オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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注)モモンの口調について
13話の途中から気分転換の名目でアインズの重々しい感じでは無い、鈴木悟の素の口調になっています。


STAGE14. 薬師少年の焦り/キョウキな女、現るの件(3)

 アインズとマーレは、必死の表情をしたンフィーレアにより冒険者組合へ勢いよく連れ込まれる。

 ンフィーレアは、慣れた雰囲気でそのまま受付嬢へ「部屋をお借りします」と告げ、受付とロビーを素通りして一室に入った。冒険者が内容に満足して引き受けるまでは、組合として得るものは無い。少年は組合を介さない道端での金銭のみの直接雇用も考えたが、先程受付嬢へ冒険者について尋ねている以上、冷静に最低限の筋は通す。ンフィーレアは非常に焦っていたが、社会人として自分の都合だけで物事は上手く進まない事を知っていた。

 少年は部屋へ入るとアインズ達へ本心を隠し、その目的地や一般的に通る内容と報酬を告げる。

 

「北方のトブの大森林の近くにあるカルネ村という所までの往復について、僕の護衛をしてほしいのですっ」

「(カルネ村って?!)……」

 

 瞬間、アインズの目が細まる。

 

(若い少年、そして夜に近いこんな時間に……ただの偶然か?)

 

 エンリからは薬師ということ以外、風貌も年齢も聞いていない。現時点で確証はないが、少年の必死さから何か結び付くものを感じた。マーレに少年の特殊技術(スキル)を確認すれば済むのだが、今は目の前にいる状況。ここは話に乗る方が早いかと考える。

 

「報酬は(カッパー)の方へは破格ですが、あなた方の実力を考えて金貨10枚。但し出発はこれから直ぐです。荷馬車に同乗してもらい恐らく問題が無ければ五時間ぐらいで目的地の村に着くと思います。夜道を走ることでもありモンスターとの遭遇も当然有り得ますが、どうでしょうかっ?」

 

 ンフィーレアは、面前の二人から金銭面で不満の声があれば、20枚でも50枚でも金貨を出す気でいる。

 だが2人組の(カッパー)の冒険者に対し、この仕事内容で金貨10枚が破格なのは確実だ。相場なら2枚ぐらいが良い処である。

 ただ第三位階の魔法詠唱者の冒険者は、普通なら最低でも白金(プラチナ)の水準だ。それを考えれば少し色を付けた程度に収まる。今はこの冒険者達を何としても雇う必要があった。エンリの事を考えれば、報酬額に糸目は付けない。

 撒くし立てた少年へ、アインズは知識として知っておこうと一応確認する。

 

「ちなみに、どういったモンスターが想定されますか?」

「そうですね、小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)の亜人種辺りが、あとは素早く凶暴と聞く草原の狼(グラスランドウルフ)辺りですか」

 

 いずれもレベルにすれば強いものでも10を超える程度。

 

「いいでしょう、バレアレさん。金貨10枚、それでお引き受けしますよ」

 

 アインズは取り敢えず引き受ける。内容も村まで往復するだけの手頃なものだ。村では彼の傍にマーレを付け、自分はカルネ村の外で待つ形にすれば万が一、村の者達に正体がバレることは無いだろうと。

 

 

 

 

「エンリっ……」

 

 少年の小さく呟く声は、一頭立ての荷馬車の疾走に因りブレながら回る車輪と馬の地を激しく蹴る音にかき消される。

 アインズとマーレは、ンフィーレアの操る荷馬車の荷台に乗せられ、一路カルネ村へ向かっていた。

 マーレに彼を確認させるとやはり、全マジックアイテム使用制限無効化――ユグドラシルでも確認されておらず、そんなとんでもない特殊技術(スキル)を持つと知らされた。これは間違いなく、世界級(ワールド)アイテムと同等の脅威である。

 すでに、一行が大都市エ・ランテルを出てから二時間ほど過ぎていた。

 直線では村まで30キロ超だが、地上の道はそれより結構長い。さらに大森林へ近付くと山脈に近くなり、なだらかに上りが続く道へと変わる。

 夜道でもあり、五時間以上は掛かりそうであった。

 とは言え、移動自体はスムーズに進んでいる。モンスターともまだ遭遇していない。これは本当に楽な仕事になりそうだなとアインズが思った頃であった。

 マーレが、その異変に気付く。

 

「モモンさん、前方に――」

 

 アインズは直ぐに反応する。少し先には小川があり強固に組まれた石橋が掛かっている。しかし、それにより進路は極端に制限される場所であった。石橋の向こう岸の草影に目立たず何かが立っていた。

 

「バレアレさん、馬車を止めてください。前方に何かいます」

「えぇっ?!」

 

 ンフィーレアは冒険者モモンの声に、モンスター出現を連想し、直ちに手綱を引いて走る馬へ制動を掛ける。

 どうどうという少年の声で、荷馬車は石橋の少し手前で止まった。

 周りは当然明かりなどなく真っ暗に近い。僅かに月明かりと星々の輝きが申し訳程度に有るぐらいで、見通しは悪い。しかし〈闇視(ダークヴィジョン)〉を常駐させている者達には関係なかった。

 すると、その道の先から声が……それも若い女の声が聞こえてきた。

 

「あらー? ……やっぱり、ただ者じゃなかったのねー。すれ違いざまで、グサリと挨拶するつもりだったのにー」

 

 冗談じゃない御免被る挨拶だ。

 感付かれた事に逃げる事も無く、その女はゆっくりと石橋を渡りこちらへ歩を進めてくる。その姿は紺碧色のローブの前を開けた形で、豊かに揺れる胸とビキニに近い銅色の鎧。その鎧には見たことのある形のプレート100個以上が鈴生りに所狭しと付けられている。それは異様なまでに戦果を誇示するように。

