アザゼルの来訪によりかなり恥ずかしい目にあったレイナーレ。
確かに自分のことを思って湊との交際を祝福しに来たのは、幼い頃からの付き合いで分かりはする。
だが、それ以上にひやかして面白がっているというのは、ニヤニヤとした笑みで嫌と言うほど分かりきっていた。
だからこそ、レイナーレは嬉しさ二割、残り八割は恥ずかしい思いをしたわけだが、それでも湊が言ってくれた言葉には嬉しさのあまり目が潤んでしまった。
謂わば第二の親とでも呼べるアザゼルに湊との仲を認めて貰ったというのは、彼女の中でも一際嬉しかったのだ。
まぁ、彼女の周りの者達の中に二人の仲を認めないという存在などいないのだが。
少なくともレイナーレ側が全員認めているし、寧ろもっとくっつけと言わんばかりだ。特に赤飯で分かる通り、レイナーレの両親はアザゼル以上に喜んでいるらしい。
それが恥ずかしいが嬉しくもあるレイナーレ。
そして湊もまた、アザゼルに認めて貰えたことが嬉しかった。
彼からすれば、初めて会う『レイナーレより上』の人。それも彼女のことを幼い頃から知っていて、両親に負けず劣らず可愛がってきたという人。そんな人に一人娘同然の大事な大事なレイナーレのことを任されたというのは、男として責任を感じると共に誇らしくも思った。
だからこそ、湊は嬉しさを感じつつアザゼルに応える。
彼女が幸せになれるように、それに応えられる男として。
と、これが前回の話。
その後も特に変わったことはなく、いつもの様にバカップ………仲睦まじく過ごす湊とレイナーレ。
そんな二人の仲は最早学校でも当たり前になりつつあり、最初の頃に比べれば多少の落ち着きは取り戻しつつある。それでも血涙を流しながら湊のことを憎々しい目で見ている変態3人組は変わらないが。
そんな周りに少し影響を残しつつも、幸せそうに一緒に過ごす二人。
そしてその仲睦まじいのが一番顕著なのは、やはり二人だけの空間であるアパートの部屋だろう。
その日も特に問題無く部活を終えて下校した湊とレイナーレ。
二人が手を繋いで歩く姿はもう当たり前になってはいるが、それでも羨望の眼差しは途絶えない。その事に恥ずかしくはあるが、嬉しくも感じてしまう二人。だからなのか、互いに苦笑しつつも満更ではないようだ。
そんな感じで一緒にアパートに入る二人。
互いに部屋着に着替えた後、少ししてから各自の行動に移る。
湊は授業で受けやことの復習などを行い、レイナーレはレイナーレで自分のことをしたり堕天使の仕事をしたり、もしくは湊の勉強の手伝いをしたりなど。
まぁ、二人でいることの方が多いのはご愛敬だが。
そんな風に過ごした後、今度は夕飯の準備に取りかかるレイナーレ。
本当なら湊も手伝いたいところだが、今まで調理と言う行動その物をあまり出来なかった身としては寧ろ足手まといにしかならない。それにレイナーレ自身に別の意味で止められているので、内心応援することしか出来ない自分が歯がゆかったりする。
勿論、レイナーレだって湊が役立たずだから止めているのではない。
湊にそう聞かれたとき、彼女は顔を赤く染めつつ恥ずかしがりながらもこう答えたのだ。
「その……だ、台所はその……奥さんの仕事場だから、その……あぁ、もう! 湊君はテレビでも聞いて待っていて!」
だそうだ。今更少し恥ずかしがった所で答えは変わらず、他の難聴持ちの何とやらなら兎も角、湊は聴覚が鋭いのだから当然聞こえているわけで、その意味も理解すると共に顔を赤らめた。
「そ、そうですね、その……奥さんが頑張ってるところを邪魔するのはいけないですよね! ぼ、僕はテレビでも危機ながら待ってます!」
ドキドキと鼓動が高鳴る胸を押さえながら湊は恥ずかしさを早口で紛らわせながらそう言うと、レイナーレの顔がボンッと爆発した。
「ぁぅぁぅ………だ、だから、その……今日も頑張るね……」
「は、はい、その……凄く楽しみにしてます……」
といった様な身震いを起こしそうなやり取りが過去にあり、それ以降『妻』は台所で料理をし、『夫』はテレビを聞きながら待つという形が出来上がった。
実に良くある新婚模様。しかし、この二人はまだ学生だ。それ故に新婚以上に青々しさを感じさせる。それはある種、見た者達を身悶えさせるだろう。
