場に漂う何やら甘い雰囲気にあてられそうになりつつも、リアスは咳払いをして気を取り直すと湊に話しかける。
「と、取りあえず喜んで貰えたようで何よりだわ。それで本題に戻りたいのだけれどいいかしら?」
「あ、はい」
リアスの少し気まずそうな気配を感じ取り、不思議に感じつつも湊は返事を返す。
それまで自分が如何に周りに被害を及ぼしていたのかなどが理解出来ないあたり、案外彼も染まってきているのかもしれない。
「まずは私達のことやこの部活であるオカルト研究部について説明したいと思うの」
それを聞いて湊は興味深そうな顔をする。
先程から気配はするが、それ以外全く分からないというのは正直少し不安になるし、それに彼女達悪魔が言う『オカルト研究部』というのは気になる。
世間一般に呼ばれるオカルトというのは怪奇現象や異形の者のことを指す言葉だが、そう言った物を聞いたことはあれど、実際に見ることはまずない。だが、それでもある程度の人間はそれらを資料などを見て想像するのだが、湊にはそれが出来ない。そういうものだと聞かされても、その根本となる情報を見たことがない彼には想像しようにも、それを顕す像がないのだ。
だからこそ、オカルトの代名詞の一つである悪魔が語る言葉というのは興味深かった。
リアスは湊の様子を見て、やっと話せると胸を撫で降ろしながら話しかけた。
「まず私から、もう知ってると思うけど改めて。三年のリアス・グレモリーよ。この部活の部長であり、この場にいる悪魔の王をしているわ」
胸を張って堂々と湊に名乗るリアス。その姿はまさに部長の貫禄に溢れていた。
「グレモリー先輩ってオカルト研究部の部長だったんですね。それに悪魔の王様ということは、所謂『魔王』なんですか?」
「あ、それは……」
その言葉に少しだけ詰まるリアス。確かにさっきの言い方だとそう取られてもおかしくはない。だが、彼女達にとってそんな不敬なことを認めることなどなく、直ぐに訂正を入れようとする。
しかし、それは湊の隣に座っていたレイナーレによって止められた。
「そういうことじゃないのよ、蒼崎君。悪魔……特にリアスのような上級悪魔は自分の眷属を持つことが出来るの。その眷属達はチェスのピースになぞらえていて、王、女王、僧侶、騎士、戦車、兵士の六つの役職に就くようになってるのよ。王が一番上であり、眷属達の主。つまりリアスはこの場にいる悪魔達の主だということなの。魔王というのはまた違う存在で、こっちは文字通り悪魔達の王のことよ。あ、チェスはわかる?」
「あ、それは一応。やったことはないですけど」
せっかく言おうとしていたのに挫かれてしまって何とも言えない顔になるリアスは、少し恨みがましくレイナーレをジト目で睨む。当のレイナーレと言えば、まるで母親か教師のように湊に説明出来た事が嬉しいのか、慈しむような優しい笑みを湊に向けていた。
「ちょっとレイナーレ。せっかく言おうと思ってたのに」
「あ、ごめんごめん」
リアスに咎められ、レイナーレは少しだけバツが悪そうな顔をしつつ舌を出して謝る。どうも湊に構いたくて仕方ないようだ。自分でくっついたりするのは赤面する癖に、こういうときには寧ろ構いたがるのはどうなんだ、とリアスはつっこみたくなった。
それを堪え、リアスは隣に佇む自分の腹心である姫島 朱乃に目を向けると、朱乃は少し前に進んでニッコリと笑いながら湊に自己紹介を始めた。
「わたくしはリアスの女王をしております、姫島 朱乃と申しますわ。学年はリアスと同じ三年です」
「あ、これはご丁寧にどうも」
朱乃の挨拶を受けて湊は声がした方向にペコリとお辞儀をする。
少しばかり緊張した様子にレイナーレはクスりと笑ってしまった。
そんな二人を少しばかり寒気がする視線を向ける朱乃に、リアスはゾクッとした恐怖を感じて慌てて次の者に紹介をするよう顔を向けた。
何故こうも朱乃が二人を白い目で見るのか? それは朱乃の出生が原因であり、その理由を知ってるリアスは何ともいえない心情になってしまう。
「次は僕かな? どうも初めまして、木場 祐斗です。学年は君と同じ二年生で、部長の騎士をやってるよ」
「あ、君が噂の木場君か。どうも初めまして」
湊が少し思い出して笑うと、祐斗は少し気になったのか湊に問う。
「噂? どんな噂だい?」
「クラスの皆から言われてますよ。凄く格好良くて人気が凄い、駒王学園の王子様だって。それとクラスメイトの兵藤君達はよく『イケメン死すべし!』って叫んでる」
「あはははは……そんなことないと思うけどなぁ」
湊の話を聞いて苦笑する祐斗。彼からしたら普通の行動をしているだけなのだが、それがどうにも男子生徒には受けが悪い。
そしてそんな祐斗に今度は湊から話しかける。
「イケメンって格好良い人のことですよね。一体どんな顔なんですか?」
目が見えない湊にとって、祐斗がどんな顔をしているか分からない。それ故の質問に、祐斗は紳士らしく視覚障害者に対しての知識を思い出しながら湊の手を取った。
「まぁ、格好良いかは分からないけど……こういう顔かな?」
そのまま湊の手を自分の顔に触れさせる祐斗。
湊はその手でゆっくりと祐斗の顔を触るが、途中でその手は横から捕まれて止められた。
「あ、蒼崎君、これぐらいで大丈夫でしょ! いくら相手が許可しても、長々触るのは失礼になっちゃう」
「あ、それもそうですね。すみません、木場君」
謝る湊に苦笑する祐斗。そんな二人を見ながらレイナーレは少しばかり険しい顔をして湊の手をキュッと握った。
(もう、いきなり何をするのかしら、この男は! 初対面なのに大胆に顔を触れさせてくるなんて。それに話を聞いた限り、確かに女子からの人気は凄いけど、浮いた話は一つも上がってない……まさか『そっちの気』があるとかっ!? 駄目、絶対に駄目っ!! 蒼崎君にそんな危険過ぎる人物とふれあわせるなんて! 私がしっかりして守らないと! 蒼崎君の、その……大切なものを!)
闘志と使命と敵愾心が入り交じった視線をレイナーレは力強く祐斗に向ける。
その視線を感じ、祐斗は苦笑しリアスは深い溜息を吐く。
そして最後に一番小さな眷属にリアスは顔を向けると、その眷属が表情を特に変えずに自己紹介を始めた。
「一年の塔城 小猫です。部長の戦車をしています。お菓子美味しかったですか?」
「えぇ、とても美味しかったです」
「そうですか」
湊の返事を聞いて何処か満足そうな顔で頷く小猫。
特に感情を表に出すタイプじゃないらしく、湊に対して何か思うところがあるわけでもないようだ。
これで皆の紹介が終わり、リアスは未だに手をキュッと握っているレイナーレに少しだけ呆れつつ、湊に話しかける。
「これが私達、オカルト研究部の部員にして私の眷属達よ。よろしくね、蒼崎君」
「あ、はい、こちらこそ」
湊はリアスに頭を下げながらそう言い、皆のことを知った。
こうしてやっと自己紹介を終えたリアス達は、次にこの部活のことを話せるようになった。
が………。
「その、蒼崎君、いきなり手を握って迷惑だった?」
「いえ、そんなことは。その……見知らないところだったので少し不安で。なのでこんな風に手を握って貰えると、レイナーレさんが側にいるって分かるから寧ろ感謝したいです」
「蒼崎君………」
どうにも又、換気が必要なようだ。