見せた……。会場は改めてその異常な強さにどよめく。「まあ、こんなところ?」

 最上位天使は小首をかしげ、離れた所に立つアインズへアピールの笑顔をみせた。

 ニューロニストは、座席を使った最も残虐で苦しい拷問の一つをハァハァしながら舞台上で披露。もちろんまた新たに盗賊団員が、断末魔的苦しみの絶叫を上げつつ活躍。「拷問は熱い芸術よ~ん」

 

 これでミスコンの参加者による自己紹介、水着審査、アピールタイムは終わった。

 次は投票作業となる。ここから一体どう集計するのか。

 すでに、宴会が始まって、3時間半近く過ぎていた。アインズが王都へ戻るまでには結果を出すことになっている。残り時間はあと30分強だ。

 しかしデミウルゴスに抜かりは無い。

 

「はい皆さん、第一回のミスナザリックに相応しい方は決まりましたか? それでは、投票方法についてお知らせします。先に全員へお配りした――会場パンフレットの最後のページをご覧下さい。そこには、注意事項が1番から15番まであると思います」

 

 どうやら、最上位悪魔は全員に配っていたパンフレットを利用するというウルトラCを考えていたらしい。

 

「そのページは切り外し易くなっており、該当の番号を端から破り抜いて4つ折りし、最寄りの投票箱へ入れてください。ただし、二か所以上や14番と15番を選択の場合、無効票となりますのでご注意ください。票は箱へ入れた瞬間から自動で集計が始まります。集計時間は今から20分間です。それでは、皆さんお願いします。集計スタートっ!」

 

 投票する箱は一般メイドや、怪人の使用人達が持ち、各所ですでにスタンバイしていた。

 箱の中は異空間へ繋がっている様子。集計機能についてはナザリックの管理システムマスターソースの一部でもある。

 ギルド内でメンバーや大人数を招いての、ビンゴゲーム等をサポートする無駄に沢山ある便利機能の一つだ。

 どうやら、執務室や統合管制室、戦略会議室等を改装する際、マスターソースにおける階層の設定変更をアルベドらへ少し任せた時に見付けたのだろう。

 舞台上の参加者達も、自分の番号を切り破り4つ折りにして箱へと手を差し込んでいく。商品を切望するアルベドは特に両手で「抱き枕~抱き枕~」と拝むよう丁寧に箱へと入れた。

 統率が取れているナザリック勢の動きは、流れる風で速やかに集計作業は進んだ。10分ほどでほぼ終わる。待ち時間の間に、舞台上ではデミウルゴスから再び賞品の説明とその現物が登場し、アルベドらが垂涎の表情で眺めていた。

 そうして、予告通り20分で投票は締め切られる。

 

 

 

 

「ではよろしいでしょうか? 皆さん大変お待たせしましたっ。いよいよ、結果発表です!」

『『『『『うおおおぉぉぉぉぉぉおおおわぁぁぁぁぁーーーーーーっ!』』』』』

 

 会場である闘技場は、そんな響きにしか聞こえない大歓声に包まれる。

 結果が出るまでは、漠然とした予想のみしか言うことが出来ない。誰も投票について相手へ詮索してはいけない禁則事項が支配者より出されているためだ。

 そして今回は、組織票もなく1位のみしか発表されない。純粋なミスコンと言える。

 デミウルゴスは、一応魔将らを護衛に付け先程一時消えると、玉座の間でマスターソースでの集計結果を直接確認して帰って来ていた。

 

「それでは発表します」

 

 凛々しいスーツ姿で目元の眼鏡を右手中指で僅かに押し上げると、居並ぶ参加者を後ろに舞台先端部へ立ち、観衆の皆へと通る声で告げる。

 

 

 

「第一回アインズ杯争奪、栄光のナザリック地下大墳墓ミスコンテスト、優勝者は――エントリーNo.8番、大図書館『アッシュールバニパル』からの参加者、司書のアエリウスーーーっ! おめでとうございまーすっ!」

 

 

 

 次の瞬間、アルベドは舞台上へと顔面からうつ伏せで大の字にバッタリと倒れ込んでいた……。

 

「頑張ったのにぃ。私の抱き枕がぁぁ……」

 

 所有権を主張しつつも、すでにその声は空しく周りの大歓声にかき消されていた。

 アルベドだけではなく、シャルティアやアウラにマーレも、両肩と視線を落とし、片膝を突いたりしてその場へへたり込んでいた。

 

 しかし一番びっくりしたのは、優勝した物静かであるアエリウス本人である。

 優勝者のコールを受けて女性骨格をしたスケルトンの彼女は、黒紅色のローブとアイテムで頭部へ付けている金のカチューシャで止めた美しい艶の有る黒髪のストレートロングヘアを僅かに靡かせて進み出てきた。

 彼女はてっきり、アルベドかルベド辺りだと思っていたのだ。やはりより大きく力を示した者が相応しいのではと考えていたから。

 

「わ、私でいいんでしょうか?」

「もちろんですよ、公平なる投票での最多得票ですから」

 

 アエリウスの美しい女性骨格スケルトンは骨盤の安産型の形が特に見事で素晴らしく、圧倒的に人気を集めていた。

 今回の投票、どんなに上位の者の得票でもただの1票であった。

 つまり、アインズですらタダの1票に過ぎない。

 なので、ナザリック勢で圧倒的最多数を誇るスケルトン勢が得票数を伸ばす可能性は高かった。

 

 

 何故デミウルゴスはそんなことをしたのか――それはこの宴会が余興で、且つ『無礼講』であったからだ。

 

 

 そうでなければ、審査員制にしていた。もちろん、審査員はアインズのみである。

 眼鏡の最上位悪魔は、考えられる多くの事象へ常に先手を打っているのだ……。

 

 

「おめでとう、アエリウス。君の朗読は、情景が綺麗に浮かび素晴らしかった」

 

 舞台では表彰式が始まり、絶対的支配者から言葉を送られつつ、優勝杯に記念盾と、抱き枕へアインズのサイン入れがされたあと、恐縮するアエリウスへと贈呈が行われていた。優勝杯は次回までの所持が認められる。

 

 シャルティアの横へ立つアルベドが囁く。

 

「まあ、私はヤツメウナギには、圧勝していたでしょうけどね」

「へっ、卑怯な手を使う大口ゴリラに入れるバァーカは、いないでありんすよ」

「あ?」

「あ゛?」

 

 僅かにオーラを漂わせ、互いの手を合わせて掴み合う二人。

 領域守護者達やプレアデスらは見て見ぬふりだ。ちょっと例えが違うが、駄犬も食わないのは確かだ。ルベドは『楽しそう』である姉アルベドを見てニヤニヤしている。

 その横で、階層守護者のマーレは無礼講の中、魔が差したのか軽い気持ちでぽつりと呟く。

 

 

「……ふー。でも―――アインズ様、誰に投票したのかなぁ」

 

 

 その瞬間、アルベドとシャルティアは争いどころでなくなった。

 確かにその答えは、最重要項目である。その一票は等身大抱き枕よりも価値は高い。

 ミスコンは、『お妃』候補の前哨戦の一つと捉える事も出来るのだ。

 絶対的支配者である至高の御方が、余興の中でだが複数の配下女性から一人を選んだという事なのである。

 

 これは、確認する必要がある――。

 

 しかし、どうやって。いや、もう一つしかないだろう。

 直接聞けばいいのだ。すでに投票結果は出ており、詮索しても咎は無い。

 では、誰がという話になる。

 少し考え気味にアルベドが言った。

 

「えーっと、ここは聞き出し易い者が……行くべきよね」

「そ、そうでありんすね」

 

 珍しい事にシャルティアが、アルベドの意見へ同調する。

 彼女達は本日、其々アインズへ失態をしてしまっているので聞きにくかった。

 

「あたしは、嫌だからね」

「ぼ、ぼくも、ちょっと」

 

 アウラとマーレは、普段と違う服装をしたので、支配者と顔を合わせるのが恥ずかしかった。今は、元に戻してはいるのだが。

 これで、調査隊の最有力候補二人が脱落。

 

「オーレオール、貴方行ってくれない?」

 

 アルベドは桜花聖域領域守護者へと振ってみる。普段はアインズと顔を合わせる機会も少なく気不味さは無いはずである。

 

「遠慮させて頂きます。もし自分じゃなかったら、敬愛するアインズ様に気を使わせちゃうじゃないですか」

「うっ、それは……」

 

 盲点であった。統括の彼女は『この者もアインズ様狙いか』と思うも……いやそれは今、重要ではない。アルベドは、要望が優先して気付くのが遅れた。ここに居る者が、アインズへ聞くことは良策では無いと。

 

「候補者だった私達が確認するのは、良くないって事ね」

 

 では他の者に……と思うも適任者がいるだろうか。中々難しい。

 すると、姉のニグレドが機転を利かせ伝える。

 

「――ネムなら、大丈夫じゃないかしら?」

「それだわっ、姉さん!」

 

 それどころか、あの子なら興味津々で、すでに至高の御方に最重要項目を尋ねている事も考えられる。

 ネムに聞いてみるだけで事は済むかもしれないと思われた。

 アルベドは、横に並ぶメンバーの顔触れを見ると――ユリへ声を掛ける。

 

「ユリ、悪いけれど、今からあの小さい人間のネムの所まで行って、アインズ様が誰に投票したを聞いてきてちょうだい。あの子が知っていれば、それを報告しなさい。知らなければ、ネムをここへ連れて来なさい。場所は――」

 

 ユリならカルネ村へ馬車で行っており、ネムへも面識があるはずである。ルプスレギナも顔を知ってはいるはずだが、村で昼間に会ったことはまだないと聞いている。

 ネムとプレアデスの闘技場内での出会いをアルベドは知らない為、確実な方を選んだ。

 場所については、〈人物発見(ロケート・パーソン)〉を横で唱えたニグレドが答える。

 

「会場の中央寄りの南側よ」

「分かりました。少々お待ちを」

 

 ユリは、アインズの意志を探るのは不敬ではと思うも、上位命令でありこの場は無礼講であるため、会釈をするとミスコン参加者の列から後方へ目立たないように離れると脇から下がり、闘技場内へと降りて行った。

