堕天使な彼女の恋物語   作:nasigorenn

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一応言っておきますが……番外編は全部甘いですよ。


番外その5 彼と彼女の授業風景と昼食

 湊の目が見えることによって、彼は今まで受けてきた授業とはまた違ったものを受けることになった。

何せ今までの彼がやっていた事とは全く違う事なのだから。それまでの湊といえば、教師の話を一言一句聞き逃さないようにしながら素早くノートに点字を打ち込むのが彼にとっての授業風景であった。

しかし、今は目が見える様になったことでまったく違う。黒板に書き込まれる文字の数々、教師の表情と詳しい説明、一緒に同じ授業を受けるクラスメイト達の姿。

見える様になって湊の授業風景は一変したのだ。

そして、それと同時に問題も出てきた。

それは…………。

 

「湊君、そこの漢字、間違ってるよ」

「あ、すみません」

 

隣の席に座るレイナーレから注意を受けて、湊は間違えた部分を直すのだが……。

 

「その漢字、線が一本多いわ」

「え、す、すみません……」

 

直した漢字すら間違っており、それを見て軽く笑うレイナーレ。彼女に注意を更にされ、恥ずかしさから湊は顔を赤くした。

そんな湊を見てレイナーレは少し胸がキュンとなる。いつもは頼りになる湊だが、こんな風に恥ずかしがる姿は可愛いと思うのだ。大好きな人の少し抜けた部分というのは、ギャップ差を感じさせてそれが更に良い。

 

(ふふふふふ、湊君、赤くなって可愛い……)

(ま、また間違えちゃったよ。あぁ、もう……恥ずかしいなぁ~)

 

いつもは助けられている彼女だが、逆に湊を助けて上げられることが純粋に嬉しい。だからなのか、レイナーレはこういう時、いつもよりも優しい笑みを浮かべて湊に色々と教える。その様子は母親か姉の様に見えるかもしれない。母性溢れる光景は見ていて妙に気恥ずかしさを感じさせ、彼等の周りの生徒達は顔を赤らめていた。

さて、どうしてこのようになっているのかと言えば、湊を取り巻く状況の変化が原因だ。

今まで彼は目が見えなかったため、文章という物の殆どを点字によって熟してきた。読み書きの全てが点字である。

それは当初の目的通り、視覚障害者のための文字。それを通常の人間が触れて読んで見るのと、視覚障害者が読むのとではその字が全く違う。

例えば『堕天使』という字を普通の人間に読ませてみよう。その場合、まず間違いなく彼等はその点字から堕天使と読むだろう。しかし、視覚障害者は違う。彼等が点字で同じ字を読むと『だてんし』となる。そう、ひらがなかカタカナ、もしくはそれすらない何かかにしかならず、決して『堕天使』とは読めないのだ。

何故なら、彼等はその字を知らないから。これがまだ修学を終えた人間で目が見えなくなったのならそんなことはないのだが、そうでない場合は読めない。特に幼い頃から見えない者なら尚のことだ。

そして湊も例に漏れず、まったく漢字を知らないのだ。

故に彼は漢字がまったく書けないし読めないと言う訳だ。

目が見える様になって良い事尽くめと言うわけでは無い。それまで知らなかったことを知るということは、同時にそれまでしなかった苦労をすること。

それは大変なことであったが、それでも湊にとって楽しいと感じた。

広がる世界は彼に様々なものを与えてくれる。

そう、レイナーレに優しく教えて貰えることも彼は嬉しかったのだ。

それが己の無知を恥じらうことになっても。

 

「すみません、レイナーレさん。毎回教えてもらってばかりで」

 

湊は授業中ということもあって小さい声で申し訳なさそうにレイナーレにそう言う。それを聞いたレイナーレは嬉しそうに微笑みながら授業の邪魔にならないように答える。

 

「ううん、気にしないで。いつも湊君には助けて貰ってばかりだから、こうやって助けて上げられることが嬉しいの。それに湊君が読めないのは仕方ないから。だって小さい頃から見えなかったんだから、漢字とかだってちゃんと教わってないものね。だから、その……私が教えてあげる」

 

そう慰められ、少し気恥ずかしさを感じる湊。

ここで男なら大丈夫だと胸を張って答えたいところだが、そうは中々いかないものである。

そしてレイナーレは湊の横顔を見つめつつ湊に字を教え、湊はレイナーレに優しく教えて貰い授業について行く。

それは別に良い。授業を教えている教師も湊のことは知っているので特に問題視はしない。

しかしだ、それでもクラスの皆は思わずには居られないのだ。

 

((((((何でこうも空気が甘くなるかなぁ! あの二人、イチャつき過ぎ!!))))))

