皆様はどうでしょうか?
そして暗躍する人とくれば、勿論この人しかいませんね。
やっと留学手続きやら何やらを全て終え、駒王学園へ通う準備を終えたレイナーレ。まだ湊には内緒ににしていることもあって、伝えた時の反応がどんな顔をするのか楽しみで仕方ない様子だ。
そんな事を考えてはニヤついてしまい、はしたないと自分を窘めるがそれでも嬉しくて仕方ない。
だからその足取りは少しいつもより早足であり、高鳴る胸を心地良く感じながら彼女はいつもの待ち合わせ場所へ……湊が待っているであろうあのベンチへと向かった。
そして着いた先では、やはり彼女が望む通りに想い人である蒼崎 湊の姿があった。
丁度遊びに来たのか、真っ黒い猫が湊の膝の上で丸まっていてそれを湊は優しい手付きで撫で上げている。撫でられている黒猫は気持ちよさそうに目を細めていた。
それに近づくのは少しばかり悪いかな、とレイナーレは思い歩みを緩める。
この胸に秘めている留学の話を直ぐにでも伝えたい。だけど、こののんびりとした様子の湊を見ていたいとも思った。
そのままゆっくりと湊に近づいて行くレイナーレ。猫を驚かせないように足音を押さえながら近づいて行くが、胸は逆にドキドキと鼓動を激しく高鳴る。
そして目は湊から離れず、湊の穏やかな顔を見続ける。
(蒼崎君、凄く優しそうな顔してる……)
それは一枚の絵画のようにレイナーレには感じられた。
題名を付けるなら『心優しい少年と猫』といった所だろう。恋する乙女にとって、想い人の姿は大体が格好良く見える物。
こうした日常的な光景もレイナーレには輝いて見え、湊のとても優しい笑みに胸がキュンとした。
それを察したのか黒猫はゆっくりとだがレイナーレの方に顔を向ける。
目が合ったレイナーレは自分の胸の高鳴りが猫にばれてしまったのではないかと、頬を赤く染めて互いに見合ってしまう。
そして黒猫は湊に一声だけ『なぁ~』と鳴くと、湊の膝の上からスッと飛び降り、トタトタとどこかへと行ってしまった。
まるで『もう自分は楽しんだから、後はお楽しみに』とでも言わんばかりに。
そんな動物にまで気を遣われたように感じ、レイナーレは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そんな彼女に、やっと湊から声がかけられた。
「あ、レイナーレさん、お久しぶりです」
「う、うん、久しぶり、蒼崎君!」
目が見えていない湊に見られるわけがないのに、何やら恥ずかしい気がして更にトマトのように顔を真っ赤にするレイナーレ。
だが、久しぶりに聞いた湊の声、そしてその優しい声で自分の名を呼んで貰えたことが嬉しくて目が潤んでしまう。
すっかり恋する乙女の表情になったレイナーレは、湊の方へと胸の鼓動が聞こえない様に願いながら歩み寄る。
そして湊の少し隣側にゆっくりと座ると、ベンチが少しばかり軋んだ。
「ごめんなさい、ここ数日ずっと忙しかったから」
まず謝るレイナーレ。それは勿論、ここ数日来れなかった事への謝罪である。一応ミッテルトに伝言を頼みはしたが、それでもちゃんと謝りたかったのだ。
それに対し、湊は笑顔で返した。
「いえ、そんな。レイナーレさんが忙しいのはミッテルトさんから聞いていましたし、お仕事なら仕方ないですよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。ありがとうね」
「いえいえ」
穏やかに会話する二人。
その様子は若い夫婦に見えなくもない。湊は少し活き活きとした表情でレイナーレとの久々の会話を楽しみ、レイナーレは湊の顔を頬を染めながら見つめていた。
(久々って言う程離れていたわけじゃないのに……一週間くらい合わなかっただけでこんなに意識しちゃう………うぅ~~~~~~、顔が熱いよぉ~~~~~)
片や久々の再会に心を躍らす湊。もう片や久々に会って会話し微笑まれ、胸がドキドキと高鳴り顔を真っ赤にしてどうにかなってしまいそうなレイナーレ。
そんな二人が落ち着きを取り戻すには、少しばかり時間を要した。
落ち着きを取り戻し、改めて二人は会話をする。
その内容はレイナーレが留守の間、湊が何をしていたかであった。
まだレイナーレの話をするには勿体なく、それでいて彼女自身、その間に湊がどう過ごしていたのか気になっていたからだ。
そう聞かれ、湊は気にした様子もなく笑顔で話し始めた。
「そうですね………毎日同じ感じに過ごしてましたよ。学校が終わったらここに来て、のんびりと時間を過ごしてました。さっきまで膝で丸まってた子とは最近知り合って、それで良く一緒に過ごしてたんです」
「そうだったの。だからあんなに仲良さそうに……」
湊の言葉を聞いて少しばかりさっきの猫に嫉妬するレイナーレ。
自分もあんな風に湊の膝の上に座って優しく撫でられたい、といった妄想が頭に浮かび上がり、途端に顔から蒸気が上がる。
(な、何て破廉恥なこと考えてるのよ、私はぁ~~~~~~~~~~!)
