レイナーレに手を引かれやってきたのは、旧校舎にあるオカルト研究部。
ここは表ではまず目立たず誰も来ない部活だが、それは当たり前のこと。何せそういう風にわざと目立たず気にならないように術がかけられているのだから。
何故ならば、この部活に所属している者は皆悪魔しかいない。
このオカルト研究部とは隠れ蓑であり、真の姿はリアス・グレモリーとその眷属達の拠点である。
そうとは知らずに室内に入った湊は、周りの悪魔の気配を感じ取り不思議そうな顔でレイナーレに話しかける。
「あの、レイナーレさん。何でこの部屋にはこんなに悪魔の気配がするんでしょうか?」
悪魔の存在を知っているからといって物怖じしない湊を見て、レイナーレは軽く笑いながら答えた。
「それはね、ここが悪魔達の拠点だからよ。前に言ったと思うけど、この学園や駒王の地は悪魔が『一応』管理しているの。その管理者がリアスで、普段はこうしてオカルト研究部として活動してるのよ」
「『一応』は余計よ、レイナーレ。これでもちゃんと仕事はしてるつもりなんだから」
レイナーレにそう言われ、ジト目で彼女を見ながらリアスがそう返して来た。
二人ともその言葉から敵対している感じはない。それが湊にも分かり、湊はレイナーレに軽く笑いかける。
「先輩と仲良くなったんですね、レイナーレさん」
「そ、それはまぁ、一応ね……」
堕天使としては毛嫌いするのが本来の反応なのだろうが、リアスとは何度かあって互いに苦労し合っている話をしたりなどして個人的に親しくなったので、湊に聞かれレイナーレはそう答えた。
そんな湊にリアスは微笑みながら話しかける。
「蒼崎君、ようこそ、オカルト研究部へ。本来なら人間の貴方を連れてくるのはどうかと思うけど、レイナーレや私達のことを知っているのなら問題ないわ。取りあえずお客様をいつまでも立たせるわけにはいかないし、そこのソファに座って」
リアスにそう言われるも、湊は初めて入る部屋の何処にソファがあるか分からない。だからこそ、レイナーレが優しく湊の手を引く。
「私がソファまで案内するから、蒼崎君はゆっくりで良いから着いてきて」
「はい」
リアス達が見てる前でレイナーレは顔を赤らめつつも湊にそう言う。
そして湊も少しだけ注意しながらゆっくりとレイナーレのリードの元に歩いて行く。
その様子は幼い子供の手を引く母親の様に見えて微笑ましい。
リアスは二人のそんな様子を見て笑うと、腹心である女王、姫島 朱乃に話しかけた。
「朱乃、お客様にお茶をお願い。お茶菓子もね」
「………わかりました、部長」
一拍の間を置いてから朱乃は紅茶を淹れ始める。
その様子にリアスは少しばかり心配そうな顔をしたが、特に問題無く紅茶を淹れる朱乃を見て取りあえず大丈夫だと安心した。
そして湊とレイナーレの前に出される紅茶と茶菓子。紅茶から香る香りが二人の鼻腔をくすぐり、その精神を落ち着かせる。
「良い香りですね」
「そうね。蒼崎君は紅茶とか好きなの?」
湊の反応を見てレイナーレは興味深そうに湊に問う。
好きな男子の好みを少しでも知りたいという気持ちが前に出ていた。
「えぇ、紅茶とか好きですよ。コーヒーも香りは好きなんですけど、苦いのがちょっと苦手で」
「そうなんだ(苦いのが苦手なんだ、蒼崎君。少し子供っぽいかも……でも、そういうところも可愛いかな)」
湊の新しい一面が見られて嬉しいレイナーレはついつい笑ってしまう。
そんな彼女の幸せそうな雰囲気にあてられてなのか、リアスの顔も少し赤くなってしまう。
「苦手じゃなくてよかったわ。あとお茶菓子もどうぞ。ここのお茶菓子は小猫のお気に入りだから美味しいわよ」
「美味しいことは保証します」
リアス以外に聞こえた幼い声に少し驚いた湊。
その招待はこの部屋にいるリアスの眷属の一人である。
そう言われては食べるのが楽しみになるというものだが、ここでもやはり湊は普通に食べるわけにはいかない。
ケーキが置かれているであろう場所を置いた時の音を頼りに探るが、それで上手く掴めるとは限らない。湊の手は紅茶と茶菓子が載せられた皿の少し前を何度も行き来していた。
そのまま手を動かしているといずれは目的にたどり着くだろうが、同時にティーカップをひっくり返すかも知れない。
そうなれば火傷することは確実であり、あまりにも危ない。
だからこそ、レイナーレはこれからする行為を恥ずかしがりつつも慌てて行う。
「蒼崎君、私が取って上げるから少し待って!」
「あ、すみません……」
自分の見るにもどかしい姿を見て居られなかったのだろうと思い、湊はレイナーレに謝る。
謝られたレイナーレはそんなこと気にしなくていいと答え、先に茶菓子の載った皿を持ち上げると、添えてあるフォークを使い一口大のサイズに切り分ける。そしてその一欠片をフォークに刺すと、湊の口元に零れないよう下に手を添えながら口を開いた。
「あ、蒼崎君、あ~~~ん」
何度もやったこともあって動作そのものはスムーズだが、レイナーレの顔は変わらずに真っ赤に染まっている。何度やろうとこの恥ずかしさには慣れない。
