本当に皆様、ラブコメが好きなようで……実に嬉しいです!
これからも楽しんで下さればと思います。
朝の清々しい空気を感じる中、彼女はしばらく戻ることはないであろう部屋の姿見用の大きな鏡の前で何度も自分の姿を確認していた。
「可笑しな所はないわよね?」
鏡に映るのは美しい黒髪をした美少女。
その服装はこれから彼女が通う学校『駒王学園』の制服である。
白いブラウスによって形が良く同年代の少女に比べれば明らかに発育の良い胸が強調され、赤いスカートからしゅっと伸びた御御足が眩しい。
男が見れば誰もが魅了されるであろう可憐な姿がそこには映し出されていた。
そんな自分の姿を見て、もう何度目になるか分からない確認を行う彼女の名はレイナーレ。今日から駒王学園に留学生として編入する『堕天使』である。
レイナーレは服装は勿論、髪型なども気にしては軽く手で弄る。せっかくの学園生活、その始まりはやはり堂々と恥ずかしくないように立派な姿で望みたい。
そして自分の姿に納得がいくまでそうした後、彼女は鏡の前から退いた。
この制服姿を見て部下であるカワラーナ、ミッテルト、ドーナシークからはお似合いですと褒められ、彼女にとって親戚のおじさんのような存在であるアザゼルには馬子にも衣装だと笑った。そしてレイナーレに怒られたのは言うまでもなく、アザゼル経由で両親に写真が送られた後に両親から良く似合ってると感動して泣きながら電話越しで褒められた。
彼女自身駒王学園の制服は独特で少しばかりセクシーではあるが似合っていると思っている。だからこそ、似合っていると言われるのは嬉しかった。
だが、少しばかりそれが寂しくもある。
本当に一番そう言って貰いたい人は、彼女のこの制服姿を見ることが出来ないから。レイナーレは彼にこそ一番に見て貰いたかった。そして優しい笑みで似合っていると言って貰いたかった。
(本当なら、蒼崎君に褒めて貰いたかったな……)
仕方ないとはいえ、そう願ってしまうのは我が儘だろうか? やはり好きな人には自分の服装が似合っているかということを褒めて貰いたいのは女の子として当然のことだろう。
レイナーレはそんな寂しさを感じつつも扉に向かって歩き始める。
「さぁ、いきましょうか……学校に!」
新しい生活に希望を抱き彼女は人間界の学校へと向かった。
これから始まるのは、大好きな人との学園生活。どうなってしまうのかは分からないが、きっと楽しくなるだろうと願いながら。
その日の朝、駒王学園二学年のとある教室は妙に浮き立っていた。
それというのも、その発端はとある生徒が職員室の前を通ったときに偶々聞いてしまった『留学生』の話が原因である。
この学園自体様々な留学生が多くいるので特に珍しいと言うわけではない。だが、それでも真新しいモノのは目が向くのが人間というもの。それが自分達のクラスに来るというのだから、騒ぐのは当然だろう。
しかも留学生の性別がまるっきりわかっていないせいで、女子達は恰好良い青年が来るのではないかとハシャぎ、『一部』の男子はもの凄い美少女が来るのではないかと騒ぎ立てていた。
「松田、元浜、チャンスだぞ! もし美少女だったらさっそくアタックかけようぜ!」
「あぁ、そうだな一誠! 外国からの留学生なんだし、きっとおっぱいがでかい金髪美少女に違いない!」
「いや、ここは敢えて銀髪つるペタのロリっ子が来るというのもありじゃないのか! 俺は断固そっちを主張する!」
勿論一部と言えば、この学園である意味有名である男子3人組。
元浜、松田、兵藤、この二年生男子3人組の別名は変態トリオ。女子が多いこの学園で臆することなく覗きや猥談などを平然と行い女子達に毛嫌われるある種の強者。そのせいで本来の目的である恋人ができないことを嘆く愚か者でもある。
