せめて湊の目が見えたらもっと甘く出来るんだけどなぁ~……って駄目だ、それややったら物語の終わりじゃん! そう思う作者でした。
まさか初めての学生生活での土曜休みが病院に行くことになろうとは、誰が思ったことか。
これがまだ他の場所であるのなら、レイナーレは湊と一緒に出かけられることに心躍らせていたところだが、流石に病院で医者に診て貰うというのだからそんなことにはならない。
湊はもう毎度のことなので慣れている。そのため、表情はいつもと変わらず笑顔だ。だが、レイナーレはそんな気楽な気持ちではない。
真面目で真剣で何よりも湊のことが心配で仕方なくて、繋いだ手にいつもより力が籠もってしまっていた。
そのことに湊は大げさだと軽く笑いながら苦笑するが、彼女の表情は緩まない。
「そんな気負わなくても、もう何度もしてる事ですし」
「それでも心配なの! だって病院で医者に診て貰うってことは、まだちゃんと治って無いからでしょ? 蒼崎君にもしものことがあったらって思うと、私……」
気楽に笑う湊に少しだけ泣きそうな瞳で彼を見つめるレイナーレ。
その表情は真剣に真摯に、想い人のことを心配している乙女の顔だ。レイナーレは本当に湊のことを心配していることが窺える。
因みに、これは道を歩いている最中のことである。故にそんな二人を見かけた人達がいるわけだが、彼等は二人を見て何を思ったことだろうか? それは彼等にしか分からない。
そして現在、二人は病院行きのバスに乗っていた。
最近では大きな病院だと普通にバスの停留所が目の前にあることも多く、『〇〇病院前』と言った感じにあったりする。
湊が通院している病院もそれに漏れず大きな病院であり、バスに乗って20分くらい揺られているだけで問題無く到着するので遠出と言うほどでは無い。
だからこそ、湊はまったく緊張した様子は見られない。まるで散歩に出歩くかのような自然体だ。
対してレイナーレと言えば、何とも複雑そうな顔をしていた。
まず、湊が心配だと言う気持ち。
本人はまったく気にしてないが、彼女は湊に何かがあると聞いただけで気が気じゃない。
次に、初めてバスに乗ったことで軽く興奮していた。
基本堕天使はあまり乗り物を使うことがないので、彼女にとって初めて乗るバスは興味深かったらしい。
それが少し漏れ出しているのか、湊はそんなレイナーレの手を繋ぎつつ暖かい笑顔を彼女に向ける。当然レイナーレはそれに気付いてしまい、羞恥で真っ赤に顔を染めていた。
そして最後に、レイナーレの服装。
湊と一緒に出掛けるのにだらしない恰好など絶対に有り得ない。だが、病院に行くのに派手な物など着ていけば場から浮いてしまい、湊に迷惑が掛かるかも知れない。
なので今回彼女が着ているのは、その両方を成立させる服装だ。
まるで病院のナースを連想させるような白、それでいて彼女が着ればまるで深窓の令嬢のように儚げで美しさを際立たせる。
その服の名は、ワンピース。
彼女が今回着ているのは真っ白いワンピースだ。派手さはないがその分美しさを際立たせ、病院に行っても周りから奇異の目で見られることはないだろう。
そんな可憐で美しさを存分に発揮させる服装を選んだ彼女は、湊が心配でも、やはり一緒に出掛けられることが嬉しいのであった。
その自覚があるがために、彼女はそんな表情をしているというわけだ。
乙女心は複雑というか何というか、彼女は心配しているのにこの湊とのお出かけを喜んでしまっている自分に納得がいかず気むずかしい顔をしているのであった。
そんな彼女の雰囲気を察してなのか、湊は思う。
(そんな大した事じゃないんだから、そこまで心配しなくてもいいのに。でも……そんなに心配して貰えることが………嬉しいかな。彼女にそう思ってもらえることに、不謹慎だけど幸せに感じる)
湊も又、この少し変わった『デート』を楽しんでいるようだ。
そして揺られること約20分、目的地である病院に到着した。
「ここが蒼崎君が通院してる病院………」
レイナーレは目の前に広がる病院を見て感嘆の声を上げた。
何せかなり大きい。施設もそうだが、敷地も凄く広く庭などには数多くの入院患者の散歩姿などが窺える。
冥界にあまり医療施設というのはないので、こういうものに彼女は素直に感心しているようだ。治療を魔法などで行う異形にとってこういう所は無縁であり、彼女にとっても初めて踏み込む場所。
だからなのか、少しばかり好奇心が沸いてしまいワクワクとした雰囲気を出してしまう。
それを感じ取ったのか、湊はレイナーレに笑いかけながら話しかけた。
「病院は初めてですか? ここはこの辺でも一番大きな病院で様々な医療が出来るんです。だから僕もここの眼科でお世話になってるんですよ」
湊の優しい声に少し浮かれていたことがばれたことを察し、レイナーレは顔を赤らめつつ素直に答える。
「そ、その、冥界には病院とかはあまりなくて。だからこういう所はその、珍しくて………」
気恥ずかしそうにそう語るレイナーレ。
そんなレイナーレに湊は微笑を浮かべながら彼女に言った。
「でしたら、僕の診察が終わったら少し病院内を回ってみましょうか。僕は見えはしないですけど、少しくらいなら案内出来ますしね」
それはレイナーレからすれば、デートのお誘い。
いや、病院の案内でそれはどうなんだよと突っ込むべきだが、彼女からすれば湊から誘われることがあれば、それは立派なデートに早変わりするのだ。
恋する乙女はポジティブというか何とい言うか。レイナーレは湊に誘われ、顔を桜色に染めつつ実に嬉しそうに微笑んだ。
