オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE22. 支配者王都へ行く/竜王進攻ト舞踏会(6)

 

「お父さん、アレなぁに?」

「うん、なんだ?」

 

 日が大きく傾き始めた頃、麦畑の手入れをしていた農夫の父親は、まだあどけない子供から尋ねられると、その指差す西方向の空へと目を向ける。

 そこには、数百の群れが飛んで来る様子。初めは蝙蝠か渡り鳥と思っていた。

 しかし、少しこちらへと近付いて来ると、それが何かが分かった。

 

「……ひっ、ド、(ドラゴン)っ!」

 

 (ドラゴン)――飛行して進む奴らの進撃速度は噂が広がるよりも圧倒的に速い。

 

 新世界において、人間など比べ物にならないほど高レベルで強者の生物である。同レベルにおいてですら対物理と対魔法に優れた強固である鱗と強靭な筋力、加えて飛行能力に口から吐く火炎の威力。そしてそれらを活かす高い知能により全種族を圧倒するのだ。竜種や地域差はあれど、成体になれば最低でも難度75を超えている水準。平均で難度120を上まわる竜種もある。その上で高等の武技や大魔法まで行使する個体も存在し、まさに最強種族と言える。

 それ故に、たった1頭だけでも十分脅威となりうる。それが今、300を数える軍団で現れ、アーグランド評議国との国境を越えてリ・エスティーゼ王国へと押し寄せて来ていた。これは新世界にとって、質と量の両面で近年における空前の圧倒的局所戦力を誇っている。

 農夫は、子供を抱き上げると妻のいる村落へと向かおうと駆け出した。しかし無情にも、彼らの上を凄い数の火の球が通り過ぎて行き――村落に着弾する。

 200軒程あった村落は一瞬で業火に包まれ、その後に高速で飛んで来た煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)であるゼザリオルグ=カーマイダリスの放ちし戦慄の一撃、〈全力火炎砲(フルフレイムバスター)〉で全てが薙ぎ払われるように消え去った……。

 その光景に呆然と立ち尽くす子供を抱えた農夫。彼らも、姿を見付けた竜兵の〈火の吐息(ファイヤーブレス)〉を背から受けると、全身を燃え上がらせながら崩れていく。

 

 

 これはもう一方的な――殲滅戦争であった。

 

 

 竜王ゼザリオルグの軍団は、上空から視界にとらえた村々を片っ端から焼き払っていく。

 だが、彼らも生物である以上、無限に戦えるわけでは無かった。大きかった20個目の村を焼き払ったところで、ゼザリオルグは配下へ声を掛ける。

 

「おう、肩慣らしはこれぐらいでいいだろうぜ。今日は、この地で休むぞ。明日は、40キロ程西方に見えた大都市を総攻撃だぁ」

「「「はっ」」」

 

 竜王からの指示に、難度180へ迫り見るからに屈強である3頭の百竜隊長、アーガード、ノブナーガ、ドルビオラが答えた。彼らは竜王の命を部下達へ指示する。

 

「全騎降下! 休憩だ。明日は都市で人間どもを皆殺しだっ!」

「「「「「「「おおおおおっーー!!」」」」」」」

 

 上空での警戒任務に就く数匹を除く300程の竜達は、地上へ降り立つと休息に入った。通常は山岳地の洞窟で休むのだが、戦時下なれば平地で休むことも有る。竜兵達は、まず食事の支度に取り掛かった。一応、高等生物の彼等にも食事のマナーや料理は存在する。衣装や装備も同様だ。

 彼等は雑食であり、村に居て丸焼けになった牛や豚や人などに加え、穀物や野菜などを食材に料理を作り摂取し翌日の戦いに備えた。漸く竜軍団の一方的だった進撃が自主的に止まる。

 この日、王国では3万人以上の人々が犠牲となっていた。しかし、村々の全ての人間達が死んだ訳では無い。

 偶々(たまたま)畑に出ていて潜んでいた元(ゴールド)級冒険者の村人、ジェイコブは生き残っていた。

 彼は竜去りしあとに、焼き払われた村と自宅を見て絶句する。彼の両親に妻と子供たちは、もはやその痕跡すら何処にも無かった。

 

「……(ドラゴン)どもめ……」

 

 野伏(レンジャー)であるジェイコブは、やられたらやり返す主義であった。

 彼は村の郊外で生き残っていた馬を見つけると飛乗り、大都市エ・アセナルを必死に目指した。エ・アセナルには、彼が以前加入していた冒険者組合がある。その所属する冒険者達の中には、獰猛な魔獣退治を専門にしている冒険者チームも幾つかあるのだ。

 彼は夜の8時頃に大都市エ・アセナルへと到着する。9時閉門には間に合っていた。

 ジェイコブはまず門を守る衛兵達に竜軍団襲来を告げる。

 

「俺は、エ・アセナルの冒険者組合に所属していた元(ゴールド)級冒険者ジェイコブだ。50キロ程東にあるリド村に住んでいたが、そこが200を優に超える竜の大軍に襲われた! 隣の村もすべて焼かれたんだっ。奴らは今、ここから東40キロの辺りで地上へ降りて休んでいる。すぐに軍も対応を! 疑うなら急いで斥候を出せばいいっ」

 

 日が沈む寸前、煙が上がる大きい村に降り立っていた竜群れを、通り抜けた林の中から彼は目撃した。竜達にとっては皮肉にも、上空から周辺警戒で飛んでいた竜が発見に繋がっていた。

 

「な、なんだと」

「本当なのか?!」

 

 数名がジェイコブの顔を覚えていた門の守衛達は、話の内容に驚愕し騒然となる。1頭でも脅威といえる竜が、200頭以上など考えるだけでも想像を絶する状況であった。

 この王国で北西の端にある大都市エ・アセナルは、エ・ランテルと並び王家直轄領である。元冒険者の彼は、まずもっとも力の有る自国軍へその危機を伝えた。それは、エ・アセナルの組合には冒険者が900人近く加入しているとはいえ、正直、ここの冒険者達だけでどうにか出来るとは思えない数であったから。

