オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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注)モモンの口調については、鈴木悟の素の口調になっています


STAGE19. 支配者王都へ行く/邂逅ト終ワラナイ色々(3)

 王都へ向かうアインズ一行の乗る、ナザリック基準で()()()八足馬(スレイプニール)が牽引する四頭立て四輪大(コー)型馬車()は一路、大都市エ・ペスペルから王都の途中にある小都市エ・リットルへと向かう街道を進んでいた。

 アインズ一行の表向きの予定では、四泊五日で街道を進み王都に到着することになっている。四日ほどショートカットしたが、最後の一泊は実際に宿泊する予定。

 ナーベラル達が、十分下見済の森の中の場所へアインズが開けた〈転移門(ゲート)〉より先程出現し、脇道を数キロ走破してエ・リットルから20キロ程手前で街道へ合流したところである。

 その馬車の中、窓の景色を眺めていた最後尾の3人掛けの席に座るアインズは、横で頬を赤くしつつピッタリとくっ付いて寄り添う――ルベドへと目をやった。

 今朝、アインズがエ・ランテルからナザリックへ帰還した時から、ルベドの様子がオカシイ。

 まず帰還直後に、彼女から「ありがと」と抱き付かれてしまった。あの真っ白いモフモフで柔らかい羽毛の翼で包んでくれるオマケ付きである。アインズは正直ちょっと良かったと感じてしまう。それほどのモフモフなのだ。

 だが、マーレがすぐ横に居る状態であった。それは余りヨロシクない――下手をするとマーレの闇が垣間見えてしまうから。幸い、マーレも事情を知っており少しヤキモチ気味にムッとした顔だけで済んでいる。

 ルベドはアインズへと指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を持って待っていた模様。そしてどうやら彼女は、ニグレド、アルベドとこの数日仲良く過ごせたことに凄く感謝しているみたいだ。確かに、ニグレドが特に末妹に素っ気なかったので、アインズ自らルベドがきちんとナザリックと支配者に貢献していることを告げてはいた。ニグレドも末妹の働きに、ナザリックの一員としても姉としても安心したらしい。しかし、ルベドのここまでの懐きっぷりは支配者にとっても想定外であった。

 馬車の席に座るアインズの視線へ、身を寄せるルベドは嬉しそうにニッコリと見つめてくる。

 

「アインズ様、何かして欲しいか?」

「いや、今はよい」

「何かあれば、なんでも言い付けて。昼でも……夜でも」

 

 ルベドは恥じらうように、姉アルベドの面影の濃い綺麗な表情をニッコリとしながら朱に染まる頬をアインズの肩へとスリスリする。

 流石は姉妹……変にスイッチが入ってしまうと姉達と同じく豹変ということのようである……。

 ふと、アインズが目線を上げると、正面に座る戦闘メイド六連星(プレアデス)姉妹のシズとナーベラル、その向こう側に座るソリュシャンが仲良く――ハンカチを噛んで羨ましそうにこちらを見ていた。

 

 支配者は思う。本当に色々と事が起こるなぁとここ数日を振り返る。

 

 

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンの怒りに対する襲来に備え、厳戒態勢に入ったスレイン法国ではあるが、神官長会議の動揺したあの場面には続きがあった。

 数名の神官長が席で固まり、目を閉じて頭を抱えていたあの時である。

 

「狼狽えるでない!」

 

 これまで黙って聞いていた、初老の最高神官長の声が部屋に反響して伝わる。

 

「一同、忘れてはおるのではないか? 我々には『番外』という人類の守り手としての切り札もある。敵が攻めて来るなら受けて立つのみだ。皆でまず備えよう。だが、一方で可能ならそのゴウンという人物との関係改善も考えるべきだろう。脅威であると同時に、それは我々人類側の即戦力の可能性もあるということ」

 

 最高神官長の冷静で具体的と思える言葉に、神官長達の狼狽は落ち着きをみせる。

 

「おお」

「そうですな……」

「確かに」

 

 最高神官長は、法国の理念の原点を、再び皆へ諭すよう静かに語る。

 

「この周辺地域を遥か離れた大陸の中央以東では、多くの国で人類が隷属的種族となっておる。嘗ての、かの六大神様や八欲王の時のように、再び人類が大陸全土を席巻する世界を創出出来る、次元の違う強大な力を持つ圧倒的というべき指導者の降臨を我々は待ち焦がれておる。我らは『その時間を稼ぐ為の』人類の守り手であるのだ。皆、それを忘れるな」

 

 神官長らは思い出したように多くが同意し頷く。同時に「そうでしたな」や「はい」と口に出す者もいた。

 だがその時、同意しつつも「ところで……」と意見を述べる冷静な者が一人いた――。

 

 

 

 

 

 ほぼ真円を描く大都市エ・ランテルのもっとも外側、第三城壁には真南と北東、北西の三か所にそれぞれ頑強に作られた門が設置されている。街道はその大きい門から各地へと伸びていた。

 『漆黒の(つるぎ)』の4人とモモンチームの二人、そして女戦士のブリタは冒険者組合を出ると、最寄りとは違う北西の門から歩いて出発した。ここはモモン達がいつも通る門であり、顔見知りの守衛らからまたも親指を立てられての(何人かウインクまで付けてくれる)通過になった……。

 目的の地域まで15キロ以上あるため、途中、昼休憩を挟んで進み、午後の良い時間に到着する。

 

「野営予定地は、先程通った川も近い草丈の低い草原の辺りです。日が暮れる少し前にそちらへ行く事にして、それまで皆さん頑張りましょう」

 

 この冒険者集団のまとめ役として、『漆黒の剣』のリーダーであるペテルが皆にそう伝えると狩りは直ぐに始まった。事前の話通り森には入らず、南西に広がる15キロ四方はある森の北側手前を捜索する。基本、戦力は分散せず7名は割と固まって進む形だ。一応、探査力のある野伏(レンジャー)のルクルットがいる漆黒の剣の四人が幾分先行し、モモンチームとブリタの三人が続いていた。

 振り返り後続を確認するダイン。その視界の中で、モモンとマーベロはずっと手を繋いでいる。

 

「それにしても、モモン氏とマーベロ女史は仲がいいである」

 

 森祭司(ドルイド)のダインが二人の様子に微笑ましく語った。

 リーダーのペテルもそれをダイン同様に捉える。

 

「はは、まあ二人組のチームだし、いいんじゃないですか」

「だよなぁ、でもベタベタって感じじゃねぇな」

 

 ルクルットは、モモン達に皆の前での遠慮もあるのかとも考えたが、結構鋭く見ていた。

 

「そ、そうですよね。守っているという感じで」

 

 他の者は気付かなかったが、ニニャは微妙に安心した雰囲気の言葉を口にしていた。それは、出会った時よりモモンに感じている不思議に思う感覚からだ。簡単に言えば好ましい、彼から大きく包み込む形の雰囲気を覚える。これまで日常や仕事で色々と冒険者達に会ってきたが初めての経験。例えるなら記憶の片隅にある温かい父や母、そして姉のような……。

 気が付けば、モモンの事が結構気になっている。

 もともと、ペテルやルクルットのような爽やか系よりも、ダインのようなどっしりしている人物に好感が持てる性格である。

 そういった事を考えてのんびりした雰囲気を、ルクルットの一言が変える。

 

「ん、近いなっ。あそこの奥の辺りだ。来るぞ!」

 

 彼の指差す方向には草木が群生していて、姿は見えていないがチームの他の3人は疑わない。ぺテルが後方のモモンらに振り向き、身振りで木々の方向を指差して敵との遭遇が近い事を知らせた。

 もちろんマーベロは、少し前からすでに気が付いている。

 

「〈衣装強化(リーインフォース・コスチューム)〉、〈下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉、〈下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)〉、〈下位属性防御(レッサー・プロテクションエナジー)〉」

 

 モモンの事前の指示でマーベロは、直ちに仲間のブリタを素早く強化してやる。

 

「えっと、一通り強化しておきました」

「あ、ありがとう……うわっ、身体が軽い」

 

 防御力強化、筋力及び敏捷性を2割UP、加えて攻撃ダメージの軽減である。

 まもなくルクルットの指差した辺りの草木が揺れて、身長が150センチ以下の小鬼(ゴブリン)が十一体に、3メートル程もある巨体の人食い大鬼(オーガ)が2体現れた。

 

「くっ、いきなりオーガ付きの団体様かよ」

 

 すでに〈鎧強化(リーインフォース・アーマー)〉をニニャから受けたルクルットが、同魔法強化を受けたペテルと最前列で並ぶ。

 しかし、流石に集団化した状態の敵に飛び込む訳にはいかないと思っていた時。

 

「俺がまず一部を引き付けるよ。上手くバラけたら個別に叩いて」

「えっ、て?」

 

 後ろから来たモモンは話し終えると、ルクルットの驚き声など意にも介さず、右に離れて行く形でモンスターの一団を牽制するように堂々と歩を進める。『漆黒の(つるぎ)』の4人とブリタは唖然と見送る。

 当然の形として、単独で移動する鎧姿のモモンに4体のゴブリンと1体のオーガが迫っていく。

 残りがぺテル達に迫るが半分程度になった事は大きい。

 

 「〈植物の絡み付き(トワイン・プラント)〉」

 

 ダインが、まず周辺の草を利用しゴブリン達の自由をある程度制限した。その瞬間にぺテルとルクルットにブリタも加わり、其々ジグザグに切り込む形で前進。接敵し、矢も放ってきたゴブリン達を次々と打ち倒す。ぺテルやブリタ達はこちら側を先に倒し、引き付けてくれているモモンに加勢する流れで動き出していた。この辺りは、経験を積んでいる冒険者同士の阿吽の呼吸だ。

 そうして出遅れた残るオーガを三人で囲み、ニニャとダインの支援を受けて追い詰めていく。だが頑強な肉体のオーガは中々倒れない。ぺテルは武技〈要塞〉を使えるが、それは防御側で攻撃面の決定打がなかった。

