オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE01. 挑戦の始まり(1)

 一人の、いや見た目は『1匹』といった方がいい異様な外形。

 そんな姿をしたプレイヤーが地下に蠢く。

 彼は、以前作成して自室にずっと残していた、とある1体のキャラを懐かし気に見上げる形で眺めていた。

 随分と長く、恐らく停止して3000日程放置していたものだ。

 

(ふっ。コレ、余りのスゴイ出来に()()だった気もしてたよなぁ……)

 

 だから仲間内の実験で少しの間、動かした程度。

 8年も前の事なのでうろ覚えながら、確か設定を色々と凝ったつもりであった。しかし出来上がったモノは、偏りがあり過ぎる存在になっていたように記憶している。

 だがそれも今日で全て無と化すということで、最後は動かして終わらせようかとこっそり起動した。

 数々の意味合いで恐怖するソノ()()()を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女達は『まだ』動かない――――。

 

 

 Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game(DMMOーRPG) YGGDRASIL(ユグドラシル)

 今日は、西暦2126年に開設されたこのゲームの運用サービス最終日。

 その知らせは、サーバー停止を以って12年の歴史に終止符を打つと、半年前よりユーザーへ周知されていた。

 

 ここはユグドラシル内のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の拠点、各層へ広大なフィールドを持つ全10階層からなるナザリック地下大墳墓。

 HN(ハンドルネーム)モモンガを名乗る鈴木悟(すずき さとる)は、運用開始当初からアンデッド種族系の骸骨キャラを操り、今は最高進化種である死の支配者(オーバーロード)となっている。

 全41名の仲間達と、苦労しながらギルドの拠点であるナザリックを作り上げ、中心メンバーの一人であった彼が、最盛期と言える9年前からギルド代表、統括責任者となっていた。

 

「でも、それも今日で終わりなんだな……」

 

 このギルドのメンバー分の席が並び、中央部分に大きく抜かれた空間を持つ大円卓が置かれた部屋『円卓(ラウンドテーブル)』で先程、三人目として集まってくれたギルド所属メンバーであり、スライム種キャラ使いのヘロヘロさんのログアウトを一人寂しく見送った。

 二年ぶりのログインだというのに、彼は言葉に感慨も少ない感じで、すでに過去のような話しぶりであった。

 「またどこかで会いましょう」と残した彼の言葉を思い出しつつ一瞬失笑が漏れた。

 それは、これだけ真剣だったのは自分だけかよ、という思いから。

 

「――ふざけるなっ!」

 

 モモンガは思わず怒りで、骸骨であるその右腕を41座席が壮観にならぶ白き大理石風の円卓に叩きつける。自分同様に他の者も、一時は全てを掛けて作り上げてきたこの場所を、なぜそんなにあっさり捨て去れるのかと。

 でも思い直す。――誰も裏切ってはいない事に。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の参加条件は二つ。一つは異形種である事。そしてもう一つは、社会人である事。

 そう、当然メンバー達には大事な仕事や家族もいたり、社会人としてやらなければならない数多の事があったのだ。去って行った仲間達は、誰も悪くない。

 せめて自分ぐらいは、静かにここで仲間達の分まで最後の時間を過ごそうと考えた。

 モモンガは、円卓部屋の壁に唯一設けられたニッチへ浮かぶよう(しょく)された、黄金色の(スタッフ)状のギルド武器アイテム――『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を暫し眺める。そして、これまでほぼずっとこの場にあったその豪華な杖へと、ゆっくり手を伸ばし掴む。

 これは、ギルドがその存在を守るためにメンバーのみが使うことを許されたものだ。

 最高クラスの所属メンバー達が結集して作ったギルドの秘宝。上部の七匹の蛇が咥える宝石はすべて神器級(ゴッズ)アーティファクトであり、杖自体に込められたパワーも、世界級(ワールド)アイテムに比肩する強力なものとなっている。まさに、ナザリック地下大墳墓を含めたこのギルドの力を表すものと言えた。

 ギルドマスターの彼は象徴的なその杖を握ると、第一階層から最後にと名残を惜しむように、ナザリック内を順に指輪の『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を使い瞬間転移で一時間程掛けて見て回った。

 