どうやら久々に湊とあって螺子が緩んでいるらしい。
そのためレイナーレは顔を真っ赤にした変な顔になったりと、傍から見たら百面相になっているだろう。もし部下が見れば心配し、上司であるアザゼルが見れば爆笑するくらいそれは大変なことになっていた。
そんな大変な事になっているレイナーレのことを見えないというのは良い事なのか悪いことなのか、湊はレイナーレから感じる気配に少し心配した様子で話しかけるが、恥ずかしさで暴走しがちなレイナーレは大丈夫だと言って湊に自分は大丈夫だとアピールした。
その様子からこれ以上聞かれるのは嫌なのだと判断した湊は、話を再び戻す。
「まぁ、あまり以前とは変わらない感じでしたけどね。休日もあんな感じですし。でも……レイナーレさんと会えなかったのは、やっぱり寂しかったですけどね。ずっとあの時間帯はレイナーレさんと一緒でしたから」
「っ!?」
照れ隠し気味に笑いつつ湊は素直にそう言うと、レイナーレはその言葉を直に受けて一気に頭がのぼせ上がった。
湊の言葉は本心であり、彼女との付き合いで変わった日々は、それまでの日々よりも充実していて確かに寂しさを感じさせたのだ。
だからこそ、素直に告げた湊にレイナーレの乙女な思考は更に暴走する。
(そ、それってつまり、私だけがそう思ってもらえてるって事、なのかな……だ、だとしたら……えへへへへへ)
きっと見ている者がいるのなら、顔を真っ青にして砂糖でも吐き出しているであろうレイナーレのとろけきった顔。湊の目が見えないことは幸いだったのかも知れない。
そして湊は更に話をするわけだが、暴走中のレイナーレはそれをちゃんと聞いているか怪しい。
だが、それでも彼女は幸せ一杯であった。
そんな彼女だが、ちゃんと話さなければならないことは分かっている。
留学の話、そしてそのホームステイ先である湊に話さなければならない話を。
だが、今はそれよりも湊との会話を楽しみたい、彼との触れ合いに心を溶かしたいとレイナーレは浸る。
だが、その幸せは次に湊が落とした爆弾によって叩き潰された。
「あ、そう言えば僕の家に留学生がホームステイする事になったんですよ」
「へ、へぇ~、そうなんだ……」
勿論自分の事であり、レイナーレは顔がにやけてしまう。
それがはしたないことは分かっているのだが、どうにも押さえられないのだ。
「緊張しちゃいますし、ご迷惑をかけないようにしないといけませんね。一体どんな人が来るんでしょう? でもきっと、一生懸命で真面目な人だと思いますけどね。何せ介護を学ぶために僕なんかの家に来てくれるんですから、よっぽど熱心じゃないとそこまで出来ませんよ」
「そ、そうなんだ……(蒼崎君、そう思ってるんだ。だったら、頑張らないと……ね)」
湊が如何に『留学生』に感心を持っているかが良く分かる。その言葉に留学生は自分だと言ったら、湊はどんな顔をするんだろうとレイナーレは胸をドキドキさせながら笑った。
少しばかりのイタズラ心と、思いを告げるほどではないにしても十分な告白に彼女の心は満たされ暖かな緊張が占める。
「先生が言うには、何でもドイツからの留学生らしいですよ。あ、そう言えば男性なのか女性なのか聞くのを忘れてました!? どうしよう……でも、多分普通に考えたら男性ですよね。男が一人暮らしの所に女性を送るなんてそんなこと、あるわけないし」
それが本当は女性なんですよ、と言いたくなるレイナーレ。だが、それは自分の口からちゃんと全部伝えないといけないと緩みそうになる口を閉める。