 ユリは間もなく、会場南側でキョウ達といるネムを見つける。彼女はまたハムスケに乗っていた。キョウも近付いて来たユリに気が付く。

 

「これは、ユリ様……(ニャ)。コンテストへの参加、お疲れさまでした。鉄拳、良かったです(ニャ)」

 

 キョウは、そう笑顔で先輩を労った。

 

「ありがとう。ところで、知っていれば教えて欲しいのだけれど――」

 

 ユリは、ついでなのでここに居る者達へ纏めて聞く。

 

「貴方達は、アインズ様が誰に投票されたのか知りませんか?」

「えっ?」

 

 キョウは、何故その事を聞くのかと疑問が口から出た。

 投票側の情報を公開している訳ではないので、キョウとしては造物主であるアインズの考えを聞き出すという行為は、不敬ではと考えたのだ。

 アインズ作のNPCは、顔を横に振りながら答える。ただ、この場は無礼講であるため、不敬という言葉は使わなかったが。

 

「ユリ様、私達はアインズ様の投票者については何も伺っておりません……(ニャ)」

「そう……ネムも知らないのね?」

「しらないですっ」

 

 一応、当初の目的を達する為、念のためにネムへの確認も終えておく。

 

「分かったわ、ありがとう」

 

 そろそろ、午後5時になろうとしていた。

 ユリ達は王都へ戻る時間が随分近付いていたので、急いで舞台へと帰る必要があった。

 

「では、ネムを舞台まで連れて行きます」

「えっ? ユリ様、ちょっとお持ちください(ニャ)」

「いえ、悪いわね、待てないのよ。アルベド様からの上位命令なので」

 

 一瞬でハムスケの上へと移動し、ユリはネムを優しく抱き抱える。その動きは、ハムスケの尻尾が反応するよりも圧倒的に速い。

 

「――っ!」

 

 無礼講と命令は別物である。上位命令が優先されるのは当然であった。ユリを上回るLv.83のキョウだが、阻止は敢て出来なかった。

 

「安心しなさい。ネムの安全は保障します。万が一ですが、もしアルベド様がネムに手を出そうとされても、命を懸けてでも全力で阻止しますので。ネムの安全を保障されているのはアインズ様ですから」

「分かりました、私達もこれから舞台傍まで向かいます」

 

 キョウは、エンリの安全を優先すべきであり付いてはいけない。

 ユリはそれが良いと頷き、ネムの姉へ声を掛ける。

 

「エンリも、こめんなさいね。心配はいらないから」

「はい。皆さん、気になっているのですね」

 

 エンリには、ネムを必要としているアルベドの考えが分かった気がした。

 

「じゃあ、行くわね」

「いってきまーすっ」

 

 気軽そうにネムは元気よく、ユリに抱かれ連れられて行った。

 

 ユリが舞台へ戻ってくる直前に、デミウルゴスの声が会場へと響く。

 

「ではこれで、第一回アインズ杯争奪、栄光のナザリック地下大墳墓ミスコンテストを終わります。皆さん、ご協力ありがとうございましたっ。引き続き宴会をお楽しみください」

 

 観衆から盛大な拍手が湧き起こり、一大コーナーの幕は無事に下りた。

 そのため、舞台上ではアルベドにより、アインズの引き止め工作が行われるはめに陥っていた。

 

「アインズ様、私の雄姿を見ていただけましたか?」

「ああ、見たぞ。私も勝敗の行方が分からず、ワクワクしたな。見ごたえがあったぞ」

「ありがとうございます」

 

 そんなやり取りが舞台の脇で行われている後方から、ユリがネムを連れて来た。しかし、このままでは余りにも不自然な登場。

 ところが、ユリの帰還に気付いたアルベドが視線と小首を動かしての表情で、盛んにアインズ様へのアプローチに「いけ、いけっ」と言っている。

 全く、無茶を言う……。さて、どうしようか。

 ユリは無理やり知恵を絞った上で、無礼講もあり支配者へと声を掛ける。

 

「あの、アインズ様、そろそろ王都への帰還時間が近付いて参りました」

 

 そのユリの声に、アインズは「おお、そうだな」と彼女の方へと振り向く。すると、ユリの傍にネムが居るのに当然気付いた。ユリはここで、すかさず先に話し出す。

 

「じ、実は、王都への帰還メンバーらへ確認の為、少し会場内へと行っていたのですが……えっと、そこでキョウ達に会いまして、その時にネムがアインズ様へ――先程どなたに投票されたのか知りたいと。それで、ここまで連れて来た次第です」

 

 ユリの声は、最後の方で少しボリュームが小さ目になっていた。

 アインズはユリをパスし、ズバリ核心を聞く。

 

「ネム――そうなのか?」

 

 アルベドを初め、皆、アインズの後方で人間の子供へと拝んでいた……。すると、ネムは自然な感じに伝える。

 

「少し、知りたいかなって。……ダメですか?」

 

 ユリはネムへ、移動際中の短時間に、アインズへと質問して欲しい旨を簡単に伝えていたのだ。

 一応これで話は通った。ユリはホッとしつつ思う――無礼講は体に悪いと。

 ネムの言葉に、アインズはこう告げた。

 

 

「それは――――秘密だ、悪いがな。ふふっ。ではユリ、我々は一旦王都へ向かおうか」

 

 

 アインズは答えなかった。この件は、これで永久に決着する。

 それは、今回に限って、アインズが答えることは無粋というものである。

 もしここで言えばそれが広まり、優勝者のアエリウスの立場が無くなるからだ。

 司会のデミウルゴスは、舞台端でアインズの判断にただ頷きつつ黙ってずっと見ていた――。

 世の中には、知らなくてもいい事がやはり多少有ったりする。

 

 アインズはユリらと王城へ戻るため、司会のデミウルゴス、アルベドらミスコン参加者達及び観客席のコキュートスら守護者達に声を掛けると、闘技場の舞台を一旦後にし『円卓』へと向かう。

 この宴会は、このあと午後9時過ぎまで続いた。

 

 

 

 アインズが座を外した後、ミスコン参加者達は舞台脇にて間もなく解散した。その時、アルベドが皆へと伝えている。

 

「至高の御方の考えを知ろうなどと、私が間違っていたようね……アインズ様のご意志を尊重して、皆で宴を楽しみましょう」

 

 何故アインズが、秘密にしたのかの意味を、守護者統括は良く考えたのだ。

 そしてアルベドも、詮索しない方が良い事に気付いた。

 

 華達の戦いの為にも、良い事は何もないのだと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグは、夢を見ていた。

 

 ――約500年前。

 先代、煉獄の竜王ガンゼリッドバール=カーマイダリスは、対八欲王竜種連合軍へ一族の難度で140を上回る精鋭730体を率いて参加する日の夜、我が子であるゼザリオルグへ出撃前に申し送る。

 

「ただ遊びの如く、圧倒的である強さのみを振りかざし人間達を率いる八欲王とその兵団は、世界を破滅に導きます。これに対抗できるのはこの大陸でも、各竜族の頂点に立つ竜王(ドラゴンロード)と精鋭達のみ。もし、我に何かあれば復活を待たずに――あとはお願いね」

「は……母上……」

「では、行ってきます。可愛い――我が娘ゼザリーよ。妹と一族の皆を頼むわよ」

 

 ガンゼリッドバールはその長い首を足元へと下ろし、赤紫の艶やかな髪を腰ほどまで伸ばし白い肌に二本足の姿で立つ竜に比べれば小さき身体の我が子へ、顔を寄せ触れ合う。互いに最後の別れを予感し、いつまでもこの時間を惜しんでいた――。

 

 竜王ゼザリオルグは、静かに目を覚ます。

 つい最近まで数百年間眠っていた彼女にとっては、体感で五カ月ほど前の出来事である。

 

「(母上……)――ちっ(……女々しいぞゼザリオルグっ! 今の煉獄の竜王はこの俺だっ。呪われた半身の俺は、最後の血の一滴までも竜種の為にっ! 俺を殺し、母上や一族の者達を1000体以上も殺した人間どもに見せてやる。地獄と滅びをっ!)」

 

 ここは、すでに廃墟と成った大都市エ・アセナルの北東郊外へ広がる平原に設けられた竜軍団の宿営地。

 夜中に、副官のノブナーガが瀕死の重傷を負わされて陣内へ運び込まれ、強敵の来襲ではと大騒ぎになった。結局敵は見当たらず、副官が命を取り留めたのを確認して、再びうつらうつらと眠ったのは早朝からである。

 日が昇って数時間は経過している様子。竜王は、柔らかい布の寝所の上に丸まって眠っていた身体から長い首を起こす。

 

「おい、誰か」

「ハッ、オハヨウゴザいマス、竜王サマ。オ水デゴザいマス」

「うむ。ノブナーガの様子は?」

「無事気ガ付き、再度治療ヲ受ケラレ、今ハ休マレテオりマス」

「そうかぁ、良かったぜ。じゃぁ、悪いがアーガードとドルビオラを呼んできてくれ」

「ハッ、少々オ待ちヲ」

 

 竜兵は少し離れてから飛び立つと、間もなく呼び出しを聞いた百竜長のアーガードとドルビオラがやって来た。

 

「竜王様、アーガード参りました」

「ドルビオラ、お傍に」

「おぉ。早速だが、例の本国と歩調を合わせる件だ。……吟味した結果、評議会へ使いを出そうかと思う。それでドルビオラ、使いをお前に頼みたい」

 

 百竜長のドルビオラは一族の中で見識も広く、話術は得意である。

 

「はっ、分かりました。議会を動かし、評議国の先陣として認めてもらう様、話を付けてまいります」

「頼むぞ」

「はい。ところで……現在人間の捕虜の数は、9万を超えております。その監視に竜兵を100体も当てております」

「――分かってる。軍団はしばらく動かさず、ここで待つわ。評議会との会談の結果で、捕虜どもの処分は決めよう」

「はい、それが宜しいかと」

 

 都市での人間の死者数30数万。生き残ったとは言え、放置状態でテントすらない捕虜が9万人。これらを除いても、エ・アセナル周辺における突然焼け出され南方面へ脱出した難民数は、実に40万にも及んでいる。

