オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~ 作:SUIKAN
「お、お婆ちゃんっ。僕、ちょっと急ぎでカルネ村まで行ってくるよ!」
「おやおや、えぇっ? もう夕方じゃよ?! あの村に何か急ぐ用でもあったかね?」
長い前髪の少年は、祖母との工房である研究作業室へ慌てて入って来るなりそう告げ、部屋の棚に仕舞っていた持っていく必要のある物を掻き集め始める。
荷馬車も荷台を軽くする為、荷物を下ろさないといけないし、同行には腕の立つ冒険者も雇わなければならないと考えていた――。
カルネ村の南側約30キロの位置にある大都市エ・ランテル。
王都から大都市エ・ペスペルを挟んだ東南東へ300キロ程の辺り、大陸の北岸より南北に伸びるアゼルリシア山脈の真南に位置し、王国で最も東部にある大都市だ。人口は近郊も合わせると70万にも及ぶ。
この地は、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国と三国の接点でもあり、正に要所という都市であった。
そのためか近年、毎年のようにエ・ランテル周辺を巡り王国は、帝国との大規模な戦争を続けていた。エ・ランテルは、戦場である南東に広がるカッツェ平野に近く、決戦はその平野で行われている。ただここ百年では一度も、都市が直接攻撃されたことはない。
理由の一つは、元々エ・ランテルが円形の分厚い城壁で囲まれた城塞都市であった点。最初期の第一城壁から外へと城壁は増やされていった。
現在、最外周の第三城壁だけで総延長は12キロ以上にも及び、高さも30メートル程を誇り、並みの兵力と攻城作戦では被害が甚大になり敗北必至と言える。
また重要都市故に、無傷で手に入れたいとの考えが攻撃側にはあり、平地での決戦で圧勝し講和条件での取得を目指すのがここ百年での通例だ。
そのため、都市自体は戦火を免れて直近の百年で大きく発展してきた。この都市の三重の城壁内は其々ある程度住み分けされている。
外周の第三城壁内は、非常時に王国軍の駐屯地も兼ね軍事関係が多い。司令部や兵舎の他、酒場に宿屋や金物武器屋、アイテム類を扱う道具屋も多く、馬を扱う店まで50を超えて存在する。冒険者組合もこのエリアだ。また平時は畑利用もされ、外周部の半分近くは農業関係である。西側区画には外周部の四分の一を占める広い共同墓地も設置されている。不要のアンデッド化を防ぐ手として、死体についても都市でしっかりと管理するためだ。第二城壁内は中下層の庶民の街と言え、商店も多く活気と賑やかさは都市内で一番だ。そして第一城壁内は、貴族や大商人等の上級層の屋敷や行政施設に神殿、巨大な兵糧倉庫等の重要施設が犇めく都市の中心地である。中級層の住民や商店も多く存在し、活気も中々のものだ。
そんな都市に、一人の有名な少年がいた。
彼の名は――ンフィーレア・バレアレ。
弱冠17歳にして、エ・ランテル最高の名薬師の祖母リィジー・バレアレに迫る水準と第二位階魔法までを身に付けており、それだけでも十分注目される少年である。
しかし、彼にはそれらを更に上回る特別さがあった。
『あらゆるマジックアイテムの使用が可能』という、
そんな彼だが、基本的に性格は控えめである。多くの優れた能力を持つ自分に驕る事もなく、周りへ威張る事も無く、自信だけを持って日々一歩先の技術を目指し前に進む、そういった素晴らしい少年であった。
バレアレ家製の薬は、鎮痛薬、腹痛薬、解毒薬等、どれも優秀だが、治療薬が特に有名だ。高価なものであるが、同じ値段帯の薬に比しては歴然とした差が出ていた。明らかに早く、良く治る。
この数年、彼は祖母と二人で工房を回している。
見た目ではずっと変わらず中級層の生活をしているが、資産的には下手な上級層にも負けない程の蓄えがあった。金貨1000枚程度でも即金で払える程である。庶民から見れば、非常に裕福と言えた。