 女の雰囲気はまるで好戦的に襲って来る猫のようだ。自分の強さに絶対的な自信を持って、右手には一本の鋭いスティレットを持って。

 その女の顔は怪しい微笑みに歪んでいた。折角、短く纏めたブロンド髪の可愛い美人が台無しに見える。アインズは小声で確認する。

 

「マーベロ、組合を出る時に教えてくれたヤツか?」

「は、はい、そうです」

 

 クレマンティーヌは、アインズらの行先を知るために十分警戒してギリギリの遠さから窺っていた。しかし、マーレには離れた建屋の影に立ち止まって、様子を探られている姿が感覚で確実に捉えられていたのだ。

 

「相手のレベルはどれぐらい?」

「えーっと、Lv.33です」

「へぇ」

 

 レベル的には大した事は無いが、あのリ・エスティーゼ王国の王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフの素のレベルを上回る事に、アインズは感心の声が出ていた。

 人間の中にはまだ、こんな風にさらに力の有るヤツが当然いるという事だろう。やはりまだまだ、この世界は未知数だと改めて警戒心が出てきていた。

 

「あ、あと、良く分からない系統ですが、戦闘時への強化要素があるようです」

「そうか……(武技か……)だとすれば、レベルは40を普通に超えそうかな」

 

 絶対的支配者は、ナザリックの戦力に繋がる技術を持つレアな武技使いへ、大いに関心があった。王国戦士長しかり。まさに、珍しい可愛げのある小動物を見つけた感覚だ。剣を持って目の前に立つ者から、まだデメリットを受けたわけでもなく、敵愾心は一気に下がっていく。

 アインズは荷台に立ち上がると先に名乗る。

 

「俺は、冒険者のモモンという者だけど、君は誰かな? 俺は最近この辺りへ連れと来たばかりで、グサリとかそんな恨みを買った覚えはないと思うんだけど? バレアレさん狙い?」

「ふふん。私はクレマンティーヌよ。短い時間だとは思うけど、よろしくねー。それでー、あの共同墓地の石材置き場って、人の気配はなかったのよねー? どうやって居たのかなぁ?」

 

 アインズの視線は兜のスリット越しに少し鋭くなった。

 

「(この女はあの時、傍に居たということか……)……魔法かな」

 

 ンフィーレアがすぐ前の御者台に居る為、不用意な事は言えない。

 

「魔法って、その小っさいお連れさんのー?」

「そうだよ(嘘だけどね)」

「ふーん。存在や気配を消す魔法、〈生命隠し(コンシール・ライフ)〉とかね……なるほどねー。でも、その魔法で、あんな人気のないところで、二人きりで何をしてたのかしらねー。うふふ、いやらしー」

 

(うわぁぁ。よく考えると、そういう結論にもたどり着くよな……)

 

 ンフィーレアも御者台でクレマンティーヌの言葉を想像し、少し顔を赤くする。

 組合の一室で最後に、兜を取っての顔見せの挨拶をした時に、フードを僅かに上げたマーベロの顔と姿も見ており、モモンのパートナーが少し幼い感じながら凄く美人の女の子という認識を持っている。

 一方マーレは、そういった周りの勝手な妄想も否定する気はないようで、頬を染めて恥ずかしそうに俯く。

 アインズだけが、思わず反論する。

 

「君は可愛い女性なのに、そんな勘違いしないでほしいなぁ」

 

 クレマンティーヌは、モモンの言葉にピクリと反応する。その感じは、自分の見た目だけの感想に対する嫌悪。それと、片手に抜いたスティレットを持っている殺意有る自分に対する彼の余裕も気に入らない。だがそれよりも、可愛いと言われたのは8年ぶりぐらいではないだろうかという、変わった戸惑い……。少女らしい時期から最近まで、肉欲の願望を込めた眼差しで『美人』とはよく言われている。『冷酷』『狂気』も自分を飾る褒め言葉。それで長かったそそると言われた美しい髪も随分前にバッサリ切っていた。

 

(それなのにこの男……)

 

 アインズの言い訳は続く。

 

「まあ、これも恥ずかしい話には違いないのだけど、俺達は装備にお金を使った挙句、昨日あの都市にたどり着いて冒険者の(カッパー)になったばかりで――お金が無いんだよ。だからあそこでコッソリと寝ていただけなんだ」

 

 彼女は、組合まで後をつけ様子を窺っていた漆黒の戦士の言葉に、齟齬は無いように感じた。まぁ、もう謎解きも終わったし、クレマンティーヌにとって、これから殺す相手の事などどうでもいい話だ。

 

「ふーん、まあそれでいいよー。じゃあそろそろ、私のお楽しみの時間だね。みんな――苦しんで死んでくれるかな? んふっ」

 

 クレマンティーヌの皆殺しへの微笑みは、口許が大きく歪み狂喜を語るものになっていた。冒険者は二人。今日もプレートが二つ手に入りそうだと。

 その目の前の人物の狂った表情に、ンフィーレアは「ひぃぃ」と小さく悲鳴を上げる。

 怯える少年を横に、御者台へ足を掛け身を乗り出すアインズは、貴重な特殊技術を持つ雇い主の安全と、目の前の『か弱い』狂人と話をするために一つ提案する。

 

「えっと、クレマンティーヌさんでしたっけ……向こう岸で俺と差しで戦いませんか? これでも剣には自信があるんですよ。もちろん、こちらに残った者達は逃げませんから安心してください」

 

 クレマンティーヌは訝し気に目を細める。確かにこのモモンという男、凄いグレートソードを二本も背負っている戦士。世の中伊達でいる奴が多すぎるけど、殺し合いを控えて目の前の男からはまるで力みを感じない。いや余裕がありすぎるだろうという思いだ。だから気に入らない、ならば差しでタタキ潰すっ。

