堕天使な彼女の恋物語   作:nasigorenn

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何といきなり本編最終回!
そして次回からは後日談を少々。
あ、一応言っておきますが……

後日談はマジで砂糖注意ですよ。


第84話 これが彼女の答え

 放課後になり、湊は教室で一人黄昏れる。

以前ならこのように一人で居ることが当たり前であった。目が見えない自分は何も出来ない。故に友人らしい友人も出来ず、部活動に参加することもなく一人で帰る。

それを寂しいとは思わなかった。

昔からそうなのだから、今更そう思うことはない。慣れてしまったのだ。一人で居ることが当たり前だったから。

だからそのまま帰る。そして家に着いたら軽く何か食事を取り、何かをして過ごして眠る。そんな何の変哲も無い日々。

ずっと一人だった。祖父母と一緒に居たときでも、その気持ちは変わらない。

だが…………今は違う。

 

「レイナーレさん………今日は帰ってくるかな」

 

湊は最愛の人の名を呟き、心がきゅうとなるのを感じた。

しばらく忘れていた感情が彼を苛む。

 

寂しいと思った。

 

レイナーレの手前、彼女を心配させないように笑顔で送り出したが……それでも何処か寂しいと感じた。

最愛の人と会えないことが寂しい。それは当たり前の感情だが、この時湊はその感情を少し恥じた。

良い年をした男が少しの間会えないというだけで寂しがるなど、まるで幼い子供ではないかと。

湊は大人っぽい雰囲気を醸し出す男だが、それでも年相応の男の子でもある。

故にそんな『子供っぽい』感情が恥ずかしいと思った。

だからレイナーレが仕事に行った最初はその感情を恥ながら生活を送っていた。

しかし、それが3日を過ぎると恥よりもその感情の方が強くなっていく。

まだかなっと彼女の帰りを期待すると共に、会えないことでの寂しさが膨れあがる。

そして認めた……自分は寂しいのだと。

彼女の声が聞きたかった、彼女の温もりを感じたかった。見えはしないが、彼女の笑顔を感じたかった。

だからこそ、その寂しさに心が押し潰されそうになる。

それまで忘れていた孤独が湊を押し潰そうとしてきた。

だが、それを湊は堪える。

何故なら、レイナーレが帰ってきたときにこんな自分を見たら心配をするだろういから。彼女は仕事で大変な思いをして疲れているだろうに、そんな彼女に余計な負担をかける訳にはいかないと思うから。

だから、その気持ちを胸に押し込めつつ、ひたすらにレイナーレの帰りを待っていた。

そして気が付けば自分の誕生日になっていた。

別に特に意識したことはない。自分がただ歳を取るだけの日。小さい頃は喜んだが、この歳になってそこまでハシャぐようなこともない。

強いて言えば祖父母からの祝いの言葉と心配を電話で聞かされる程度。それは凄く嬉しいが、それと同時に心配をかけていることを心苦しく思う。

今まではそうだった。でも、今は違う。

レイナーレがいるから。大好きな彼女とその日を過ごせることを湊は楽しみにしていた。何せレイナーレが湊の誕生日を聞いた時、凄く嬉しそうにハシャいだから。一緒にお祝いしよう、湊君はどんな誕生日プレゼントが欲しい、など。

当の本人よりも無邪気に喜び、楽しみにしているレイナーレの様子を感じて湊は嬉しくて笑った。

それなのに、彼女はまだ帰ってこない。

別に祝って貰えることが嬉しいのではない。レイナーレと一緒に居られることが嬉しいのだ。

まだ帰ってこないレイナーレのことを少し心配しつつ、寂しさを紛らわせるように湊は黄昏れる。別に夕陽は見えないが、放課後であることはわかっているので黄昏るのに問題は無い。

そんな風に黄昏れるが、何か変わる訳も無く……湊はすでに二時間近くも教室に残っていた。既に外は夕陽で赤く染まり始め、部活動をしている生徒以外は皆下校している。

そろそろ帰ろうかと湊は思う。別に何か用があって残っていた訳ではない。ただ……自分が暮らしているあの部屋に戻るのが少し嫌だった。

レイナーレがいない部屋に戻るのが少し恐かった。彼女はまだ帰ってこないかなっと期待して扉を開き、誰も居ない部屋の雰囲気を感じて落胆する。

それが湊は嫌だった。だから少しでも部屋に居たくないと、こうして教室に残っていたのだ。

 

「もう帰ろうかな……」

 

そう呟き、湊はゆっくりと席を立つ。

心が寂しさを感じギュッとするが、その苦しさを飲み込んで押さえながら。

しかし、そんな彼に声がかけられた。

 

「家に行ってもいないから何処に行ったのか心配になったけど……学校に残っててよかった」

 

その言葉に湊は驚いた。

何故なら、それは彼が待ち焦がれた声だから。

 

「れ、レイナーレさん………?」

「うん、湊君……ただいま!」

 

そういうと、湊が待ち焦がれた人……レイナーレは湊の胸に飛び込んだ。

目が見えないために受け止めることが出来ない湊はただ、抱きしめるレイナーレの身体にそっと手を回した。

 