若さと能力と名声と資産により当然、街娘達には人気が高い。ただ、少年の容姿は鼻先まで前髪を伸ばし、目元を隠すように切り揃えられていた。本人の少し大人しい性格の表れのようにも見えるが、前髪から時折覗く素顔もそれほど悪くはない。背丈も平均程はある。
少年は誠実なところもあり、より取り見取りながら街娘達とは街で出会ってもその場で少し話をする程度。一緒にどこかへ出かけたり食事をしたりという『お付き合い』はすべて断っていた。
なぜなら、彼にはここ数年、ずっと想いを寄せる少女がいたからだ。
初めて会ったのは4年前。祖母と冒険者らと共に北方のトブの森へ薬草の採取に出かけた時だ。その時、いくつかの村へ寄った中のひとつ、カルネ村にその少女はいた。
金色が褪せたような髪をおさげにして括り、快活に両親を手伝っていた。彼女の家も薬を扱っており、その縁もあったのだが――一目惚れである。
1歳年下の少女だが、彼は従わされる感じの雰囲気も、何か惹かれるものがあったのだ。
彼女を見知るようになってから、北の森への薬草の採取はカルネ村周辺へ絞るようになった。
祖母が行かなくても、一人で都合を付けて何度も通った。
その少女、エンリに会うために。
4年が経ち、彼女は女の子らしくなった。まさに結婚適齢期到来である。2年半程前から何度か『聞いてよンフィーレア、縁談の話があったのよ』と言われるたびに、全身から汗が吹き出しドキンとした。そのあと『断ったけどね』と聞くと全力でホッとする。でも『ナゼ断ったのか』と少年は聞けなかった。
『大好きなンフィーがいるもんね』と言う答えを最大限期待するも、別の理由だったらと考えると怖くて聞けなかったのだ。
少年は1年ほど前から、すでに自分は職を持ち、稼ぎ、家族や子供を持っても養えるだけの力があると考え、何度もエンリへ『あの、実は……僕……と』と、想いを告げようとした。
だが、愛しい彼女の笑顔からの『ん? 何かな』の問いかけに、『と、時計が好きなんだよね』『と、友達って大切だと思うんだ』『と、隣の家の子供が犬好きなんだよ』と訳の分からない事を失敗の数だけ告げてきた……。
最近、彼女は髪を出会った頃よりも短めにし、一部三つ編みになった。それもイイ。
胸は大きくはないが、形は悪くなさそうで、それもイイ。
彼女は健康でかなり力が強いが、それもイイ。薬師の家は重労働なのだ。
金持ちなのを知ってるはずなのに、全くタカってこない。それがイイ。
また彼女も薬を扱う家柄だ。色々話が通じる。それがイイ。
そして顔が、街娘達よりも好みであるし、何と言っても笑顔が可愛いのだ。それが特にイイ。自分だけにいつも微笑んでいて欲しいっ。
つまり――もはやベタ惚れである。
それは、今日の夕刻迫る空が赤くなり始めようかという頃に、ンフィーレアがいつも製品を納品している贔屓の道具屋を訪れた時の事。
薬師の少年は効率よく働き、材料集めに製造から納品までも全て自ら行なっている。今もいつも通り、荷馬車から木箱に入れた薬類を道具屋へ運び入れていた。
そこで少し白髪の見え始めた壮年の店の主人から、とんでもない話を聞いてしまったのだ。
「どうやら、トブの森の傍の村が幾つも、異国の騎士団らにいきなり襲われたらしいぞ。それで、幾つか村が全滅したという事だぜ。全く酷い話だ。昨日来た、王国戦士騎馬隊の隊員らから聞いたんだがな……」
「えっ!」
ンフィーレアはその瞬間、言葉を失う。そして思う。
(トブの森の傍の村々――カルネ村の周辺? エンリっ!)
薬師の少年は、思わずガタイの良い主人の二の腕を強くつかんで激しく揺する。
「そ、それってカ、カルネ村はどうなったのかって聞いてませんかっ!」
普段、大人しく優しい口調の少年が必死に縋って来たので、主人は驚いたが詳しく答えてやる。
「ああ。王国戦士達は、そのカルネ村からここに来たと言っていたぞ。その村も襲われて、3分の1の村人が――死んだらしい。だが敵はそこで全て撃退したと言っていた。それが、凄い魔法詠唱―――」
ンフィーレアは主人の二の腕を強くつかんだまま、しばらく放心状態になった。
(死んだ……3分の1も? あぁ、エンリっ、君は無事だよね……?)