 まあ、他の連中に逃げられても馬もあるし、自分自身の方が速いしと了承する。

 

「……いいわよー。じゃあ、早く行きましょー」

 

 クレマンティーヌは、平然と漆黒の戦士へ背を向けて歩き出す。少し距離を置き、アインズが続く。そうして橋を渡り対岸で二人は対峙した。

 向こう岸までの距離と川の流れの音により、モモンらの声はンフィーレアへ届かなくなった。アインズはそれがあり、こちら側へと彼女を誘導してきたのだ。

 クレマンティーヌが口を開く。

 

「へぇー、真面目なんだー。後ろからバッサリ私を切り捨てるチャンスをあげたのにー。もう、モモンちゃん、死ぬしかなくなちゃったよー?」

「いや。こうして、あの雇い主の少年に聞かれないように少し話がしたくてね。後ろから切りつける気はなかったよ」

 

 黒い戦士の言葉にクレマンティーヌの顔は怪訝そうだ。何の意味があるのかと。

 アインズは尋ねた。

 

「君は、殺し屋か何かかな? その隠密性のある行動力と――君の技術に興味があってね。君も武技を使えるんだろう?」

「……何が言いたいのー?」

 

 先程からモモンの言葉と行動の意図が彼女にはよく分からない。それを彼は言葉で明確に伝える。

 

「――今、俺は君のような人材を探しているんだよ」

 

 本来なら向かって来た敵は、全て殺すつもりでいるアインズだが、折角出合ったレアである武技使いを簡単に殺してしまうのは勿体ないと思ったのだ。それと、以前から人間側での諜報部隊をと考えている。あと……猫は犬と共に大好きな動物のうちの一つだ。

 一方、クレマンティーヌは目の前の戦士の言葉を聞いて――吹き出していた。

 

「あはははーー」

 

 状況はどう見ても殺し合う直前。スティレットを向けて明らかに敵対行動を取ったこの状態では、狼狽の言葉か牽制の罵声、脅しの文句を受けるのがこれまでの『常識』であったから。まさか口説かれるとは思っていなかった。

 

「モモンちゃん、面白いねー。ウケたウケた……初めてかも、殺そうと思った相手にここまで笑わされたのはっ」

 

 くくくっと彼女はまだお腹を抱えていた。

 

「うーん、冗談じゃないんだけどなぁ」

「ふぅ……あなた、私が誰だか知らないでしょー?」

「ああ、クレマンティーヌという綺麗な名前と、可愛い女性ということぐらいしかまだ知らないなぁ」

 

 まただ。

 

(なぜ――可愛いと言う? そ、それに名前まで綺麗とか……)

 

 クレマンティーヌは変わった戸惑いの感情が湧く。家族はみな優秀だった兄だけに称賛を送り、自分へ偶に目を向けてくる者は、下劣極まる感情を抱く者達か、利用し兄へ近付こうとする者のみ……。誰も私自身を見てくれない。気に掛けない。だから、『狂気』『恐怖』『凶悪』『人外』『外道』で飾って家名に泥を塗ってきたはずなのに――。

 対するアインズは単に、『~ティーヌ』という女の子らしい名前の響きが好きなだけである。

 

(この男……絶望させてブチ殺す)

 

 何か湧き上がる恥ずかしい気持ちを抑え込むように振り払うように、彼女は殺気を漲らせる。

 

「モモンちゃーん、私はねー。スレイン法国の六色聖典中最強の特殊部隊、漆黒聖典(しっこくせいてん)所属第九席次、クレマンティーヌ・メロリア・クインティア。私と剣でまともに戦えるのはこの周辺国では、たった五人だけなんだから。それに……知らないかなー、強大で恐怖の秘密結社ズーラーノーンの十二高弟の一人でもあるんだよー。人材探しとかもう無理だよぉ、あなたはここでこれから死んじゃいますからー。んふっ」

 

 クレマンティーヌは真実と誇張も混ぜて語ると口を大きく歪めて嗤った。

 

(なんだってーー六色聖典関係者!?)

 

 彼女の予想外の独白にモモンは、内心の思いに対して努めて表面上冷静に振る舞う。

 

「……そうなんだ。じゃあ――俺が勝ったら?」

 

 彼の言葉が終わった瞬間、この場の空気が凍った。クレマンティーヌの殺気が一気に最高潮に達したのだ。

 漆黒聖典第九席次。知っている人間なら裸足で逃げ出す存在なのである。それなのに、眼前の戦士が言い放った軽口まがいの文句は、これまで兄や家族を呪い、その怒りで鍛えに鍛えたこの剣技を丸ごと馬鹿にされたように思えた。

 

「この私の……この気持ちは、お前などに分からない。もし勝ったら? そんな約束なんてする必要がないわ――とっとと死ねっ!」

 

 クレマンティーヌは駆けながら自慢の武技を炸裂させる。誰も避けられないそのコンボを。〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉。

 その左手にも、いつの間にか神速で抜かれたスティレットがあり、二刀流になっていた。

 彼女は、一気に加速する。まさに電光石火。

 のちにマーレからアインズへ知らされた、この時の彼女の瞬間攻撃レベルは実に49。

 そして華麗に舞う剣技で、目の前の男に『死』をくれてやる。

 

 

 だが――彼女の(やいば)は届かなかった。

 

 

「なっ、にぃ!?」

 

 クレマンティーヌの両手に握った最速の鋭いスティレットは、両方とも漆黒の戦士の両籠手先の指で摘ままれ、止められていた。

 

 モモンは石橋を渡る時に小さく詠唱していたのだ――――〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉と。

