まぁ、若気の至りと言うべきか何というか、物の見事にやらかしたレイナーレ。
確かに彼女が口にしたことは正しくはある。湊は目が見えないのだから、背中を流してあげることは介護の名目としては充分だ。
だが、それでもアレはないだろう。誰がどう見たって発情した女にしか見えない。
その結果が彼女の目論見通りに成功していたとしても、それでも彼女の心が負った傷はあまりにも大きかった。
それこそ、穴があったら入って蓋をしてしまいたいくらいに恥ずかしい。
いくら好きな男の背中を流したからといって、その背中に男を感じてついつい夢中になってくっついてしまうなどと、そんなはしたないことをしてしまった彼女はもう頭がどうにかしてしまいそうであった。
(い、いくらなんでも、さっきのはその、はしたなさ過ぎるわよ、私~~~~! あ、蒼崎君にはしたない子だって思われなかったかな……あぁ、絶対に思われちゃってるわよ~~~~~!)
そう思いながらレイナーレは床にゴロゴロと転がって身悶えていた。
もう、そうでもしていないと流石に身が持たないのだ。身体が止まった途端にに己の羞恥の念が精神を蝕み、それこそ自殺したい気分に駆られるくらいに。
ビキニ姿の美少女が床を転がっているというシュールな光景だが、それでも彼女にとって笑い事ではすまない。
そしてしばらく自責の念に悶えていたが、風呂場から扉が開く音がしたことで動きが止まった。
そしてその目が向いた先には、風呂上がりで火照った肌をした湊が歩いて来た。
「あ、蒼崎君……」
その姿にレイナーレはついつい目が行ってしまう。
濡れた髪に湯気がまだ仄かに立っている桜色をした肌。それらが発する色気のようなものに彼女は当てられてしまい、顔を赤らめる。
ここで野郎のそんなサービスシーンなぞいらねぇだろ、と言いたい所だが致し方ない。何せ湊の目が見えない以上、目が見える者の感想を上げるしかなく、この場にいるのがレイナーレしかいないのだから。
風呂上がりというのは男であろうと艶っぽく見えるらしい。レイナーレはさっきまで悶えていたことなどすっかり忘れ、湊に見入ってしまっていた。
湊はレイナーレの気配を感じとり、顔を赤らめたままだが優しく話しかけた。
「あの、お風呂空いたから入って来たらどうですか。今日は少し冷えますから、よく温まって下さいね」
「う、うん……」
先程までの醜態について言われるのでは無いかと身を竦ませたレイナーレだったが、湊の様子を見て顔を赤くしつつ頷いた。
そして急いで風呂に入る用意をして風呂場に移動して水着を脱いだ。
鏡に映る自分の裸体を見て、さっきの湊の背中の感触を思い出すレイナーレ。
その途端に顔が一気に真っ赤になり蒸気が噴き出しそうになる。
「あ、蒼崎君の背中にこの胸が……うぅ~、恥ずかしい………」
もう振り返ったところでどうしようもないことだが、それでも後悔の念は絶えない。
いくら湊の背中に夢中だったからとは言え、その場の雰囲気に酔って胸を押しつけてしまうという痴女の如き行いをしてしまったのだから。
だが、いつまでもそうしては居られないと思い彼女は風呂に入るべき動く。
扉を開けて風呂の前に行くと、シャワーの蛇口を捻って熱いお湯を浴びる。
身体に当たるお湯の本流がレイナーレの身体を温め、彼女の口からほうっと艶やかな吐息が漏れた。
姿見の鏡に映るのは、大きな胸が当たるお湯を弾く姿だ。
そのままレイナーレはお湯を浴びながらあることを感じ取っていた。
それはそれまでこの場にいた湊の香り。残り香というべきものだが、それでも彼女の顔を赤く染めるには充分だった。その香りに包まれたレイナーレは、まるで湊に抱きしめられているかのような錯覚を覚え、自らの身体を両腕で抱きしめる。
その際に自分の大きな胸が腕で押し潰され、深い谷間を作り出しそこに湯が溜まっていくが、彼女は気にならなかった。
顔は上気し瞳は潤む。それは完璧に恋の熱に晒された乙女の顔であった。
そして先程の湊の声から感じ取ったことを口から漏す。
「蒼崎君、本当に優しい……あんな破廉恥なことをした私を許してくれるなんて………暖かくて、やっぱり格好いい……」
彼女は湊のあの声で大体のことを察した。
つまり湊はあのことを許すと。あれだけのことをしたレイナーレを許してくれたのだと。
そんな優しい湊に彼女の胸は更にときめいてしまう。
盲目の少年は盲目故に世界を知らず、だが盲目故にその心は常人よりも優しく温かく純粋だ。その純粋な優しさが彼女に伝わり、レイナーレの想いはさらに加速する。
