堕天使な彼女の恋物語   作:nasigorenn

4 / 119
普通の青春というのはこんなに難しいとは思いませんでした。


第4話 彼女と彼は互いの名を知った

 醜態を晒していたところを見事に助けられたレイナーレ。

その事に感謝を言うが、そこで彼女は気が付いた。

その青年が後に答えたように……彼が視覚障害者だということを。

 

 

 

「その……あの……」

 

目の前の青年の目が見えないということに戸惑いを見せるレイナーレ。

助けて貰ったことに感謝の言葉を言いたかったが、同時に謝りたくもなった。

何せ自分は知らなかったとはいえ、目が見えない相手に自販機の下に落ちた小銭を拾わせてしまったのだ。目が見えない相手にはこの上なく大変な事であろう事は容易に想像出来る。詰まるところ、自分は彼に酷く辛い事をさせてしまったのだと。

だからこそ、実に気まずい。どう声をかけて良いのか分からずに言い淀むレイナーレ。

そんなレイナーレの感情を察してなのか、青年は苦笑を浮かべたままレイナーレに声をかけた。

 

「そんなお気になさらないで下さい。別に気にしてるようなことでもないんですから」

「でも、私は貴方に大変なことをさせてしまって……」

「大変でもないですよ。さっきも言いましたけど、僕はしょっちゅう落とし物をしてしまうんで探すのも日常茶飯事ですから。それに自販機の下なら比較的に探しやすかったですし」

 

レイナーレの申し訳なさそうな気持ちを少しでも和らげようと青年は明るく声を出すが、それを聞いたレイナーレは尚更申し訳無い気持ちで一杯になった。

それと同時に目の前の青年が如何に善人であるのかを知る。

彼女は他の堕天使と違い、人間の事は気に入っている。

だが、それでも直に接触しようと思っていなかった。

彼女は人間を眺めるのは好きだが、直に話しかけられるのは正直苦手であったのだ。

別に口ベタな訳ではないが、あまり口も利いた事もない者相手だと多少は上がってしまうのだ。堕天使だろうとそういった性分は人間と大差は無い。

それに彼女自身、過去に少しばかり人間と話すのに苦手意識を持ち始めた理由があった。

レイナーレは堕天使であり、その美しさは人間界では確実に男を呼び寄せる。

まだ人間界に不慣れだった頃はそう言った事を意識しなかった所為で男に良く言い寄られてきたのだ。

それを振り払うのに結構苦労してきたせいで、どうも話すのは苦手になったというわけだ。

だからというわけではないが、レイナーレは青年を前にして少しばかり緊張する。

初めてだった……ここまで人間相手に緊張したのは。

だからこそ、ちゃんとお礼がしたいと思う。

レイナーレは決意を固めると、青年に話しかけた。

 

「それでも……ちゃんとお礼が言いたいの、少し待っていてくれないかしら」

「別に良いですけど?」

 

不思議そうに返事を返す青年を見て少し笑うと、レイナーレは自販機に先程拾って貰った小銭と新たに財布から小銭を出して投入する。

そしてそこからお茶を選んでボタンを押した。

自販機からガタンッと音が二回したところで中のお茶のペットボトルを回収すると一つを青年の開いている方の手に軽く当てる。

 

「あ……」

 

突如感じた冷たさに青年から声が漏れる。

その声に少し笑ってしまうが、レイナーレはそれを隠すように青年に話しかける。

 

「これ、助けてくれたお礼よ」

「そんな、お気になさらずとも良いのに……」

「それでもよ。助けて貰ったのにお礼もしないなんて、人として駄目だから。受け取ってくれる?」

 

青年には見えないが、その時のレイナーレは優しく微笑んでいた。

そして少しばかり甘い声でそう問いかける。勿論意識して出したものだ。

堕天使の女性の性分とは、所謂小悪魔なのである。

堕天使なのに悪魔とは、と突っ込んではいけない。それに人としての道を説いたのであって、お前は堕天使だろとも言ってはいけない。それは無粋というものだ。

青年はレイナーレにそう言われ、少し笑うとレイナーレにお礼を言う。

 

「では、有り難くいただきますね」

「えぇ、どうぞ」

 

