堕天使な彼女の恋物語   作:nasigorenn

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今回はレイナーレのお説教が響く話です。


第48話 彼女は彼女に認めさせる

 朱乃に呼ばれ、レイナーレは二人で部室から出て外へと向かう。

そして旧校舎の更に奥、人がまず近づかないであろう日が陰っている校舎裏へと二人でやって来た。

 

「ここでいいんじゃないかしら?」

 

レイナーレはそう言うと、朱乃から少し離れて互いに向き合う。

その表情は先程まで湊に向けていた恋する乙女の顔でも、リアスに向けていた友人の顔でもない。それは真面目な堕天使としての顔だ。

そして朱乃も又、それまで浮かべていた笑顔から一転して底冷えするかのような冷笑を浮かべた。

先程の、それこそ見ているだけでも赤面しそうな雰囲気を発していたとは思えないレイナーレと、リアスの側で控えて客人を歓迎していた穏やかな雰囲気など丸っきり感じさせない朱乃。

両者の周りに漂い満ちるのは、実に危険そうな一触即発の雰囲気だ。

事前に言っておくが、この二人に接点はない。

レイナーレも朱乃もごく最近に知り合ったくらいであり、顔見知りといった程度である。関わることが殆どないので、そんな争いが起こるわけがない。

だというのに、二人から出ているのは明らかに険呑な雰囲気。何故知り合って間もない二人がこうも互いに忌諱し合っているのか? それは、これから互いに話すであろう話が分かっているからだ。

朱乃はレイナーレの顔を見つめると、スゥッと表情を変える。

それはそれまで浮かべていた冷笑ではない、完璧に嫌悪感を顕わにした。

 

「率直に言うわ。蒼崎君から離れなさい!」

 

それは率直ながら、確かに強い意志が込められた言葉だった。

これが湊を好きだからと言う色恋の話ならば、まだ可愛げがあるだろう。しかし、そうではないことはその言葉をかけた本人の顔を見ればわかる。

その言葉に対し、レイナーレは怒りを顔に滲ませつつも冷静になるよう心がけながら答えた。

 

「いきなり何を言うのかしら? 私は介護を学ぶためにこの学園に留学してきたことになっているのよ。蒼崎君と一緒に居るのは当たり前じゃない」

 

普段の彼女ならそう言っては顔を赤らめていたかもしれないが、今はまるで赤くならない。その目は見つめるものを凍り付かせるかのように冷ややかだ。

その返答に朱乃はそうじゃないと首を横に振る。

 

「そういうことじゃないの。私が言いたいことは、『蒼崎君に好意を抱く』のを止めろと言っているの」

 

普段のお嬢様言葉ではない、朱乃の素の口調。それがどれだけ『真面目』なのかが窺える。

レイナーレはその言葉に真っ正面からはっきりと答えた。

 

「嫌よ。何で貴方にそんなことを言われなければならないの? 貴方に私と彼の関係をとやかく言う筋合いはないわ」

 

何故朱乃がこのようなことを言ってきたのか、レイナーレは実の所分かっている。それを分かった上で、知った上で彼女を呷った。

何故なら、彼女がこうして関わってくることを予想していたから。

レイナーレの言葉に朱乃は悲痛そうな表情を浮かべながら言う。

 

「確かに私と彼には何の関係もないわ。でもね……目の前で不幸になる人がいるのを、見過ごす訳にはいかない!」

「言ってくれるじゃないの」

 

言われることは大体予想していたが、実際に言われるとクるものがあるのかレイナーレの顔が引き攣る。

そして朱乃は堰を切ったかのように、一気にレイナーレに叫んだ。

 

「堕天使と人間なんて、絶対に上手くいかない! そんな恋をしたって互いに不幸になるだけよ! 貴方だって彼のことを大切に思っているのなら、それこそ離れなさい! 種族が違うということがどのようなことを招くのか、ちゃんと考えなさい。誰も貴方達の事を祝福しないわ!」

 

まるで『実際に経験』したかのように叫ぶ朱乃。

そんな朱乃にレイナーレは更に冷ややかな目を向ける。

 

「そっちこそ、言いたいことばかり言わないで! 私が蒼崎君を……湊君を好きなのは、私だけの物! それを他人にとやかく言われる筋合いはないわ!」

 