 彼は組合へ向かう旨を伝えると門を通過する。そうして大通りを馬で駆け抜け、冒険者組合へ飛び込んだ。

 ジェイコブは大急ぎで受付の女性に事情を話す。これはすでに依頼ではない。

 冒険者組合にとって、自身とお金を出してくれている都市にある商工組合を守る為の自衛の話なのだ。

 状況を伝え終ったジェイコブは、俯き目を細めると受付の女性へ最後に一言だけ告げる。

 

「村々の、皆の……家族のカタキを……頼む」

 

 

 

 ジェイコブの話の真偽は、直ぐに事実だと判明する。

 冒険者の中に〈千里眼(クレアボヤンス)〉の能力を持つ生まれながらの異能(タレント)持ちが居たのだ。断片的ながら遠方にある村々の惨状と、圧倒的数と言える総数300程の竜の軍団が視覚的に捉えられ、この状況はすぐに再度、都市の王国守備軍へも知らされる。

 夜であったが間もなく、組合所属の全冒険者へ招集が掛けられた。ここで臆病風に吹かれ参加しなければ、冒険者を廃業してもらうという脅し付きの強制参加であった。

 難度75を超える1頭の(ドラゴン)へ対峙するには、最低でも(ゴールド)級冒険者チームでなくては時間すら稼げないと思われる。だが金級以上は40組程しかない。なので(シルバー)(アイアン)級は数チームを束にして1頭に当たらせ、(カッパー)級は街の警護に回した。竜に対し、(カッパー)級冒険者達は完全に足手纏いと判断されたのである。

 予定では2組いるオリハルコン級と4組いるミスリル級の冒険者チームが、(ドラゴン)を順次狩っていくまで持ちこたえる必要があった。また、〈飛行(フライ)〉を使える者を有してるチームも10組以上ある。

 しかし、300頭程いるとみられる竜達が多数舞う地獄の上空光景を想像すれば、皆、容易に気が付く。

 

 (ドラゴン)の数からして恐らく、勝負にならないと。

 

 質と量の暴力である。

 (ドラゴン)側は、戦力をずっと集結させたままであった。間違いなく意図的にだ。個々撃破を防いでいれば、すべて圧倒出来ると確信している戦術である。

 だが、冒険者側にもまだ望みはあった。ここ、エ・アセナルへ彼等がたまたま滞在していた事だ。

 

 

 そう、アダマンタイト級冒険者チーム――『朱の雫』が。

 

 

 『朱の雫』は、王国にたった2組のみ存在するアダマンタイト級冒険者チームの一つ。噂によれば、凄まじい大魔法や武技を持つ者を集めたチームであるという。先の〈千里眼(クレアボヤンス)〉の特殊能力(スキル)を持つ生まれながらの異能(タレント)持ちも、実は『朱の雫』のメンバーの一人である。

 実際には6人組の冒険者チームで、リーダーは騎士風装備のルイセンベルグ・アルベリオン。

 彼は、ガゼフやクレマンティーヌが一目置くほどの武技使いでもある。装備も聖遺物(レリック)級アイテムの『疾風の双剣』を持つ。冒険者達にとって、朱の雫の存在だけが希望であった。

 早速、冒険者組合の一室に、組合長のハイダン・クローネルを初め、『朱の雫』のメンバーと、オリハルコン級とミスリル級冒険者チームのリーダーが集まり緊急対策会議が開かれた。

 時刻は晩の10時を回ったところである。

 竜は夜の活動も活発であり、いつここへ戦いが仕掛けられるか分からない。それは、リド村から竜達の駐留場所を結ぶ線の延長線上にこの大都市エ・アセナルが見えており、襲って来る可能性は極めて高いと思われたからだ。

 組合長のハイダンがまず口を開く。

 

「困ったことになったな。しかしこの数は……」

 

 竜が300頭というのは昨今では例が無い規模。

 もともと竜種族系は絶対数が多くない。東へ広大に広がる大陸全土を集めても、総数は数万程度に留まるだろう。だがそれを度外視する個々の強さがある。特に伝説に名を連ねる竜王達は別格と言える。彼等はたった1頭でも人間達はおろか、強靭ぞろいの亜人種達の国すら亡ぼせる力量がある者達であった。

 あの短期間で大陸を征服した圧倒的すぎる大伝説を残す八欲王らに、終止符への足掛かりを作ったのも竜王達の軍団である。結局竜王達の軍団は全滅したが、10頭を超える竜王達と1万頭以上の精強な竜達を犠牲に、何度か八欲王の一角を倒しレベルダウンを起こさせて将来の仲間割れを誘ったのだから。

 だが竜達は知性高き存在で、本来余り群れず無意味な戦いも行わない。

 

「これは――竜王だな。この規模の竜の軍団を動かせるのは、竜王だけだろう」

「「「「………」」」」

 

 アダマンタイト級冒険者の茶系のローブを纏うアズス・アインドラの言葉に皆が沈黙する。竜王と言っても中には難度が150を切る者も存在する。だが、軍団規模を考えれば最悪を考慮するのが妥当だろう。

 伝説の竜王の水準だと、アダマンタイト級冒険者チームですらまともに戦える力はない。

 こちらも伝説の十三英雄級の者達を揃えなければ厳しい戦いだと思われた。

 しかし、アズスは静かに光明を語る。

 

「竜軍団への初撃に賭けよう。幸い私には"赤賢者の杖"がある。全力の一撃なら魔法防御力の高い難度150の竜へも大ダメージを与えられるはずだ。効果範囲を限界まで広げれば、これで9割以上は落とせるはず。あとの残りは個別に対戦出来るはずだ」

「「「「ぉおおおおっ」」」」

 

 『朱の雫』を除く会合者達は感嘆の声を上げ、どよめく。

 『赤賢者の杖』――聖遺物(レリック)級アイテム。魔力を込めた魔石を直列に配し納めたスティックを燃料として杖へ装填することで、発動者の限界魔力を超えた強力な威力の上位魔法の発動を可能にする。また、スティック自体を更に直列で複数装填することで、より強力な威力の大魔法が使用可能という代物であった。

 『朱の雫』リーダーであるルイセンブルグは語る。

 

「大魔法を使うと、周辺への影響や初動を感知されたり魔力切れを起こして後が危険なのは承知の上で使う。竜の大軍団に対してこの都市だけの戦力で逆転の可能性があるのはこの一手だけだ。現状の(ドラゴン)300頭という数を考えればハッキリ言って、冒険者達の剣や槍でどうこう出来る相手とは思えない」

