トンガリ帽子の復讐者と小さい竜の迷宮物語 (リメイク開始)   作:ケツアゴ

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遅くなりました


悪意

 地獄を見た

 

 其処は貧民街が存在する都市。幼い弟妹の為にたった一個のパンを盗んだ少女が怒った店主に殴り殺され、身につけていた服も少しは金になるかと奪い散られた。弟妹達も勿論死んで、服も勿論奪い取られた

 

 地獄を見た

 

 其処は雪国の小さな街。飲んだくれの親に殴られながら金を稼いでいる子供と出会った。ひもじさと寒さで死んだその子を見て親が言った。明日からの酒代に困るな、と。腹立ち紛れに子供の死体を蹴りつけていた

 

 地獄を見た

 

 其処は闇の闘技場。金持ちや貴族が攫った民や奴隷に殺しあいをさせ、それを見ながら酒を飲み、お金を賭けて笑っていた。怖くなって逃げ出した女の人は矢で射殺された。攫われた人で、愛した相手の子供を宿していたらしい。

 

 地獄を見た

 

 其処は飢饉に見舞われた村。耐えられる限界を越えた飢えから泣きながら親を、子を、兄弟を、恋人を、友人を、赤の他人を殺してその肉を喰らい飢えを凌ぎ、骨と皮だけに成る程に痩せ細った身体の獣に落ちた人々

 

 地獄を見た

 

 其処は悪徳蔓延る無法者の街。他者を如何に騙し利用し私腹を肥やすか、悪質で悪辣で、吐き気を催す程の邪悪で在る事が美徳とされる背徳の地、善性を抱くだけ無駄な、浅ましく醜悪で邪悪な人々の営み、悪が正義となる街。

 

 地獄を見た

 

 其処は領主が経営する炭鉱で成り立つ街。安い給料や重税、鉱毒による被害への訴えは金と権力で封じ込まれ、住み慣れた場所を捨てるか死ぬまで搾取され続けるかを迫られていた。彼らは言った。此処が自分達の家で墓場だと。最後まで意地を通し、最後には呆気なく死んだ。

 

 地獄を見た

 

 其処は奇病が蔓延した村。唯一生き残った少女は生き続けるために屍肉を食らって命を繋ぎ、病の研究のために生かさず殺さず実験動物として生かされていた。研究の目的は治療ではなく兵器運用。敵国に病を流行らせるのが目的だった。

 

 地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。地獄を......見せた。

 

 

 私は人の存在を知った時から気に入っていた。悪逆で非道で利己的で、それでも中には綺麗な者達もいる。そんな彼らが醜く汚く変わっていくのが何よりも楽しみで、下界に降り立った後は率先して私の好みに染め上げた。少し度が過ぎると友神であったロキを中心にしてオラリオを追放されたが、そのおかげで私はあの子に出会えた。

 

 その魂は綺麗だった。魂の色を見る力を持つ神なら思わず見取れる程に。

 

 彼には才能があった。ヒューマンにも関わらずエルフのような天性の魔法の使い手の一族の血を引き、私が見てきた人の誰よりも魔法の才能に愛された少年。

 

 

 彼の人生はあまりにも愉快だった。母は先ほど言った一族の長に弄ばれ孕まされて捨てられ、無理心中しようとした母親に殺される所を母の友人に救われ、貧しいながらも愛情を注がれて育つ。だが、とある事で彼の才を知った父に養母や村の人を殺され連れ去られ、才を妬み恐れた兄姉に父殺しの冤罪を被せられ、死刑になるところで私に出会ってしまったんだ。

 

 

 ああ、彼との日々は最高だった! あの澄んだ瞳が濁り、魂が汚れていくのが! 地獄の中で伸びていく魔法の腕がどんな事に使われるのか想像するだけで愉快だった!

