もっと甘酸っぱさと気まずさを! という感じですね。
湊が風呂に入るということで風呂場に移動し始めた頃、レイナーレはこれから自分が行う『大胆』な事にドキドキとしながら緊張していた。
これから彼女がすることは、彼女がもっとも恥じる『はしたない』こと。だが、それでもこの機会に逃すにはあまりにも勿体ない。
二人の関係は決して悪く無い。彼女は湊の事を好きだとはっきり意識しているし、湊の反応を見るに湊も女の子として意識してくれている。
だからこそ、よりもっとアピールすべきだと彼女は思い切ったのだ。
二人の仲をより前に進めるために。
そのために、恋愛初心者である彼女は当然相談をした。その相手は彼女にとって頼れる部下二人。まぁ、片方に問題はあるが恋愛という観点に於いてはある意味玄人。もう片方は彼女にとって色々なことを教えてくれる姉のような頼れる部下である。
そんな二人に話を持ちかけたのは親善大使としての任を受けた後、アザゼルの企みによって湊の家にホームステイすることが決まった後のことだ。
流石に当初は困惑し落ち着きのないレイナーレであったが、その様子を見た二人から声をかけられ相談することとなった。そして話を聞いた二人はレイナーレのことをプライベートと仕事の両面に於いて褒めたわけだが、それと共に今後の生活で如何に湊をの仲を進展させるべく、幾つもの提案を行った。
例えば、弁当。
編入初日に彼女が湊に食べさせるべく作ってきた物だが、これは人間社会により溶け込んでいるカワラーナの案であり、家事関係をレイナーレに教えたのも彼女だ。
人間界で大学生をしているだけに、その手の事には精通している。
「いいですか、レイナーレ様。少女漫画にも書いてある通り、女の子からの手作りのお弁当や料理は意中の相手にかなり効果的です。何せ好きでも無い相手に普通料理なんて渡しませんから。たまにそれが重いと感じる人もいるようですが。あの少年はとても優しいですから、そんなことは絶対にないでしょう。それに目が見えないのに一人暮らしをしているということは、とてもじゃないですが食事事情はあまりよろしくないかと。ここでレイナーレ様が料理上手なところをアピール出来れば、彼ももっとレイナーレ様のことを女の子として意識してくれます。家庭的な女性にこない男はいませんから」
とのこと。
そう言われたレイナーレは熱心にメモを取るくらい感心し、それでいてその案に不安を示していた。
「でも、私、そんなに料理上手じゃないし……カワラーナみたいに美味しく出来ない……うぅ……」
つい最近料理を覚え始めたレイナーレ。
勿論教わるだけじゃなく、自分でも料理の本を買って勉強もしているし実際に作ってみてもいる。
だが、教師役であるカワラーナに比べるとどうしても見劣りしてしまうのだ。
そんな不安そうなレイナーレに対し、カワラーナは意気を込めて励ますように答える。
「いいえ、そのようなことはありません! レイナーレ様は寧ろ才能があり努力出来る御方です。寧ろ短期間であれだけ上達する方が凄いのですから、もっと自身を持っていいですよ。それに……これが一番大切なことです。『料理は愛情』です。美味い不味いも大切ですが、如何に相手のことを想っているのかが大切なのです。その点、レイナーレ様は言わなくても充分に分かっているはずですよ」
その言葉にレイナーレは嬉しそうに頷いた。
不安だった心も応援されて奮い立ち、やる気に満ちていく。
さて、そういうことでより家事に力を入れようと意気揚々なレイナーレだが、今度はある意味恋愛の玄人、ミッテルトの助言に赤面することになった。
「え、おにいさんの部屋で生活するっすか? なら、殆ど同棲っすね。ここは初日から一気に攻めましょう。レイナーレ様は初心なところが可愛いっすけど、時に女は大胆にいかないと駄目っす。そうっすね~~~~……ここはやっぱり背中を流してあげるのがいいんじゃないっすか?」
