窮地をヴァーリに助けて貰いその場から離れることに成功したレイナーレとアーシア。
そんな二人は現在、少し息を切らせつつも落ち着きを取り戻し始めていた。
アーシアはそれまで走っていたことで疲れを見せ、レイナーレは上級悪魔と対峙した事による緊張感から解放され、虚脱感を感じていた。
「あの、レイナーレ様?」
「何、アーシア?」
共に疲れている中、アーシアは少し不思議そうな顔をしながらレイナーレに話しかける。
「先程助けてくれたあの白い方は一体………」
その質問にレイナーレはあぁ、と軽く理解して答える。
「あの人はヴァーリ。アザゼル様が引き取ったらしくて、アザゼル様の仕事を色々と手伝ってるらしいわ。私も話では聞いてたけど、こうして会うのは初めてなのよ。だから詳しくは知らないの。ただ、アザゼル様曰く、『可愛げが無い息子』だそうよ」
「そうなんですか……なんだか凄く強そうな人でしたね」
その姿を思い出して少し興奮気味に言うアーシア。そんなアーシアを少し可愛いと思いつつ、レイナーレは補足を入れる。
「彼は何でも、最強とされる神器の中の神器、通称『神滅具』の『白龍皇の光翼』の使い手らしいわ。話で聞いてたけど、実際に見て確かに感じたわね。彼、凄く強いわよ。それこそ、向こうの上級悪魔なんか目じゃないくらいに」
「そんな凄い人だ助けにきてくれたんですね~……何か凄いです」
まるで有名人にあった一般人のような反応をするアーシアに、レイナーレは苦笑しつつも頷き返す。
確かにそんな凄い人物に助けられたとなれば、こんな反応をしても可笑しくない。
ただ、レイナーレとしては……内心ヴァーリよりも湊に助けて貰いたかった。まず戦闘力では無理だと分かっているのだが、それでも窮地に助けて貰いたい王子様は湊の方がいいなぁと考えてしまう辺り、彼女はある意味手遅れだ。
そんなことを考えていると、何故かアーシアはレイナーレを妙に尊敬しているような眼差しで見始めた。
その視線に少し驚きつつ、どうしたのかレイナーレは聞く。
「どうしたの、アーシア? その……妙に目がキラキラしてるんだけど?」
「いえ、あの……そんな凄い方が助けに来てくれるなんて……レイナーレ様は凄い御方なんですね!」
まるで偉い人を見るかのような目でレイナーレを見るアーシア。
そんな彼女にレイナーレは慌てながら反論する。
「べ、別に凄いも何もないわよ! 私なんてただの平堕天使で偉くなんかないし、いつも部下を纏めきれなくて皆に迷惑かけてばかりだし、湊君に心配をかけちゃったりちょっとしたことで嫉妬したり焼き餅やいたりするぐらいだし」
「そんなことありません。レイナーレ様は元とは言え教会所属であった私を助けてくれて、しかも私にあんなに親身になって話してくれて、その上会ったばかりの私のことを本当に気遣ってくれて………少し前まで皆が私のことを聖女だと言っていましたけど、私はレイナーレ様の方がもっと聖女様のように見えます!」
尊敬の眼差しで真っ直ぐレイナーレにそう言うアーシア。
その言葉にレイナーレは実に歯がゆく気恥ずかしい気持ちで一杯になった。
何せ今までそんな事など言われたことなど無いし、そこまで褒められた事もないのだから。何より、自分自身そんな大層な存在でないことは嫌と言うほど分かっているから。
自分はただの平堕天使で、湊に心配をかけてばかりの駄目駄目な堕天使だと思っている。決して聖女などではないし、堕天使が聖女というのはあまりにもアレだろう。
だからこそ、レイナーレはアーシアに苦笑しながら答える。
「アーシア、あまりそんな風に持ち上げないで。別に特別なことなんて何もないんだから。アーシアを助けたのは御仕事で、親身になってって程じゃないわ。普通に話して仲良くなって友達になっただけじゃない。何も特別でも何でもないわよ。それに気遣うも何も、友達を心配するのは当たり前じゃない。だから、私はそんな聖女みたいなものじゃないわよ。ただの友達を心配する堕天使……ただの女の子よ」