 年々疲弊してきた、リ・エスティーゼ王国の民達の食糧事情を含めた生活環境は、ここへ来て急速に下降しつつあった……。

 

 ドルビオラの話に続いて、百竜長筆頭のアーガードも確認する。

 

「現在、この宿営地を中心に随時、東西と南側の40キロほどを偵察域として備えています。直援部隊も二十体を上げて警戒しております」

「よし。まだ狼藉者達が近くへ潜んでいるはずだ。警戒を怠るなよ。恐らく冒険者のヤツラだ、クソッ。もしかすると、開戦時に初撃の大魔法を放った連中かもなぁ」

 

 ドルビオラ達ですら、大きく負傷をする恐れのあった威力を思い出し、百竜長らは「ん゛ー」と低く難しい表情で唸る。

 

「心配するな。見付けたら、俺が直々にブチ殺すっ」

「「はっ」」

 

 そうである。竜王は、あの大魔法すら完全に跳ね返してみせたのだ。

 恐れることは無いと気付き、アーガード達は大きい口を開け牙を見せ笑顔を浮かべる。

 

「それでは」

「私も持ち場へ」

 

 ドルビオラとアーガードは、ゼザリオルグの前を辞すと、それぞれの役目に赴いた。

 

 その夜のこと。竜軍団は警戒していたにもかかわらず、再び十竜長ら数体が立て続けに闇討ちされる。襲われた竜長らは宿営地内へ運ばれるも、3体とも死亡が確認され、煉獄の竜王へと伝えられた。

 その報に、一度目を閉じたゼザリオルグは目を開くと、天へと斜めに伸び上がる火柱を口から吐いて激怒する。

 

「ふざけんな、許さんぞぉぉーーーーーーっ! ソイツら全員、俺がぶっ殺してやるっ!」

「リュ、竜王サマ……」

「もういい――俺が、出るっ」

 

 竜王は綺麗な布の集められていた寝所から立ち上がる。

 その時、火柱を見て駆けつけ、舞い降りて来たアーガードが止めに入った。

 

「お待ちください、竜王様っ」

(やかま)しいっ! コソコソとした連中に、大事な仲間を討たれて黙っていられるかっ。……それに、俺なら多少の攻撃は直撃でも耐えられる。そう、案ずるな」

「ゼザリー様……」

 

 微笑み答える竜王の、身を挺しての行動に、アーガードは配下として胸が熱くなった。

 百竜長筆頭は、これまでの情報を纏め伝える。

 

「竜王様、襲われたノブナーガと十竜長達は、すべて旧都市部を飛行中に攻撃を受けた模様です。恐らく、都市地下の通路を利用し移動しているのではありませんか」

「そうか……、俺の探知が届かない厚さの壁が有るんだな」

 

 竜種達は愚かでは無い。高度な戦略を理解しきちんと使いこなすのだ。

 圧倒的といえる身体能力に、頭脳を併せ持つ彼等は、正に最強である。

 ゼザリオルグはアーガードへ命じる。

 

「今後、念のため旧都市上空を単騎では通るんじゃねぇ。常に一組五体以上にしろ。それと、これから俺がしばらく飛ぶ。誰も周囲に近付けるな。都市外壁内の地表を今一度全力で焼き払って、岩石を溶かし出入り口を全て塞いでやるわっ」

「はっ」

 

 蒼の薔薇が襲った最後の十竜長は、竜軍団側にとって囮的な形となった。丁度、宿営地から旧都市側へと接近して来ていた煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグは、その仲間が襲われている状況を自身の目で捉えたのだ。

 竜王は――その場へと突撃した。

 だが、まず行ったのは、十竜長を両足で優しく掴み、救い出す事だ。

 周辺には、確かに数体のゴミ(人間)達の反応を捉えた。

 ゼザリオルは、1キロ以上離れた場所へ、手負いの十竜長を横たえると、直ちに直上の空へと駆け上がるように飛翔し宙返りすると――

 

 究極の一撃である〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉を背面飛行のままゴミ達の居た付近へとぶっ放していた。

 

 城を一撃で土台ごと粉々に粉砕する衝撃力と、鋼鉄や岩石すら飴のように溶かす高熱に加え、着弾周辺直径1000メートルの気温は一気に数百度にも達するその威力である。それが首の細かい動きによって、周辺を広範囲に根こそぎ焼却掃除するのだ。

 

「はぁ、はぁはぁ……思い知ったかっ!」

 

 間もなく救援の竜兵隊が到着し、負傷していた十竜長は運ばれていった。

 竜王はこの後、予定通りに都市中の地表へ焦土作戦的に強烈なる火炎攻撃を見舞う。

 

 一方、蒼の薔薇達はなんとか逃げ延びていた。こういう事態に備え用心し、先程も暗渠の有るすぐ近くで闇討ちしていたためだ。

 その後、金髪の乙女達は2キロ以上離れた位置から外を確認したが、竜王が都市上空に居座って地上へ火炎攻撃を見舞い続けていた。

 間もなく、蒼の薔薇の潜む暗渠側へも竜王が移動して来たため、彼女達は別の場所へ転進するも、夜明け前を迎えても竜王は都市上空へ居座っていた。おまけに、強烈すぎた火炎攻撃を絨毯爆撃的に受けた都市内の暗渠が、十数か所で貫通され溶け落ちて塞がっていた……。

 以前のようには活動が難しくなったこの状況を受け、蒼の薔薇らは報告もあり王都への撤収を決定し、速やかにエ・アセナルを後にする。

 この日より、竜王の下へ闇討ちの報告は来なくなった。

 

 その二日後の昼過ぎ、アーグランド評議国の中央都へ評議会との話し合いに向かっていた百竜長ドルビオラが宿営地へと帰還する。

 ドルビオラはすぐに、煉獄の竜王の前へと報告に臨んだ。この場に重傷のノブナーガはまだ出席出来ず、百竜長筆頭のアーガードが同席するのみ。

 

「只今戻りました、竜王様」

「ご苦労であった。で、早速だが、どうなんだ?」

 

 そう聞きつつもゼザリオルグは、眼前に座し長い首を垂れるドルビオラが難しい表情をしていることに気付いていた。

 

(……うまく行かなかったのか。参ったぜ……)

 

 そんな、思いを表情へ出さず答えを待つ。

 目線を一度外し戻したドルビオラが、弱い口調で伝える。

 

「結論から申しますと――物資補給のみ許されました。条件として捕虜を国境へ連れよと」

「なんだ、それは」

 

 アーガードが訝し気に呟く。

 なにやら不穏な雰囲気のある要望に感じた。これだと、捕虜を売り払ってきたのは煉獄の竜王の軍団の独断だと、いつでも逃げが打てる形である。

 そして、あの白い竜のジジイにしては、ヌルイ決定にゼザリオルグは確認する。

 

「評議会では、誰に会ったんだよ? 永久評議員である竜のジジイ達は居なかったのか」

 

 評議会では色々な種族から複数選ばれた永久評議員7名、一般評議員104名の計111の議席が有る。

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツァインドルクス=ヴァイシオンは、永久評議員の一人。永久評議員は5名を竜王が占める。

 実は、ゼザリオルグの妹も族長代行で一般評議員に居たりするのだが。

 

「それが……評議会へ報告したところ、真っ二つではなく意見派閥が三つに割れてしまって……。好機なので打って出ようと言う交戦派、我々とは関わらず戦いに無関係を通そうと言う保守派、そして日和見派を含む、美味い処だけ利用しようと言う中立派です」

「なんということ……」

「泥沼かよ……くそっ」

 

 アーガードに続き、ゼザリオルグも本国評議会の混沌とした状況に呆れた。

 ドルビオラが続けて事の顛末を語る。

 

「それで、中立派の有力評議員である豚鬼(オーク)族長の一人、ゲイリング評議員が、先程の物資補給案を出して、交戦派を取り込み過半数で可決させたのです」

「……傘下の奴隷商を優遇する気だろう。まさに、餌を漁る肥えた(ポーク)ヤロウだな」

 

 ゼザリオルグは、吐き捨てるように罵った。

 しかし、本国に交戦派が生まれた事は、悪くない展開である。

 

「で、ビルデーは?」

「はい、妹君のビルデバルド様は――もちろん交戦派でいらっしゃいます」

 

 長年仕え、良くその性格を知るドルビオラは、苦笑し報告した。

 

「やっぱり……」

 

 同じく苦笑いのゼザリオルグは、母を討たれ自分が竜王を継いで、対八欲王竜種連合軍へ参加するときのことを思い出す。

 今もほぼ変わらないが当時、ゼザリオルグは人間にすればまだ15,6歳程度の姿であった。その時、妹のビルデバルドは10歳程度である。

 

『ビルデー、一族の要として俺の代役をしっかり頼むぞ。俺は必ずここへ帰って来るぜ』

『うん、お姉ちゃん。ずっと待ってる』

 

 それから500年程が経った今、妹の()()()は人間にすれば27歳程になっていた。そう、随分年月を重ね、再会した妹は姉よりも一回り大きい立派な姿で竜的に姉を超えていたのだ。

 そんな妹のビルデバルドだが、彼女は竜王へは即位せず姉の言葉に従い、帰りをずっとずっと待ち続け要として一族を守り通していた。

 

 そして――姉は復活して一族の里へと帰って来た。

 

 ビルデバルドは大喜びである。

 彼女は、姉の最大の理解者だ。

 復活して間もない姉が、また急に300体の一族を率いて、永久評議員ツァインドルクスの意に反して隣国である人間の国リ・エスティーゼ王国へ殴り込む時も、一番背中を押してくれていたのはビルデバルドであった。

 

『じゃあ、行ってくるぜ』

『うん、お姉ちゃん。思いっきりやっちゃえー』

 

 ゼザリオルグは、その数日前に妹へ尋ねていた。500年も一族を纏めて守ってきたのは、ビルデバルド、お前なのだぞと。

 しかし、出来た妹は静かに首を振る。

 