レイナーレは熱いシャワーが身体を流れていく中、それ以上に熱い身体を抱きしめながら想いを洩らす。
「蒼崎君……ううん…………『湊』くん………好き………」
別に本人に言ったわけではない。言葉はお湯の流れる水音でかき消されて直ぐに消える。
だが、それでもレイナーレの心は弾み瞳は潤む。自分で口にするだけでもそうなってしまうのだ。
きっと湊に直々に言ったらどうなってしまうのか彼女自身も予想出来ない。
だが、その想いを口にする度に胸が甘い感情で満たされ、幸せをレイナーレは感じる。
そしてそんな恋心を転がしながら、彼女はしばらくシャワーを浴びていた。
そして約30分後、レイナーレは風呂から出た。
美しい黒髪は濡れて鴉色に輝き、少し出た胸元の肌は桜色に染まる。まとめ上げた髪から覗くうなじは女性としての魅力に溢れ、風呂上がりの艶っぽさを前面に出していた。
「お風呂、ありがとうございました」
「どういたしまして」
桜色に染まる頬で笑いながらレイナーレは湊にお礼を言うと、湊も笑いかけながら返事を返す。
もし目が見えていたのなら、きっと湊はレイナーレの艶姿に目が離せなくなっていただろう。ここは少しばかり残念に感じるレイナーレ。
だが、それでも充分に女として意識してもらえていることが彼女には嬉しかった。
因みにレイナーレが今着ているのは、水色の可愛らしい無地のパジャマだ。
特に目立つ所はないのだが、美少女が着るとそれだけで美しく見える。
コレに関して、ミッテルトからは凄く露出が激しいネグリジェが勧められたが、初心な彼女がそんな派手な物を着れるわけがない。
清潔感に溢れつつも派手でないものをカワラーナと一緒に選んで買って来たのだ。
湊に見て貰えないのは残念だが、みっともない恰好をしないだけで彼女の心は落ち着きを取り戻す。
そして今日はもう寝ることになり、湊は留学生が来た時に備えて用意しておいた布団をレイナーレに手伝ってもらいながら出した。
それを湊の寝ている布団の隣に敷く。
ここで本当なら放すべきなのだが、悲しいのか喜ばしいのか、湊の部屋はそこまで広くない。結果、このように布団がくっつくくらい近くに敷くしかなかった。
そして互いに異性がすぐ隣にいる状況に顔を赤くしながら布団へと入り込んだ。
電気を消して暗くなった室内にて、レイナーレ湊は互いに無言であった。
寝息が聞こえてこないことから寝ていないことは分かっている。だが、それだけに近く意にいることが生々しく感じられ緊張してしまう。
「あの、レイナーレさん……」
「な、何……」
暗い室内に聞こえる大好きな人の声。それだけでレイナーレは嬉しくなってしまう。
そんな彼女の心はいざ知らず、湊はレイナーレに少しだけ真面目な声で話しかけた。
「その……さっきのお風呂でのことなんですけど………」
「う、うん……」
その話を持ち上げられ緊張し声が上擦るレイナーレ。
湊はレイナーレに少し苦笑しつつも熱くなる頬を押さえながら告げた。
「その……確かに驚きましたけど、でも……背中を流して貰えて、嬉しかったです。もう人に背中を流してもらうことなんてありませんでしたから……」
「そ、その……こちらこそ……」
湊にお礼を言われ、顔を赤くしながらレイナーレは喜ぶ。許して貰えたどころかお礼までいわれたのだから、その心は寝る前だというのに弾んだ。
そして今度はレイナーレが湊に話しかける。
その瞳は喜びと不安で揺れていた。
「その……ね。手を繋いでもらいたいの……その、駄目……かな?」
レイナーレが湊にお願いしたのは、なんてことない普通のお願い。幼い子供が夜に不安に駆られて親に強請るのと同じものだ。
湊に甘えろと言ったくせに、レイナーレもまた湊に甘えたかったのだ。
今までと違う環境に晒され、心が安まらず不安だったから。それに拍車をかけて湊に失礼をしてしまったのではないかと怖れていたから。
そんな少女のような願いを口にしたレイナーレに湊は笑顔で返事を返す。
「えぇ、いいですよ」
そう言って湊は手探りでレイナーレの手を探して掴む。
「あ………暖かいね……蒼崎君の手」
「レイナーレさんも暖かいですよ」
その優しい温もりを感じ、レイナーレは眠りについた。
だったらよかったのだが、現実がそんな穏やかなわけがなく、二人ともドキドキしすぎて全く寝付けなかった。
そして日が上がる少し前くらいに眠気に負けて眠りについた二人だが、その後目が覚めた途端にとんでもない事態に直面することになるが、この時の二人はそんなことになるとは思ってもいなかった。