アザゼルによって急遽堕天使の親善大使として駒王学園に通うことになったレイナーレ。
そのことに驚きのあまり開いた口が塞がらなかったレイナーレだが、湊と一緒に学園に通えることが嬉しくてたまらなかった。
アザゼルに湊のことを殆ど見透かされていることは恥ずかしかったが、それを差し引いても嬉しかったのだ。
だが、そこで嬉しいで終わりというわけにはいかないのが大人というもの。
アザゼルは顔を真っ赤にしたまま時折幸せそうに笑うレイナーレをニヤニヤと笑いつつも、その後の連絡事項を伝えていく。
「いいか、三日後にお前には人間界の駒王町にある『駒王学園』に向かって貰う。そこでまずはそこの生徒会長であるソーナ・シトリーに挨拶をしてこい。連絡はしたから学園の入り口で出迎えて貰う手筈になってる。それで今度はその学園に『オカルト研究部』に案内して貰え。そこにはリアス・グレモリーがいるはずだ。この二人がその学園を取り仕切ってる。親善大使として、この二人への挨拶はかかせねぇからなぁ。それが終わったら、リアス・グレモリーと一緒に学園の理事長に挨拶してこい。そこには一番の大物が待ち構えてるからよ。わかったか?」
「………えへへへへ……………」
「本当に分かってんのかねぇ~、こいつは」
頭の中で幸せ一杯な様子のレイナーレに、いくら嗾けたとは言えアザゼルは心配になってしまう。
確かに幼い頃から見てきた娘同然の子ではあるが、これは一応ちゃんとした仕事。
お節介を焼いたのは否定しないが、それでも休戦協定を結ぶにあたってちゃんとした仕事なのだ。そのようにふやけられすぎても困る。
だからアザゼルは口調を少しばかり強めつつレイナーレに注意する。
「おいおい、滅茶苦茶嬉しそうなのは結構だが、これだってちゃんとした仕事なんだ。そこまで腑抜けられても困るぜ」
「分かってるわ。それはそれ、これはこれだもの。仕事なんだからちゃんとするって」
「ならいいんだがよ。つっても、学園に入った後に何かするって訳でもねぇんだけどな。せっかく入れるんだから、思う存分学園生活を楽しんでこい。冥界には碌な教育施設がねぇからなぁ」
そう言うアザゼルにレイナーレは実に嬉しそうな笑みを浮かべながら大きく頷いてみせる。
その様子にまぁ、大丈夫だろと思いながらアザゼルは話を切り上げる。
そしてレイナーレは溢れ出す嬉しさを隠そうともしない様子で部屋から出て行き、アザゼルはその背中を見送りながら一人呟く。
「まったく、娘同然の奴はああも年相応の青春を送ってるってのに、息子同然の奴は青春のせの字もしねぇで戦うことばっかり……少しは見習ってもらいてぇもんだよ」
誰も居ない室内で零れた言葉は、一体誰に向かって言った言葉なのか……。
その本人の事を思い浮かべながら、アザゼルは静かに目を瞑った。
実に嬉しそうに妄想を膨らませるレイナーレ。その足取りは弾んでおり、誰が見ても分かるくらい浮かれていた。
その彼女の姿を見た他の堕天使達は何事かと騒ぎ立てる。
中にはアザゼルから『寵愛』を受けたのではないかという噂もあり、女性堕天使から嫉妬と羨望の入り交じった視線を向けられるが、レイナーレはそんな視線など気にもならない。
普段ならそんなことを言われたら顔を真っ赤にして怒り出すのに、今の彼女はそれどころではなかった。
(蒼崎君と一緒に登校して、一緒に授業を受けて、一緒にお昼ご飯を食べて、それで一緒に下校……あ、せっかくだし、お昼にお弁当を作ってあげたら蒼崎君、喜んでくれるかも………ぁぅ~、考えただけでも顔が熱くなってきちゃう。っ~~~~~~~~~!)
