湊とレイナーレ。
この二人は……まぁ、やっと恋人同士となったというべきだろう。二人のことを間近で見て居た者達なら皆が皆、今更かよと突っ込んでも可笑しくない。
それぐらい二人の距離が近かったと言う訳なのだが、改めて結ばれた二人にとってはそうではないらしい。
同じ部屋の直ぐ間近、自分の目の前に愛しい恋人がいる。
それが二人には溜まらなく幸せで、胸のときめきが収まらない。
ドキドキと高鳴る胸の鼓動は大きいのに騒がしくなく、その存在を感じるだけで胸が温かくなる。
そんな幸せに包まれている二人だが、あることをすっかり失念していた。
それは何か? 答えは………。
「っ、けほ、けほ、ごほっ」
「み、湊君、大丈夫っ!?」
そう、二人は幸せ過ぎて忘れかけていたが、湊は風邪を引いている病人なのだ。
まだ横になって休んでいなければならないというのに、感情が高まりすぎてそんなことすら気付いていなかった。
だからなのか、落ち着き始めたところで再び風邪がぶり返してきた。
咳き込み始めた湊にレイナーレが慌てて近寄り背中を優しく擦る。その手に擦られ、湊は少しばかりホッとした様子を見せて改めてレイナーレに謝った。
「す、すみません、ご迷惑をかけて」
「迷惑なんかじゃないわ。寧ろごめんね。私がいきなりあんなことしたばかりに」
あんなことが告白ということはわかるだろう。レイナーレは湊の咳き込む姿を見て心配になり、彼に無理をさせたと思い告白した時のことを思い出して恥じらいつつも謝り返す。
そんなレイナーレに対し、湊も顔を赤らめつつも答えた。
「そんなことないです。その……本当に嬉しくて、だから…よかったって思います……」
「そ、そう…そう言ってくれると……私も嬉しい……」
互いに赤くなりつつもじもじし始める二人。
こんなに熱々なのでは風邪なの吹き飛んでしまいそうな勢いだ。現に湊の咳は治まっていた。
それに気付いたのは、レイナーレが湊のことを心配しながら背中を撫で続けつつ、無意識に身体を湊の肩に寄り添わせていた後のことである。
そして改めて気恥ずかしさを感じたレイナーレは、声を少し大きく出して湊に話しかけた。
「そ、そうだ、湊君! 食欲ある? お昼ご飯の時、殆ど食べれなかったでしょ」
「そういえば確かに……少し空いてる気もしますね」
「そう! あのね、ちょっと待ってて。丁度良いものがあるから」
「あ………」
湊にそう言ってレイナーレは立ち上がると台所へと向かって歩き出した。
そんなレイナーレに湊は少しばかり寂しさを覚えてしまう。
実は彼女に寄り添われていたとき、湊もまた彼女の好意に甘えていたりしたのだ。あれだけ頑なだった精神も、実際に大好きな人にあんな風に慕われては形無しだったようで、湊もレイナーレと一緒に居ることが凄く嬉しかったりしたのである。もう少し彼女の温もりを感じていたかった彼としては、離れてしまったことで少し寂しいと感じた。しかし、同時に自分が如何にレイナーレと一緒に居たいのかを思い知らされ、それ故に恥ずかしくなってしまう。
(本当、僕は駄目駄目だな。レイナーレさんのことを好きだって、一緒に居たいって決めた途端にこれなんだから。まぁ、確かにある意味彼女に『墜とされた』わけだけど、こんなに幸せな堕落なら、もっと堕ちていたいかも……なんてね)
そんなことを考えて苦笑を浮かべていると、レイナーレが戻って来た。その手にはどこから持ってきたのか、湯気を立てた土鍋が捕まれていた。
レイナーレはそれをゆっくりと下ろしながら湊の側にしゃがむと、湊にはにかみながら話しかけた。
「あのね、病人にはこれが良いって聞いたから、作ってみたの…お粥」
レイナーレはそう湊に言うと、土鍋の蓋を開けた。
彼女の言う通り土鍋の中身はお粥であり、熱々の湯気が立ち上がる。その香りを感じ、湊は顔を綻ばせた。
「本当にお粥ですね、お米の良い香りがします。でも、良く知ってましたね、お粥」
堕天使である彼女がお粥を知っている事に不思議そうにする湊。
そんな湊にレイナーレは恥じらいつつ答える。
「じ、実はね……湊君が倒れてリアス達に助けて貰った後、私でも何か他に出来る事はないかなって思って、カラワーナに聞いてみたの。彼女、私の部下の中でも一番人間界に詳しいし、それに私の料理の先生でもあるから」
