トンガリ帽子の復讐者と小さい竜の迷宮物語 (リメイク開始)   作:ケツアゴ

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忘却と変化

「何故だっ! お前はあの姿を見て何も感じないのかっ!」

 

 轟々と燃える炎に照らされた地下牢前で一人の男がネルガルに向かって吠えていた。悲痛さと怒りを込めた声で良心に訴えかけるかのように。彼にとってそれ程までに理解できなかった行動なのだろうが、ネルガルは彼が怒る理由が分かっていなかった。

 

「思ったよ? 危険だなあって。危険過ぎて生かしておく訳にはいかないよ」

 

「違うっ! ()()()危険な存在じゃなかったっ!」

 

 相互理解は不可能とネルガルは判断し、手に持った巨大な旗の柄で肩を軽く叩きながら溜息を吐くと踵を返して彼の隣を通り過ぎて行った。

 

「こういうのなんて言ってたっけ? あの人達が猥談で話してたけど”はいはい。お前さんには八年早い”って別の場所に行かされたからなぁ」

 

 男は牢屋の中の灰に目を向け、拳を握り締めて背後から殴り掛かる。乱雑な足運びによって足音で気付くもネルガルは振り返らず男の拳が小柄な肉体へと迫るが拳は届かない。届くよりも前に彼の視界は漆黒の炎の壁が立ち塞がり、伸ばした腕の肘から先が焼き尽くされた。

 

「ああ、でも僕知ってるよ。オジさんみたいなのを何と呼ぶか。偽善者、だよね」

 

 芯まで焼け焦げて血の一滴も出ない腕を押さえて蹲る男を嘲笑うように呟きながら地下牢を出て行く。苦痛に顔を歪ませながら男はその背中を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

「流石に次からは解除前に回復魔法使った方が良いよね」

 

「分かっているなら今回もしろ。まったく貴様という奴は……」

 

 リヴィラで治療を受けながら何気なしに呟くネルガルの頭を軽く小突きながらリヴェリアは彼の体と服と帽子を観察する。限界以上の力を使った反動で裂傷や疲労骨折を負ったにも関わらず回復を開始した時には既に血が塞がり骨も無事に戻っていた。

 

(やはりあの人の作った物だけあるな……)

 

 レフィーヤが朝に聞いたハイエルフを同じ王族である彼女も知っていた。高ランクの魔導と神秘のアビリティを持ち、主神と共にオラリオから姿を消した時にはLv.6になっていた女性だ。

 

 当然彼女が作ったという服と帽子が普通の物の筈がなく、微量ながら肉体と精神力を回復させ続ける力が備わていた。無理をする彼を心配し、せめて身を守れるものをという気持ちが込められているのだろう。

 

「では帰るぞ。……当然帰ったら正座で説教だ。今夜は寝られると思うな」

 

「うへー」

 

 既に自分で歩けるまでに回復したネルガルは不満そうにしながらも立ち上がり、三人はオラリオを目指して街を後にした。

 

 

「……ところで街に入って直ぐにお前を睨んで来たあの男だが、どういう知り合いだ? 私が追い払ったが、街で会ってトラブルになっても困るのだが」

 

 当然この言葉はファミリア間の問題の心配もあるがネルガル自身の心配も兼ねている。自分達は大手なので相手の素性が分かればロキに掛け合えば穏便に解決出来るだろうと思っての判断だ。

 

「さあ? 思い当たる事が多すぎてどの一件だか分からないや」

 

 暫し腕組みをして考え込むも思い出せない以上にあれほどの剣幕で近寄って来た男との揉め事のような事をどれ程経験してきたのかと気まずい沈黙が流れる中そんな空気を取り払うかの様にレフィーヤが話し出した。

 

「そういえば並行詠唱をしてましたよね。私まだ習得してなくて。何かネルガル君独自のコツとか有りませんか?」

 