そう言われた途端レイナーレは真っ赤になった。
何度も言うが、少女漫画でも同じような場面はいくらでもある。つまり初心な彼女でもミッテルトが言っていることがどういうことなのか理解できるというわけだ。そしてレイナーレがそうだということは、ムッツリだからといって批難してはならないことを言っておこう。彼女だって年頃の女の子なのだから。
「ちょ、そんな、破廉恥なっ!?」
「そうだぞミッテルト! いくら何でレイナーレ様にそんなことはまだ早い!」
当然それに感心出来るわけもなく批難する二人。
だが、ミッテルトはニヤニヤと笑いながら得意そうに話す。
「いやいや、二人とも何言ってるんすか? いいっすか、本当に言えばそこでさらに〇〇〇洗いで前も後もやって、更に風呂で潜〇鏡で相手を煽って、そのまま湯船で……」
幼さい容姿から飛び出す卑猥な言葉の数々。それが全て実体験であることは、本人の感想からわかるあたり生々しい。
そんなミッテルトから聞かされたせいもあって、レイナーレは顔を真っ赤にして俯き、カワラーナも顔に赤くなってき始めていた。
そんな姉貴分な上司を見て面白いと思ったミッテルトはもう少し言おうと思ったが、これ以上言うとカワラーナから叱られそうだと思い引くことに。
「そ・れ・に、これはおにいさんのためでもあるんすよ」
「蒼崎君のため?」
少し勿体ぶった言い方をするミッテルトにレイナーレは凄く恥ずかしがりながらも反応を示す。ここでもっと卑猥な言葉が出たら彼女の頭はさらに沸騰していたかも知れない。だが、湊のためになるのなら聞いておくべきだと考え耳を傾けた。
「おにいさんは目が見えないっす。それだけで普通の人間よりも苦労してるんすから、当然普通の人間が苦労していることはもっと大変なはずっすよ。特に背中を洗うのは………。だからこそ、ここはレイナーレ様が一肌脱……おにいさんのために背中を流してあげるっす。そうすればおにいさんは感謝するはずっすよ。それに狭いお風呂で二人っきり、密着しそうなくらい近い距離、これはもう、意識しない男なんていないっす」
断言するミッテルトに若干ながら尊敬の念が籠もった眼差しで見つめるレイナーレ。カワラーナも否定しきれるわけではないので批難せずに気まずそうな顔をしていた。
と、こんな感じにアドバイスを受けたレイナーレはもう片方の案である『背中を流す』を実行しようというわけだ。
荷物のトランクの中から自分の好きな色である黒い露出の激しいビキニを取り出し、それを身に纏う。
歳の不相応に大きく発育した胸がよりその大きさを強調させ、キュッとした臀部の良い形がくっきりと浮かび上がる。その姿はそこいらの女子高生とは一線をかし、男ならば誰もが見逃せない程に艶やかであった。
そんな姿に泳ぐわけでもないのになった自分に恥ずかしがりながらも彼女は動く。
これはあくまでも人助け、濡れても良い格好だと自分に言い聞かせながら納得させ、彼女は室内で水着という恰好で風呂場へと歩いて行った。
そして現在、湊の背後から声をかけたレイナーレ。
湊は突然の事に驚き固まっていて、レイナーレは湊の裸(背中しか見えていない)を見て顔の熱がさらに上がっていくのを感じた。
(うぅ……初めて男の人の……蒼崎君の背中を見ちゃった………)
レイナーレは鼓動が収まらず耳の中まで聞こえてくることが自身の興奮の度合いを教えているようで、それで更に恥ずかしさが募っていく。
だが、これだけで終わらせてはならないと彼女は行動を移す。
近くにあった風呂桶にお湯を溜めると、湊の後に膝建ちになって声をかける。
「お、お背中、流します………」
そして背中にゆっくりとお湯を流すと、お湯は湯気を出しながら流れていった。
その暖かい感触に固まっていた湊は気を取り戻す。
「あ、あの、レイナーレさん、なんで!?」