 その時、少し離れた場所から大きな断末魔の声が上がる。

 

「グガァァァァァァーーーァ……」

 

 皆がそれへ目を向けると、強靭なはずのオーガを、両手持ちで一本だけ抜き放っているモモンのグレートソードが袈裟懸けに一刀で真っ二つにしていた。

 巨体の上半身が、鈍い音を響かせてずり落ちると下半身もその場へ倒れる。

 モモンの周りには、もう立っているモンスターが居なかった。マーベロは、ニニャとダインを傍で守りつつ、モモンの方に注視する形でいる。

 漆黒鎧の戦士の見せた壮絶すぎる光景に、ぺテルらと周りを囲まれたオーガさえも固まる。

 

「ん? こっちは終わったけど?」

 

 と、グレートソードを右肩へ担ぎ、何気なく言ってのけるモモンの言葉に、最初に反応したのがオーガであった。

 その場で、巨体の腕を振り回す様にして植物を振り解くと、血を滴らせつつも森へ向かい逃げ始めた。ダインが〈植物の絡み付き(トワイン・プラント)〉を放つも、植物が巻き付ける蔓は巨体の重さと勢いに引き千切られ、ニニャの〈魔法の矢(マジック・アロー)〉も肩や背へ刺さるも止めきれない。その様子にモモンが告げる。

 

「マーベロ、やっていいよ」

「は、はい。〈雷撃(ライトニング)〉」

 

 マーベロの右手指先から伸びる眩い雷閃光は、人食い大鬼(オーガ)の分厚く強い筋肉の体を一瞬で貫通する。「ゲガッ」と呻いたオーガは、同時に転倒し起き上がることは無かった。

 

「お二人とも一撃で人食い大鬼(オーガ)を……凄すぎる」

「すげぇ……」

「まさに圧倒的である!」

「……なんて強さ」

「本当に……“凄いっ”としか言いようがないわね」

 

 モモン側からすると、鈍い虫を払っている程度であり、絶賛されてもピンと来ない。なので無難と思う言葉を返すに留める。

 

「まあ、みんな無事でよかった感じですね」

 

 モモンチーム以外には緊張感のあるそんな出だしで狩りは始まったが、その後は遭遇回数が多い展開も、ゴブリンの5体以下の集団がほどんどであった。偶にオーガと狼がちらほらといった状況で、一日目、二日目と過ぎていった。

 冒険者は、夜の暇な時間が結構長い。日が沈む前には宿営地の準備を終えなければならず、すぐに寝る訳でもなかった。モモンとしては設営やモンスター対策の仕掛け設置など、アウトドア的雰囲気を気楽に結構楽しんでいた。マーベロは、モモンの横にちょこんと静かに寄り添って満足している。

 一日目の晩は、モモンとマーベロの活躍の話に前半は終始した。伝説に成るかもと、ダインがニニャへその場面を詳細に日記へ書くように勧めたほどだ。その後、『漆黒の剣』というぺテル達のチーム名の由来の話になり、それは嘗ての『十三英雄』の一人である黒騎士と呼ばれた者の持っていた四本の剣にちなんでいるという。

 黒騎士に関する話を交えた後、ぺテル達の「仲間の絆だ」という黒い刀身を持つ短剣(ダガー)の話から、モモン自身の昔の仲間の話が零れてきた。

 救われ、仲間を知り、皆で集まり造ったチーム(ギルド)。共に冒険もしたその楽しい日々は正に輝いていた。彼は、それらを思い出す様に僅かに語る。

 

「――あの日々の事は忘れられません」

 

 だから今もこの新世界に、嘗てのギルド仲間の影を探そうとしているモモンは、そう締めくくった。

 その言葉でニニャが、モモンは仲間を失ったと悟りつつ、慰めるように呟く。

 

「とても素敵な仲間達だったんですね。素晴らしいです」

「……ありがとう」

 

 モモンは目を閉じる感じで、眼窩の紅い輝きを兜内でそっと落とすと静かにそう答えた。

 仲間の件ではブリタも酷い目にあったばかりで、少し湿っぽい話の方向性を変えようと、その後はルクルットがバカ話に切り換えて笑いの内に寝る時間を迎えた。

 そして二日目は、みんなで結構連携出来たという話になっていた。実は、昼食の後にニニャの提案してきた魔法支援者を交代してみようという事で一時的に、マーベロがぺテル達を、ニニャがモモンとブリタを支援したのだ。

 普通は余りやらないのだが、モモンはそういった『ノリ』が嫌いでは無かった。実際、特に問題は無かった。というか、マーベロの支援が強力なのでより安全に狩りが進んだのだ。順調な狩りの様子に皆も明るい。

 「明日もこの調子で熟せば目標の金額になるなぁ」とお道化るルクルットへ、「助かるわぁー」と相槌を打つブリタに、「ルクルットの空予定は、立てない方が上手くいくのである」とダインが落とし、「なんだよー」と言うルクルットのボヤキに、笑いの輪が起こった。

 

 

 その少し楽しい時間が――突然終わりを迎える。

 

 

 最初に気が付いたのはマーベロであった。

 

『モ、モモンさん』

 

 (あるじ)の隣に座っていた彼女は、フードで口元を隠しながら小声でもはっきりと伝わる〈伝言(メッセージ)〉を使ってきたのだ。

 

『弱い水準ですが、南から森と山岳の間を抜けて来たのか何者かが接近して来ます。数は4名。レベルは、43、40、31、5です。馬車に乗っている模様で接近が早いです。どうしますか?』

 

(何だと……)

 

 モモンは一瞬固まった。3人が王国戦士長のガゼフの素のレベルをかなり上回っており、今のモモンの水準以上。更に2人がクレマンティーヌをも上回る。本当にまだまだ強い奴はいるということだなと、アインズとしての警戒感が上がっていく。

 その正体については来た方角より直ぐに想像が付いた。

 

(――漆黒聖典か)

 

 モモンはクレマンティーヌより、スレイン法国の漆黒聖典は12名在籍し、自分の他に国内から個で最強の者を組織的に集めたと聞いている。

 どうやら最強部隊でも、流石に他国に侵入する場合、街道は通らないようだ。この場所は草丈が低く、馬車は走りやすい状態の場所であった。それが裏目に出たのか。

 いや、今はそれどころではない。皆へ知らせるべきかという判断を迫られる。

 

(どうする……………)

 

 知らせた場合、それはマーベロの探知能力について暴露することになる。一方、知らせなかった場合、相手が好戦的なら、『漆黒の剣』とブリタは死ぬ場合もあるだろう。

 ここで支配者は、冷静に彼等5人の価値を判断する。

 

(利点は小さいけどあるよなぁ)

 

 狩りにおけるモモンとマーベロの活躍を、周囲へ広めてくれるというメリットを持つ存在だと。

 評価はあくまで他者側の認識であり、地道に積み上げる他ない。駆け出し冒険者の支配者にすれば、第一歩に繋がる彼らは貴重である。

 一通り考え、モモンはマーベロに告げる。

 

「このままだ」

 

 ここで重要なのは、今から知らせても全員逃げ切れるかは分からないという事だ。それに、このままこちらへ気付かないか、無視して通過してくれる可能性もある。

 

『わ、分かりました。あと、北からレベルのかなり低い者達が3名――』

「(どうせ、冒険者だろう)今はいい」

『は、はい』

 

 モモンは結局、ペテル達へは知らせない事にした。

 ただし万一の場合は、クレマンティーヌと同じ展開に持ち込むことに決める。2対4だが、マーベロと共に離れた場所へ誘導し一瞬でケリを着ける形だ。彼にはまだ、あと二段階の変化が残されている。

 モモンは、この狩りが少し楽しかったのだ。

 そして、今は曲がりなりにも組んでいる『仲間』を目の前で殺されるというのは……。

 

 ―――非常に不愉快である。

 

 南から甲冑装備を付ける軍馬四頭立ての戦車が、少し道の悪い草原を北上していた。

 その戦車は、御者席までが木枠の壁のある車体を鉄の装甲に覆われている。重量を抑える為、四人乗りにしては小ぶりの箱型車体をしていた。

 その車内に3人の人物が座っており、二人が屈強である男達に、五角形枠の眼鏡を掛けた女性が一人。

 その女が大人しいながら、ボヤくように口を開く。

 

「もう、なぜ私が……。〝占星千里〟が自分で行くべきでは?」

「その愚痴は何度目だ? 実際に識別出来る探知能力を持つお前でなければ、確認は無理というものだろう?」

 

 馬車の床に仕舞ってあるが、巨大で防御の強固な魔法盾を使う『巨盾万壁』が低い声で窘める。それを支持する形に髪を括りオールバックで精悍な顔つきの無手である『人間最強』が諭す。

 

「その通りだ。だいたいもう出発してるんだ、諦めろ〝深探見知〟」

「ふん」

 

 それでも納得がいかないと、『深探見知』は顔をそむけ、既に真っ暗な窓の外を眺めた。二人の男達は目を合わせて、お手上げだなと『人間最強』が肘を曲げて両手の掌を上にするジェスチャーに『巨盾万壁』が苦笑う。

 彼等、漆黒聖典は当初、『占星千里』が予言した破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活の確認と討伐のため、秘宝を身に付けた名誉席次のカイレ様を護衛しつつ漆黒聖典全員での出撃予定であった。しかし、出発直前に待機を告げられ五日も待たされたあげく、予定が大きく変更された。

 それは、神都へ直接進撃して来るかもしれない新たなる敵を確認し、その迎撃のためだという。その名はアインズ・ウール・ゴウンを名乗る魔法詠唱者一行とのこと。聞いたことのない名だが、陽光聖典や風花聖典ではともに一部の部隊が全滅と言える既に大きい被害を受けているといい、現状判断で最優先との判断が下る。

 ただ同時に最高神官長の『ゴウンなる者との融和路線』も広まり、様子見感が強まった。

 その中で、神官長の一人から「ところで……竜王復活の確認だけはすべきでは」と進言があり、出撃要員の規模が縮小されての派遣となって現在に至る。

 ふて腐れて、窓の外を闇視(ダーク・ヴィジョン)で眺めていた『深探見知』が、突如顔色を変えて今回のリーダーである『巨盾万壁』へ伝える。

 