 

 〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉は、レベルはそのままに戦士職へと一時変わることが出来る。つまり、モモンは現在Lv.100の戦士である。

 クレマンティーヌが人間としていかに速く強かろうと、もはや非力な存在でスローモーション状態である。

 彼女が渾身の力でスティレットを動かそうとしても、モモンの指に摘ままれたそれはビクとも動かなかった。四角い錐状の武器でありミスリル製の上、更にオリハルコンでコーティングされており、かなり頑丈に出来たものだ。クレマンティーヌの体はスティレットから垂れ下がる形になりかけ、思わず手を離し着地するも猫の様に慌てて飛び去るように後退していった。予備用も兼ね、常にスティレットを四本持っていて正解である。すぐさま、腰の予備の二本を抜き放つ。

 再び剣を構えた彼女へ、モモンは平然と再び語り掛ける。

 

「どうかな? 可愛いクレマンティーヌさん」

 

 クレマンティーヌは、先程まで勝てると認識していた対峙する者との力量差に愕然とし震えがきていた。

 彼女は、知識の中の一つに漸く気付く。『可愛い』とは――か弱いものにも向けられるという事に……。

 この目の前の漆黒の戦士に比べれば、もはや自分は一匹の子猫にすぎない気がする。

 信じられなかった。こいつは誰だ? モモン? そんな強者はこれまで聞いたことが無い。どうやってこの域まで到達したのだ?

 自分は一時女を捨て去る思いで、本当に死ぬほど鍛えてきたはずだ。だが、目の前の男の水準は、それらに意味が無いであろう処に到達していた。

 密かに最強と自負していた、この自慢の剣技が戦いにすらならないのだ。信じられない。

 しかし、その時クレマンティーヌは、ふと人生の最重要にしている事項を思い出す。

 

 

 この漆黒の戦士が剣を抜いたら――兄を殺せるのではないだろうか、と。

 

 

 皆の期待の兄。私から多くの物を奪った男。何度も殺そうと思った憎いヤツ。だが、怪物使いで殺しても死ぬ相手では無かったのだ。

 妹はいつしか、自分では届かない、この怨敵()を殺してくれる存在を探し始める。それが、秘密結社ズーラーノーンに辿り着かせていた。彼女以上の実力者が3人はいるという組織に。

 クレマンティーヌは、これまで柄に似合わず守ってきていた操も含めて、近い将来、『自分の全てを代償』にそれらの者のうちで兄を殺せる者を見定め、兄の殺害を頼むつもりでいたのだ。

 しかし、である。

 目の前に、正に呪うほど憎い兄をぶっ殺してくれる水準の者がいるではないか。

 クレマンティーヌは、静かにそれを尋ねてみる。

 

「――私の願いを叶えてくれると言うのなら、考えないでもないわ」

 

 先程までのオチャラけた雰囲気が彼女には無い。

 アインズは、指で摘まんでいた両手のスティレットを右手に纏めて持つと、聞き返す。

 

「なにかな? 出来る事だといいけど」

「あなたならそれほど難しいとは思わない。漆黒聖典の第五席次、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアを殺してほしい」

「クインティア……って?」

「ええ、私の兄です。憎い兄。殺してください。そうすれば――私の魂まで全てを差し上げましょう」

 

 アインズは一瞬聞き返そうとしたが、ここで殺害対象の兄の能力について質問するのは、クレマンティーヌのモモンへの評価と、彼女の決意を削ぐように感じた。また、漆黒聖典は最強という部隊。だが、クレマンティーヌの兄というのならやはり人間なのだろう。十分勝てる相手のように思える。

 

「……分かったよ。その条件で引き受けよう」

 

 クレマンティーヌは目を見開く。

 このモモンと言う男は、兄の特質や能力などについて何も聞かずに引き受けてくれた。信じられない事だ。漆黒聖典については、秘密結社ズーラーノーンの連中さえも複雑で難しい顔になるのにだ。普通は恐怖に感じ、先に特徴を聞いてくるものだろう。

 クレマンティーヌは、目の前の人物モモンが真の強者だと確信する。漆黒の戦士の答えを聞いた彼女は、これまでの歪んだ口元の笑いでは無く――苦渋から解放され、少しほっとしたように自然の微笑みを浮かべていた。

 その表情へ、アインズは思わず声を掛ける。

 

「やはり――クレマンティーヌは笑顔が可愛いなぁ」

 

 そう言いながら彼女へ近寄り、握っていた二本のスティレットを返す。

 

「っ……ぁ」

 

 真の強者からの不意に告げられた『可愛い』の言葉に、得物を受け取ったクレマンティーヌは本気で赤面していた。何も言葉を返せないほどに。

 かつて――幼いころ初恋だった兄に向けていた顔のように。

 美人だ、そそる美貌だ、女神だと歯の浮く感じの世辞ではなく。素朴な気持ちの言葉に、氷のハートを撃ち抜かれる感覚……。

 モモンの『可愛い』は間違いなく弱者扱いの揶揄だと考えていたのだ。それが、どうやら違うらしいということに彼女はやっと気が付いた。

 

(モモン……ちゃんは……私のことが本気で可愛いと思って……いるの?)

 

 これまで、女一人で生きてきて、色々と男を見てきた。だが、ほぼ全員が弱いくせに欲に塗れたゲスなヤツであった。しかし、このモモンは人物のスケールといい、全てが違うものを感じさせる。唯一失望しないで傍に居られる存在に思えてきた。

 今、クレマンティーヌの冷めきっていた心の中に、乙女の『何か』が急速に湧き上がって来るのを感じる。しかもそれが心地良い。

 そして、嘗て切り捨てた自慢のブロンドの髪を、少し伸ばしてみようかなとも思い始めていた―――。

 

 

 

 冒険者モモンは、スティレット四本を腰に収めたクレマンティーヌを従えて石橋を渡り荷馬車へと戻って来た。

 何かおかしい。ンフィーレアはそう感じた。

 先ほどまで激しく本気で殺意を発して敵対していたはずが……その狂気の女性が、モモンへとなんとなく慕い寄り添っている風に見えるのだ。

 

(ど、どうなっているんです?)

