そんな皆にお送りするのは、今回のまったく甘くない話。
脳内で装甲なデーモンの日常を鳴らしながら読んで下さい。
え、知らないって? そういう人は……ググれ!(ドヤ顔)
決意も顕わに湊と共に過ごすレイナーレ。
彼女はこれまで以上に湊を甲斐甲斐しく手伝う。
好きな彼のために、彼が今を取り巻く環境が過酷でも幸せだと思えるように。
告白してその想いに応えて貰いたいと考えつつも、それ以上に湊の幸せを願う。
堕天使というか、最早守護天使のようである。
勿論、湊の幸せが大事ではあるが、自分の恋もちゃんと優先させている。
彼女なりに湊にアタックをかける頻度は前より多くなったし(多少はしたないことも含まれるが、それでも一生懸命なので大目に見て貰いたい)、湊もそんなレイナーレの想いに気付きつつあった。
と言うか、あれだけ尽くされて気付かないなんて唐変木ではない。
彼は目が見えないかわりに相手の感情には機敏だ。いくら恋愛をしたことがない彼でも、あれだけ好意を伝えられれば気が付かないわけがない。
故に彼の胸中は…………。
(どうしよう………レイナーレさんが僕を好きかもしれない。そんな凄く嬉しいことがあるなんて、思い違いかもしれないけど、それでも………どうしよう、胸がドキドキして止まらない)
実に青春を謳歌しているようだ。
このことを気付いていないレイナーレだが、彼にもっと好きになって貰おうとアタックはかけ続けている。
そのため、湊の内心はあまりに落ち着かず毎日がドキドキのしっぱなしだ。
彼からすれば、正直好きな女の子に毎日世話を焼いて貰っているのだから嬉しいやら恥ずかしいやら、申し訳無いやらで一杯になりつつもやはり幸せを感じてしまう。
もう彼女の気持ちには気付きつつある。
これがただの思い違いの勘違いだというのなら、その時は仕方ないだろう。
だが、彼女の好意に気付いて行く度に湊もまた彼女への好きな気持ちが大きくなり、その胸を満たしていく。
正直、今のこの生活が幸せだった。
だが、それと同時に凄く恐ろしかった。
多分彼女は自分の事が好きなのかも知れない。だが………。
それに自分は応えられない。
寧ろ彼は応えたい。自分の気持ちに従って、レイナーレの事が好きだと彼女に告げたい。
だが、それでも………彼はその言葉を口にすることが出来ない。
だってそうだろう……自分は目が見えない障害者、謂わば役立たずだ。
彼女の好意に甘えて今のような幸せを感じているが、それが好きな人へ向ける好意か? 好きなのなら、互いに支え会えるような、互いに想い合えるような関係出なければならない。
しかし、湊はそれが出来ない。
少し恥ずかしい話だが、将来一緒になろうとも湊は目が見えないため碌な仕事にありつけない。確かに政府から援助の金は下りているが、それはあくまで湊のぶんだけだ。そんな低収入な奴が彼女を養えるのかと言えば、答えは絶対にNOだ。レイナーレなら、そんなことは気にしないというだろう。湊が知る限り、本当に心優しい彼女なら、そう言って自分を優しく包み込んでくれるだろう。
だが、それを自分が許せない。
彼女の好意に甘え、彼女に縋り、彼女の負担となる自分が心底許せないのだ。
この幸せの影に潜む醜い自分。そんな自分が彼は『許せない』のだ。
自己嫌悪というにはあまりにも黒く醜く、目の前にそれがいるのなら全力を持って殺したいくらいに。
人として、一人の男として、そのような存在を許すことなど出来ない。
ならば彼女を助けられるような、それにふさわしい男になるべきだとは思う。だが、どう足掻いたってこの目は何も映さない。このどうしようもない事実は彼にとって途轍もないハンデだ。だからこそ、諦めの気持ちもあるにはある。
『普通の人』のように彼女を愛せない。『普通の人』のように彼女を助けることが出来ない。そんな自分はどうしようもなく無力なのだと。
