オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE21. 支配者王都へ行く/残サレタ者ト出会ウモノ(5)

 ナザリック地下大墳墓の第九階層に、絶対的支配者の執務室が一昨日完成した。

 アインズは昨日だが、その出来栄えを「ううむ、凄い出来だ」と満足し、すでに確認済である。ショートカット中の王都への道程最後で実際に一泊しておく為、ナザリックから〈転移門(ゲート)〉にて馬車で出発する前の事だ。

 この部屋を作るに当たっては、突貫ながら密かにナザリックの配下の者達から支配者への感謝が込められており、すべて新造された装飾部分は多くの者達により手が掛けられ、その細部に至るまで全く手抜きの無い最高の仕上がりを見せていた。

 その豪華に設えられた部屋を、デミウルゴスが訪れる。

 本来、主のいない部屋を訪れる理由がないはずなのだが、彼は――アルベドを探していた。

 

「やはりここにいましたか。困りますアルベド、仕事をしていただかなくては」

「アインズ様が、少しお座りになって、試しに横になられたのはこの位置よね、デミウルゴス?」

 

 聞いちゃいねぇ、正にそんな返事であった。

 

 アルベドは、執務室の奥にペストーニャへ追加で命じ作らせた寝室の、中央へ置かれたキングサイズの倍程も広さのあるベッドに潜り込んで、シーツに頬をスリスリしていた……。もちろん、自室へもう10個を数えるアインズ様抱き枕はすぐ横に標準配置。

 彼女の身体は今、一切衣装を付けていない。服は淑女らしく綺麗で丁寧に畳まれ、脇の机に並べられている。

 因みにこの防音、対振動までが完璧に施されている寝室と併設の浴室は、どちらも当初、アインズには要らないだろうと言われていたものだ。しかし、後継者必要論を述べているデミウルゴス、コキュートスをはじめ、女性陣のシャルティア、アウラ、マーレらも熱い期待を込めて黙認している。

 さて、現在アルベドは、デミウルゴスの大まかな基本設計の終わった新しい城塞都市について、統括がすべき細部調整を引き継いでおり、悪魔っ子である新NPCのヘカテー・オルゴットが手伝っている。デミウルゴス自身は、すでにトブの大森林や周辺への戦略面についての草案造りに入っていた。その中で、ヘカテーからアルベドが見当たらないと知らせを受けたのだ。

 新人であるヘカテーには、普段完璧超人であるアルベドが、まさか裸でこんなところに居るとは想定外で見つけられなかったようである。

 

「しっかりしてください。コキュートスなら、御部屋ニテ不敬ガ過ギルゾと言われてしまいますよ」

「……そう……ね。でも……(愛しい方のご不在が多くて寂しい……)ううん、分かったわ」

 

 そう言いながら、彼女は胸を布団で隠しつつ起き上がる。不敬と感じられては不本意である。アルベドは、男を誘うサキュバスであるが、愛するアインズ以外の男にはその美しい身体を見せたり捧げるつもりはない。

 本来、こういった姿もナザリックの身内以外の者なら命は無いところである。

 

「アルベド。我々は、まだここへ来て間もないですし、アインズ様も色々と考えておられるのです。でも、そのうちに時間は出来ますよ」

「そうよね。アインズ様だって、きっと本当は愛しい私と一杯一緒に居たいはずよねっ」

 

 アルベドが、戦略会議の折に興奮しすぎて至高の御方を押し倒すという無礼を働いてしまい、強制休養扱いになったにもかかわらず、アインズが第五階層の『氷結牢獄』まで見舞いに来てくれたことを忘れてはいない。ナデナデや膝枕を思い出すだけで頬が染まり歓喜が漏れそうになる。

 

「さあ、ヘカテ―が探していましたから、統括らしくお願いしますね」

 

 そう言って、デミウルゴスは優しい言葉で慰め終わると執務室を後にした。

 デミウルゴスとしては仲間であり、普段優秀である統括のアルベドが居てこそ自分が存分に動けるという事を知っている。二人はナザリックの両輪なのであるから。そして一番大きいのが、支配者が統率力の高いアルベドをとても信頼している事である。これまでも、主が外へ出る場合、ナザリックの管理はほぼアルベドに一任されていた。

 彼女には、統括としてしっかりしていてもらわなくては皆が困るのだ。

 アインズへ絶対的忠誠を捧げているデミウルゴスには、アインズが不在の今、これも配下として当然の気配りだとの思いがあった。

 

 

 

 密かに悶々としている乙女は他にもいた。まず、カルネ村の娘エンリである。

 アインズが王城へ向けて村を出発し、早や4日が過ぎていた。

 エンリも敬愛する旦那(アインズ)様が色々忙しい事は分かっているつもりだ。また、自分も今は村を守る対策などで、死の騎士(デス・ナイト)のルイス君や小鬼(ゴブリン)軍団への指揮に忙しい。

 

「エンリの姐さん、こんな感じでいいですかい?」

「うん、そうね、あとこっちもお願い」

「へい、分かりやした」

 

 今も、村を囲う防御起点となる門の設置について細かい所を指示していた。

 リーダーのジュゲムを始め皆機転が利き、良く働いてくれる彼らへ当初心配していた衣食住は何とかなりそうである。80数人程の小さい村に19名も一気に増えたのだ。住まいは、エンリ指揮の下で周辺の家を参考に彼ら自身で立派なものを建て、食事も森へ入って得た獲物を村にも差し入れ他の畑を手伝う事で、村の皆から少しずつ提供してもらえるようになっていた。これは、小鬼(ゴブリン)達がアインズの指示によりアイテムから登場した軍団という経緯もあり、村人達が非常に協力的なためだ。

 小鬼(ゴブリン)達は見返りついでの感じにエンリの指示で、矢や剣の使い方などを村人達へ教えている。これには村唯一の野伏(レンジャー)のラッチモンも加わってくれていた。彼は村が襲撃された時に、森へ狩りに出ていて命拾いをしている。だが、多くの村の仲間を失った事で、彼もこのままではいけないとエンリに賛同してくれたのだ。

 あとエモット家には、アインズ作成の新NPCのハーフ猫又(ネコマタ)であるキョウが、ソリュシャンらの代わりに滞在中。村への柵や塀の強化策について、彼女はエンリと色々仲良く相談し死の騎士(デス・ナイト)2体を使って森から材料となる木の運搬を手伝う形で準備を進めている。またキョウ自身も偶にこっそり、死の騎士らが運ぶより太い直径で2メートル、長さ50メートル程もある大木を一人で悠々と背負ってきたりしている。

 そういった感じで皆と忙しい昼間は、エンリも割と普通に振る舞えていた。

 しかし夜になると、小鬼(ゴブリン)達は主人であるエンリの家に遅くまで居座るのは失礼だと、建てた家へと去って行き、居間には姉妹二人きり。キョウはいるのだが、二階のルベドと同部屋ということで、夜はそちらや屋根で蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)達を指揮し村の安全を見守っていた。偶にキョウへは夜中、戦闘メイド六連星(プレアデス)のルプスレギナが、アルベドからカルネ村の様子を見てくるようにと言われて訪れる。

 

「どんな感じっすか? 森からモンスターがドバァッと襲って来て、村全滅とかないっすかねぇ」

 

 黒いシスターメイドさんは、決まって本気か冗談か分からない言葉を、ニコニコしながらキョウへ告げてくる。

 

「特に問題はありませんが……(ニャ)。そのために、私達が居ますから(ニャ)」

 

 そうキョウが答えると、なんとなく舌打ちするように歯を見せてルプスレギナは微笑む。属性が中立~善のカルマ値100のキョウには、笑顔での凶悪さがまだ理解出来ないようだ。

