トンガリ帽子の復讐者と小さい竜の迷宮物語 (リメイク開始)   作:ケツアゴ

37 / 41
今、蘇る…

「そのまま遊んで帰ってきてもええで、ベート! でもお子様は帰すんやでー?」

 

 オラリオに存在する夜の街、極秘の治療の依頼を受けたネルガルの付き添いとして同行するように言われたが、これ幸いにとロキは彼をからかっていた。片思いのアイズ(一度盛大にフられている)が居るからか、弱い女には興味が無いからか、その手の店には一切向かったことがないベートからすれば憤慨物だ。

 

「誰があんな所で遊んで来るか、ボケッ! ったく、何で俺が……」

 

「仕方ないやろ。あのイシュタルの所やで? フレイヤの眷属を返り討ちにしたばっかやし、何してくるか分からんやろ」

 

 イシュタルがフレイヤに対抗心を持っているのは有名な話。ネルガルの回復魔法の希少性有用性はベートも理解している。だが、理解と納得は別。

 

「……気を付けてね、ネルガル」

 

「ベート。子供に変な事教えちゃ駄目だよー」

 

 アイズが心配の言葉を掛けるのはネルガルにだけで、他の団員もベートには特に言葉を掛けない。信用されているからなのだろうが、それでも思うところはあった。

 

 

「ったく、何で極秘の依頼なんざ……」

 

「商売が商売だからね。梅毒が流行っているなんて噂でも立ったら問題だし、女神の嫉妬なんて怖いよ、本当にさ」

 

 静まり返った昼間の夜の街、窓や戸を閉ざして人の気配がない中、ベートはネルガルを背負って疾走していた。何故わざわざ面倒な真似をしているかというと、こんな場所に自分が居る事を見られたくないからで、それを聞いたフィンの案であった。

 

『我は無貌の王、圧制者の敵 木々に紛れ、身を隠す』

 

『ノーフェイス・メイキング』

 

 ベートに背負われたネルガルの体に纏われた数サイズ上の緑のマント。それを着た二人の体が消え去った。

 

 

 

 

「……ねぇ、アレって」

 

「ああ、臭いが残ってやがる」

 

 イシュタルのホームに向かう途中、周囲の壁と少しだけ違う色の壁にネルガルは反応し、ベートは顔をしかめる。それが何を意味するのか、既に予想は付いている。只、全く騒ぎになっていない。そのまま二人は繁華街の中でも一番立派な建物、イシュタルのホームにたどり着いた。

 

「……警戒、怒り、恐怖。殺伐としているなあ。ベートさん、何かした?」

 

「あっ? 雑魚になんかしても覚えている訳ねぇだろ」

 

 物影で魔法を解除し、ホームの門番に案内されて中に入った二人だが、団員達の様子が何か妙だ。視線は感じるが姿は見えない。敵意は感じないが、仲間の治療をしに来た相手に対する態度ではない。疑いの眼差しすら感じ、居心地は悪かった。そして奥が騒がしい。

 

 

 アイシャ、そのアマゾネスはそう名乗った。背後には狐人(ルナール)の少女がお茶と茶菓子の乗ったトレイを持っている。

 

 

「……悪いね、少し立て込んでてるんだ。少し待っていてくれ。おい。お前でも待つ間の相手くらい出来るだろ、春姫」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

「ったく、呼びつけておいて少し待てだぁ? 舐めやがって!」

 

 テーブルに乱暴に足を乗せたベートの苛立った声に春姫と呼ばれた少女が身を竦め、特に気にすることなく茶菓子を食べていたネルガルに助けを求めるかのように視線を送る。

 

「まあ、仕方ないよベートさん。……誰か死んだみたいだしさ。雰囲気からして殺しかな?」

 

 再び体を竦ませる春姫。それがネルガルの言葉が正しいと告げている。ベートは舌打ちをすると椅子から立ち上がった。

 

「暇潰しにその辺歩いてくる。……どうせ何かあったらあのチビが居るだろ」

 

