トンガリ帽子の復讐者と小さい竜の迷宮物語 (リメイク開始) 作:ケツアゴ
彼ら、もしくは彼女らは嫌な記憶としてその時の事を覚えている。冷たく暗い淀み切った水の底、其処から出て来て母を探すも見付からない。何人も、何人も、何人も、何人も母ではないかと思う相手に出会ったが、結局母親ではなかった。
絶望、孤独、それがジャックの凶行を加速させる。ただ母を求めるだけの哀れな子供達は恐ろしい殺人鬼として狙われ、ある日その存在と出会った。
神だと、一目見て分かった。自分達を助けてくれる存在だと、母の元に帰してくれる存在だと思った。
「嫌だよ面倒臭い。君みたいなのが一体何人いると思っているのさ」
伸ばした手は振り払われる。一度抱いた希望はより深い絶望へと変わり、神へ助けを求める思いは憎悪へと変わる。神が見捨てたからこそ、自分達は母と引き離されたのだと。
「じゃあさ。僕そろそろ眠いし消えてよ」
「いやだよ、こわいよ。たすけて、たすけて、たすけて、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあ……」
足を貫かれ、腕だけで張って逃げようとするジャックは最後まで母を求め、一目見て自分達と同じだと気付いた子供によってまた殺された……。
「大丈夫。貴女は私が救ってあげ……」
再び目覚めた時、ジャックの事を知った女神が自分を犠牲にしても助けようとした。憐れみながら彼女を抱きしめ、神の力を使う前に喉を切り裂かれた。
「……うそだ。しんじない。かみさまが、わたしたちをすくうはずがないもん。わたしたちをまもってくれるのは、おかあさんだけなんだから」
そして前回自分達をまた殺した同類を庇ったハーフエルフを仕留めるも、赤いコートを着た白髪の男によって三度目の死を迎える。
そして三度目の目覚め、気づけば暗い地下水路に居た。何故此処に居るのか分からない。多くの者が居て、それだけ悲劇が多いから引き寄せられたのかもしれない。だが、ジャックには関係ない。何故ならば目的は全く変わらない。
「ここにはおかあさんがいるよね? うん! きっといるよ」
無邪気な笑みを浮かべながらジャックは歩き出す。その手は血で汚れ、背後には解体された女性の死体が転がっていた。彼女の名をジャックは知らない。身寄りもなく、上級冒険者のお気に入りになって豪奢な暮らしをするという夢を抱いてやって来た娼婦だなど知る由もない。
何となく母親かと思ったから、戻りたいと思ったから解体した、それだけだ。
「……暇だなぁ」
夕暮れ時のイシュタル・ファミリアのホーム、普段なら客を迎えるべく騒がしい場所が今日は静まっている。いや、先程までは賑わっていたのだ。ジャックの件が解決するまで昼夜を逆転して商売を行い、夜は固まって過ごす様にとのイシュタルの命令があったからだ。
ジャックが行動するのは夜のみであり、狙われるのは主に娼婦。だからこそ彼女達は身を寄せ合い、群れる事で身を守ろうとする。そんなホームに何故かネルガルの姿。当然、客ではない。
このホームは今、ネルガルの魔法によって守られている。あらゆる毒、あらゆる害ある物を無効化する絶対安全空間。ジャックに有効なLv.4以上の男であり、この魔法が使えるかと詳細を聞かない事を理由に貸し出された。無論、多額の金と引き換えにだが。
そう。ネルガルは先日の一件によってランクアップを果たしていた。
『そーいや、あの狼人はどうしてっかな? 死んでたりしてっ! ケケケケケ!!』
「あのティマーは君が重傷を負わせたし、毒も食らわせているから出て来ないと思うけど仲間が居たら厄介だよね」
イシュタル・ファミリアからの帰還後、ロキに早く帰るように言いに行った先でアイズが依頼を受けてダンジョン奥に向かった事を知ったベートはダンジョンに向かってしまった。ネルガル達の予想通り赤髪の女は今回は出てこないので何とかなるだろう。
魔法によって生み出された絶対安全空間は術者が出るか意識を失えば解除されるのでホームから出るわけにも行かず、ジャックが誘い出されて一般人にまで被害が出ても駄目だと居るしかないのだが、討伐隊に選ばれたメンバーがジャックを倒し、ギルドで毎日の様に全然集まらない眷属を募集していたが、イシュタルに魅了され神の力を使うことにした神が救うまでダンジョンに行けないのは退屈だと辟易した時、春姫が茶菓子を持って来た。
「夜間、暇潰しの相手でもしてやれと命じられています。えっと、何をすれば……」
取り敢えずとアイシャから渡されたトランプ等の遊戯の道具を差し出しながら春姫は不安そうに口を開く。その事で何故彼女を寄こしたのかネルガルは理解した。
「あの、殺生石で失った魂を元に戻せるというのは本当でしょうか? い、いえ、少し小耳にはさんだものですから気になって」
この日にカマ掛けを行ったばかりだが、ネルガルは殺生石を春姫に使おうとしているのを既に見抜いていた。元々春姫の種族は希少であり、何となく行ったら反応が返ってきた。だからと言って助けようとかは考えていない。あくまで魔法の収集は実益を兼ねた趣味。彼女の妖術が気になりはするが、手に入れるにしても今はその時ではない。敵対した時、死体を調べれば良い程度に思っていた。
「うん、普通に出来る。って言うか直した事あるよ?」
「そうですか……」
自分では隠しているつもりなのだろうが、元々の性格からか不安も僅かな安堵も隠せていない春姫の姿にネルガルは自分の読みが正しいと悟る。居場所を知らせる首輪と恐怖で縛り付けているが、こうして助かる方法があると知らせる事で逃亡の可能性をより減らす、
(最初はこのお姉さんは僕を利用するとか考えない相手だし、一度会ってるからと思ったけど……気に入らないなぁ)
春姫がどうなるかは問題ではない。自分を利用するのが気に入らないのだ。むろん、殺生石で手に入れた妖術を使える石の欠片を使って何をする気か、その内容次第では考えがあったのだが。
「……じゃあ、昼間に話しかけた童話を話してあげるよ。こういう遊びはイカサマが出来ない相手としても面白くないからね」
「イ、イカサマですか?」
「見抜きあうのが面白いんだ。ばれなきゃイカサマはイカサマじゃないしね。……じゃあ、まずは別の話から。とある国の王様に面会した仕立て屋が言いました。王様、この服は馬鹿には見えない布でございます、ってね」
ネルガルが話したのは仲間であった童話作家から聞かされた話。良家のお嬢様だった昔から外の世界に憧れていた春姫は英雄譚などを好み、ネルガルの話に聞き入っていた。
母に贈るための食べ物を踏みつけ、天罰が下った娘の話、父親にこき使われ、最後は幸せな幻を見ながら死んでいった少女、靴に掛けられた呪いによって踊り続けなければならなかった少女、恐ろしい話悲しい話も多かったが、それでも楽しかった。
「……いや、お姉さんが寝てどうするのさ」
眠気覚ましの苦いお茶を飲みながらネルガルはスヤスヤと寝息を立てる春姫に毛布を掛ける。本来はネルガルが寝ないようにするのが役目だったはずなのだが。
「ねえ、もっとおはなししてくれる?」
「……何処から入ったのさ、ジャック」
不意に掛けられた声に振り向くと、目を輝かせながら白髪の少女が窓に座り込んでいる。ぼろ布のような外套に下着のような服を着た彼女は小さな指の先を春姫に向ける。
「くえっしょん。そのひとは、わたしたちのおかあさん?」
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さて、次回はサイヤにするか辛いにするか・・・・