 エモット家の上階で色々あるが、エンリはいつも一階の自室で妹のネムと二人で眠っている。今夜もベッドへ仲良く並んで潜り込むと不意にネムが呟く。

 

「お姉ちゃん、アインズ様達が居ないとやっぱり寂しいね……」

 

 ネムは、何気に鋭い。ジュゲム達は賑やかで気の良い連中なのだが、配下として一歩引いたところがある。ネムはシズやソリュシャンから特に可愛がられていたために、そう感じやすくなっていた。勿論、アインズやルベドも愛着を持って抱っこしてくれるので大好きである。キョウは、良い意味でネムを子供扱いしないので対等な友達感覚だ。

 だがエンリ自身は、一点だけ妹と少し違った感覚を持っていた。

 

 それは――圧倒的さが傍に以前より感じられない事だ。

 

 ジュゲム達の方がエンリよりも強い。しかし、アインズやルベド達へ直感的に感じていた脅威の1000分の1も感じない。正直物足りないのだ。これはアインズに出会ってから感じる様になっていた。周囲にあった旦那様達の圧倒的さは、エンリの安心感へと繋がっている。

 今、彼女が不安を感じていないのは、傍にまだアインズ配下で強者のキョウが居るからだ。ジュゲムも、「キョウのお嬢は死の騎士(デス・ナイト)のアニキ達に比べても断然凄いですぜ」という。

 そういった心強い味方は居るが、エンリは普通に寂しい。偉大な恩人であり初恋でもある旦那(アインズ)様の傍に、ずっと居たいという想いが彼女の中で渦を巻いている。妹の前なので抑えているが、気持ち的にはベッドの上をゴロゴロと転げ回りたいほどの寂しさだ。旦那様にナデナデして欲しい、抱き締めて欲しいとの思いが落ち着いたこの時間になるとこみ上げてくる。

 しかし父と母が居ない今、ネムの前では弱い姿は見せられない。妹へ告げる言葉は、自分へ言い聞かせるように伝えられる。

 

「ネム、私達の主様は、明日にはあの王都へ着くのよ。戻っていらっしゃれば、色々お城でのお話を伺いましょう。きっとお姫様の事も聞けるわよ」

「お姫さまって……ラナーさまのぉ?! すごい、すごーい!」

 

 やはりお姫様は女の子の憧れである。一般の庶民では本来、そういった王族についての直接的な話は、聞く機会すらないのだ。ネムの寂しさは期待で紛れたらしい。

 

「だから、私達はそれを楽しみに頑張ろうね」

「うん、お姉ちゃんっ」

 

 ネムは、エンリへ寄り添うように目を閉じる。

 エンリは、ネムの髪を優しく撫でつつ、愛しの旦那様が早く帰っていらっしゃいますようにと願っていた。

 

 

 

 密かに悶々としている乙女は、まだいる。

 早朝のトブの大森林の中を、悠々と歩く者の姿があった。小柄な背丈で、金髪に白いジャケットとズボンを履いた姿――アウラである。

 彼女のシモベである狼のフェンリルのフェンと、巨大カメレオン風のイツァムナーのクアドラシルは、ナザリックの第六階層で留守番をしている。本来、階層守護者がナザリックを離れる場合、3体以上のシモベを連れていることがアインズの命で指示されている。例外は監視体制の整ったここカルネ村周辺と、アインズ、マーレの冒険者組である。

 

「おーい、ハムスケっ」

 

 この辺りは広範囲に渡って森の賢王であるハムスケが治めている地域だ。アウラは1キロ程の距離で森の賢王を捉えると、巨木の枝上から呼びかけていた。

 しばらくするとハムスケが巨木の根元近くへ現れる。

 

「これはアウラ様、某のもとへ態々何用でござる? カルネ村の用件でござるか?」

 

 ハムスケの治める地域にモンスターはいない。野生の動物達が生息するのみだ。そのため、豊かな生態系が維持されていた。

 最近、アインズの命によりカルネ村近辺の数平方キロについての村人の立ち入りを見過ごす様にと通達されている。狩猟に来るのはエンリ配下の小鬼(ゴブリン)軍団が数日に1回程度なのでハムスケは黙認していた。

 

「ちがうよっと」

 

 アウラは、アクロバティックに枝から飛び降りると幹の出っ張りを足場にしつつ、ハムスケの背中へと飛び乗った。

 

「固っ。これやっぱりフワフワじゃないね」

 

 初対面時でのアインズとの戦いでアウラも、ハムスケがグレートソードを優に弾く程の強度を持っているのを脇で見ていたが、見た目はとても柔らかそうなのだ。

 

「申し訳ござらぬ。殿にもそう言われたでござる」

「まあいいや、水辺へ連れていってよ」

「分かったでござる」

 

 当初、アウラはハムスケの毛皮を欲しがっていた。それは、死体から剥ぐということなのだが、ハムスケはアインズの配下になった事により所領と命が安堵されている。そのためアウラは毛皮を諦めていた。今日はついでにとその毛皮をちょっと確かめてみたが、貰わなくてよかったというのが結論である。

 ハムスケは森の中を疾走する。正直アウラ自身の方が断然速いのだが、アウラはシモベ達に乗って風を切って疾走することが結構お気に入りな事であった。圧倒的といえる運動神経を持つアウラは、ハムスケに対して背に跨ぐ形で乗りこなしている。

 

「ところで、アウラ様の御用は水辺へ行く事でござるか?」

「違うね、当ててみなよ」

 

 倒木や森林群の中を疾走しながら、ハムスケとアウラは会話する。

 

「狩猟?」

「ブブーッ」

「調査?」

「ブブーッ」

「暇つぶしでござるか?」

「ん、ちょっと近いかな」

「あっ、某に乗って走ることでござるな?」

「半分正解」

「半分……うーん、分からないでござる」

 

 間もなく二人は水辺へと着いた。アウラはハムスケの背から飛び降りる。そこはハムスケが飲用している岩場から湧く、湧き水の泉であった。木々の合間から、朝日が差し込んできていて少し幻想的といえる雰囲気になっている。

 

「へー、いいところだね」

 

 第六階層の『ジャングル』にも綺麗な泉があるけれど、ここはここで悪くない風景。

 

「某もここは気に入っておりますぞ」

 

 ハムスケも横へ並びその情景を眺めていると、アウラが静かに口を開いた。

 

「ハムスケは、アインズ様をどう思ってる?」

 

 ハムスケには少し唐突と感じる質問に思えた。彼女はモンスター寄りであり、ナザリックのNPC達程の複雑な思考は持ち合わせていない。しかし、上位の存在であるアウラに聞かれた事であり素直に答える。

 

「殿は、絶対的な強者の方でござる。そして某との約束を守り、生かし縄張りを安堵してくれ、信頼出来る主様でありますな。更に同族までも探して頂けるのでありますから、どこまでもついて行くつもりでござるよ」

 

 アウラに、ハムスケの姿は単に忠臣と見えた。それはそれで満足する。ナザリックの身内なら当然の姿なのだから。

 しかし、アウラはさらに突っ込んで聞いてみる。それは――自分の気持ちを重ねるように。

 

「アインズ様と、当分会えない事についてはどんな気持ち?」

 

 アウラとしては、妹のマーレやシャルティア、アルベドへぶつけるには少し恥ずかしい事象なのだ。アインズから「十分可愛い」と言われてから、敬愛の気持ちの炎は大きくなる一方である。この森にて二人きりで手を繋いでのデートは記憶に新しく、再度森でのデートの機会を得てナデナデも所望したいところ。でも、その為には新たに突出した成果が必要だと考える。