慌てた感じで声を出す湊。
ここで本当なら振り返りたいところだが、目が見えないとはいえ彼女が驚くかも知れないと思いやめた。
だが、こんな狭い風呂場に女の子と二人っきりで密着しているということに湊の心臓はバクンバクンと鼓動を叩き出す。
レイナーレは話しかけられ、自分がしていることを意識させられ信号機の赤よりも真っ赤になりながら小さく答えた。
「そ、その……蒼崎君、背中とか流すの大変だと思って。そ、それに……私、介護の名目できたんだから、蒼崎君を助けないと……」
「だ、だからって、こんな……」
困った声を出す湊。
そんな湊にレイナーレは少し踏ん切りを付けたのか、捲し立てるように一気に言った。
「そ、それに! 一緒に住むってことは家族同然なんだから、家族は助け合わないと! だから蒼崎君が困ってたら私が助けるのは当然なの!」
「そ、そうだけど……嬉しいんだけど、その………」
言っていて自分が恥ずかしくて仕方なかった。
それは偏に自分は湊の『家族』だと言っているから。詰まるところ家族になるということがどのようなことなのか考えてしまった。そして一気に沸騰しかける頭。
だが、それでも彼女は進む。
湊が戸惑っている間にレイナーレは湊の近くに置いてあったスポンジを取ると、それに石鹸を付けて泡立てる。スポンジからはきめ細やかな泡が立ち始めた。
そして湊の背中に付ける前に声をかける。
「そ、それじゃぁ……洗うね……」
「う、うん………」
湊はレイナーレの勢いに飲まれ、歯切れ悪くも頷いた。
それを見て彼女も意を決し、湊の背にスポンジを向ける。
スポンジを使って背中を擦り始めるレイナーレ。
丁寧に洗うのだが、その感触はこそばゆく湊は身じろぎしてしまう。
「っ……くぅ………」
時折湊の口からそんな声が漏れ出す。その声は小さいが確かにレイナーレの耳に入り、想い人の艶声として認識される。そのため、声が聞こえる度に彼女の身体は熱くなっていった。
そしてそんな湊に対し、レイナーレは夢中に湊の背中に見入る。その瞳は熱病に浮かされているかのように濡れていた。
(こ、これが男の人の背中……大きくて、やっぱり男の人って感じがする……)
彼女の記憶の中で男性の背中を流したことは無いわけではない。幼い頃に父親の背中を流したことぐらいはあるだが、今目の前にあるのは異性の同じ歳の男の背中だ。父の背中とはまた違った印象を受け、彼女はより胸を高鳴らせていた。
「あ、あの、痒いところ、ありませんか………」
少し集中して背中を洗っていたレイナーレだが、流石に互いに無言では気まずいと思い声をかけた。というよりも、このまま無言でいると湊の身体に夢中になってしまいそうで少し恐かったというのもあった。
「い、いえ、特には……(というより、こそばゆくて仕方ない……)」
そう答えるのがやっとの湊。内心はレイナーレの柔らかくすべすべな手が背中を滑る度に言いようのない快感が走り、口から声が出そうになるのを堪えるのに苦労していた。
同じ年頃の若い娘、それも好いている女の子に背中を流して貰うという現在の状況に湊はたじたじであったが、何処か嬉しくて喜んでしまう。
そのため顔が可笑しな事になりそうになっている湊は、気まずさを何とかしようとレイナーレに話しかけた。今更やめろとは言えないのだから。だったら彼女の決意を無駄にせず甘んじて受け入れようと。
それに、湊自身レイナーレの言葉は嬉しかったから。
「そ、その、もうちょっと力を込めてくれた方がいいかも……」
「そ、そう? わかったわ……」
湊からの要望が入り、それが嬉しいのかレイナーレは顔を赤らめながら嬉しそうに笑うと、それに応えていく。
「蒼崎君の背中、広いね……」
「それはまぁ、男ですから」
互いに気まずくも会話をする二人。
恥ずかしくて仕方なく、双方とも意識してしまって顔が真っ赤になり、湊は時折喘ぎ声に近いような声を漏らしてしまう。