そんな許せない自分と幸せを感じている自分。
その二つの感情に苛まれ、彼はどうしてよいのかわからない。
だた、一つだけ分かっていることがある。
それは…………。
『今のままではいけない』
ということだった。
あの一件から数日が経ち、レイナーレはもう新婚のお嫁さんよろしくに湊の世話を焼く。
湊はその度に胸をときめかされ、ドキドキと高鳴る胸を落ち着けようとするのだが、そう簡単には落ち着かなくて苦労してばかりだ。
そのせいなのか、ここ最近は寝不足だったりする湊。理由は言わずとながら、レイナーレへの気持ちを考えているからである。
もし断ったらどうなるのか? 自惚れかもしれないが、彼女はそれでも自分の元を去らないかも知れない。湊の知る限り、レイナーレという女性は慈愛に満ちた女性だ。こんな自分を放って置けないというかもしれない。そんな彼女の心遣いが嬉しく感じてしまう湊だが、同時にそんな情けない自分を嫌悪する。
彼女はきっと凄く綺麗で美しい女性だ。そんな女性の将来を自分のような奴が閉ざして良いわけがない。なら、彼女には他の道を歩いて貰った方が、『良い』のだ。
しかし……それは嫌だと自分の心が叫ぶ。
甘えではない。自分だって彼女が好きなのだ。ずっと一緒にいたいと、心からそう願っている。
故に矛盾する心。彼女のためを思って身を引くべきだと思うも、好きな……大切な女の子と離れたくないと心が言うのだ。
そんな二つの思いが鬩ぎ合い、彼は葛藤する。
精神的に不安定になりつつあり、元がそこまで丈夫ではなかったせいなのか、その影響はしばらくして出始めた。
「………ケホッ……」
朝、起きてから直ぐに湊は咳き込んだ。
今日は珍しく、レイナーレが起こしに来る前に目が覚めた。いや、本来なら自分がこの時間に起きているのだから、寧ろ普通だ。最近はレイナーレに甘えてしまい、睡魔を堪能して朝のまどろみを感じていた。
そんな自分に苦笑する。彼女の好意に甘えている自分が情けなくも幸せを感じてしまっているのだから。
そんな最近気になり過ぎて仕方ない彼女は現在、実に上機嫌に朝食を拵えている。彼女の心地良い鼻歌が聞こえるのだから、その様子は手に取るように分かり、湊はそんな彼女の様子に微笑みかける。
しかし、そんな笑えるほどに彼の状態は良くなかった。
見えはしないが目眩がする。身体が火照り、喉が渇くと共にヒリヒリとした痛みを感じ、呼吸が少し辛く息苦しい。頭は意識を霞ませ、身体全体は虚脱感に満たされる。
詰まるところ…………。
「風邪……ひいたかな……」
湊は久々にひいた風邪に自虐的な笑みを浮かべた。
ここ最近の寝不足は、彼の身体に風邪と言う名の結果で現れた。
そのことに彼は少し笑ってしまう。自分が悪いのだと自覚できるのだから。
彼女の好意に甘え、しかし何も返せない自分に不甲斐なさを感じて無力感に苛まれる。
彼女を好きな気持ちは膨れ上がる一方、自分のような役立たずが彼女の邪魔をしてはいけないという気持ちもまた膨れる。
そんな思いの鬩ぎ合いは、確かに湊の身体を蝕んでいた。
湊は重い身体を引き摺りながら起き上がると、ふらつきつつも洗面所へと壁を伝って歩き始めた。
そして洗面所に着くなり、冷たい水で顔を洗う。
意識を少しでも醒まそうとするが、彼にとってそれはただ冷たいというだけで彼の頭の中のもやを晴らしてはくれない。
それでも仕方ないと思いながら湊は洗面所で着替え始め、制服を着て洗面所を後にした。
そして室内から香ってくる朝食の香りに笑みを浮かべつつ彼は彼女に挨拶をした。
「おはよう、レイナーレさん」
「あ、蒼崎君!? もう起きたの!」
驚くレイナーレに湊は微笑みながら話しかけるのだった。
自分の中で未だに決着が付かない気持ちに苛まれながら。
そして……そんな状態であるにも関わらず、レイナーレとのこの会話に胸をときめかせながら。
この数時間後、彼は高熱で倒れた。