そんなわけで、この日もレイナーレは台所に立ちお気に入りのエプロンを付け、髪ゴムで軽く髪を纏めると夕飯を作り始めた。
「~~~~~~♪」
台所から聞こえてくるのは、小気味良い包丁がまな板を叩く音。そして実に楽しそうに鼻歌を口ずさむ。
その二つのメロディーを聴くために、敢えてテレビの音量を低くする湊。彼はこの時間、この愛しい彼女が奏でる音楽を聴くのが好きだ。
どこをどう好きなのかと問われれば答えるのは難しい。しかし、敢えて言うのなら、やはりそれは湊にとって久しい『家庭』の音だからだろう。
そんな好きな音楽に身を任せながら湊は笑う。今日はいったいどんな夕飯が出来るのだろうという子供らしいことを考え、そしてレイナーレの事だから美味しいということははっきりしていると自信満々に確定し、何よりも美味しいかと問われたときの彼女への返答を聞いて彼女はどんな風に喜ぶのだろうかと思い胸を温かくする。
夫はただ妻の手料理を待つのみというものだが、待っている間は待ち遠しいも愛おしいものである。
そんな風に幸せに微笑んでいる湊だが、台所から聞こえてきた声に少し意識を戻した。
「あ、お醤油が切れちゃってる……」
レイナーレはそう呟くと、湊の方に歩くと申し訳なさそうな顔で湊に言った。
「ごめんなさい、湊君。お醤油が切れちゃったみたいだから、その……もう少し御夕飯、待っててくれる。直ぐに買ってくるから」
「えぇ、大丈夫ですよ。寧ろ作って貰ってる身としては感謝しかないのですから、文句も何もないです。レイナーレさんのためなら、いくらでも待ちますよ。だからその……焦らずに周りに気をつけて…行ってらっしゃい」
「っ!? う、うん、その……行ってきます」
湊の言葉にレイナーレは顔を赤らめつつも嬉しそうに答えた。
改めて言われる『行ってらっしゃい』というのが、実に『それらしい』。
そんな言葉をい湊に言われ、レイナーレは嬉しさを感じて笑顔を浮かべつつ、湊に返事を返すと外へと出て行った。
(えへへへへ、湊君に行ってらっしゃいって言って貰っちゃった……何かその……夫婦みたいでいいかも………)
そんな風に内心喜びつつ、レイナーレは近場のお店に早足で醤油を買いに行くのであった。
家から少し出てお店で醤油を手に入れたレイナーレは少し早足で帰り始める。
湊はゆっくりで良いと言っていたが、それでもやはり、彼には早く食べさせてあげたいから。彼のことを想い、彼の喜んだ顔を見たいから。
そんな思いを胸に抱き彼女は歩いていると、久しぶりにその人物達と会った。
それはいつもなら一緒にいることが少ない。彼女が一緒に居たときは良く一緒にいたが、それはあくまでも仕事。プライベートとなると、一緒に居たところをみたことがない。
そんな彼等はどうやらレイナーレのことを見つけたようで、彼女に声をかけてきた。
「おや、これはレイナーレ様。お久しぶりです」
「レイナーレ様、久しぶりです。あの時は驚きましたよ」
「あ、レイナーレ様、ちわっす!」
「アナタ達が一緒に居るなんて珍しいわね。ドーナシーク、カラワーナ、ミッテルト」
そう、レイナーレに声をかけてきたのは彼女の部下であるドーナシーク、カラワーナ、ミッテルトの3人だった。
レイナーレは久々に会う(カラワーナとは良く会っているが)部下達に笑いかける。
「何かの仕事中なの?」
自分の仕事はどうなんだと突っ込みたくなるかもしれないが、そんなことはない3人は普通に答える。
「いえ、偶々そこであったんですよ。今日は3人とも休みです」
3人を代表してなのか、カラワーナがそう答えると偶然もあったものだと少し驚くレイナーレ。
そんな彼女は何となく3人に聞く。
「今日は何をしてたの3人とも?」
それはささやかな疑問。最近一緒に行動することがなくなってきたので、少しばかり気になったのだ。
その問いに対し、3人は各自に素直に答えた。
「私は新しいマダムと少々お茶をしに行きましてね。それで今は帰りです」
ドーナシークは物静かにそう言うと、それに突っ込みを入れたのはミッテルトだった。