青年はそのまま渡されたペットボトルを良く触り、飲み口を探して開ける。

そしてゆっくりとそのお茶に口を付けた。

 

「はぁ、美味しい……」

「……ぷ」

 

飲んだお茶の感想をしみじみと言う青年。その反応を見てレイナーレは笑ってしまった。

何だか年寄り臭いと彼女はそう感じ取り、それが何やら可愛らしく見えた。

その笑われたことに青年は少し驚きながらレイナーレの方を向く。

その目は変わらずに閉じられているが、何やら不思議そうなになっていた。

 

「え、何か変でしたか?」

 

そんな反応をする青年にレイナーレはクスクスと笑いながら謝る。

 

「ごめんなさいね。何だか貴方の反応が妙に可愛らしかったから。自販機のお茶一つにそこまで美味しそうに飲んでる人なんて初めて見たから」

「そ、そうですか?」

 

レイナーレにそう言われたことが気恥ずかしかったのか、青年は顔を赤らめる。

その様子が又レイナーレには面白かったのか、何やら可愛いものを見るような目で見つめてしまう。

そして気が付けば緊張が解れていた。

人間の男には少しばかり苦手意識があったレイナーレで在ったが、寧ろ今は青年との会話を楽しんでいる自分に少し驚いていた。

思えばこのように会話をするのは久しぶりなことだと思い出す。

人間界では基本人とは会話しないし、冥界ではギスギスしていて会話らしい会話を行った記憶が無い。部下達と話す時はそれはそれで少し違う感じがする。両親と会話するのと近い感じだろうか。

気心知れたと言うほどではないが、レイナーレは青年と話していて気負わないことが嬉しく思った。本当に久しぶりな感覚だと。

それと同時に目の前の青年に興味が湧いてくる。

初めて話した視覚障害者。何だか見ていて和むというか、彼女が今まで会ってきた異性の中で初めてのタイプだった。

だからなのか…………もっと色々と青年の事が知りたくなった。

そしてレイナーレは色々と青年に話しかける。

それは些細なことや実際に目が見えないというのはどういうものかなど、好奇心に溢れた問いなどだ。

それを聞いた青年は笑顔を浮かべながら応じていき、自分の感覚の事をレイナーレにわかりやすく説明していく。

そして二時間くらい話に夢中になり、夕陽が辺りを照らし始めた所でそろそろ帰ることを決めたレイナーレは青年と向き合う。

 

「とても楽しかったわ。本当、こんなに楽しい時間を過ごしたのは久しぶり……」

「僕もです。こんな僕のことを気味悪く思わずによく話を聞いてくれて……嬉しかったです」

 

お互いに楽しかったと言い合い、少し名残惜しさを感じつつ別れる。

レイナーレは楽しい気持ちを胸に笑顔を浮かべ、青年も楽しかったと感謝して笑う。

だが、ここでレイナーレはあることに気付いた。

それまでまったく気にせずに話していたが、青年のことをもっと知りたくなったレイナーレは青年に向かって話しかけた。

 

「ねぇ、今更何だけど……貴方、名前は?」

 

そう、今更だが、レイナーレは青年の名を聞いていなかった。

出来ればまた会いたいとどこかで思っていたレイナーレは改めて青年にそう聞くと、青年は優しそうな笑みを浮かべて名乗った。

 

「僕の名前は……蒼崎 湊って言います。自己紹介が遅れてしまって申し訳無いです。あの、出来ればあなたのお名前を聞いても……いいですか?」

 

レイナーレは青年にそう聞かれ、何故だか嬉しくなり素直に答えることにした。

 

「私の名はレイナーレ。名字は無いわ。レイナーレというの。強いていうのなら……人間好きの堕天使……なんてね」

「………堕天使ですか……何となくですけど、レイナーレさんには似合ってそうですね。何だかお茶目な感じがして。教えてくれてありがとうございました。では、また会えたら……さようなら、レイナーレさん」

「えぇ、またね……蒼崎君……」

 

そして今度こそ別れる二人。

レイナーレは冥界に帰るまでの間、彼の名前を反芻しては嬉しい気持ちになり、また会いたくなっていた。

 そして………自宅に帰って自分が如何に青臭い青春のようなことをしたのかを思い出し、恥ずかしさのあまりベッドで悶えた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。