オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE10. カルネ村の夜明け(2)

 アインズは、カルネ村で降伏させたスレイン法国の騎士らより「周辺の村々を襲えば」と聞いた当初から疑問に思っていた。領主の兵達は助けに来ないのだろうかと。加えて、なぜ王城の王国戦士騎馬隊が来ているのかと。

 先程ナザリックへ戻った際、階層守護者からのナザリックの周辺、東西南北について中間的な調査報告へ目を通すと、貴族風の館もいくつか確認されていたが――このカルネ村周辺にそれは見当たらないのだ。

 これでエンリへの確認事項の回答はほぼ予測出来ていた。

 アインズの、カルネ村周辺の領主が誰なのかを問う質問にエンリは答える。

 

「ここは、王家直轄領です――一応ですが」

「一応?」

 

 アインズはエンリへ尋ねつつ、ネムを抱っこしたまま上座の席へと静かに腰かける。

 

「はい……この村周辺は“辺境”の地ですから」

「んっ、辺境だと? この辺りは、まだ帝国と少し距離があると思うが?」

 

 ナザリック地下大墳墓は此処よりも10キロほど北東の平原にある。そのさらに20キロ程東が帝国領だろう。しかし、エンリは帝国とは方向の違う理由を述べた。

 

「ここは北方へ広大に広がるトブの大森林から近いのです。あの森林地帯と以北の巨大山脈は人間種達を凌ぐ亜人達の領域なのです。このカルネ村はその隣接地でもあり辺境となります」

 

 この世界の王侯貴族らの領地には主なランク付けがあるという。

 商業特上地、農作特上地、商業上地、農作上地、商業中地、農作中地、商業下地、農作下地。

 上中下は、主に生産量を基準に付けられるが、加えて周辺の水源などの立地、災害や戦争等への危険度も考慮される。貴族達は当然多くが安全で豊かな地域を望むことになる。そして、治めるに割の合わない地域の多くが下地となる。この国において農作下地の三分の一は貴族から見捨てられている土地とも言える。

 誰も治めない余った下地も名義上は王家直轄領となる。だが名称は『辺境領』『直轄下領』と呼ばれ区別されていた。

 ガゼフが武装を制限されたのも、正にこれが理由であった。

 貴族達から反対されたのだ。「そんな端の土地の者を守るために精兵は出せない」と。それでも出陣するなら、王家に伝わる五宝物は使用不可であると。

 もちろんこんな辺境に侵攻した事を、態々王城へ伝えたのも陽光聖典以下による自作自演的工作であったのだが。

 

「そうか……なるほど。では、これより東の平原の地も農作下地として王家直轄領なのか?」

 

 アインズは、自然の流れで尋ねる。つまり、ナザリック地下大墳墓はリ・エスティーゼ王国の王家直轄地内に存在しているのではとの確認だ。

 するとエンリは、小さく首を振りつつ答える。

 

「――いえ、あの広い平原は下地以下……無生産地です。耕作地としても放棄され随分使われていないと思います。帝国との長きに渡る小競り合いで、誰も住まなくなりました。今では殆ど放置され帝国への緩衝地帯となっています。それに森林側へ近付く北部では、時折恐ろしいモンスターも出ますので」

 

 道理でナザリック周辺には誰も住んで居ないわけである。だが――もはや実質、空白地と言える状況だろう。

 ここで、アインズは疑問が思い浮かぶ。

 

「エンリ、この村はモンスターら亜種族達のすむ森へ近い辺境だという割に、住民達に戦いの備えが全く無かったのは何故だ?」

 

 騎士達に襲われた時、武器らしいものを持つ村人が居なかったのは不自然に思えたのだ。

 

「それはこの村周辺の森が“森の賢王”と呼ばれる伝説の魔獣の縄張りに入っているからです。“森の賢王”の存在が、もう百年以上もずっと北の森のモンスターからこの村を遠ざけてくれています」

