堕天使な彼女の恋物語   作:nasigorenn

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今回は甘いのかどうか……。そしてここのところ全く出ていないあの人が最後にちょろっと出たりします。


第54話 彼女は彼の状態を知る

 レイナーレは湊と一緒に病院に行ったわけだが、そこで出会ったのは湊の主治医だと言う女性、牧村 百華であった。

年相応の穏やかな性格と豊満な身体で充分に大人の女を感じさせる百華はレイナーレが今まで見てきたどの人間ともまた違っていて、レイナーレはそんな百華を見ていてどうにも落ち着かない様子だ。

何せ湊と妙に親しげだ。それこそ幼い頃からずっと一緒だったかのように。

彼に恋する彼女としては気になって仕方ない。好きな男に親しげにしている女性がいるとというのは、如何様な女子とて気になってしまうだろう。

そんなレイナーレのことを百華は直ぐに見抜き、優しい包容力のありそうな笑顔でからかい、それを受けて湊とレイナーレは共に顔を真っ赤に染めて恥じらう事となった。

そんなやり取りの後、改めて百華は湊と向き合う。

 

「それじゃ蒼崎君、さっそく診るから椅子に座って」

「はい、わかりました」

 

百華に勧められ、湊は言われた通りに椅子に向かって歩き出す。

それを心配してレイナーレは手を牽こうとするが、どうやらその心配は杞憂のようだ。湊はふらつくことなく真っ直ぐと椅子に進み綺麗に座った。

もう彼からすれば当たり前になるくらいしてきた行動なだけに、その動きに淀みは一切ない。

そして百華も湊の向かいの椅子に座ると、レイナーレに声をかけた。

 

「彼女さんもこっちに来て。そこにいても仕方ないでしょ」

「は、はい」

 

恋人と言われて顔を赤らめるレイナーレ。

その喜びを噛み締めつつも、やはり気恥ずかしさは拭えない。言われた通りに湊の直ぐ側まで行き、空いている椅子に座り込むことに。

そして湊の横顔を見つつ、百華が何をするのかをレイナーレは見る。

百華は湊がちゃんと準備出来たことを見て確認すると、そっと両手を伸ばした。

 

「なっ!?」

 

百華がやっていることにレイナーレの口からそんな言葉が漏れる。

何故なら、湊の顔に百華の顔が近づいて行くからだ。それこそ、キスが出来るくらい間近まで。それだけならまだしも、湊の両頬に添えられた百華の手が更にキスを連想させる。二人の唇は息が触れ合いそうなほどに近づいて行き、百華の瞳が湊を真っ直ぐ捕らえる。

もう誰が見てもそんな雰囲気だと錯覚しそうな光景を、初心なレイナーレが耐えられるわけがない。

ドキドキしつつも急いで止めようとするレイナーレ。

そんな彼女に百華はクスりと笑いながら言葉をかけた。

 

「変な声あげちゃ駄目よ、コレはちゃんとした検査なんだから」

「で、でも、その、顔が近い………」

「あまり変な勘ぐりをする娘は蒼崎君に嫌われちゃうわよ。ね、蒼崎君」

 

その言葉にレイナーレはぎょっとする。

まさかさっきの恥ずかしくなる声を聞かれたのではないかと心配になり、急いで湊の顔を見つめた。

 

「何がですか、先生?」

 

問いかけられた湊は何やら不思議そうに声を出す。

何故この近距離で聞こえていないのかと突っ込みたくなる。何処ぞのラノベ主人公の特性『難聴』は彼にないはずなのに。

その答えはレイナーレは気がテンパっていて気付かなかったが、よく見れば百華が湊に添えた手が彼の耳を上手に塞いでいた。それで湊には何を話していたのか聞こえていなかったというわけだ。

そんなわけで不思議そうな顔をする湊に、百華はクスクスと笑いながら答える。

 

「いや、貴方の彼女さんに貴方のことが心配で仕方ないって言われてね。愛されてるわね、幸せ者」

「っ!? そ、そんなこと……あまりからかわないで下さい! 先生、直ぐに人をからかうんですから」

「あらあら、そうだったかしら」

 

百華にからかわれ顔を真っ赤にして恥じらう湊。そんな湊と共に恥じらうレイナーレだが、その目はばっちりと湊の顔を見入っており、恥じらい顔を赤くする湊のことを可愛いと思ってしまっていた。

 

(むぅ~、あの先生にからかわれるのは癪だけど……恥ずかしがる湊君、可愛いなぁ~……)

 

この少女、恥ずかしいが想い人の事の方が重要のようだ。

そして二人の様子を見て満足そうに百華は笑うと、改めて湊の顔に両手を添えて顔を近づける。

だが、それは先程の行為とは違いちゃんとした真面目な表情になっている。

 

「蒼崎君、まぶたを捲るわよ」

「はい」

 

湊の返事を聞いて、百華は湊のまぶたを優しく捲りその先にある眼球を注意深く見ていく。

そしてある程度見た後にまぶたを戻し、笑顔で湊に声をかけた。

 