 

 そう思い、雇い主としてモモンに問いかけた。

 

「モモンさん、これは一体? その女性は、大丈夫なんですか?」

「はい。俺の腕前を見ると降参したので、事情を聴くと彼女はお金に困っていたようなので、こちらで雇う事にしました。もう大丈夫ですよ。ああ、もちろん報酬は当初の額のままで結構ですから」

 

 アインズはとりあえずそれらしい理由と成り行きを話した。

 パートナーである漆黒の戦士の言葉に、荷台からマーレが邪魔者はいらないという、ジロリと一瞬ゴミを見るような目で、クレマンティーヌの方を見る。

 

「さっきはごめんねー、えーとバレアレさんでしたっけ? 私も色々困ってたんだー」

 

 クレマンティーヌはお道化る感じに、モモンの話へうまく合わせンフィーレアへ謝る。

 とりあえず謝罪は受けたし、モモンが責任を持つと言うので、ンフィーレアは先を急ぐことにする。

 クレマンティーヌは自分の馬に乗って荷馬車に追随する形だ。彼女はモモンの指示で、ビキニ風の鎧を隠す様に自前の紺碧色のローブを羽織っていた。

 もちろんこれは、身に付けている冒険者から奪った異常な数のプレートが何を意味するのか、誰でも容易に理解できてしまう事への対処である。

 先程までなら、クレマンティーヌは自分の生き様を否定される事なので、敢て断固拒否しただろう。しかし、モモンからの指示には「分かったわ……モモンちゃん」と素直に従った。

 至高の御方へのちゃん付けに、マーレの小さい指が強靭にビキビキと鳴ったが、「かまわないよ」というアインズに渋々引き下がる。今の彼は冒険者モモンなのだ。

 そうして、一行はそのまま北方へと順調に進み、モンスターに襲われる事も無く無事にカルネ村へと到着する。

 すでに村の隠れた守り手である八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)3体と蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)達との交代は終了している。ソリュシャンへは、対情報系魔法の実験前の午前中に〈伝言(メッセージ)〉で交代させる指示を伝えていた。

 現在、村へLv.15を超える外部からの接近者があれば、迎撃対象になる。クレマンティーヌは素でLv.33も有るので迎撃対象水準だが、マーレやアインズと協力状態である様子のためフリーパスになっていた。

 村へ到着したが、今の時刻は午後の10時を回っており、村内は寝静まっている様子。

 ンフィーレアは荷馬車を村の入り口前へ止める。広場まで乗り込みたいが、すでに夜中であり村人の迷惑を考えたのだ。

 モモンは村の周りを警戒するという事で、マーベロをンフィーレアに付け、クレマンティーヌとこの場へ残ると告げる。

 ンフィーレアはそれを聞くと頷き、もう我慢が出来ない様子で、村内の何処かへ向かい駆け出して行く。おそらくエモット家だろうけれど。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)マーベロがゆっくりと歩き、それに続く。マーレには移動中の荷台に居る際にこの村の事について伝えてある。エモット家の娘達についての箇所だけ、なにやら複雑に入り混じる表情をしていたようにも見えたが。

 ゆっくり歩くマーレは、ソリュシャンへ〈伝言(メッセージ)〉により、主の指示通り一応という形で状況を簡単に説明する。現在、主命の接続を優先させる意味もあり、非常時を除きNPC間では〈伝言(メッセージ)〉の使用は差し止められていた。

 

「あのね、ソリュシャン、僕だけど」

『これはマーレ様。村へアインズ様と来られている事は捕捉させて頂いております。協力できることがあれば、何なりと』

「じゃあ早速、アインズ様からの言伝なんだけど―――」

 

 マーレは今、冒険者モモンとマーベロとして来ていることと、例の薬師だと思われる少年が、今からそちらにいくだろう旨を伝えた。あとはとりあえず、冒険者モモンとマーベロには面識が無い振りをしろと告げておく。

 

『すべて承りました。最善を尽くします』

「よろしくね」

 

 交信を終わったマーレは、そのまま少年をゆっくり追い掛けていった。

 

 先程、ンフィーレアの荷馬車へ戻る時に小川の石橋を渡りながら、アインズはモモンとしてクレマンティーヌへ確認していた。他国のこんな場所に居て大丈夫なのかと。彼女は法国でも最精鋭という漆黒聖典のメンバーなのだ。長期不在が問題にならないのかと。

 しかしクレマンティーヌは問題ないという。あと一日程はリ・エスティーゼ国内の調査となっているらしい。

 停められた荷馬車の荷台に居るモモンにクレマンティーヌは馬を寄せて来た。そうして馬から華麗に荷台へと音も無く舞い降りる。

 

「ねぇ、モモンちゃん……。私、このまま漆黒聖典やズーラーノーンを抜けてもいいんだけど。私を――自由に使っていいよー? お金も今結構持ってるし。んふっ」

 

 座り込んでいるモモンへ兜のスリットを覗き込むように、胸の谷間を少し強調しつつ、可愛く甘い声で囁くように告げてくる。彼女としては頑張って素面で通しているが、『全てを貢いで、ずっと傍に居てもいいよ』という決意のアタックと言える。彼女は色々な手でこの戦士を自分に釘付けにしようと努めていた。

 そんなクレマンティーヌを、アインズは可愛い子猫へ対するが如く――静かにナデナデしてあげる。

 気が付けばクレマンティーヌは、覗き込んだ状態で固まったまま、耳まで真っ赤になって赤面していた。

 頭を撫でられるなんて、ここ10年は無かった事だろう。すでに彼女の胸には、氷で出来ていたハートの、欠片も無くなっていた……無性にナデナデが嬉しいこの気持ちは、一体何なのかうまく説明が付かない。『狂気』『恐怖』『凶悪』『人外』『外道』と呼ばれ高鳴っていたと感じていたあの昂揚感が、今は全て陳腐なものに思えていた――。

 

(これが、本当の恋?)