「……んっ!? 前方に、強い奴がいる。何故か、()()()()()()()ハッキリしないんだけど、難度は恐らく――96前後?!……二人もいるわよ。他は低いけどあと五人いるみたい。動きはないから、こちらにはまだ気付いていないようよ」

「96……か、油断ならんな」

「おいおい、俺達に匹敵するんじゃねぇか。王国ではかの王国戦士長か、『朱の雫』、『蒼の薔薇』か、後は裏社会の連中に数名いると聞くぐらいだぞ」

 

 『深探見知』は、護身装備を別の形で持っているし一応剣や体術は得意だが基本、探知能力に特化しており武技は〈要塞〉ぐらいしか使えない。武技によっては難度はグンと上がる可能性もあり、探知した相手の難度96前後はあくまで最低の目安と考えるべきで、難度93程の彼女では少し厳しい相手かもしれない。今回一応、野郎達は彼女の防衛面も兼ねていた。

 『巨盾万壁』により御者の兵へ、減速と合わせて少し先の、その正体不明である7人集団が居る最寄り位置での停車が指示される。

 

「一応、何者かは確認しておくべきだろうな。最悪、裏社会の者達の可能性もあり、いきなり襲って来るかもしれん。とりあえず、我々は冒険者だということにする。名は適当に、俺がバンでお前らは、サイキョ、シーンとするぞ。ヘタな挑発には乗るな。二人とも、我々の今回の使命はあくまでも『確認』だということを忘れるなよ」

 

 『人間最強』は「ああ」と答え、『深探見知』も頷く。

 彼等の馬車は、不明である7人集団の野営地から東へ200メートル以上離れた場所で静かに停車する。良く調教された馬は最低の音しか出さない為、周辺の闇に紛れて通常なら気付かれない。

 そして御者の兵を残し、巨大な盾を持つ衛士、剣を腰へ差す女、無手の戦士である漆黒聖典の三人は、隠されながらも僅かに漏れる焚火の明かりへと近付いて行った。

 

 

 この狩りでは、基本マーベロは無口に過ごす。話を振られると、モモンの決めた設定へ合わせる様に話を返す形である。だから、その変化の差は感じられなかった。

 しかし、モモンはどんどん迫る漆黒聖典の三人の様子を、繋ぎっぱなしの〈伝言(メッセージ)〉でマーベロから聞き続けており、微妙に皆ののほほんとした輪に入れる感じではない。

 ふと、ルクルットが怪訝に思い、モモンへと気を向けた時に、その延長上の不明である妖しい気配へ初めて気が付いた。

 

「お、おい、みんな。誰か来るぞっ」

「えっ?」

 

 今回の指揮を執っているぺテルがまず反応し、剣を掴みその方向を見る。ブリタは少し怯えるように「ほ、ほんとぉ?」と呟く。彼女はこのシチュエーションで先日襲われており無理もない。

 直ぐに結界への進入探知にも引っ掛かりニニャも伝える。

 

「三人です。真っ直ぐにこちらへ向かっています。あの影ですね」

 

 すでに、目を凝らせば動く小さい三つの影が見える。

 そしてそれらは間もなく、7人の囲う焚火から20メートル手前で立ち止まった。

 屈強の男が二人に女が一人。その装備が、見た目に立派だという事が窺える。

 彼等は一通り見回すと、モモンとマーベロに目を止めた。

 だが、すぐさま盾を持つ男が話しかけて来た。

 

「夜分に失礼する。私はバンという。あなた方は冒険者か?」

「私はモークと言います。そうですが……なにか?」

「実は、我々は竜王国から来た冒険者だが、馬車で近道をしようとして道に少し迷ってしまった。北の海岸傍の山岳に有るという、薬草探しを頼まれてな。同業の好で、エ・ペスペルへの街道について教えて貰えないだろうか? 勿論、タダでとは言わん。王国の銅貨で10枚払おう」

 

 その戦闘的である身形と威圧に対して紳士的な問いかけに、モモンは目を細める。

 ぺテル達は騙せても、彼らの強さを知っているモモンとマーベロは誤魔化せない。実際、スリット越しに、向こうからの視線が突き刺さってくるのが分かる。あの者達は、わざわざ『確認』に来たのだ。どうやら探知能力者も居るらしい。だが、今のモモンとマーベロは、実際のステータスを最上位で誤魔化しているため、真の水準は見破られていない。そうでなければ、恐らく近寄って来ないはずだ。

 初め怪訝な顔をしていたリーダーであるぺテルは、話を聞き笑顔を作って対応する。

 

「いいですよ。えっと、今、ここにいるとすると、街道はこの辺りになります。距離で言えば15キロほど北です。東に逸れると森に突っ込むので、気持ち西に寄るように北上してください。着けば道幅があるので気が付くはずです」

 

 彼は、そう言って、地面に指で簡単な地図を描いて分かりやすく説明した。

 

「なるほど、よく分かり助かった、ありがとう。ではお約束のものを」

 

 そう言って、バンと名乗った屈強に見える男は、約束の銅貨10枚をぺテルへ渡す。そのついでという雰囲気で、最後にと何気なく確認する。

 

「モーク殿達はエ・ランテルの冒険者か? このようなところで、何を?」

「はい、まあ狩りですね。このところ実入りが少ないので。あと、この二人は最近エ・ランテルへずっと南の他国から来たそうで」

「……なるほど、そうでしたか。では我々はこれにて」

 

 難度90を超える冒険者達がいて、無名で資金に困るというのはおかしいと少し思った『巨盾万壁』だが、ぺテルの落ち着いた雰囲気の説明の中に『南の他国から来たばかり』という漆黒の鎧と純白のローブを纏う強者達の素性を聞いて、この場は納得したようだ。

 彼等は威圧を感じさせつつも、そのまま背を向けてゆっくりと去って行った。

 

「ふーっ、まいったよなぁ」

 

 ルクルットが大きく安堵の溜息を()き、その場に座り込む。気付けばモモン達以外は、皆立ち上がっていた。ルクルットにもある程度、力の強さが分かるのだろう。特に気勢を抑えていなかったあの三人の存在は、大きく感じていたようだ。

 モモンは気勢を余り出さない純粋な強さによるもので、簡単に言えば『パワードスーツ』や『機械』に近いかもしれない。

 

「全くである。息苦しい」

「よ、よかったです。何も無くて」

「はぁー、なんか危ない雰囲気があの時と似てたから……でもまあ、モモンさんとマーベロさんがいたしね」

 

 ブリタの明るい声に皆が笑顔で頷きつつ、モモン達を見てくる。そう、彼らはモモンとマーベロがいれば、十分対抗出来ると思ってくれていたらしい。

 

「だよなっ」

「ええ、だから私も普通に話せましたよ。でなければ、恥ずかしながら少し震えたかもしれません」

 

 ルクルットと、ぺテルもブリタに同意した。

 そんな、束の間であるが彼等の仲間としての信頼に、モモンは悪い気がしない。

 ぺテル達は、先程の3名についてあれこれ話をし始めていた。

 

『馬車が走り去っていきます。馬足を速めていっているので恐らくもう大丈夫かと』

 

 マーベロの〈伝言(メッセージ)〉はそこで終わった。その声で漸くモモンも内心で安堵の一息を()くが、それと同時に疑問が湧く。

 

(……あの3人は、どこへ行くつもりなんだろ?)

 

 モモンは少しするとマーベロを監視に残し、少し風に当たってくると場を外した。周りの様子を窺いつつ空を静かに見上げる振りをし、小声で〈伝言(メッセージ)〉をナザリックのアルベドへ繋いだ。

 

「アルベド、私だ」

『これは、アインズ様っ』

「悪いが緊急だ。時間が無いので用件だけ告げるぞ」

『はっ。何なりと』

「用件は3つ。まず、漆黒聖典と思われる馬車の追跡。位置はエ・ランテルから少し南西の平原を今、北上している馬車だ。レベルで45から30程度の者が3名とあと1名乗っている。2つ目は、これがナザリックとカルネ村に攻めて来る場合のみ、捕虜とせよ。対話を求めてきた時は、私が対処する。そして3つ目は、エ・ランテルから少し西方の街道に出没する盗賊団を狩れ。ただし武技を使う者は捕獲せよ。これは前の2つとは別件で優先度は少し下がる。居なくなっても良い人間達との情報を得た。我がアンデッドの手頃な材料になるだろう。以上だ」

『分かりました。直ちに対応いたします。不明な部分がある場合のみ10分後に確認させていただくかもしれません。また、盗賊団については、少々時間が掛かるかと思われます。シモベを張り込ませ、実際の現場から追跡し根城を突き止めてからの掃討になります』

「分かった。それでいい、任せる。ではな」

 

 アルベドは豹変するとアレなんだが、基本、最高に有能である。デミウルゴスの思考を本当の意味で理解出来る数少ないNPCなのだ。アインズは、彼等二人を信頼し本当に頼っている。そういえば先日起動した、ぷにっと萌えさんの作っていた小悪魔娘のNPCの、ヘカテー・オルゴットが相当凄いという。現在基本設計に入っている城塞都市の担当部分を見事に熟しているとデミウルゴスから聞いている。

 また、大浴場の管理者になったダビド爺さんは、至高の一人のるし★ふぁーさん制作の誰にも懐かなかった湯を吐き出すLv.77のライオンゴーレム達を配下にしていた。最近ではルプスレギナがマナー違反で頭をかじられている……。

 

(みんな結構、作成者の雰囲気とか性格を引き継いでくれてるんだよなぁ)

 

 それだけに余計、愛おしく思える者達なのだ。自分のミスであったがアインズは、仲間が増えた事は良かったのかなと思えた。ただ、今回レベル数が400近く変動したため、久しぶりに一晩掛けて面倒な維持運営費用の調整を行う事になってしまった。一応、最大枠までの準備は随分前からしてあったので、大きい問題は無かったけれど。

