トンガリ帽子の復讐者と小さい竜の迷宮物語 (リメイク開始)   作:ケツアゴ

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最悪の神

 ダンジョン中層にある街、リヴィラは水晶が太陽代わりだ。内装の割に少し高い宿屋の一室でアイズが目覚めたのも光が差し込んで来たから。隣りのベッドを見ればネルガルはまだ眠っており、その寝顔は子供らしい。

 

『ふぁ~あ。高い割りには粗末なベッドだな、おい』

 

 ネルガルの枕元で丸くなって眠っていたザハクは文句を言いながら欠伸を噛み殺す。何故二人が同じ部屋かというと、アイズ達は別々に泊まろうとしたが二人部屋しか空いておらず、仕方なく折半で泊まる事にした。なお余談だが、先日の一件でロキ・ファミリアから大金(一応ソーマ・ファミリアから得たお金で支払い済み)をせしめたこの街の住人の好意で本来よりは割引価格である、それでも高いのだからリヴィラの住民恐るべし。

 

(……眠い。昨日は色々と話を聞いてたからな)

 

 アイズはオラリオ以外に詳しくなく、興味本位で、世界を回っていたというネルガルから話を聞いたのだが、今は少し後悔している。

 

 最初に聞いたのは貧困の話。ある者達はゴミ溜めから少しでも売れそうなものを集め、”泥雲雀”と呼ばれる子供達は身を切るように冷たい川に入って金に替えれる物を探す。

 

 救貧院という救済の場所もあるのだが、家族を含む財産を全て没収され(院内で会っても会話をしてはいけない)、食事は刑務所以下で労働は刑務所以上に過酷。骨を砕いて粉にするという重労働の時に腐った肉片を見つければ奪い合うという。

 

 他にも一日の食事の為に親子以上に年の離れた相手に抱かれたり、路上やネズミが居る地下水道で体を齧られながら暮らす者。娼館に堕ち、薬と病気で体を壊しゴミの様に捨てられる者の話。彼らはその暮らしから病気や怪我をしやすく、お金がないから医者にもかかれない。

 

 そして本当に食料がない貧しい地域では口減らし――要は殺されたり売り飛ばされたりするのだ。

 

 

 他にも平民は貴族にとって家畜同然の扱いをする国もあり、若い娘の血を浴びる事で若さを保てると本気で思っていた伯爵夫人によって、拷問の末に多くの者が殺され、それを知っていた他の貴族は顔を顰めるだけで黙認していたらしい。

 

 殺される為に並ぶ人の列。道に捨てられ蛆がわいた子供の死体。食べるものがなくなり、最終的に()()を食べるという話を聞いた後、アイズでさえ夜食の肉を残してしまった。

 

 

「レッドライダー様は最悪の神様だったけど、命の恩神だし、感謝もして居るんだ。だってさ、人間の本質が悪だったことを教えてくれたんだからさ。ソーマ様は酒に溺れる眷属に絶望したらしいけど、たかが人間に何を期待していたんだろうね?」

 

 アイズはネルガルの言葉を聞きながらロキから聞かされたことを思い出していた。

 

 

『レッドライダーの阿呆はな、眷属に二つの呪いをかけるねん。一つはほんまもんの呪い。其奴の一番あった最悪の呪いをかける。もう一つは人間への不信感や。人間の汚い。誰しもが目を背けたくなるような部分ばかり教え込むねん。……面白いって理由だけでな』

 

 

 アイズは自分がどれほど恵まれていたかを知り、最後に言われた言葉で心が揺らいでいた。

 

 

「英雄ていうのはさ、戦いを賛美するための物なんだ。権力者が英雄をを賛美し、それに憧れる奴らを利用するのさ。たった一つの命がなくなれば、其れはその人にとって世界が終わるのと何ら変わらない。だから僕達は英雄が嫌いなんだ」

 

 本来であれば英雄譚に心躍らせる年頃の少年の瞳は英雄という存在への嫌悪に満ち溢れていた。

 

 

 