目は冷ややかだが、確かに情熱と純粋な怒りが込められている視線を浴びて、朱乃もまた、同じように怒りを滲み出す。

 

「貴方のせいで蒼崎君が不幸になっていいと思ってるの!? ならとんだ恋ね! いえ、ただの執着でしかないわ!」

 

その言葉を聞いてレイナーレはそれまで装っていた冷静と言う名の仮面をはぎ取った。

 

「そんなことを思っているわけないじゃない!! 好きな人を、湊君が不幸になっていいだなんて、そんなことを思うわけないわ! そんなことを思うくらいなら、直ぐに自殺した方がマシよ! そっちこそ、そんな言葉を普通に言えるなんて、誰かに恋したことがないから言えるのよ! そんな人が指図しないで!」

 

レイナーレの激情に朱乃も呷られ、更に二人の口論は激化していく。

コレを見れば、この学園の生徒なら誰もが驚くだろう。だが、ここは未だに人気のない旧校舎。誰も二人の口論を見ることも聞くこともない。

そして始まったのは、朱乃の一方的な『別れろ』と、レイナーレの『絶対に嫌だ』という攻防。平行線というには互いの話にまったく耳を傾けないこの果てない言い争いは、やがてレイナーレが墜とした爆弾で事態を変える。

それまでムキになって言い争っていたためか、肩で息をしていたレイナーレだが、軽く深呼吸をして精神を落ち着かせると、朱乃に向かってそれを口にした。

 

「貴方が何でそう言ってくるのか? 実は分かってる。貴方の父親、『バラキエル』様のことでしょう」

「っ!? ど、何処でそれを!」

 

レイナーレに言われた言葉に動揺が隠せない朱乃。

それは彼女の出生の秘密。知っているのは彼女に関わったごく僅かの者しか知らないはずの話であった。

それを何故知っていると、朱乃は激情を顕わに思想になりつつもレイナーレの言葉を待つ。

それはまるで答え合わせのように、レイナーレは冷徹な声音で朱乃に告げた。

 

「貴方は人間とバラキエル様の間に生まれたハーフ。その事を人間の一族に知られ、バラキエル様がいない間に狙われて襲撃に遭い、母親を殺された」

 

その言葉を聞いて朱乃の顔が一気に真っ青に変わり、拒絶するかのように頭を押さえながら身体を左右に振る。

そして限界まで溜まっていたダムが決壊するかのように、彼女の激情が溢れ出した。

 

「そうよ! あの男が、あの堕天使が! あの時、帰ってきてくれれば母様が死ななくてすんだのに! なのに何も言わないで母様を見捨てて!」

 

それは今まで溜め込んでいた感情を吐き出す朱乃。

それは怨みの籠もった呪いのように心に響く。

しかし、それを聞いたレイナーレは逆に朱乃に問う。

 

「さっきから聞いていれば一方的なことばかり。貴方、バラキエル様がその事を何とも思っていないとでも思ってるの?」

「な、何よ!」

 

あれだけの激情に晒されながら、寧ろそれまで以上に冷静なレイナーレを見て少しばかり怯えを見せる朱乃。

レイナーレは朱乃の言葉を聞いて、分からなくはないと思う。幼い頃に母親を目の前で殺され、それまでずっと信じていた父が助けに来なかった。それはきっと彼女には裏切られたように感じたのだろう。レイナーレだって両親が目の前でそんなことになれば、それこそ彼女以上に怒り悲しみ、己の全てを持って相手を殺しただろう。

だが……いや、だからこそ、レイナーレは朱乃に深い怒りを沸き上がらせる。

それは今までの炎のような怒りではない。氷のように冷たく、刃物のように鋭い、静かで深い怒り。

何故怒っているのかと言われれば、その答えは単純だ。目の前の人物が、自分のことしか思っていないから。

その心情はわからなくもない。だが、それが自分だけだと思っている朱乃が許せなかったのだ。

だからこそ、殺気に近い怒りを込めてレイナーレは朱乃に言った。

 