『族長は、お姉ちゃんだよ。お母様は、お姉ちゃんに竜王を託したの。お姉ちゃんは一族でただ一体の、自慢の煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)なんだから。私達はお姉ちゃんに付いていく。お姉ちゃんが戦うなら、私達も戦うよっ! 第一、人間にやられっ放しなんてお母様が許さないからねっ』

 

 逆に尻を叩かれた感じだ。

 ビルデバルドは姉の出陣に際しても、評議会で机をバンバン叩いて打ち砕きつつ、一人吠え捲っていた……。

 

『復活した我が姉、煉獄の竜王ゼザリオルグの強さは、かの八欲王へもダメージを与えたほど。今の時代では圧倒的ですっ。必ずや我が国へ勝利をもたらします。是非、今こそ兵を起こすべきなのです。かの目障りな人間至上主義で人間以外の種族を襲い、人類の守護者などとほざくスレイン法国も纏めて畳んで踏み潰しましょうっ!』

 

 普段は温厚な妹のビルデバルドだが――議会でもその強さは有名である。

 100年以上昔、里を訪れた国内でも有数のゴーレム使いで知られた精霊種の評議員がいた。その時、連れていた5メートル程もあるゴーレムは難度で実に200に迫る化け物であった。

 ビルデバルドとの会談の中で、その評議員は何時までも姉を待つ彼女を馬鹿にする。でも、ビルデバルドはそれには苦笑を返すだけであった。ところが、その評議員は少し口を滑らせ姉や母の事まで馬鹿にしてしまった。次の瞬間、評議員の横に立っていた化け物といえる屈強のゴーレムは太腿の途中から下の二本の脚部を残し、一瞬で上部が丸ごと消え去っていた……。

 ビルデバルドの口から咄嗟に放たれた絶大な破壊力を誇る〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉が、ゴーレムごと分厚い岩盤である洞窟の壁すら打ち抜き、その後方軸線延長上にあった山の山肌へまで大穴を空けていたのだ。評議員が火精霊系でなければ焼死していただろう。

 それ以来、ビルデバルドへ横柄な口を利く者はいない。

 そんな妹の武勇伝も、最近聞いていたなと頭に過るゼザリオルグはアーガード達へ告げる。

 

「よし、捕虜達を本国へ移動させるか。但し、3万人だけな。中立派を交戦派側に引き入れる餌の一つとして利用してやろうぜ。物資の供給も受けられるし、良い手だと思うがどうだ?」

「なるほど、確かに捕虜全部とは言われておりませんな」

 

 感心するドルビオラに竜王は重要点を語る。

 

「ふっ、選択権はこちらにもあることを示しておかねぇとな」

「はい」

 

 ドルビオラが頷くなか、アーガードは同意しながら具申する。

 

「ええ。あと我々は兎も角、現状では捕虜達の食料の不足が身近に迫っております。価値が出てきましたので、物資の供給へこれも追加依頼されては?」

「そうだな、水と空気だけではさすがに捕虜達も死ぬか。それでよろしく進めてくれ」

「はっ」

 

 本国と歩調を合わせる可能性が残ったことで、捕虜達は生き延びさせておくことになった。

 しかしその代償は小さくない。

 戦闘は、本国の評議会を動かす事へ左右されるように、この地で膠着し始めたのである。

 

 ゼザリオルグは――そのことが少し気に入らなかった。

 

 だが、軍団の配下達の間では、大きく良い方へ前進しそうだと笑顔が増えていく様子に、これも時代の差かと竜王は内心とは異なる良く晴れわたる青い大空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

                 ※ ※ ※

 

 

――――進撃ノニグン2

 

 

 カツン、カツン、カツン……。

 

 嫌でも覚えた既に聞き慣れた足音。

 軽快で、気の所為かどことなく可愛らしくも聞こえる。

 固い素材の密閉空間は音を良く反射した。その足音はまだ随分遠い。

 

(ん? 『声の女』か)

 

 これまで、名を何度か尋ねるも「教えてあーげない」と躱された。

 天使のような優しい声の響き――だが、情け容赦の無いところから、ここでは単に『声の女』と密かに呼ばれている。

 ニグン・グリッド・ルーインは薄暗いこの場所で、すでに二十日近くも不自由な拘束具を付けられ、忌まわしい虫に体を這い回られつつ石床へ転がる屈辱の捕虜生活を続けていた。

 鼻は麻痺しているのか慣れたのか、すでに周囲を覆う強烈であるはずの異臭も余り気にならない。

 終わりは見えない。死が終点かもしれない恐怖。

 しかし、なぜか『死ぬ』という概念は湧かない。不思議である。

 ニグンは、あれから自問自答を繰り返し、ここが秘密結社ズーラーノーンの拠点であり、アインズが一説に『盟主』と呼ばれるその首領だと確信している。

 唯一疑問に思った、王国戦士長と王国戦士騎馬隊を助けた点についても、王国戦士長達へ恩を売り善人を装うことで、今後も暗黒組織への関係を疑われることは一切ないと、恐らく仮面の男がそう画策したとの結論に達していた。

 そうでなければ、この規模の施設と、アインズという偉大な強者についての説明が付かない。

 アインズが、帝国の化け物魔法使いの弟子という線も考えたが、それにしては自分達の扱いが低く、隔離し続ける点が納得出来なかった。

 帝国でも、第三位階魔法詠唱者ともなれば一流であり、捕虜といえども丁重に扱われるはずであるからだ。

 現在、ニグンは自分が魔法詠唱者(マジック・キャスター)として、人類の新しい『盟主』ともいうべき圧倒的力を持つ高位魔法詠唱者であるアインズに従わなかった事を随分後悔していた。

 自分ほどの男を、こんな状況に貶めていることに怒りと恨みも凄まじいが、一方で自らの『天使』に唾を吐いてしまったのかという自責の念の方が強いのだ。

 スレイン法国でも、あれほどの使い手に出会ったことはない。最高神官長ですら、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)よりも遥かに弱く、第五位階魔法の使い手に留まっているのだから。

 魔法アイテムの『叡者の額冠』は確かに凄いが、短くない準備時間と大人数でなければ使えず、そして連続使用も難しい為、ニグンにすれば欠陥アイテム的存在だ。

 また、陽光聖典の隊長として、アインズを評価し期待している理由がもう一つある。

 それは、スレイン法国が誇る神官長直轄特殊工作部隊群『六色聖典』の中で、漆黒聖典の方が格上である事に起因する。

 漆黒聖典のメンバーは確かに強い。しかし、ヤツラは魔法詠唱者ではなかった。

 彼らは卓越した身体能力や武技使いに生まれながらの異能(タレント)持ちである。

 それが、最もデカイ面をしている――魔法をろくに使えない彼らがだ。

 神官長達にもその系統が多いことが、強く国家組織内に浸透し影響していると思えた。

 

 その事を内心ではずっと、非常に不愉快に思っていた。

 

 ニグンにはすでに、自分の出世の限界が見え始めてもいたのだ。

 金と地位と女を強く欲して多くを実現してきたニグンだが、自分の中で『第四位階魔法の使い手』という事を最も自信と誇りにしている。どこでも一流で、俺はやっていけるんだと。

 帝国の主席魔法使いフールーダ・パラダインの高弟達も、自分と同じ第四位階魔法の使い手なのだ。

 

(俺は、もっと上の地位に行ってもいいはずだっ)

 

 その点アインズ『様』は、高位の魔法詠唱者であられるので、配下になれれば魔法詠唱者は大いに優遇されるはずである。

 

 

(俺は―――ここで成り上がってやるっ!)

 

 

 すでにニグンという男には、下級貴族の身分にも貴族の三女の妻にも、そしてスレイン法国への未練はほとんど無くなっていた……もちろんここへ同時に囚われている43名の部下達にも。

 彼は、ここ数日を正に『死んだ』つもりでじっと耐え、ただひたすら機会を待ち続けていた。

 

 

 

 ……カツン、カツン、カツン。

 

 いつもの聞き慣れた足音が、いつものように近付き、狭い小窓の傍の外で止まった。

 小窓と言っても、床に面した横50センチ、高さ10センチ程で壁の厚みは優に1メートル以上の本当に通気口風。

 ニグンと、そして同じく囚われていた陽光聖典の隊員43名は、その異変に気が付いていた。

 それは、彼女の訪れる時間がいつもと違っていたのだ。明らかに体感で半日程早い。

 彼女はいつもの天使のような優しい声で――

 

「皆さん、長い間お疲れさまでしたぁ。さあ、ここから外へ出られますよぉ」

 

 なんと本当に優しい言葉を伝えてきた。それも全員に対しての模様。

 

「「「「「…………………………」」」」」

 

 歓声は上がらない。

 誰も信じていなかった。

 今まで無情だった『声の女』の言葉が信じられなかった。

 ただ、疑心暗鬼で周りの者の顔を互いに見合わせているだけであった。

 

 ここで変化が起こる。彼女の言葉が真実である証のように。

 ニグン達の周辺と、その衣服から虫達が離れていくと〈大洗浄(クリア・クリーニング)〉が掛かっていった。

 すると陽光聖典の隊員達は――優しさとは正反対の意味に捉え、途轍もなく怯え始める。

 よくある話なのだ、処刑の前にこういう最後の食事等の施しがされる事は。

 ニグンも周囲の雰囲気に動揺する。

 

(俺だけじゃなく、全員が出られるだとっ!? 本当にこれで最後なのかっ。一体外で何が起こったんだっ)

 

 ニグンには、その状況について全く想像がつかなかった。いや、単に命令が下されただけか。

 彼は、視線を下へ向けた。

 ――両手両足への拘束具がまだ付けられている現実。

 魔法も、自由もまだないのだ。逃げ場はない。

 しかし、陽光聖典の隊員達が怯える中、彼だけがこれは一つの大きな機会だと思えた。

 どうせ最後なら、言うだけ言ってみようと考えると、彼は行動を起こす。

 ニグンは、動きづらい拘束具を付けたまま、通気口のような狭い小窓の直前まで進むと、その小窓へ向かい土下座をし、そして叫んでいた。

 

 

「声の方っ! 是非、アインズ様に一度会わせて頂きたいっ!! これこの通りお願いする!」

 

 

 彼は10秒程頭を下げていたが、僅かに頭を上げ上目遣いで小窓の奥側を窺うと――

 