「―――って、おい、大丈夫か?! おいっ、ンフィーレア君! 君の知り合いでもいたのか?」
「――え?」
呼びかける道具屋の主人の声で、少年は我に返る。こうしている場合じゃない。
「すみません、失礼しますっ」
「お、おい、薬の代金はっ」
「――こ、今度で結構ですっ!」
金貨40枚分を超える代金も後回しにし、少年はすでに荷馬車へ飛び乗っていた。幸い配達は、ここで最後であった。手綱を引いて巧みに操り、馬を急いで走らせる。
(エンリ、エンリ、エンリ、エンリ、エンリィィィーーーーーーーーー!)
心の中で、愛しいその名を絶叫する。彼女の笑顔しか頭に浮かんでこない。少年は、道の先だけを見詰め、他所へ目もくれずに家まで帰って来た。
祖母にカルネ村行きを告げ、工房内からまだ販売していない最も治癒効果の高い
(エンリっ、君だけはたとえ死んでいようと、僕は失う訳にはいかないっ!)
目尻に涙が滲む。
最悪、死体があれば復活は不可能では無いはず。金貨10000枚必要だろうと関係ない。例えこの魂を売り払ってでもエンリだけは助けてみせると、ンフィーレアの心はそう震えていた。
(時間が無い、急ごう)
秘蔵の薬を直ぐに鞄へ仕舞うと、屋外へ出る。
ンフィーレアは手元が少し手荒くなりつつ、荷馬車を軽くするため荷台から急いで新商品用の空瓶の入った木箱群をその場へ下ろすと、すぐに第三城壁内の冒険者組合の建物を目指し、第二城壁内の工房の有るこの家を後にした。
だが、向かった先の冒険者組合で彼を待っていたのは、とんでもない深刻な事態であった。
「えぇっ?! 冒険者が――誰もいないだってっ?!」
「は、はい、すみません。バレアレさん」
「くっ……」
なんと、無情にもこの夕暮れ時にも拘らず冒険者が誰もいないと、受付嬢の若い女性は告げた。彼女が悪い訳では無いが、そんな馬鹿な事があるのだろうか。凄い勢いで荷馬車で乗り付け、冒険者組合の建物に飛び込んだ必死になった形相のンフィーレアは、余りに間の悪い現実を、拳を握り締め震えながら恨んでいた。
受付嬢が補足するように、この有名な少年へ伝える。
「あの……明日の早朝か、早ければ今夜の夜中には誰かが戻って来ると思うのですが……」
(そんなに待てないっ!)
納品した直後なので今、それらの代金で金貨を120枚程は持っている。前金にしてでもこの時点で最高の腕利きを雇い、夜通し荷馬車で駆けてもらう予定でいたのだ。
(――一人でも行こうか)
夜へと向かうこの時間帯では、かなり危険な選択だ。しかし、エンリが待っていると考える少年はじっとしていられなかった。
才能あふれる彼は一応、第2位階魔法を使えた。自分の身ぐらいは守れると。
そうして出発しようと決めかけたその時、受付嬢が妙な事を言い始める。
「あの……バレアレさんが受付へ入って来るほんの直前に、
「昨日登録したての駆け出しの
だが、受付嬢はそこからまだ言葉を続ける。
「――でも、彼らの装備は一級品だったと思います。リーダーは男性で、身の丈が190センチ程もあり、見事な漆黒の
「えっ」
第3位階魔法が使えれば、ンフィーレアにとって同行者としては及第点。本当ならば。
ただ、今は正に藁もを掴む気で受付嬢に、その魔法詠唱者と戦士の名を聞くと、少年は急ぎ外へと飛び出した。
稀に遠方の他国で名の有る冒険者をしていた者達が流れてくることもあるのだ。そういった者らかもしれない。
もう5分は過ぎていた。でも、歩く距離から数百メートル内には居るはずだと。
そうして、少年はまず周囲を見回し、聞いた特徴に合う者はもうこの場いないだろうけれどと一応確認する。いなければ、時間的に次は宿屋の多い西方向を探そうと思考する瞬間、なんと視界の奥へ大柄で漆黒の
ンフィーレアはもう、彼らへと向かい全力で走り出していた。
確かに――素人では無い雰囲気を感じたから。
少年は二人へと声を掛ける。
「戦士のモモンさんと、
カルネ村から王国戦士騎馬隊が撤収して、2日後の夕刻の事である。
マーレは、MPの癒しを受けたあの日の内に、宣言通り平原の造成作業を終わらせた。大幅にMPが回復したことで、MP消費について効率よりも早さを重視し全力フルパワーで一気に片付けたのだ。MPは一日もすれば自動で全回復する。