 

 神の力を封じられても私には呪いの力が残っていた。顔も知らない母を捜す青年には二度と母に会えない呪いを、嘘が嫌いな少女には嘘を判別でき嘘で発狂する呪いを、正義と家族を愛する男には正義のために私を害すれば家族が死ぬ呪いを、復讐に捕らわれた少年には復讐を果たすまで憎しみが消えない呪いを。

 

 

 

 ああ、最後まで近くで鑑賞出来ないのは残念だけど、天界で笑いながら見ているよ、私の可愛い眷属達。君達は私の自慢の玩具だ。

 

 

 

 

 

「ああ、君達とは初対面だったね、ベル君達。私の名はレッドライダー。この子、ネルガル君の前の主神にして戦乱を司る死神だよ」

 

 急に女の声を出したネルガル君に驚いてか、私が放つ神の気配を感じ取ってかベル君とリリ君はかたまっている。ああ、急に神様の名前を名乗られても困るか。いやー! 失敗失敗。オラリオの皆も混乱しているだろうし、さっきの魔法の説明もしようか。

 

「先程ネルガル君が使った魔法『この世全ての悪(アンリマユ)』はね、凝縮された全人類の悪意を込めた泥を召還する魔法なんだ。......ただ、副作用もある。威力を抑えれば抑えるほど、私がこの子の体を自由に使える。まっ、神の力は殆ど使えないけどね」

 

 チラリとアポロン側の拠点を見る。本当ならアレを食らって人が生きている筈がない。魂さえ焼き尽くすからね、アレは。城は残っているし、死の気配も感じない。甘くなった......な訳ないな。殺したら見せしめにならないからね。

 

 

「じゃあ決着を付けに行こうか」

 

 

 

 

 

 

「これはっ!?」

 

「うっ!」

 

 私が好んで見せてきた地獄に比べれば生ぬるく、吐き気を堪える二人には凄惨過ぎる光景が広がっている。

 

「あぁあああああああああっ!」

 

「うへへへへへへっ!」

 

「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい」

 

 ある者は笑いながら血塗れの拳で床を殴り続け、ある者は赤子のように手足をばたつかせ、ある者はうずくまって呟く。

 

「気を付けなよ? まだ残っている泥に触れたら君達もこうなる。人では耐えきれない悪意に心が押しつぶされて、正気に戻るのに七日は掛かるね」

 

 退団の猶予は此方の勝利から十日以内。さてさて、地獄と分かっていてどれだけ残るかな? それとも皆、愛しいアポロンを見捨てて保身に走るのか。どっちにしても面白そうだ。

 

 

『おい、くそ女神。さっさとヒュアキンストスとかいう団長をぶっ飛ばしてネルガルに体を返しやがれ』

 

「くそ女神は酷いなぁ、ザハク。私は今でも眷属のことを想っているのにさ」

 

 ケラケラ笑いながら進むと目的の相手が見えてきた。

 

 

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!」

 

「ベル様、あの人......」

 

「うん、正気じゃない」

 

 彼が居たのは城の頂上。丁度泥が一番先に落ちてくる所で、一番濃厚な悪意に包まれた彼は発狂していた。柄ではなく刃を握った手から血が流れ、目は泳ぎ続けている。

 

 

「ベル君、彼を倒すのは団長である君の仕事だ。楽にしてやってくれ」

 

「......はい」

 

 うん、優しい子だ。早く彼らを医者に診せてあげたいんだろうね。だから容赦なく攻撃をしている。あれならすぐに倒せるだろう。......ああ、実に楽しみだ。要求した敗北時のペナルティーを受けて苦しむアポロン達の姿を見て罪悪感で苦しむ彼が。自分が改宗すれば良かったと自分を責めるんだろうなぁ。

 

 

 

 あはははははははは! だから人間は大好きなんだ!! なんて素晴らしい存在なんだ!!

 

 

「......そろそろか」

 

 感覚で分かる。そろそろネルガル君の体から出て行く頃合いだ。最後にフォローをしておかないと。

 

 

 

 

 

「どうせ見ているんだろ、ケリィ。ネルガル君を殺した場合、私が担当する魂の行く末は悲惨極まると思っておいてくれよ。永遠に苦しませてあげるからさ」

 

 さて、戻ったらお仕事お仕事。魂の管理は大変だからね。たまには羽を伸ばさなきゃ。


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