「………お疲れ様です、レイナーレさん」

「ごめんね、こんなに遅くなって」

 

レイナーレは湊にそう謝りながらも彼の温もりを確かめるかのように身を寄せる。

湊はそんなレイナーレを愛おしい気持ちで一杯になりながら優しく抱きしめ返した。

それが嬉しいのか、瞳を潤ませるレイナーレ。久々に会った愛しい湊の温もりを感じ、彼女は顔を赤らめつつも嬉しそうに笑う。

 

「湊君の誕生日は絶対に一緒に祝いたかったから、頑張ったの」

 

まるで幼子が褒めてというかのように湊の胸に顔を擦りつけるレイナーレ。

そんなレイナーレに湊は優しく微笑みながら彼女の頭を撫でる。若干久々に敢えて暴走気味のレイナーレだが、今はそんな彼女も可愛くて湊は嬉しくなった。

そのまま抱き合う二人。レイナーレはキスしたい気持ちで一杯であったが、それはまだ我慢する。

何故なら………これからが本番なのだから。

湊とレイナーレは共に愛しい恋人の温もりを堪能してから少し落ち着きを取り戻した。

そしてレイナーレは湊と手を繋いだまま彼に話しかけた。

 

「ねぇ、湊君……屋上にいかない?」

「屋上ですか? 別にいいですけど」

 

その提案に不思議そうな顔をする湊。てっきりそのまま家に帰ると思ったのだ。

そんな湊をレイナーレは実に楽しそうに笑う。

これから起こるであろう奇跡を楽しみにしながら。

そしてレイナーレに連れられて湊は一緒に屋上に向かった。

彼女の手の温もりを感じつつ、共に階段を上がっていく。そして扉を潜ると、そこは朱色が広まっていた。

レイナーレはそれを見て綺麗だと思った。

全て一面な朱色は何だか幻想的に感じさせる。良くこの時間は逢魔が時と言われ不吉がられるが、そんなことはないと思わせるくらい朱の世界は美しかった。

その世界に踏み込んだレイナーレと湊。と言っても、実はレイナーレはその風景を先に味わっていた。

それというのも、彼女はまず最初に学園に来たときに来たのが屋上だからだ。屋上に向かって転移してきた。それは奇跡を起こすためのタネを仕込むため。

そしてそのタネことアーシアはレイナーレが戻って来たのを見て嬉しそうに笑う。下手に声を出したりすると気付かれてしまうので声などは出さないようにレイナーレに先に言われている。

レイナーレはアーシアに目を合わせると少し待つようジェスチャーを送る。

それを送り終わると、湊の手を引いてゆっくりとフェンス際まで連れてきた。

これから湊に言う言葉に期待と喜びを感じながら彼女は湊に話しかける。

 

「ねぇ、湊君」

「何ですか、レイナーレさん?」

 

少し甘い声に湊は嬉しそうに笑みを浮かべつつ答えると、レイナーレはまるでイタズラをする子供のような無邪気な笑みを浮かべた。

 

「今から一つ、特別な魔法を湊君に掛けてあげる」

「魔法……ですか?」

 

急にそう言われ戸惑う湊。

そんな湊にレイナーレは微笑みかける。

 

「うん……もしかしたら奇跡が起こるかもしれないわ」

「奇跡ですか? なんだろう?」

 

奇跡と普通に聞くと妙にチープな感じを受ける。そしてレイナーレがそう言うと、何だか良いことが起きるような気がする湊。彼はその奇跡とやらを少し楽しそうに思った。

そんな湊を見てレイナーレは満足そうに微笑むと、アーシアに合図を送る。

 

(アーシア、お願い)

(はい、レイナーレ様!)

 

アーシアはこれから湊に起こるであろう奇跡をまるでイタズラをする子供のような心境でワクワクしながら湊にばれないようにそっと近づいて行く。

いつもなら近づいただけで気が付く湊なのだが、久々に会ったレイナーレと一緒に居られることに喜び、浮かれていたこともあって気付けないようだ。

そして気付かれることなくアーシアは湊の前まで行き、神器を展開する。

レイナーレはアーシアは治癒を始めるのに合わせ、湊に話しかけた。

 

「それじゃ……いくわよ」

「はい」

 

そしてアーシアの神器『聖母の微笑』を湊の目の近くに翳し、治癒の力を発動させる。

閃緑の光が湊を照らしていく様子は神々しく見え、湊は自分の目に妙な暖かさを感じた。

 

(たぶんこれがレイナーレさんが言っていた魔法だろうけど……なんだろう? 何か気持ち良い暖かさを感じる)

 

そのまま少し治癒を続け、光が収まるとアーシアはレイナーレに微笑んだ。

その笑みは成功の証。レイナーレは目から涙が溢れそうになるのを堪える。

そしてアーシアに感謝を送りながら少し離れるようにジェスチャーを送り、アーシアはそれを素直に聞いて屋上の給水塔の影に隠れた。ただし、その目は恋の憧れを持つ少女が二人が今後どのような風になるのかをワクワクしながら見つめる目になっていた。