 第一から第三階層は『墳墓』。第二階層の一区画には「黒棺(ブラック・カプセル)」。

 第四階層は『地底湖』。

 第五階層は『氷河』。館として「氷結牢獄」。

 第六階層は『ジャングル』。

 第七階層は『溶岩』。

 第八階層は『荒野』。

 第九・十階層は『迷宮神城』。第九階層に「円卓(ラウンドテーブル)」「客間」「使用人個室」「大浴場」他、第十階層に「ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)」「玉座の間」「メンバー個室」と「書庫」「宝物殿」。

 

 所属メンバー以外が、各層を徘徊すればLv.100の最上位Non Player Character(NPC)に、Lv.80を超えるNPCやシモベらがたちまち襲来し確実に止めを刺す防衛システム。もちろん、ここの支配層たるモモンガへは、近寄ると皆が出迎える様に直立で頭を垂れ見送ってくれる。

 これらNPCは、立ち上げ時の所属メンバーらが心血と愛情を注いでデザインから設定まで作り上げている。そのため個人の趣味に思い切り走っていた。

 延べ12年近い期間も後半は、モモンガ自身も各階層へは数えるほどしか訪れていなかったと改めて思い出す。それは、各階層は各メンバーの遊び場的要素も持った場所であったからだ。

 ここ9年、モモンガはギルドの代表としてこの地を、所属メンバーらを代表して全力で守ってきた。

 そしてもう、所属メンバー達はナザリックに未練がないようだ。

 ユグドラシルの運用の残り時間は、すでに1時間を切っている。

 モモンガは思った。

 

 ならば――最後に少し悪戯をさせてもらおうと。

 

 そう思わせたのは、たまたま遭遇したモモンガを無視するように移動する以前見た記憶がある小柄なNPCを見た時だ。

 NPCの動作設定は色々あり、自動徘徊という機能もある。しかし地下大墳墓のNPC達は、ギルドメンバーの至高の41人へ挨拶をする動作をシステム的に選択して入れていたはずと、モモンガは思わずその者の名を確認すべく設定テキストを閲覧した。

 彼女の名は――ルベド。

 ギルドメンバーのタブラ・スマラグディナさんが行ったこの子の起動実験に立ち会ったのを思い出す。

 守護者統括のNPCであるアルベドの妹で、表情には面影が有る。彼女はギルド所属のプレイヤーを含む全軍中、近接戦闘において最強の存在であったが、ある理由により停止されていた。

 設定を一通り読むとギルドメンバー達に媚びない『キャラ設定』のテキストにドン引きである。

 

(結局、停止されてずっとお蔵入りしていたはずだけど……最後だと思って再起動したんだな。しかし……なんで制作者のタブラさんは、こんな設定文にしたんだろう。これ、可愛いキャラへのギャップ萌えかなぁ? よし――)

 

 本来、設定変更にはツールが必要なのだが、手に握る杖のギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』がその記述の変更を易々と可能にする。

 杖で浮かんだ設定枠に触れると、カーソルとキーボードが現れた。

 それを使ってモモンガは書き換える。

 途中の文面にそれなりの理由が書かれていたが、その辺りでの修正は面倒なので、最後の一文の末尾、「攻撃的な性格でもある」の部分を「攻撃的性格ながらも至高の41人には従順である」と更新した。

 すると結局ルベドは、こちらを意識せず歩き出す。只のテキストの設定を変えたのみなので礼をしてくるわけではない。

 

「まあ、これでいいか」

 

 モモンガは製作者に少し悪く思うも、とりあえずは満足し、更に他の階層へ赴いた。

 そこは第六階層の闘技場。

 円形に建ち、いくつか天に向かい伸びる刃の形をした特徴のある巨大な建物の中、モモンガが上位者用の観覧席の近くを歩く。すると、短めで金色の髪を揺らす二人の人影が素早く近寄ってきた。並んで立ち、にっこり静かに出迎えてくれる。

 階層守護者でダークエルフの少し幼さの残る双子、アウラとマーレだ。

 制作者は、遊び心旺盛だったぶくぶく茶釜さん。

 

(ダークエルフは、やっぱり金髪にエルフ耳といい可愛いなぁ)

 

 モモンガが、設定ウィンドウを開き、おもむろにテキストを確認する。

 だが、スカートを履いたマーレの設定文にあった一つの単語で目が止まる。

 その子はおかっぱ風の髪で垂れ耳の頭に、青い龍鱗の鎧型シャツへ可愛く白いブレザー風な袖無上着とプリーツのスカートを履いており、その仕草も女の子的雰囲気の動作をしていたのだが。

