皆さん、本当にありがとうございます。御蔭でランキングも上位に入ることが出来ましたし、日間の加点式では一位! 感謝の極みです。本当にありがとうございます。
湊とぶつかる少し前、レイナーレは内心に焦りつつその場から逃げ出していた。
それも無理も無い話。まだ見つかった相手が普通の人間なのならば、多少笑って誤魔化しそそくさとその場から撤退していたかも知れない。だが、見つかった相手はそんなことで誤魔化されてくれるような相手ではなかった。
つい仕事をさぼりがちなレイナーレだが、それでも安全のためにそれなりの下調べくらいは行う。当然表の人間界のことではなく、裏の冥界のことでだ。
人間相手に堕天使がそう簡単に負けると言うことはないが、悪魔相手ではそう簡単にはいかない。普通の堕天使なら悪魔如きと悪魔も見下すものだが、レイナーレはその考えを持たない。彼女は自信過剰という言葉を持ち合わせていないのだ。
確かに光の力は悪魔にとって猛毒だが、悪魔の魔力による攻撃だって強力な物なら受ければ致命傷だ。そう考えれば、自分達は猛毒を持っているだけで相手の能力との差はそこまではない。
この駒王町を支配しているのは主に二つの悪魔、グレモリーとシトリー。
二つとも元72柱の上級貴族にして、現魔王を輩出した希有な家系。その家系の跡継ぎがこの町と学園を支配している。
その片方のシトリー家の方はそこまで問題ではないのだが、問題はもう片方だ。
グレモリー家の跡取りであるリアス・グレモリーはあらゆる物を消滅させる『滅びの力』を持っている。そのため、如何に光の力に弱い悪魔であろうが問題無く此方の攻撃を消滅させるだろう。つまり堕天使の優位性など意味が無い。しかも相手は初めから上の上級悪魔。対して此方は平の下級堕天使。相手になどならないことは目に見えている。
故に一番警戒していたのが、リアス・グレモリーという存在だ。
その特徴は紅髪をした美しい美少女だということ。
レイナーレは声をかけられたと共に目に入ったのは、その他では見られないほどに美しい紅髪。
つまりもっとも会いたくない相手であるこの学園の支配者に会ってしまったということだ。
この距離まで近づかれては隠す意味など無い。こんな近距離で互いに正体を気付かないなんて間抜けはいない。
つまりリアスが此方に声をかけてきたのは、レイナーレの正体を察してのことだということ。
それを即座に察したレイナーレは持てる力を思いっきり出してその場から駆け出した。
当然リアスも逃げ出した相手を追いかけるわけだが、ここでリアスには不利なことが出始める。
基本、悪魔や堕天使は夜が本領。昼間と言えば少しばかり調子は出ない。それに加え、リアスはこの学園では超絶の有名人。それがいくら運動神経抜群とはいえ、人外の速さで走るというのは悪目立ちし過ぎてしまう。さらに言えば、彼女の力である滅びの力を放とうにも、まだ日中で生徒が普通に居る時間。流石に生徒の前で魔力を放つ訳にもいかないというわけだ。
以上のことから、レイナーレは逃げることに全力を出せばリアスからは逃げられる。ただし、その眷属にも追いかけられた場合はそう逃げ切れるものではないが。
だが、それでもレイナーレは必死に走る。
悪魔と堕天使が顔を突き会わせればどうなるかなど分かりきっているから。レイナーレに交戦や対立の意思はなくとも向こうはそうではない。悪魔も堕天使のことを敵視しているのだから、捕まれば戦わざる得ないだろう。
しかし、その逃亡劇も長くは続かなかった。
レイナーレは逃げることに手一杯ですっかり忘れていたのだ、湊のことを。
それがまさか外を歩いているとは思わなかっただろう。
結果、予想外なことに外で湊と激突したというわけだ。
そしてその場面を見事にリアスに目撃され、逃亡者という立場だというのに凄く気まずくなるレイナーレ。リアスもまさか追いかけていた相手が目の前で男子に抱きしめられているという光景にどう反応して良いのか困ってしまっていた。
と、これが現在における状態。レイナーレが湊と甘酸っぱい雰囲気を発している中、気を取り直したリアスは取りあえず湊とレイナーレに話しかける。