その答えがレイナーレの本心。
ついでに加えれば、そこに恋人にデレデレで恋する乙女まっしぐらな初心過ぎる堕天使らしからぬ堕天使だろいうことを加えても良い。
そんな存在が聖女などと、とてもじゃないが思えるわけもない。
それを聞いて、アーシアは顔を赤らめ嬉しそうに笑う。
「初めて友達って人から言ってもらえました。何かこういうの……良いですね」
友達と呼んだだけなのにアーシアは凄く嬉しそうに喜ぶ。
その姿を見てレイナーレは仕方ないなぁといった感じに笑った。
「何そんなに喜んでるのよ。これから先、あなたはもっと友達を作って楽しい生活を送るんだから。この程度で感動してたら身が持たないわよ」
「はい!」
その言葉に尚も嬉しそうに返事を返すアーシア。そんなアーシアを見てレイナーレはも微笑んだ。
そんな胸暖かな会話をしながら歩く二人は、遂に目的地へと到着した。
そこは森が開けた場所、その中心がレイナーレ達が転移してきた場所である。
レイナーレはそれを見て、アーシアに優しく微笑んだ。
「後はここで転移すれば、この後の安全は確実よ。アーシアもこれで普通に生活出来る様になるわよ。良かったわね」
「はい、ありがとうございます! こんなにも良くしていただいて……感謝しても仕切れないです!」
感動し涙目になるアーシア。
そんなアーシアを宥めつつ、レイナーレは転移魔法を発動させる。
地面が光り輝き、その光は魔法陣と形を成していく。
魔法陣の完成を見守り、レイナーレは先に魔法陣に踏み込むと、アーシアに手を差し伸べた。
「さぁ、行きましょう、私達の本拠地へ。そして……アーシアの幸せな日常に」
「はい!」
アーシアは元気よく返事を返すと、レイナーレの手を取って魔法陣へと入り、そして二人は転移した。
「あぁぁあぁあぁあああああああ、心配だ! 心配過ぎる!! レイナーレは大丈夫か? もし何か危ないことになってたらどうする! やっぱり今すぐオレが行って確かめた方が良いか? あいつに何かあったらと思うと、もう!」
その室内にて、堕天使の頂点に立つ男は酷く取り乱していた。
それはとある任務を任せた娘同様の堕天使が危ない目に遭っていないかという心配からくるものである。誰がどう見たって同じ事を言うだろう。
それはただの親馬鹿であると。
そんなみっともないトップに彼の腹心である男は彼を諫める。
「落ち着いて下さい、アザゼル。前から入念に調べて危険が少ないことは分かっているでしょう。それにもしもに備えて貴方の『息子』を向かわせたのですから、まず大丈夫ですよ」
そう言われ、アザゼルはそれでもと悶える。
「そうだけどよぉ~~~、やっぱり心配なんだよ~~~~! あぁ~~~、もう駄目だ! やっぱり自分で」
「だから何でそうなるんですか! 息子の時はまったく気にしないくせに」
そう言われ、アザゼルは腹心の男……シェハムザに激怒した。
「馬鹿野郎! アイツは二天龍の片割れの神滅具持ちで滅茶苦茶強いんだぞ。心配する要素なんて何処にもないし、するだけ無駄だ。でも、レイナーレはそんなことまったくないんだからよぉ、そりゃ心配になるだろうが!」
「彼女の力は上級堕天使にだって引けを取らないと自分で言っていたでしょうが」
「このクソ野郎! アイツは女の子なんだぞ!」
「あぁ、この本当の両親でもないくせに親馬鹿は!」
挙げ句は取っ組み合いになる二人。
具体的にはアザゼルが部屋から飛び出そうとし、シェハムザがそんなアザゼルを後ろから羽交い締めにしていた。
そのような騒がしい室内の床の一部が光り輝き、そこからレイナーレとアーシアが姿を現す。
今回の任務はある意味極秘なので、こうして直にアザゼルの所に転移するようになっているのだ。
それは良いのだが、大の男が二人で取っ組み合ってる姿を見て、レイナーレはジト目で二人に声をかけた。
「あの、何やってるんですか、おじ様」
「「あ…………」」
部屋に現れたレイナーレを見て、堕天使トップとその腹心は間の抜けた声を上げた。