堕天使な彼女の恋物語   作:nasigorenn

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さぁ、やってきました『閃光と暗黒の竜絶剣』総督。
彼がどのようにレイナーレを弄くるのか楽しみですね。


第30話 幼い頃から彼女を知ってる者はお節介を焼く

 薄暗い一室、その室内に置かれているデスクの椅子にその男は腰掛けていた。

その顔は不敵な笑みを浮かべ、行儀悪く椅子に座りふんぞり返り、手に持って電話の子機をプラプラと揺らしている。

 

「まさかアイツがね~。いやはや、もう17歳だったか……オレも歳を取ったもんだ。いや、そいつは人間の感性か。オレ等からすりゃぁほんの少しの時しか経ってねぇ。そう考えりゃ、やっぱりアイツが成長したって事か。しかし、アイツがね~………」

 

男は何かを思い返してはクックックと笑う。

その様子はまるで昔を懐かしむかのような感じだ。

そしてそのまま愉快そうに笑うと、子機に耳を当てながら電話をかけ始めた。

 

「……あぁ、もしもし、オレだよ………そう、その件で話があんだよ」

 

男が笑いながら電話先の相手に話を始める。

それは彼等のこの先を生き抜くためには必要な話し合い。

彼の立場と電話先の相手の立場を考えれば、それは戦争になりかねないし身内からは裏切り者と呼ばれるかもしれない。

それ程危険だというのに、その男からはそういった危機感がまるで感じられない。

その様子は寧ろ、イタズラをする子供のように輝いていた。

 

「あぁ、そういうわけなんで、頼むわ。お前さんの妹の学校に……そうだ。それと下宿先に……ククッ、あぁ、実は行かせたい家があるんだよ。その手続きもな、そういうわけだ、頼んだぜ………『サーゼクス』」

 

そして通話を切った男は更に笑みを深めると、誰も居ない空間に向かって一人言を言った。

 

「さぁ、アイツがコレを聞いてどんな面をするのか、楽しみだ」

 

誰も居ない部屋で怪しく笑う男の名はアザゼル。

堕天使を束ねる組織、『神の子を見張る者』の総督である。

 

 

 

 ここ最近湊と一緒にいることが多いレイナーレであるが、堕天使としての仕事も疎かにはしていない。多少サボりがちではあるが、それでもすることはきちんとしている。

何より午前中は湊が学校なので会えず時間を持て余し気味なので、レイナーレにとって丁度良い。

さっさと済ませ、今日もまた湊に会いに行くこと考える。

レイナーレは彼の事を考え始めると頬を赤く染め、嬉しそうな笑みが浮かび上がる。

 

(今日は蒼崎君とどんな話をしようかしら! きっとどんな話でも楽しいわね、きっと)

 

上機嫌に仕事を片していくレイナーレ。

その様子を見てカワラーナは微笑ましい眼差しをレイナーレに向けていた。

彼女の恋路を一番応援しているのは彼女だ。まるで妹の恋路が上手くいくように願う姉のような心境である。

 

「楽しそうですね、レイナーレ様。例の彼のことですか?」

「っ!? そ、そういうわけじゃぁ…………わかっちゃう?」

「えぇ、そこまで楽しそうにレイナーレ様が笑うのは、彼の事以外考えられませんから」

「あ、ぁぅ……………」

 

カワラーナにそう言われ顔を真っ赤にして俯いてしまうレイナーレ。

そこまでわかりやすかったのかと思い恥ずかしかったようだ。本人はそこまで考えてはいなかったが、レイナーレの事を知る者達から見れば丸わかりだ。

そんな微笑ましい空間は、凄く慌てた様子で入って来たミッテルトによって壊された。

 

「れ、レイナーレ様! やばいヤバイヤヴァイっすよ~~~~~~!」

「一体どうしたんだ、ミッテルト? 騒がしいぞ」

「どうしたの、ミッテルト。取りあえず落ち着きなさい」

 