「なあ、春姫。仮にだけどさ……俺が身請けしたいっつったら嫌かい?」

 

「……ほへ?」

 

 其れは何時もの様にロビンが春姫に手を出そうとせず、ただ酒を酌み交わしていた時の事。急に振られた話に春姫は素っ頓狂な声を出し、ロビンはそれを見て笑う。

 

「まっ、これでも金はあるし? アンタと一緒に居るのは楽しいけど、通う時間が勿体ねぇし」

 

 ただ居てくれるだけでいい、その言葉に春姫は笑顔でそうなれば良いと返事をする。

 

(……でも、絶対に無理な話です)

 

 イシュタルは絶対に春姫を手放さない。それはロキがアイズに執着するようにお気に入りだからではなく、その命を利用する気だからだ。

 

 狐人(ルナール)独特の魔法である妖術。春姫の妖術は対象のレベルを一時的に上げるというものだが……其の妖術を他人が使う方法がある。狐人の子の死骸から作られる殺生石という名のアイテムは、狐人の魂を封じ込めた時に砕け、その破片を持っている間は妖術が使える。ただし、破片を壊されたり無くしたりされれば……魂は二度と体に残らない。

 

 そして春姫はイシュタルが殺生石を求めている事を知っている。つまり、自分の実質的な死の運命を知っているのだ。

 

「……あの、ロビン様。春姫はお願いが御座います。少しだけ、目を瞑って下さいませ」

 

 春姫は最近まで自分が大勢の男に抱かれていると思っていたが、実際は裸を見ただけで気絶しただけで全て夢であった。

 

(……大丈夫。目を瞑っていればきっと……)

 

 興奮のあまりに気絶せぬように他事を考えながら手探りでロビンに抱きつく春姫。やがてゆっくりと体重を掛けた……。

 

 

「と、殿方の鎖骨の感触っ!?」

 

「……うん。まあ、無理すんな。……少し寝てろ。直ぐに終わらせる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜、イシュタルは酒を飲みながら憎しみの篭った目でバベルを睨む。正確にはバベルの上階に存在するフレイヤの部屋を睨んでいた。同じ美の女神なのに多くの者が彼女ばかり持て囃す。オラリオの神々の目は節穴かと苛立ち紛れに酒を煽った。

 

「……本物の神酒(ソーマ)。中々じゃないか。あの餓鬼、少し興味がわいてきたよ」

 

 最初は自分の眷属の義理の甥っ子というだけで興味はなかったが。この前の一件でソーマを事実上支配下に置いた事で興味が湧き、魅了すればフレイヤ・ファミリアへ仕掛ける戦争の役に立つかも知れない。イシュタルが嫉妬から仕掛けようとしている多くの者を巻き込む戦いについて考えていた時、支配する店、其れも切り札となる春姫が居る店の一角が突如爆発した。

 

 

 

「一体何がっ!?」

 

 思わず手摺を掴んで身を乗り出すイシュタル。その体が前のめりに傾き、視線が真下へと向く。イシュタルが手を掛けた手すりが根元付近から折れ、彼女は今にも落ちそうになっていた。

 

「誰かっ! 誰か早く助けに来いっ!!」

 

 何時も近くに眷属を侍らしているイシュタルであるが、週に何度か一人で酒を飲みながらフレイアの部屋を睨む時がある。そして何とかバランスを取って落下するのを回避しようとしていた時、背後から男の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「アンタが天界に戻る事で出る犠牲者より、このまま放置してたら出る被害者の方が多いんだ。まっ、神だから死ぬ訳じゃねぇし? あばよ」

 

 視線を後ろに向けるも其処には誰もおらず、しかし誰かが背中を押し、イシュタルは高い高い建物の上から真っ逆さまに落下していく。

 

 

 

 

 この日、()()()()()()()()イシュタル・ファミリアは崩壊し、所属していた団員や店の従業員は次の行き先を探す事となる。そして、中には行方知れずになった者も幾人か存在し、その中には春姫も含まれていた……。

 

 

 

 

 

 




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