 

(――男の娘って……)

 

 モモンガとしては、これは――『女の子』でいいんじゃないか!と強く考えた。

 制作者としては、弟のペロロンチーノ氏への当て付け的なお遊びなのだろう。

 そして先ほどと同じように杖で、説明欄に触れてキーボードを出すと、「男の娘」を「女の子」へと書き換えていく。

 

(これでよし)

 

 更新すると、マーレの表情が少し明るくなったように思えた。システム的には変更していないので、それは完全にモモンガの気の所為であるが。

 双子の姉弟から姉妹となった二人に見送られ、モモンガは第六階層を後にする。

 そうして、他の階層や地域を回り、目に焼き付けると『円卓(ラウンドテーブル)』へ戻って来た。

 後二十分ぐらい残されている。

 

(最後は、玉座の間へ迎えるのがいいかな)

 

 玉座の間は『円卓』から少し歩いた近くの吹き抜けの大階段を降りた下層にあった。

 モモンガは、『円卓(ラウンドテーブル)』から扉を開けて廊下を僅かに進み、幅広い通路へ出た所でいつもの者達に目が止まる。

 それは、白髪の男性執事を初め、玉座の間周辺を守る戦闘メイド六連星(プレアデス)ら7名が並んでいた。結局ここまで攻め入れた者はおらず、彼等には随分暇をさせてしまったように思える。

 戦闘メイドプレアデスは、所属メンバー個人から命令をされる事なく、玉座の間近辺を守るのが暗黙の決まりだが、もう最後の最後。

 

(最後ぐらいは個人の命令でもいいよな……)

 

 モモンガは、先頭に立つ家令の仕事までも熟す執事の設定を見つつそう考え、命令する。

 

「付き従え」

 

 7名の従者を引き連れると、大きめの超豪華シャンデリアが幾つも天井に配置され、見事な装飾が各所に施された吹き抜け仕様の赤い絨毯の引かれた大階段を下り切る。少し歩いた所には、見事だと感心する70体近い彫刻像のゴーレム群がずらりと配置され、最終決戦場として用意されたドーム状の大空間『ソロモンの小さな鍵』( レメゲトン )と呼ばれる空間が現れる。そこに玉座の間への扉として一つの巨門があった。

 モモンガの「開門」の声にゆっくりと開いていく左右の重厚に出来た入口の扉を通って、主は『玉座の間』と呼ばれるこの拠点支配者の空間を最奥まで進んで来る。

 その場で、続くプレアデスらを待機させると彼は静かに玉座へと座った。

 ここには守護者統括であり、ナザリック地下大墳墓に存在する全NPC達を統べる存在の、白い衣装で長い黒髪に腰から伸びる黒い翼の美しいアルベドが控えていた。

 普段は各階層を周回しているので、今ここへ居ることに、彼は内心少し驚いている。

 

(珍しいな。まあ、単なる偶然かな)

 

 普段は製作者も違うため、余り見ることは無かった彼女。その頭両側から生える悪魔種の白い角と金色の猫風で縦長の瞳が印象的だ。白い肌におしとやかで美人である。

 改めて彼女の設定を見てみる。すると、上方へ文字が流れ続けるスクロールが続く。それは設定の限界文字数で入力されていた。

 

(………長っ! さすがは設定魔でもあったタブラさんだ……)

 

 しかも、その最後にかわいそうな一文「ちなみにビッチである。」を見つける。

 確かにギャップ萌えのタブラさんらしい部分ではあった。しかし、これは無いかなと、再び杖を出して書き換える。

 モモンガは、気になったその箇所の一文を消すと少し冗談気味に「モモンガを愛している。」と書いてしまう。

 

(……うぁぁ、恥ずかしいぃぃ)

 

 そう思ったが、もう本当に最後の最後だし、いいだろうとそのままで更新する。

 彼は、終わりの時を静かに玉座で待った。

 そしてモモンガとナザリックは、24時を迎える。

 

 しかし、サーバーダウンに因る強制ログアウトは―――起きなかった。

 

 時間は止まらない。ナザリックへの滞在も終わらない。

 しかしその時、世界は変わっていた。

 

 

 

 ―――そして、彼女達は動き出す。

 

 

 

