トンガリ帽子の復讐者と小さい竜の迷宮物語 (リメイク開始)   作:ケツアゴ

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単純な答え、されど困難

 それは世界のあちこちで今も起きているであろう出来事だ。明確な悪が介入した訳でも、声高々に糾弾されるべき者も居ない。只、社会のシステムにおいて生まれてしまう膿のようなもの。貧富の差、未来に希望が持てない日常、そんなもの珍しくも何ともない。

 

 とある街があった。富を持つ者は環境の良い場所に住み、貧しい者は工場に垂れ流す排水で汚染された水や排煙によって劣悪になった環境で暮らす。成り上がるための学もコネも無く、成り上がろうとする気力さえ持たない者が住む其処で、多くの女性が体を売って生活していた。当然、子供が出来る。誰の子か分からず、育てる余裕など存在しない彼女達は生まれる前に我が子を殺し、体から取り出された肉の塊を川に捨てた。どうせ汚水だ、今更タンパク質が増えても問題ないと。

 

 彼女達は悪だろうか? 勿論違う。只、生まれた場所、育った場所が悪かっただけ。この場所では弱者は消費される、只それだけだ。世界各地で起きている、ありふれた悲劇であり、ありふれた地獄だ。

 

 さて、とある神が言った。人の魂は生きていく中で汚れていくが、生まれ変わる時は本当に綺麗だ、と。この世でもっとも魂が綺麗なのは赤子か? いや、違う。相手をして欲しい、お腹が減った、そんな命有るものとして当然の欲求、そしてそこから生まれる更なる欲、そんな物を一切知らない胎児の魂こそが最も綺麗なのだ 。

 

 神に祝福により、とある魔法として呪いを会得した男が居た。天に昇るはずの魂を媒介に自我を持った呪いを生み出すという、吐き気を催す呪い。男が目を付けたのはその胎児の魂。何にも染まっていない綺麗な魂達は呪いによって歪められ、姿を得た。

 

 哀れな子供達が望むのは母親の愛と温もり。だが、それは叶わない。自分が誰なのか、自分の親が誰なのかさえ知りはしない。何より、子供達……いや、連続殺人鬼切り裂きジャックの求め方は呪いによって歪められている。女性を解体し、帰りたい場所、子宮を取り出す。それしか知らないし、それしか出来ない。

 

 

「ふざけるなっ!!」

 

 怒号と共に机に拳を叩き付ける音が響く。声の主はミアハ。温厚な彼が知神にさえ見せた事のない姿を晒していた。だが、それを揶揄する者はこの中にいない。集まった神、その全てが多かれ少なかれ同じような感情を抱いていた。

 

 

「……えっと、ロキ様、続き話して良い?」

 

「んー、ミアハも落ち着こうか。……ぶっちゃけ、今回ばっかしは興味本位で静観とか出来んしな」

 

 ミアハの剣幕に圧されたというよりは面倒に思ったという様子のネルガルに問い掛けられたロキはミアハを諫め、続きを話すように急かした。

 

「レッドライダー様の眷属をやっていた時、立ち寄った街で娼婦ばかりが惨殺される事件が起きてね。解決を依頼された結果、僕達は彼女……ああ、女の子の姿をしてたらしいから彼女って呼ぶね。彼女、ジャックザリッパーと会った……らしい」

 

 どうも歯切れの悪い説明だ。この場に居るのは最近オルタ兄妹が加入したミアハ・ファミリアの様に第一級冒険者を保有するファミリアの主神ばかり。一番先に説明を受けたロキや当事者として次に知らされたイシュタル以外の神は怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「先程は取り乱して済まなかったな。随分とあやふやだけどどうかしたか?」

 

 代表して口を開いたのはミアハ。我を忘れたことを恥じているのかばつが悪そうな顔だ。

 

「ジャックの能力、冒険者が持つスキルの様なものでレッドライダー様が『情報抹消』と名付けた物があるんだ。その名の通り、対峙して情報を集めても逃げられた瞬間に武器や見た目や会話の内容さえ記憶から消えちゃう。分かってからはメモをしてたから記録として知っているんだ」

 

「……この餓鬼が言うには一度倒しても復活して、また倒したんだが、効果が消えたはずの情報抹消とやらが発動したんだとさ。あとは私の眷属の姿や他の能力の毒性の霧の影響を受けた建物や街路樹を見て確信したそうだ」

 

 最後にイシュタルが説明を付け加え、ギルドに用意させた資料が配られる。内容が内容だけに詳細が省かれ、危険な能力を持つ殺人鬼がオラリオに入り込んだと周知する予定で、判明している能力が書かれていた。

 

「対象は女だけで更に霧の夜……毒霧出せるなら実質夜中限定か。怖いねぇ。それに少し不快かな。管轄ってのも有るけど、あんな綺麗な魂に酷い事するよな」

 

 資料を読んだ魂の管理を仕事とする神の一人、イケロスは呟く。表情は軽薄だが、声には確かに怒気が含まれていた。

 

「最低でもLv.3に致命傷を与える呪いか。じゃあ、男だけで相手するしかないのだろうが……少年。このジャックは倒しても復活するのだろう? それにイシュタルには悪いが、俺は眷属達にこの哀れな子供を倒せと言いたくはない。何か救う方法は無いのかっ!?」

 

 象の仮面というふざけた格好だが、ガネーシャは慈悲深く正義感が強い神だ。そんな彼にとってジャックは呪いによって狂わされただけの、母親を求める哀れな子供に過ぎない。人に比べて歪ではあるが神の多くは人を子供と呼んで愛しており、同じ意見なのかネルガルに視線が集まった。

 

 

「最初に倒した時、ジャックはレッドライダー様にこう言ったよ」

 

『どうしてわたしたちをみすてたの? どうしてたすけてくれなかったの? わたしたちのなにかがわるくて、それできらいになったの? かみさま、めがみさま。すくって、かわいそうなわたしたちをすくって。すくって、すくって、すくって、てをとって。おねがい、おねがい、おねがい……』

 

「……あのクソ女神の事や。何で私が? とでも言って断ったんやろ。……ガネーシャ、自分が神やって忘れとらんか? 救うんは簡単や。天界に帰る代わりに神の力を使えばええ。でも、そんな簡単な話やないんや」

 

「一度復活して再会した時、救おうとした女神が居たんだが……喉を切り裂かれて天界に送り返された」

 

 ネルガルから伝えられたジャックの悲痛な言葉に神の多くが、それこそ眷属に手を出されたイシュタルでさえ歯を食いしばる。そんな中で出された解決法。だが、ロキは何かを言い難そうにする。代わりに口を開いたのはネルガルではなく、先程から黙っていたクーフーリンだった。

 

 

 

 

 

 

 

「こう言ってたとメモにある。かみさまなんてしんじない。すくってくれなかった、わたしたちをみすてたかみさまなんてきらいだ、だとよ。……どっちにしろ抵抗できないように痛めつける必要があるって事だ」




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