 

そう、湊はただレイナーレに字を教わっているだけなのに、二人に流れる雰囲気は悉く撃甘なものに変わるのである。

皆それ故に顔を赤らめ、変態三人組はそんな二人を妬ましい目で睨み付けていた。

 

 

 

 お昼の鐘がなり、各自昼食を取るべく行動していく生徒達。お弁当だったりコンビニで買ってきたものだったりと様々だ。

そして今回、湊とレイナーレは一緒に学食に行っていた。

それというのも、目が見えるようになってからは色々な事に興味を持つようになった湊。そんな彼が気になったものの一つが、この学食だ。

学生足る者一回は行ってみたい場所であり、それまで行けなかった湊にとっては未知な場所。だからなのか、ドキドキと胸を高鳴らせる湊。

レイナーレはそんな湊の子供っぽい一面を見て可愛いと頬を染めながら笑いつつ、一緒に注文を取った。湊は唐揚げ定食を、レイナーレはカルボナーラである。

 

「「いただきます」」

 

二人で仲良く席に座り両手を合わせてそう言うと、頼んだ料理に箸を付け始めた。

そしてその美味しさに感嘆の声を上げる二人。

そのまま食べ進めると思われたが、ここでレイナーレはアクションを起こす。

顔を赤くしながらも湊を見つめ、そして彼が逃げられないように先に行動を起こす。フォークにカルボナーラを巻き付け、彼女は湊に話しかけた。

 

「はい、湊君……あ~ん♡」

 

顔を真っ赤にしながら差し出されたカルボナーラを見て湊も顔を赤くする。

純粋な彼女の好意は嬉しいが、ここは公衆の面前。あまり注目はされたくない。

 

「レイナーレさん、もう目が見えるんですから自分でっ」

「駄目……」

「ぐっ!」

 

断ろうとしたら、レイナーレの甘える様な声と可愛らしい顔でそう言われ、湊は引けないことを悟る。既にこうなってはどうしようもない。

故に湊は内心喜びつつ、羞恥で顔を染めながらも口を開いた。

 

「あ、あ~~~ん……」

 

そして口に入れられるカルボナーラ。

確かにそれは美味しいのだが、何故か甘く感じた。その甘みが湊には心地良く感じられる。

口を離せば、そこにあるのは恥じらいつつも嬉しそうに笑うレイナーレの顔。それが可愛くて、湊もまた嬉しくなる。

だからなのか、逆に彼女の『そんな顔』が見たくて湊も行動を起こした。

唐揚げを一つ摘まむと、レイナーレの艶やかな唇の前に差し出した。

 

「はい、レイナーレさん……あ~~~ん」

「み、湊君、それは……」

「駄目……ですか?」

「はぅっ………あ、あ~~~~ん♡」

 

逆にやられて恥ずかしさから顔を真っ赤にするレイナーレ。しかし、ちゃっかりして貰ったことが嬉しくてそれが声に現れる。そんな彼女が愛おしくて、湊は幸せそうに笑いながら彼女の口の中に唐揚げを入れた。

艶やかな唇が小さく開かれ、その中に唐揚げが吸い込まれていく。そして口に入った唐揚げをレイナーレは小さく口を動かしてゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。

 

「はぁ………」

 

その吐息が妙に艶めかしく、見ている者をドキドキとさせた。それは湊とて例外でなく一番彼女に胸をときめかせた。

 

「美味しいね、この唐揚げ」

「そうだね」

 

本当は湊に食べさせて貰ったからだと言いたいレイナーレだが、流石にそこまでいうのは難易度が高すぎる。しかし、湊にしっかりとその気持ちは伝わっており、互いに真っ赤になってしまう。嬉しいけど恥ずかしい、でも幸せだ。そんな気持ちが二人を満たす。

 

「でも………」

「でも?」

 

その後に出てきた言葉に首を傾げるレイナーレ。

 

「僕はレイナーレさんのお弁当の方が美味しいと思います。出来れば、今度はそのお弁当で『はい、あ~ん』して貰えると、その……嬉しいです」

 

その言葉にレイナーレの顔は一気に真っ赤に染まり、蒸気が出始める。

そんな彼女は瞳を潤ませつつ、湊を上目使いで見つめて返事を返した。

 

「っ!? そ、そう。なら、明日頑張って作るね……大好きな湊君のために………」

 

その後半を聞いて湊も同じように顔を真っ赤にした。

そして互いに恥じらいつつも、幸せそうに昼食を食べていた。

 

 尚、二人がいる学食では、爆発的に苦いものが売れたと言う。

 


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