 しかし今、周辺国家へ戦いを挑めない。トブの大森林へも侵攻前であり動けない。冒険者のパートナーでもない。都市規模の設計ノウハウは微妙、戦略面も微妙。戦術面や戦力、建設については大きく力になれるが、まだ先の話……。

 そんな限られたこの状況下において、活躍は容易い事では無い。今の自分に何が出来るのか。

 だからアウラとしては、余計にモヤモヤが募るのだ。

 対して、ハムスケにそんな悩みは皆無。基本今日明日をどう生きるか、せいぜい半年後ぐらいまでの考えしかないという、小動物的といえる思考が大半を占めている。

 しかし、アウラに問われた事については明確な答えを示した。

 

「寂しいでござる」

 

 アウラもまさに同意見。ハムスケは言葉を続ける。

 

「これまで某、ずっと単体で過ごしてきたでござるが、殿を得た今、傍に居たいでありますぞ。一緒にもっと遊びたいでござる、可愛がってほしいでござる」

「ウンウン、そうだよねっ」

 

 ハムスケとしては、暇なので純粋に森で遊び相手をしてほしいということなのだが、アウラは笑顔を浮かべでコクコクと頷く。アインズの横に連れ添って、行動を共に出来ればそれに勝るものは無い。王都へ連れ立った連中が羨ましい。それは夜も共に出来ると云う事――。

 

「そうして――お役に立ちとうござるっ!」

 

 ハムスケとしては一転、戦いになれば主に対し非力ながらも何か力になれればと考えている。

 一方、そうだそうだとアウラは頬を真っ赤に染めつつ、アインズをアレコレ満足させる事を考えていた……。

 勘違いしつつも、そのあとアウラはハムスケと森を気持ちよく元気に疾走し、モヤモヤを解消させていた。

 

 

 

 

 

 ツアレがアインズ達の旅に加わって一番変わった点は、一行が真面目に食事を取ることになったという事だ。予定では注文はするものの、ソリュシャンに取り込んで貰い処分する事になっていたのだ。とは言え、ツアレとは別の部屋ではある。用心としての措置ではあったが、アインズとしては可愛いプレアデス達の食事風景が見れて満更でもない。

 ユリの指導の下、礼儀作法も皆一級品である。これらは社会人として社交で困る事の無いようにと、至高メンバーの年長者である大学教授の死獣天朱雀(しじゅうてんすざく)が資料だけでなくマナー一式やダンスまでも実際にギルド内へ(もたら)してくれていた事による。アインズも他のメンバーらと共に、正式なマナーについて基本的な事を教わっている。王城でのマナーは違う点があるかもしれない。しかし、「まず、落ち着いてゆっくりと周りを参考にすればいい」と彼が語った言葉を思い出し、不安は少ない。

 優雅に朝食を終えた一行は、ナザリック的に質素な八足馬(スレイプニール)の引く馬車に乗り込む。領主のリットン伯から何か連絡があったのか、来た時にはこれといった出迎えはなかったのだが、支配人と使用人たち総出で見送られエ・リットルの高級宿泊施設を後にした。

 大通りを北西に進み小都市エ・リットルの外周門を出る。そして距離にして50キロ弱を3時間半程で馬車は順調に走破し、王都リ・エスティーゼへとアインズ一行は到着する。

 王都リ・エスティーゼは周辺の人口を合わせると160万に届く、王国で最も繁栄している都市である。市街地には大商人の本店や大貴族達の別宅も揃い、北方へ広大に広がる平原は大穀倉地が隣接する特上地帯だ。

 王都へ合流する大街道は五本。一行はその南東街道からの外壁門を(くぐ)り大通りを進む。

 時刻はまだ午前10時半頃。馬車の窓から望む、快晴の午前の心地よい日射しが空を一段と青く感じさせてくれる。

 

 ツアレだけが何か場違いなところに居るような、そんな呆けた表情をしていた。昨日のこの時間はまだ籠の鳥で、奴隷と言える生活を送っていたのだから。それが次の日には、こうして大貴族達が乗る水準のとても立派な馬車で王都を訪れているという……。そう、まるで魔法でお姫様にでもなったかと錯覚する程の夢の様な状況なのだ。それは目の前にどっしりと座る、自分の新しい御主人様のおかげ。

 主様は、見ず知らずの自分を地獄から助けて出してくれた。恐らく金貨何百枚分の価値として、先の密約での対価に一部組み込まれ成立している。この不景気にも拘らずだ。

 それだけの損失を思えば普通の貴族なら取り返そうと、まず最初に彼女を弄び飽きるまでと数日間酒池肉林の状況になるはずなのだが、そういった事は全くない。また、恩返しに働きたいという意志の言葉も聞き入れてもらえ、今も清楚で上等のメイド服を着せてもらっていた。更に妹を探すため、帰途に田舎の村へこの立派な馬車で向かってくれるという。

 そして――自分の事はついでかもしれないが、あの憎い卑劣ながらも本来手の届かないはずの貴族達にも一撃を食らわせようとしてくれている。

 ここまでしてもらえる理由が実はよく分からない。だが、ツアレは感謝しつつも自然に考える。

 

(物事に理由は必ずあるもの。でもそれが、私の事を気に入って頂けたと……欲しかったのだと言われるのなら……嬉しいのですが……)

 

 ずっとついて行きたいと思い始めた気持ちは、目の前のアインズが映る彼女の瞳を潤ませ、頬を染めさせ、身体を熱くさせていく。そんな幸せな感覚が湧き上がってきていた。今の自分は十分恵まれているのだと気付く。

 窓から通り過ぎる街をよく見ると、道端にみすぼらしい姿で蹲る者達をちらほら見かける。王国は昨今の帝国との戦いに因る戦費の消費で税が嵩み、景気は右肩下がりの事態が続いていた。街中では失業者も増え、どの都市にもスラム街が幾つか広がり始めている。庶民の生活は年々厳しさを増していた。

 快晴の空に反して、暗い不景気の影が王都の街中へ濃く広がりつつあった。

 

 ついに、石畳の敷き詰められた中央通りを抜けアインズの乗る馬車が、王都北側最奥に建つ王城ロ・レンテの正面城門手前へと近付き停車する。城は堅固な城壁に十二の円筒形の巨大な塔が並ぶそれなりに格式を感じさせる造形をしている。跳ね上げ橋と、重厚に出来た鋼鉄の柵を有する大きい城門を守る立派な装備の衛兵達は、まず八足馬(スレイプニール)の牽引する高級な馬車の登場に驚き、次に御者台のユリの美しさに見惚れつつも問いかける。

 

「ほ、本日は如何なるご用向きでしょうか?」

「我が主、アインズ・ウール・ゴウン様は、この王城への招待状により遠方より罷り越しました」

 

 そう言って、立派な筒に収められた招待状を衛兵へ手渡そうとする。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様……? では、御大臣や王国戦士長より衛兵隊長が聞いていたというあの……」

 

 実は、彼等衛兵達は近日、客人としてアインズ達が来ることを聞いていた。しかし、それは旅人だと聞く魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一行だと連絡が降りてきており、徒歩かもしくは汚れの有る雇い馬車程度で現れると考えるのが普通である。

 一介の魔法詠唱者がこれほどの、ある意味凄まじいと言える高級馬車で乗り付けるとは想像していなかったのだ。八足馬四頭と馬車だけで、金貨で優に1000枚以上の価値があるだろうから。おまけに御者もとんでもない美人である。

 とは言え、ここは王城正門であり、守る衛兵達も大貴族にすらある程度慣れていた。一応という形で招待状の筒を受け取り、収められた招待状を確認する。

 

