真剣な眼差しでアザゼルに話をし始めたレイナーレ。
その内容はリアス達に話した事とまったく同じ事。すなわち、湊の目を治す方法があるかどうか。
レイナーレはそのことを話す際、それこそ本人以上に真剣になって話す。
その緊張した雰囲気が伝わったからなのか、それまでからかっていたアザゼルも流石に表情を変える。
「つまりだ。お前さんはミナトの目を治してやりたいと。その方法は何かないのかってことを聞きたいんだな」
話を聞いたアザゼルは要点を纏めながらレイナーレに問うと、彼女はこくんと小さく頷く。
「うん。湊君の誕生日までに出来れば」
「それはまた随分と………」
レイナーレの話を聞いてシェハムザは少し難しそうな顔をした。
勿論、堕天使特有の見下しなどではない。純粋にこの問題の難しさを考えてのことだ。
まず時間は無いということ。湊の誕生日は残り五日ほどで、それまでに治療するというのは難しい。人間界の医療ならばほぼ不可能だ。また、直す部位も問題である。目というのは謂わば生体の精密機械。神経が入り組み、各種のパーツが絶妙なバランスで動作している。それが少しでも壊れれば、直すのは容易ではない。
それを分かってるからこそ、堕天使二人はレイナーレの話を真面目に聞く。
そして話を聞いてアザゼルは改めてレイナーレに問いかけた。その表情は少し彼女を試すような色が出ている。
「お前の話は充分にわかった。だがなぁ……何でそうしたいんだ? ミナトの奴はそれを望んだのか? あいつはそれを受け入れてるんだろ? だったらそれで良いと思うんだがなぁ。今更期待させてそれで駄目でした、じゃいくら何でも可哀想ってもんだろ」
アザゼルにそう言われ、レイナーレはアザゼルの目をはっきりと見つめる。その目に迷いはなく、はっきりとした意思が表れていた。
「確かに湊君は望んでないのかも知れない。今更だって苦笑するかも知れない。だけど、それでも……治してあげたいの! 彼に知って貰いたいの、この世界を! そして取り戻してあげたいの! 彼の世界を! 彼にね、聞いてみたの……もし、何でも願いが叶うなら何が良いって。そうしたら彼はね……」
そこで一旦言葉を切るレイナーレ。
その瞳は涙で濡れ始めているが、それは決意が鈍るからではない。
彼の言った願いが嬉しかったから。その願いを純粋に叶えて上げたいと願ったから。だからこそ、彼女ははっきりと口にした。
「もし叶うのなら、一回で良いから僕はレイナーレさんの顔をちゃんと見たいですって言ってくれたの! 恋人の顔を一回で良いからちゃんと見たいって。だからその願いを叶えてあげたいの」
それは聞き様によってはレイナーレの我が儘にも聞こえるかも知れない。
彼は確かにそれを願いはしたが、それでもただの夢物語だと諦めている。だが、それでも、確かにそれは彼の願いでもあったのだ。目がもし見えたのなら、最愛の恋人の顔をみたいと。
人間の医療では不可能でも、異形の術や技術なら可能かも知れない。
なら、それを試すのは決して間違いではないのだと。
そんな彼女の願いを聞いて、アザゼルは少し苦笑を浮かべながら彼女に問う。
「お前さんの言い分は分かった。確かに可能性があるのなら、それに賭けたいってのは当然のことだ。で、このことをミナトは?」
「勿論知らないわ。だって……彼の誕生日に最高のプレゼントとしてしてあげたいから……」
「そうですか。確かにそれなら知らせるわけにはいきませんね」
レイナーレはアザゼルの問いに顔を赤らめながら答え、そんな彼女を見てシェハムザはクスりと笑う。
せっかくの恋人の誕生日を祝うのだ。なら、それはサプライズにしたいというのが乙女心というものだろう。それも奇跡的なものなら尚のこと。
そしてアザゼルは少し真面目な顔をした後、軽く溜息をはいて優しげな表情をレイナーレに向けた。それはまるで娘を見守る父親のような顔だ。
「はぁ~……まったく、娘みたいなお前さんにそうお願いされて断れるわけないだろ、一丁前に恋する女になりやがって」