「ふむ、“森の賢王”か。その名は村長も言っていたが……どんな賢者か会ってみたいものだな」

 

 他の者がそんな事を言えば、なんと恐ろしい愚かな事を考えるのかと思うが、目の前の者は形はどうあれ神かも知れない存在なのだ。エンリは、アインズの考えを素直に受け入れていた。

 

「その姿は伝わっているのか?」

「はい、小部屋程も大きさがあり非常に立派な魔獣の姿をしていると、そして鱗に覆われた長い蛇のような尾を持つとの事です。隣の亡くなったお爺さんが、若いころに見たことがあると自慢していましたので」

「ほぉう」

 

 アウラが職業のビーストテイマー等により、高レベルモンスターの使役や強化・弱体化を得意としている。『森の賢王』を支配下に置くのは難しくないだろう。

 

「森には他にもそういった魔獣がいるのか?」

「それは……すみません、良く分かりません。村の人達も稀に狩りや、私も本当に近場の森へ薬草を取りに入るぐらいで、それ以外の、森の奥の事は詳しくないので。ただ、他にもそういったモノが居るという話は昔から伝わっています」

「そうか。ふむ、色々参考になった。礼を言うぞ、エンリよ」

「は、はいっ。お役に立てて良かったです」

 

 ふとアインズが気付くと、ネムは彼の胸に丸まるようにして寝息を立てていた。いつもよりも寝る時間がかなり早く、エンリも油断していた。姉は、妹の様子に困った表情をして声を掛ける。

 

「あぁ、ネム……、すみません。こらネムっ」

 

 ネムが疲れているのは無理もないが、エンリとしては恩人を前に醜態を晒せない。

 だが、アインズは右手で姉を制してそれを止めさせる。

 

「エンリよ、ネムはもうベッドで寝かせてやれ。あと、今日ぐらいはお前ももう休め」

「……はい……では、ネムを寝かせてきます」

 

 今日、エモット姉妹の両親は亡くなったのだ。目の前のエンリも二人分の墓を掘り、精神的にも肉体的にも疲弊しているはずである。

 アインズからよく眠る妹を受け取ると、彼女は居間の奥の部屋へと入っていく。

 アインズ自身に感慨は少なくなっているが、自分の両親を見送るのはどういう気分になるのだろうか。

 

「……ふっ、もう人ではない私には関係のないことか」

 

 そんな事を呟いていると、奥の扉からネムを寝かせたエンリが出て来る。彼女へはもう休んでいいと言ったのだが、その表情から何か用があるのだと窺えた。

 彼女は、世間体を度外視して、アインズをすでに家へまで招いているのだ。涙を浮かべていた昼間の件と関係が無いとは思えない。アインズは一旦時間を置けばと思ったが、あれは瞬間的に終わる気持ちでは無かったという事だろう。

 エンリは自分の立場を踏まえて、プレアデスらよりも遠い位置からその場へ両膝を突き、絶対者へと声を掛ける。

 

「あ、あのアインズ様、再度お願いします」

「なにか?」

「村をお出になる際に――私もお連れ頂けないでしょうか? 私の、全てを差し上げますっ。私は妹や皆を救って頂いた、偉大なアインズ様の傍でお役に立ちたいんですっ。どうか、是非ともお願いします」

 

 彼女の想いの言葉を聞き、アインズの傍で直立するシズとソリュシャンからの視線が痛い。下等生物が何をと、凄い目力で見つめてくる。普段、人間種に余り関心が無い、アインズ大事のメカ少女シズの眼帯内から〈重光線砲(ハイパー・レーザーカノン)〉も飛び出しそうだ。だが、エンリの決意にはあの時死んだ命だという、死兵的思考の雰囲気が漂っており、精神的に大きく臆することは無い。

 アインズは静かに語り始め、最後に尋ねる。

 