彼女の中で繰り広げられる湊ととの学園生活に彼女は思いを馳せていく。
今までに行ったことのない学園と、それと湊ともっと一緒に居られることが彼女の胸をときめかせる。
その幸せの前に悪い噂など耳に入らない。
だが、そんな明らかに浮かれ上がった彼女でも、その声だけはしっかりと聞こえた。
「すまない、少し良いだろうか?」
「え?」
彼女は浮かれていて気付かなかったが、それまで騒いでいた周りにいた堕天使達が静まり返っていた。
何故なら、その場に彼等にとっては明らかに目上の人物が来たからだ。
その人物は静かに声をレイナーレにかけてきた。
そして振り返ったレイナーレは、改めてその人物の名を口にした。
「バラキエル様……何で………」
レイナーレに声をかけてきたのは、この組織の中でも大幹部にしてアザゼルの左腕である上級堕天使『バラキエル』であった。
その雰囲気は武人のように猛々しく、ぱっと見でもその存在感は濃い。
アザゼルとは気兼ねない仲のレイナーレだが、バラキエルとは何もない。だからこそ、意外な人物に話しかけられた彼女は驚いた。
それまで幸せそうにしていただけに、バラキエルに話しかけられたのは結構衝撃的であった。
話しかけたバラキエルはレイナーレの反応を見て軽く謝ってきた。
どうやら驚かせてしまったことに気付いたようだ。
「急に驚かせてしまってすまない。そんなつもりはなかったのだが」
「い、いえ、此方こそ申し訳ありません! 偉大なる御方を前に醜態を晒してしまって!」
アザゼル相手ならそこまで畏まることはないが、それ以外なら別だ。
レイナーレはそれまで惚けていた頭を切り換えて姿勢を正しバラキエルの前でシャキとする。
バラキエルはそんなレイナーレに苦笑をしながら話しかけた。
「いや、そこまで畏まらなくていい。少し聞きたい事があるのでな」
バラキエルはそうレイナーレに言うと、顔を向けて直ぐ近くにある部屋を指す。
そこは何処にである会議室の一室。ここで他の者が良くある噂を流しそうなものだが、バラキエルという武人に対してはそのようなことを流す愚か者はいない。これが女好きであるアザゼルなら飛び交うものだが、バラキエルがそんな軽い性格でないことは皆が知っている。
何より、レイナーレ自身バラキエルの複雑そうな表情を見て何かあると判断し話を聞くことにした。
会議室に入ると中は無人であり、これから聞かれることが人にあまり聞かれたくないということが窺える。
「バラキエル様、一体どのようなことを私に」
レイナーレは真面目な顔でそう聞くと、バラキエルは少し言い辛そうにしつつもレイナーレに問う。
「貴様のことはアザゼルから聞いている。その、何だ……人間の男を好いているとか……」
そう言われた途端、レイナーレの顔は一気に真っ赤になった。
アザゼルが知っているだけならまだしも、まさかバラキエルにまで知られているとは思わなかったのだ。どうやらアザゼルが教えたらしいということもあって、彼女の中に恥ずかしい思いとアザゼルへの怒りが渦巻く。
だが、もう知られているということにはどうしようもないと思い、彼女はトマトのように顔を真っ赤にしながら答えた。
「は、はぃ…………」
人から改めて言われて意識してしまい声が小さくなっていく。
そんな様子を見たバラキエルは何とも言えない顔で話を続ける。
「そうか。人の恋路をとやかく言うつもりはないが………いや、これは当人同士が決めることか。老婆心で言うことではないな。問いたいことがあるのだ」
「私に……ですか?」
「あぁ、その件についてな。仮にもだ……もし、その男と恋仲になったとして、相手を不幸にさせてしまうかもしれないとしたら、貴様はどうする?」
バラキエルはどこか悲痛そうな表情でレイナーレにそう問いかけてきた。
それに対し、レイナーレはどことなく思い当たる話を思い出す。
以前幼い頃、アザゼルが彼女の実家に遊びに来た時に両親とお酒を飲みながら零していた話。
それはバラキエルの妻が殺され、娘と確執が出来てしまったと言う話だ。
詳しくは思い出せないが、バラキエルと一緒になった妻のことを良く思わない妻の親族が刺客を放ち、バラキエルが不在の時に妻とその娘を襲撃。結果、奥さんは殺されてしまい。襲撃の感知が遅れたバラキエルは娘だけでも助け出した。
だが、目の前で母親を殺された娘はバラキエルがどうして助けに来るのが遅れたのかを糾弾し、それ以降確執が出来上がって娘は家出。バラキエルは生真面目な性格から反論も何も出来ず、溝が深まって今に至るという。
それを思い出し、何となくレイナーレはバラキエルが聞きたい事の真意に気付いた。
だからこそ、彼女は自信を持って答える。
確固たる意思を持って、堂々と自身の答えを示す。既に答えその物は決まっているのだから。
「はい、私なら……そんなことはさせません。私は、蒼崎君を絶対に不幸に何てさせません! ちゃんと周りの人達と話して理解して貰うまで頑張りますし、蒼崎君を害する人が居るんなら、それこそ命を賭けて戦います。勝てない相手なら、全てを利用して蒼崎君と一緒に逃げます。だって、それだけ私は彼のことが、その………好きですから……」
後半から真面目な顔が恥ずかしさで歪みつつもそう言うレイナーレ。
その答えを聞いて、バラキエルは内心笑った。
この娘ならば多分大丈夫だろうと。自分達は周りに反対されると思い、相手への理解を求めなかった。妻の親族に理解してもらおうとしなかった。だからこそ、あんな結果になってしまった。だが、彼女は違う。
レイナーレは自分の正体も何もかもをちゃんと全て話し、理解して貰うまで頑張ると言ったのだ。
自分と同じ異種に恋した堕天使。だが、その心根はまったく違う。
故に、バラキエルの心も少しは晴れた。
「そうか。、そうだな……私は怖れられ否定されると決めつけてそういった事をしてこなかった。だからか……。分かった、すまなかったな、変な話を聞いてしまって」
少し晴れた笑みを浮かべながら謝るバラキエルにレイナーレは礼儀正しく返す。
「いえ、こんな事しか言えずにすみません。ですが、これが私の本心ですので」
レイナーレの笑みを見ながら、バラキエルも硬いながらも笑みを返す。
少しは堅さが取れたようで、さらにバラキエルはレイナーレに話しかけた。
「それと実は……頼みたいことがあるのだ」
「頼みたいことですか?」
「あぁ、実は駒王学園にな、私の…………」
そのお願いを聞いて、レイナーレは笑顔で頷くのであった。