アーシアが隠れたところを見送って、レイナーレは湊に話しかける。

 

「ねぇ、湊君………『目を開けてみて』」

「目を……ですか?」

 

レイナーレにそう言われ、湊は戸惑いながら言われた通りにする。

今更見えない目を開けてどうするんだと思ったが、レイナーレが言う魔法に関係が在るのかも知れないと思ったからだ。

湊が目を開ける少し前にレイナーレは自分の翼を広げた。漆黒の翼が彼女の背から現れる。

湊は言われるが真真に目を開き、そして……………。

 

「っ………………………!?!?」

 

言葉を失った。

何故なら……『見える』からだ。

朱い世界も、雲の形も、校舎の床も、その全てが見える。

今まで見えなかったものが全て鮮明に見える。それは本来有り得ないことだった。

そして何よりも彼を驚かせたのは…………。

 

「ねぇ、どうかな、湊君? 誕生日プレゼントにこんな奇跡は?」

 

湊の様子から嬉しさで泣きそうになるレイナーレ。しかし、涙を堪えて彼女は湊にそう問いかける。

その問いの答えではないが、湊は少し言葉を洩らした。

 

「……………綺麗だ……」

 

彼女を目の前にし、湊は自分がもっとも驚いたことを口にした。

 

「驚きました………レイナーレさんがこんなに……美しくて綺麗な人だったなんて………まるで……天使みたいだ」

 

漆黒の翼なのに天使と言われ、レイナーレはくすぐったそうにする。

そして言われたことに顔を赤らめた。その赤は夕陽の朱よりも朱い。

何故なら、嬉しすぎたから。

周りの風景よりも何よりも、まず最初に自分を見てくれたから。その感想が凄く嬉しかった。

そして湊は気が付けば自分が泣いていることに気付いた。

 

「あ、あれ? 何で?」

 

泣いていることに戸惑う湊。視界が涙で歪むのが酷く新鮮に感じた。

そんな湊をレイナーレは優しく抱きしめた。

目の前に映る美しくも可愛らしい顔に湊はドキドキする。

 

「どうかな、こんな奇跡? えへへへ、その……改めて……初めまして、湊君」

「その……まさかこんなことが起こるなんて思わなかったから、どう反応して良いのかわからなくて…」

「別に急ぐ必要なんてないよ。いきなり治れば誰だって戸惑うから」

 

湊の目を見つめつつ、レイナーレは優しく微笑む。

その笑みに湊は優しさを感じ安らぎを感じた。

レイナーレの優しさに嬉しさを感じながら湊も又、彼女の目を見つめる。

互いの瞳の自分の姿が映り、その顔が妙に可笑しく見えた。

抱きしめ合う二人。それは恋人がする抱擁。

互いの顔がくっつくかもしれないほどの距離で、湊は少しだけ苦笑しつつレイナーレに告げた。

 

「その………こんな時にいうのは凄く非常識なんですけど…………いいですか?」

 

その言葉にレイナーレは答えない。ただ、ゆっくりと頷いた。

湊はこれから口にする言葉を少し恥ずかしいと思いつつも、絶対に伝えたいと決意を固めレイナーレに言う。

 

「その………改めて。こんな素敵な奇跡をありがとうございます。まさかもう見えないと思っていたのに、こうして光を取り戻すことが出来るとは思いませんでした」

 

その言葉にレイナーレは嬉しそうに微笑む。

 

「そんな状態で言うのは何だか自分が現金な奴だと思いますけど、それでもちゃんとレイナーレさんに伝えたいんです」

 

そう言うと、湊はレイナーレが驚くようなことを言った。

 

「レイナーレさんがこんなに綺麗な人だと思わなかったから緊張しちゃいますけど、それでも………。ずっと会えなくて寂しかった。だから……もう離れないで下さい。僕と一緒に居て下さい。この先もずっと一緒に………僕の家族になって下さい」

 

それがどういう意味なのかは分かってる。

でも、言わずにはいられなかった。

そしてその言葉を聞いたレイナーレは顔を真っ赤にしつつも此方もはっきりと答えた。

 

「はい………私はずっと湊君といるから。だからその……湊君の家族に……お嫁さんにして下さい」

 

それを聞いて湊は嬉しさのあまりにレイナーレをぎゅっと抱きしめた。

それはレイナーレも同じであり、湊にさせるがままに密着する。

そして二人とも言葉はその先はない。

互いの顔が近づき合い、その唇が綺麗に重なり合った。

恋人になってから幾度かしたキス。

でも、この時のキスはそれらとは比較にならないくらい幸せな気持ちを二人に満たしていた。

 

 

 

 至上の堕天使がどのようなものかは未だに分からない。

でも、レイナーレははっきりと言えることがある。

 

『別に至上じゃなくても幸せはある。そして私はきっと………世界で一番幸せな堕天使だ』

 

それが彼女が至った答え。

そんな大仰なものではない。ただ、愛おしい人を結ばれ共に居られることに勝る幸せはない。

そう、彼女は導き出した。

今はただ、最愛の人の胸の中で幸せを噛み締める。それだけでよいのだと、そう思った。


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