トンガリ帽子の復讐者と小さい竜の迷宮物語 (リメイク開始)   作:ケツアゴ

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判断理由

 その夢は幸せな内容だった。幼くして親を失った子供達を集め育てる女神と彼女を慕う子供達。幼いネルガルの姿もそこにあった。

 

「ほら、皆手を合わせなさい。食材に感謝して頂きますって言うのだわ」

 

 何を言っているかは分かるが声は分からず、顔も靄が掛かっているかのように認識出来ない。ただ自分がその女神を慕っていたのは分かったネルガルは椅子から降りて食卓から離れようとする。その背中に声が掛けられた。

 

「……行っちゃうんですか?」

 

「うん。こんな夢に何一つ価値もない。失ったものは戻らないし、それに拘ると弱くなるからね」

 

 声を掛けてきた少女、幾らか前に夢に出てきた誰かの心配したような悲しげな声にも足を止めずドアを開ける。眩い光が視界を覆いネルガルは目を覚ました。

 

 

 

 

「ああ、腹が立つ。僕も未練がましいなぁ……」

 

 リヴィラの街の一角にある買取所のソファーで目を覚ましたネルガルは自分に対する嫌悪を感じながら起き上がる。此処の主人にして街の顔役であるボールスもディアンケヒト・ファミリアに大金を払ってネルガルの治療を受け、金に汚い彼にしては珍しく無料で一休みさせて貰っていた。

 

『結構居たなぁ、おい。確か一人当たり一千万ヴァリスだっけか? ケケケ』

 

「まっ、ランクアップしてるならローンで払えない事もない金額だよね。義手やら隻腕隻眼で戦うよりも本来の肉体の方が良いだろうし」

 

 失った腕や足、目を取り戻した時の彼らの姿を見たネルガルの心は冷めていた。それはロキ・ファミリアの女性陣が美容に気を使っているのを見た時と同じで、そんなのなら最初から冒険者にならなければ良いんじゃないか、というもの。便利だから喜ぶのは分かるが、あそこ迄喜ぶのは理解できなかった。

 

「一人当たりマージンで十万ヴァリス入るしナイフの代金どうにかなるかな?」

 

 一休みする前に食糧庫(バントリー)でモンスターの群れを狩って手に入った大量の魔石やドロップアイテムを詰めたバックに視線を担ぐとネルガルは買取所から出ていく。どうも宿の方が騒がしいので巻き込まれないようにと街から出ていこうと足を速めた時、擦れ違った鎧の男から知った香りが漂ってきた。

 

(……毒妖蛭(ポイズンウェルミス)の体液?)

 

 猛毒を持つそのモンスターの体液には防腐効果がある。首元に視線を向ければ予想通り。自分がかつてした変装の手段を男らしき相手も行っていたのだ。

 

(強さが分からないし無視しよう)

 

 君子危うきに近づかず。相手の力量が分からないのに()()()()()()()()()()()()()()()などに関わるのは馬鹿のする事だと後でフィンかロキにでも報告しようと思っていたのだが、擦れ違った相手は急に足を止めネルガルの帽子に手を伸ばしてきた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に屈んだ彼の先程まで帽子があった空間を腕が通り過ぎた。風圧から相手の力量を推測した結果、最低でもLv.4以上。明らかな格上だ。

 

『ライトハンド・イビルイーター/レフトハンド・キサナドゥマトリクス』

 

 格好や今の動きからして戦士或いは魔法戦士の様な前衛を得意とする相手と察知したネルガルは即座に無詠唱での魔法を発動。出力は落ちるが呑気に詠唱を出来る相手では無いと判断した結果だ。

 

「小僧、そこに何を隠している?」

 

「……そっちこそ人の皮をかぶってまで隠したい不細工な面ってどんなの?」

 

 挑発で返すが内心では僅かに焦りを感じるネルガル。実体化していないザハクの気配を察知出来るのは他者より感覚が優れているか相応のスキルを持っているか……Lv.5以上相当のの猛者か。傭兵として戦場を渡ってきた勘が最後だと告げていた。

 

『……この女、魔石を宿してやがる。人間じゃねぇぞ。俺がぶっ殺してやろうか?』

 

 ザハクの微塵も警戒をしていない声にネルガルは首を横に振る。ザハクならば確実に切り抜けられるが、力を借りるのは最後の最後だ。

 

(モンスターへの憎悪を考えればギルド以外に知られるのは避けたい。皆殺しは面倒だからね)

 