彼等は新しくくる留学生が美少女であることを心底願い、そしてそんな彼女と明るく楽しくちょっとエッチな学園生活を思い描き、そして卑猥な方面へと思考を伸ばし顔をだらしなく緩めている。
そんなイヤらしい顔をする3人を見てクラスの女子達は早速嫌悪の表情を見せていた。
そんな浮き足だった教室内でただ一人、静かに席に座って目を瞑っている人物がいた。彼の周りだけは空気が静まり穏やかな雰囲気になっている。
彼の名は蒼崎 湊。このクラス……いや、この学園で唯一の『視覚障害者』だ。
彼は浮かれ上がる周りの生徒達と比べて明らかに落ち着き払っている。その様子に気付いたのか、変態3人組が絡んできた。
「おい、どうしたんだよ蒼崎! せっかくの留学生だぜ。きっと美少女に違いねぇよ。もっとはしゃいだらどうなんだ!」
「そうだぜ蒼崎! バインバインのボインボインの金髪美女かもしれねぇんだぞ」
「いや、そこはロリっ子だって言ってんだろうが! そんな彼女を膝の上に座らせられたら俺はもう……」
興奮し暴走気味の3人に湊は苦笑しながら答える。
「あはははは、兵藤君達はやっぱり留学生が女子だと嬉しいんだね」
「「「当たり前だろ!!」」」
その圧倒的な迫力に尚苦笑する湊。対して妙に落ち着き払っている湊に付き合い悪いぞと騒ぎ立てる。
そんな三人には悪いと思いつつも、湊はそこまでハシャぐ気にはなれない。それどころか緊張すらしていた。
何せこのクラスに来る留学生は湊の部屋で一緒に暮らすことになっているのだ。どんな人なのか気になって仕方ないのはこの3人組と一緒。だが、そんな思春期特有の下心など一切無く、ちゃんと仲良く出来るのか不安なのであった。
勿論男の一人暮らしの所に来るのだから、同じ男性であることは予想出来る。
しかし、相手は異国の人間。言葉が通用するのか心配であり、彼なりにドイツ語を勉強してはみたが、挨拶くらいしか出来ない。意思疎通がちゃんと行えるのか心配ということもあって、湊はハシャぐ気にはなれないのだ。
だが、そうは思っても時間は進むというもの。
運命の時とでも言うべき始業ベルが鳴り響き、皆が席に着いたところで担任教師が教室に入ってきた。
「あぁ~、皆落ち着いて下さい! もう、こんな騒がしくてはみっともないと思われてしまいますよ」
その言葉に静まる生徒達だが、それでも浮かれ上がっている雰囲気までは消せない。その上先程の担任の言葉から確実に留学生が来ることが窺えたものだから、更に雰囲気その物が濃くなっていく。
それを感じ取った担任は溜息を吐きながらも皆に話し始めた。
「この様子から既にしっているとは思いますが、今日このクラスに留学生が転入します。ですから、この学園の生徒として恥ずかしくないように静かにしているように。特に元浜君、松田君、兵藤君は静かにして下さいね。本当にお願いしますよ」
念入りに3人にそう言う担任。だが、それを素直に聞くのなら、この3人がここまで女子達に嫌われることはないだろう。
「それでは………どうぞ」
担任が扉に向かって声をかけると、その扉はゆっくりと開かれた。
「うぅ~~~~~~~~、今更ながら緊張してきた……」
担任に案内されて教室の前で待つことになったレイナーレは、緊張して少しばかり萎縮していた。
別にすること自体はそこまで問題ではない。だが、初めての学園生活の第一歩である自己紹介。これ如何では今後の学園生活での立ち位置が決まってしまうのだから、緊張しないわけがない。
その上、湊を驚かせようと極力堕天使の気配を押し殺しているのもその一端である。
(蒼崎君、どんな反応するのかな……やっぱり驚いてくれるかな……)
そんな緊張を解そうと想い人のことを思い浮かべるレイナーレ。その途端に頬は桜色に染まり、彼女の胸が高鳴った。
