皆、コーヒーの準備は十分か? 不十分なら砂糖の雪崩に巻き込まれるぞ!!
病院で湊の状態を知ったレイナーレ。
彼女自身も知ってはいたが、やはり直にもう治らないと聞かされるのは当人でなくてもショックだった。その上現在の状況でさえ危険だというのだから、それこそ彼女にとって本当に気が気では無い。常に危険と隣り合わせの状態である想い人を心配しない者などいない。
では、そんな湊の事実を知った彼女がどうするのか?
それをこれから見ることにしよう。
朝、レイナーレはいつもの様に起きて湊の寝顔を見つめる。
最近ではコツを掴み始めたのか、近づいたり少し触ってみても湊には気付かれない。
それでなのか、レイナーレは頬を赤らめつつも嬉しそうに笑みを浮かべながら湊に小さな声で話しかける。
「うふふふ……湊君の寝顔、何でこんなに可愛いのかしら。きっと……好きな人の寝顔だから………」
そう自分で言って顔を更に赤く染める。
その自覚が羞恥心として出るが、それ以上に湊のことが愛おしくて嬉しくなる。
目の前にいる愛おしい人の寝顔は自分だけが見れる特別だと。
そんな優越感と独占欲が心地良く、レイナーレは湊の頬を人差し指で軽く突っつく。
指先に柔らな感触が触れ、その感触に頬が桜色に染まりつつも堪能する彼女。
「湊君の頬、何でこんなに柔らかいの? まるで女の子みたい。ちょっとばかり、羨ましいかも……えいえい、なぁんて……うふふふふ」
「んぅ~ん……」
流石に湊も違和感を感じ始めたのか、くすぐったそうに身をよじる。
そんな様子の湊を見て、レイナーレは満足そうに微笑んだ。
そして湊が起きないようにしながら台所に立つと、朝食と昼食の弁当を作り始める。
朝食は手軽にトーストにスープ、そして栄養を考えてフルーツヨーグルトを用意する。そして昼に食べるお弁当を二人分作るのだが、作っている間のレイナーレは常に鼻歌を口ずさみリラックスしている様子だ。それだけ見れば、完璧に蒼崎家の主婦のように見える。そのことを彼女を知る者が彼女に言ったら、彼女は顔を真っ赤にしながらも照れつつ喜んだことだろう。
「♪~~~……湊君、美味しいって言ってくれるかな? きっと喜んでくれるよね……」
頭の中で料理を食べてとても嬉しそうに微笑む湊の様子を思い描いて、レイナーレは嬉しそうに笑みを浮かべつつ作業していく。
湊がレイナーレの料理を不味いというわけがないのだが、彼女は喜んで貰いたい一心で常にそんな事を考えている。
そしてそれらの準備を終えれば、今度は湊を起こしに来た。
少し前なら湊が自分で起きるのを待っているのだが、病院の一件があってから彼女は毎日湊のことを起こすようになっていた。
彼女が湊の様子を見にくれば、少しばかり起きそうな気配を感じさせつつも湊が布団で寝息を立てている。
そんな湊にレイナーレは近づくと、優しく身体を揺さぶりながら声をかけた。
「蒼崎君…蒼崎君、起きて。もう学校に行く時間よ」
「う、うぅ~ん………朝?」
身じろぎをする湊を見て胸をときめかせるレイナーレ。
そんな彼女は頬を紅潮させつつももう少し湊に近づき、ドキドキする胸を軽く押さえながら湊の耳元で囁いた。
「起・き・て。でないと…………蒼崎君に……しちゃうよ。ふぅ~」
「っ!? れ、レイナーレさん!? え、あの、その!」
一体何を言われたのか、湊は凄く驚いた様子で起きて周りをキョロキョロと探る。
そんな湊をクスクスと笑いながらレイナーレは改めて声をかけるのだ。
「おはよう、蒼崎君。もう朝ご飯が出来てるから、顔洗って来て」
「あ、そうですか。すみません、毎日」
謝ると共に感謝をする湊に、レイナーレは嬉しそうに微笑みながら答える。
「そんな、謝らないで。だって……私が蒼崎君に食べて貰いたいから作ってるんだから」
「ぁぅ……そ、その、ありがとうございます……」
湊はレイナーレにそう言われ、起きたばかりだというのに頬を赤らめた。
その姿を見て彼女は今のやり取りを思い出しながら頬が緩みそうになるのを堪える。それと同時に、自分が如何に大胆な真似をしたのかを自覚し、恥ずかしいながらもよくやったと内心で自分を褒めもした。彼女にとってこれは大きな一歩である。
彼のために料理を作り、彼のために起こしてあげる。
それはまさに夫婦のようで、そんな新婚さんのようなことを出来る喜びをレイナーレは毎日噛み締めていた。
(もう朝ご飯が出来てるから顔洗って来てだなんて……まるで夫婦みたい。湊君が旦那様で、きっとその時私は彼のことをどう呼んでるんだろう? アナタ? 旦那様? それとも……やっぱり湊君? どっちにしても……えへへへへ……)
将来の自分達の姿を妄想して幸せそうに悦に入るレイナーレ。恋する彼女にとって、これももう毎日の日課のようなものだ。
そしてそんな幸せを味わいつつ、彼女は湊が顔を洗い終わるまでテーブルで待ち、戻って来たところで一緒に朝食を食べる。
「「いただきます」」
一緒にそう言うと、湊は早速朝食を食べ始めた。
トーストをかじり、スープを飲み、そしてフルーツヨーグルトを器用にスプーンで掬って口に運ぶ。