「……確かに。お願い出来ますか? 無事成功すれば報酬として金貨3万枚をご用意しましょう」

 

 組合長のハイダンは、ルイセンブルグへ告げた。『朱の雫』はこの都市の組合所属では無いため、戦闘参加を拒否することも可能である。

 しかし、ここで逃げ出す様では、アダマンタイト級冒険者を名乗る資格は無いだろう。アダマンタイト級というのはそういう階級なのだ。

 ルイセンブルグは笑顔で答える。

 

「もちろんです。皆でこの難局を共に戦い抜きましょう」

 

 他の『朱の雫』のメンバーも笑顔で頷いていた。

 

「これで、なんとか互角に戦えそうですな」

「さすがは、高名なアダマンタイト級冒険者チーム"朱の雫"。竜の軍団にも対抗策がお有りとは」

「全くですね」

 

 組合長や、オリハルコン級とミスリル級冒険者チームのリーダーらは、感服や敬意を漂わせて安堵していた。

 このあと、大魔法発動余波や戦闘を想定し、都市の住民らへ総起こしを掛け東地区の住民らの西地区への退避について直ぐに駐留軍へ勧告することや、竜への接敵手順などを手短に話し合い11時を越えた頃に会議を終了し、彼らは解散した。

 冒険者組合近くの広い公園へと、都市に居た約800名の冒険者達が続々と集結する。

 組合長らから、突貫で順次担当や組割りなどが決められ、冒険者達を午前1時頃には担当箇所へとすべて向かわせ終える。公園では憧れや敬う存在の『朱の雫』やオリハルコン級冒険者チームらが同席していたこともあり、混乱もなく順調に戦闘準備は進行した。

 一方、王国駐留軍の最高指揮官でもあるエ・アセナルの都市長クロイスベルの下にも、午後9時頃には東部穀倉地域への竜軍団出現の情報が届いていた。警備部署では、すでに騎兵20騎を5騎ずつ4分隊に分け、進攻並びに被害状況確認の斥候として東側の村々へと送り出す。

 

「なんという事なのですか。200頭以上の竜など(おぞ)ましいっ」

 

 子爵でもあるクロイスベルは、顔を顰めていた。就任してからの最近の7年、この地は平和であった。スレイン法国やバハルス帝国からは遠く、(いさか)いからは無縁の地であったのにと。

 彼は忘れているかのようであった。この地は、多種の亜人が共存している国家であるアーグランド評議国との国境近くにあるということを。

 大都市エ・アセナルには国境の要として予備兵も含め4万の兵力が常駐している。その中には、僅かに20名程ながら魔法詠唱者(マジック・キャスター)の部隊もあった。隊長と副隊長が第3位階魔法の使い手で、後は第2位階魔法の使い手である。

 都市長クロイスベルは、彼等全員を緊急起こしで都市の中心付近にある居城であるロ・ヘスタ城へと配備した。同時に、援軍を王都へと乞う使者を立てる。

 内容は『陛下へ火急でお知らせの用向きあり。西の国境を越え、その数300を数える目的不明の竜軍団現る。都市エ・アセナル存亡の危機なり。至急、全土の冒険者と、援軍10万を送られたし』と。

 エ・アセナルから王都リ・エスティーゼまでは直線距離で160キロ程だが、街道は穀倉地帯を左右へ極端に大きく迂回する形になっており、250キロ以上の道程となる。通常では数日を要してしまう状況だ。

 しかし国境近くにあるため、ロ・ヘスタ城には緊急用の飛竜(ワイバーン)2匹が置かれていた。これならば王都へ4時間程度で到達する。

 竜の情報を整理し終えた午後11時頃、陛下への書簡を持った飛竜(ワイバーン)1匹が王都に向けて飛び立った。

 日付を越えた午前2時前に、都市の守備兵4万も全軍が少しでも足しになる事を期待して、倉庫に眠っていた機械式弩弓を全て城や都市の外周壁上に展開し終え、都市の守備は整う。

 

 

 

 夕方頃から翼を休めて仮眠を取っていた煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグは、翌午前2時頃に目を覚ます。

 直ちに軍団へ全員起こしを掛けたのち、しばしゆるゆるとしていたが、午前3時を前に声を発した。

 

「お前らっ、これより都市へ進軍し攻め込むぜ。俺に続けぇ!」

 

 竜王ゼザリオルグは、その20メートルを優に超える巨体を、圧倒的であるその筋力から翼が生み出す豊富な揚力により軽やかに上空へ舞わせた。

 

「全騎急速飛翔っ! 竜王様に遅れるなっ!」

「「「「「「「おおおっーーー!」」」」」」」

 

 百竜隊長のアーガード、ノブナーガ、ドルビオラらも遅れないように竜兵達へ指示をしつつ地を蹴り夜の空へと舞い上がる。

 全軍300程の竜軍団は、西へと進撃を再開する。

 

 

 

 同時刻、エ・アセナルの城へには、午前1時頃時点の『まだ動かず』という竜軍団の動向を斥候の騎兵が伝えてきていた。それより1時間程前には、竜軍団と焼け落ちた村の存在も届いており、都市と城内の緊張感は上昇の一途を辿っている。また、一部の住民が西街道の門から脱出を始めていた。

 竜を退治した冒険者や騎士という話は、昨今余り聞かないためだ。王国側から竜種の多いアーグランド評議国へ入る冒険者もほとんどなく、(ドラゴン)については恐るべき力を持つ存在として人々から恐れられているのだ。それが大軍団で襲って来ると聞いては、逃げ出すのも当然と言えよう。

 王国軍側は午前3時の時点で、まだ竜軍団の動きは掴めていなかったが、都市の東外周壁上に待機している『朱の雫』のメンバー達の一人、遠視特殊能力(スキル)生まれながらの異能(タレント)持ちのセテオラクスが、5分ごとに竜軍団を確認しており出撃状況をキャッチする。

 

「奴らが動いたよ。やはり残念ながら、戦力を分散せずに動いたね」

「どこへ向かっている?」

「んー、多分ここと思う。上空から奴らの背中越しに見ると、遠くにこの都市の光が見えるから」

「そうか、分かった。お前達は計画通りこの場からすぐに離れて、組合の方に知らせてくれ。この場には俺とアズスが残る」

 

