傍から見ていて実に青春の甘酸っぱさを感じさせるレイナーレと湊。
勿論、二人ともまだ恋愛感情を抱いているというわけではない。湊は一緒に居て楽しさを感じる親しき友人として、レイナーレは楽しさと安らぎを感じ、気になって仕方ないといった友人より少し上と言った所だろうか。
湊は彼女と一緒にいる時間が凄く楽しみであり、彼にとってレイナーレと一緒に居られる時間は一番親しい人といられる時間であった。
レイナーレは彼と一緒の時間が楽しみで仕方なかった。自分では知ることができないことを知っていて、それでいて自分の事にも興味をもって聞いてくれる。それも邪な心は一つとしてない純粋な心で。何より、彼との会話は彼女の心を癒してくれた。堕天使として組織に身を置いているレイナーレだが、周りは上昇志向が激しく互いに蹴落とそうとギスギスした雰囲気で精神に悪い。正直心が荒みそうだった所で湊と出会ったのだ。そして彼との会話は疲れた彼女の心に潤いを与えてくれた。
ついつい忘れがちだが、堕天使とて彼女は女の子なのだ。年相応に心が傷付きもするし乾きもする。それなりに女の子らしく遊びたい。
そんな彼女にとって、湊という存在はとても癒されるのだ。
また、湊の目のせいなのか、レイナーレは湊に対して妙に母性が働く。
放っておけない、何かして上げたい、楽しんで欲しい、一緒にいたい、等々。
まさに気になって仕方ない様子のレイナーレ。それを世間では恋する乙女というのだが、彼女はまだ気付いていない………彼女もまた、初恋だったから。
そして恋した少女が無自覚とはいえする事と言えば、当然気になっている相手の動向。
そんなわけで、レイナーレは湊に内緒で駒王学園に潜入していた。
レイナーレは学園に入ると、出来る限り自分の気配を消す。この学園とこの街を管理している悪魔に気配を悟らぬように全力で。
何度も街に遊びに来ているレイナーレだが、この悪魔達の支配する中心地に行くのと学校から離れた所を歩くのとでは天と地の差ほど危険度が違う。
向こうからしたら自分達の領土に勝手に侵入してきた敵だと思われるだろう。勿論、そのせいで戦闘になる可能性もある。
だが、それでもレイナーレは止まらなかった。
そもそも、人間が支配している世界で自分の領土だなどと勝手に決めているだけで、何かしらしたわけでないのだから入ったところで文句など言われる筋合いは無い。まぁ、学校内に勝手に入った不審者とした場合は甘んじて受け入れる以外無いわけだが。
それに捕まった所で目的を話せば最悪でも戦闘にはならないだろう。流石に恥ずかしい目には遭うだろうが。
普通、堕天使と悪魔は相容れない存在で互いに憎み合っている。当然そんな所など見せられない。捕まればそれは屈辱の限りであり自ら死を望むくらいだ。そう考えるのが普通だが、レイナーレは変わり者だ。別に自分が何かされたわけではないのだからいがみ合う理由にならないし、恥ずかしいからと死を選ぶ程でも無い。寧ろ死を選ぶ方が可笑しいとさえ思っている。別に自分は高貴でも高潔でもないのだから生き汚くて結構だ。
そんな風に考えながらレイナーレは気配を押し殺し、学校の庭の木の上で目的である湊を探し始める。
普通はそんな所から見えるものではないが、堕天使や悪魔は人間とは比べものにならないくらい肉体の性能が高い。当然視力も比べものにならないくらい凄いのだ。
そして彼女は早速廊下を歩いている湊の姿を見つけた。
「あ、蒼崎君みっけ。こうして学校内を歩いている姿を見ると、やっぱり学生なんだなぁ」
改めて湊が学生であることを実感させられるレイナーレ。
片手で杖を使いつつも、もう一方の手で教科書やノートを抱えて歩く湊の姿を彼女は見てしみじみ思う。
それは改めて彼女が見た、新しい湊の一面。彼女の知る帰り道以外で見る初めての彼の姿であった。
湊は目のこともあって歩くのが少しゆっくりだ。だからなのか、多少危なっかしいところがあり、遠目で見ているレイナーレはその様子を少しハラハラしていた。
「あ、あぶない! ふぅ、蒼崎君ったら人は避けられるのに壁とか物だと反応が遅いわね。あ、ぶつかった! 痛そう、大丈夫かしら……」
見ている心境は我が子を心配する親のそれに近い物があるが、それは仕方ないのかもしれない。レイナーレにとって、湊は妙に母性をくすぐられて仕方ない相手だから。
そんなことも知らずに湊はぶつかった所を擦りつつ起き上がり再び歩き始める。
その危なっかしい歩みにレイナーレは落ち着かない気分になっていく。
「もう、蒼崎君ったら危なっかしいじゃない。もっときちんと見てないとどうなることやら」
明らかにこじつけであり、ただ湊のことを見ていたいレイナーレはそんな事を一人言で洩らす。
そして周りに注意しつつも湊のことを見守っていく。
歩いている最中にぶつかりそうになればハラハラし、ぶつかれば痛そうだと心配し、ぶつかりそうになっている生徒に対しては何処を見ているんだと怒る。
もう保護者も顔負けの様子に彼女を堕天使だとは誰が見ても思わないだろう。
あまりに堕天使らしくない。しかし、とても彼女らしい。
レイナーレもまた、こうして湊の新しい一面を見て楽しく、そして喜んでいた。
彼がどのように学校で生活しているのかが見れたから。
彼のことをもっと知ることが出来たから。
そして……彼がもっと目が離せないことを知ったから。
それから彼女は更に湊の事を見たくて彼を外から眺める。
彼が授業を受けている姿、休み時間での彼の過ごし方、級友と話をしている姿。
授業の内容まではわからないが、湊が一生懸命に授業に取り組んでいる姿を見て、レイナーレの顔は綻ぶ。
「本当、蒼崎君って頑張り屋ね」
少し呆れ返ったようにそう言うが、内心は寧ろ愛おしく思っていた。
気になる人の一生懸命頑張っている姿は見ていて応援したくなる。
見ているこちら側も何だか心をホッコリさせられるのだ。そのせいか、レイナーレの顔は自然と笑顔になっていた。
「見てて目が離せなくて……可愛い……」
そして彼女は思う。もっと彼のことが知りたいと。
考えれば何てこと無い普通の出会い。だけど、彼女にとって蒼崎 湊は少し特別な人間だ。
本当に優しい湊にレイナーレは自然と惹かれていた。自分の目が見えないことなどまったく気にも留めず、困っていた自分を助けてくれた。それが彼女には本当に嬉しかったのだ。だからこそ、彼女にとって湊は特別。
その感情を自覚こそしていないが心地良く感じるレイナーレ。故にもっと湊のことを見ていたいと思い、もうちょっと近くで見たいと校舎への距離を縮めていく。
恋は盲目と言うべきだろうか。だから彼女は気付くのが遅れてしまった。
「あなた、そこで何をしているの!?」
「っ!?」
突然声をかけられて肩を振るわせるレイナーレ。
彼女の真後ろには、深紅の髪を持つ美女が立っていた。