プロ雀士、日常の記録   作:Lounge

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5.桜、彩々

 気づけば年が明けて早くも3ヶ月が経とうとしている。プロ麻雀の世界において新人が発掘される季節である冬もまもなく終わりだ。

 

 時間が加速度つけて過ぎ去って行くなあ。暦の上ではすでに春だというのに相変わらず元気の良い北風に顔をしかめながら、竜華はぼんやりとつぶやく。

 

 

 竜華にとって、冬は大切な季節だ。大阪の兼任コーチを任される程度には実力があるとはいえ、彼女はまだ個人戦のタイトルを取れていない。

 

 個人戦はプロだけでなく男子プロやアマチュア、男女シニアプロも参加するものだし、場合によってはアマチュアを名乗ってOGが個人戦荒らしにやって来たりもする、はっきり言ってしまえばなんでもありの戦いである。そこではプロの中での実力など意味を持たないし、高卒・大卒新人獲得の場であるドラフトと違い雀士の強さが視覚的にわかる場所でもある。プロリーグにはタイトルが存在しないので、個人としての強さを示すにはタイトルを取るしかないとも言える。

 

 大阪の強さは、竜華やセーラ、洋榎をはじめとして一定の強さを誇る選手がたくさんいることに尽きる。悪く言えば二番手の集まりだ。チームとしては二番手しかいないのだからアベレージは飛び抜けて高く、毎年優勝候補に挙がるのも当然なのだが、チームの縛りなく個人でぶつかれば化け物じみた一番手には勝てない。

 

 だいたいタイトルを取るのは一番手の化け物ばかりなのだ、竜華がまだタイトルを取れていなくても別に焦る必要はないし、プロと違って個人戦には年齢制限もないから建前上チャンスはほぼ無限にある。

 

 それでも、竜華は焦っている。

 

 今年の冬、竜華は出産・育児のためにすべての時間を注いだ。初めての子育てでいきなり双子を育てることになってストレスフルになっていたし、麻雀から一時遠ざかったことに後悔はない。問題は彼女が休んでいる間に個人戦で起きた大番狂わせである。

 

 

 竜華たちの代で最強と目され、プロ入り以来タイトルを手放さなかった佐久の宮永照が、永世に王手がかかったタイトルを失ったのだ。

 

 

 宮永からタイトルを奪ったのは、同じく佐久の夢乃マホ。世代交代の訪れを象徴する試合であったという。

 

 同世代のトップランナーがタイトル陥落したとあって竜華は大きな衝撃を受け、来年あたりいよいよ自分がタイトルに挑めるラストチャンスとなるのではなかろうかと考えはじめた。

 

 

 チームで集まった際、そんな考えをセーラや怜、洋榎に話してみたところ、彼女らの返答は「じゃあ来年夢乃を倒せばタイトル取れるし世代としてのリベンジにもなるやん」であった。彼女らもタイトルはまだ取れていない。

 

 そういう話とちゃうんよな。竜華は彼女らの話に覚えた違和感を拭えないままだ。

 

 高校生の頂点に挑んでから15年、今度は成長を続ける若手を蹴落としながら頂点に挑む必要がある。年齢を重ね、頭の回転も鈍る中でこれはかなり厳しい戦いになってくる。

 来年は今年の分まで必死になる必要がありそうだ。おまけにプロリーグ戦でも、昨シーズンギリギリで逃した優勝・日本一を達成すべく動かねばならない。課題は山積みだ。

 

 

 考え事をしているとあっという間に時間が過ぎる。竜華は娘たちが泣き出してはっと我に返った。

「あー、長いことほってもうた。ごめんなー。おなか減ったなー。」

 手早く娘たちに乳を飲ませる。二人いっぺんに飲ませるために、片手で一人赤ちゃんを抱える重さにももう慣れた。

 

「春から母さん頑張るしなー。あんたらも応援してやー。」

 

 プロリーグもシーズン開幕。竜華の復帰はすぐ先だ。




※竜華の出産は結局予定日より前倒しで2月の頭になりました。双子の娘です。一卵性双生児。

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