「なぁにが『マダムとお茶を少々』っすか! 思いっきりウチとラブホテル前でばったり会ったくせに。しかも相手のおばはん、思いっきり腰が立たなくなってたじゃないっすか! それのどこがお茶なのか説明してもらいたいっすね、このおばコン!」
「なっ!? 何を言う、ミッテルト! 貴様、いくら何でもおばコンだと……巫山戯るな! 私は『熟女好き』だと言っている」
そんな二人のやり取りに顔を赤くするレイナーレとカラワーナ。この二人はまだ常識人な方だ。往来でそんな生々しい話をされれば恥ずかしいと感じるのは当然である。
だからこそ、今度は気を取り直してまともであるカラワーナに問いかけるレイナーレ。するとカラワーナは普通に答えてくれた。
「今日は大学の講義に出ていたんです。単位のこともありますし、出来れば将来は人間界で保母さんか小学校の先生になりたいと思っているで」
「前から思ってたけど、あなたって人に物を教えるのが上手よね。きっと良い先生になれると思うわ」
「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいですね」
「えぇ、だからもっと私に色々な料理やお菓子のこと、教えてね」
「が、頑張ります」
実に良い話をする二人。
しかし、レイナーレは知らないが……彼女がまさか保母さんや教師になりたい理由が年端もいかない少年を見ていたいから、とは言えないだろう。
だからこそ、内心にそんな少し邪な思いを抱きつつ、カラワーナは普通に答えた。
レイナーレからすれば、彼女は部下であり家事炊事の先生であり、プライベートにおける姉のような存在だ。故に彼女の言葉にレイナーレは素直に信じた。
そして最後に残ったミッテルトは大体予想が付くが、それでもレイナーレは聞くことにした。
「それで……ミッテルトは何をして過ごしていたの?」
その問いにドーナシークと言い争っていたミッテルトはレイナーレに艶のある笑みを浮かべながら答えてきた。
「ウチはナンパっすね。いや~、久々の3人同時は中々に気持ち良かったす~」
少しうっとりとした様子で答えるミッテルト。
それが何を意味しているのかがわかり、レイナーレの顔は一気に真っ赤になった。
自分より幼い妹分は、自分より遙かに先を行っているなぁと思いつつも、そんなはしたないことを平然と言える精神を疑いたくもなったが。因みに言うのなら、ミッテルトの方が堕天使としては正しく、レイナーレのように初心なのは稀である。
「ふん、貴様のことだからその男共は全員未だにホテルで倒れていることだろう。大方絞り尽くしてきたところか」
「絞り………」
ドーナシークが呆れ返った声でミッテルトを批難するが、彼女は全く気にしていない。寧ろそれを聞いたレイナーレは更に顔を赤くしてしまう。恥ずかしくて仕方ないようで、その顔は熟れたトマトのようだ。
そんな3人の今日何をやっていたのかを聞いたレイナーレ。
そして聞かれたからには、当然その矛先は此方にもやってくる。
「ところでレイナーレ様、今日はどのようにお過ごしを?」
「件の彼と一緒でないことは珍しいですね」
「何やら初々しい雰囲気っすね~。それにその纏めた髪型にエコバックに入っているお醤油……何やら若奥様って感じじゃないっすか、レイナーレ様~」
「わ、若奥様だなんて、そんな………」
最後のミッテルトの言葉に顔を赤らめて恥じらうも、どこか嬉しそうに笑うレイナーレ。その雰囲気はどこかピンク色であり、心なしか身体がいやんいやんと揺れていた。
そんな彼女を見て、妙に食い付くのが彼女の部下達。
「おやおや、レイナーレ様は随分と成長なされたようで」
「確かに。レイナーレ様、出来れば彼とのその後の関係に付いての話をもっと具体的に」
「教えるっすよ、レイナーレ様。勿論、その代わりにウチは『女のワザ』についてみっちりねっとりしっぽりと教えてあげるっすから」
妙に愉快そうに笑う3人にレイナーレは少し引け気味になる。
「いや、それは、あの………」
こうしてレイナーレは部下3人によって近くのファミレスに連行されていった。
「レイナーレさん、少し遅いけど大丈夫かな……」
湊は少しばかり心細そうであり、静かな空間にくぅと腹の音が鳴った。