 ルイセンブルグが、セテオラクスらへ告げると、各自「了解」と答えつつ去って行った。腕自慢の彼等も、流石に300頭の竜に対する大規模での対抗手段は無く、アズスと彼の持つ『赤賢者の杖』の力に任せる形だ。

 

「さて、あとはどのタイミングで放つかだな」

 

 アズスは、そう言いつつ矢狭間のある防護璧に背を預け座り込むと、長年に渡り溜めていた魔石の入った有りったけのスティックを、のんびり赤賢者の杖に装填する。その数は実に10本。

 

「タイミングはアズスが決めればいい。お前に任せるさ」

「ああ。竜達の丸焼きが出来る、一発どでかいのを見舞ってやるよ」

 

 都市の東外周壁上で待つこと1時間弱。僅かな月明かりの下、ルイセンブルグは視界に(ドラゴン)の群れを〈闇視(ダーク・ヴィジョン)〉により捉えていた。

 

「来たぞっ」

「分かっている。私にも見えている」

 

 アズスは杖を右手に防護璧の上へと飛び上がる。そうして静かに目を閉じた。

 十秒程過ぎた時、魔力の全解放の準備が整うと、両腕を前へ突き出す様にし目をカッと見開いて彼は叫ぶ。

 

「人間種の放つ、この渾身の一撃を受けてみよっ! 〈魔法効果範囲拡大(ワイデンマック)魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉っーーー!!」

 

 城壁の上に仁王立ちするアズスの両腕からは、眩い竜の如き巨大な閃光の電撃が放たれた。それは竜の軍団へと真っ直ぐに突き進んでいく。

 魔法に関する変わった特殊能力(スキル)を持つアズスが放った、〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉は本来第7位階魔法だが、〈魔法位階上昇化〉により、位階が強力に上昇している。ただ、魔力と杖の限界で第9位階近くまでの上昇に留まっていた。

 それでも威力の強大さは、放つ輝きと広がりで目撃した者達全員が感じ取れるものであった。

 しかし――放たれる前に膨らんだ大きい魔法発動反応に、竜王はすでに前方へ1頭で飛び出して来ていた。

 

 

「ふっ、愚か者め。竜王(ドラゴンロード)の力を舐めるなよ! 〈最上位魔法(シールド・オブ・リフレクツ・)反射盾(グレーテスト・マジック)〉っ!」

 

 

 拡散しつつあった凄まじい閃光の雷撃が、一直線に正面へと加速して来た煉獄の竜王《プルガトリウム・ドラゴンロード》ゼザリオルグの前面に展開された魔法陣の盾に激突する。

 大出力の雷撃は、魔法陣前で一瞬プラズマ化するも、折り返されるように都市の方へと戻って行く。

 〈最上位魔法(シールド・オブ・リフレクト・)反射盾(グレーテスト・マジック)〉――膨大な魔法力を必要とする奇跡の盾である。その魔法名の通り上位魔法をも『反射』する。この魔法を使える者は極僅かであった。

 信じられない状況である。放った大魔法が都市側へ跳ね返って一瞬で押し寄せて来ていた。

 その光景にアズスは、愕然となり固まる。魔法で事前に〈加速(ヘイスト)〉をしていなければ反応出来なかった。ただ、先ほどまであった彼の魔力は一気に減少しており、もう抗する手は無い。

 

「ぁあ……」

「アズス! 何をしている、退避だっ!」

 

 〈疾風走破〉〈能力超向上〉により、いつの間にか横に居たリーダーのルイセンブルグの叫びで、我に返ったアズスは叫ぶ。

 

「私に掴まれっ。〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉!」

 

 唱えた瞬間にアズス達の姿は、外周壁上から掻き消える。

 そこへ、範囲拡大と強化された〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉が戻って来て炸裂した……。

 外周壁が大魔法の激突と威力による巨大な水蒸気爆発を起こし広い幅で崩壊すると共に、周辺の広範囲へ電撃の嵐が吹き荒れた。傍の外周壁上にいた400を超える兵士達が、一瞬で全員炭化する。更に、都市内からも広範囲の感電により火の手が上がっていく。一般市民の多くは東側から退避させていたが、外周壁崩壊や東部市街から上がる炎の明かりと想定外の状況に、都市内は各所で阿鼻叫喚が起こり混乱の度合いを強めていく。

 

「これは、どうなっているんだっ」

「竜の攻撃か?!」

「まさか、アダマンタイト級冒険者達が破れたのか!?」

「もうだめだぁぁぁーー!」

 

 甚大すぎる被害を目の当たりにし、冒険者を含めた民衆の多くが天を仰ぎ、竜の軍団に恐怖する。この時、城からその状況をすべて眺めていた都市長のクロイスベルも、「終わった……」と静かに呟いたという。

 対する煉獄の竜王も、僅かに表情を曇らせる。

 

「くそっ、下等な連中のくせに! 強めの雷撃魔法対応で力を大きく使ってしまったぜっ。おかげで今日は、強力な攻撃が余り使えないだろっ。人間どもめ……踏み潰してやる!」

 

 煉獄の竜王の対応により、竜軍団の被害は斥候で先行していて竜王傍の前方に居た2匹に留まっていた。しかし、この軍団において初めての犠牲で竜達は怒りに咆哮する。

 上空で恐るべき鳴き声を響かせつつ、竜王を先頭に竜軍団はそのまま大都市エ・アセナルへと雪崩れ込んでいった。

 

 (ドラゴン)達にとって――それは、あっけないと表現すべきだろう。

 

 冒険者達や多くの人々は見た。侵入して来た直後に放たれた、それはただの一撃。

 しかし、竜王が魁に放った究極の一撃と言える〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉により、都市中心にあったロ・ヘスタ城が一瞬で消滅する。

 その威力は城の全てを薙ぎ払うように貫通し、後方の都市西部地区を西の端にある外周壁近くまで2キロ程を放射状に地面ごと抉っていく。この攻撃だけで数万の民の命が奪われていた……。