恥じらいながらもどこか甘い声でそう言われ、自分が何をされているのか分かった湊もまた顔を赤くしていた。
「れ、レイナーレさん、自分で食べられますよ」
「そう言うけど……蒼崎君、さっきまで全然手にお皿届いてなかったのよ。それにこれ、ケーキだからフォーク使わないと食べられないし。だから私が食べさせてあげた方がちゃんと綺麗に食べられると思うから……だからなんだけど……駄目?」
見えないと分かっても潤んだ瞳で上目使いに湊を見てしまうレイナーレ。
その様子は同性ですら息を飲むくらい可愛らしく、リアスはついつい顔を赤くしながら見入ってしまう。
湊はそう言われ、レイナーレの気遣いに恥じらいつつも申し訳無いと思い、感謝の言葉をレイナーレに言う。
「すみません、レイナーレさん。確かにその通りですね。せっかく出されたケーキを汚く食べられるのは見てて気持ち良くないと思いますし、ケーキということも知らずに僕が掴もうとしたら、最悪ひっくり返していたかも知れません。そう思ってレイナーレさんはそう言ってくれたんですよね。そんなに気遣ってもらってたのに、僕は気付かなくて失礼なことを言ってしまいました」
「うぅん、いいのよ。だって蒼崎君の対応は間違ってないもの。ただ、私はこうした方が蒼崎君が大変じゃないと思っただけだから」
「レイナーレさん………」
レイナーレの気持ちを感じて心が温かくなる湊。
そんな湊にレイナーレは更に頬を紅潮させつつケーキを差し出す。
「だ、だから……あ~~~~ん……」
「そ、それでは、失礼します……」
レイナーレの差し出したフォークから湊は遠慮がちにケーキを口の中に入れる。
(うわぁ、蒼崎君、何か小鳥みたい………)
差し出したケーキを食べた湊の様子を見て、レイナーレは顔を赤らめながら幸せそうに笑った。その心境は小動物が餌を食べたときの可愛らしい様子を見ているものに近い。どうにも恋する乙女というのは、意中の相手のどのような行動でも格好良かったり可愛く見えるものらしい。
そう見えるともっとあげたくなるのが人情と言うべきか。レイナーレは頬を赤らめながら更にもう一切れケーキを湊に差し出す。
「蒼崎君、もう一切れどうぞ。あ~~~ん」
「あ、はい、いただきます」
そして差し出されたケーキを口に入れる湊。その顔はケーキの美味しさに笑みを浮かべていた。
(キャーーーーーーーーーーーーーーーー、可愛い!! 蒼崎君、可愛い!!)
内心でテンションを跳ね上げるレイナーレ。
湊は精神こそ同年代の男よりも成熟しているが、容姿は年相応か少しばかり幼くも見える。そのため、彼を見る女性は障害もあってか妙に母性本能をくすぐられるのだ。
そんなレイナーレは今度は湊の手を取ると、その手を紅茶の入っているティーカップに触れさせる。
「これ、お茶だから。熱いから気をつけてね」
「何から何までありがとうございます」
湊はレイナーレの感謝を言い、ティーカップの形をゆっくりと触りながら確認すると、指をかけて口元まで持って行く。そして息を吹きかけて冷ましながら一口口に入れた。
「はぁ~、美味しい紅茶ですね」
紅茶の味にホッとした様子を見せる湊。
レイナーレはそんな彼を見て顔を綻ばせていた。本音で言えば紅茶もこちら側で冷ましてから渡したいところであったが。流石にそれまでやってしまうと介護ではなくただの子供扱いにしか思われないと思い止めたのだ。
それが正解だったと確信し彼女は笑う。
そんな二人の様子を見ていて、リアスはやっと声をかけた。
「あの、そろそろいいかしら?」
その顔は真っ赤であり、二人の雰囲気にあてられたようだ。それは彼女のみにあらず、朱乃やその後輩の女子も顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。
「あ、ごめんなさい!」
レイナーレは自分がしていた事を見られていた事に今更ながら恥ずかしがり、顔をトマトのように真っ赤にする。
どうも彼女は湊のことになると周りが見えなくなる。これも恋する少女の特徴と言えなくもない。
そうとは知らず、湊はリアスと朱乃に向かって頭を下げた。
「紅茶とケーキ、凄く美味しかったです。ごちそうさまでした」
礼儀正しくそう言う湊。
レイナーレはそんな彼に続いて礼を言い、リアスは咳払いすると共に、この場に満ちていた妙に浮いた雰囲気を正すべく、後輩に窓を開けて換気するよう命じた。
そして部屋の空気を入れ換えながら思う。
(本当に何て言うか、凄い二人よね。これがある意味悪魔と堕天使の休戦協定に一躍買っているっていうんだから、世の中何があるかわかったものじゃないわ。でも、やっぱり……少し羨ましいかも………)
真っ赤な顔のままリアスはレイナーレに羨望の眼差しを向けつつも、取りあえず話すべく、咳払いをしたのだった。
本来ならこの後に何故レイナーレがこの部活に来たのかなどを説明するはずなのだが、こんな雰囲気の中では話せそうにない。
その思いは、この場にいる二人を除き、全員が一致していただろう。
この作品におけるリアスも、恋に憧れをもつタイプですね。