「と、取りあえず、ここじゃなんだし……あそこのベンチに行きましょうか」
そう言いながらリアスが指したのは、外に置かれている木陰のあるベンチ。
その誘いにレイナーレは取りあえず頷くことにした。
リアスによってレイナーレと湊は木陰にあるベンチに座ることに。
向かい合った席に互いに座り、リアスは何ともやりずらそうな顔で二人に話しかける。
「で、何で貴方みたいなのがここにいるの?」
リアスは湊の事を気にしてか、表立っては言わないようにレイナーレに追求する。
その翻訳は『何故ここに堕天使がいるのか』というもの。それは言い返せば争いの意思があるのかという問いでもあった。悪魔と堕天使は互いに敵視し合っているのだから、悪魔の領地に堕天使が侵入しているということが如何にまずいことなのか、ということ。最悪、戦争になりかねない。
だが、その問いに対し、レイナーレの反応は若干ばかり遅れる。
というのも、別にリアスのことを怖れたり、自分が如何に危険な状況に置かれているからというわけではない。未だにさっきの余韻が抜けず、顔が赤いままだったからである。
「あ、その………別に貴方達悪魔に戦争をしかけたりとか、陰謀があってここに来たわけじゃないのよ! その、ね………」
「ちょ、ちょっとッ!?」
いきなり一般人の前で悪魔だと暴露されたリアスは途端にレイナーレに突っ込んでしまう。彼女からしたら、せっかく一般人を巻き込まないように隠していたのに、それを台無しにされてしまったのだから突っ込まずにはいられない。
そして彼女の気遣いを更に台無しにするように湊は感心したような声を上げる。
「あ、そうなんですか。この気配が悪魔なんだ。レイナーレさんが堕天使って言っていたから、天使とか悪魔もいるとは思ってましたけど、これが……度々学園内で似たような感じをすれ違い様に感じたことがあるから、案外悪魔って多いんですね」
「悪魔は私達よりも人間とより密接に付き合いを持っているから、人間界に来てる者も多いのよ。目の前にいる女もその一人ね」
素直に感心する湊にレイナーレが姉のように優しく補足を入れる。
その様子に敵愾心が磨り減ってしまうリアスは何とか持ち直しつつ、湊に話しかけることにした。
「そう、貴方はそこの堕天使から色々と聞いているようね……蒼崎 湊君」
「どうして僕の名前を?」
いきなり名前を呼ばれて不思議そうに返す湊。レイナーレはそれを聞いてリアスに警戒心を向ける。
その警戒心に苦笑しつつ、リアスは答えを言った。
「貴方はこの学園内でも有名だもの。盲目の身でありながら普通の学校に通うことが出来る俊才、蒼崎 湊のことを知らない生徒はいないんじゃないかしら」
「別に俊才でも何でも無いですよ。ただ、必死なだけですから」
リアスの言葉に少し照れつつ答える湊。そんな湊にレイナーレは謙遜だと思う。湊が頑張り屋だと言うことは、ここ最近一緒に過ごした時間とさっきまで見ていた授業を受ける様子を見れば分かる。だからこそ、そんな湊のことを彼女は優しい笑みで見つめる。
如何にもな青春の気配を感じ、リアスは少し顔をヒクつかせ自分のことを紹介し始めた。
「此方も紹介しなくてごめんなさいね。私はリアス・グレモリー、この学園の三年生よ」
「あ、あのグレモリー先輩でしたか。お噂はかねがね聞いています。まさか先輩が悪魔だとは思いませんでした。確かに今まで普通の気配とは少し違うと思っていましたけど」
湊のその言葉を聞いてリアスは少し湊に警戒心を抱く。人間の身でありながら悪魔の気配を感じ取れるというのは、何かしらの能力者の場合が多いからだ。
だが、彼女なりに湊に探りを入れてみるが何も力は感じられない。それがより彼女の警戒心を煽る。
そんなリアスに対し、湊は普通に感心しているだけであった。
リアス・グレモリーと言えばこの学園きっての有名人。『二大お姉様』の異名を持つ三年生のもの凄い美少女。そんな有名人とこうして話せるとは思っていなかったので、少しばかり緊張している様子だ。
と言っても、周りの評価が如何に高かろうと湊にはあまり意味が無い。目が見えない彼にはリアスが如何に美人なのかということが伝わらないから。