「こちら確認いたしました。騎馬兵がご案内いたしますのでそれに続いてください」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 跳ね上げ橋手前にある、衛兵の検問所には軍馬も数頭待機する詰所が脇にあり、そこから二騎の騎兵が先導する形で跳ね上げ橋上を進み始める。うち一騎は先に城内へ知らせに走っていった。

 ユリはそれに続く形で、ゆっくりと馬車を進める。

 

 

 

「そうか、ゴウン殿達が来たか」

 

 城内の王国戦士達の屯所へ、大臣に知らせた後の騎兵から伝言が入ると、普段厳しい表情が常のガゼフは微笑んだ。そうして彼は、態々アインズ達を出迎えに向かう。

 アインズの馬車は、騎兵に誘導されしばらく城内を走ると宮殿脇の小広場で停車する。王城の豪華な建物群に対して漆黒の馬車は全く引けを取っていない。

 騎兵も、どこへ止めさせるか気を遣ったほどだ。身形はいつの世も大事なのである。

 馬車の扉がツアレにより内から開かれ、アインズは馬車より降り立った。その後に、ルベド、シズ、ソリュシャンと続く。ツアレは馬車内の整理と手荷物を纏める。

 ナーベラルは相変わらず不可視化のまま車内から動かない。彼女には大役が控えているも、今ではないのだ。

 さて、とアインズが思っていると、野太い声が掛けられる。

 

「ゴウン殿、良く参られた。ルベド殿、シズ殿にソリュシャン殿も遠路ようこそ」

 

 相変わらず武骨な戦士姿の王国戦士長が、建物の入り口から現れアインズ達へ歩み寄る。一方で彼の視界には、目を見張る馬車と二人のメイド服姿の女性も目に止まる。

 

「こ、これは見事な馬車だな……」

 

 まずは仮面のアインズと顔を合わし握手を交わすも、黒塗りの良く磨かれた豪奢である馬車がやはり気になるらしい。八足馬にも興味があり、そちらを向いて外観を眺める。

 

「失礼ながら……これは、ゴウン殿の馬車なのか?」

「ええ、少し質素な感じの馬車なのですがね」

「そ、そうか、なるほど」

 

 アインズは素でそう答えたのだが、ガゼフは冗談と捉えていた。これほど最高級で上等の馬車が、新世界において質素であるはずがないのだから。

 ガゼフは、元々ゴウンが底知れない御仁という事で納得する。

 そんな考えのガゼフであったが、馬車を降りて来た綺麗なツアレに会釈をされた後、馬車の御者台にいる人物を見た瞬間に――固まった。彼は嘗て、ルベドにもシズにもソリュシャンに対しても、単に美しい女性達と思うのみであったが、御者席へ座るその優雅なメイド服のユリ・アルファは別物だったようである。

 

(な、なんと美しく女性らしい方なのだ……特に――眼鏡の表情がイイ)

 

 日焼けした精悍な戦士の顔に誰も気が付かなかったが、彼の頬は赤くなっていた……。

 ガゼフ自身も、女性にここまで興味を持つというのは余り記憶にない。彼は、すでに三十を過ぎているが若いころに数名の女性と付き合って以来、今は王への忠誠の為に全てを捧げる事を第一にしていた。偶に降って湧く、妻を娶らないのかという話は、いつの間にかうやむやになるように仕向けてきた。

 しかし彼は、目の前の眼鏡の女性にまさかの一目惚れをしてしまう。

 

「ゴ、ゴウン殿、あちらの女性は?」

「あれは、配下のユリ・アルファといいますが」

「(……配下の)ユリ・アルファ殿……(美しい名だ)」

 

 一般的な貴族であれば、これほどの美女達には当然お手付きと考えるのが普通の社会構造であった。

 ただ、主の命で主人が変わることも少なくない。弱い立場の単なる使用人達はそうだ。対して、配下にも自らの意志を持つ者達もいる。特に己の腕に覚えの有る者達は、主を選ぶ傾向が強い。

 ガゼフの目に映る眼鏡の女性は、明らかに後者である。只者ではないのが見れば分かる。ハッキリ言って自分より強そうに視えていた。

 アインズの横で、ガゼフは悩んでしまう。

 

(……嫁に貰えないだろうか………くっ、何を考えているのだ俺はっ。彼女の意志はどうなる)

 

 ユリへの熱烈に沸き上がった想いに一瞬、アインズへ頼もうかと魔が差し掛けるも、それは間違いだと思い直す。そして、仮面の客人へ気さくな感じに話し掛けた。

 

「王都までの道中は良い旅で?」

「ええ、まぁ。それについては、王都に居る間で少し話をしたいところですが」

「ほぉ。では、会わせたい者達もいますのでその時にでも」

 

 ガゼフは、アインズの言葉の中に何か含みがあることに気付く。戦士長が目を細めると、アインズは僅かに頷いた。

 

「そうですね」

 

 そうしていると、大臣と召使い達がアインズ一行を賓客として迎えるべく現れる。例の如く召使い達と共に大臣すらも横に止まっている豪華すぎる馬車へ目を見開いていた。

 大臣は、気を遣いつつも一般的な言葉で一行の長旅を労うと「まずは、お部屋へ」と告げる。アインズ一行は、メイドのツアレも伴い案内されることになり、その場でガゼフと一旦別れた。

 馬車を馬車庫と八足馬(スレイプニール)を厩舎へ誘導し、ユリをアインズ達の所へ送る為に、女性の召使いの一人が残っている。

 ガゼフは――召使いに用件を聞き手伝おうと名乗り出る。表向きは大きめの馬車であり、手間が掛かるだろうという理由でだ。召使いの女性から見れば、ユリはただのメイドにしか見えていない事から「助かります」と同意を得た。

 言うまでもないが、戦士長が普段、こんな事をする訳が無い。当然、ユリとお近付きになる切っ掛けを得るためである。

 ガゼフは召使いと共に道を先導しつつ、ユリに向かい内心緊張気味で声を掛ける。

 

「アルファ殿、馬車庫はこちらの先になる」

「分かりました」

 

 初めてユリの声を聞く。惚れた女の綺麗な声に感動しつつも、表情を変えずに先導していった。車庫に着くと後退で無事に車庫入れし、連結する馬具を外す。ガゼフも馬具には慣れているため、作業は早い。そうして、あとは馬を引いて厩舎まで向かう。

 その道すがら、二頭の八足馬を引くガゼフはユリへと問う。それは重要に思う事項を聞いていた。

 

「アルファ殿は、アインズ・ウール・ゴウン殿以外の方に仕えた事は?」

「いいえ、ありません」

「もう長いのですか?」

 

 プレアデス達もすでに10年以上は稼働していることになる。

 

「そうですが、なにか?」

 

 ガゼフが見たところ、ユリはまだ二十歳程にしか見えない若々しさ。もう長いといえば3年から5年ぐらいを差す。つまり、彼女はずいぶん若い時からゴウン氏の下に居たという事だろうか。加えて迷いのない言葉の雰囲気から、ゴウン一途ということが窺える。

 彼としては、それをいきなり確認するのは怖かった。救いなのは仕えた主は一人だけという事。それもあの真摯である御仁だ。何があろうと、彼女の可憐さと美しさは損なわれていないと思える。

 ガゼフは静かに尋ねた。

 

「ゴウン殿は、良い主なのですね……」

「はい」

 