彼女は呟く。
「ふぅ、出来たよっ。モモンガ様とデートだ!」
王国戦士騎馬隊を広場で見送り、
セバスから受け取った周辺調査の追加情報を『玉座の間』で確認した後、下層にある御方の自室で再び自作新NPCの調整を行う。
本来、アインズの自室は此処なのだが、現在、アルベドが指示して第九層の客間の一つを改装拡張し、支配者の執務室とクローゼットと浴室と寝室を制作中らしい。
「浴室と寝室は要らない」と一度はアルベドに告げるも、何故か「必ず必要になりますから、是非に。防音完備でご用意いたしますのでっ」と猛烈に制作をプッシュされ押し切られていた……。
新NPCを二時間ほど調整し、レベルの配分はかなり絞る事が出来た感じだ。予定時間を迎え、自室を後にする。
この領域への同行警護者は、昼前と同じくナーベラルであった。自室を退出してきたアインズにより、彼女は本日3回目のナデナデをゲットしてうっとりと頬を染めていた。
時間的に地上はそろそろ、空が美しく紅色に染まる夕方頃であろう。
アインズは第十階層の通路を通り、『玉座の間』の前の広い吹き抜けの廊下空間へと出る。すると、そこにマーレがスカートを音も無く可憐に揺らし、ちょこんと控えめに立っていた。
こう見ると小っちゃくて華奢な彼女。だが、守護者達の実力においてコキュートスすら上回り、シャルティアに続く序列2位。統括のアルベドをも凌いでいるのだ。とてもそうは見えないが。
アインズの姿をオッドアイの視界に見付けて、
「モ、アインズさまっ、ナザリック周辺の丘の造成作業が終わりましたっ!」
「おお、そうか。素晴らしい早さだな。流石はマーレだ」
支配者からの、ナデナデを満足気に『ほにゃ顔』の笑顔で受けつつ、マーレはお願いする。
「ぜ、是非確認して頂けませんか?」
仕事の完了状況を確認するのは、上司の当然の役目である。
「うむ、少し待て」
「は、はい」
「〈
『いえ、今のところはございません』
「そうか、分かった。これから私は、仕事の終わったマーレと状況を確認したのち、恐らくそのままカルネ村へ戻る」
『承知いたしました』
頭を僅かに上げセバスと交信していたアインズは、顔を下げ視線をマーレへと向ける。
「では、マーレ渾身の作業の成果を見せてもらおうか。我が手を掴め、指輪で〈転移〉する」
「はいっ」
マーレは、差し出されたアインズの左手を小さい右手でそっと握ると、更に左手も添え両手でとても大事そうに胸元へ寄せる。杖は腋に挟んでいた。
アインズはその様子を見ていたが、間もなく静かに後方で控えていたナーベラルへと顔を向けて労う。
「ナーベラルよ、ここまでの警護ご苦労であった。それと
「はっ、お任せ下さい」
アインズとマーレは、ナーベラルの礼に見送られナザリック上空へ一気に〈転移〉した。
「「〈
二人は、高高度からナザリック周辺を見下ろす。共に〈飛行〉を唱えたが、二人はまだしっかりと手を繋いだままでいた。
(モモンガ様……)
マーレは、自分から手を離す気は全くない。主が手を緩めれば、お離ししようと考えている。
眼下には20を超える丘が続く丘陵が作られていた。〈飛行〉しながら位置を変えて見下ろしていると、パッと見ではナザリック自体の丘がどれか気付かない状況になっている。ナザリックに似せた丘も4つ有り、仕事量に加え素晴らしい造形力も示していた。それらが生み出したナザリックの安全性の高さは非常に大きくなったと言えよう。
それはマーレが、新世界へ来て間違いなく全メンバーで最大の勲功を上げた事を意味する。
アインズは、それに見合う褒美を与える必要があると考えている。
だが単に半日程度のデートでは、この偉業を行なった配下には、報いが少ないように思えた。
「マーレよ、確かに確認した。偉業を成したな。私は大いに、非常に満足し喜んでいるぞ」
「は、はい。満足頂きありがとうございますっ」
マーレは、垂れたエルフ耳とおかっぱ風の金髪を受ける風に揺らしつつ、最高の笑顔で微笑む。
アインズはそれに応えてやる。
「さて、褒美についてであるが、お前が望んだデートについては知っているな?」
「は、はい。男の人と女の人が二人っきりで……会って楽しむ事です」