ごしごし、ゴシゴシ、ごしゴシ……。
「ど、どう? 気持ち良い……かな?」
「え、えぇ、凄く……その……レイナーレさんの手がスベスベしていて気持ち良いです……」
「そ、そう!? な、ならよかった……(キャーーーーー!! 蒼崎君に褒められちゃった。そ、それに、私の手でそう言ってもらえるなんて……なんか、いいかも……)」
少し二人から妖しい雰囲気が流れ始めるが、それでも初心な二人だ。流石に一線を越えるようなことはない。
とはいえ、今更かよと突っ込むのも野暮だろう。
湊の発言も場合によってはスケベな言い方になるのかもしれないが、今のレイナーレには褒められたようにしか聞こえない。
だからこそ、もっと彼女は湊に喜んで貰おうと洗う。
「んしょ、うんしょ……」
「(レイナーレさんの吐息が背中に当たってこそばゆいよ……)」
夢中になって洗うが、彼女自身まったく気付いていなかった。
レイナーレの顔はまるで何かに酔うかのように真っ赤になり、身体が段々と近づいていたのだ。
それというのも、風呂場の湯気により高くなった湿度で汗を掻き、その空間に満ちた湊の体臭というべき物を感じ取ったからだ。
それはある意味媚薬のようなもの。レイナーレはふらふらとまるで甘い蜜に誘われる蝶のように湊に近づき………。
「んぅ………」
そのまま湊の背中に大きな胸を押しつけた。
湊の背中に胸が押し潰され、その形が歪むと共に湊に柔らかで弾力のある感触が背中に伝わって来た。
それを感じ取った途端、湊は見えていないというのに顔が一気に真っ赤になり、湯気を出すんじゃないかというくらい熱が顔から発せられた。
あまりの熱さと感触に彼は混乱しきり、心臓の鼓動が激しすぎて壊れるんじゃないかと思うくらい凄い事になっていた。
「れ、レイナーレさん!? 背中に何か大きな柔らかいものが!」
「え?……………ってキャァ、ごめんなさい!!」
言われて自分が湊に密着していることに気付いたレイナーレは、途端にばっと身体を離した。
その顔は自分が如何に破廉恥なことをしていたかを自覚し、見ていて心配になるくらい真っ赤になっている。
「ご、ごめんなさい、私、いつの間に胸を……」
「む、胸ッ!?」
背中に触れていた正体を知った瞬間、湊の顔が爆発した。
その様子を顔を見ていないのに分かったレイナーレはあまりの恥ずかしさに湊に負けず真っ赤になった。
そして彼女は急いで湊の背中を流すと、
「そ、それじゃお邪魔しました!!」
そう言って脱兎の如く風呂場から退散した。
正直これ以上は恥ずかしくて無理だった。湊にしてしまった破廉恥な行為の恥ずかしさでレイナーレは泣きそうなりながらも急いで出た。
だが、同時にその胸には湊に大胆に女の子としてのアピールが出来たことへの満足感のようなものが湧き出し、それ故に喜びがあった。
ドキドキが止まらず目が潤み、女としての自分を自覚させられ、身体の火照りは収まらなかった。
(私ったらなんてことを……で、でも、これで蒼崎君が私のことを意識してくれるなら……よかったのかな……)
ドピンクに染まる頭の中で、彼女は恥ずかしさと満足感に悶えていた。
そして湊も又、顔を真っ赤にしていて互いに気まずくなったのは言うまでも無い。
(あ、あれがレイナーレさんの胸……凄く大きくて柔らかかったな……って何考えてるんだ、僕は!! これから一緒に暮らす相手に何て失礼なことを! で、でも……やっぱりあんな感触は初めてなわけで、それも好きな人のなら、尚更……あぁ~~~~、こう、何かもやっとするよ~~~~~~!)」
ミッテルトの言う通り、この一件で湊はさらにレイナーレのことを女の子として意識した。
いや、元から意識していたのに、更に肉感的な感触を感じてしまったために、彼にしては珍しく興奮してしまってしばらく風呂から出てこれなかった。