寧ろそういった点で言えば、湊が真っ先に上げるのはレイナーレになるだろう。
そんな風に考えてしまい先程の感触を思い出して真っ赤になる湊。
その様子が可愛く見えたらしく、レイナーレは優しく微笑んだ。
そんな、如何にも二人っきりな雰囲気を発し始める二人にリアスは少し咳払いをして改めて二人に話しかける。
「それで、何で貴方はこの学園に来たのかしら? 勿論、ここが私の領地であることは知っているわよね。それにさっきから蒼崎君と親しいようだし、彼を巻き込んで何を企んでいるの」
相手を威圧するような視線でレイナーレを睨み付けるリアス。
それに対し、レイナーレは流石に真面目な顔で受け止める。
この答え次第では自分は勿論、湊の命も危険に晒されるからだ。
だからこそ、慎重に答えなければならないとレイナーレ真剣な顔でリアスに顔を向ける。
最悪でも、湊だけは絶対に逃がさなければと心に決めて。彼はただ、自分と親しくしてくれただけで悪いことなんて一つとしてないのだから。
そのように決意を固めるレイナーレだが、その決意は湊の言葉によって崩れてしまった。
「あの、すみません。レイナーレさんは何か悪いことをしたんでしょうか?」
「蒼崎君ッ!?」
この場に於いて場違いなまでに不思議そうな声でリアスに質問する湊。
そんな湊にレイナーレは驚いてしまった。いくら目が見えないとはいえ、この雰囲気は普通じゃないことくらい分かるというのに。
それはリアスも同じで、表立ってそう聞かれて少し慌ててつつその質問に答えた。
「あまり人間である君を巻き込みたくはないんだけどね。彼女は堕天使で私は悪魔。つまり敵対し合っている同士。そんな間柄の者が自分の領地に勝手に侵入して何か怪しい行動をしている。それをみすみす見逃すわけには行かないのよ。ただでさえ目障りな堕天使が勝手にコソコソしているのは我慢ならないの。場合によっては再び戦争に発展する場合もあるし、その可能性は少しでも潰さないと。それに領地に侵入した者を放置するなんて、領主として許されないわ。だからもし、良からぬ事を考えているのなら、私は彼女を殺さなくてはならないの」
堂々と説明するリアス。
その説明自体は大体間違ってはいない。彼女は領主としての責務を果たそうとしているのだ。それはレイナーレにも理解は出来る。
だが、本当に事を構える気が無い彼女にとって、そこまで言われる筋合いは無い。特に自分の事を毛嫌いしていることをわざわざ湊の前で言われるのには流石に苛立ちを感じた。
しかし、レイナーレは同時に湊に心配をしてしまう。
自分が行った事が種族間的によろしくないことを言われてしまうんじゃないだろうかと。まるで泥棒か不審者のように思われてしまうのではないだろうかと。極端にな話、嫌われてしまうのではないだろうかと。
そう考えると彼女は恐くなってきた。悪魔から嫌悪されている視線を向けられるのは別にいい。だが、湊にはそんな目で見て貰いたくないのだ。もしそんな目で見られたらと思うと、自然とレイナーレの身体は恐怖で震えてしまう。
だが、そんなレイナーレの心配はまたもや湊によって消し飛んだ。
「あの~……思ったんですけど、さっきから先輩は自分の領地だって仰いますけど、この学園の土地の利権は先輩が持ってるんですか?」
「え? いや、そんな事はないけど」
いきなり土地の利権の話を持ち出されて驚くリアス。
ちなみにこの学園の土地の利権を持っているのはリアスの兄にして現四大魔王の一人、サーゼクス・ルシファーが持っている。この学園はグレモリー家によって運営されているのだ。
「で、でも、私はこの学園の理事長からこの土地の管理を任されているのよ」
「それは何となく分かります。確かこの学園の理事長も先輩と同じグレモリーの名字でしたよね。理事長に管理を任されたのは親族として分かりますけど、だからっていきなり殺すとか、物騒だと思うんですけど」
表情は目が開いていないので分かり辛いが、リアスの言葉に湊は結構怒っていた。
何故なら彼女の言い分は分からなくは無いが、随分とレイナーレのことを悪く言い過ぎているからだ。事情も聞かずに一方的にそう言うのは、流石に如何な物かと思う。故に湊は更にリアスに言う。