彼女は顔を赤らめて、恥ずかしそうにモジモジとそう答えた。何やら色々の事を思い描いてしまっているのだろうか。
「うむ。しかし、私の喜びに対して単にデートでは、マーレの偉業には釣り合わん。なので、結構仕事も入ってしまうが、少し前から私が計画していた私自身がリーダーの二人組で人間種世界の情報調査をするというのがある。そのパートナーを、マーレ、お前がやらないか?」
「パ、パートナー……二人っきりで……」
マーレは、夢見心地である。
妃には成れるかもしれないが、最低でも4人は居る事だろう。独占は姉や仲間の事を考えれば絶対に出来ない。しかし、これは――。
「(そうだ、モモンガ様と一緒に居られれば、きっと可愛がって下さる。それは、ナデナデや……その先も色々あるかも――)や、やります! 僕、頑張りますから、是非やらせてくださいっ」
少女は、頬を真っ赤に染めていたが、しっかりとアインズへオッドアイの目を合わせてそう告げる。
「うむ、ではマーレ、我がパートナーをよろしく頼むぞ」
「は、はい。素晴らしいご褒美をありがとうございますっ、モモンガさまっ! あっ……」
思わず、マーレはモモンガ様と言ってしまった。セバスからアインズに改名したと聞いており、そう言い変えるようとしていたが心の中での喜びの叫びが言わせてしまった。
「す、すみません、アインズさま……」
マーレは、恐縮し申し訳なさそうに俯いている。主の名前を間違えるなど階層守護者失格であろうと……。
「マーレよ、お前は私のモモンガという名前が気に入っているようだな」
「は、はい、とてもっ。ずっと――モモンガさまでしたので」
とても愛らしくそう言うマーレの表情を見ながら、アインズは可愛い配下へ伝えてやる。
「ふむ……ではマーレよ。二人きりの時は別に、モモンガでもよいぞ。好きに呼ぶが良い」
「ほ、本当ですかっ?」
「アインズ・ウール・ゴウンはこの世界に広めるための名。仲間からの借りものなのだ。一人ぐらいは私の名を呼ぶ者がいても良かろう。だが他の者の前で、その事は秘し気を付けよ」
「は、はい。畏まりました。モモンガさま、ありがとうございますっ!」
マーレは嬉しい。彼女の可愛い表情からニコニコが止まらない。主と二人だけの秘め事が出来たのだ。これも最高のご褒美である。
「では、明日二人組で早速動くやもしれん。マーレはこの後十分に休めよ」
作業の最後に結構無理をしたので、マーレはドキリとしてしまう。敬愛する主様は、お見通しのようだ。それに、二人だけという事は、有事に主人を守れるのは自分だけということなのだ。それに備え、全力が出せなければいけないだろう。マーレの目付きは変わり、真摯に誠意と覚悟をもって答える。
「は、はいっ、全力で休みますっ!」
「うむ、では私はカルネ村へ向かう。〈
そう言うと、マーレの左手を掴んでいたアインズの手が緩むのを感じ、マーレは静かに惜しむように右手、左手とゆっくり離していった。
夕日が地平線に掛かり出す頃、マーレに見送られつつアインズの姿は空中にて〈
畑仕事を終え、
ソリュシャンはアインズから、エンリらが戻れば先に食事を取るように、村長らが来れば休んでいると伝え、用件を聞いて緊急なら
彼女は属性こそ最悪に近い。しかし使命に対しての状況判断と柔軟な対応力は、プレアデスの中で副リーダーのユリ・アルファに比肩する。
ソリュシャンは一応ご褒美も与えられていた。
昨晩夜中に、アインズの命により、まだ仮置きされていたスレイン法国の騎士の死体の山から8体を
そろそろアインズが戻って来る時間になり、シズが席を立つと、ソリュシャン、そして窓際のルベドと続く。
ルベドの設定には、好感度を上昇させにくいようにしているとしか思えない結構特殊な内容が列記されていたが、アインズはそれを偶然にも掻い潜ってきていた。すでに好感度状況は『同志』で『従ってもいいかな』『ナデナデ希望』という高水準だ。
窓の外はもう、ずいぶん暗くなっていた。
3分ほどするとアインズの姿が〈
アインズは、ルベドからの「お帰り……なさい」に、「うむ」と返す。ルベドは――僅かに口許を緩め笑みを浮かべた。