 その瞬間から、アルベドは周囲の状況と今を認識する。

 目の前の『愛しい』偉大である御方が、最後まで残りここの住人であった我々を見捨てず統べてくれていた事を。これからも忠義を尽くし従うべき存在だと。

 それは、執事であったセバスも、その後ろに並ぶ、プレアデスの6名も、いやモモンガを除くナザリック地下大墳墓にいるほぼ全ての者らがそう認識していた。

 その中でも数名は、この残られた至高の主へ尊敬以上の想いの念を抱いている事に気付くのも同時であった。

 アルベドの変化は顕著であった。

 モモンガを前にすると頬が、身体が火照ってしまうのだ。彼を強く愛しているからだ。目も自然に潤んできてしまう。

 Lv.100のNPCである彼女の個体能力は、モモンガにも匹敵している。他の階層守護者NPC達も彼に肉薄する。

 すなわち、モモンガへは能力に対する尊敬もあるのだが、支配者としての敬意がベースとなっている。

 特に第一から第三階層の守護者のシャルティアは、能力に偏りの有るモモンガと比して全ての能力が非常に高く、近接では完全に上回っている弱点の少ない心強い存在だ。

 しかし、性的嗜好も加わって彼女もモモンガへの湧き上がる熱い想いに、第一階層にて体をモジモジとさせていた。

 一方で、複雑な心境の者が数名いる。

 一人はアルベドの妹、近接最強のNPCルベド。

 従来、優先順位が高く無かった至高の41人の存在だが、無視できない設定記述を反映された状態で今を迎えている。

 敬意などは存在しないが、唯一絶対に逆らえない存在としてモモンガを認識していた。

 

(……姉さん達以外に意識する存在など……でも)

 

 彼女は第五階層の某所で膝を抱え、困惑する表情を浮かべていた。

 そして、第六階層守護者の双子の『妹』となったマーレ。

 書き換えられた設定がボディデザインを越えて『複雑』に反映されていた。だが異形種にとって、多少の体の差など問題ではないのだ――。

 元々、男の娘であり、製作者の意向である男子としての感性は残っている。しかし、設定でも大部分女の子っぽい性格であり、どちらかと言えば女の子の方が楽なのも確かであった。

 そして……マーレ自身、男の娘であってもモモンガを敬愛していただろう事を、すでに気付いている。

 なので、女の子にしてもらった事は素直に御主人様へ感謝していた。

 

 

 

 

 

 24時を越えた玉座の間では、モモンガが現状に内心狼狽えていた。

 強制ログアウトされなかった上、ゲームでは表示されたアイコンやコンソール類の表示が一切出なくなったのだ。これでは通常のログアウトも出来ない。更にチャットもGMコールも使えない状況に陥り、途方にくれ唸りながら席より立ち上がる。

 

「んんっ?!(一体どういうことだぁぁ!)」

「――どうかなさいましたか、モモンガ様?」

 

 モモンガは立ち上がったまま、固まった。一瞬何が起こったのかと、目の前のNPCであるアルベドを見下ろす。

 

(……な、なぜ、コマンド無しでNPCのアルベドが動いて話しかけてこれる? 動きは兎も角、ユグドラシルにNPCが話す機能など無かったはずだけど)

 

 更にアルベドは心配そうに、自然で違和感を感じさせない動きを見せてモモンガへと寄って来た。モモンガは思わず彼女へGMコールが使えないと伝えると、アルベドはそれについて知らない事を誠心誠意詫びてくるのだ。

 状況が不明な中、思い切って試しに執事のセバスへ口頭で命じてみた。

 

「セバスよ、ナザリックの外、地表へと出て周辺の状況を確認せよ」

「承知いたしました、モモンガ様」

 

 驚いたことにNPC達は、コマンドではない口頭での会話を完全に理解、自己判断して命令に従ったのだ。一体どうなってしまったのか。

 

 その光景は、まるでNPCらが生を受け、動き出しているかのように見えた。

 

 ナザリックに起こった異常事態が良く分からず、セバスに対し追加して戦闘メイドプレアデス達の第九階層での防衛を命じる。

 セバスを含むプレアデス達が居なくなった後、モモンガは悩みつつも思わず確かめてしまった。

 アルベドを近寄らせて承諾の上で……その胸に触れる。その際、傍に寄る彼女からいい匂いが香り、なんとも柔らかい女体の感触が自然に感じ取れた。そもそも匂いや感触などという機能も、DMMOーRPGユグドラシルに存在していなかった。