「うん、美味しいです、レイナーレさん」
食事の出来に讃辞を贈りながら喜ぶ湊。
その言葉と湊の微笑みを見てレイナーレはとろけそうな程に幸せそうに笑う。
大好きな人に作った食事を褒めて貰えるというのは、恋する乙女にとって途轍もなく嬉しいことなのだ。だからこそ、彼女は本当に嬉しそうに笑う。
「そう、よかった。蒼崎君に喜んで貰えることが、一番嬉しい」
「あ、あはははは………その……ありがとうございます……」
レイナーレの可愛らしい声でそう言われ、湊は気恥ずかしさと嬉しさから顔を真っ赤に染めて頬を軽く掻く。
彼だって男だ。意中の相手にそんな声をかけられて嬉しくないわけがない。
だからこそ、朝の清々しい空気は少しばかりピンク色に染まる。
レイナーレは実に美味しそうに朝食を食べている湊のことを暖かい目で見つつ、自分の分を食べる。
その最中、彼女はあることに気が付いた。
湊の顔を見つめていて、彼の口元から少し離れた所にヨーグルトが付いていることに。
それを教えるのは簡単だ。いくら湊が見えなくても自分の顔の位置くらいは把握しているので、教えれば問題無く彼はヨーグルトを拭き取るだろう。
だ、レイナーレはそうしなかった。
彼女はこれから自分でやろうとしていることに恥ずかしさを感じつつ、しかし湊にやってあげたいという思いも強くてそれに従うことにした。
「蒼崎君、口の端にヨーグルトついてるわよ」
「え、どこですか?」
湊に優しくそう言うと、湊は何処に付いているのか聞いてきた。その声には自分の醜態を見られたことによる恥ずかしさがにじみ出ていた。
そんな湊に彼女は微笑むと、手に掴んだティッシュをゆっくりと彼に近づけていく。
「じっとしてて……」
そう言って湊の身体を止めると、レイナーレは湊の口の端についたヨーグルトを優しく拭い取った。
その感触に湊は顔を真っ赤にしつつ身じろぎした。
「うん、取れた」
「あ、ありがとうございます…」
湊は口元を拭って貰ったことに恥ずかしいやら何やらで顔の赤いままであり、そんな湊にレイナーレは少しばかり意地悪そうな笑みを浮かべる。
「蒼崎君、可愛かったよ」
「うっ!?」
レイナーレにそう言われショックと恥ずかしさのあまり呻く湊。
そんな湊にレイナーレは頬を染めながら嬉しそうに微笑む。
(さっきの湊君、可愛かったなぁ……。で、でも、もう少し冒険してもよかったかも……。そのままヨーグルトを指で取って『お弁当さん』とか、もしくはそのまま舌で………って、朝から何こんなにはしたないこと考えてるのよ、私! そ、その、そういうのはもう少し親密になってからで、結婚とかしたらその先にも………キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!)
頭の中は暴走気味であったが、彼女は実に幸せそうだ。
そして食事が終われば登校なのだが、レイナーレは以前にも増して湊とくっつくようになった。
具体的に言えば、手を繋いでいたのが身体が密着するくらい腕を繋いでいるくらいに。
その姿は当然通学中の他の学生にも見られ、二人の密着ぶりに皆顔を赤らめて見入ってしまっていた。
「れ、レイナーレさん、その、そんなにくっつかなくても歩けますよ?」
湊はレイナーレの柔らかな身体の感触と香る彼女の香りに頭をボォーとなりつつもレイナーレにそう言う。
まぁ、前から一人で歩けていたのだから今更そんな気を遣う理由などない。
だが、彼女はそう思わない。
「駄目。いつ危ない事が起こるのか分からないんだから、こういう風にしていないと」
レイナーレはそう答えると、顔が赤いにもかかわらず更に湊の腕に自分の腕を絡めた。
その結果彼女の豊満な胸が湊の腕を挟み込むが、レイナーレは気付かない。彼女なりにちゃんとした理由でこうしているのだ。決して……決して他意はない………。
「そ、その、胸が当たってるんですが………」
「っ!? べ、別にいいの! それに蒼崎君なら、触られても………寧ろ触ってくれた方が………って、ともかく、この方が安全だから、ね」
他意はないと思いたいが、やはりあるのは隠しようがないようで彼女は湊の腕に押しつけている胸の感触に顔を真っ赤にしつつも、少しだけ押しつける力を強めつつ湊にくっつきながら歩く。
そんな彼女達の様子は思いっきりイチャついているカップルにしか見えず、周りの人達は皆、顔を赤らめながら二人を見入っていた。
これが無慈悲な結果を知ったレイナーレが出した答え。
より湊を支え守り、共にいようとする。大好きな人の身体も心も共に救ってあげたいと、安らぎを与えたいと、彼女はそう思い前よりも湊を大切にすることにしたのだ。
何故なら…………。
彼のことがきっと、天界、冥界、人間界を合わせても誰よりも何よりも一番大好きなのだから。
と、そんな答えを出した彼女だが、まだコレは始まりに過ぎない。何せまだ学校に登校し始めたばかりなのだから。
おうふ……より甘くという希望を叶えようと頑張った結果がこの一端です。
そしてまだこの後には学園生活が……。