 そう答えたユリの顔にすべての答えが有るようで、ガゼフは少しショックを受ける。

 彼女は――僅かに優しく微笑んでいた。

 厩舎に八足馬(スレイプニール)を繋ぐと、ユリは召使いの女性に連れられる形でガゼフと別れる。

 武骨である男は、それでも諦めきれないユリの姿を建物へ入る最後まで見送った。

 

 

 

 

 

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 彼女は、二つ名『黄金』で呼ばれるリ・エスティーゼ王国の第三王女である。その姿は鮮やかな金色の髪に空色の瞳が眩しい稀に見る美貌の持ち主。

 そして、まだ十代ながら政治的にも奴隷廃止や冒険者組合の改革など、非常に優れた万人の為の人間味あふれる手腕を有した天才的人物である。

 

 

 だが彼女の正体は―――利己主義で異常な性格の変人と言わざるを得ない。

 

 

 彼女の部屋には、1メートル四方程の贅沢な金装飾の額縁に飾られた絵画が掛けられている。絵画には、豪華で華やかな衣装を着たラナーの姿が描かれていた。その絵を僅かにずらすと目立たない仕掛け扉の特殊な鍵穴があった。その扉の中には一枚の絵が大切に仕舞われている。

 その絵には美しいながら全裸で立つラナーの横に―――同じく逞しくありながら全裸に笑顔で四つん這いの少年が首へ鎖を付けられ、その鎖の先を彼女が握っているという内容の絵であった。他には何も要らないという想いがソレには籠っている。

 ちなみに、この絵は決まった手順で開けずに動かすと魔法アイテムにより自動発火し完全消滅する。また、この絵を描いた画家は、すでに『不幸な』事故に遭い葬られていた……。

 ラナーが、表面上善良で素晴らしい王女のフリをしているのは、この絵に描かれた何も真実を知らない忠犬のような少年であるクライムの為だけである。元来、国も民も、親の王さえも彼女にとってはどうでもいいのだ。

 王女は彼を肉欲的にも欲している。毎夜の如く月明かりの下でニヤリとしつつこの絵を眺め、一日も早い絵の内容の実現を目論み続けている――その手段は選ばない。

 なぜなら、彼女の立場は微妙であるのだ。

 第三王女というのは、確かに王の娘ではあるが、実質的な権限は殆ど持たない。つまり、本来どのように優れた能力や手腕を持とうと、政治には殆ど参加できない立場なのだ。前記の奴隷廃止や冒険者組合の改革も王が後押ししたから実現出来たに過ぎない。

 本来、第三王女の立ち位置は、婚姻による外交強化か、大貴族の身内化による基盤強化を図るぐらいのものと言えよう。自由な未来などほぼ絶望的と考えられる。

 すでに第一王女は六大貴族のぺスペア侯爵へ嫁いでおり、国王派の基盤強化に繋がっていた。

 第二王女は少し病弱という事で、貰い手がまだ見つかっていない。

 そういった意味で、健康で美しいラナーが先に嫁ぐ可能性もあり、彼女に残されている時間は更に限られていた。

 

 そんな彼女の真意など全く知らず、あくまでも国を思い民に尽くそうとしている麗しの大恩ある王女の為にと、一人の少年が王城の建物の一角で剣の修練に励んでいた。

 彼の名こそクライムという。

 

「ラナー様……貴方は私が万難の厄災より絶対に守り通します」

 

 王女とほぼ同年齢の中々凛々しい顔をしている少年は、王女より賜ったミスリル製で純白の全身鎧を大事に身に付けている。

 彼は幼少期に街中で死にかけていたところを彼女に拾われていた。その頃にはすでに王妃様は他界しており、ラナーは王や歳の少し離れた兄達、姉達からも相手にされていないようで、何かと同じく孤独なクライムへ身内のように気を使ってくれていた。平民で男だというのに常に傍近くに置き、話し相手を務めさせてくれる。

 だが少年も、いつしか感謝と忠義、そして恋心からラナーを守り、役に立つ騎士を目指すようになった。

 不思議な事に、ラナー王女は幼少より今もずっと専属の騎士を置いていない。どんなに名家であろうと、腕が立とうと、美男子であろうとも。

 幸い、クライムは王国では水準以上の剣の才能を持っており、王女の意見が通り晴れて王女付きの剣士となっていた。だが、貴族の子弟でないがため、ガゼフ同様、騎士には列せられていない。

 そのため、彼は貴族の子弟の騎士から常に妬まれ睨まれる存在である。

 多くの若い騎士達が、今もラナーの美貌に憧れ王女付きの専属騎士を志願しているが、全く任命される気配がない。護衛は交代制のため、騎士達が王女の傍を守れるのは1年に1回あるかという度合いになっている。

 それに対して、クライムは日頃から常にラナーより美しい声が掛けられ、傍へと呼ばれているのだ。

 一方、少年は騎士達の水準以上の腕が有る為、容易に挑み練習試合で叩きのめす事も出来ない。平民に負ければ家の恥になるからだ。そういった経緯から最近、クライムへは単純に『無視』という嫌がらせに留まっている。

 だから、クライムには普段練習相手はいないのだ。

 少年の所属としては常時王城配置なので、王国戦士達とも持ち場が違った。クライムからそちらへ練習に赴けば良さそうだが、その場合クレームを付けられ王国戦士側に迷惑を掛けてしまう事になる。

 それが分かっているから、彼は日々個人で練習するしかなかった。だが少年は、そんな事で全く凹むことは無い。

 

 王女を守る――その目的があれば彼はどんな状況でも頑張れるのだ。

 

 それに月に一、二回、偶に尊敬する王国戦士長が通り掛かる時が有り、武技を始め稽古を付けて貰えていた。時間にして三十分ぐらいであるが、そこで学んだことの反復練習や応用により、十分と言える力を付けることが出来ていたので、先が見えないで困るという事も無かったのである。

 

「クライム殿、王女殿下がお呼びです」

 

 今日も少年が練習をしていると、無表情な、いや、不機嫌なというべき召使いの女性が声を掛けて来た。

 

「分かりました、直ぐに向かいます」

 

 返事を聞いた召使いの女性は、即、踵を返す。王宮に配置される召使いの女性は基本、貴族の令嬢達であった。

 クライムは身を弁えており、常日頃より忠犬に近い性格からも王城内を含め女性に声や愛想を振りまくような真似はしない。だが、このことが悪い方へと向かう。すれ違っても、クライムは表情すら余り変えないため、平民に無視されたと多くの貴族の令嬢達を勘違いさせてしまっていた。結果、密かなバッシングが起こっていた。

 しかし、クライムのこの行動は結果的に、召使いの女性達の身の安全に繋がっていた事に誰も気付く者はいない。

 

 もし――仲良くする召使いの女性が現れれば、数日後には居なくなっていたことだろう、この世から――。

 

「ラナー様、クライムです」

「お入りなさい」

「失礼します」

 

 クライムは慣れた感じで、ここヴァランシア宮殿にある王女の部屋の扉を丁寧に開け中へ入ろうとした。

 すると、室内にはラナーだけではなく、窓際のティーセットの置かれたテーブル付近へ他に二人の姿を認めた。しかし、何度も顔を合わせている者達であった為、落ち着いて挨拶をする。

 

「おはようございます、ラナー様、―――アインドラ様、イビルアイ様」

「おはよう、クライム」

「おはよ」

「おはよう小僧」

 

 テーブルの席に座る、美しく咲き誇る華のようなドレス姿の二人から、優しく気軽い声が掛けられ、そして傍に立つ小柄で黒いローブに仮面の人物であるイビルアイからは、相変わらず聞き取り辛い挨拶が返された。

 扉を閉めるとクライムは、王女の席の傍へと歩み寄り直立する。

 