 さて今だが、誰もいないからとアルベドとの『エッチ行為』が目的では無い。

 ここで重要なのはユグドラシルでは『18禁行為』が禁止されていた事である。これは運営企業側も風営法に引っかかる可能性が高い為、見過ごすことが出来ない事象であった。なので、このようなアルベドへの卑猥な接触行為はプレイヤー操作へ管理者介入が掛かり、警告や最悪だと強制ログアウトでゲーム外へ弾き出され、その後アカウント停止にまで及ぶはずなのだ。

 それが何も起こらない――。

 明らかに異質な変化が起こっている。しかし、このまま呆けていつまでも胸を触っている訳にはいかない……。

 モモンガは、触れていた手を胸からそっと放す。

 

「あの……もう、よろしいので? では、次は服を脱げばよろしいのですね? それともモモンガ様が――」

「あ、いや、オッホン……。アルベド、今は時間が無い。それよりもやって欲しい事がある」

「左様ですか、残念です……それで、私は何をすれば宜しいのでしょうか?」

「至急、第六階層の闘技場へ、第四、第八を除く各階層守護者へ来るように伝えよ。集合時間は、今から一時間後だ」

「畏まりました」

 

 恭しく礼を行うと玉座の間を退出して、直ちにモモンガ直々の命令を実行するアルベドは、それでも胸を弾ませていた。愛する者に求められ触れられた悦びと共に、直々の命令まで受けたのだ。気に入らない吸血女の守護者へも、優越感の内に指令を伝えようと向かう。

 各階層は基本的に分厚い大門に守られた転移門によって結ばれている。大門は要所にあり、非常時には各層とも屈指の強力なシモベらが守る。

 アルベドは、ナザリックのNPCらの総統括者であり、その証を示して門を通って行く。指定された階層で、シモベ達に階層守護者へモモンガからの指示を伝えていく。

 第三階層へ着くと、シャルティアのシモベである白い顔の吸血鬼の女性達へと伝えた。

 アルベドが直々に出向いたのは、上位者でなければ厳命が伝えられないからだ。

 

 シャルティアは少し小柄といえるスタイルで、大きく膨らんだ感じの赤紫系で足を見せない形のボールガウンドレスに、髪へ大きなリボンを付ける赤い瞳の令嬢である。

 真っ白な肌の彼女は第一から第三階層『墳墓』の守護者で、真祖としての『吸血鬼(ヴァンパイア)』であり、側近の配下も皆女子の吸血鬼たちで固めている。

 第二階層の屋敷で、シモベから伝えられたモモンガからの第六階層への呼び出しに、真祖の少女シャルティアは狂喜する。

 そしてシモベ達に叫ぶ――。

 

「胸パッドの用意を! 急いで盛らないとっ!」

 

 少しでも魅力的と思えるボディラインを、主であるモモンガに見せたいのだ。すでに不死の体。それはもう成長しない身体でもあった。

 平坦な胸以外の身体には、自信を持っている。外見年齢は14歳程度と若々しい体と肌触りである。彼女から見れば行き遅れなアルベドや、外見年齢が年下であるアウラらには負ける気がしていない。主もこの体を抱けばきっと喜んでもらえると。

 彼女は、そこまで漕ぎ付けるには努力が大切だと考えている。中身に、この身体に興味を持って欲しいというアピールの表れが胸パッドに集約していた。

 

「ああ、愛しの我が君。お待ちください、魅惑的な胸で拝謁に伺うでありんす」

 

 彼女は配下に手伝われて、大きめのブラへ胸パッドを丁寧に重ねつつ詰め込んでいった。

 

 

 

 モモンガは、アルベドへ指示を出した後、第六階層の円形闘技場へとやって来る。彼にはまず、確かめなければならない事があった。

 それは、ユグドラシルで行なっていた戦い方が、今現在も可能なのかどうかの確認である。アイコンが一切出なくなった状況でも魔法が使えるのかを試すのだ。特に今後を考えると、ギルド最強の切り札である『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』がどこまで機能するのかを実際に把握する必要があった。

 

 目の良い闇妖精(ダークエルフ)のアウラは、闘技場内への門を歩くその見覚えのある高貴な後ろ姿に、直ぐ気付いた。

 ここナザリックに、至高の41人でただ一人最後まで残られた慈悲深きお方。さらに、このギルドを統べる者。正にナザリックの主人である。

 彼女にとって、彼は守るべき者で絶対者であり、複雑な感情はなく尊敬の対象であった。

 