 そのあとは、都市内各地で無駄と思える多勢に無勢にすぎない冒険者達の抵抗のあとの惨状、惨劇――。

 周辺人口85万を誇った王家直轄領の大都市エ・アセナルは、抵抗虚しく竜王率いる竜軍団の圧倒的すぎた攻撃と侵攻力の前に、たったの半日で紅蓮の炎によりそのすべてが灰燼に帰したのである……。

 

 

 

 

 

 昼間にランポッサIII世との謁見が行われ、夜には国王主催で貴族達も集めた晩餐会も催され、そして夜が更けた王都リ・エスティーゼの北側やや西奥に建つロ・レンテ城。

 その城内にあるヴァランシア宮殿の広いベランダを備えた一室に、アインズ達一行は泊まっている。すでに室内の灯りは全て落とされていた。

 だが、アインズ達は本来眠らない。ただ一名、ツアレだけが睡眠を取る必要があった。

 彼女は不思議といえる立ち位置の存在である。ルベドの『仲良し姉妹はいつも一緒』という要望にアインズが応える形で、それを実現すべく保護されていた。近い存在としてはカルネ村の住民達だろうか。

 アインズの考えでは妹探しが終われば、ツアレ姉妹はどこかの街か故郷の村ででも暮らせるように施し別れるつもりでおり、そんなツアレへは今のところ正体を隠しておこうと考えていた。

 またこの状況は、同行するナザリックの面々が人前で正体を隠す練習に丁度良いと思っている。

 ユリやソリュシャンは、その主の考えに気付いており、ルベドやシズ、一応ナーベラルへも密かに伝えられていた。

 一方、ツアレの方は生涯初めての優しいご主人様の登場で、一昨日から完全にときめき掛けている。手厚く受けたいっぱいの返し切れない温かい恩を、この身をもって全身全霊で可能な限りお返ししたいと。

 その想いはすでに、妹と再会出来たとしても――ずっとお傍で仕えようという気持ちで満ちていた。今は使用人として、別室のベッドにてアルベドに覗かれるとシットされそうな熱い想いの夢の中である。

 隣のベッドでは、ユリが横になったまま支配者からの新たな指示が無いか、静かに待っている。

 

 アインズは暗い部屋の中、椅子に腰かけていた。

 〈闇視(ダーク・ヴィジョン)〉が使える彼らは、部屋の暗さを気にする様子はない。皆にはのんびりしていていいと告げており、シズとソリュシャンは何やら話をしている。そんな仲良し姉妹の姿を、主の傍で口許をニヤつかせながらルベドが見ているという、一行のいつもの光景があった。

 その時アインズは、晩餐会での事を思い出していた。

 

 晩餐会が始まるまでの一時間半程の間、余興面で盛大に舞踏会も開かれたのだ。対面者が多いここでボロが出ると困るので、舞踏会へ同伴させたのは華やかな赤の舞踏会用のドレスに着替えさせたソリュシャンのみで、他は晩餐会まで部屋で休ませた。

 アインズは、いつものように仮面を被り舞踏会場の端にいると、すぐ横に立っていたソリュシャンへ、貴族の男達が群がってきていた。彼らの視線は彼女の美しい容貌とスタイル、そして――大きく開かれた白く豊かな胸元の谷間に当然吸い込まれる……。

 

「是非、私と一曲」

「美しい君よ、さあ踊りましょう」

「なにとぞ、吾輩とワルツを」

「いや、私とっ!」

「貴公は、向こうの御婦人達が似合いだろう?」

「それは貴公こそ」

「麗しのあなたに薔薇を……」

「ハァハァ、君には白馬が似合いそうだね」

 

 最後の方はもうよく分からない。

 彼女はそんな十人程のすでに興奮気味である老若交じった男達に囲まれて、腰を密着出来るワルツへの誘いを受け、僅かに瞳を潤ませつつ少し困っている様子に見えた。

 しかし、内心でソリュシャンはこう考えている。

 

(美味しそう……。傍へ食料(メンディッシュ)がこんなにいると、ついパクリと食べたくなっちゃいますわ。アインズ様へお願いしようかしら)

 

 困っている風に見えるのは、食欲を我慢しているため。ソリュシャンのアインズに対する圧倒的といえる忠誠心は、食欲をも超えているのだ。このように、この場で断りなく無断でガッつく事は一切ない。

 だが、アインズには言い寄られて迷惑そうに見えていた。

 

「皆さん、失礼。連れとは私が踊りますので、すみませんがお引き取りを」

 

 女の主である巨躯で貫録も備える仮面の男に重々しい声で言われては、男達も引き下がらざるを得ない。正直、皆、仮面の魔法詠唱者が羨ましくて仕方がない。この絶世と言える金色の巻き髪の美しい女を、日々自由に出来るという事に。

 しかし、諦めきれない40代に見える男爵が、他人に聞こえない様にアインズへと小声で耳打ちをする。

 

「この令嬢を一晩、金貨80枚で貸してもらえんかね?」

 

 その内容は小声であろうとも当然、マスターアサシンの職業を持つソリュシャンには駄々漏れである。

 その金額は、最高の娼婦達と比べても破格であった。普通は一晩で金貨20枚ぐらいが限度である。だが、アインズには金貨1000枚と言われようと関係の無い事だ。

 いや、それ以前に大切な仲間の娘も同然のソリュシャンへ値段を付け、どうこうしようと考えている事に一瞬切れそうになる。しかしここはグッと堪えた。

 

「(ふざけるなよ)……申し訳ありませんが、お断りします」

「そ、そうか。だがまぁ、金が必要になったらいつでも声を掛けてくれたまえ、歓迎する。吾輩はフューリス男爵だ。では、失礼するよ」

 

 男爵は横目で、何度もソリュシャンへ熱い邪な視線を送りながら立ち去って行く。

 

(馬鹿が名まで名乗って行きやがった)

 

 アインズはその男の顔もしっかりと覚える。リアルで営業の仕事をしている中でも、顔を覚えるのは得意であった。

 さて、踊ることを理由に貴族達を追っ払ったのだ。踊らないわけにはいかない。ソリュシャンも理解しており至高の主へと近付いて来る。しかし、その表情が少し赤くなっていた。

 元々彼女の属性は、カルマ値が-400の邪悪である。ドロドロとした肉欲の展開も平気であるのだが、理由はどうあれ敬愛するアインズが自分を大事に庇い守ってくれた事がとても嬉しい。