「お呼びとのことでクライム、参りました」

 

 アダマンタイト級冒険者である、ラキュース達の来訪を聞いていなかった少年は、呼ばれたことに何か関連があるのかと考えていた。

 すると、ラナーが理由を話し始める。

 

「今しがた、変わった方達が王城を訪れたって知らせが来たのよ」

 

 クライムはそれで思い出した。王国戦士長や街中の『蒼の薔薇』の宿泊先に行ったときにガガーラン達からも近い内に王都へ来ると聞いていた話を思い出す。

 

「もしかして辺境の村やストロノーフ様達を救ったという、旅人である魔法詠唱者(マジック・キャスター)御一行の事でしょうか?」

 

 いつもは厳しい表情の王国戦士長が、ずっと笑みを湛えた表情をして話していたのが印象深く内容も覚えていた。無論、敵対した相手が六色聖典に連なる連中という機密の部分については、少年に伝えられていない。でも、あの圧倒的強さを持った王国戦士長が窮地に立つと言う相手である。総力が国家所属レベルである英雄級の連中だということは容易に想像出来た。

 そして、それらを一蹴したという魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一行。強さに加え、王国戦士達を救ってくれた行為に、真面目であるクライムはまず尊敬と感謝の気持ちを持っていた。

 少年の質問にラキュースが答える。

 

「そうそう、アインズ・ウール・ゴウン殿の一行よ。何でも、四頭立ての八足馬(スレイプニール)が引く凄く立派な馬車で、お城の正門へど派手に登場したらしいのよ。それも自前の馬車だって聞いて驚いちゃったわ。これで旅をする一行で更に強いって言うんだから、とっても英雄っぽくて、ちょっと会うのが楽しみなのよねぇ」

 

 もともと、強者や英雄大好きな彼女の特殊といえる地の心の闇が(こぼ)れかけていた……。

 普段あまり見せない、彼女のはしゃぎ様にクライムは少し引き気味に唖然とする。

 

「ふん、期待通りの強さだといいがな。自分達より弱くてもガッカリしないことだ」

 

 イビルアイは慣れた調子であるが、250年の経験から少し否定的雰囲気の言葉を返す。

 ラナーも余り気にしない感じで、彼へ本題を伝える。

 

「今日の午後、お父様へ彼等の謁見の場があるのよ。それでね、ゆっくり落ち着いた明日の午後、王国戦士長の声掛けでその一行と城内の一室で蒼の薔薇のメンバーが顔合わせをするというから、私も行くつもりなの。だからクライム、あなたに伴を命じます」

 

 偶々、王城では今日の朝に大きい会議が行われており、大貴族達も揃っている事からアインズ達の謁見も急遽昼の予定の一つに組み込まれることとなった。

 

「分かりました、お供させていただきますっ」

 

 クライムは、笑顔を浮かべ即答する。

 恐らく英雄級だろう人物達の邂逅の場である。届かないだろうが、興味が無いと返すのは嘘というもの。少年もまだ見ぬ旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一行の姿に期待感のある想像を膨らませていた。

 

 

 

 

 

 宮殿の一室に通されたアインズ一行は、20分程遅れてユリも合流し、用意されたお茶を飲みながらのんびりしていた。部屋に入って一時間ほどすると大臣補佐が訪れ、午後2時より貴族達も列席しての王様との謁見を行うと知らせを受ける。

 その後、運ばれてきた昼食を取ったりして、ルベドやシズ達は寛いでいた。なお、ユリとツアレは召使いとして横の別室にて食事が振る舞われている。

 ツアレだけが、先程の食事と王宮の豪華さに終始目を白黒させていた。ナザリック勢にとっては、建物にしろ料理にしろ、まだまだここも質素にすぎないものに見えている。

 勿論アインズも終始落ち着き、どっしりと構えていた―――見た目は。

 

(うわ。ど、どうしよう……なんか緊張してきちゃったよ)

 

 エ・リットルでは伯爵と会見したが、なにやらモブっぽい感じもあったので、それほど緊張する事も無かったのだが、今回はなんといっても王である。

 今朝、ソリュシャンに簡易的な計測で確認してもらうと、小都市エ・リットルの周辺だけで人口は50万近くいた。

 そしてこの王都リ・エスティーゼに至っては、一度では計測上限の100万を超えていたため、分けて計測し直し160万を超えている事を確認している。

 王は、それだけの人間の住む国の頂点に立っている人物なのだ。

 リアルでは、営業で結構大きい会社の社長に会ったこともあるが、国家元首はおろか市長ですら顔を合わせた事が無い。

 ナザリックの数における現在規模だけ見れば、POP達を合わせてたとして1万5千程度に過ぎず差は歴然である。

 

(……何百万もの数を纏める王とはどういう考えをしているのか、可能ならじっくり話をしてみたいところだけど……)

 

 アインズは、これから国を作ろうとしている段階で参考にならないだろうかと考えた。

 だが今は王にとって所詮、少し功を成した程度である一介の旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)という地位の者に過ぎないだろう。

 一方で同時にナザリックという大きな組織を率いる者として、一国の王に対してどう向き合うのかソリュシャンら仲間達を前に突き付けられている。

 

(――まず一体、どういう態度を取ればいいんだ?)

 

 アインズは、僅かだが迷いを感じていた。

 その考えを模索していると結局、謁見の時間を知らせる使いが部屋を訪れるまで、アインズが椅子から動くことは無かった。

 

 

 

 王城は午後2時を迎える。

 玉座の有る謁見の大広間の、高さが5メートル程ある出入り口の両開き形式の大扉が、衛兵により開かれた。

 すでに玉座へは、王冠を被り黄金の笏杖を持つリ・エスティーゼ王国国王ランポッサIII世が着座している。だが年齢は60を重ね、老いからの衰えに加え虚弱気味の健康面を反映して、細い身体に顔色も今一つである姿に見える。

 王の座る玉座に向かい真っ赤な絨毯が引かれており、その両脇に衛士としての騎士達と、午前の会議に参加していた貴族達が居並ぶ。天井からは大きいシャンデリアと金糸で刺繍されたリ・エスティーゼ王国の紋章の入った赤い垂れ幕がいくつも下がっておりそれなりに華やかな雰囲気である。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウン殿とその一行、王の前へ」

 

 玉座近くに居た大臣が声を上げると、入り口で大臣補佐がアインズ達を先導する形で入場してくる。

 この場にはユリとツアレの姿はない。彼女達は先程の部屋で待機していた。

 招待されたのはあくまで、アインズとルベド、シズ、ソリュシャンの4名だけである。アインズ達は玉座の手前5メートル程の所で大臣補佐が立ち止まったのに合わせて歩を止めた。

 アインズ達が歩む途中から、その姿に列席の貴族達はざわついていた。理由は二つ。

 一つは、アインズの連れている配下、ルベド達の美しさである。ルベドは紺の髪に白き鎧衣装の清楚な美しい乙女。シズは桃色髪の眼帯をした黒い衣装の美少女。そして、ソリュシャンは金髪巻き毛で黒い短めのスカート衣装の美女。その造形は何れも余りに美しかった。当然と言えよう。

 そしてもう一つ。噂話通り、アインズが仮面を被ったままでいる事である。

 美女たちの方は全く問題ないが、王の正に御前で素顔を見せず仮面を被っているというのはかなりの失礼に当たるのだ。

 横に退いた大臣補佐から、ついにアインズへ声が掛けられる。

 

「ゴウン殿、ここでは流石に仮面はお外しいただきたい」

 

 貴族達の鋭い視線が巨躯の魔法詠唱者へ一斉に向けられた。

 

 魔法詠唱者は、その声に応える形でゆっくりと右手を動かすと――その仮面を外した。

 

 アインズは、この事態を当然予想していた。

 王の前では流石に仮面のままでは失礼だろうと、アインズはナザリックの出発前から対策をしていたのだ。その髪と表情がついに露わになっていた。仮面は袖のアイテムボックスへと仕舞う。

 髪は少し長めの金髪。そして顔の肌は白人調、瞳はグレー、そして顔立ちは――やはりあの東洋系の元の顔がベースになっている。但し、七、八年程若い頃まで戻し少し目元の彫りを西洋人風に深くしていた。カルネ村の若者達も参考にしており、モモン比で3割はマシといえる顔になっている。これで、新世界平均はクリアしていると思われた。パッと見ではモモンと似ているという水準で、同一人物とは分からないはずである。

 まあ、モモンもアインズも概ね顔を隠しているため、比較される機会は滅多にないだろうが。

 

「「「「「おおお……」」」」」

 

 貴族達から、低い何とも言えない声が漏れ聞こえてくる。

 

(どっちみち大した顔じゃないんだろう?)