そう、レイナーレはカラワーナにお粥の作り方を教わったのだ。
当時の話を簡略的に説明すると……。
「カラワーナ、助けて!」
『どうしたのですか、レイナーレ様!? まさか悪魔共がうらぎ』
「湊君が風邪で倒れちゃって、それで看病することになったんだけど……何か身体に良い食べ物とかある! 出来れば風邪が一気に吹っ飛ぶような!」
『か、風邪ですか……。つまり、レイナーレ様の想い人である彼が風邪で倒れてしまったので、そんな彼に向いている食事は何か? ということですか』
「そう!」
といった感じだ。
これでレイナーレはカラワーナからお粥のことを聞いて作り方を真剣にメモしたというわけだ。まぁ、当初聞いたばかりの彼女はそんな物で良いのかと懐疑的であり、もっと身体に栄養が行くような身体に良い物を入れるべきではと聞いたが、病人には消化に良い物をというカラワーナの意見に従った。料理においては幾ら上司と言えど教え子であり、口答えは出来ないのであった。
そんなわけで、見事聞いた通りにお粥を作ったレイナーレは、温め直して湊に持ってきて上げたというわけである。
レイナーレは湊に知っていた理由を教えると、木製のスプーンを使ってお粥を救い自分の口元へと運ぶ。勿論、自分で食べるためではない。
「もう少し待ってて、湊君。今、冷ますから。ふぅー、ふぅ~、ふぅー……」
自分の息を吹きかけてお粥を冷ますレイナーレ。
そんな様子が湊にも伝わり、彼の顔はリンゴのように赤くなる。
「そんな、悪いですよ。自分で食べられますから」
嬉しいけど恥ずかしいといった様子の湊に、レイナーレは少し意地悪そうな笑みを浮かべながら答える。
「だ~め。だって湊君が火傷したら大変だもの。それに、いつも食べさせてるんだから、今更でしょ」
「そ、それはそうなんですけど……」
彼女の言う通り食べ物を食べさせて貰っているのはいつものことであり、今更恥ずかしがるのはどうなのだろう。
だが、湊はレイナーレを恋人として認めたことで、より以前以上に恥ずかしくなり、それ以上に嬉しくてどうして良いのか困っていたのだ。
恥ずかしいけどして欲しい。そんな甘い矛盾が彼の中を駆け巡る。
そんな湊にレイナーレは更に押しの一手を放つ。
「それに、私がして上げたいの。湊君に、ふぅふぅって冷ましてから、あ~ん、て食べさせて上げたいの……駄目?」
「ぐぅ…」
湊も気付き始めたが、どうにもレイナーレは告白を気に、妙に甘えさせたがる様になっている。駄目? と甘い声で囁かれると、湊は見た事が無い彼女の姿でも、可愛いと思ってしまう。
だからこそ、その甘い誘惑に乗るしかない。
「で、では……あ~~~ん」
「湊君……はい、あ~~~~ん♡」
湊が受け入れてくれた事が嬉しくて、レイナーレは幸せ一杯の笑みを浮かべながら冷ましたお粥を湊の口に運ぶ。
そして湊はお粥を咀嚼して飲み込み笑顔で感想を言うのだが、その前に少しばかり彼女に意趣返しをすることにした。
「お粥、凄く美味しいです! レイナーレさんって本当に料理が上手ですよね」
「喜んで貰えてよかった~! 初めて作ったから、自信が無くて……」
安心してホッとした様子を見せるレイナーレ。
そんなレイナーレに湊は爆弾を落とす。
「きっと、その……愛情が一杯籠もってるから、こんなに美味しいのかな……」
「はぅっ!?」
その言葉に一気に真っ赤になるレイナーレ。
勿論、湊にそう言われたことが恥ずかしかったのもあるが、実は湊の言っていたことが的を射ているからでもあった。彼女はお粥を作っていた際、ずっと
湊の身体が良くなりますように、とそれこそ呪い並みに念じながら作っていたのであった。それを言い当てられたような気になり、レイナーレは恥ずかしくて真っ赤になった。
だが、それで終わらないのが新生レイナーレこと、湊の恋人となったレイナーレ。彼女もちゃんとカウンターを決めてきた。
「う、うん……湊君が美味しいって喜んでくれるように、身体がよくなりますようにって念じながら作ったの。そう言ってもらえると、その……恥ずかしいけど、嬉しい……それだけ私の想いが湊君に伝わったってことだから……」
「っ!? う、嬉しいです……」
見事に決まったカウンターに湊の顔が真っ赤に変わる。
そして二人とも恥ずかしがりながらも、実に青臭い青春的な言葉を掛け合いつつ幸せそうにお粥を空にした。