 上空には僅かに雲はあるが、圧倒的に雄大で美しい星空が広がっており、モモンはしばらく眺めていた。さて、そろそろ焚火へ戻ろうかと思った頃、マーベロから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 

『モ、モモンさん。一人、ニニャがそちらへ』

「わかったよ」

 

 昨夜、皆が寝入った頃に、マーベロからニニャが実は女性だと知らされて少し驚いた。雰囲気的に中性の少年だと思っていたが、ニニャにも色々事情があるのだろう。アインズは知らないふりを続けていた。

 

「モモンさん、いいですか?」

「あれ? ニニャさんか。どうぞ」

「ニニャでいいですよ。敬語も無しで。星が綺麗ですね」

 

 ニニャもモモンの隣に並び夜空を見上げる。そうして二人で少し見ていると、ニニャが口を開いた。

 

「先程は、ありがとうございました」

「ん? 俺はただ座っていただけだけどね。ぺテルさんが上手く話してくれてたから。御礼を言われるほどでは」

「いえ、彼等が何もせず帰ったのはモモンさん達が居たからですよ。あの者達の気勢は――殺戮者のものでしたから」

 

 モモンにはそこまでは分からない。でも、ニニャは色々と遭遇しているのだろう。

 

「私は運がいいのかもしれません。危ない所を何度も他の人に助けて貰ってます。私が姉を探していると言う話を聞いてましたよね?」

「ああ」

「まだ何の力も無く一人では動けなかった11歳の時、村から連れ出してくれたのが、偶々ふらりと村を訪れた私の師匠でした。師匠は相手の魔法力を探知、識別できる生まれながらの異能(タレント)を持っていて、私に才能があると言って、弟子にしてくれ魔法を教えてくれたんです」

 

 ニニャは、師匠に凄く感謝していた。モモンらの前では「まだ村で何も前へ~」と話をしていたが、当時彼女を預かっていた叔母夫婦の冷たい扱いに、恐らくあと1、2年遅ければ自分も姉と同じく貴族へ差し出される運命であった気がしている。

 

「そうか」

 

 モモンはそう返すも、ニニャの師匠の生まれながらの異能(タレント)に関心が向いていた。

 先程の漆黒聖典の者の誰かといい、予想していたがやはり正確性の高い探知能力者もいるという事だ。ただ安心したのは、例外はあるだろうけど、それらは概ね下位の能力で上位を破れない水準と思われる。

 

「師匠は、弟子が独り立ち出来る頃には追い出す人で、私も急に追い出されて、未だに御礼を言えてないんですよね。その頃、ぺテル達に偶然会って、直ぐにチームに入れて貰えて感謝してるんです。一人だと突出していないと苦労するそうなので。でもそんな感謝の気持ちを、みんなに言葉では中々伝えられなくて……」

 

 加えてニニャには彼らに対し一つ、とても複雑に考えている気持ちがある。

 男と偽ってメンバーに加わっていることだ。

 皆との川での水浴びも、これまでは幸い胸が無かったため、シャツと下着を履いて浴び、何とか誤魔化してきた。ところが最近、少し胸が膨らみ始めてきていて、近いうちに誤魔化し切れなくなりそうで、ニニャはその時の皆の反応に不安が増している。

 だが、これを相談できる相手は――居ない。

 よその女性冒険者へ急に相談など出来るはずもなく。また、他チームの近い世代の男子は、勢い感が強く雰囲気的に対象外。結構年上の冒険者達もエ・ランテルには少なくないが荒くれも多く、落ち着きのある者らは基本妻帯者で、これも近付けない状況。結局、ダインに打ち明けるかと考え始めていた……。

 そんな時に、頼れる部外者のモモンが現れたのだ。

 女の子のマーベロもいる。女の勘でマーベロについては、モモンを慕っている関係だけの様に見えていた。

 

 モモンは、ニニャのそういった考えなど当然まだ知るよしもない。

 

「(まあ、仲間だと改めて礼を言うのは確かに恥ずかしいよなぁ……お互いさまだと思うし)そうだね、分かるよ」

「だから、モモンさん達にはちゃんと御礼を言っておこうかなと」

 

 ニニャはそう言うと微笑んだ。マーベロには向こう側でもう先に言ってあり、二人にきちんと礼が伝えられ、自分の話に彼が共感してくれたことが嬉しかった。

 そしてそれに加え……。

 ぺテルの話では、巨体の人食い大鬼(オーガ)を剣で両断するのは、筋力や剣技について並大抵では無理だと聞いている。普通なら大斧といった重さと勢いだけで押し切る形が、モモンは見事に切り落としていた。通常は分厚い筋肉に剣が途中で止まると言う。それが可能なのは恐らく、オリハルコンやアダマンタイト級ではないかと。ニニャもそう思う。

 自分のすぐ横に立ち星を眺める男性は、正に英雄級なのだと。

 自然と胸の奥が熱くなる。

 大きく包み込んでくれるような、どっしりとした圧倒的に強い存在。先ほどの殺戮者の恐ろしい気勢を前にするも、平然と座っていた。

 

(この人が味方なら――直ぐに姉さんを救い出せるかも)

 

 そう思わせる、いや確信させる存在。

 ニニャは、出来れば知り合ったこの縁を、『ウソの無い』親密さの増した形へ発展させたいと思い始めていた。

 モモンはニニャの礼の意味に理解を示し答える。

 

「そっか、わかったよニニャ」

「あの、モモンさん達は、これからもエ・ランテル中心で冒険者の仕事をするんですよね?」

「まあ、そのつもりだけど」

「これからも、街で話し掛けたり……相談とかしてもいいですか?」

「ああ、構わないよ」

「やったっ。じゃあ、これからも街でよろしくお願いしますね」

 

 ニニャは、良かったと普通に()()()()()ニッコリする。目の前の戦士には、早めに女であるという真実を打ち明けようと決める。ふと彼女はホッとした自分が今、少年の振りをしていた事を忘れ掛けていて、ちょっと焦っていた。

 

「その前に、まず明日の狩りを一緒に頑張ろうか、ニニャ」

 

 モモンは、その右手の重厚に出来た漆黒のガントレットで、ニニャの頭を撫でる。この二日は仲間であり、小動物としての愛着がわいたのかもしれない。

 

「あ……は、はい……」

 

 そう答える真っ赤な顔のニニャのハートに、高鳴る想いの稲妻が走っていた。

 その時、マーベロから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 タイミングの良さに一瞬、モモンはマズイと思ったが、耳に入って来た内容の方がヤバかった。

 

『モモンさん、西から60人以上の集団がこの位置を包囲するように近付いて来ます。漆黒の剣のメンバーが気が付く時には、包囲完了されている可能性が』

 

 モモンの頭に浮かんだのは、盗賊団である。

 そう言えば、先程北から接近する3人の話をマーベロが言い掛けていたが、あれは斥候であったのかもしれない。

 

「そろそろ、焚火の所に戻ろうか」

「そ、そうですね」

 

 モモンはニニャが傍に居る状況から、マーベロには間接的に答えて歩き始めた。

 焚火を囲うマーベロの傍へ戻り座ると、モモンはマーベロの後ろに下がる位置で〈伝言(メッセージ)〉を再びアルベドへ繋ぐ。言葉は鎧の中で最小ボリュームで。

 

 

『私だが、追加で急ぎ頼む』

「はい、アインズ様っ」

 

 ナザリック内に常駐のアルベドとしては、アインズの声が聞けて直接命じられる事は完全に『ご褒美』である。ずっとアレコレ命じて欲しいのだ。

 

『今、ここへ西から60名程が包囲展開で迫って来ている。恐らく盗賊団だ。先程依頼した件と同一かは分からんが、可能なら根城ごと殲滅し死体を回収しろ。私の周辺はこちらで対処する』

「畏まりました。では、直ちに〈転移門(ゲート)〉を使わせ――シャルティアと配下を向かわせます。あと、先ほどの御依頼は一通り手を打ちましたので」

『うむ、流石は〝愛しい〟アルベドだ、助かる。ではな』

「くふー! アインズ様ぁーー」

 

 アインズは、度重なる急ぎの要望へ応えてくれるアルベドへ、リップサービスを付けてやった。

 先程から情報確認のため第九層の統合管制室にあり、一瞬我が身を抱き締めるアルベドだが、〈伝言〉が切れると直ちに指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で第二階層へ〈転移〉する。そうしてシャルティアの屋敷に乗り込むと、「今度は何でありんす?」と言う彼女を連れて統合管制室へ戻った。シャルティア他数名には先の指令の二つ目と三つ目を告げてある。

 至高の御方の居る周辺は、すでに『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』数枚にて俯瞰監視されていた。

 

「シャルティア、直ちにこの位置に向かう盗賊団を一部泳がしつつ根城を突き止め殲滅し死体を回収せよとのアインズ様の指示です。但し先程も伝えた通り、特殊系統の武技の使い手は捕獲せよとのことよ。もしかすると、先の依頼と同じ盗賊団の可能性もあるわ」

 

 御方からの直接の仕事であり、シャルティアは顔の前で両手を握り嬉々とした表情を浮かべ俄然奮い立つ。

 

「分かったでありんすっ。すぐシモベらを連れて向かいますえ」

 

 一般メイドの操る鏡で位置を確認すると、シャルティアはアルベドに第二階層まで送られた。去り際にアルベドがエールを送る。

 

「しっかり頼んだわよ、シャルティア」

「もちろん、全力でありんすよ」

 

 絶対的支配者の勅命へ、二人は強力に手を組む。己の存在意義を敬愛する者へ示す為に。

 

 ナザリックへ連絡を終えたモモンは、マーベロへ小声でも明瞭に聞こえる〈伝言(メッセージ)〉を繋ぎ確認する。

 

奴ら(盗賊団)のレベルはどれぐらい?」

「えっと、漆黒の剣の水準を超えているのは10人程です。突出した者はいません。最高でLv.15です。いつもの強化を彼等へ一通り掛ければ、水準で上回るのは3名ほどになります」