 

「モモン……ちゃん?」

 

 モモンからの優しいナデナデに、クレマンティーヌの期待は高まる。そして、彼から言葉が返って来た。

 

「あの、クレマンティーヌ。気持ちは嬉しいけど、君のアノ強い願いには漆黒聖典の動きや他の席次の情報が必要だ。それと、ズーラーノーンの動きも俺は知っておきたいな。これは君にしか出来ないと思う。俺の為にもしばらくこのまま頑張ってくれないかな」

 

 彼女からの随分とドキドキする内容にも、雰囲気を壊さない冷静な回答である。

 モモンからのお願いを、乙女一色の心へ変わっているクレマンティーヌに断る事など無理というもの。確かに兄を打倒するまでは各所の動向を知る方が、モモンの助けになるし役立てると、頑張ろうと何か生きがいのようなものを感じ始めていた。

 

「わ、分かったー。私、頑張るよ、モモンちゃんっ!」

 

 嬉しそうに微笑む表情のクレマンティーヌへ、内に少し心境の複雑さが覗く表情を秘めるアインズの兜は頷いた。

 

 

 

 ンフィーレアは、村へと飛び込んだ広場の所で、まず驚愕し一旦立ち止まる。そこには背丈が2メートルを遥かに超え、巨剣と大きい盾を持つ凶悪で圧倒的強さを持つデス・ナイトが仁王立ちしていた。

 

「ひぃぃぃ(な、なんだコレはっ、モンスター?!)」

 

 自然に数歩後ずさり、マーベロさんがすぐ来るはずと思ったが、改めて見てみるとその凶暴そうに見えたモンスターは、その場を動かず首を動かすだけで見回りをしている様子。思い出すと、贔屓の店の店長の話で王国戦士達ら曰く、敵はすべて倒したと聞いていた。

 

(じゃあ、これは敵じゃないんだ)

 

 薬師の少年は、勇気を出してデス・ナイトの脇を抜け、目的地へと再び駆け出していた。そうして、勝手知ったる村内の道を走り抜け、目的地のあの大好きな女の子の家の前へと辿り着く。

 即座に、夜中でも構わず大きく声を上げた。

 

「エンリっ、エンリィーー! 夜遅くにごめん! ンフィーレアだけど、居たら出て来てよっ。夕方に初めて村が襲われたって聞いて、すぐにやって来たんだっ。エンリっ、無事なの?!」

 

 すると、道に面した一階の窓からエンリが顔を出した。寝ていたのだろう、いつもの髪型が解かれて下ろされている。

 

「ンフィーレア! ……ちょっと待ってて、すぐ着替えるから」

「う、うんっ!(あぁぁ! エンリが生きてるっ、よかったぁぁぁぁ!)」

 

 エンリの真剣味ある顔に、単に驚いていると勘違いするンフィーレア。

 少女はソリュシャンに直前に起こされてから複雑だ。でも、やると決めた事である。頑張り屋で気遣いの出来る、この優しい友人を危険者として死なせないためには、味方へ引き入れる必要がある。エンリはすでに腹は括っていた。気合を入れつつ彼女は着替え始める。

 そんなこととは知らないンフィーレアは、周囲の家を見回す。所々壁や扉に剣で傷のついた痕があるなぁと、ある意味呑気に待っていた。

 ここで、紅い杖に白いローブを纏うマーベロが、ンフィーレアの立っている近くまでやって来る。やはり少年は、ルベドやシズ達がいる建物の扉の前で待っているところであった。どうやら中から返事があって、待つように言われているようだ。先程、ここから少し離れていたマーベロのところまで、少年の叫ぶ声が聞こえてきており間違いないだろう。

 少年は扉が開くのを静かに待ちながら、エンリの顔を見れて声が聴けたことへ、大いに安堵し落ち着くことが出来た。今は夜中で急に迷惑だったし、あとはいくらでも待てる。朝までだって構わない、すっかり平穏に満ちた幸せ気分へ浸っていた――何も知らずに。

 しかしふと、広場に居た怪物は何なのだろうと考えていると、道の後方から現れた小柄の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に気付く。

 

「あ、マーベロさんっ、実はこの村には友人に会いに来たのですが、無事でした。夜道を守ってもらって、本当にありがとう」

「い、いえ……モモンさんが未然に騒動を収めてくれましたので、結果的に順調でよかったです」

「確かに。あ、そうだ……広場にいた凄く強そうに見えるモンスターは大丈夫なんですよね?」

「あれは、間違いなく(至高と言いたいけど……)優秀な魔法詠唱者に衛兵として制御されているので大丈夫です。すでに村内は問題が無いようなので……あの、僕も村の外で待っていていいですか?」

 

 ンフィーレアは、これからまだこの場でエンリの準備を待つことや、マーベロがそうしてくれても問題ないと判断し許可する。

 

「そ、そうですね。それで構いません」

 

 マーベロが遅れてこの場へ来たのは、あのモンスターや村内の危険を確認しながら来てくれたからだろうと勝手に想像していた。

 