 

 アインズとしては、顔に関しての評価は甘んじて受ける事にしている。なぜかやはり自分の素顔から逃げたくないのだ。それに、ナザリックのNPC達が特に気にしていない事も大きい。

 

 

 なぜならアインズの本来の顔は――格好イイ骸骨なのだから。

 

 

 仮の姿の顔を、絶対的支配者のアインズが気に入っていて良いと言えば、それで決まる。

 配下達は、それがたとえ白でも支配者が『黒』といえば黒なのである。そういう事だ。

 さて、仮面を取ったアインズに対して、満足した大臣補佐が次の指示を告げた。

 

「アインズ殿と配下の方々、王の御前に跪き礼を」

 

 王に対して当然の礼を取れという事である。

 だが、ここでアインズは重々しい声で堂々と告げる。これは先程からルベド達の前で支配者としてどう行動するか最も悩んでいた事であった。

 

「――我々は旅人ではありますが、王の臣下でも王国の民でもありません。申し訳ないですが跪いての礼はご容赦いただき、会釈のみで礼とさせてもらいたいのですが」

「なっ」

「ぶ、無礼な」

「どこの田舎者だ」

 

 大広間は一気にざわついた。これにはガゼフも目を見開いている。また、声を上げている貴族達は概ね国王派の貴族達であった。

 そんな中、王家の権威失墜を目論む反王派のボウロロープ侯とリットン伯は顔を見合わせ、アインズの行動にほくそ笑む。

 そして、六大貴族のリットン伯が口を開く。

 

「本日は、かの異国の旅人ながら我が王家所属の王国戦士達を救った恩人であるアインズ・ウール・ゴウン殿へ、その功績を称え返礼をするために招待していると聞いております。どうでしょうか、王家の明確な温情を示されては?」

 

 露骨とも聞こえる、儀礼免除の催促である。

 

「何を言っておるのだ、儀礼と功績は別物だ」

「そうであるぞ」

「だが、他国からの使者は直立での会釈であろう?」

「この者は一介の旅人だぞ?」

「恩人に対して強要するのは礼に反しないのか?」

 

 ざわつきは収まらないかに見えたが、その時はっきりと場に通る声が聞こえる。

 

「よい、ゴウン殿一行は大事な王国戦士達や民の恩人であり王家の客人である。膝を折るに及ばない」

「「「「ははっ」」」」

 

 王自らの言葉に、この場は一気に鎮まった。大臣補佐がアインズ達を促す。

 

「ではアインズ殿とその一行の方々、我らの王へ礼を」

「はい、では改めまして」

 

 アインズは、初めて王のランポッサIII世と目線を交わすと、堂々と挨拶する。

 

「私はアインズ・ウール・ゴウンと言います。王城への配下揃っての御招き、ありがとうございます」

 

 そうして軽く会釈をした。アインズに倣い、ルベド達も会釈をする。

 

「ゴウン殿と一行の者達、良く参られた。まずは礼を。他国の部隊を退け、配下の王国戦士達と領民の危機をよくぞ助けられた。心から感謝する」

 

 王の言葉は一言一句に心が籠っているように感じた。先程の礼の件といい、寛大な王の様だ。そう感じ取りながらアインズは返答を返す。

 

「王自らの言葉を頂き嬉しく思います。同時に多くの者を助けることが出来、よかったと思っています」

「折角来られたのだ、客人としてゆっくりとしていくが良かろう」

「はい、ありがとうございます」

 

 アインズの返事を聞くと、王は大臣へと目を向ける。

 大臣がアインズへ声を掛ける。

 

「ランポッサIII世陛下より、ゴウン殿にはこの度の勲功に対し、褒賞金として金貨――400枚が贈られる」

 

 大臣の言葉の後、召使い達二人により金貨の詰まった袋二つがアインズに手渡される。

 

「ありがとうございます」

 

 それらはすぐ後ろのルベドへ手渡した。アインズにはまだやっておくことがあった。実はその為にこの王城へ来たと言ってもいい事象である。

 アインズは、口を開く。

 

「王へ一つお願いがあるのですが、話を聞いて頂けますか?」

 

 一瞬、再び貴族達がざわついたが、王の言葉に鎮まる。

 

「ゴウン殿、なにか?」

「私が救った村から近い東方に、別宅として―――()()()()()()()を建てたいのですが。そこは王国領と聞いたものですから」

 

 ゴウンの言葉に王は、横へ立つ側近に確認しその村が直轄下領だと聞くと小さく頷いた。

 

「ゴウン殿、許可しよう。近ければ村の領民達も喜ぶことだろう」

「許可頂き、ありがとうございます」

「では、ゴウン殿、我が城でゆっくり過ごして行かれよ」

「はい」

 

 王は僅かに笑顔を見せると、大臣と王女、そして側近達に付き添われ、大広間を後にした。

 こうして、アインズの謁見は無事に終わる。

 反王派の貴族達は、アインズ達には提案通り接触してくる事無く去っていった。そのあと、国王派の貴族数人がアインズを多少なじろうとし掛けるが、王家の客人でもあると王国戦士長から宥められ大広間を後にする。

 王国戦士長もまだ仕事が有ると、苦笑いをしながら退室していった。

 残っていた大臣補佐が、召使い達にアインズ達を宿泊部屋へ案内するように指示を出す。召使い達に案内されたアインズ達は、バルコニーのある広めの部屋へと落ち着いた。

 こうして、アインズ一行の王都一日目は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 金属の輝く甲冑を付けた軍馬四頭立ての戦車は、リ・エスティーゼ王国内の人気(ひとけ)のない裏街道を探知により選んで疾走し、王国と多種な亜人が共存している国家であるアーグランド評議国との国境へと迫った。

 この戦車には、スレイン法国の漆黒聖典に所属する『深探見知』、『人間最強』、そして『巨盾万壁』がリーダーとして乗り込んでいる。

 『占星千里』の予言した破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)についての復活確認を行うために、他国の領土を潜行してここまで到達していた。途中で遭遇した難度200オーバーの化け物について、その直後に本国へ一度引き返さないかという話になったが、結局翌朝エ・ランテルに滞在している密偵へ暗号を混ぜた手紙を託し、『巨盾万壁』らは探索を続行していた。なぜなら、そんな化け物が出たという事は、竜王も復活している可能性が高まったからだ。

 人類にとっての脅威は、速やかに確認しなければならない。

 北西側にある険しい山脈が迫るも道が続く途中まで戦車で一気に駆け登ると、彼らは道が途絶えた場所に御者の兵と戦車を残して広範囲への探索に入った。

 そして半日が過ぎたころ、山奥の険しい谷の近くまで来た時に、先頭を歩いていた『深探見知』が眼鏡顔のその表情を一変させ歩みを止める。

 