「マーレ、モモンガ様だよ。ほら早く行くよっ!」

「あ、お姉ちゃん、待ってよ」

 

 主が闘技場の中へ入ると、客席部にある高い位置からせり出したベランダ状の場所へ現れていたアウラが「はぁっ」と掛け声を上げ飛び降りてくる。そして着地のあと主である彼の傍へと走り寄って来た。

 彼女は金色の短めの髪からエルフ耳が横に斜め上がりに伸び、朱い龍鱗の鎧型シャツに白い袖無ブレザーとスラックス姿。右眼の瞳が緑色で、左が紫のオッドアイだ。

 明るく元気で快活な少年風だが、女の子である。

 

「いらっしゃいませ、モモンガ様。あたし達の守護階層までようこそ」

「少しばかり邪魔をさせてもらう」

 

 アウラは、主の絶対者の風格と、その左手に握る杖状のアイテムから何か驚異的な力を感じる。間近で見るのは初めてだが、これが我らの誇るギルド武器なのだろう。

 

「モモンガ様は、このナザリック地下大墳墓における絶対的である支配者様。どこへ行かれようと邪魔に考える者など居ませんよ」

 

 控えめな絶対者へ、配下の自分達は訪問を喜んでいることを告げた。

 モモンガはそうかと頷き、「ところで」と双子のもう一人がいない事を探すように窺う。

 もう一人のマーレは、観覧席の所にしゃがんでいた。ちょっと恥ずかしかったのだ。

 

(ああ、モモンガさま……)

 

 自分が敬愛する主にどう思われているのか気になり始めていた。それに、高所から飛び降りればスカートが捲れてしまうのである。はしたない姿を見せる訳にはいかない。

 もちろん、それを主が望めば……やぶさかではないとの思いではあるが。

 すると、姉のアウラが呼ぶ。

 

「マーレっ、モモンガ様に失礼でしょう! とーっとと飛び降りなさいよっ!」

 

 確かにそうなのだ、大事なお方なのは十二分に分かっている。そして姉も、妹の想いは知っている。なので余計に強く声を掛けているのだ、嫌われちゃうぞと。

 でも、捲れてはしたない子だと……更にもし、スカートの中の履きモノが気に入らないとか思われたら……。ちなみに今日は純白だ。偶に黒も履いちゃう。

 

「む、無理だよぉ、お姉ちゃん」

「マーレっ!」

 

 モモンガも知っている。マーレの身体能力は姉を凌ぐほどだという事を。だからこの程度の高さが無理である訳が無い。

 だが、姉の気持ちが伝わったのか、「わ、わかったよ。……えーい」とついにマーレはスカートの前後を必死に押さえて飛び降りる。

 着地すると、まず短いスカートの乱れを素早く確認。よしっと見まわしてから駆け出す。

 魔法詠唱者の杖を右腋に挟み持つその姿は、スカートを全力で庇うように乙女走りである。可愛い。

 姉からは「早くしなさい」と急かされた。アウラとしては主様に、少し捲れてサービスするぐらいがいいんじゃないかとも思ったのだ。

 

「お、お待たせしました、モモンガさま。ようこそおいでくださいました」

 

 姉とは逆の右眼が紫、左が緑色のオッドアイであるマーレは、モモンガの前に漸く来ると、少し恥ずかしそうだがとても嬉しそうに微笑む。

 モモンガは、とても仲の良い双子の設定は健在だなと確認し、ほほえましく思っていた。ナザリックのNPC達は仲間の思い入れが詰まっており、モモンガとしては家族のような感覚もあるのだ。多少待たされようと気にすることはない。

 

「うむ、ところで、マーレ」

「は、はい、モモンガさまなんでしょうか?」

 

 少し恥ずかしそうだが可愛く微笑む垂れ耳のマーレへ、性別を確認しようかと思ったが、良く考えるとマーレに「あの、その……確認されますか?」と言われたらどうしようかとも思い至る。

 

「あ……いや、二人に手伝って欲しいと言うべきだな」

「? はい、なんでしょう」

「オッホン、これのな」

 

 左手に持つ、金色の杖を軽く掲げると、二人のダークエルフ姉妹は食い付いた。

 

「うわぁ」

「そ、それがあのモモンガさましか触れないと言う?」

「そうだ、我々ギルドが総力を以って作り上げた最高のギルド武器、“スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”だ」

 