「……勘違いをしているようだから言っておこう。私は目的に対し冷徹であるぞ? この村を救ったのは偶々に過ぎない。お前やお前の妹が助かった事もな。明日、隣の村が襲われても私は助けないだろう。いや、場合によっては私が襲うかもしれないぞ。それでもか?」

 

 騎士達を無造作に殺した手際など、アインズが述べることは事実だろう。しかし、それを聞いてもエンリは――動じない。彼女は元々サバサバして割り切っている性格であったのだ。

 

「はい。それでも構いません。これまで親身になってくれたのは、世界でこの村のみんなぐらいですから。妹とみんなが無事であれば、私の気持ちは僅かも揺らぎません」

 

 この娘……凄まじい考えである。いや、我々ナザリックの者達と同じなのかもしれない。それにこの新世界の人間種の彼女が協力者というのは、今後もメリットが出てくるだろう。

 

「……よかろう。そこまでの考えと、すでに私へ貢献している事を評価しよう」

「あ、ありがとうございます、アインズ様っ」

 

 エンリは、右手の拳を左掌で包み、正に神へ祈る形で喜びの表情の中、頭を垂れた。

 だが、プレアデスの二人は異議の声を上げる。

 

「……お待ち……です……アインズ様」

「お待ちください、アインズ様! このような下等生物をお連れにとは、なぜです? 小動物なら可愛げもありますが……ま、まさか。コホン……この薄汚れた者ではなく、言っていただければいつでもこのソリュシャンが閨へ――」

「……シズ……お呼び……閨……参る……です――」

 

 シズとソリュシャンは頬を真っ赤にするも、下等生物など主の傍へ必要無いとの考えを訴える為にアインズをしっかりと見詰め、目を逸らすことは無い。

 エンリも、自分の役目はやはりそうなのかと、その内容に頬を染めドキドキである。

 しかしアインズは、乙女らへある意味『期待外れ』の言葉を述べる。

 

「オッホン……何の話だ。シズとソリュシャンには不満もあろうが、エンリの事はナザリックの今後も色々考えての事である。私の考えを、分かってはくれないか?」

「……っ、大局を見られてのお考えでしたら、否はございません。畏まりました」

「……了解……です」

 

 絶対的支配者よりナザリックの為と言われては、プレアデスの姉妹は引かざるを得ない。だが、自分達だけでは不足しているところがあるという考えへも繋がる結果に、少しの寂しさと不満がある表情が残った。

 

「ふむ、皆が納得するにはもう少し手柄が必要か。では、エンリには、我が配下ながらこの村の住人の立ち位置でやってもらいたい事がある。それがうまく行けば文句を言う者は、私が説得しよう。どうだ、エンリ?」

「は、はい、頑張ります、アインズ様っ。それで私は何をすればっ?」

「まあ、慌てるな。それは、王国戦士騎馬隊がこの村を去ってから話をしよう。――彼らに邪魔されては困るしな。なので数日はゆっくり出来よう。お前も色々気持ちの整理をするがいい」

「!――ありがとうございます」

 

 立場の随分低いはずの自分への、アインズの気遣いがエンリには嬉しい。

 そして『主』が、プレアデス達らを前に、エンリへ『配下』と言ってくれている。この先、命じられる内容に不安が無い訳では無い。「隣の村を襲え」かもしれないのだ。

 しかし――彼女はそういった命令でも出来る事はやるつもりだ。

 すでに、アインズの傍で恩を返して働けるとの気持ちが勝り、エンリの表情へ笑顔を運んでいた。

 

「エンリよ、まず我が配下へ挨拶せよ」

「は、はいっ」

 

 エンリは促されるまま、慌てて立ち上がると身を正す。

 

「……改めまして皆さま、エンリ・エモットです。16歳です。若輩、新参者ですがよろしくお願いしますっ」

 

 緊張の表情で名乗り、頭を下げた。

 彼女が頭を上げたタイミングで、アインズが自ら美しい配下達を紹介してやる。そうしなければ、この新世界で初めての平凡な人間種の協力者の事など、配下の誰一人見向きもしないだろうと。流石にアインズ自らの紹介となれば、正面を向かないと絶対的支配者へ失礼になる。プレアデス達はエンリへと先程から顔を向けていた。