 向こう側からも、少女の顔が半分こちらを覗き込んでいるのが見えた……。

 

 初めて、天使のように優しい声を持つ『声の女』の顔を見る。

 少し変わった髪をしていたが、若く美しい少女であった。

 

 

 

 ニグンは、久しぶりに――――激しく欲情した。

 

 

 

 ここからニグンの進撃が、始まるかもしれない――。

 

 

 

 

 

                 ※ ※ ※

 

 

 

 

 ラキュース率いるアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』が王国北西部の大都市エ・アセナルから撤退を始めた頃、王都リ・エスティーゼの王城ロ・レンテの正門前に、3人の男達が現れていた。

 ナザリックで集会と宴会のあった、次の日の昼前の事である。

 いずれも、傷だらけの装備と全身が酷く煤けた姿をしている。ほんの先程まで戦場にいたという風体。

 その中の、双剣を腰に下げ騎士風の武装をするリーダーらしき男が、門を守る少し華やかな装備の衛兵達に告げた。

 

「緊急である。すぐに大臣殿か、王国戦士長殿へ会わせて頂きたい」

 

 衛兵の隊長が、煤けたその男の正体に気付く。

 

「こ、これは、アダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』のリーダー、ルイセンベルグ・アルベリオン殿っ!」

「いかにも。我らは竜軍団に急襲されたエ・アセナルに居合わせてな。その状況を伝えに来た。数万の捕虜と成った民衆を救わねばならん、急いでくれっ」

「なんとっ。おい、馬を出して急いで場内の大臣殿と戦士長殿へ知らせよ!」

 

 ちなみに『朱の雫』の残りのメンバー3人は現地周辺に留まり、潜伏して情報を収集継続中だ。

 大臣らへルイセンブルグ達から、現地でのその激しい戦闘と広がった惨状、そして何より――城すら一撃で粉々に薙ぎ払うという竜王の、圧倒的を超える絶望的な強さが伝えられた。城内は、王国が直面している悪夢の如き現実と、急がれる今後の対策についてで大騒ぎとなっていった。

 2時間後には国王の名で有力貴族達へ早馬が出され、再び王城での緊急対策会議開催が伝えられる。

 ところが、先日からの国家非常事態を受けるも、大貴族達を含め有力貴族達はやはり自領が大切であった。前回の会議から丸二日経過しており、すでに多くが王都を離れ始めていたのだ。

 そのため、追い付き呼び戻す事に手間取り、開催は明後日となる体たらくであった……。

 

 王国内の足並みが揃わぬバラバラのまま、強大すぎる竜軍団へと対していく。

 

 『朱の雫』の3人が王城へ現れたから6時間後。日が沈む直前に、王国内のもう一つのアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』達も王都へと帰還してきた。

 十竜長らの鱗や百竜長の牙の欠片という戦利品を携えて。

 

 まだ希望の欠片が、首の皮一枚で繋がっている……そんな王国の、揺れる王都に在るアインズは、モモンとしての冒険者依頼の四件目を午前中に片付けて、今はルベドやシズ達と午後の紅茶を飲んでゆっくりと寛いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 宴会から王城への帰還

 

 

 夕方の5時過ぎ。

 ナザリックでの宴会を一時的に離れたアインズは、ルベドやユリ達と共に王都の反王派貴族から貰った屋敷へ戻ってくると、建屋内を実際に軽く一回りする。途中、地図にメモ書きのあった天井裏で小さめの宝箱に金貨1200枚も確認し、アイテムボックスへ放り込んだ後、この屋敷に居た3人の新しい人間のメイド達に後を任せ、夕日の中、再び馬車で王城の宮殿にある部屋へと帰って来た。

 時刻は6時を少し回っている。

 

「「お帰りなさいませ、アインズ様」」

 

 アインズらは、留守を守っていたソリュシャンとツアレに迎えられる。

 ソリュシャンには、労いを掛けたいアインズだがこの場では言えない。そんな支配者へソリュシャンは伝える。

 

「昼過ぎのお茶の時間に、王国戦士長殿が来られましたが、不在をお伝えすると、また夕方へ参られると言われて帰られました」

 

 ソリュシャンとしては、急用では無いと判断し〈伝言〉しなかった。

 また、人間に敬称等がついているのは、ガゼフが御方から『本当に』客人待遇されている事を考慮されている。主人のご意向を自然に汲むのもメイドの仕事である。

 アインズは特に用が無ければ、ナーベラルに役を代わってもらい、ナザリックへ戻るつもりでいたが様子を見る事にする。

 

「そうか、では待とう」

 

 そうして、15分程すると部屋へガゼフがやって来た。

 ユリが扉を開け応対する。ユリに「どうぞ」と勧められ「ではお邪魔させていただく」と嬉しそうな表情でガゼフが入って来ると、アインズは席を立って出迎える。

 

「昼間来られたとか。今日は少し外に出ていましたので」

「いや、朝すぐに来ればよかったのだ」

 

 ガゼフへと席を勧めながら、アインズ達はソファーへと腰を下ろす。

 間もなくワゴンを押したユリがやって来る。

 

「して、戦士長殿、何か?」

「実は、ゴウン殿より指摘された竜軍団への迎撃場所の件について、王都では無い場所を再検討すべきだと、先日陛下へと進言したのだ」

「そうですか」

「それで、陛下は尤もだと仰られ、対策会議を近日行う事になったが、ゴウン殿にも是非その席に出てもらい、良い案を頂きたいと申されてな」

 

 ガゼフはそう話をしながらも、一人の眼鏡のメイドに内心夢中である。国王にも派手に知られてしまった以上、残念だったなと慰められるのを防ぐには、もはや――ゴールインを目指すほかない。前に進むしかないという状況は、ガゼフという男にとっていっそ踏ん切りがついたと言える。

 彼は武技を使って、斜め後方に立つ彼女の位置をしっかりと捉えていた。

 カップを手前に置いてくれるユリに、王国戦士長は厳つい笑顔で会釈をしつつ、彼女の主への用件を伝え終える。

 アインズは、王国戦士長の話の内容を一応理解したことを伝える。

 

「なるほど」

「これが、正式な大臣署名入りの出席依頼書だ。是非、お願い出来まいか」

 

 巻かれ閉じられた書状が、脇の小テーブルに置かれた。立派な朱い封蝋印で止められている。

 アインズはそれを手に取るも、眼鏡アイテムを使わないと読めないので、後で読む事にする。

 

「会議出席の件は分かりました」

「そうか、よかった」

 

 ここで断れば、ガゼフの面目が立たないと考えアインズは承諾する。

 

(王都の近くにも古戦場はあるはずだし。そこを推薦すればいいよな)

 

 アインズとしては、不自然でない形で名声が上がればいいので、過程に全くこだわりは無い。

 その後、二人は10分ほど歓談した後、ガゼフは席を立つ。

 

「それでは、失礼する」

 

 アインズも席を立ち、歓談の際に出た「差しで個人的な(嫁についての)相談がある」というガゼフの家への訪問の話を返す。

 

「では近い内に、お宅へお邪魔させて頂きますよ」

「是非に、お待ちしている」

 

 このやり取りの際、ガゼフはユリの方へと笑顔で何度も視線を送っていた……。

 ユリには、よく分からない。だが、王国戦士長は客人なので笑顔を続けていた。

 アインズは、何かなと一瞬思うも単なる愛想かと思い見過ごす。

 今日も扉の外までユリに送ってもらい、ガゼフは「お茶、今日も美味しかったです」と笑顔で告げる。

 ユリから笑顔で定型の「またお越しくださいね」という言葉をもらい、彼は胸を弾ませてアインズの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

――P.S. 宴会の幕切れ

 

 

 宴会は、午後9時過ぎに終了となった。

 

 ただハムスケを含めたキョウ達は、アインズが座を外した少し後の日暮れ前に、アインズから頼まれていたアウラとマーレによってトブの大森林の出口傍まで送られ、無事にカルネ村と森の奥へと戻っていった。

 アインズは午後7時前に王都から宴会へ復帰していた。明日の朝は、また冒険者の仕事でエ・ランテルへ復路の護衛があるが、それまでは概ね自由だ。

 復帰から1時間ほどは女性陣らに攫われていたが、宴会の終盤はデミウルゴスやコキュートスにヴィクティム、セバス、そしてガルガンチュアに大図書館の司書らと観客席で歓談し静かに飲んでいた。

 女性陣らはいつの間にか会場内の仮設バーで寛いでいたが、また酔っぱらったシャルティアとアルベドが、コンテストでのどっちの水着姿にアインズがより興奮したかで、口論となった。

 

「アインズ様は当然、私のはち切れんばかりの白ビキニのパーフェクトボディーで、もうビンビンよビンビンッ!」

「へっ……大口ゴリラの武骨すぎる体なんて~、見向きもされてないであ、り、ん、す。我が君は~、私のまだ若くて青い蕾の、スクール水着の身体を~食い入るように見詰められて――ギンギンでありんすよっ」

 

 ビンビンやギンギンという言葉に、何か思い当るのかマーレは脇で人知れず赤面していた。

 その場の言葉の応酬では決着が付かずに、アルベド達二人は見上げて割と近い場所にあった、観客席から張り出したあの舞台上でのパワー勝負へと発展する。

 シャルティアとすでにHPが復活済のアルベドは、互いの手を合わせて掴み合い、双方オーラ全開を見せた。

 最後の余興が始まったと、会場のシモベ達も両者を応援し始め会場中へと広まっていった……。

 もはや引けなくなった二人は、掴み合ったまま一気にフルパワーへと近付けていく。

 二人の姿は、すでにヤツメウナギィィと大口ゴリラァァの状態に移行済だ。

 

「クッ、い、いい加減に、へばりなさいよっ!」

「そ、そっちこそ、くたばるでありんすっ!」

 

 そのまま5分経過。

 

「ぐぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「う゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 さらに5分経過。

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「くぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 二人の勝負は、このまま果てしなく膠着するかに見えた。