「俺達は大丈夫だけど、数が多いな。シャルティアが割って入るけど、戦闘は避けられないか」

 

 マーベロも、『漆黒の剣』や女戦士の持つ、モモン達の噂を広めてくれるメリットは理解している。しかし彼女はそれよりもと、別の件で真剣な表情をし、モモンへ尋ねてきた。

 

「あ、あの、やはりあの方(アルベド様)は……愛しいですか?」

 

 この状況で聞く話かとも思うが、ザコにすぎない盗賊団やペテル達の生死よりも、マーベロには断然重要である。

 モモンは、間違えれば大変な事になると、冷静に言葉を返した。

 

「マーベロ、俺は――〝皆〟を愛しているぞ」

「あ、愛している……愛している……愛して…………」

「皆をだぞ、皆をだ」

 

 主が念を押すように繰り返すも、既に幸せいっぱいで聞こえていない模様。

 フードで隠れて見えないが、すっかりほにゃ顔のマーベロは「えへへ」と言うデレの声を漏らしつつ、頬だけでなく耳までも真っ赤になっていた。

 その時、緊迫した声が上がる。

 

「おい、すげーやばいぜっ。周囲から一杯こっちに来るぞ。この感じは人間だが、10や20じゃない感じだっ」

 

 流石にルクルットも、異変に気が付いたらしい。それだけ、もう近いと言う事だ。

 

「ええっ、まさか盗賊団っ?!」

 

 ブリタが真っ先に恐怖を覚える。暗闇の中で実際に襲われ刺されて、大勢に追われ死ぬ思いをしているのだ。十分トラウマが蘇るレベルである。連中は、切り殺した後に、装備やアイテム、所持金を全て剥ぎ取り奪い去っていく。

 

「くっ、個別だと直ぐに囲まれる。みんなで円陣を組もう」

 

 ぺテルが立ち上がると、焚火の所から離れながらこっちだと、冷静に皆へ最善策を伝える。ここで走って逃げると、足の遅い者から餌食になるのだ。彼は仲間を見捨てる内容の作戦を初めから破棄した。

 それは――漆黒の鎧を纏う戦士と純白のローブの魔法詠唱者が居るからでもある。

 

「ペテルさん達5人は、円陣で互いに背を合わせて身を守っていてください。俺とマーベロは側面から別働隊で狩っていきますので」

 

 ここでペテル達は、月と星の光だけの薄闇の下、モモンが背負うグレートソードを2本とも抜くのを初めて見る。これまでの狩りでは一本だけであった。その一本でも分厚く重い剣なのだ。両手で自在に振れるだけでも十分凄い。

 もう一本はもしかすると予備じゃないのかと、ルクルットがモモンの居ない時に冗談で言っていたが、全くそんな事はないのである。

 目の前で、モモンは二本の剣を其々片手で軽々と振ってみせていた。

 

「す、すげぇ」

「なんて人だ……」

「唖然とするしかなのである」

「……英雄……ですね」

「い、生き残れそうな気がしてきたわっ」

 

 5人の前で、今度はやっと現実へ我に返ってきたマーベロが舞う。

 

「〈飛行(フライ)〉」

 

 第3位階魔法でも有名である魔法だが、使える人間は限られている。そして空に上がれば、遠距離攻撃以外ではダメージを受けないという最高のアドバンテージを得るのだ。

 さらに、マーベロはぺテル達へ詠唱する。

 

「〈衣装強化(リーインフォース・コスチューム)〉、〈鎧強化(リーインフォース・アーマー)〉、〈下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉、〈下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)〉、〈下位属性防御(レッサー・プロテクションエナジー)〉」

 

 この支援魔法で5人のステータスは大幅に上昇する。

 

「きたきたっ、マーベロさんの支援魔法っ。サイコー!」

「負ける気がしないである!」

「みんな、生き残るぞぉっ!」

「「「「「おおおーーーっ!」」」」」

 

 ペテルの気合を入れる掛け声に士気が上がる。

 そうしていると、目の前に数名の男達が現れ始めた。彼らはすでに殺気を漂わせ、目が血走り剣を抜き放っている。

 どう見ても友好的に見える者達では無く、犯罪者確定である。そんな者達へモモンは、泰然と歩を進めつつ言葉を送る。

 

「死にたくなければ帰ることを勧めるよ?」

 

 盗賊団の面々は、初め巨躯で見事な漆黒の全身甲冑の男に驚いたが、Lv.15の屈強らしき体躯の男と、鎧姿の団長と呼ばれる口許に髭を生やすリーダー風の男がすぐ現れると徒党を組んで、モモン達を包囲しつつ近付いて来た。

 

「はははっ、多勢に無勢という兵法を知らないのか?」

 

 その団長は数の優位を主張し、余裕の態度を示す。

 だが、モモンはそれにこう返した。

 

「いやいや、数と言っても、対等な力がないと意味がないでしょ? 兎が集まっても獅子は倒せないんだし」

 

 カチンと来たその団長の男は、目を細めると戦いの始まりを告げる。

 

「やれ、皆殺しだっ!」

 

 彼の声を皮切りに部下らは動き出す。

 

「ひゃっはぁぁーーー!」

「いけいけぇっ!」

「うおおおおおーーーー!」

 

 圧倒する数を頼りに、団員は単調に数名ずつ纏まる感じで突撃して来た。ぺテル達の周りにも迫り、順次襲いかかっていく。

 だがまず一番近いモモンへと、正面から盗賊達が4人掛かりで斬り込んできた。

 モモンまであと一歩という距離まで来た時に、横からの突風が吹く。

 

 いや――それは横へ一閃の斬撃であった。返しは要らない。

 

 剣が起こした風が過ぎ去ると、鎧ごと上半身の切り離された人の体が4体転がっていた。人食い大鬼(オーガ)と同じ結果である。

 敵は全て死すべし。

 モモンにとってこの者達は、会話を交わし仲間として行動を共にし愛着の少し出てきたペテル達とは全く違い、ただの殺しに来た敵という存在に過ぎない。情けを掛ける道理がモモンにはない。

 

「「「「…………!?」」」」

 

 次元の違うモモンの強さに、敵味方の全員が絶句する。

 だが、盗賊団の団長は、そこで固まらずに団員を鼓舞する。

 

「ええい、ソイツには距離を取り離れて矢を使え。他の者を先に殺せっ! まだまだこっちが有利だぞ」

 

 結構、まっとうな指示を出すなぁとモモンは感心する。

 ぺテル達へも十人以上が囲み迫った。しかし、そこへ側面から削るように声が響く。

 

「〈雷撃(ライトニング)〉!、〈火球(ファイヤーボール)〉っ!」

 

 上空のマーベロから放たれた鋭い〈雷撃〉が3人を貫通する。そして、別の方向から迫る五名の団員へ、火力の有る火の玉が襲った。〈雷撃〉を受けた者は卒倒し、〈火球〉を受けた者は地を転がり直に動かなくなった。

 これで、ペテル達への接敵は5人ほどになる。ダインの〈植物の絡み付き(トワイン・プラント)〉やニニャの〈魔法(マジック)の矢(マジック・アロー)〉で自由を制限され傷ついた盗賊らを、ペテルにブリタやルクルットが協力して切り倒していった。

 一方、モモンの速い動きに当然矢など当たらず、真っ二つになった死体が増えていく。結局、盗賊団側はたった10分経たずで、35名以上が地面に躯として転がっていた。一時姿を見せたのは合わせて40名程だ。20名程はシャルティアが後方で対処した様子である。

 そして、モモンはぺテル達から少し離れた場所で、静かに左手のグレートソードを振り上げ、盗賊団のリーダーの前に立っていた。すでに、それ以外の盗賊達は逃げ去った模様。

 

「わ、悪かった。助けてくれ……なっ。そうだ、金をやろう。金貨100枚だっ」

「おいおい今更かよ。だから最初に忠告したのにな。それに、今までそう言われた時にどうして来たのか思い出したらどうだ? 残念ながら、俺の邪魔をしたお前の自業自得だよ。安心しろ、死んだ後で役に立てるから」

「ひっ、ひぃぃぃぃーーー!」

 

 モモンは団長を容赦なく二つに一閃した。

 その直後、彼の思考に〈伝言(メッセージ)〉のコールが入る。

 

 

 

 

 

 シャルティアは、4体の美しいシモベであるLv.26の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を率いて〈転移門(ゲート)〉からこの草原の地へ現れると、嬉々としてあっという間に20名程を狩り殺す。守護者最強の実力はこの新世界では、正にほぼ無敵である。今も、小指一本しか使っていない。

 彼女の頭上には特殊技能(スキル)である血を集めたブラッドプールが浮かぶ。高位の魔法の源になるのだ。

 

「お前達、死体を早く集めろ。我らの主であるアインズ様がご所望のものだ」

「は、はい」

「ただ今」

 

 階層守護者である彼女は、シモベ達に対して『ありんす』などの廓言葉は余り使っていない。

 盗賊達の死体を吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達に集めさせると、〈転移門(ゲート)〉を開いて素早く地上施設の中央霊廟から第一階層の霊廟に運び込ませた。そして、〈人間種魅了(チャームパーソン)〉で操るよう生かしていた一人を根城へと先導させる。

 盗賊団は、それでもまだ東方の山脈北端部付近の根城に20人を超えて残っていた。

 そこへシャルティアは、3体のシモベを外に残し、正面から悠々と乗り込んでいく。この新世界の通常の飛び道具では、全く彼女には通用しない。いや、一歩前を歩くシモベの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)で全て止められていた。

 そうして、入口から近い位置で10人程狩り倒す。

 

「退屈で、ありんすねぇ……」

 

 通路状の洞窟を進みながら余裕の言葉を呟いていると、前方を歩いていたシモベが、前に立っていた変わった剣……確か刀と聞いていた得物を持つ青年剣士に、僅かに斬られて下がって来た。だが切られたシモベの傷は一瞬で治る。

 

「ヴァンパイアか」

 