 あのチビ?、と春姫は首を傾げるもザハクの事を教える義理もなく、ベートはそのまま去って行く。他のファミリアでも仲間を失ったばかりの相手に悪態を付いたのが気まずかったのかも知れない。怖い相手が消えてホッとする春姫であったが、二人で残されても会話がなくて困っていた。

 

 

「あ、あの、英雄譚は好きですか?」

 

「僕、戦場育ちだし、戦いを美化するアレは嫌いなんだ」

 

「そ、そうですか……」

 

 再び気まずい空気が流れる。接客をしろと言われた春姫だが、相手に話す気が無いのだから無理な話。取りあえず後でアイシャに怒られそうだなと思っていた時、溜め息と共にネルガルが口を開いた。

 

 

「でも、同じ団員だった元童話作家の小人(パルゥム)が焚き火に当たりながら話した自作の話は面白かったかな?」

 

「どんな話ですか!? ……も、申し訳ありません。春姫はそういったお話が好きで」

 

 自分が知らない話だと聞いた途端に勢い良く食い付いた春姫の剣幕に圧されたネルガル。直ぐに我に返った春姫は恥ずかしそうだ。

 

「……まあ、暇だし。ある雪が降りしきる夜の街、一人の少女が……あっ、来たみたい」

 

「しょ、少女は、少女はどうなるのですか!?」

 

 さあ? とからかう様に首を傾げたネルガルは呼びに来たアイシャについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ、これは酷い」

 

 内容とは裏腹にネルガルの声は平坦で、眼前に広がっているのは地獄のような惨状。見栄麗しかったであろう娼婦達の体は血にまみれ、包帯が体中に巻かれている。中には手足の欠損がある者さえ存在した。

 

 

「御託は良いからさっさと治しな。また暴れ出しちまうよ」

 

 主神である美の女神イシュタルは苛立った様子でネルガルを急かす。実際、自分の縄張りで好き勝手されて、自分の眷属をこの様にされて苛立っているのだ。

 

 

 

 

『ペインブレイカー』

 

 傷が治っていく、顔に張り付いた恐怖が取り除かれる。魔法の効果を受けた全ての者があるべき姿になった。

 

「……噂にゃ聞いていたが」

 

 恐らく自分では気付いてはいないだろうが、今のイシュタルは目を丸くして驚いており少々間抜けに見える。神の愛は人から見れば歪だが、愛は確かに存在する。今の姿も眷属への愛故だ。

 

 

 

「アンタ、どんな傷でも治せるのかい?」

 

「正確には違うかな? 傷を治すのじゃなくって、有るべき姿に戻すんだ。基準は本人次第。だから本人が戒めとして残している傷や入れ墨は消えないけど……殺生石の欠片が失われて壊れた魂も直した事があるよ」

 

 イシュタルの顔に動揺が走り、未だ完治した自分の体に驚いていた団員達はざわめく。ネルガルはそれを見て挑発的な笑みを向けるとクルリと背中を見せて歩き出した。

 

 

「じゃあ、ベートさんも戻ってきたみたいだし、仕事も終わったから帰るよ。口止め料は後でホームに届けて」

 

 

 

 

 

 

「おい、また何かやらかしただろ。イシュタルが睨んでやがったぞ」

 

 帰り道、ベートから投げ掛けられた心配している事を感じさせないようにしながらの質問に対し、ネルガルは心外という態度だ。

 

「いや、勧誘する気なのか魅了してきたから少し探りを入れてみただけだよ。魅了が効かなかったのが腹が立たんじゃない? あっ、ベートさんも魅了を防ぐ方法覚える? 体と精神を切り離すとさ、1ヶ月鼠と蛭が巣くう地下牢に入れられても、熱した釘を指に突き刺されても、蛆だらけの子供の死体を見ても、女神の魅了を受けても心が無事だよ」

 

「……そういうのを平気で口にする時点で無事じゃねぇだろ、アホ餓鬼」

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そうそう。帰ったら皆を集めて話さなきゃならないことが有るんだ。下手したらオラリオ壊滅の危機かもしれない。……切り裂きジャックが蘇ったみたいだからね」




感想お待ちしています

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。