「ああ、そう言えば驚きましたよ。その留学生のことを教えてくれた臨時講師の先生なんですけど、何と堕天使だったんです。もしかしたらレイナーレさんも知ってる人かも知れませんよ」
「え……?」
そう、その言葉にレイナーレは固まった。
確かに教員からも伝えられる話なのだから湊が知っているのは当然だ。
だが、その話を伝えに来たのが『堕天使』だということには流石に引っかかった。
この話は勿論ちゃんとした仕事でもある。堕天使側の親善大使としてレイナーレが人間界の常駐するためのものなのだから。
だが、そこに他の堕天使が関与するというのは可笑しな話だ。特に湊にきょういんを装って来たというのは、自分との関連性を知っている人物の可能性が高い。
最悪の場合、和平反対派であるコカビエルが何かしらしてきたのかもれないと、それまでとろけきっていた頭をちゃんとシャキとさせて真面目な顔で湊にその話を聞くことにした。
「蒼崎君、詳しくその話を聞かせて。特にその堕天使だっていう先生のこと」
「えっと……わかりました」
レイナーレの真面目な雰囲気に驚きつつも、湊はその話を持ってきた非常勤講師の話を始めた。
「えっと、声の感じから多分三十代くらいの人だと思います。それ話し方は砕けた感じで親しみやすくて、それでいて自信に溢れた感じで知的な人でしたよ。あ、でも」
「でも?」
「堕天使だって言ったら、笑って誤魔化されました。『何言ってるんだ? 中二病か?』って言われましたよ。中二病ってよくある思春期特有の病気って聞きますけど、僕は特に体調には問題無いんですけど……病院に行った方がいいんでしょうか?」
「いいえ、蒼崎君は大丈夫だから病院は行かなくて良いわ」
湊の言葉を聞いて『誰』が湊にその話を持ってきたのか直ぐに分かったレイナーレは、あまりの酷さに呆れ返ってしまった。
三十代くらいの男で砕けた口調、そして『中二病』とくれば堕天使の中でも一人しか居ない。他の勢力から『中二病総督』なんて悪口を叩かれるくらいなのだから。
普通の返しとして、湊の言葉にそこは『何言ってるんだ? そんなのいるわけないだろ』と答えるべきだったのだ。そうではなく、そんな事を言う人物は一人しか居ない。
故に落ち着き呆れ返った後、レイナーレの怒りは一気に燃え上がった。
(お、おじ様~~~~~~~~~~~~~~!! 何勝手に蒼崎君にちょっかい賭けてるのよ!! 今すぐ返って文句を言わないと!)
最早総督といいう扱いなど忘れたかのように怒りを滾らすレイナーレ。
これから急いで帰り、『アザゼル』を問い詰めなければ気が済まない。
だからこそ、湊に申し訳無く思いながら帰ることを伝える。
「ごめんなさい、急用を思い出したから帰らせてもらうわ」
「あ、そうですか」
帰ると聞いて寂しそうな顔をする湊。
久々にあった事もあってか、母性本能を刺激去れレイナーレは頬を赤らめるが、断腸の思いでそれを断ち斬る。
そして帰る前に湊に声をかけた。
「あ、そうそう。蒼崎君」
「はい?」
話しかけられレイナーレの方を向く湊。
そんな湊にレイナーレは満面の笑みで告げた。
「留学生の件、楽しみにしておいてね。きっと凄く驚くだろうから」
そう言ってレイナーレは湊に背を向けて駈けだしていった。
留学生が自分であることは言えなかったが、それでも湊が凄く留学生のことを慮ってくれていることを嬉しく思いながら。
そしてちょっかいをかけてきた親戚のおじさんのような存在に存分に怒りを叩き付けるべく、彼女は冥界へと帰った。
そして冥界の堕天使の施設では、凄く怒る歳若い娘の声と爆笑する総督の声が響き渡った。