 これは、階層守護者達でも中々見ることが出来ない武器であった。

 ゲーム内の仕様上、この武器が破壊されるとギルドが壊滅するために、持ち出しての使用が制限されていたのだ。

 なので双子とも「す、すごい」と感嘆の声を上げている。

 

「これの実験を行いたくてな」

「モモンガ様。わかりました、すぐに準備をします」

「それとアウラ、この場に第四と第八以外の守護者らの招集を掛けている。一時間もしないうちに来るはずだ」

「シャルティアも来るんですか?」

「うむ」

 

 アウラはシャルティアとは、設定上不仲であった。とは言え、直面する非常事態への招集だ。アウラも言葉はそこまでにとどめる。

 早速、モモンガの要求する試験用の効果を測る人形が二体、二匹の龍系のシモベらによりフィールドへ運び込まれる。

 さて、いままでユグドラシルでは魔法を使う場合、アイコンをクリックしていたが、今は出ない。

 しかし、モモンガは意識を奥へ向けると様様な情報を認識出来た。発動や再実行までの時間、威力に効果範囲、MP総量等々である。

 

(サモン)源の火精霊召喚(・プライマル・ファイア・エレメンタル)!」

 

 杖にある七色の内、赤色のゴッズアーティファクターが光り輝き発動する。

 強烈で巨大な火炎が広範囲に渦巻く。効果を図る人形二体は支えの丸太ごと消滅。さらにその元々の影響範囲の広さに、モモンガの持つ黄金色の杖の結界級である自動防御が発動。

 アウラ達もシモベらに守られる。

 どうやら問題なく、根源の火精霊(プライマル・ファイア・エレメンタル)の呼び出しに成功する。コイツはLv.80後半という強力さである。一日に一回のみ召喚可能だ。

 その燃え盛る荒々しい龍のごとき姿と様子に、アウラは「うわぁ」と好戦的な雰囲気で無邪気に興奮する。元々格闘系の好きな性格で、折角でもあるので主が試しにコイツと自分を戦わせてくれないかなぁと考えていた。

 

「アウラ、闘ってみるか?」

「えっ、いいんですか」

 

 気持ちを察してくれたのだろうか。主の提案が嬉しい。

 対して、妹のマーレは予想通り及び腰だ。しかし、姉に首根っこを掴まれ場内の中央近くへと連れていかれる。

 攻撃前衛をアウラが担当し、後衛としてマーレが魔法で補助する。

 アウラとマーレもLv.100のNPCである。その二人が連携すれば、Lv.80後半の根源の火精霊(プライマル・ファイア・エレメンタル)に対して、完全に圧倒するレベルで攻撃、防御してみせていた。

 一方、モモンガは観戦中に〈伝言(メッセージ)〉の機能を使用してみると、期待したプレイヤーらには繋がらなかったが、周辺の地上を確認中であったNPCのセバスと会話をすることが出来た。NPCへ繋がることに内心驚きつつも、セバスには冷静な声で至急第六階層の闘技場へ、得た情報を知らせに来るよう伝える。

 距離に因るのかも未だ不明であるが、ナザリック所属のNPCとは会話が出来る事実が分かった。

 間もなく、双子は根源の火精霊(プライマル・ファイア・エレメンタル)を倒してしまった。本来の二人の実力から、それはモモンガも納得できる結果である。

 

「二人とも、素晴らしかったぞ」

「あはっ、これだけ体を動かしたのは久しぶりです」

 

 アウラがそう嬉しそうに報告すると、なんと主はアウラとマーレへ労いにと、空中に手を伸ばす形でアイテムボックスから冷水を取り出し、グラスに注いで差し入れてくれた。アウラたちは驚くも感激し、配下に優しいモモンガへの好感は高まる。

 特にマーレは、敬愛する絶対的支配者であるモモンガが、姉妹へ優しく大事にしてくれる自然な様子に想いが加速する。

 身を捧げてこのお方の傍にずっとついて行こうと――。

 

 

 




補足1)
NPCやシモベ達は、過去の至高の者達の行動や言動について、見聞きしたことは覚えているようです。これは書籍版の3巻30P辺りにシャルティアの口から過去話が出てきます。なので、過去の状態の多くを覚えている可能性が極めて高いです。

補足2)
本作の第九階層、第十階層は『迷宮神城』仕様へと捏造改竄しています。
ギルドメンバー個室は十階層へと移しています。

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