「何を一人前の親みたいなこと言ってるんですか? そういうのは結婚してから言って下さいよ」
「うっせ~よ」
アザゼルの言葉にシェハムザが軽く突っ込むと、アザゼルはジト目で返す。
そんな二人のやり取りを聞いてレイナーレの表情は明るくなった。
「それじゃおじ様!」
「あぁ、大いに結構だ」
喜ぶレイナーレにアザゼルはニッカリと笑いかけた。
それは賛成の意。試すようなことはしたが、元から断る気などアザゼルにない。何せ娘同然の彼女の願いなのだから、聞いてやるのが親というものだろう。それもアザゼルはレイナーレにかなり甘いのだから、初めからNOなんて言葉は存在しない。それにアザゼル自身が湊のことを認めたのだから、寧ろその願いには此方としてもノリ気だったのだ。
それはシェハムザも同じであり、レイナーレのような真面目な者には是非とも報われて欲しいと思っている。
だからこそ、このトップ二人はレイナーレの願いに応じることにした。
そして始める湊の治療についての話し合い。
アザゼルはまず最初に湊の現在の状況を聞いて来た。
それは勿論彼の目のことであり、レイナーレはそれを事細かく正確に話していく。
「成る程ね。つまりアイツは未だにその治療不可能な状態の目を抱えたままってことか」
「えぇ。担当の先生が言うには、破片が刺さったまま癒着しちゃってて、下手に取り出せないって言ってたわ」
「既に見えなくなった目ですが、取り除こうとすればそれ以外も傷付けかねないですか……危険な状態ですね」
話を聞いたアザゼルとシェハムザの二人から感想が出る。それは現状確認とほぼ一緒であり、湊が如何に危険な状態かを改めて認識させられた。
そして一番にレイナーレが問いたいのは、そんな彼の目を治療する方法だ。
それに対し、アザゼルは少し考えていた。
その様子に少し不安を覚えたようで表情が曇るレイナーレ。そんな彼女にシェハムザは笑顔で取りあえずの説明を始めた。
「まずそうですね。堕天使の力について軽く復習しましょうか」
「はい」
「我々堕天使は字の如く堕ちた天使。それ故に元から持っているのは天使と同じ光の力。これは悪魔にとって致命傷となる力です。それは知っていますよね」
「それぐらい当たり前の事は」
「よろしい。では、我々と天使では何が違うのか? それは欲望を抱いたからですが、それ自体は問題ではない。力その物はかわらない。違うのは立場くらいなものです」
少し脱線しつつあるが、それでもレイナーレは真剣に聞く。
そしてシェハムザの話を聞いていて分かったことは、天使には元からある程度の治癒の力があるということ。それは言い返せば、堕天使にも同じ事が出来るはずだということでもある。
それは少し朗報ではあるが、それでも確かなものではない。
少しばかり求めていたものとは違うが、それでも少しは気分がマシになるレイナーレ。それを分かってなのか、シェハムザも笑みを浮かべる。きっと彼の事だろうから、不安がっていた彼女を励ますべく、そんな話をしたのだろう。役には立たないかも知れないが、それでも充分気を紛らわせてくれた。
そして精神的に少し落ち着き始めたレイナーレはアザゼルに向き合うと、アザゼルはニヤりと笑みを深めた。
「少し考えたんだが、二つだけ思い当たる方法がある。聞きたいか?」
「うん、勿論!」
レイナーレの期待の籠もった眼差しを受けて嬉しそうに笑うアザゼルは早速話し始めた。
「一つ、正直もう目が駄目だと判断し摘出、その後オレ特製の人口神器による義眼をっ」
「絶対に駄目ッ!!」
嬉しそうに語るアザゼルにレイナーレは早速駄目出しした。
何せ彼女の危惧していた通りだからだ。そのままいけば湊がアザゼルのオモチャにされかねない。
途中で駄目出しをくらい文句を垂れるアザゼルだが、そればかりは駄目だとレイナーレははっきりと言う。
「せっかくの超高性能義眼『神々の義眼』が使えると思ったのによぉ」
「駄目なものは駄目です!」
そんな二人を見て苦笑を浮かべるシェハムザは二人に割って入った。
「はいはい、そこまで。で、もう一つは何なんですか、アザゼル?」