 しかし――二人のパワーに、舞台の方が耐えられなかった。

 両者、足元でも渾身の力で踏ん張っていたが、その中間を境にヒビが入ったかと思うと舞台が真っ二つに裂けていき、そして土台の闘技場の壁面ごと崩れ落ちていった……。

 

「げほ、げほっ」

「ぺっ、ごほっ、ぐほっ」

 

 アルベドとシャルティアは、分厚い瓦礫の山から自力で這い出してきた。

 さすが物理防御がトップクラスの二人である。埃は被ったが、大惨事にも拘らず全くの無傷。

 負傷者は僅かに出たが、幸い瓦礫の下敷きになっての死者は出なかった。

 近くの観客席にいたアインズ達も駆け付ける。

 

「お前達、怪我はないか?」

「は、はいっ、アインズ様」

「大丈夫でありんす」

「そうか、よかった」

 

 しかし――。アインズの瞳がここから光った。

 

「……二人ともこっちへ来て、私の右腕を掴め」

「はい」

「は、はい」

 

 至高の御方のただならぬ様子に、シャルティアの語尾が普通になるほどだ。

 アインズは、寄って来た二人から右手を掴まれると、左手の黄金の杖を使い〈転移〉した。

 そこは、静寂に包まれていた玉座の間であった。居るのはこの3名だけである。

 支配者は、玉座を奥へ一瞬眺めつつ、二人の配下へと顔を向け厳しく告げる。

 

「さて……二人とも何をやっているのだ。大事な施設を壊してどうする。お前達二人は、多くの者を代表する統括と、階層守護者なのだぞっ。無礼講とは言え皆の手前、状況と加減を考えよっ」

 

 アインズから『絶望のオーラV』が漂う。

 絶対的支配者からの初の叱責も加わり、アインズの前で並ぶ守護者統括と階層守護者の二人は硬直する。

 二人とも膝へはっきりと分かる震えまでも来ていた。

 

「「申し訳ございません、アインズ様」」

 

 アルベドとシャルティアの二人は、アインズの前でただの一兵卒として直ちに頭を下げる。それは腰を90度倒しており、45度の最敬礼を遥かに超えて、もはや拝礼になっていた……。

 たとえシモベ達がどれほど見ていようとも、至高の41人の御方であるアインズの前では地位など関係ないのだ。

 

 アインズは、それを見越してここに連れて来ていた。さすがに、仲間達の娘同然の可愛いNPC達に、最下級のシモベ達もいる前でまで酷く恥を掻かせる必要はないと考えた。

 ただ、その地位に相応しい考えと行動を示してほしいかなと叱ったのだ。

 たまに羽目を外すのは構わない。大抵は大目に見ようと思う。

 しかし、今回は上位の者が無用に力を振るい、施設まで破壊したのだ。これを許しては支配者としても示しがつかない。

 みれば、二人は震えて礼をしたままの姿勢で止まっていた。お許しが出ていないからだ。

 下から覗き込んで見たわけではないが、二人とも目を見開いて視線をくるぐる回し『どうしようどうしよう』という泣きそうな表情であるのが分かる。

 アインズは、もう十分二人を叱ったと判断する。

 背を向けつつ告げる。

 

「二人で力を合わせて、破壊した部分を綺麗に修繕せよ。その作業が、完了すればこの件は許そう」

「「ははーーーーっ」」

 

 二人は、90度を超えて頭を下げていた……。

 

 そうして間もなく頭を上げた二人へアインズは近付き、左手のギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を軽く手放し空中待機させると――彼女らの頭を左右それぞれの手でそっと優しく抱き寄せた。

 

「ア、アインズ様……?」

「我が君……?」

 

 厳しい叱責を受けたばかりの二人は、ご褒美としか思えない支配者の行為に困惑する。

 

「余り無茶をして心配させるな。喧嘩をするなとは言わないがほどほどに、仲良くな。もし私に―――何かあった時が不安になる」

 

 それを聞いた、アルベドとシャルティアは同時にハッし、直ぐ反論する。

 

「アインズ様に何かなど、我々がこの身に替えて必ず断固阻止いたしますっ!」

「その通りでありんす。我らの身が塵芥になろうとも、我が君の身だけは絶対にお守りするでありんすよっ!」

 

 二人は、怯え切っていた先程とは別人といえるぐらい力有る眼光でアインズを見つめてきた。

 それだけは、他の何を犠牲にしても何が有ろうと、敬愛する主だけは絶対に護ると――。

 アインズは二人の頭をポンポンと叩くと、ほくそ笑んで告げる。

 

 

「ふっ、安心しろ。私を誰だと思っている――アインズ・ウール・ゴウンである。誰にも負けぬわ」

 

 

「はいっ」

「はいでありんすっ」

 

 アインズは、笑顔を見せ元気になった二人を連れて第六階層の闘技場へ戻ると、宴会の閉会式に臨んだ。

 アインズとアルベド達が消えた後、支配者の雰囲気がただ事では無かったため、アウラとマーレは本気でオロオロし、コキュートスにヴィクティム、セバスとデミウルゴスも含めて皆が緊張していた。

 残った彼等はとりあえず学んだ。無礼講でも施設を壊してはいけないと。デミウルゴスが、会場の皆に落ち着くよう告げた後、改めて通達したほどだ。

 先程の瓦礫は、指示するアウラを右肩に乗せたガルガンチュアがちょっと巨大な手で寄せ集めて二回だけ運んで、あっという間に片してしまっていた。

 そこへ、普段の様子のアインズ達が会場に戻って来たのを受け、内心ホッした司会のデミウルゴスが皆へと伝える。

 

「さて皆さん、そろそろ大宴会の終了が迫って参りました。再びこちらへ注目をお願いします! 閉会宣言の前に、アインズ様より締めの一言をお願いします」

「うむ……。今日は色々と楽しませてもらった。また皆と宴会を開きたいと思う。そう先の話ではない事だろう」

 

 アインズの言葉に、これから始まる初戦の勝利を想像し周辺から歓声が上がる。

 

「それと、先程の舞台崩壊の件はもう気にしていない。ただ、壊した所は率先して自分達で直してもらうということだ。あと最後に、そうだな――先程のアルベド達のパワー勝負は、次回の宴会にて何らかの形で決着を付けてもらうということで、以上」

「「えぇーーーーーーーーーっ?!」」

 

 アルベドとシャルティアが、トラウマ感で当面はコリゴリという風に叫び声を上げた。

 落としどころを間違えただけで、あの時多くの者が注目し歓声を上げており、催し物としては悪くなかったのだ。そして、それまでは二人とも万全でいろという事でもある。

 温かい言葉を聞いてデミウルゴスは、軽快に繋いでゆく。

 

「御言葉有難うございました」

 

 場内から御方に対する拍手が起こり、アルベド達の再考を願う反論的声はかき消される。

 

「それでは皆さん、これにて御方の御改名とナザリックの栄光なる戦いの幕開けを祝しての大宴会を終了いたしいます。ありがとうございましたっ。また次回、この場でお会いしましょうーーっ!」

 

 万を超えるナザリック勢で埋まる観客席と闘技場内の会場は、歓声と拍手で溢れた。

 

「それでは、出口に近い者達から順次退場し、持ち場の階層へ戻って下さい。それが完了しましたら、裏方の皆さんと有志の方々、会場内の催し物の撤収をお願いします」

 

 そんなテキパキとしたデミウルゴスの声の下方で、アウラ指揮監修の下、アルベドとシャルティアは不慣れであろう修繕作業へ突入していた……。

 アインズは「しっかりな」と声を掛け、第九階層へと去っていく。

 二人は至高の御方への謝罪の気持ちを込め、今回は協力して材料の持ち込み、切り出し、組み立て、仕上げをしっかり行なった。二人ともパワーは並みじゃなく重く巨大な材料でも人手は二人で十分。アルベドは万能なので切り出し加工も上手い。組み立てをシャルティアに任せ分業し、仕上げを共に行って2時間ほどで綺麗に元に戻し終える。

 作業を完了すると二人の乙女は、ハイタッチで喜び合っていた。

 

 予想以上に早い完了報告をセバスが脇に控える執務室で、扉より入って来たデミウルゴスより聞き、優し気に「そうか」と伝えたアインズは考える。

 

(ガッチリ二人が組むと、相性は良いはずなんだよなぁ……)

 

 守護者最強のオフェンスとディフェンスである。

 しかし、普段うまく行かないところが、やはりアルベドとシャルティアらしさなのかもしれないなと支配者は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

――P.S. エントマは何を聞いたのか

 

 

 アインズは執務室へ来ているデミウルゴスに、少し考えていた事を告げた。

 

「第二階層の黒棺(ブラック・カプセル)にいる人間の捕虜達についての事だが――森への侵攻作戦の戦力に組み入れられないか。既に精神的に我々へ屈服していることはエントマの話と報告書から確認している。人間の住む大都市の冒険者をしていて分かったのだが、アレでもこの世界では上位に入る者達のようなのだ。私はまだ、生かしておく価値はあると考える」

 

 人間種としてはかなり上位の魔法詠唱者44名をあっさり潰す事に、アインズは少し勿体ない気がしたのだ。周囲の人間が治める三国を今後相手にする上でも、何か存在価値があるのではと。すでに人間の集落であるカルネ村を管轄下に組み入れており、今後もナザリック勢力下での人間の数は増えていくはずで、アノ者らだけを殺すメリットは無いと思われるのだ。

 支配者の意見を聞き、デミウルゴスは眼鏡を僅かに押し上げつつ答える。

 

「確かに、一理ございますね。ただ――アレらはアインズ様へ直接的に攻撃をした重罪人達にございます。見せしめのための惨たらしい死以外に、周囲が納得しないかと存じますが」

 

 内心では、あの程度の人間如きに殆ど価値を見い出せないが、至高の御方の意見であり最大限尊重しつつも、支配者の尊厳を傷つけない部分で、やんわりとゴミ達を排除の方向へと導く。

 罪を犯しておらず、協力的であったカルネ村の者達とは違うのだと。

 アインズとしても、このナザリックでは人間へ向ける下等動物的視線が、尋常では無い事を知っている。

 『絶対的支配者の命令』としてゴリ押すのは容易だが、それでは僅かに不満が残るかも知れない。

 