 

(アインズ様……)

 

 御方のこの行動から、ソリュシャンは自身からの肉欲的な展開は極力控えるべきかとの思いが湧く。つまり、エロを控えた邪悪さだけが突出して残る感じになるのだが……それもいいかと思わなくもない。

 

「ソリュシャンよ、では踊ろうか」

「はい」

 

 ダンスを踊る貴族達を先程から見ていると踊りそのものは、ワルツの型で大丈夫の様子。

 マナーとしてアインズから差し出されたガントレットの掌へ、ソリュシャンの赤手袋をはめた手がそっと乗せられ、アインズへ引かれる形で二人は貴族達が踊る会場の中へと入って行く。

 巨躯で仮面を付けた漆黒のローブ姿のアインズと、赤い薔薇の如き衣装で金髪の巻き毛を舞わせる、絶世の美しい令嬢であるソリュシャンの二人が目立たない訳が無い。

 出発前にナザリックでも、何度か社交ダンスをユリと少し練習してきたのだが、アインズは内心かなり緊張気味である。対してNPCのソリュシャンは、完璧で美しく優雅なワルツのステップを描く。

 アインズは右手でソリュシャンの左手を握り、左腕を彼女の腰へ添え、二人で反時計回りしながらゆっくりと踊る。

 

「アインズ様、もう少し私の腰を引き寄せて頂いたほうが(――嬉しいですっ)」

「そ、そうか。その方が踊りやすいか」

 

 ワルツに必死であったアインズは、頬が少し赤いソリュシャンに気付かず、彼女の指示に従う。二人はかなりの密着度となって軽やかに舞った。

 ソリュシャンは嬉しそうに微笑む。あとで姉妹のシズに自慢出来ると。

 練習の際にユリも完璧に踊ったため、ソリュシャンとの感覚が近くて結構踊り易く、アインズは恥を掻かずに済んだ。

 15分ほどクルクルと舞うと曲が終わり、しばし休憩となる。

 アインズは兎も角、ソリュシャンは周りから絶賛された。またもや、あっという間で貴族の男達に包囲されてしまう。花束まで持っている男も何人かいる始末。

 

(晩餐会の前なのに、何人も山の様に花束を渡してどうする気だよ)

 

 アインズが横目で様子を見ながら考えていると、後ろから声を掛けられた。

 

「あの、アインズ・ウール・ゴウン殿ですね?」

「ええ、そうですが」

 

 振り向きつつ、掛けられた声が綺麗で可愛く若いなと思ったが――向き終わった目の前には、豪奢で装飾の凝った白いドレスを纏う美しい金髪の令嬢が、2名の召使いを引き連れ佇んでいた。

 見間違いようがない。謁見の場でも王の近くにいた人物。あとで大臣補佐に確認して分かった。

 

 『黄金』の二つ名を持つ、ラナー第三王女殿下である。

 

(げっ、王女だとっ?!)

 

 アインズは、仮面を被っていて良かったと思った。体は微動だにしなかったが、表情には恐らく驚きが出てしまっていただろうから。

 彼女はニッコリと微笑む笑顔を崩さない。

 王城へ来る前に、エ・ランテルでモモンとして少し尋ね聞いたラナー王女について、まとめた暫定情報の資料を読んだデミウルゴスとアルベドから、『切れ者』ではという『要注意』の判断が下されていたのだ。

 正直、自分が平凡な底の浅い人物と考えているアインズは、余り近付きたくない人物である。

 武力ではなく智謀面では、逆に世界間での差は余りないはず。

 それゆえに王女の美しく可愛らしい笑顔が――さらに恐ろしさを加速してしまう。

 アインズはまず考える。

 

(一体、一介の旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)風情に王女が何用なんだ?)

 

 これは、何か意味のある接触行動だと直感する。しかしそれは心の奥底でだ。

 代わりに軽く会釈をしつつ自然の会話を心掛ける。

 

「これは、王女殿下。ご機嫌麗しゅう」

「楽しんでいますか?」

「ええ、連れも皆さんに好評の様です」

 

 そう言いつつ、貴族の男達に囲まれ、花束の山を持たされているソリュシャンに目を向ける。王女もそれにつられる形で目を向けた。

 しかし、彼女はその横顔のまま静かに話し出す。

 

「ゴウン殿は、戦士長殿を助けられて彼にこの王都へ来るよう誘われたとか。随分戦士長殿に信用されているようですね」

「ええ。光栄な事です」

「私と私の《騎士》も、いつも戦士長殿には助けて貰っていて感謝しています。ですからゴウン殿、もし私で力になれるような事があれば、気軽に声を掛けてくださいね」

 

 アインズは王女の、とりあえずという考えを理解する。

 この接触に更なる裏があるのか分からないが、アインズの持つ法国の特殊部隊をも退けるという力を、彼女は少なからず欲しているようだ。

 ラナーは正面を向くと、笑顔で伝えてくる。

 

「明日、戦士長殿が引き合わせると聞いている、アダマンタイト級冒険者チーム"蒼の薔薇"との顔合わせの場を楽しみにしていますね。では、また」

「(な、なんで王女が楽しみに?)は、はぁ」

 

 巨躯の姿で向かい立つ魔法詠唱者の戸惑いある答えを、小気味良く聞きながら王女は背を向けて去って行く。

 この時、舞踏会場のあちらこちらで、アインズと王女の立ち話する姿に驚く者が結構いた。

 王女が男性に自ら声を掛けるのは非常に限られていたから。大抵は男の貴族から声を掛けるも、早々に笑顔で僅かに会釈されて終わりであるのだ。

 その様子を見ていた中の一人に、反王派へ所属する六大貴族のレエブン侯もいた。

 

(布石か。流石に抜け目がないというか、侮れないというか)

 

 ――夜の王城の舞踏会場では、罠や策略も数多く踊っているのだ。

 

 

 

 そのあとのシズ達も合流した晩餐会では――ついにアインズの秘策が登場する。

 流石に王や貴族達の前で、仮面を被り両手に分厚いガントレットを付けたままで食事を取る事など失礼というものである。その為に、アインズは事前に準備を整えていた。

 そう、替え玉である。

 

 

 晩餐会の席には、ナーベラル・ガンマがアインズに姿を変えて参加したのだ。

 