「もう良いわよ。経過に変わりなし」

「はい、ありがとうございます」

 

湊はその結果を聞いていつも通りだと笑い、百華も又笑顔で湊の顔から手を離した。

 

「え、これで終わり?」

 

直ぐに終わった診察に呆気にとられるレイナーレ。てっきり彼女の中ではもっと複雑な検査を行うものと思っていたので、直ぐに終わってしまったことに驚いていた。

そんなレイナーレに湊は優しく微笑みながら答える。

 

「いつもこんな感じですよ。『もう終わった』後の事ですから、治療後の経過観察をするだけで、それらしいことは何もないんですよ」

「そ、そうなの? てっきりもっと凄い事すると思ってた……」

 

レイナーレの心配具合が良く伝わってくるような言葉に湊は笑い、レイナーレはそれが恥ずかしくて顔を赤らめる。

そんな二人を暖かい目で見ていた百華だが、その顔は少しばかり寂しさを纏っていた。

 診察も終え、世間話をした後に帰ろうとする湊とレイナーレ。

だが、そんな二人に百華が待ったをかけた。

 

「あ、ちょっとまって。レイナーレさん、少し話しておきたいことがあるから待って貰えるかしら」

「え、私?」

 

いきなり待てと言われてレイナーレは戸惑いを見せる。まだ湊に話があるのならわかるが、今日初めてあった百華に自分が一体どんな話があるのだと。

その言葉に反応し、湊も百華に声をかける。

 

「あ、でしたら僕も」

 

残ると言おうとする湊に、突然のことで戸惑っていたレイナーレは心強く感じた。心細くなった彼女にとって湊の存在はとても有り難い。

だが、湊の応援も百華の言葉によって退けられた。

 

「蒼崎君、ごめんなさい。これは所謂『女の子同士の会話』だから、貴方に聞かれるわけにはいかないのよ。それとも、女装して聞いてみたい?」

「い、いえ、結構です!」

 

湊はからかわれた事もあって赤い顔でそっぽを向く。

レイナーレはそのことでがっくりと来たが、内心では百華の言う湊の女装姿というのが見てみたくなり妄想して頬を赤らめた。

 

「レイナーレさん、僕は廊下で待っていますので終わったら声をかけて下さい」

 

そんな頭が多少ピンクになっているレイナーレに声をかけ、湊は室内から退室する。

それを見届けた百華は、それまで浮かべていた微笑みを消して真面目な表情になった。それを見たレイナーレは場の雰囲気が変わったことに気付き、ピンク色に染まった思考を元に戻して百華の方に目を向けた。

 

「レイナーレさん、そこに掛けて」

「は、はい……」

 

その指示にレイナーレは大人しく従い先程まで湊が座っていた椅子に腰掛けた。

百華はレイナーレの前に座ると、彼女の瞳を見つめ口を開いた。

 

「貴方は本当に蒼崎君のこと、好き? 勿論、異性として」

「え、それは、あの………」

 

いきなり聞かれて驚くレイナーレ。

しかし、百華の真剣な表情に意を決して頬が熱くなるのを感じながら答えた。

 

「はい……み、湊君のことが……好きッ…です……」

「そう……」

 

その告白を聞いて百華は何やら考え頷き、レイナーレは自分の告白に恥ずかしさから両手で顔を覆っていた。

そして考え終わったようで、百華は未だに恥ずかしがっているレイナーレに話しかけた。

 

「貴方になら話してもよさそうね」

「え? 一体何を……」

 

そこで一端間を開けると、百華はレイナーレの目を真剣な眼差しで見つめた。

その視線にレイナーレも緊張し佇まいを直す。

 

「蒼崎君のことなんだけど……実は彼は今でも危険な状態なのよ」

「え、それってッ!?」

 

少し前に湊に問題無しと言っていたはずなのに、そうではない言われてレイナーレは驚く。湊は確かに目が見えないが、それ以外は寧ろ調子が良いと言っても良い健康状態だ。そんな彼が危険な状態だなんて信じられなかった。

そしてその言葉が本当なら百華が湊に嘘を付いたということになるわけだが、どうしてそんな嘘をついたのかも気になる。

湊を騙しているということもあってなのか、レイナーレの瞳に殺気と警戒が入り交じり、その視線が百華に突き刺さる。

それを受けて百華もゆっくりと口を開いた。

 

「彼の目なんだけど、実はまだ治療を終えていない……うぅん、治療『出来ない』状態なのよ」

「治療出来ない?」

「ええ。本来なら、事故などで損傷し使えなくなった眼球は摘出した方がいいの。でないとそこから感染症など引き起こす可能性などがあるから。だけど、蒼崎君の眼球は摘出していない。いや、出来ないのよ」