姉貴分二人にそう言われミッテルトは落ち着こうと深呼吸するのだが、あまりにテンパっていたものだからまったく落ち着かない。

そんな状態でも彼女は慌てている理由を話し始める。

 

「レイナーレ様、呼び出しっすよっ!! 一体何があったんすか! 昇進でもあの御方からお呼び出しなんて有り得ないってのに!」

「ミッテルト、それはもしかしてあの方のことか。しかし、何故…………」

 

ミッテルトの話を聞いてカワラーナが思い至ったのは、つい最近にあった自分達の身では会うことすらまず有り得ないような人物との接触。

その際に確かに彼女達はレイナーレの事と、その意中の相手である湊のことを知っている限りその人物に話した。偉大な方を前に隠し事など出来ないと。

もしかしたらそれが原因だと思わなくもないが、そんなことであの偉大な御方が出て来るというのも可笑しな話だと、カワラーナは考える。

それに対し、レイナーレは部下二人と違い落ち着いた様子でミッテルトに話しかける。それはまるで興奮気味になっている妹を落ち着ける姉のように。

 

「ミッテルト、取りあえず私が呼ばれたのは分かったわ。呼んでいるのは誰なの?」

 

レイナーレの落ち着いた様子に上司の威厳を垣間見たのか、ミッテルトは少しだけ落ち着きを取り戻し、レイナーレを呼び出した人物の名を口にした。

 

「そ、その……アザゼル様っす! 我等が偉大なる総督、アザゼル様その人っす!」

 

その言葉を聞いた途端、堕天使なら本来感激のあまり涙を流すくらい凄い事だというのに、レイナーレの顔は………引きつっていた。

 

 

 

「下級堕天使、レイナーレ、只今参上しました」

 

一室の扉の前でレイナーレは静かに、しかしはっきりと伝わるように扉の先にいる人物に向かって言う。

彼女の前ある部屋。それはこの施設でもっとも偉大なる人物が使っている特上の部屋である。

その威厳は扉を見ただけでもわかり、ここに近づけるのは上級の堕天使くらいなものだ。下級や中級は畏れ多く近づくことすら躊躇う。

だが、レイナーレはそんな様子は見せずに扉の前で待つと、直ぐに返事が返ってきた。

 

「入れ」

「失礼します」

 

許可を得たことでレイナーレは静かに扉を開けると、部屋の主に向かって改めて一礼する。

 

「下級堕天使のレイナーレ、お呼び出しを受けてここに参上いたしました。我等が偉大なる総督、アザゼル様」

 

淑女のように華麗に一礼してみせるレイナーレはとても美しい。

並みの男ならばまず見惚れてしまっていただろう。だが、部屋の人物……堕天使の総督、アザゼルはそのような様子は見せない。

 

「ご苦労、楽にしていいぞ」

 

気軽にレイナーレに声をかけるアザゼルだが、レイナーレは身体から力を抜くことはせずに休めの姿勢を取った。

その様子にアザゼルは苦笑する。

レイナーレはそんな様子のアザゼルに真面目な表情で今回の呼び出しについて問う。

 

「此度はどのようなご用件でこの矮小なる身の私を呼んだのでしょうか? 貴方様のような偉大なる方に呼ばれるのはとても光栄のなのですが」

 

真面目にそう問うレイナーレの様子を見て、それまで如何にも総督らしい上に立つ者としての雰囲気を発していたアザゼルは途端に顔を崩した。

それはまるでレイナーレの様子がおかしいと言わんばかりに、実に愉快そうに笑った。

 

「おいおい、ここにはオレとお前しかいないんだぜ。そんな肩肘張った言い方しなくてもいいだろ」

「ですが此処は職場ですよ、アザゼル様」

 