 それは必要とあらば行うということであり、至極冷静に思考を働かせ始めたネルガルに対して女の方は変装を見破られたこと、何よりも目的があるにも関わらず思わず行動してしまった理由である何かから感じる威圧感が増した事で冷静さを欠いていた。目立つのを避けたいのに既に注目を浴び、このままでは目的達成が危うい。

 

 

吹き荒れろ(テンペスト)

 

「なっ!?」

 

 だからこそ超短文詠唱からの強烈な風と、そこから感じる力に驚いて行動が遅れてしまう。構えるよりも前に叩き付けられた風に吹き飛ばされた女はネルガルから引き離された。

 

 

 

「ラッキー。団長達だ」

 

 遠目にフィンを筆頭としたファミリア幹部の姿を発見して安心しながらもネルガルは女から目を離さない。予想通り他人の顔の皮を剥いで被っていた女は邪魔とばかりにひきはがし、赤い髪の美貌を晒しながら口を開いた。

 

 

「……小僧、貴様が『アリア』か。まさか探し物の途中でもう一つを見付るとはな」

 

 突如の意味不明な言葉だがネルガルは表情を変えず、表情を変えたフィンとリヴェリアとアイズに視線を向ける。ここ最近感じた違和感の理由が判明した。

 

 

「……推定Lv5上位から6! 非常に堅い!」

 

 ネルガルから告げられた情報にフィン達の空気が一変する。長年戦いを続けた冒険者としての経験が即座に戦闘態勢に入らせる。少なくても敵であり、人の皮を剥いで被っていた異常な相手だ。即座にフィンを筆頭に女へと向かう中、苛立った様子の女の指笛の音が響き渡る。それに呼応するように街を取り囲む形で食人花の大群が現れた。

 

「リヴェリアは指揮を頼む! アイズは僕と一緒に彼女の相手だ!」

 

 女の言葉に動揺覚めやらぬ様子のアイズだが武器を構え女に対峙する。紡がれる詠唱と共に彼女が纏う風、ネルガルと同質のそれを見た女の顔に動揺が浮かんだ。

 

「……アリアが二人? いや、アリアは女の筈だ。ならば小僧の方は一体……」

 

「団長、それでどうするの? 殺す? 追い返す? あの新種と関わってるなら手足切り下ろして捕まえるって手もあるけどどうする?」

 

「あっ、うん。それは戦いながら判断するとして、ウチに入ったからにはそういう発言は控えようね」

 

「……小僧の方は何かの間違いか」

 

 ネルガルの言葉に、あっ、此奴は違うな、と、判断した様子の女はアイズに目を向ける。その足下に矢が突き刺さった。アイズに向けたために逸れたネルガルへの意識。その一瞬で超短文詠唱を小声で行ったネルガルの手には弓が現れていた。直感からか即座に飛び退く女。だが結果から言うと無意味。矢を中心に出現したイチイの樹から不気味な色の霧が発生して女の周囲を包み込んだ……。

 

 

「毒か。私にはこの程度効かんぞ」

 

 馬鹿にした様に鼻を鳴らすと女は拳を構え、ネルガルは樹を消し去るが腕の弓は消さずに女に向けて放つ。煩わしそうに払いのけた瞬間、女の口から血が吐き出された。

 

「ごふっ!?」

 

「掠るだけでも命取りってね。効かなくても毒を纏ってくれれば良いんだ。……またあの馬鹿に助けられちゃったな」

 

 感傷に耽るようにネルガルが呟く中、フィンとアイズが女を押さえつける。だが凄まじい怪力によってはねのけられてしまった。

 

「ぐっ!」

 

「強い……」

 

 二人が焦る中、女は殺気を漲らせながらネルガルへと向き直る。その彼女めがけ食人花が殺到した。

 

「なっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「其奴らは魔法に反応するんでしょ? 体を蝕んでいる毒が僕の魔法による物で、増幅させたのも僕の魔法だって忘れちゃった?」

 

 そしてそれが全てではない。先程振り払った矢には風を纏わせており、それが威力を増して女を傷付けると同時に女の体に移っていたのだ。元の使い手であるアイズでさえ出来たことのない風の遠隔操作、それを行うネルガルにアイズの視線が注がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむっ! 今のは『イーバウ』です。これは何か起きたと思うのが論理的ですね!」

 

「……どっちでも良い。敵が居るなら屠るだけ。殺戮だ。残さずな」

 

 そんな中、とある兄妹が十八階層に足を踏み入れていた……。




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