 

 だが、ギリギリであった。

 ナザリックにて、ドッペルゲンガーのナーベラルへ、髪や顔、手や足等の身体的造形を初め、歩き方や話し方の特訓、そして礼服などを用意してこの晩餐の場に臨んではいた。

 しかし、ナーベラルにとって人間達とは――虫以外の何モノでもない。

 言動が非常にアヤシイ事になってしまった。

 極力無口を通させていたのだが、伯爵の一人に尋ねられた時の事。

 

「いかがですかな? 旅をするゴウン殿では中々味わえない料理の味では?」

「……ふむ。下等生物(ウジムシ)の料理にしてはまあまあ結構ですね」

 

 これでも、ナーベラルにしてみれば随分褒めたつもりであったのだ――味については。だが人間への評価が不意に口から洩れてしまっていた……。

 その無礼な言動に当然、伯爵は聞き返す。

 

「は? 今、何と」

 

 それを、妹のソリュシャンが「旅の途中で食べた、ウージムーシュという絶品の味の料理と同じぐらい美味ですわね」と横から咄嗟に機転有る相槌を打って、必死にフォローするという状況で事なきを得る。

 旅の一行にソリュシャンがいて、本当に良かったと思うアインズであった。シズやルベドでは対応出来ないタイミングだ。これと同等の対応を出来るのは、階層守護者の一部やユリの他そういない。

 入れ替わりにより、"質素な"馬車の中で不可視化して潜み〈千里眼(クレアボヤンス)〉で状況を確認していたアインズはその後、〈伝言(メッセージ)〉をナーベラルへ繋ぎっぱなしで必死に抑え込んでいた――。

 

 地獄の晩餐会を何とか切り抜け、直後は一部のメンバーが疲れ切ったアインズ一行だが、その後はこの夜中の暗闇で、午前4時半を迎えるまで静かな時を各々(おのおの)寛いで過ごした。

 ソリュシャンは晩餐会の(あと)、褒美に至高の主より金色の巻き髪の頭を一杯ナデナデしてもらい、舞踏会でのアインズから腰を抱かれての密着ダンスの話も姉のシズへ聞かせ、「……ソリュシャン……ズルい……」と悔しがらせて楽しんだ。

 晩餐会の回想を終えたアインズが、次に考えるのは王都でのこれからの事。

 王都を訪れ国王との謁見を終え、目的の一つであった()()()()()()()についての建設許可を貰い、ガゼフと再会も出来て彼との約束は果たせていた。

 アインズとしては後は名声をより高めるために、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』達を上手く利用するぐらいである。

 

(さて、今日の顔合わせではどうするか。……どうやら王女も絡んできそうだけどなぁ)

 

 そんな事を考えていた時であった。

 上火月(かみひつき)(七月)上旬を迎えており、僅かに東の空はそろそろ白み始める時刻。無論、一般的にはまだ就寝中の時間帯。

 だが、アインズ達一行の休む部屋の扉の外からノックの後、声が掛けられる。

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿と一行の皆さん、早朝より失礼いたします。誠に申し訳ありませんが、非常事態につき起床願えますか?」

 

 少々前からシズとソリュシャンが会話を止め、ルベドと戦闘メイド達は一斉に、壁や階さえ隔てた建物内をこちらへ近付いて来る者に気付いて通路側を見ていた。

 でも直ぐには扉を開かない。不自然であるからだ。

 間もなく、再度の外からの扉のノックと「申し訳ありませんが、非常事態につき――」の声に、隣の部屋から手早く身形を整えたユリが飛び出して来て扉を開く。

 そこには大臣補佐が立っていた。

 ユリは彼へと尋ねる。

 

「おはようございます。非常事態とは、何があったのですか?」

 

 すると、大臣補佐が緊張した表情で「おはようございます」のあとに事態を告げる。

 

「北西の要である大都市エ・アセナルが、竜の大軍団に間もなく襲われそうだとの事で、王城内と王都駐留軍全軍へ対し、総起こしが掛かりました」

 

 アインズ達一行は顔を見合わせた。

 

 

 

 エ・アセナルからの知らせである国王陛下への書簡を持った飛竜(ワイバーン)1匹が、王都へ到着したのは午前3時頃である。

 王城周辺が戦時下を除き、空路から直接ロ・レンテ城へは入ることは出来ない決まりであり、飛竜(ワイバーン)は王城正面の城門前の広場に着陸する。

 そして運ばれてきた陛下への書簡は、直ちに国王の寝室へと届けられた。そして内容に驚いた王は、自ら非常事態への総起こしの指示を出すに至る。

 王都駐留軍は3万。国境より距離があり、王都の常駐軍はそれほど多くない。また王国全土を見ても常駐軍として交代で兵役についているのは8万程度である。基本は戦争時に農民らを大量に兵役へ徴収する方式だ。

 急すぎる状況だが、幸い昨日の会議で集まった六大貴族達や上位の貴族達は王都にある別宅にまだ滞在しており、国王の命で緊急招集が掛けられた。

 午前5時、日が昇り始めた頃、王城の広い一室で緊急の対策会議が開かれる。

 初めに国王であるランポッサIII世が発言した。

 

「皆の者、大変なことになった。知らせによればエ・アセナルを襲う(ドラゴン)の数は300という」

「なっ!」

「真ですか?!」

「……」

「何という事……」

 

 竜が多く現れたとの話でこの場へ集ったが、詳細を聞いて驚き一言呻いたあと、口や額、目元を手で押え考え込む者が続出する。特に所領である大都市ボウロロールがエ・アセナルから伸びる東南東方向の街道130キロ先で隣接している反王派の盟主、ボウロロープ侯は酷い顔色に変わっていく。多くの者は、現れた竜について数頭程度だと考えていたのだ。

 (ドラゴン)が300というのは、それほど絶望的で空前の数なのである。

 

「ここは冒険者達も使いましょう。――それも王国中の者達を集めて」

 

 そう冷静に即時提案したのは、六大貴族のレエブン侯であった。

 レエブン侯は反王派に所属するが、これは反王派を内側からコントロールする為である。以前の彼は違ったが、今は安定した王国の存続を切望する貴族に変わっていた。それは家に残す愛しく思える妻や、まだ小さくも大事な大事な息子の存在ゆえに。