お互いに既知の間柄なのか、アザゼルは笑いレイナーレは少しばかり注意を促す。知り合いであろうとも、職場では礼節を持って接するべきだと。

普段湊を相手に顔を赤くしているレイナーレから考えられないくらい、今の彼女は堕天使として真面目にしていた。

しかし、アザゼルはそんなレイナーレの様子がかなりツボに入ったのか、大笑いを始めた。

 

「おいおい、今更そんな風に畏まることはないだろ。昔みたいに『アザゼルおじさま』と呼んでくれたっていいんだぜ。何せお前のことは、それこそ生まれる前から知ってるんだしよ。それにおむつを替えてやったことだってあるんだから」

「っ~~~~~~~~~! もう、アザゼルおじ様! そんな恥ずかしいことを言わないで!」

 

アザゼルに言われたことで被っていた仮面が剥がれたのか、レイナーレは羞恥で顔を真っ赤にしながらアザゼルをジロっと睨み付けた。

そう、この堕天使の総督とレイナーレは知り合いどころの仲ではない。

レイナーレの両親の結婚式の幹事を務めたのがアザゼルということは、当然両親とアザゼルも交友関係があるというもの。

そのため、レイナーレの母親が出産する時は勿論、その後生まれたレイナーレのことをアザゼルは見てきたのである。

その当時の呼ばれ方が『アザゼルおじ様』というもの。レイナーレからすれば、親戚のおじさんのように感じる存在であり、自分の全てを見られている頭の上がらない存在でもあった。それこそ、親同然に。

アザゼルも又、それこそ娘のようにレイナーレを可愛がっていた。だからこそ、このように組織に入っても偶に話しかけたりすることがあるのだ。

レイナーレは目の前にいる偉大なる堕天使の総督を偉い人物ではなく、自分を幼い頃から見てきたおじさんとして扱うことを決め、改めて話しかける。

 

「それでおじ様、何で私を呼んだの? 部下が凄く驚いて来た時はビックリしたんだから」

「あぁ、そいつは悪かったな。オレが直々にいければ良かったんだが、そうすると周りがうるさくてな」

「や・め・て。そんなことしたらそれこそ大騒ぎにしかならないから。それにシェハムザ様が苦労してしまうじゃないの。ただでさえおじ様に振り回されてノイローゼ気味なんだから」

「あいつは一々気にしすぎなんだよ。娘同然の奴を呼ぶのに目くじら立てる必要はねぇよ」

 

それはもう組織の長と部下の会話ではない。完璧に身内の会話であった。

嬉々として笑うアザゼルにレイナーレは溜息を吐いて呆れるしかない。

それで少し緊張が解れたところで、改めてアザゼルは今回の呼び出しをした本題を話し始める。

 

「それで呼んだ件なんだがな……結構真面目な話だ」

 

真面目な話と言われても、アザゼルの飄々とした様子のあまりにまったく真面目に感じられないレイナーレは、変わらずジト目でアザゼルを見る。

その視線を受けてアザゼルは若干苦笑しながらも口を開く。

 

「オレ等がかなり昔に悪魔と天使達相手に戦争してたのは知ってるよな」

「それは当然知ってる。その結果種族の存亡に陥って今は何処も戦う余裕がなくなって冷戦状態になってるってことも」

「おう、その通りだ。まぁ、もっと深く突けば戦争の原因にして根源だったのは、聖書の神と旧魔王達でオレ等はそれに巻き込まれる形だったけどな」

 

まるで現状を語る前の復習をするように語る二人。

それはこの世界において常識にもなっていること。今更話す必要も無いことだ。なのに何故こんな事を話すのか、とレイナーレは気になった。

 

「それで今じゃ何処も余裕がなくて自分達の事で手一杯ってわけだ。確かにオレ等は戦った。怨まれることや憎まれることだって数え切れないくらいした。まぁ、それを戦争のせいにするのは流石にどうかと思うが、それだけオレ等も必死だったってわけだ。それでな……………」

 

そこで一端間を置くと、アザゼルはニヤリと笑みを浮かべてレイナーレの顔を見た。

 