 詠唱をしながら動く並行詠唱は全英に任せきりに出来ない時や移動する相手を追いかけながらなど必要な時は多いのだが、高等技術な為に会得は難しい。詠唱失敗は魔力の暴発を引き起こす為、安全な所で行うのが基本だが、出来ないでは済まされない時が来るのも分かっていた。

 

「リヴェリアさんが教えてるんでしょ? でも僕の所見を述べるならレフィーヤさんって体捌きが悪いよね。ステイタス任せだよね」

 

「うっ!」

 

 痛い所を突かれたという顔になるレフィ-ヤを気にしないで先に進むネルガルだが、深く溜息を吐くと歩きながら振り向いた。

 

 

 

 

「僕が受けた訓練で良ければ練習に付き合うよ。リヴェリアさんは幹部だし毎日の実践訓練は無理だろうしね」

 

「は、はい! 宜しくお願いします」

 

「……それと僕のほうがずっと年下なんだから敬語は要らないよ。なんかむず痒い」

 

 どうも調子が狂うといった感じのネルガルと、そんな彼に笑いかけるレフィーヤ。その様子を一番う後ろから眺めるリヴェリアもつい笑みを浮かべていた。

 

(一時はどうなるかと思ったが互いに良い刺激になっているようだ。ロキの見立ても捨てたものではないな)

 

 

 

 

 

 

 

『ところで寝られると思うなって事はテメーも徹夜で説教か? ケケケ、夜更かしはお肌の天敵だぜ、ババァ? ケケケケケ!』

 

「ちょっとザハク!? 僕まで巻き込まれたらどうするのさ。確かに僕位の歳からすれば……あっ、モンスター」

 

「……片付けたらお前位の歳からすれば、の続きを言ってみろ、うん? 当然言えるよな?」

 

 レフィーヤはガタガタと震える。自分とは関係ないしリヴェリアは真顔で声も普通だが、それでも青ざめて震えるほどの威圧感が放たれていた。

 

 

 

(なんか婦長が居るみた……忘れよう。って言うか婦長って誰だっけー?)

 

 何処かから『殺菌! 消毒!』と誰かの叫び声が聞こえた気がして身を震わせたネルガルは声の主の事と共に記憶から抹消する。だが嫌な震えは止まらなかった……。

 

 

 

 

「それじゃあ始めようか」

 

「はい! じゃなくて……うん!」

 

 ダンジョン上層部。広く周囲を巻き込む危険の少ない場所にやって来たレフィーヤ達は杖を構える。対するネルガルの両腕には赤黒い文字と青白い文字が出現していた。

 

「ってっ! それ使ったらまた大怪我しちゃうから駄目ってリヴェリア様が」

 

「大丈夫だよ、詠唱を短縮したら大幅に出力落ちるし、団長にも許可貰ってるからさ。……じゃあ先ずは避ける事だけ考えて。詠唱しながらはある程度コツを掴んだら始めよう」

 

 周囲にはモンスターの影すらない。出現しても直ぐに逃げていく。姿を現さずに気配だけ少し漏らしているザハクに怯えているのだ。

 

 

「当たっても大して痛くはないけど……少し体調は崩すから気を付けてね?」

 

 レフィーヤに指を向けたネルガルは指先に集中する。放つのは仲間の一人が会得した魔法。アイズのエアリアルよりも早く発動できる即効魔法。

 

『ガンド!』

 

 指先に黒い魔力が集まり、一直線に飛んで行く。ギリギリで躱したレフィーヤだが、指先には未だに黒い魔力が集まっていた。

 

 

 

「あっ。この魔法連射できるから」

 

「そういう事は最初に言ってくださーい!?」

 

 思わず敬語を使いながら悲鳴を上げるレフィーヤ。この日、特訓は夕暮れ時まで続き、その間彼女の悲鳴は轟き続けたせいでギルドから謎の声が聞こえるという調査依頼が出されたとか出されないとか……。




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