その頭の中では驚いた様子に湊が思い浮かべられる。
(ふふふふふ、蒼崎君、普段はあまり驚かないから、なんていうか……可愛いかも)
普通はそんなことは思わないのだが、彼女にとって驚く湊は可愛く見えるらしい。
そんな事を思い浮かべ頬を緩めると、彼女は気を取り直して扉を見つめる。
そして扉の奥から声がかけられたことで笑みを浮かべながらゆっくりと扉に手をかけた。
「失礼します」
静かに、でも確かに聞こえる声でそう言って教室に入るレイナーレ。
その途端、教室内はざわめいた。
特に変態3人組は入って来たのが女子とあって興奮を顕わにする。その中で兵藤 一誠だけが入って来たレイナーレのことに気が付いたようだが。
湊は周りの様子に少し驚くも、教壇があるであろう方向に顔を向けていた。
レイナーレはそんなざわついた教室の雰囲気を感じつつ、教壇の前まで歩き、皆に向き合って自己紹介を始めた。
「この度ドイツから留学してきました、レイナーレ・ハイブラウと言います。皆さん、よろしくお願いします」
礼儀正しく、それでいて可憐で美しい挨拶をするレイナーレ。
その途端、クラスは一気に沸いた。
留学生が女子であったことを悲しむ者、入って来たレイナーレが凄い美少女であることに感嘆する者、途轍もないスタイル抜群の美少女が入って来たことに興奮しまくる変態3人。
だが、唯一湊だけは別の意味で驚いていた。
「な、何でレイナーレさんが…………」
名前は勿論のこと、自己紹介と共に消していた気配を戻したことによって、湊は教壇の前にいる留学生がレイナーレだと感じた。
その驚きのあまり自分の顔がどんな風になっているのかわからない。
それと同時に今まで考えていた不安が吹き飛び、同時にまったく別の不安が一気に発生した。
(え、っていうことは、僕の家にホームステイするのはレイナーレさんっていうことに………ど、どうしよう、そんな事考えたこともなかったから……女の子と二人っきり……それも好きな子と一緒………ぁぅ)
レイナーレではないが、充分に頭が沸騰しかける湊。
顔が一気に真っ赤になり蒸気が頭の上から噴き出すような気がしてきた。
そんな湊を見て、レイナーレは可愛いと思いながら微笑むとクラスはさらに彼女の美貌に騒然となった。
そんな騒がしくなったクラスを担任が静まるように言い、レイナーレについて軽い補足を皆に話していく。
「彼女はドイツから日本の介護を学びたくて来まして、蒼崎君のお家でお世話になることになっています。だからハイブラウさん、席は彼の隣に座って下さい」
その発言に騒然となるクラスの生徒達。
男子との同居と言うことに顔を赤くしながら騒ぐ女子、そして新しく来た美少女をさっそく手を出されたと怒りで狂いかける変態3人。
湊は担任の言葉で考えていたことが確定し、より顔を真っ赤にして俯いてしまう。
レイナーレもこうして改めて言われると恥ずかしいのか顔を赤く染めていた。
そして彼女は担任に言われた通り、湊の席の隣に座り込むと湊の手に軽く触れながら笑顔を向けた。
「というわけでよろしくね、蒼崎君!」
その言葉に、湊は何故レイナーレがああも留学生のことを楽しみにしていてほしいと言ったのかを理解し、そしてそれまで会えなかった理由に対しても思い至った。
「まさか、それまで会えなかったのも……」
「うん、そう。この学園への転入手続きとかで色々ね。だからこれからは……もっと一緒にいられるね」
「っ!?」
その言葉に珍しく湊は真っ赤になって俯いてしまう。いつもならレイナーレがすることを今回は彼がすることとなった。
そんな湊を暖かな微笑みで見ながらレイナーレは思う。
(やっぱり蒼崎君……可愛いなぁ……)
こうしてレイナーレはこの学園の、湊がいる教室へと編入を果たした。
少し大胆なレイナーレさんですよ。