「……こ、これは……」

「どうした?」

「……おいおい、居るのかよ」

 

 探索当初からイヤな予感が三人の心へ広がっていたため、『巨盾万壁』はともかく冗談を良く言う『人間最強』も真剣さの浮かぶ表情で臨んでいたが、眼鏡娘の狼狽に緊張感は最高潮になる。

 リーダーの『巨盾万壁』が再度声を掛ける。

 

「"深探見知"、何を捉えた?」

 

 ここは山岳の高所であるため涼しい場所のはずが、少女の額には汗が微かに浮かぶ。

 

「どうしよう……ふ、二ついるの――難度200以上のが……」

「な……」

「………」

 

 経験豊富な『巨盾万壁』と『人間最強』であったが、悲壮といえる形相でその場に固まった。

 

 

 

 距離を置いた谷の一角の固い岩盤の場所へ大きい横穴の洞窟があった。

 その長い洞窟奥へ広がる巣としての空間に、それら二名は対峙する形で居た。すでに随分長い間論議を交わしているかに見受けられる。水晶が放つ〈永続光(コンティニュアルライト)〉や空間への調温湿魔法により、そこは十分明るく快適といえる環境だ。

 二名の内、片方は長い首に大きな翼、長い尻尾、そして黒紅の強固である鱗に全身を包まれたこの新世界で最強の生物と言える存在、(ドラゴン)

 その中でもこの個体は、全長が20メートルを優に超えた、一族を率いる風格を備えし者であった。

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)――ゼザリオルグ=カーマイダリス。

 

 15日ほど前に復活したこの竜は、傍に佇む相手へ向かって、唾を吐くように告げる。

 

「時代は変わった、だと? ――俺には関係ねぇよ。八欲王のヤツらがいないなら、むしろ好都合じゃねぇかっ。残った連中は何してやがるんだ? もういい、戯言は聞き飽きたぜ。俺を殺しやがった人間どもに、俺自ら思い知らせてやるっ」

「今は、それなりにこの地域は安定してるんだから。暴れないでくれよ」

「ここへツラも見せにこない奴に、どうこう言われたくねぇな」

 

 そう言って、ゼザリオルグは目の前に立つ全長3メートル程の小さい白き竜の者を睨む。

 

「悪いとは思うけど、今居る場所から動くわけにはいかないんだよ」

 

 白き小竜の者は、幼い感じの言葉ながら、怯える事も無く堂々と言い返す。実は、その白き小竜である姿は、一族の若い者の身体を借りて遠方から白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)であるツァインドルクス=ヴァイシオンが操っている。

 白金の竜王は嘗て、中身がカラであった白金の鎧を使い、十三英雄の一人『白銀』と呼ばれていた者だ。しかし、十三英雄は魔神を倒した人間側の存在で、一説には(ドラゴン)すらも討ち果たしているという話もあるため、白き鎧の『白銀』の姿は評議国国内では不用意に晒せない。

 そんな白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の言葉に呆れると、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)は、巨体を揺らしながら大きく穿たれた巣穴の通路を歩き出し、白き小竜の横を通り過ぎていく。

 

「話にならん。ジジイは黙って見ていろ――人間どもが滅ぶところをな!」

「……余り人間を甘く見ない方がいいよ。これ経験だから」

 

 昔の友たちの強さを知る白金の竜王は、もはやそう言って煉獄の竜王が序盤で敗走してくることに期待するしかなかった。

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)は、長い首を曲げて白き小竜姿のツァインドルクスへ振り返ると牙を見せほくそ笑む。

 

「ふっ。そいつは、楽しみだ」

 

 煉獄の竜王は、巣穴を出ると静かに巨大である翼を羽ばたかせ飛び立つ。

 そして――僅かに離れた所に潜んでいた、漆黒聖典の三人の所へ向かって来た。

 

「先程から、こそこそと地べたを這う弱きゴミどもめ、死ねっ。〈獄炎砲(ヘルフレイムバスター)〉!」

 

 口を大きく開くと、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)は、獄火の一撃を見舞う。その一撃の威力は強大で、着弾した場所から広い放射状の範囲を地面ごと吹き飛ばしていく。あっという間に、焼き払われた更地が山岳の地に登場していた。竜王は、直撃を確認すると、振り返る事もなく飛び去って行った。

 煉獄の竜王は、そのまま山岳地の里で三百を超える竜達を集め従える。

 

「諸君、待たせたな。脆弱な人間どもは皆殺しだっ!!」

「「「「「「「おおおおおーーー!」」」」」」」

 

 竜王率いる300の竜軍団は直ちに、東南方向へ広がる人間の国、リ・エスティーゼ王国への蹂躙的進撃を開始する。

 この日だけで、山岳の南に広がっているリ・エスティーゼ王国の平原の穀倉地帯にあった20以上の街や村々と3万人以上の人類が地上より消滅することになった。

 評議国としてはこういう場合、大抵が『少数による遺憾な暴挙』とし『一切関わり合いはない』という事で通している。つまり王国側で好きに処理しろということである。煉獄の竜王、王国双方にとって無情である対応と言えよう。特に被害を受け、対処を丸投げされた王国側は堪ったものでは無い。

 そして容赦ない煉獄の竜王の軍団は、平原西方の周辺人口85万人を有する大都市、エ・アセナルへと徐々に迫ってゆく――。

 

 

 

 煉獄の竜王により、焼き払われた直後の山岳の更地には、良く見ると僅かな場所が、魔法的な物により残されていた。

 

「だ、大丈夫か、二人とも?」

「はい、あちちっ」

「なんとかな……。ふー、その盾でなきゃ、絶対ヤバかったぜ」

 

 2枚の強固で大きい魔法盾で『巨盾万壁』は仲間達を守っていた。更に『巨盾万壁』と『人間最強』は武技の〈不落要塞〉を、『深探見知』もその間で〈要塞〉を発動して、何とか周囲の高熱を凌いでいた。ふつうの人間ではまず持たないだろう。

 

「……魔法で守られているはずの盾の表面が溶けている……なんという威力だ。……しかし、ヤツは聞いていた黒紫の鱗をもつと言われる破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)ではないな」

「あれは、黒紅の鱗……おそらく煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ね」

「どっちにしろ、ヤバイなありゃ。すぐに法国へ戻って知らせねぇと」

 

 『人間最強』の言葉に、『巨盾万壁』は頷くが、彼は気付く。

 

「んっ? そういえば、"深探見知"よ、もう一体は!?」

「あっ――えっ!? 居なくなってるわよっ。周辺にも感じないっ」

「な、なんだと?! 探さねぇとっ」

 

 『人間最強』は慌てるが、『巨盾万壁』は一度目を閉じると告げる。

 

「いや、ここで深追いはしない。状況を知らせる方が優先事項だ。"深探見知"、二体は同等の強さか?」

「今、攻撃をしてきた煉獄の竜王がずっと強いと思う。もう一方は難度200を少し超えたぐらいの感じだから」

「そうか、分かった。二人とも、本国へ報告する為に急ぎ戻るぞ」

「「了解っ」」

 

 いきなり人類の守り手をも巻き込んだ戦いが、王国で始まろうとしていた……。

 

 

 




捏造)
煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)。後先を考えない大馬鹿モノ。
破滅の竜王は、何か役どころがあるかもと思い、煉獄を別途追加してみました。





さぁ、王国の冒険者達よ、竜退治だぁ!(ガクブル

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