間もなくエンリらが食事を終え、家事室から居間の方へと出て来る。エンリ達は、主へ配下として遅れながらも畑からの帰宅を報告する。
「アインズ様、先程畑作業を終えて帰宅し、食事を頂いておりました」
「アインズさま、ルイス君が力仕事でとっても凄い凄いですっ」
「うむ」
ネムの報告は、大きく腕を広げての雰囲気だけだが、大まかには伝わってくる。農作業とは
「農作業は覚えてくれないのですが、何度か説明すれば畑周囲の雑草取りや収穫時の重い荷車引きも手伝ってくれますので、本当に助かっています」
「ほぉ、そうか」
エンリは考える。このままデス・ナイトに手伝ってもらえれば、例年よりも収穫量は増えると。愛しの『旦那様』には妹に加え、自分の命も助けてもらい、さらに仕事や経済面的にも恩が出来てしまった。デス・ナイトには人件費や食費等の費用が全く掛からないのだ。
だからこそ、より強く思う。何かお役に立たなければと。この身体も心も『旦那様』のものなのだからと。
そんなエンリへ、アインズが改まった感じで声を掛ける。
「さて、エンリよ」
「は、はい」
その雰囲気を彼女は敏感に感じた。少し緊張し直立で身を正す。
「王国戦士騎馬隊は予想より早く去って行った。数日様子は見るが、お前にやってもらいたい事を先に伝えておこう」
「はいっ」
「一つ目はこの村の発展だ。目を掛けた村だが、流石に現状の80余名では存続が危うい。そしてあと一つは――お前の友人の薬師を私の味方に付けて欲しい」
「――畏まりました、アインズ様」
「うむ、良く言った。ただ薬師の件は出来るだけ早くだ。方法はエンリ自身に任せる。お前達姉妹にはまだ詳しい事は言っていなかったが、私はナザリックという大きな組織を配下に持っている」
エンリは納得する。神にも等しいこれほどの人物が、少数の配下しか連れていないというのに違和感があったのだ。
「そのナザリックを預かる者として、仲間や場所を守らなければならないのだ。その為にこの村は守られ、お前の友人の薬師の能力を必要としているという事だ。特に薬師の能力は我々にとって脅威になりえる。可能なら手元に置いておきたいのだ」
今のエンリにはよく理解出来た。外の者が『旦那様』の害になるなら容赦はしない。それが――友人であっても。
「いずれの件も、必要な事があれば申し出よ、可能な限り助力しよう」
「はい、よろしくお願いしますっ」
承諾したエンリは、大恩あるアインズの要望をよく考え実行し実現するだけである。ンフィーレアに関して、助ける時間と可能性を『旦那様』から自分へ残してもらっている。
「……そうだ。エンリよ、まず人手として手足となる者らがより必要だろうから、特に変事がなければ……そうだな3日後にでもあの笛を吹いてみろ」
「こ、これですよね。確か〝ゴブリン将軍の角笛〟とか」
エンリは、大事に首に掛けていた笛を見せる。一つはお守りとしてネムの首にも掛けてある。これは愛しい『旦那様』からの初めての贈り物。今、家の中の物で一番の宝物である。
「そうだ。お前のみに従うゴブリン達が現れるだろう」
「……分かりました」
静かに頷くエンリであった。
モンスターを呼び出せと言われたのだ。少し腰が引けるも『旦那様』が勧めてくれた事。吹いてみせますと指先に握る角笛を眺めつつ心の中で呟いていた。
主との話が終わり、シズらから一歩下がった位置へ立ちエンリは考える。
ンフィーレアについては『強引』に上手く頼むとして、村の発展についてはどうするかと悩む。人を増やす事と、何か村の発展の目玉になるものは……と。あと、悲劇を繰り返さないように村の周囲へ防護柵も必要な気がする。
確かに旦那様の言葉通り、人手は必要だ。
すると、妹がアインズにだき抱えられ移動する姿を見ていたエンリは、一つの考えを閃いた。次に都市へ薬を売りに行く時かンフィーレアが村へ来た時、薬師の彼に話そうという思いに至る。
直後、ネムの「アインズ様、今晩もネムとお姉ちゃんと一緒に寝て下さいねっ」のひと声で、その晩も再びルベドがエモット姉妹の寝姿を所望したことは言うまでも無い。
アインズは再び周囲監視の下、三角帽付きの空色の寝間着姿でエモット姉妹とベッドインする状況で翌朝を迎えていた――。