「確かに貴方の心情は察するわ。でもね……バラキエル様が見捨てた……巫山戯るんじゃないわよ! あの方はね、今でもずっとそのことを悔やんでるのよ!貴方達親子が襲撃に遭ったとき、バラキエル様達も襲撃に遭ったの。相手は誰だったのかはしらないけど、それでアザゼルおじ様が殺されそうになった。おじ様を救出しにいったのが、バラキエル様だった。二人は親友で、私の両親とも良く話しに来てくれたわ。幼い頃だったから詳しい内容までは分からない。でも、あの時、バラキエル様は私の両親の前で泣いてた! 貴方達親子の話を聞いたのは、おじ様の救出が終わった後の事だった。バラキエル様だって、知っていれば直ぐにでも駆けつけたわ! でも、出来なかったのよ! したくても、出来ない状況だった。どうしようもなかった! その事は今でもおじ様も悔やんでる。『あの時オレがミスしなければ、バラキエルの家族を救えたかも知れないのに』って良く言ってたわ! 皆そのことにずっと心を痛めてる。見捨てる? 巫山戯ないで! 愛した妻と娘が襲われ妻を殺されたのよ! 苦しまないわけないじゃい! 貴方に何も言わなかった? 言わなかったんじゃなくて、言えなかったのよ! 自分達がどんな状況であっても、助けられなかったのは事実だったから。母親を殺された娘に言える? 親友を助けるために妻を助けられなかったって。言えるはずないじゃない! バラキエル様は誠実な方だから、誤魔化すことも出来ない。だから何も言えなかったのよ。貴方だけじゃない。その事件は皆の心に深い傷を刻み込んだ。それを貴方だけが被害者のように振る舞うなんて、許せない!」

 

その言葉に朱乃はそれまで燃え盛っていた炎が一気に消されたような感情を抱いた。

それまで信じていた自分の根元が揺らぐような、そんな感情に揺さぶられる。

反論したい、そんなことは嘘だと。だが、口から言葉は出ない。

心のどこかでやはりと思ってしまう自分がいたから。あの父が、家族を愛している父親が、何の事情もない事などないと。きっと何かしらの事情があったのだろうと。

だが、それを認めてしまったら、自分のこのどうしようもない怒りを何処に向けてよいのか分からなかったから。それを認めてしまったら、自分という存在は死んでしまうから。その心が耐えられないから。

だから助けにこなかった父親にぶつけたのだ。

朱乃はその思考が頭を満たし、力なく地面にしゃがみ込んでしまう。

そんな彼女に、少しだけレイナーレは優しさを込めた笑みを浮かべる。

 

「別に貴方がどう思おうと構わない。でも、あの一件で傷付いたのは貴方だけじゃないってことを覚えといて。私は貴方が優しいってことは良く分かるから。自分がそうであったように、私と湊君のことを心配していたからこそ、別れろと言ってくれたのよね」

 

それは朱乃が頑なに別れろと言った真実。

朱乃の母親と父親がそうであったように、堕天使のレイナーレと人間の湊が添い遂げれば、きっと二人とも不幸になると身を持って知っていたからだ。

確かに多少というのは違い過ぎる差はある。朱乃の母親は『五大宗家』に連なる神社、『姫島家』の娘だった。

それ故に堕天使であるバラキエルに手籠めにされたと思われ魂を汚されたとし襲撃された。堕天使は穢れた者としてこの手の者達には見られていたから。

だが、湊は何てことない、それこそ本当に一般市民の子供だ。一々大仰に洗脳されただの操られただの、汚されたなどとのたうつ者はいない。

だからこそ、レイナーレは自分がこの先どうするかを朱乃に告げる。

もし湊相手だったのなら、下手をすれば恥ずかしさやら何やらで泣き出しかねないであろうことを。

 

「私ね、その話を聞いてからずっと思ってたの。何でそんなことになってしまうのだろうって。それで……直ぐに分かった。答えは……誰もが悪いから」

「え?」

 

その言葉に呆気にとられてしまう朱乃。

誰が悪いのか? それがなければ何を言っているのかわからないだろう。

その答えをレイナーレは言う。

 

「貴方の母親も悪かった。お家柄で仕方ないとは言え、それでも逃げてしまったのだから。そしてバラキエル様も悪かった。貴方の母親の実家に納得して貰えるまで話し合わなかったから。如何に自分がその人を愛しているのかを純粋に、素直に、情熱的に、種族や思想など関係無く、ただ一個人であるその女性を愛していると説得しなかったから。そして母親の実家もそう。実の娘が愛した男性を信用しなかったから。娘を信じないで体面ばかり気にして否定して追い詰めて。愛を理解しないから。だから……『全員が悪い』のよ」