 

「窓際に居るのが最上級天使のルベド、こっちが自動人形(オートマトン)のシズ・デルタに不定形の粘液(ショゴス)のソリュシャン・イプシロンだ、いずれも私へ意見出来る者達だ、見知りおけ」

「は、はい」

 

 プレアデス達はメイドでもあるが、ナザリックにいる他の41名の人造人間(ホムンクルス)であるメイド達とは格が違う。ただのメイド達がアインズへ意見などすれば、上司のメイド長であるペストーニャ・S・ワンコにより罰を受けてしまうだろう。

 とりあえず、全員人間種ではない――こんなにも美しいのに……。

 エンリは呆然と、外の世界の広さを少し知る。

 

「さて、エンリもそろそろ休むといい……ん?」

 

 奥の部屋の扉が開いて、白い肌着姿のネムが目を擦りながらトタトタと歩いて来た。

 

「お姉ちゃんいた……アインズ様達も」

 

 ネムはエンリの手を握る。熟睡していた子供がそう簡単に起きる訳が無い。恐らく、悪夢を見たのだろう。

 

「お姉ちゃん……どこにも行かないでね……」

「ネムっ……」

 

 妹の言葉にエンリは、その期待する言葉を答えることが出来ない。もうアインズへ付いて行くと決めたのだ。

 しかし、ここで幸せな事が起こる。

 

「ネム、安心するといい。お前の姉は何処にも行かないぞ、姉妹はいつも一緒だ」

 

 エンリは慌ててアインズを見る。主は頷いた。頷くしかなかった……。

 

 ――ルベドの視線が鋭くなっていたのだ。

 

 平和の為にもこう言っておかなければならない。たかが小動物一匹である。

 アインズの言葉の後に「ふふっ」という声が、ルベドの緩んだ口許から漏れ聞こえていた。その声にアインズは内心ホッとする。それに、アインズへのルベドの親近感は更に上がっている様子だ。もはや『同志』の水準。悪い事ばかりでは無い。

 

「ありがとうございます、アインズ様。姉妹でずっと付いて参りますので」

「お姉ちゃんっ。アインズ様も大好き!」

 

 しっかりと抱き合うエモット姉妹。

 

 人間種も――仲の良い姉妹達だけは助かるかもしれない……。

 アインズはそんな気がした。

 

 

 

 

 

 カルネ村に日が昇る。天気は快晴。静かな、そして眩しい新しい朝が始まる。

 しかし、空色の三角帽を被るチェックの寝間着姿で骸骨顔のアインズはナゼか、女と共に朝を迎えていた……。

 

「むにゃむにゃ、すごいすごい、あいんずさまぁ」

 

 アインズの傍では――肌着姿のネムが寝言を言っている。

 その隣には、一部三つ編みであった髪を解き、胸元へ水色リボンの付いた白いワンピース風の寝間着姿をしたエンリまでが、静かにスヤスヤと穏やかに眠っていた。

 アインズの近くには、シズとソリュシャンも椅子に座った形で寡黙に控えている。

 ルベドは当然、窓際の丸太の厚みの部分に腰かけ膝を抱えつつ、二組の姉妹を横目でチラチラと見ていた。

 ここはエモット家で一番広い二階にある部屋。つまりアインズが泊まる予定の部屋である。しかし今、エモット家にいる全員が集まっていた。元両親のベッドは二つをくっ付けても使えるタイプであった。そこに支配者とエモット姉妹の三人が横たわっている。正確にはアインズは既に起き上がっているが。

 発端はもちろんネムだ。昨晩、アインズへ大好きと言った直後である。

 

「アインズさま、今晩おそばで寝てもいいですか? あとお姉ちゃんもっ」

 

 その時、ルベドのブルーアイの瞳が燦然と輝いた――『姉妹の寝姿』への渇望にっ!