「和平を結ぼうと思ってるんだ。天界と悪魔達にな」

「っ!? そ、そんなことが!」

 

流石にコレにはレイナーレも驚いた。

何せ今までそんなことを考えている者などいなかったから。二つの勢力が自分達を憎み蔑むように、自分達もまた相手を憎み下等だと見下しているのだから。

レイナーレ達のような思考の持ち主は稀であり、基本は皆敵意をむき出しにしている。

レイナーレの驚く様子を見てアザゼルは愉快そうに笑いながら話を続ける。

 

「驚くのも無理はねぇ、何せ何百年も続いてるからなぁ。だが、そう考えたって不思議でもねぇんだぜ。もう戦争の原因である片方の旧魔王はいねぇし、聖書の神も黙りを決めてる。大方負傷が酷すぎて表に出れないんだろ。今がチャンスなんだよ。これ以上争ったって誰も得しねぇ。争い続ければもう滅びるのは目に見えて分かるからな。だからこそ、和平を結びたいのさ。それこそ、人間が戦争しては和平や休戦協定を結んで発展していったように、オレ等も変わらなきゃいけねぇ。これから先の未来のためにもな」

「おじ様………」

 

普段が不真面目なだけに、本当に真面目な内容にレイナーレは感動してしまう。

確かに和平が成功すれば、それは歴史的快挙になるだろう。それにレイナーレにしたって、わざわざこそこそとばれないように町にいく必要もなくなる。

だからこそ、レイナーレもこの話には賛成だった。

 

「まぁ、だからといっていきなり和平が結べるわけでもねぇ。まずは悪魔側との休戦協定を結ぶことから始める。天界は融通がきかねぇのばかりだからなぁ。実は既に向こうのトップとはある程度内密とは言え話は纏めてあるんだ。あっちも同じ事を考えていたようでな、渡りに船ってやつだ。こっちも最近コカビエルの野郎がキナ臭いことをしようとしてるんで止めさせねぇといけねぇんだ。早い内に協定を結んで黙らせる必要もある。それでだ、レイナーレ」

 

そこで言葉を切ると、アザゼルはレイナーレに凄く面白い物を見つけた子供の様な笑顔を向けた。

その瞬間、レイナーレはぞくりと何かを感じ取り、顔が引きつる。

 

「お前には堕天使の親善大使として、魔王サーゼクス・ルシファーの妹が通っている学園に行って貰う。あそこは人間界にあるから中立地帯だし、親善大使がいるには丁度良いからよ」

「え? え、えぇ~~~~~~~~~~!!」

 

レイナーレはあまりにのことに驚き声を上げてしまった。

まさか自分が親善大使に指名されただけでなく、その上湊が通う学園に通うよう言われるとは思わなかったから。

普通なら悪魔陣営に行って人質のように軟禁されるものだが、これ程の好条件というのもそうはないだろう。

そして湊と一緒に学園生活を送れると考えてしまい、その喜びがにじみ出る。

 

(もしそうなれば、蒼崎君と一緒に学校に通える! 一緒に登校、一緒にお昼を食べて、一緒に下校して………キャァーーーーーーーーーーーーー!)

 

そのにじみ出た喜びを察したのだろうか……アザゼルはここ一番の愉快そうな笑みを浮かべた。

 

「かなり好条件だろ。これで人間界を自由に動けるんだからよ。あぁ、それに……好いてる男ともっとお近づきになれるんだからよぉ」

 

ニヤニヤと笑うアザゼル。

それはもう見事なまでの笑みであり、レイナーレが今夢中になっていることは全て分かっているという現れでもある。

それがレイナーレには直ぐに理解出来た。

その瞬間、彼女はそれこそ夕陽の様に顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

 この日、声にならない叫びがこの施設全体に響き渡り、アザゼルはそれこそ爆笑していた。

この話で唯一の被害者はレイナーレではなく、勝手に話を推し進められたシェハムザだろうということを記しておく。

 

 


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