「それでは」

 

 マーベロはフードを深めに被ったまま背を向けて、淡々とこの場を離れる。

 マーレとしては、ルベドらがいるわけで、この人間の安全は確保されていると判断したことと、モモンガさまの傍に居たいからである。

 あのクレなんとかという人間の女から、『パートナーは僕なんだよ』と早くモモンガさまを引き離したい思いもあった。

 ンフィーレアがマーベロを見送ると間もなく、蝋燭の明かりが一階の窓奥に灯ったのが見えた。そして着替えたエンリにより玄関の扉が開かれる。髪形もきちんと、以前見た感じに整えられていた。

 

「こんな時間に来るから、ビックリしちゃったわよ」

「ゴ、ゴメン、遅い時間だったのは分かってたけど、凄く心配で」

「――でも、心配して来てくれてありがとう、ンフィーレア」

「う、うん」

 

 ンフィーレアは、頬が赤くなっていた。お礼を言われただけで、ドキドキしてしまうのだ。

 だが、エンリは少年の変化に気付かず、語気を強めて話を切り出し始めた。

 

「ンフィーレア、ちょっと相談が有るんだけど、いいかなっ?」

「う、うん、もちろんっ! 僕で出来る事なら」

 

 エンリからの改まった相談など初めてかもしれない。

 襲って来た騎士団の所為で、農地の被害が甚大だったのだろうか? 理不尽極まりない被害に遭って困っている彼女からのお願いだし、可能である事は労力と予算度外視に、何でもするつもりで少年は頷いた。

 

「じゃあ、ちょっと中へ入って。話をするから」

「わかったよ。お、お邪魔します」

 

 こんな夜遅くに、エモット家に招かれるのは初めてである。ンフィーレアは少し緊張していた。そうして招かれるまま、居間の蝋燭の乗ったテーブルの端に近い席へ座る。

 エンリも、ンフィーレアへ水を一杯振る舞うと角の斜め向かいの席へと静かに座った。

 

(あ、あれ……? そういえば、エンリの家族ってご両親とネムも居たよね……)

 

 ンフィーレアは、そのことを思い出す。エンリの影の無い元気そうに見える表情と姿に、最悪側の方への考えは及ばない。そして、彼女が悲しみを吹っ切りとても元気に、それを支えてくれている伴侶とも言える偉大な存在など知るはずもない。

 少年は、夜分だけど可能であれば彼女の両親へ挨拶しておかないと、と考えた。いずれ、お義父さん、お義母さんと呼びたい人達だ。失礼があってはよくない。彼の両親は小さいころに流行病で亡くなっていた。それも有り、ンフィーレアは薬師を目指したのである。だから少年は伴侶と同時に、新しい両親が出来る事もとても嬉しいことだと考えていた。

 

「エンリ、あの……家にお邪魔してるし、遅いけど、可能ならおじさんとおばさんに挨拶しておかないと……」

「ありがとう、大丈夫よ。……父と母は――先日亡くなったわ」

「えっ……」

 

 ンフィーレアは絶句した。

 エンリは、続けて暗い表情で例の本題の前に、まずあの日の事を友人へ少しずつ話し出した。

 50人を超える完全武装の騎士団が突然村を襲って来たこと。村中が地獄絵図の中、両親が体を張って自分達姉妹を逃がしてくれたこと。結局姉妹は、三人の騎士達から追い詰められて、自分は背中を斬られたこと―――。

 ンフィーレアはそこで「ゴクリ」と音を立てて唾をのみ込んでいた。目の前の大好きである女の子が、普通に考えれば絶対に助かるはずがない絶望的に進む展開であったからだ。

 でもエンリは――そこから笑顔で話し始める。

 偶然、村の傍にいて乗り込んで来てくれた偉大なる魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一行に助けてもらったことを。魔法詠唱者率いる一行は、その後に村人の多くも助けてくれ、カタキである敵の騎士達をほぼすべて打倒してくれた。その直後に敵騎士団を討伐するため、王国戦士騎馬隊が遅れて村へ来てくれたが、更にこの騎馬隊を狙った敵の最精鋭という別働隊とひと波乱あった事も話す。そこでも偉大で強い魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一行は、壊滅し掛けた王国戦士達をも見事に救ってみせたと。

 ンフィーレアは、エンリの話が終わってもしばらく、テーブルの上の一点を見詰めたまま固まっていた。壮絶過ぎる話であったから。そして自分はその時、エンリに何もしてやれなかった事に失望を感じていた。第二位階魔法を使える身ではあるが、恐らくその場に居ても敵の数の多さや強さからエンリ一人すら助けられたかも微妙である。その無力感に囚われていた。

 

「あの日、この村で40人以上が亡くなったけど、本当は私もネムも死んでいたんだと思う。あの偉大で強い方達が来なければ、今生き残っている村長さんや他の人達みんなも、あと王国戦士の人達も一緒に……ね。近くの村が同じ様に4つも皆殺しになって焼け落ちてたって聞いてるから」

 

 ンフィーレアは小さく震えていた。エンリが死んでいたなんて考えたくない。それも死体まで燃やされてたかもしれないなんて……。

 エンリは静かに蝋燭の炎を眺めながら『前振り』の言葉を紡ぐ。

 

「だから、村の皆は偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一行を尊敬しとても感謝しているの。もちろん――私もネムもね」

「……そうだね、当然だよね」

 

 ンフィーレアも激しく同感である。エンリとネムを助けてくれた上、知り合いの村人達の多くを救ってくれたのだ。凄く偉大で有り難い人物なのは間違いない。会えるなら少年も、直接感謝の言葉を伝えたいと思っている。

