トンガリ帽子の復讐者と小さい竜の迷宮物語 (リメイク開始) 作:ケツアゴ
彼の生まれ育った村は長閑で裕福ではないが貧しくもない何処にでもあるような普通の村だった。一つ違ったのは孤児院に神が住んでいた事。戦禍や病魔や災害で親を失った子供を村人と共に守り育てていた神の名を彼は思い出せない。
『この魔法を使えば君は大切な記憶を失う。でも、きっと君の役に立つはずさ。許せないんだろう? 奴らが! 果たしたいんだろう? 復讐を! そう、覚悟は決まったんだね。良い子だ。きっと皆も天界で喜んでいるさ』
仕事を手伝う役に立つからと何度も頼んで刻んで貰った恩恵によって手に入れた魔法を喜んでくれた神の顔も、その魔法で護れると喜んだ相手の事も全部思い出せない。只覚えているのは自分から大切なモノを奪った相手と、決して消えない憎悪だけだった。
彼がその神と出会ったのは最悪な運命か、最低な神の意思かは定かではない。分かることは一つ。その神が彼の背中を押した、いや、突き落としたのだ。深い深い奈落の底へと……。
「しまったっ! 新人の子の名前しか知らないやっ!」
天高く聳え立つバベルの下にあるダンジョンへと向かう階段でティオナは致命的なミスに漸く気付く。ちょっとだけ興味が湧いたので探しに来てみたのだが子供である事と名前しか知らないのでは探しようがない。日暮れ前ということでダンジョンからは小柄な体格の種族や子供のサポーターなども出て来ており、見付けるのは無理であった。
「うーん。少し抜けてたかな? 見た目くらい聞いておけば良かった」
少しどころか抜け過ぎな気もするがその様な事を気にする彼女ではない。第一級冒険者の彼女が階段の上の方で立ち止まっている事に気付いた冒険者達が視線を向ける中、ティオナは大きく息を吸い込んだ。
「おおーいっ! ネールーガールーくーんー! いーるーのー!?」
途轍もない肺活量からの大声は階段全体どころかバベルの内部まで響き渡り、中にはぎょっとした途端に躓きそうになった者まで居るようだ。だが返事をする者は居ない。この状況では返事などし辛いだろうがその様な事を気にする彼女ではないとは先程記したばかり。
「おーい! いーなーいーのー!?」
「居るけど……誰?」
「ひゃんっ!? び、ビックリしたぁ~」
不意に背後から掛けられた声にティオナは飛び上がりそうになり、他の冒険者の心は一つになった。ビックリしたのはこっちのセリフだ、と。最大規模のファミリアの幹部にその様な事を言う度胸の者は居ないので誰も言わないし、だから彼女は気付かないのだが。
「ビックリしたのはこっちだよ。お姉さん。換金所が空いてたから魔石やドロップアイテムを鑑定して貰ってたら大声で呼ばれるんだもん。……敵かと思っちゃったよ。なーんてね」
「あははは。ごめんごめん」
ティオナは誤魔化す様に笑いながら探していた相手を観察する。冗談を言いながらナイフを腰のホルスターに仕舞ったのは一見すると魔女を思わせる服装の少年。まだあどけなさを感じさせる顔は成長すれば同じ年頃の少女の心を惑わすだろう整いようで、右手に嵌めた金属と革が混じったグローブの手の平には通常杖に使われる魔法石が存在している。
「えっと、君がネルガル君? あたし、ティオナ。宜しくね」
「あっ! もしかして
「えへへー! 照れちゃうよー。あっ、早く帰らないとロキが心配してるよ」
目を輝かせながら褒められれば悪い気はしない。元々単純な性格の彼女なら尚更で、周りの者達も先程の奇抜な行動の衝撃で動揺し、だから誰も気付かなかったし直ぐに忘れてしまった。
Lv.がLv.3の接近を声を掛けられるまで察知出来なかった事に。敵の察知は必須の能力で経験豊かなティオナなら気付かないはずがなかったのにも関わらずだ。
「夜中までに帰るって約束だし、明日の夜中までに帰ろうと思ったんだけどなぁ」
「それって屁理屈だよー? ほらほら、帰ろ。レッツゴー!」
ティオナは反転して歩き出す。前だけ向いている彼女は周囲の視線など気付かず、背後に向けられる瞳が一転した事にも気付かなかった。
「へー。外の世界を回ってたんだ。ランクアップしてるけど何してたの?」
「まあ、色々な相手と戦ってたんだ。中には強いのも居たんだよ」
「ふーん。あっ、魔法使えるんだよね? どんなの?」
「いや、此処ではちょっと……」
いわれて周囲の状況に気付く。冒険者はファミリアの仲間以外にはスキルも魔法も秘匿するものであり、市街地で話すべきではない。だからネルガルは言い難そうに言葉を濁した。