 

 プレアデス姉妹達では、寝姿を見ることが出来ないのだ。

 ルベドは、いつの間にか立て掛けてあった聖剣まで、右手に握りしめていた……。

 シズ達もその底の知れない圧倒する力量差に、抗議の声が出ない。

 これはアカン。

 うん。たかが小動物と下等生物が傍で寝るだけである。アインズは慌てて即決する。

 

「も、もちろんだ、ネム。さあ部屋へ行って、エンリも一緒に寝るぞっ」

「は、はいっ……」

「わーい、アインズさまと一緒だぁ」

 

 無邪気に二階のアインズの寝室へと駆け上がるネムに、頬を染めて着替えてきますと一度自室へ向かうエンリ。アインズも仮面を外し、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で三角帽付きの空色チェックの寝間着に着替え、トボトボと寝室へと移動していく。

 こうして、またしてもアインズの英断により、ナザリックの平和は守られた――。

 一方シズ達も、下等生物が盛ることのないようにと見張りの意味で同室を希望。

 もちろん他、『姉妹の寝姿』閲覧希望者が一名。

 結果、こうして朝を迎えた。

 

 アインズの記憶では、母親や親類以外の女性と同じ寝床に居るのは初めてだと記憶している。もちろんアインズは眠っていない。不眠の体質であるため寝ることは出来ないのだ。

 

(はぁ、なんだかなぁ……)

 

 穏やかに眠るエモット姉妹を眺める。

 女の子が傍に寝ていると、良い香りがすることを知ることは出来たが、何か切ない。父親のような気分だろうか?

 眠るネムの頭を軽く撫でてやる。すると握るアインズの寝間着へ頬をゆっくりとスリスリしてきた。

 姉妹を静かに寝かせてやろうという、アインズの一言でシズとソリュシャンは会話をせず静かに椅子へ座っている。

 昨晩、ネムはアインズの近くへ横になると彼の寝間着の袖をそっと握りつつ、横にエンリが来るとすぐに寝入ってしまった。そして、安心したのか途中で起きることはなく、ずっと穏やかでたまにニコリとしながらの睡眠であった。一方姉のエンリは一階の部屋で急ぎ、髪を解いてワンピースの白地の勝負寝間着に着替えた。若干薄地で捲り上げ易い優れものだ。

 しかし暗闇の中、常に見張りの赤い点が三つ並ぶ形で射抜くほどの雰囲気にてエンリの動きを捉えており、昨晩は主様の御手が若い身体へ伸びてくることも無く……少し残念かなと彼女は思った。

 すでにアインズへは全てを受け入れているので緊張もなく、逆に傍へ居る安心感のため、彼女も間もなく安眠へと落ちていった。

 そして今、眩しい日差しに窓からも明るい光が入ってくる。すっかり朝の様子に薄らとエンリの目が開く。横に寝息を立てる可愛い妹ネムの姿。それ越しに起き上がっている人物……骸骨な顔。

 

「ん……はっ。お、おはようございますっ、アインズ様!」

 

 元々寝起きの良い健康的なエンリは、すでに起き上がって二人を静かに眺めていたアインズへと向かって自分も急ぎ起き上がり、ペタンと足先を腿の外へ曲げてベッドに座る形で手を付き頭を下げた。

 彼女にとってアインズは、もはや床までも共にし、『主』であり(つが)いとしての『旦那様』とも言える存在である。

 とは言え、寝姿や寝顔をバッチリと見られてしまい、恥ずかしさと嬉しさに頬が赤くなってしまっていた。

 

「おはよう、エンリ。よく眠れたか?」

「は、はい、おかげさまでぐっすりと眠ることが出来ました、ありがとうございます」

 

 周りを見ると、全員揃っている。上位の者への挨拶も忘れてはいけない。立場と言うものがあるのだ。

 

「ルベド様、シズ様、ソリュシャン様、おはようございます」

 