 一通りあの日の惨劇を聞いたンフィーレアは、力が抜けるほどの感覚に囚われた。村が襲われたという話を聞いてからの緊張が切れたという感じだろう。

 しかし、彼の思考の中にエンリの両親が亡くなったという話を思い出した。

 

(そ、それじゃあ、エンリ達はあの広い畑を、これから姉妹二人だけで切り盛りするってことだよね……)

 

 ンフィーレアもエンリの両親がとても働き者だった事を見て知っている。だが、ネムはまだ子供で、実質労働力はエンリ一人きりになってしまったということだ。

 

 少年は――今しかないと思った。大好きなこのエンリの力になるのは、まさにこの時なんだと。そして、家族になるきっかけも。

 

 ゴクリと唾をのみ込む。

 よく考えると、夜更けの蝋燭が1本灯る家の中に、近い位置で若い少女と少年の二人きりである。妹のネムは朝までぐっすり寝ていることだろう。

 少年も年配の知り合いから年頃の女性との付き合いについてよく聞かされているし、その各種行為についても興味は当然ある。

 しかし彼は誠実であり、まずはこの4年間の熱い想いの結晶である『アノ言葉』をこの大切に想う女の子へ伝えなければならないと考えている。素直にそういう気持ちになっていた。とは言えいきなりではなく、少し探りは入れておきたいと思い勇気を振り絞り尋ねる。

 

「そ、その偉大で強い魔法詠唱者(マジック・キャスター)の人ってどんなイメージの人?」

「一言でいえば――圧倒的……かな」

「じゃ、じゃあ……エンリにとって、ぼ、僕のイメージって?」

 

 話的に少し唐突になったが、聞かれたエンリは右手人差し指を唇に可愛く当てながら自然に答えてくれる。

 

「んー? 立派で一流の薬師さんで、優しい人、良い人……かな? 友人としては鼻が高いよね」

「……そ、それだけ?」

 

 なにか、ンフィーレアの期待する答えと違う気がした。もっと、こう『傍に居たい人』、『一緒にいると安心できる人』、――『大切な人』『好きな人』とそういった伴侶的に見た言葉を期待していたのだ。

 だから踏み込んでいく。

 

「僕と――二人で居るとどんな気分?」

「楽しいよ? ンフィーレアの話は勉強になるし面白いし。気を使わなくて済むし」

 

 エンリはンフィーレアの質問に正直に答える。一つ年上の少年だが、結構言う事を聞いてくれて、賢く秀でた頑張り屋の薬師で、楽しく優しい仲の良い友人――そういった位置付けでこの4年間接してきていた。

 

 だが――恋愛や結婚の対象としては、これまで全く一度も見たことはない。

 

 なぜか? それは彼が、この両親の住む大好きなカルネ村の住人ではなかったからだ。

 不思議とよくこの村へ来てくれるが所詮――彼は余所者。

 裕福であるンフィーレアの本拠地は、華々しい南の大都市である。こんな片田舎の村との関係は商売上の僅かな一部にすぎないはず。

 エンリは、結婚するなら夫婦でこの村を両親と一緒に守ってくれる人だと小さいころから決めていた。

 だから先日の惨劇以前までは、村でずっと両親に匹敵する働き者を探していたのだ。見つかれば互いに若くてもこちらから積極的に求婚して、両親を早く楽にしてあげようと考えていた。しかし……村の青年らはかなり期待を裏切ってくれた。日頃の仕事の仕方を見ていれば自然と分かる。人は良くても両親の労働力の半分以下なのだ。それではいけない。せめて七割もあれば、縁談も断らず14歳でも嫁いでいただろう。

 村の未婚の男の子で今一番年上は現在まだ13歳……その子も良い子だけど能力は期待薄。この際、妻に先立たれたオジサンでもと思ったが、それも空きがない状況であった。

 しかし、まあそれも今は良き旦那(アインズ)様がいる彼女にしてみれば、既に済んだ話である。

 そんな考えも知らず、ンフィーレアはエンリからの感触が悪くないみたいでほっとする。

 だから更に確信に迫っていく。

 

「ぼ、僕に対して、嫌悪感とか、拒絶感とかあったりする?」

「えっ? 全然ないよ? ンフィーレアのこと、私は(友人として)気に入ってるし。……でも、どうしたの、そんなこと聞いて?」

「いや、な、なんでもないよっ」

 

 「そう?」と疑問符の浮かぶ表情で小首をかしげるエンリを前に、少年の心は踊っていた。

 

 『ンフィーレアのこと、私は気に入っている』――なんとスバラシイ言葉だろうか。感動的に思えた。

 

(いけるっ。これは、いけるよっ! ――伝えよう、今こそっ)

 

 ンフィーレアの頬は上気により凄く赤くなってくる。汗も前髪で隠れたおでこへ異様に出て来ているのも感じる。呂律が回るだろうか、不安で一杯だ。

 だが、それでも今、4年分の想いをこの機会に伝える。

 少年は気合を込め、手の届く斜め向かいに座るエンリの肩へそっと手を置くと、クっと僅かに掴みながら話し出す。

 

「エンリ、本当に色々と大変だったね……」

「え、ええ。でももう――」

 

 エンリも、そろそろ本題の相談へと入ろうとしたが、そこで語気の強い少年の言葉に遮られる。

 

「もう、な、何も心配いらないからっ」

「――え? ど、どうしたの、ンフィーレア?」

「ェ、エンリぃ、キ、君が大好きだっ! ぼ、僕と―――つ、付き合って……いやっ、き、けっ、………結婚して欲しいっ!」

 

 肩を掴まれ、いきなりの告白求婚宣言を受けたエンリは、ンフィーレアへきょとんと目を見開き真ん丸くしていた……。

 

 

 




言っちゃったーー☆

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