 その青年が厄介そうに呟く。

 この場へ来て、初めてシモベを下がらせる者の登場にシャルティアは、期待し一歩前へ出てその者を眺める。だが――その瞬間に興味は霧散する。

 シャルティアも相手の動きを見れば、大まかな強さは推測出来るのだ。見たところ、目の前の男は、シモベの吸血鬼の花嫁には勝るが、その程度の水準であった。

 彼が20人いて、些か暇つぶしになるかという存在だ。だから彼女は次に期待する。

 

「他にも、お友達がいればお呼びになってもかまいんせんよ?」

「いらんよ、ザコがいくらいても邪魔なだけだ。ブレイン・アングラウスだ………………そっちの名前は?」

「ああ、名前を知りたかったのでありんか。シャルティア・ブラッドフォールン。一方的に楽しませてくんなましな」

 

 そう言って、両者は戦いに突入した。

 ブレインと名乗る青年は納刀した状態で柄を握ると、勝利へ自信満々に気合を入れてくる。そこへシャルティアが無造作に間合いを歩いて詰めると、彼は全力で攻撃を放ってきたように見えた。でもそれは、シャルティアには余りに遅すぎる予想通りといえる攻撃であった。彼女は普通に瞬きをしながら、親指と小指で刃を後ろから遅れて止める形に摘まみ止める。

 これまで自分の才を疑わなかった青年天才剣士のブレインが、鍛えに鍛えた全開の力と技で放った超高速の一撃――秘剣『虎落笛(もがりぶえ)』。武技〈瞬閃〉の先に極めた一撃必殺の〈神閃〉と、間合い内において極限まで攻撃命中率と回避率を上昇させる〈領域〉を組み合わせた彼最高のオリジナル技だ。しかしそれが、真祖の姫には遅すぎて全く通じない――。

 

「バ……、化け物……」

「やっと理解してくれたでありんすか。そろそろ、準備も出来んしたかえ? さぁ次は、私に武技を見せてくりゃれ」

「くっ……、そ、そのように見えたか。うおぉぉぉーーー!」

 

 渾身の武技を見せたつもりのブレインは精神的衝撃に震えながら、数撃鋭い攻撃を見舞うも、シャルティアは欠伸をしつつ小指の爪で全てを弾き飛ばしてみせた。

 そして彼女は気付く。一番初めの剣速が僅かに速かったかなと。

 

「……もしかして、最初のが武技でありんしたか。申し訳ないでありんすえ。私が計れる強さの物差しは1メートルから。1ミリ単位の差はなかなか気付かないでありんす」

 

 まあ、その差にきちんと気付くところも凄いのだが。

 その言葉に、目の前の青年は愕然とした表情を浮かべていた。

 余程ショックであったのだろう、目元へ僅かに涙まで浮かんでいるみたいであった。シャルティアは、少し慰めてやる。

 

「安心してくりゃんせ。武技が使えるのであれば、あの方のお役に立てるでありんすから。お前は他とは違い、とりあえず生かして連れて来るように言われてるでありんすよ。だから、この場では死なずに済むでありんすえ」

 

 ブレインは完全に戦意だけでなく自信を喪失し、シャルティアへ背を向けると逃げ出した。

 

「今度は鬼ごっこでありんすか?」

 

 目の前の青年が、どうやらここでは最強の模様。

 彼女は暇であった。それが理由。

 だから、シャルティアは溜めていた血を高位の魔法へ取っては置かずに――被った。

 シャルティアは、偶に相手を甘く見てしまう欠点がある。

 逃走した青年を追うように、シャルティアとシモベは中へと進む。

 奥では机や家具まで使いバリケードを作っていたが、ブレインが敗走して更に奥へと下がったのを見て動揺が走る。

 すると、続いてナニかがやって来た。

 それはシャルティアが血を浴びた時に起こる、血の狂乱と呼ばれる状態。この時攻撃力は上昇する。しかし、興奮で暴走状態となり、判断力が著しく低下するのだ。だがつまらない状態でも一気にテンションは上がる。

 そして、小柄だがまさに異形種に相応しい怪物の姿となる……それはユグドラシルにおける真祖(トゥルーヴァンパイア)の姿。

 普段のシャルティアの姿が美しいのは、あくまでも造物主であるペロロンチーノの入魂によるものなのだ。

 

「鬼ごっこの次はァ、かくれんぼォォォーー?」

 

 長い髪を振り乱し、四つん這いの状態と、イソギンチャクを上から見た感じの口許から蛇みたいに長く赤い舌が出ている。アインズの前では余り見せない姿。

 

「ひぃぃーーー」

「ば、化け物だぁ」

「ヤツメウナギィィィ」

 

 怪物を相手に人間種ではなすすべが無かった。1分も掛からず全員分の躯が洞窟の床へ転がる。

 そして逃げた武技使いを追い奥へ進む。しかし、そこにあったのは抜け道であった。

 

「あぁ? アアァァァ、これはァ、逃げ道かァァーー?!」

 

 だが、まだ時間は経っていない。まだ追い付けるはずである。

 

「シャルティア様、私達は残党を探しつつ、死体を纏めておきましょうか」

「……お前達は、そうしていろぉ。私はァ、武技使いを捕まえてくるゥゥゥ」

「はっ」

 

 焦りを覚えたシャルティアは、獣の如く逃げ道を通って追い掛ける。

 それは盗賊団の根城の裏側に繋がっていた。そこから回りを囲む森の木々に遮られて目測では見付けられない。シャルティアは大木の上まで駆け上がる。しかし眼下には広大な山裾の森林が広がっていた。

 

「くそぉ。眷属たちよ、あの武技使いを探し出せェェェェッ!」

 

 するとシャルティアの足元より、木の幹を這って影が幾筋も伸びていき地上へ届くと、それらが吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)へと姿を変え走り始める。

 狼達は、少し強い人間を探し求め森の中へと分散していった。

 シャルティアが木の上で待つこと20分。

 すると、西側の森の外れで、二体の眷属が消滅したのを感じた。

 

(なにぃっ、あの子達が倒されたァァ?! あのブレインという男が屠っているのかぁ?)

 

 少し違和感を覚えた。見つけたら眷属から知らせがあるはずだが、それが無くあっという間に消滅させられた感覚。

 しかし手掛かりがない以上行ってみるしかない。

 次の瞬間にシャルティアは、木から降りて疾風となって森の中を走り出していた。

 

 

 

「なんだ、あの怪物(モンスター)は……?」

吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)ね。難度は60と言うところ。でも、相変わらずよね、逃げようとしてたのにツブすなんて」

「連中は人類の敵。俺の目に止まったものを生かして返すわけないだろ」

 

 『深探見知』が怪物(モンスター)の接近を探知すると、それを『人間最強』が無手の連撃で倒していた。

 漆黒聖典の竜王確認遠征隊は、あれから少し北へ戦車を走らせた森に近いところで野営をしていた。彼らも人間であり、休息は必要なのだ。

 馬車の横で焚火を三人で囲み休んでいた。御者の兵は「私はここで」と英雄達へ遠慮もあり御者台で休んでいる。

 先程は、食事を取った後の会話が途切れ、軽く横になり休もうとした時であった。森の中から接近して来る何かを『深探見知』が感じ取ったのだ。

 難度が60というのは、人間種にとってかなり手強い相手。ミスリルやオリハルコン級の水準。

 だが漆黒聖典の水準は、全員が難度90を上回る。特に『隊長』は難度で200を軽く上回っているバケモノである。

 吸血鬼の狼の相手をした『人間最強』も難度120を上回っており敵ではなかった。

 

「"人間最強"、言っておいたはずだ。我々は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の確認をするのが今回の任務だ。まあ、今は移動していない状況で遅れはないからいいが、余計な戦いはするな」

「へいへい、リーダ殿。気を付けるでありますよ」

 

 『巨盾万壁』の忠告にも、お道化る様に『人間最強』が返していた。

 

「でも、吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)って吸血鬼(ヴァンパイア)のシモベよね。……近くにいたりして」

「ふっ、安心しろ。俺の『神の拳』で返り討ちだな」

「言った傍からそれか、"人間最強"。襲って来るならともかく、面倒事を増やすような動きはするな。なるべく早く神都に帰ってくるようにと、直接、神官長や隊長から言わたのを忘れていないだろうな?」

「へーい、明日も早いし休もうぜ」

「では、私がお先で」

 

 そんな感じに『深探見知』が再び休もうとしたのだが――横になった瞬間に彼女は飛び起きた。

 

「なっ、何よこれっ。難度200を超えるのが凄い速さでこっちに近付いて来るんだけどっ!」

「全く、"深探見知"まで。冗談はやめろ」

「はははっ。"深探見知"、やるな。でもその冗談はナシだぜ。休む前に脅かそうとするなよ。あとな、200は盛り過ぎだ」

 

 『巨盾万壁』と『人間最強』は寝る前の冗談だと決めつける。それに『深探見知』は真剣にすぐ反論した。

 

「ちょっとリーダー、本当なんだってっ! これ、嘘じゃないっ。大変だよ! あと数分で来るよ」

「……200って? 本当かよ……」

「…………全員、戦闘準備だ」

「「了解っ」」

 

 3人は立ち上がると、手際よく再装備し、馬車の反対側の森側に移った。

 しばしじっと待つと、『深探見知』が呟く。

 

「来た……」

 

 3人とも闇視(ダーク・ヴィジョン)で森の方も凝視する。

 すると、森からそれは出て来た。小柄に見える1体のモンスターがそこに立っている。

 

「うっ」

「……」

「うそっ」

 

 姿は髪を振り乱し、口から長い舌が伸びる吸血鬼の姿であった。

 化け物とは200メートル近い距離があったが、その強さは全員へビリビリと伝わってきた。

 『巨盾万壁』は一歩前で最強の盾を構えて防御態勢に入る。

 いつもなら、前へ打って出る『人間最強』は動けなかった。

 『深探見知』が一番キツイ状況となる。強さがダイレクトに確認出来る。目の前にいるモノは信じられないが『隊長』と同様に――測定上限を軽く超えていた。

 さらに気の所為かもと思いつつ、『隊長』をも上回っている感覚がしている。

 