 勿論、エンリは返事を期待している訳では無かった。しかし、すでにエンリ達はアインズが認め配下とした者。

 

「……おはよう」

「……ん……良い朝」

「おはようですわ」

 

 人間種ではあるが支配者の認めた個体、エンリ・エモットと認識され返事が返ってくるようになっていた。

 ソリュシャン以外は元々属性は善なのだ。

 エンリは、とても嬉しくニッコリと元気な笑顔になった。

 だが、ソリュシャンはシズの気持ちも加えて指摘する。

 

「エンリ、早くお着替えなさい。いつまでも、その……アインズ様を独占なさらないで」

 

 エンリとしても分は弁えている。

 

「はっ、はい。申し訳ありません。直ちに着替えて階下を綺麗にしておきますね。ではアインズ様」

「うむ。ネムはもう少し寝かせてやれ」

「はい、すみません」

 

 そう言うとエンリは一階へと降りていった。

 するとシズが、魔銃を椅子の脇へ置くとネムの傍へとやって来た。

 アインズが認めナザリックの一個体となったネムは、シズにとって『可愛いもの』と認識された。気が付けば、シズは眠るネムを大事に抱えて椅子に座っていた……。

 その様子にソリュシャンは思わず呟く。

 

「やっぱり美人は、少し損なのかもしれませんわね……」

 

 早朝はそんな感じで過ぎ、着替えを終えたエンリは慌ただしく居間を掃除した後、いつも通りにまず畑の様子を確認する。次に水を井戸まで汲みに行き、自分達の食事を用意し、アインズ達が降りて来ると、寝室の掃除も一気に行う。

 アインズとシズ達は、村が朝食を終えて一段落(いちだんらく)した時間を見計らい、エンリらを残し広場へと足を運ぶ。用件は二つあった。王国戦士騎馬隊の去る時期の確認と、昨日の王城への勧誘の答えだ。

 

 広場に入ると、王国戦士長のガゼフはすでに出て来ており、隊員達へ色々指示を出していた。隊員は全員が動き出せるほど体力や怪我は回復している模様。

 だが、彼等にとって大きい問題があった。それは――軍馬である。

 陽光聖典との戦いで、一旦、全員が馬を失っていたのだ。あの戦いで少なくない馬が死んでいた。だが、全てでは無い。生き残っている馬達をまず見つけることにした。

 すでに4頭ほどは連れて来られている。

 

「おはようございます、戦士長殿。……馬の確保ですか?」

「これはゴウン殿、おはようございます。ええ、部下の話だと10頭以上は生き残っているはずなので」

「なるほど。では出立には結構掛かりますか?」

「いや、王城へは私以下8名程で先に報告の為、遅くとも明日の昼にはこの村を出ることに。他の部下達はここで荷馬車を譲ってもらったので、エ・ランテルまで出て、そこで駐留軍から馬を調達する予定で」

「そうですか、では例の御返事は今日の夕方にさせて頂きます」

「承知した。良い返事をお待ちしている、では」

 

 その後もガゼフは、部下へ――「おい、その荷物は向こうだぞ」と、忙しそうに指示を出していた。最初に村を襲った騎士の鎧も一式だけ、検分の為に持ち帰る。ガゼフも分かっている。剥いだ鎧は売り払われ、被害を受けた村の貴重な財源になることを。なので、最小に抑えてくれていた。ガメツイ者だと全て持ち去る事だろう。

 アインズはデス・ナイトの変わらない様子を確認すると、エンリの家へと引き返そうとして思い出す。エンリはネムを連れて畑の手入れに行くと言い、家は自由に出入りして使ってくださいと言い残していた。エンリにとってアインズは『主』であり、もう『旦那様』と考えている。アインズはそこまで気付いていなかったが。