「ごめんごめん、あっ、着いた着いた。たっだいまー!」
「おーう。戻ってきたか、ティオナー。それと遅いでネルガル。それに言う事あるやろ?」
「えっと、ごめんなさい?」
ティオナに続いて入ろうとしたネルガルの襟首を掴んだろ期は顔を覗き込む。ネルガルは遅くなったから謝れと言われたと思ったのだが、ロキは不満そうな顔で額をペチリと叩いた。
「アホ。《家に帰ったら》ただいまやろ。ほら、言ってみい」
「……ただいま」
「よし、おかえりー。って、今少し笑わんかった? 何? 嬉しかったんか?」
「別に?」
誤魔化す様に顔を背けるネルガルだが、ロキは笑いながら背中を叩き顔を覗き込もうとする。そんなたわいもないやり取りを門の側で眺めていたアイズだが、近くを通る際にネルガルが会釈をした瞬間、帽子を持ち上げた。
「……居ない」
「ビックリしたなぁ。帽子返してくれる?」
「……ごめんなさい。でも、ダンジョンで見かけた時、君の帽子の中に何か居たよね?」
正直に話せと言わんばかりに目をのぞき込むアイズ。だが、横から聞こえてきた手を叩き合わせる音に顔を向けるとロキが困ったような顔で立っていた。
「あー。アイズたん、彼奴を見たんやな。一応ギルドには知らせてるけど、誤解がないように皆に説明しとこうか、ネルガル。ついでにあの魔法を皆に使って貰える?」
「うん。別に良いよ」
「なら決まりや。ほら、飯の時間やで」
アイズは不満そうにしていたがロキはネルガルを連れて先に進んでいく。仕方ないかと溜息を吐くアイズの瞳には警戒の色が籠もっていた。
(あの時見たアレは危険。気をつけなきゃ)
「何だ、アイズ。食堂にまで剣を持ち込みやがって」
「……ちょっと気になって」
様子のおかしい彼女を気にしたベートだが何かあるのだと察してそれ以上は追求しない。最高幹部の三人も気にしながらも理由を察したのか黙ったままだ。ほぼ全員が食堂に集まった頃、ロキがネルガルを連れて来た。居残り組を除く団員も話は聞いたのか視線を向けるが子供の存在を驚いた様子はない。
「チッ! 役に立つのかよ」
唯一弱者が嫌いと公言するベートは舌打ちをするが、アイズ達のように幼い頃から強かったメンバーを知っているので他の団員は彼のLv.にそこまで驚いた様子も疑った様子も無かった。
「話には聞いてるやろうけど新入りのネルガルや。ほれ、帰還組も居るから挨拶や」
「初めまして、ネルガル・ノヴァです。宜しくお願いします」
「じゃあまあ子供が役に立つんか気になってるのも居るし、ちょいと魔法を使って貰おうか。全部いけるか?」
ロキの質問にネルガルは頷きベート達が怪訝な顔をする中、詠唱が始まった。
『全ての心を静めましょう』
『全ての毒を消し去りましょう』
『全ての呪いを解きましょう』
『全ての者が傷付けられぬ世でありますように』
『ペインブレイカー!!』
食堂全体を淡い光が包み込み、遠征に出ていた者達、特に魔法の心得が有る者がそれに気付いた。残った傷や疲労、消耗した精神力まで全快しているのだ。入れ墨や戒めに残している傷を除き、この場に居るネルガル以外の全員が心身ともの回復に驚いていた。
「どや、凄いやろ? 自分は効果範囲外なのは残念やけど優秀やろ。なあ、ベート?」
「回復役だからって甘えんじゃねぇぞ、餓鬼」
相変わらず見下した発言だが役に立たないと言わない程度には認めた様子のベートに満足しながらもロキは表情を真剣な物に切り替えた。
「今のが一個目の魔法で、最後のは改めて説明するとして……全員、大人しくしろや? 特にアイズ。今から現れるのは敵やない」
「実は特殊な魔法で一回使ったら消えてなくなる物だったんだ。名を『サモンサーヴァント』。命を共有する存在を創り出す魔法で……此奴がそうだよ。出て来て、ザハク」
その瞬間、第一級冒険者全員が立ち上がり構えていた。数多くの試練を乗り越えてランクアップを果たした者の本能だったのだろう。その中でアイズが最も反応していた。持ち込んだ武器を抜き、ネルガルの頭上に現れた存在に切りかかる。
『おいおい。弱すぎだろ、テメー』
『剣姫』と呼ばれるアイズの最高品質の武器を使って魔法を併用してまでの一撃は、子猫程度の大きさの銀龍によってアッサリと止められていた。
効果が少し違うのは気にしないで下さい
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