「何で……」

「彼の目に突き刺さったガラス片はあまりにも深く、それでいて目の神経に思いっきり食い込んでしまっているの。下手に取ろうとすれば、あまりの衝撃に彼がショック死しかねない。その上かなり癒着しているため、ガラス片だけを取り除くことも困難なの。正直言えば、今の状態が奇跡みたいなものよ」

「っ…………!?」

 

それを聞かされてレイナーレは驚愕し目を見開いて言葉を失う。

彼が失明した経緯は聞いていたが、まさか未だにその尾を引いているとは思わなかった。

好きな人がそのような状態にあることに、レイナーレは驚きを隠せない。

レイナーレの様子を見て、百華は話を続ける。

 

「酷く言えば、今の医療ではどうしようもないわ。だから私は今の状態を維持することしか出来ないの。また、そのガラス片が更に食い込むことも考えられるから、出来れば目や頭に衝撃を与えないようにしてあげて」

 

百華の言葉がレイナーレに届く度に彼女の顔は青ざめていく。

湊がしょっちゅう転ぶと言うことは彼から聞かされている。今までそんな状態で転んできたのかと思うと、それこそ恐くなって仕方ない。

レイナーレは百華の言葉に全開で頷いた。

だが、それでも……どうしても気になったことがあり百華に問う。

 

「あの、先生……どうして私にそんな大事なことを、教えてくれたんですか……」

 

その問いに百華は少しだけ表情を緩め、微笑みながら答えた。

 

「それはね……貴方が本当に蒼崎君の事が好きだから。本当に愛している異性で、ずっと一緒に居たいと思ってる。そんな、『将来をずっと共にしたい』と思ってる貴方だから、私は貴方に話したの。きっと貴方なら、私が言った意味を理解して蒼崎君を守ってくれると思ったから。だからよ」

 

その言葉にレイナーレは顔が真っ赤になっていくのを感じたが、しっかりと百華の瞳を見つめながら力強く頷いた。

 

「はい! 絶対に……湊君のこと、一生を掛けて守ります! それで彼のこと、ずっと幸せにしてみせます!」

 

レイナーレの真剣な告白を聞いて百華は納得したように微笑み、そして少しばかり意地悪なことを言った。

 

「私はそこまで聞いてないんだけどね。まさか此処で蒼崎君の恋人から結婚宣言されちゃうなんて。あらあら、妬けちゃうわね。こんなにも蒼崎君は思われてるなんて、幸せ冥利に尽きるわね彼」

「そ、そんな、……そんな意味じゃ……ぁうぁう……」

 

百華にそう言われてレイナーレは自分が言った発言に顔を真っ赤にして恥ずかしがる。

そんな彼女を見ながら百華は少しだけ胸を撫で降ろした。

 

ずっと心配していたが、彼も人並みに幸せを手に入れつつあることを。

 

 そして百華と少し話したレイナーレは、決意を顕わに百華と別れを告げて病室から出て行った。

部屋を出ると湊が扉の近くで座っており、レイナーレに気付いて話しかけてきた。

 

「レイナーレさん、一体どんな話をしてきたんですか?」

 

不思議そうに問う湊に、レイナーレは顔を赤くしつつも満面の笑顔で答えた。

 

「蒼崎君のこと、よろしくってお願いされたの。だって私は蒼崎君を助けるためにいるんだから。だから……行きましょうか。病院の中、案内してくれるんでしょ(本当は…………湊君と『生涯を共にして』って言われたんだけど……こればかりは、ちゃんと自分の口から伝えたいから。だから今はまだ……内緒)」

 

自分の心の内で湊にそう良いながらレイナーレは湊の手を繋ぐ。

その柔らかくも暖かな手に湊は顔を赤らめつつも微笑みながら握り返し、病院を案内すべくレイナーレと共に歩き出した。

 

 

 湊とレイナーレが去った病室内で百華は思い出しては笑みを浮かべる。

 

「あの小さかった蒼崎君にあんな可愛らしい恋人が出来るなんてね。私も歳をとったなぁ」

 

まだ三十代だというのにそんな言葉を洩らす百華。

そんな百華に向かって声がかけられた。

 

「まだそんなことを言う程年老いてはいないよ、君は……百華」

「え………」

 

その声に少し驚きつつも彼女は声がした方向に顔を向けると、そこには黒いスーツを着たダンディーな男が立っていた。その背後にある窓は開いており、そこから入って来たのだろう。

その男を見た途端、百華の顔に朱が差し始める。

 

「ドーナシークさん………」

「熟女と老婆はまったく違う。君はそんな歳を思い出して耽っている程に老いてはいない。それをしたらそれはもう、ただの老婆に過ぎん。だからこそ、私が思い出させてやろう。君が立派な熟女であるということ」

「あ………」

 

そして室内に置いてあったベットに倒れ込む二人。

その後しばらく『この室内は外出中のためいません』という看板が立てられていた。




尚、作者は眼科の知識はほぼ皆無なので突っ込まれると色々ときついので突っ込まないで下さい。豆腐メンタルが爆散してしまいますので。

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