 

そう、レイナーレが出した答えは、この話に関わる全ての者が悪いという結論。

互いに理解し合おうとしなかったからこそ、悪いのだと。バラキエルは実直な性格だ。本来なら、それこそ母親の実家に挨拶し交際を認めてもらうように行動していたはずだ。しかし、しなかった。相手に認めて貰えないと分かりきり、理解して貰うことを止め、逃げた。

だからこそ、その幾つもの不理解が重なり合い、あんな惨劇を引き起こしたのだと。

故にレイナーレは朱乃に笑う。

それまであった冷血な顔ではない。それは湊に向けている恋する少女の、恋を知り愛を求める乙女の顔。

 

「だから私は……逃げない。湊君の保護者である方にもちゃんと正体を明かして交際を認めてもらうまで絶対に何度でも話し合うわ。だって認めて貰いたいもの……私が如何に湊君のことが大好きなのかを」

 

その言葉に朱乃は更に脱力してしまう。

ここまで堂々と物を言う堕天使を彼女は見た事がなかった。

ここまで愛を公に語る堕天使を見た事がなかった。

ここまで相手に理解をしてもらおうとする堕天使を見た事がなかった。

そんな信じられないことを語る彼女に朱乃は見入ってしまう。

それでも否定したいと、切れ切れながらにレイナーレ言葉をかけた。

 

「で、でも、例え蒼崎君の保護者の方が納得しても、貴方の親が納得するわけ……堕天使が人間との恋を認めるなんて……」

 

普通の堕天使ならまず許さないだろう。何せ人間を下に見ているのだから。

だが、その言葉にレイナーレは一気に顔を赤らめた。

 

「いや、多分大丈夫でしょ。だって家の両親、そういうこと気にしないし。寧ろ今頃おじ様から蒼崎君とのことを聞かされて私に恋人が出来るかもってハシャいでいるかも……そう思うと恥ずかしくなってきた! きっとお父様もお母様も今頃『レイナーレちゃんに恋人が出来る! あぁ、今まで恋話の一つもなかったから心配だったけど、これで孫の顔が見られるかも』って喜んでるかも。うぅ……我が親ながら恥ずかしくて堕天使らしくない……」

 

その姿がありあり予想でき、レイナーレは身内の恥ずかしい姿に内心悶える。

彼女があまり堕天使らしからぬのは、明らかに両親のせいだ。当然彼女のような人間を同等に見る存在の親ならば、そんなことは気にしないだろう。

つまりレイナーレの親に関しては説得の必要などない。寧ろ早く結婚しろとすら言われかねない。

そんな彼女を見て、朱乃はそれまであった堕天使のイメージが崩れてしまった。

ここまで人間らしい堕天使は誰も見たことないだろう。

だからこそ、彼女は認めた。

彼女なら大丈夫だと。

自分達と違い、彼女なら湊と結ばれても誰も不幸にしないと。

きっと彼女なら、周りの者達も幸せにしてくれると。

故に朱乃は……笑った。

それはスッキリとした笑顔だった。

 

「もう……分かりましたわ。貴方なら大丈夫だと、私は思います。だからもう、これ以上は口を挟まない。その代わり……ちゃんと蒼崎君のことを幸せにしなさい。いいですわね」

「勿論!」

 

朱乃に認められ、レイナーレも笑顔で応える。

 これから先、朱乃がバラキエルとどう接していくのかはわからない。だが、それでも今までとは違った感じにはなるだろう。

尚、この後レイナーレはバラキエルが朱乃に内緒で時折様子を見に来ていることを教え、それを聞いた朱乃は父の偉大さを少しばかり知ったが、同時に少しばかりストーカー気味な父に退いたりした。また、レイナーレは朱乃から湊のことを下の名前で呼んだことなどを言われ、赤面させられたのは言うまでもない。

この堕天使、未だに恋する相手の下の名前を呼ぶだけでドキドキぢて胸をときめかせるのだから、本当に堕天使らしくないと朱乃は思いながら笑った。

 

 


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