「あぁ、そうだったな。もう一つは………これも神器だな」
そう言ったアザゼルは改めて堕天使の能力の現状を話し始める。
「正直、堕天使ってのは回復が苦手なんだよ。元からそういった術をもってない。だからまず術は湊には使えない。それでも最近は治療用のポットとか色々と開発してるから昔に比べれば格段に医療は発達してる。だが、それでも目みたいな精密な部分の治療は無理だ。精々千切られたりした腕や足を一週間内にくっつけたり生やしたりって程度だ。それにもっとも問題なのは湊の目に食い込んでるガラス片だろうさ。アレがジャマな原因だが、引き抜けば間違いなくもう治らない引き抜くのと再生を同時行う必要があるんだよ。でもそいつは堕天使には無理だし、悪魔でも出来るかわからん。天使に至っては同じだな」
それを聞いてしゅんとなるレイナーレ。
予想はしてたが、やはり言われればへこむ。
「悪魔側のフェニックスの涙なら治るかも知れないが、それを手に入れるのは不可能に近い。なら、残りは神器だけだ」
そう語るアザゼルは目を少し険しくしながらその本題を話し始めた。
「そこで丁度良いのか悪いのか、ある神器保有者が見つかってなぁ。その人物の名は『アーシア・アルジェント』。聞き覚えはあるか?」
「いえ、まったく」
アザゼルの問いに知らないと答えるレイナーレ。
急にそのような人物を知っているかと問われても知るわけがない。
それは予想済みだったらしく、それについてもアザゼルは話し始めた。
「このアーシア・アルジェントってのは元シスターだよ。少し前まで教会で聖女として崇められてた。全ての怪我と病を治す聖女だってなぁ」
「全ての怪我と病を治す……そんなことが……」
その言葉に驚くレイナーレ。そんな彼女にアザゼルは笑いながら説明を続ける。
「詐欺も何もない事実だ。確かにこいつは求められるままに治癒をさせてきたんだよ。故に聖女とまで崇められた。それが神器だってのは既に調べがついてる。そしてそんな彼女は現在はぐれシスターだ。理由は単純で悪魔も治癒させちまったからだとさ」
その言葉を聞いてレイナーレは少し怒りが湧きはしたが、それを押さえる。
ここで彼女が怒ってもしょうが無いのだから。
そしてアザゼルはここで一番真面目な顔をした。
「そんな凄い神器保有者が現在浮浪の身だ。それはあまりにも危険すぎる。教会からの追っ手は勿論のこと、他の勢力に狙われかけないんだ。だからこそ、神器保有者を保護してるオレ等が彼女を助けないといけない。悪魔なら彼女を眷属にしかねないからなぁ。だが、悪魔は大丈夫だとは思うが………事実を知ればどうか……」
その言葉にレイナーレはどういう意味だと首を傾げた。
「彼女の神器、名前は『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』というんだが、その本質は再生とは少し違う。何せ傷の再生させるのは本来、細胞分裂をさせなきゃならねぇからなぁ。だが、この神器で治療した傷にはその形跡がまったくないんだ。つまりそこから考えられるのは再生させているのではなく、『傷を負う前の健康な状態』に戻しているとうことだ。効果だけなら時間逆行って感じだな」
それを聞けばレイナーレでも理解出来る。確かにそれは凄いことだと。
つまりそれは湊の目がもっとも治す可能性が高いのだ。破片が刺さる前の状態になるということなのだから。
そのことに彼女の精神は昂ぶった。これは当たりだとどことなくわかった。それだけこの情報は朗報なのだ。
そしてアザゼルはここが肝だと話し始めた。
「それで彼女を保護すべく動いているわけだが、どうにもコカビエルの野郎がキナ臭い動きをしてる。ヴァーリに探らせてるんだが、どうもアーシアを狙ってるッぽい感じがあるらしい」
それを聞いてレイナーレは身を乗り出してアザゼルに言った。
既に迷いはなく、意思ははっきりとしている。
「わかったわ! そのアーシア・アルジェントの保護、私が行きます!」
それを聞いたアザゼルはどこか楽しそうに目を細めた。