「そうか……(うわぁ、面倒くさいなぁ)」

 

 ここで高い知能を持つデミウルゴスを納得させれなければ、今後もアノ者らの件は円満に上手く運べないと感じる。緒戦でさりげなく後方からの誤爆攻撃で消されるのが見えるようだ。ここは踏ん張り所である。

 

(ふむ……死を免除する理由か……理由……理由……)

 

 アインズは、少し考えると妙案を口に出した。

 

「――私の改名も含めて、ナザリックの方針も決まり随分"目出度い"よなぁ。そう―――恩赦だ」

「恩赦……」

 

 デミウルゴスは――衝撃を受けた。

 なんという慈悲深い響き。

 最下層の者は、祝福の訪れた最上位のものから僅かに恵まれるのだ。許す行為も絶対的支配者の威を大いに示すものである。

 

「――畏まりました、アインズ様」

 

 大きなメリットを見出し、デミウルゴスは納得した。

 こうして、陽光聖典の44名は地獄から大きく一歩後退することになったのである。

 いや、始まったと言うべきだろうか……。

 

 

 

 間もなく、同感銘を受けたセバスにより、彼の事務室へエントマが呼ばれた。

 

「アインズ様の命です。黒棺(ブラック・カプセル)にいる人間の捕虜達を、拘束具はそのままであの場より解放したのち、清潔で温和な第六階層の闘技場内にある牢獄へ移し、健康的な食事を与えて体力を回復させよと。食事と衣服についてはペストーニャの方へ伝えておきます。あなたは、彼らをそこまで連れて来るように。なおこの件は、アインズ様の御改名とナザリックの方針が決まった目出度い事の祝いで、慈悲深きアインズ様からの恩赦により実行されます」

「アインズ様からの恩赦ですかぁ……分かりましたぁ」

 

 少し固めそうだが、新鮮なお肉達がいつ味わえるのかとずっと楽しみであったが、アインズ様の祝いの為であれば仕方がない。エントマはひとまず我慢し、ちょこんと礼をすると第二階層の黒棺へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

――P.S. 王都屋敷のメイド達は

 

 

 彼女達三姉妹は、いきなり故郷から150キロ以上離れた王都へと連れて来られた。そこは街中でも閑静な50メートル四方程の土地に、小さいが林もあるかなり立派なお屋敷であった。

 

「綺麗なお屋敷……」

「メイ姉ちゃん、ここは?」

「ここが……我々の主となるアインズ・ウール・ゴウン様という方のお屋敷よ」

 

 下の妹の質問に、肩程で揃えた黒赤毛髪の姉は新しい主の名を挙げて答えた。

 三姉妹の長女で17歳のメイベラ・リッセンバッハと、次女で腰ほどまで一本の三つ編み髪のマーリン、末妹のツインテールのキャロルは、商人であった両親の抱えた金貨250枚という莫大な借金の(かた)の一部としてここへと連れて来られていた。生涯この屋敷の主人のゴウンという人物へと仕え、その身を捧げろと。

 貴族から両親を人質に取られている形である三姉妹は、檻が無くともここから逃げることが出来ない。

 彼女らの両親は、領主である()()()()()()()に商売で嵌められたと言える。

 これから値が上がるから買えと無理やり勧められた商品が、実は粗悪である二束三文の商品であった上、資産を大きく超える買い付けにより、莫大な借金を負わされたのだ。さらに同時に借り入れた資金の金利も異常であった。そのために全財産を奪い尽くされてしまった。

 フューリス男爵は、自領民達から重税で吸い上げたその金貨銀貨の山を元手として阿漕な『フューリス商会』を傘下に運営しており、高利の金貸しもやっている。そして、目を付けた娘の居る家庭を経済的に追い込み、借金の形に彼女らを掠め取っていくのだ。

 男爵は国王派の貴族であるが、裏の利益で反王派の貴族にも通じており、今回丁度狙っていた三姉妹を手に入れたが、反王派の六大貴族と縁が出来る方を選択し、3人のメイドの提供者になっていた。

 これがリ・エスティーゼ王国の全体の3割を軽く超えるというあくどい水準の貴族達である。その酷さに、国王派も反王派も大差はないのだ……。

 領主であるフューリス男爵の、領地における街や村の娘に対する痴態だけでも有名だ。

 その風貌に合うまだ50歳前だが、これまでに多くの淫靡な営みで生まれ始末された子供や使い捨てられた娘は100人を下らないという噂だ。

 そしてフューリス商会によって、潰された商人や農場主の数だけでも50ではきかないだろう。

 しかし、領地においてこの三十年、誰も……立派な方だと聞く国王ですら、彼に毛ほどの罰も与えることはない。

 これが、この生きている世界の現実なのである。

 そんな酷い領主から言い渡され、連れて来られた場所がここなのだ。真っ当である訳が無いと信じていた。その屋敷で数日が過ぎていく――。

 

 絶望しか残っていない三人姉妹の彼女達の前に――ある日、まさに目が覚める程の最高級馬車が庭を通って玄関へと現れた。

 白金の装飾部品が飾る、漆黒の超高級馬車を引く四頭の馬は、すべてが最高級馬と言われる八足馬(スレイプニール)であった。

 あの裕福に見えた糞領主の男爵の屋敷にすら八足馬はいないはずだ。

 そんな馬車から一人の男が降りて来る。

 

 変わった仮面を被り漆黒のローブを纏った人物。その身長は百九十センチはあろう巨躯な体格をしてた。

 

 長女のメイベラは恐怖した。

 少し背の高い自分は兎も角、小柄な末の妹はこの巨躯な男性との営みに耐えられるだろうかと……。

 当人のキャロルも顔が青ざめていく。

 すでに結婚適齢期を迎えていたメイベラ姉妹達は、一通りの家事を花嫁修業として習得しており、男女の知識についても友人らからそれなりに得ていた。

 好色で非道な、フューリス男爵との繋がりが考えられるこの変わった風貌の『貴族』に、慈悲があるとは思いつかないのは当然であった。

 とはいえ、両親の事を考えれば、この屋敷から逃げることが出来ない運命――もはや絶対絶命か。

 しかしその直後、メイベラの考えが揺らいでいく。

 巨躯の男の後に馬車から降りて来た者達を見て驚く。それは白い鎧を付けた少し小柄で綺麗な少女に、桃色の髪で眼帯をした結構小柄な美少女であった。上背が末の妹のキャロルとそう変わらない。そしてここで気が付いたが、馬車の御者も背の高い凄く美人であるメイド嬢であった。

 不思議な事に、彼女達はこの仮面の主へと敬意を払いつつも凄く自然に笑顔を向けていた。

 

 どういうことだろう。

 

 話に聞く貴族達は、使用人達すらこき使い、特に美しい女達は屋敷内でも奥へと隔離し、日々蹂躙を楽しみ虐待していると聞く。

 接する態度から、美少女らが配下であることは間違いないはず。しかし、貴族が配下の美しい娘達をこのように鎖で繋ぐ事も無く、普通に連れ回しているなど聞いたことが無い。

 メイベラは、何か思考と現実に大きい乖離があることに気付く。

 それを仮面の主の行動が、徐々に示していく。

 

「私がアインズ・ウール・ゴウンだ。話は聞いているか?」

 

 メイベラが、姉妹達の矢面に立って会話に臨む。

 

「はい、ご主人様。――生涯傍へお仕えするようにと言われております」

 

 せめて主が、より喜ぶ内容で伝えようと。

 

「……そうか」

 

 しかし主の男は一瞬間を置くと、なにか意外な感じで呟くように言葉を返してきた。

 単調な答えだが、メイベラはこの後、どのみちこの男によって結局は女として蹂躙される時間が始まると思っていた。

 ところが、主が直後に告げてきたのは、予想外の命である。

 

「今日はこの屋敷を見に来た。日が沈むまでには王城へ帰る予定でいる。昼食は皆で早めに済ませてきた。私が再び一階へ降りて来るまで、お前達三人は二階以上へ決して上がって来るな。良いな?」

 

 時間にすれば、今から6時間ほどだろうか。だが、それよりも重要なのは、私達三姉妹に対しての淫らな要求は全くないということだ。女に貪欲であるハズの貴族様が、これはどうしたことだろうか。

 でも、今はそれでいいという思考がメイベラの頭に広がっていた。

 

「畏まりました」

「「畏まりました」」

 

 主の命は姉妹三人に対してであり、下の妹達も姉に揃って返事をした。

 仮面の主人と少女達は、お茶のセットだけを持って上の階へと玄関ホールに掛かる階段を上がって行った。

 

「メイベラ姉さん、ご主人様が"王城へ帰る"と言っていた気がしますけど」

「そ、そうね……」

「じゃあ、王城から来られたのかな?」

 

 キャロルの質問は、主人の言動と立派な馬車によって間違いなさそうである。

 

「そうかも知れないけれど、詮索は後にしましょう。頼まれたこの馬車と馬達の世話が先よ」

 

 兎に角、粗相に気を付け、傷を付けないよう立派な馬車から片付けることにした。

 貴族様の機嫌を損ねる最大の理由は、『言われたことが出来ていないこと』に間違いないはずである。すでに、仮面のご主人様のものとなっている自分達は、少しでも気に入られるように、不満を持たれない形で生きていくしかないのである。

 二十分ほどで馬車を片付けた三姉妹は、二階以上には上がれないが、庭と一階に汚れや不備がないかを今一度見回る。

 そうして正午が過ぎ、姉妹達は昼食を取った。両親が今の境遇になってから、まともといえる食事も余りしていない。この昼食も水で薄めた形の野菜のスープとパンだ。それでも、この屋敷に来てからは、屋敷にある物が食べられるので随分マシである。そもそも、賃金などないのだから。

 味の有るスープを啜りながら、新しい主達の事を再び考え始めていた。

 

「あれから1時間以上経っているけれどずっと静かですね」

 