 

「おおっ」

「それは良いっ!」

「確かに」

「妙手ですな」

 

 それを聞いてボウロロープ侯が国王を見据えて尋ねる。

 

「エ・アセナルへの援軍は、どうお考えでしょうか? 早急に出すべきでは」

 

 ボウロロープ侯は自領への被害を恐れ、『損害をエ・アセナル周辺だけで何とか留めたい』との思いで頭がいっぱいだ。加えて、王家直轄領のエ・アセナルのみで被害が終われば、王家だけが甚大な打撃を受け弱体化すると。

 しかし即日派兵の考えに、乗り気の者は少なかった。同意者は、直後にボウロロープ侯へ媚びる様に「そ、そうですな。すぐ出すべきでしょう」と相槌を打ったリットン伯ぐらいである。

 皆が援軍に消極的である理由としては、守って待ち構えるなら物資の豊富な王都にすべきだろうと考えるのが自然だからだ。そして、正直準備不足といえる現状と竜の数からすればエ・アセナルは――すでに手遅れだと思われる。

 精々生存者への救援部隊派遣が妥当な線だろう。

 再びレエブン侯が提案する。

 

「皆さん冷静にお願いします。今、国家の危機にも直結する事態です。状況を整理すると、まず王都内が全くの準備不足。この地を空にする訳にはいかないでしょう。そして今すぐの援軍は、中途半端な規模になり、各個撃破されてしまう事は確実です。それよりも、すぐに全土で兵を招集するとともに、大都市リ・ロベル、エ・ペスペル、エ・レエブル、リ・ブルムラシュールの兵力と冒険者達を王都へ集めるべきだ。そして士気を上げるために、兵や騎士、冒険者達へは報酬として我々と大商人達で竜1頭辺り金貨300枚を用意するとともに、指揮官級の竜については更に数倍掛けで出すと御触れを出すべきです。残念ながらエ・アセナルへは、王都の準備が整ったあとで救援部隊を派遣するのがよろしいかと」

 

 会議内は一気にざわついた。エ・アセナルを見捨てるというのである。しかし、空から襲って来る(ドラゴン)300に対して、王都の一般兵3万で何が出来るのかという現実も理解出来き、少しざわつくも結局は王の意見を待つことになる。

 皆の視線が集まり始めた王も、王家直轄領のエ・アセナルを見捨てる判断は容易な事では無い。王家への大きい権利と資金と力に繋がる、周辺の人口を合わせると85万を数える大都市なのだ。

 至急の案件にも拘らず、会議に数分の沈黙が続いた。

 一度目を閉じて熟慮したランポッサIII世は、瞼を開くと国を預かる王の言葉としてゆっくりと述べていく。

 

「レエブン侯の意見を国王として支持する。王都へ王国の戦力を早急に集めよ。そして竜1頭辺り金貨300枚等の報酬について触れを出せ。今は国家存亡の非常時である。非協力的なる者へは罰を。容赦は不要である。あと、エ・アセナルの状況を把握するため、現地へ赴き生還出来る精鋭を派遣せよ。その際、可能なら――敵指揮官の竜を倒してくれることを望む」

「「「「「「はっ」」」」」」

 

 会議へ参加していた貴族達全員が立ち上がり、胸に右拳を当てる形で命を受けた。

 こうして王国全土へ向け、王の勅命が下る。

 温和な国王と思われていたランポッサIII世から、これまでない厳しい内容で発せられた。それは今、エ・アセナルの民を見捨てるしかない王としての不甲斐なさを痛感しての思いがそうさせている。

 国王の命は、王都から直ちに周辺の大都市とその近郊へ。王城には早馬が100頭も用意され順次勅命の書簡を携え駆け出して行った。

 

 

 

 王城ロ・レンテは午前9時を迎える。

 皆の心の思いを映すかのように、上空には雲の多いモヤモヤとした空が広がっている。

 当初午後にガゼフの声掛けで行われる事になっていた、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』とアインズ達との顔合わせが、急遽この時間に行われる事となった。

 おまけに招集を掛けたのは、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフではない。

 

 それは――ラナー第三王女殿下であった。

 

 王城の一室に集まったのは王女を入れて12名。

 王女付き剣士のクライム、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 そして、蒼の薔薇のラキュース、ガガーラン、イビルアイ、ティア、ティナ。

 最後に旅の魔法詠唱者一行のアインズ、ルベド、シズ、ソリュシャン。

 

 クライムだけは、王女の席の後ろに立っていた。

 他は長方形の大きく豪華で木目の美しいテーブルの上座となる短い一辺側へ王女が座り、長い片方側に『蒼の薔薇』の5人、もう一方へ向い合う形にガゼフとアインズら一行が座る。

 そして、錚々(そうそう)たる面々を前に、堂々と王女は告げた。

 

 

 

「では、皆さん揃ったところで―――エ・アセナル電撃潜入作戦についての会議(ブリーフィング)を始めますっ!」

 

 

 

「なんと!?」

 

「ええっ、聞いてないわよ、ラナー?!」

「なんだよそれ?」

「おいおい(あと、この連中もなんなんだ)」

「(白い鎧の子可愛い)……」

「(デカいおっさんと女だけか)……」

 

「はぁ?」

「……(どれも弱い――けど双子姉妹っ)」

「……(ナデナデ……希望……)」

「(一人Lv.50越えがいますわ)……」

 

 ガゼフと『蒼の薔薇』のメンバーらとアインズ達は、いきなりトンデモナイ事に巻き込まれていた……。

 

 

 




捏造)アダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』について
ほとんど情報がないので、6人組や戦士がリーダーになっている事や、装備については暫定的です。
(2018/11/13以下追記)
2018/4/28発売の漫画9巻Chapter-26にてアズスがリーダーの模様。
しかし本作では、2015年11月27日公開のSTAGE.22からルイセンベルグ・アルベリオンが務めておりますが、当面このまま進みます(汗)



捏造)ナーベラルの変身
種族はLv.1ですが、メイド姿に加え、あと一種類としました。
参考にしたのがweb版の宿屋の話で、男に偽装している形(美形という表現が無い)を都合のいい方へ解釈。
種族レベル:外装パターン=1:1があるので、種族限定アイテム併用で。

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