 とりあえず彼は、一度聞いていたエモット家の畑をルベド達を連れて見に行く事にする。

 アインズ一行は村の外へ、広がる畑へとやって来る。

 遠くから見ると結構広い。昨日までは彼女らの両親がいたが、今日からは姉妹しかいないのだ。一応、村でも相互で助け合っていると聞いたが……。

 

(実験には良いか……デス・ナイトよ、来い)

 

 アインズは、最寄りのデスナイトを呼びつけた。

 すると、一体のデス・ナイトが間もなく風のように現れアインズの傍まで来て止まる。その状況になってエンリは、アインズ達の存在に気付き表情を変え、妹も連れやって来た。

 

「あっ、アインズ様、何かありましたかっ?」

「いや、ちょっと寄っただけだ。随分広い畑だと思ってな」

「あ……はいっ、父と母はとても働き者でしたから」

 

 自分の両親を誇りにした笑顔を、彼女はアインズへと向ける。

 

「ふむ、そうか。では手が必要であろう。デス・ナイトよ、このエンリを手伝ってやれ。以後、エンリの命令を実行せよ」

「オォォ……」

 

 デス・ナイトは返事と思しき声を上げるとエンリへと向く。しかし、2・3メートルの巨体の両手には左手に巨大なタワーシールド、右手に1・3メートルもある巨剣のフランベルジェを持っている。畑との対比が異様にシュールであった。

 

「あの……」

 

 エンリが少し困った様子だが、ネムが指を差し叫ぶ。

 

「ルイスくんっ、剣と盾はあそこの土手に置いてきてっ」

 

 その声にデス・ナイトは――首を傾げた。しかし、エンリが言葉を続ける。

 

「お願いできますか?」

 

 するとデス・ナイトは、その土手まで行くとタワーシールドとフランベルジェを置いて戻って来た。

 

「大丈夫そうだな。ではエンリよ、デス・ナイトを上手く使え」

「あ、ありがとうございますっ」

 

 エンリは、破顔するほど幸せそうに嬉しい笑顔を浮かべていた。両親は早くに去ってしまったが、神のような方ながら優しい『旦那様』が家へ来てくれたと。

 その表情を見てネムもとても嬉しそうに微笑む。姉の表情は家族だけへ見せる最高の笑顔であったから。

 

(お姉ちゃん、凄く幸せそう)

 

「私は少し用がある、家を使わせてもらうぞ」

「はい、どうぞご自由にお使いくださいっ(そこはもう『旦那様』のお家なんですから)」

「うむ、ではな」

 

 アインズ達を見送ると、エンリはデス・ナイトへと力仕事を頼む。埋まった1トンはあろう巨石や、巨木の切り株撤去など、これまで両親も手が付けられなかった重労働を一瞬で終わらせてくれた。

 信じられない即戦力であった。

 

 畑から戻り、アインズ一行はエモット家へと入る。

 すでに、村長や出入りする姿を見た者らからエモットの家は、アインズ様の仮りの館だと知られている様子で、村人達は入って行く姿にも礼をして見送ってくれる。

 当然、エンリは彼の『お気に入り』になっての事だろうと言う尾ひれも付いてだ。

 しかし、村を救った代償は何かあるはずだと人々は思い、それを務めるエンリには精一杯良くしてあげないとと、村人達は彼女へ協力的に考えるようになっていた。

 アインズはエモット家の居間に入ると、ルベド達へ告げる。

 

「また私はナザリックへと戻る。今度は二時間ほどだ、留守を頼んだぞ」

「畏まりました、アインズ様」

「……了解……です……アインズ様」

「分かった、アインズ様」

 

 ん? とアインズは思った。ルベドが即答したのだ。今回は偶々か。

 

「……ではな、〈転移門(ゲート)〉」

 

 だが、プレアデスの二人が礼で見送る中、ルベドが共に並び立って見送ってくれているのは事実であった。

 ……これも進化と言えるのだろうか。

 

 

 




エンリハッピーエンド……いやいやまだまだこれからですよ(笑
早くも近衛兵付く? その名はルイス(Luis 名高い戦士)……。

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