 マーリンの意見にメイベラとキャロルも「そうね」と頷く。

 少しだけ、ご主人様と美しい少女達での酒池肉林のケースも考えたが、どうも違うようだ。

 確かに、二階と三階だけで、部屋数は15以上もある。

 三階は眺めもいいし、いくつかの部屋でのんびりお茶をして寛いでいるのかもしれない。

 しかし――話に聞く貴族とはかけ離れている。

 貴族は、街や村では随分恐れられている。そして、本当に恐ろしいのだ。

 領内の通りすがりの街で、些細な事象から連れている騎士により無礼討ちにされた話も結構ある。自領内なら、何人殺そうと領主なら罪に問われない。それを楽しんですらいるのだ。

 本当に碌な話を聞かない。

 

 いっそ貴族達など滅びればいいのに――。

 

 両親の事を考えれば、本当にそんなことすら思ってしまう。

 ふと、このお屋敷のあのご主人様はどこの領主様なのだろうかと考える。

 馬車からすれば、男爵より上の子爵か。あの馬車は立派過ぎてそれ以上でも驚かない。だが、伯爵様なら別宅でももっと大きい屋敷を持っている気がする。

 また、三姉妹達はゴウンという家名は初めて耳にしていた。

 領民達の多くは、隣接する領地の領主名ぐらいしかしらない。手広い商人であったリッセンバッハ家の娘達はさらに広い近隣の領主の名を聞いていたが、ゴウンという家名は初めて耳にしていた。

 それから王城に出入りしているとなると、この王都に近い領主なのかもしれない。

 しかし、結論は憶測の域を出ず、よく分からない。

 三姉妹は昼食を終えると、馬の世話や庭の手入れをして主達が降りて来る夕方を待った。

 

 西の空に夕焼けが広がり始めた午後5時を回った辺りで一度、二階より帰りの馬車の用意を頼まれ、メイベラと姉妹達はその準備に掛かる。

 再び二十分ほどで準備を整えると、午後5時半頃に、一階も見回った仮面姿の主人と美少女達が玄関ホールへと現れた。

 メイベラ、マーリン、キャロルの三姉妹は、ホールにて礼を以て主人達を迎えていた。

 

「御主人様、馬車のご用意は整っております」

 

 そう伝え、メイベラがゆっくりと顔を上げ、姉妹達も続く。

 

「そうか、ご苦労……ん?」

 

 そう告げる為に足を止めた仮面の主人が、メイベラ達の方をじっと見た。

 メイベラは、何か不備が有ったのかと内心焦る。貴族に不満を抱かせてはならないのだ。

 ところが――主人の口にした言葉は意外なものであった。

 

「顔色が悪いな。ちゃんと食事をしているのか?」

 

 なんと、御主人様から気を使われたのだ。

 

「は、はい……一応ですが」

「そういえば、お前達はここへ住み込んでいるのだな?」

「はい、そうです」

 

 アインズは、ここで少し首を捻る感じに一瞬考える。

 

(――この屋敷は一応、俺が貰ったはずで、管理について今はこの子達に任せる訳で……)

 

 支配者は漆黒のローブの袖から10枚の金貨を取り出した。

 

「当面の必要なものは、これで補うように。お前達も栄養のある物を食べて、体調管理にも努めよ」

 

 拠点には維持管理費が掛かるのだ。おまけにこの子達は人間である。危なく飢え死にさせるところであった。ただ、素性がよく分からないので少なめに渡しておくことにする。だがこれでも、一般家庭の年収分に相当する金額だったりする。ここは家賃もなく税金も無い。とりあえずこれで、しばらくは大丈夫かと考えた。アインズは、リーダー格の少女へ金貨を渡しながら一旦満足する。

 

「は、はい……あ、ありがとうございます」

 

 金貨を受け取ったメイベラは、完全に困惑していた。

 貴族が使用人に10枚もの金貨をポンと渡すなど聞いた事も無い。また、体調まで気を使われてしまった。親族でもないのにだ。

 

(この方はもしかすると――大商人ではないかしら)

 

 余りに貴族らしからぬ行動から、そう考える方が自然であるように思えた。

 ここでアインズは漸く気が付く。

 

「そういえば、お前達の名をまだ聞いていなかったな。教えてくれるか?」

「は、はい。私がメイベラ・リッセンバッハ。次に、上の妹のマーリン、そして下の妹のキャロルです――」

 

 それを聞いた途端に、喜んだのはもちろんルベドだ。姉妹である。それも三姉妹だぁ。

 また、閲覧コレクションが増えてしまった。

 

「――お前達は仲が良い? 三人、ずっと一緒か?」

 

 いきなり主の前に出て来た白い鎧装備の綺麗な少女が、三姉妹へと迫ってきた。

 

「は、はい。ずっと仲良しで、三人で居ることが多いです」

「そう、――――素晴らしいっ! ずっとここに居ればいい」

 

 ルベドはニコニコである。

 もうダメだ……。今の時点から、この姉妹達は『世界』から守られた……。

 とても幸せそうなルベドに、声を掛けても大丈夫か支配者自身も不安だが、王城へ戻らなければならない。

 アインズは、勇気を振り絞る。

 

「ル、ルベド……とりあえず、今日は城へ戻るぞ。この屋敷は安全だ」

 

 ゆっくりと振り向いたルベドは不満そうだが、同志で主のアインズの言葉に首を縦に振る。

 

「……分かった、アインズ様」

 

 他の者の言葉であれば無視するところであるが、とりあえずアインズの管轄に入ったこの屋敷なら、心配はいらないだろうという、ルベドの主に対する信頼感の表れであった。

 アインズは、問題児の説得に一発で成功した今のうちにと王城へ戻ろうと思うが、他の者の名前ぐらいは知らせておく。

 

「メイベラに、マーリンに、キャロルよ。簡単だが紹介しておく。この者がルベド、こちらがユリ、そしてシズだ、見知りおけ」

「はい、ルベド様、ユリ様、シズ様、私達姉妹、これからよろしくお願いいたします」

 

 ここで紹介した者達は、属性が中立~善で100以上という奇跡の布陣。そのため皆、笑顔で礼を返していた。まあ、横に邪悪でマイナス400の不可視化状態のナーベラルが、下等生物ごときと不満げな表情でずっと居る訳だが。

 

「では、我々は城へと戻るがお前達、屋敷を頼むぞ」

 

 三人姉妹のメイド達は、馬車に乗り込んだ御主人様達を――屋敷から笑顔で送り出す。

 

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様っ!」

 

 

 主の傍に居る自由で笑顔一杯の娘達の様子を見て、リッセンバッハ姉妹は全員思った。

 もしかしてこれは――良いご主人様に出会えたのではないかと。

 

 

 




捏造)第八階層の謎
原作では謎だらけ。
とりあえず今回、ナザリックのオールスターキャスト出演を目指し、本作では階層自体と階層守護者と領域守護者について、こんな感じかなと設定してみました。

『八階層あれら』については、書籍版6巻P35にメンバーの過去話で世界級アイテム熱素石(カロリックストーン)をメインコアに使った最強ゴーレムの話と、7巻P354に世界級アイテム併用するらしいので、翼を持ち音速越えの最上位物理攻撃なメガトンパンチのラッシュを放つ巨大で屈強な十二体の無限再生ゴーレム兵団を配置。
おまけに、各ゴーレムのコアは桜花聖域に有る為、倒すことは相当難しくなってます。
但し、第八階層の地表部を利用しているため、階層の外に出ることは不可。
ヴィクティムの死で即発現し、それ以外では階層内の時間毎に通過できる総個体数が3~6とランダムで変化し、異常時越に兵団発現。
至高の41人は、ナザリック内において随時、その残数と有効時間を知ることが出来る。

桜花聖域の領域守護者について。
原作ではLv.100ですが、本作ではルベドに譲ってるので、レベルは控えめに99で(笑
武器は二振りの金属扇と弓に薙刀も使える。
他の巫女たちは、箒を持ち替えての基本薙刀使い。
あと、七姉妹(プレイアデス)への移行は、緊急非常時を除いて至高の41人の認可が必要であり、非常時でも地位の最も高い桜花聖域領域守護者が判断する。

※桜花聖域領域守護者名を公式と同じ名へ修正。2017/03/24


捏造)ニグレド
外に出したいと言う願望に勝てず……そして、顔の皮についても何とかしたいと。
原作では、設定上「投獄」されているようで、第五階層の『氷結牢獄』から出ることはできない模様。
なので、物理的に投獄されている訳では無く、彼女個人では出れないが条件が揃えば期間限定で出れると拡大解釈。
条件としては以下。
・造物主かギルドマスターが許可。
・腐肉赤子(キャリオンベイビー)を1体持って出る事。
・上限は週1回で、1回に付き最大24時間。
・同空間に姉妹が滞在。
・ギルドメンバーが驚いて悲鳴を上げないように、元の顔の皮を付けるっ。
途中で違反した場合、次回の最大時間が半減、赤子の数も増える他、直後からHPMPが1を目指して下降するペナルティーが発生する。
なお、情報収集施設を兼ねる『氷結牢獄』から出ると情報収集能力は4割ほど落ちる。


捏造)アエリウス
図書館の司書の一人。司書達の名はローマの知識人の氏族名から付けられている模様。
まあ、一人ぐらいは女性のスケルトンがいても……と。


捏造)ネム
何故か、職業レベルで
サージェント 1レベル
ネゴシエーター 1レベル
発現。
将来の有望な外交官降臨。


捏造)ガルガンチュア
転移後、ガルガンチュアが何故かナザリック内を移動可能になっていた。(以前は外へ出れなかったNPC達が外へ出れるようになった事への類似)


捏造)アーグランド評議国
都市国家という形態。
首都を中央都と呼称し、評議会が運営されている感じで。
雄大で広い山岳部や点在する森林、長大な海岸線付近、西部の大森林地帯に、多種族の街や村々がある。
総人口は財産的奴隷階層の人間も含めて200万越えか……。
人類の奴隷は、儲かりまっせ!


解説)漆黒聖典のメンバーは確かに強い。しかし、ヤツラは魔法詠唱者ではなかった。
実際はメンバーに数名いるのだが、ニグンには全貌が知らされていなかった……。


解説)フューリス男爵
城の舞踏会でアインズへ、ソリュシャンとの一夜に金貨80枚の値を付けた小金持ちな貴族。
報いの天罰は近い?







●●●●●●=解体する残忍

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