 それは、すなわち完全に次元の違う強さだ。

 

 シャルティアはそこに立ち、二つの強烈な思考の板挟みになっていた。

 一つは、武技使いに逃げられてしまった事への怒りで暴れたい。そして、目の前の漆黒聖典は目的が分かるまで見逃せという指令に。

 

「コイツラはァァァ、アルベドから聞いている、行先について行動監視されている連中ゥゥゥゥ。クソォォォォ」

 

 怒りは治まらないが、手を出すことはアインズ様からの命令に背く行為に他ならない。今は絶対に手を出せない。例え暴走していてもその認識だけはハッキリと出来た。

 シャルティアは、やむを得ず静かにその場を立ち去るしかなかった。

 

 漆黒聖典の3人は、その場へ片膝を付いたり、座り込む。

 

「なんなんだ今のは……冗談じゃねぇ」

「……間違いなく難度200を超えてたの……」

「……法国のこんな近くにあれ程の怪物が居るとは」

 

 衝撃を受け、30分程、彼らはその場から動けなかった――。

 

 シャルティアは盗賊団の根城内へと戻る。

 その時には、真祖の姿からいつもの美少女の姿に戻っていた。そして吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)のシモベ達に根城内で集めさせた死体を〈転移門(ゲート)〉を開いて地上から第一階層の霊廟に運び込ませる。

 また、残党を調べた際、盗賊団に囚われていた10名程の女達が奥へ残されてる事に、シモベ達が気付いた。

 死体の運び込みが終わると、シモベ達は次の仕事としてシャルティアへ確認してきた。

 

「あの女達をどうしましょうか?」

「ああ? そんなこと知るかよっ! 我が君に献上する武技使いに我々を見られた上で逃げられ、漆黒聖典にまで姿を見られてしまったんだぞ、それどころじゃないっ!」

 

 結局、ブレインには見事に逃げられ、行方は分からなかった。

 彼には普段の姿を見られているためかなりの失態である。

 幸いナザリックとアインズの名前は出していない為、どちらも関連を確定させるものが無い事が救いだ。傷はまだ浅いはず。

 腹いせに女達をぶっ殺すかと一瞬思ったが、余計である事かもしれず、これ以上の失態は増やせない。

 

「うーん、なんとか―――そ、そうだわっ。我が君に、その女達を救出して頂ければ、名声を高める手助けになるのではっ!」

 

 死体回収だけでは、言われたことをただ熟したに過ぎない、使えないダメな子になってしまう。そう考えたシャルティアは、アインズへと、〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

「ア、アインズ様っ」

『ん、シャルティアか、どうした?』

「実は……盗賊団のアジトで、囚われている10名程の女達を見つけました。これをアインズ様が救出すれば名声が上がるのではと。こちらの顔はまだ見られておりません。盗賊団員はすでにナザリックへ運び込んで、他に誰も居ない状態です。根城は我が君のいらっしゃる場所から、北東方向にある山岳の北の端にあります」

『……なるほど、良い考えだ。まず……私がそちらに向かう。途中から道案内を頼む。お前達は一度そこから撤収し、後でこちらに散乱している死体も可能な限りそっと回収しておいてくれ。ではな』

「はい」

 

 二つの失態については当然報告するが、この会話では時間の無駄になると考え差し控えていた。シャルティア達は一旦、ナザリックの第一階層の霊廟へと帰還した。

 

 

 

 盗賊団の団長を一閃したモモンの下へ、マーベロが空から降りて来た。

 

「マーベロ、丁度いいところへ来てくれたな。シャルティアから連絡があって、これから盗賊団の根城へ捕虜になっているという女性達を救出しに行ってくるよ。盗賊団掃討に加えて、ついでという形で名声が上がることだろう。マーベロは、俺から道を聞いてるとして、俺を探知しながら皆を連れて少し遅れてついて来てほしいんだ。俺はこの団長から、囚われている女性達の事と根城までの場所を聞いたことにするから」

「わ、分かりました」

 

 直ちに、マーベロは皆のところに時間が掛かるように、ローブを翻しながらたたたと乙女走りで可愛く駆けていった。

 モモンは、グレートソードを背に納めると走り始める。その素早い速度により、10分程で山岳の傍に近付いて来た。

 

「我が君」

「シャルティアか」

 

 彼女は〈飛行(フライ)〉で傍を飛んでいるようだが、不可視化を掛けているようだ。

 

「もう少し右側寄りでお進みくださいまし。……あの……」

「ん?」

 

 シャルティアは盗賊団の根城へアインズを案内しつつ、胸に(つか)えながらも先程の二つの失態をすべて報告した。やはりアインズの兜の内側に光る目が一瞬細まったように見えたが、彼の言葉は「そうか」とだけであった。

 シャルティアは叱責されないのを不思議に思い、根城の入口まで到着した時に姿を見せ尋ねる。

 

「我が君、なぜ私をお叱りにならないのでありんすか?」

「確かに失態ではある。だが、その後、最善策を取ろうとしたな。それからプラスになることはないかと考えてくれている。致命的か、反省が見られない様なら叱責が必要だが、今回は必要あるまい。信用が無い盗賊など放っておいても構わなかったのだがな。何を言おうと誰も真に受けないだろう?」

「あ、ぁぁぁぁ」

 

 シャルティアは、自らの愚かさにその場で頭を抱える。

 

「それより、漆黒聖典に見られた事の方が後を引きそうだが……まあ、問題が起これば皆で考えよう。我々は一人では無いのだからな」

 

 アインズは、随分落ち込んでいるシャルティアの頭を優しく撫でてやった。

 

「我が君……」

 

 こんな失態をした自分への、髪へ頭へ触れる慰めのナデナデを受け、シャルティアは喜びに震える。頬が染まり瞳が潤む。触ってもらえていることが嬉しいのだ。もっと体へも触って欲しい。

 先日の霊廟でのお姫様だっこが記憶に新しい。女として、愛しい人に抱き締められたい想いが湧くが、それは――この失態を挽回した時だと考え始めていた。

 スレイン法国最高戦力の漆黒聖典の3人だろうと、シャルティアの敵ではない。彼女は連中と戦いになった時は、漆黒聖典全員を相手に一人で勝利する姿を我が君へお見せしようと密かに決意する。

 モモンは、シャルティアへ「では、向こう側の死体回収を頼んだぞ」と告げ、単身で盗賊団の根城に足を踏み入れる。

 シャルティアが殆ど吸い上げたため、血の跡はほぼ残っていない。これならば、死体が無くても皆へ『脅すと残党はどこかへ散り散りに逃げた』と言い訳すれば辻褄は合うだろう。

 奥の一角へ進むと、女達が牢獄らしき太い木の柵が施された部屋へ押し込まれていた。モモンは「俺はエ・ランテルの冒険者でモモンと言います、皆さんを助けに来ました。盗賊団はもういないので安心してください」とグレートソードで錠前を叩き切り解放する。

 捕えられていた女達に少し話を聞くと、冒険者に商人、旅人、村娘と色々な所から連れて来られていたようだ。

 1時間ほど経つ頃、マーベロに連れられペテル達がやって来た。その後、解放された女性達は同じ女性のブリタに任せる。

 しかし盗賊団にも襲われ、救助も行い、もはやモンスター狩りどころではなくなった。

 モモン達は交代で番をしながら仮眠を取り、朝を迎えると根城に残されていた馬車を使って、女性達をエ・ランテルへ移送した。根城に有った、金貨約650枚と宝石、アイテム類も積んで。

 昼前に到着した北西の門では、襲われた経緯他も含めて事情聴取などで色々大変な事になった。結局解放されたのは夕方である。

 そのあと、冒険者組合へ向かい、狩ったモンスターを鑑定してもらい賞金を得た。合計で金貨6枚銀貨6枚。モモンは人数割りになるかと思ったのだが、ペテル達やブリタからモモンとマーベロは其々二人分ずつ受け取って欲しいと、モモンとマーベロで九分の四の金貨2枚銀貨16枚を渡され受け取る。

 その後は酒場で打ち上げになった。話題は色々と尽きない。

 まず、持ち帰った金貨や宝石等については役所へ全て提出したが、功労金としてのちに10分の1の配分があると聞いてルクルットとブリタは興奮が隠せない。おそらく金貨で100枚近い額になるだろう。

 しかし、ここで冷静にダインが釘を刺す。

 

「これは、全部モモンさんが指示していた事である」

「うっ」

「そ、それはそうだけどぉ……」

 

 確かに手伝いはしたが、ダインとしては分け前を考えるというのは図々しい考えに思えたのだ。

 だが、モモンも移送を十分手伝ってもらっているし、ブリタは女性達をケアしてくれていた事もあり考えていたところである。

 

「皆さんには移送時に手伝ってもらってますので、こうしましょうか。功労金があった場合、3割をお渡ししますので、そちらで均等割りにしてもらえれば」

 

 3割でも金貨30枚ほどになり、各自6枚の配分。大金である。

 

「えっ、ほ、本当に!? そんなに多くていいのっ?」

 

 ブリタは、ダインの話は尤もだと思い、金貨を1枚も貰えれば十分だと思っていたのだ。

 だが、ここで漆黒の剣のリーダであるペテルが発言した。

 

「モモンさん、有り難い話ですが、功労金は全額モモンさんの方で受け取ってください。気を悪くしないでもらいたいのですが、私達には少し荷が重いので」

「……そうですね。ペテルの言う通りかも。功労金を貰うという事は、盗賊団討伐について周りから、モモンさんのチームとある程度比肩するという目で見られるわけですよ?」

 

 ニニャの言葉に、ブリタとルクルットは冒険者社会の現実を思い出す。

 栄光だけでなく妬みや、威嚇などもされることになるのだ。

 

「そ、それは……無理かも……」

「うぁ、そりゃ、確かに受け取れないなぁ……」

 

 モモンやマーベロの『コレが強者だ』という戦いを見てしまっている者達は、それで納得した。

 