「確かに悪魔と堕天使が敵対関係にあるっていうことは先輩とレイナーレさんのお話で分かります。でも、それは冥界のことでしょう。ここは人間界で日本の学校です。司法があってそれに順した裁きを行うべきだと思います。レイナーレさん? 学校に入る時に玄関の事務室から来賓の手続きは取りましたか?」
「い、いえ、してないわ……ごめんなさい」
「先輩、先輩はこの学園に入って来た者に対し、侵入したからといって訳も聞かずに容赦なく攻撃し殺すおつもりですか。そんなことが日本の法律で許されるとでも思いますか? もし許されるのなら、この学園は治外法権ということになりますが、そこの所はどうなのでしょうか?」
「いや、それは、あの……」
流石のリアスも湊の雰囲気に飲まれて言葉が出てこなくなる。
リアスの言い分は確かに正しい。だが、それは悪魔としてだ。
ここは悪魔が支配しているとはいえ、名実共に日本。その法律は当然日本の法律が適用される。そして日本の法律は如何様であっても殺人?を許さない。その者の精神が異常をきたしていない限りは。
まさか土地の管理を任されている者の精神が異常をきたしているなんてことはないだろう。そんな者に任せられるわけがないのだから。
つまりリアスが言っていることは日本という国の法律において正しくないのだ。
湊はそれをはっきりと言うと、リアスの方に顔を向けて言った。
「先輩がすべき裁きは、彼女の話を聞いてちゃんとした法律に則った常識的な対処をしてあげることです。殺すだなんて物騒なことを言わないで下さい。命はそんな軽々しいものじゃないんですから」
「は、はい……」
言い負かされたリアスは若干涙目で返事を返す。
湊の言い分は人間として正しく、本当に言い返せない。悔しいという感情すら湧かず、リアスは自分が悪いということを理解させられた。
そして湊はレイナーレの方を向く。
「レイナーレさんもレイナーレさんです。来た理由までは分かりませんが、ちゃんと手続きを取らないと駄目じゃないですか。不審者は警備員さんに見つかって追い出されてしまいますよ」
「ご、ごめんなさい……」
さっきまでとは別の意味でレイナーレはしょげる。
まさか湊に叱られるとは思わなかったから。
だが、しょげた顔は直ぐに真っ赤に染まった。
急にレイナーレの腕が捕まれたからだ。勿論、掴んだのは湊である。
「だからまず、一緒に事務所に行って来賓の手続きをしに行きましょう。手続きが終われば何も問題無く校内を歩けますしね。あまり役に立たないと思いますけど、僕も一緒に案内しますから」
「蒼崎君……」
そのまま優しく引っ張られるレイナーレはゆっくりと立ち上がる。
そして改めてリアスの方を向いた。
「その……勝手に入ってごめんなさい。でも、本当に何か企んでたりとかはしないの。その………」
そして湊の方に視線を向けるレイナーレ。
その赤い顔を見て、リアスは大体察して答えた。
「別にいいわ。こちらこそあんな言い方して悪かったわね。その……堕天使の貴方にこういうことを言うのは悪魔としてどうかと思うんだけど……頑張りなさい、応援してるわ」
「え、いや、その、な、何の事!?」
「どうかしましたか、レイナーレさん?」
「な、何でもないの、なんでも!! あははははは」
リアスに言われたことで動揺してしまうレイナーレ。
彼女もうすうすと感づき始めているが、まだまだその答えには至っていない。だが、そんな反応をされれば傍から見れば丸わかりであった。気付かないのは当人達だけだろう。
そしてリアスに失礼しますと礼を言って湊とレイナーレは一緒に事務室へと向かう。その際、繋いだ手はずっと繋がれたままであり、レイナーレの顔はずっと真っ赤なままだった。
その背を見送りながらリアスは思う。
(随分と変な堕天使だったわね。でも人それぞれだしあんな堕天使がいてもいいのかもしれないわ。それに……正直羨ましいわね。私もあんな風に誰かと恋してみたいわ……)
リアスもまた、恋したい年頃の乙女なのであった。
悪魔だろうが堕天使だろうが、そういった感情はきっと万国共通なのだろう。