「そ、その……お願いします……(湊君から誘われちゃった! どうしよう、嬉しい……)」
そんな幸せを感じる彼女は、繋いだ手を優しく力を込めながら湊に元気よく言った。
「じゃぁ、その……行きましょうか!」
「そうですね」
そして二人は病院に向かって歩き出す。
手を繋いで歩くその様子は微笑ましいものであり、庭から二人を見ていた患者達は微笑ましい暖かな眼差しで二人のことを見ていた。
そんな二人は手を繋ぎながら早速院内に入ると、中は中々に盛況のようだ。
大きなロビーにはかなりの人がごった返しているようだが、通行の妨げにならないようにちゃんと整理されているらしく二人は特に押し潰されることなく目的の科に向かって歩いて行く。
普段から歩き慣れているのか、ここでは珍しくレイナーレが湊に手を引かれて歩いていた。
その普段とのギャップが良いのか、レイナーレは自分を引っ張ってくれる湊にドキドキしてしまう。
(普段と違ってこういう風に引っ張ってもらえるのも、何かいいなぁ。やっぱりこうして貰ってると、湊君もちゃんとした男の子なんだって実感してドキドキしてきちゃう………)
頬を桜色に染めながらレイナーレは湊の背を見つめる。その背は確かに年相応の男子の背であった。
そんな彼女を連れながら湊は慣れた足取りで歩くこと数分。目的の科である眼科の受け付けに到着し、診察の話をして近くに備えられている席で待つことに。
その間、湊はいつもとかわらないのだがレイナーレは逆に緊張して身体に妙に力が籠もっていた。これではどちらが診てもらうのかまったくわからない。
そんな様子のレイナーレに湊はどうにも笑みがこぼれてしまう。
何というか、今の彼女は少しばかりからかい概があると言うべきなのか、いつもと違った『可愛らしさ』を感じさせるのだ。
だからなのか、湊はそんなレイナーレと一緒にいてどうにも嬉しく感じてしまう。
普段と違う様子に彼も又、レイナーレの魅力を知ったようだ。
そして湊の名前が呼ばれると共に、二人は席から立ち上がって眼科の診察室の扉を潜った。
「蒼崎君、いらっしゃい」
室内に入って最初にそんな声がかけられた。
それは落ち着きのある大人の声。その声に湊も又笑顔で返す。
「えぇ、先生。今回もお世話になります」
それは二人にとっていつものことなのだろう。
だが、レイナーレは初めて見た湊の主治医を診て顔を固まらせていた。
何故か? それは……その主治医が女性だったからだ。
年齢の事は三十代半ばくらいだろうか? 医者という職業柄なのか、とても穏やかそうに見える。黒い髪を一つに纏め、服の上からでも分かる豊満そうな身体。
落ち着きのある笑顔を浮かべて湊に話しかける彼女は、間違いなく美人と言えるだろう。
そんな年上の美女が湊の主治医と言うのは、どうにも気が気では無い。
てっきり年老いた老医が出てくるものだと思っていただけに、レイナーレの胸中は別の意味で穏やかではなくなっていた。
(なっ!? いきなりこんな美人な女医だなんて、聞いてない! もしかしてこの人、湊君に気があったりしない? 湊君って年上とかに好かれそうだし、その……母性本能が刺激されるタイプだし……だから可愛くもあるんだけど……)
相手の女医が湊をどう思っているのか気になって仕方ないレイナーレ。その表情はどうにも主治医である彼女を警戒していることが漏れ出ていた。
そんなレイナーレに気付いたのか、主治医の女性は湊に笑いかけながら聞いてきた。
「ねぇ蒼崎君、あそこの子は誰?」
その言葉に緊張が走るレイナーレ。
湊の付き添いとして恥ずかしくないように笑顔を浮かべようとするも、どうにも少し歪んだ歪な物になってしまう。
そんなレイナーレの事を知ってか知らずか、湊は少しだけ顔を赤らめつつも女医にレイナーレのことを紹介した。
「彼女はレイナーレ・ハイヴラウさん。ドイツからの留学生で、家でホームステイしています。彼女は介護について学びたくて、それで今僕はお世話になっているんですよ」
それはレイナーレの設定である。
確かにその通りなのだが、女医の瞳はそうだとは判断しなかったらしく、少し怪しく光った。
「あら、そうなの? てっきり蒼崎君の恋人かと思ったわ」
「なっ!? 恋人だなんて、そんな………」
そう言われ顔を赤らめる湊。
きっとからかわれているのだろうとは思うのだが、それでも恋人に見られること嬉しさを感じてしまう。
そんな湊に対し、女医は今度はレイナーレに話を振ってきた。
「貴方はどうかしら? 蒼崎君って可愛いしモテると思うのよ。貴方は蒼崎君のことをどう思っているのかしら?」
「え、私は、その……ぁぅぁぅ……」
聞かれたレイナーレは湊の手前と言うこともあって言うことが出来ず、トマトのように顔を真っ赤にしながら慌てていた。
そんな二人の様子は見ていて面白いらしく、女医はクスクスと笑う。
まぁ、こんな二人を見ればお互いにどう思っているのかなんて丸わかりなのだが。
女医はそんな二人を微笑ましい目で見ながらレイナーレに話しかけた。
「では改めまして。私、この病院の眼科で医者を務めている牧村 百華と言います。蒼崎君の主治医をしているわ。蒼崎君の彼女さんもよろしくね」
「は、はぃ………」
「っ……………」
そう言われ顔を真っ赤にしたまま消え入りそうな声で返事を返すレイナーレ。
そんな彼女の返事を聞いてしまい、こちらも真っ赤なまま下に俯いてしまう湊。
女医こと百華は、そんな二人を見て青春しているなぁと思い、学生時代の自分を思い出して笑っていた。
皆様に問おう。
『甘い』だろうかと。