「なるほど。ではせめて――ここの支払いは俺が全額持つということでどうですか?」

「それなら、ありがたく」

 

 ペテルの言葉に、皆が続いた。

 

「モモン氏は、本当に太っ腹であるっ」

「じゃあ、遠慮なく」

「おおぅ、飲むぞ、食うぞぉ!」

「お腹一杯に食べるわよっ」

 

 テーブルに運ばれてくる山ほどの食事を、ダインとルクルットを主力に次々と平らげていった。

 それからは暫く狩りでの話や、モモン達の活躍を振り返って盛り上がる。

 次に『漆黒の剣』はペテルとダインのチームが元で始まった話も出てきた。そこからルクルットとニニャの加入話まで進む。それが終わる頃には皆のお腹も十分膨れてきていた。一段落着くと、今後の話が始まっていた。

 『漆黒の剣』らは、地道に(ゴールド)級冒険者を目指すと言う。モモン達も上を目指すと言うと、ペテルからは今回の件で、(ゴールド)級に上がるんじゃないかと告げられる。

 モモンとしては、次は(アイアン)級かと地道な昇級を想定していた。しかし、どうやら冒険者でも飛び級があるらしい。

 

「各階級へは、何か明確に基準があるのかな?」

「それは冒険者組合が判断しているようですよ。働きに応じた階級制を提言していますから」

「へぇ」

 

 最高位のアダマンタイト級冒険者には何をすればなれるのか。モモンは飲み物を口に運びつつ、ちょっとそんなことを考えていた。

 すると、ルクルットが不意にマーベロへ質問する。

 

「マーベロさんって、やっぱり――モモンさんと結婚するつもりなの?」

 

 モモンと何故か――ニニャが飲みかけていたスープをブッと噴いていた。

 

「……そ、そのつもりですが……モモンさんが良ければ……(いつでも)」

 

 食事中なので、フードを下ろしているマーベロは、真っ赤になり俯きつつも、そうしっかり言い切っていた。最後の語尾だけは、誰にも聞こえない声になっていたが。

 

(そうなんだ……)

 

 モモンは口元を冷静に拭きつつ、マーベロの想いを噛みしめる。

 だがモモンにずっと噛みしめている暇は無い。当然、マーベロの想いになんと答えるのかと、周囲の視線が向いているのだ。

 ニニャは自分でも気付かないうちに、真剣さのある視線を送っていた。姉を助け出す為に……と思いつつ、それだけでもない想いが膨らみつつあったから。

 そういった想いを他所に、モモンは周囲の雰囲気に押し出されるようではあったが、それなりの答えを口から吐き出していた。

 

「マーベロ、俺達の目指すアダマンタイト級冒険者への道はまだ遥か遠い。その気持ちは早いと思うよ」

「は、はい、モモンさん」

 

 アダマンタイト級冒険者には並大抵では成れない。それは誰もが知っている事である。なぜなら王国全土でたった2組しかいないのだ。才能が有ろうとも、他の全てを一時は忘れるぐらいでなければと。

 なにやら二人の関係を、周りは見たような気にさせられる言葉のやり取りであった。

 

「そうかー、みんな確かに色々目的があるよな」

「で、あるなっ!」

「……そ、そうですよね」

「我々、“漆黒の(つるぎ)”も負けていられないな」

 

 どうやらルクルットやペテル達が、納得してくれる答えだったようだ。モモンは内心でほっとする。

 ふと、ブリタだけがしょげていた。

 

「私は、どうするかなぁ」

 

 モモン達にしろ、漆黒の剣にしろ、きちんとした目標が有りそれへ向かって行こうとしている。自分も二十歳が近付き、頭の片隅には適齢期が後半に移りかけている結婚もある。しかし、冒険者の生活が嫌いでは無い。多くの新しい事に出会えるから。王都の近くにも行ったり、トブの大森林にも行ったりした。出来れば伴侶も冒険者がいいなと思っていた。一方で最近、死と隣り合う生活の怖さも突きつけられている。いっそ旦那は商人や鍛冶屋とかでもいいのかもしれないと。

 正直、自分の道に迷い始めていた。

 

「それって、冒険者を続けるかって事?」

 

 ルクルットがストレートに聞いてきた。生死を共にし、結構本音で皆が話し合えるようになっている。

 

「色々込みね。とりあえず、一人じゃ仕事も熟せないもの」

「そ、そりゃそうだよな……」

 

 だが、『漆黒の剣』もこれまで追加加入させずに4人でこれまで頑張ってきたこともあり、加えてルクルットはリーダーでもなく、じゃあ入れよとは言える立場でも権限もない。

 一方、モモンチームへ入るには余りにレベルが高すぎ、どう考えてもお荷物にしかならない為、誘われようとも断るのが冒険者の常識である。

 ここでモモンは提案してみた。

 

「急に決める事もないと思うけど、例えば、試しに村で暮らしてみるとかどうかな? 実はカルネ村というところが、住民を募集してるみたいなんだよ。そこには戦士は少ないから役に立てるだろうし、農業を教わることも出来ると思うよ。あと7日後ぐらいに、その村まで護衛の仕事があるんだけど。一緒に行くなら連れていけるけど」

「バレアレ氏の、引っ越しの件であるな」

「そう、それ」

「……村かぁ。どうしようかな」

「当日でもいいよ。それまで考えてみたら?」

「分かった。ありがと、モモンさん。ふふ、やっぱり違うわねー」

 

 ブリタも女の子である。なんやかんやで、強い男には一目置いている。だが、これまで見てきた強い冒険者達はやはり、曲者というか色欲が絡んでいて、クリーンに思える雰囲気が少ないのだ。良くてグレーである。少し近付くと、夜に声を掛けられるのだ。

 自分の身体にそれ程価値があるとは思っていないが、出来れば好きになってからという思いがあり、誰の部屋へも踏み込んではいない。

 このモモンという人は、例外中の例外かもしれない。これまで見た強い男達と、強さの次元がまず違う。述べる言葉も正論。気前もいい。気遣いや面倒見もいい……。

 

(あれっ……彼、なんか凄く良くない?)

 

 ブリタも――何かに気が付き始めた。

 

 打ち上げが終わり、また再会をと店の前で言葉を交わし、皆がそれぞれの宿へと散ってゆく。

 すでに城門は閉まっている時間であり、モモン達も普通に宿を取った。そして二人は翌朝エ・ランテルを後にする。

 

 

 

 

 

 アインズは馬車の窓の外を眺めながら、何か長い間考え事をしていた気がした。

 気が付くと彼の右手は、横に座るソリュシャンにいつの間か腕を組む形から、頬を染める彼女の大きい胸元で大事に抱き締められていた。手の甲にとても柔らかい感触が広がるように感じられて、ふと我に返る。

 

「ソリュシャンよ、何をしている?」

「アインズ様の大事な御手をお守りしております」

 

 更に目を左に振ると美しいナーベラルまでもがソリュシャンと同様に白い肌を耳まで真っ赤にしつつ、アインズの左手をその大きな胸元で大事に抱き締めていた。

 

「ナーベラル?」

「ア、アインズ様、一命に替えてお守りいたします」

 

 意味が分からない。とりあえず、視線を前へ向けたときに、シズとルベドがハンカチを噛みしめている姿と、すでに破れ散ったものが足元に――積もっていた。

 先程から席を入れ替わり立ち代わりしている感じの気がしたが、どうも『悔しがらせ大会』をしていた模様である。

 暇なんだなとアインズは諦めた……。

 窓の風景の先に、夕暮れを迎え真っ赤に染まり始めた空を背景に、小都市エ・リットルの影の外観が浮かび上がるように大きく見えてきていた。最外周に城壁が囲む城塞都市である。

 そうして間もなく城壁が迫り立派な鋼鉄製の城門へとたどり着く。

 そこには数名の守衛がいたが、余りに豪華すぎる馬車の登場を驚き、大貴族かと怯える風に近付いて来た。領主の機嫌を損ねれば即刻死罪も有り得る日常。衛兵一人の存在など貴族から見れば、蟻に等しいのだ。

 御者席に座る、眼鏡娘でメイド服美女のユリ・アルファへ丁寧な声が掛けられた。

 

「あ、あの失礼ながら、どちらから、どちらへ?」

「私達の主様が王城へ招待されて参るところです」

 

 招待状の収められている王家封蝋印の付いた、いかにも上等の飾り筒を見せる。書状自体を確認しようとしたが、優雅な召使いと『王城』の言葉を聞き、守衛が慌てる様に告げた。

 

「わ、分かりました。どうぞ早くお通り下さい」

 

 粗相があっては身の危険である。目の前を通り過ぎて貰う事が一番とでもいう雰囲気で急かせるように見送られた。

 すでに日が地平線に近付き、街中の大通り沿いは階層の高い石造りの建物が多いため、幅広い石畳の道だがすでに日影が濃く薄暗い。徐々に道を照らすランプに明かりが灯されていく。

 豪奢である馬車は周囲を歩く人々の目を釘付けにしつつ、高級宿舎を目指した。それは街の南大通り沿いにあると『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』とナーベラル達により詳細な調べが付いていた。広い部屋で1泊金貨1枚である。

 そこを目指し進んでいると、脇道から急に人が飛び出して来た。

 金髪の女性のようである。白いブラウスに青緑のスカート姿。彼女は馬車に驚き、方向転換するも数歩駆けた所で転倒する。

 属性が善のユリは、慌てて八足馬(スレイプニール)達に制動を掛けた。

 すると脇道から更に数人の男達が、女を追うように慌てて飛び出して来る。その中の黒服の男が大きく怒鳴り声を上げた。

 

 

 

「――おい、ツアレっ! おめえ、どこに行くつもりだっ!」

 

 

 

 『色々』はまだ続いている様である……。

 

 

 




捏造)
Web版第十一席次の二つ名は “深探見知" シンタンケンチ 『深く探りまるで見たように知る』な感じで。
本作では第七席次(眼鏡な女子高生風)を“深探見知"としておきます。

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