いきなり土砂降りな雨に見舞われ、レイナーレは湊に勧められて急遽、湊が暮らしているアパートへと向かうことに。
そして案内された一室を前にして、困惑していた。
まさかこんな早くに湊の家に来るとは思わなかったから。
レイナーレとしてはもうちょっと時間をかけて、より湊と親密になったところで通い妻のように『きちゃった……』と恥じらいながら湊を驚かせるようなふうに来たかった。
実にあざとい演出だが、そういったことに憧れを持つのは乙女の特権だ。良い年をした女性がやっても誰も嬉しくないだろう。まさに若い少女にのみ許された演出と言えよう。
そんな夢を多少なりとも描いていたレイナーレにとって、この展開はあまりにも予想外。
御蔭で湊の部屋に着いたというのに、どう反応してよいのか困ってしまった。
「どうかしましたか?」
レイナーレの様子がおかしいのを察してか、湊は心配そうに声をかける。
その声に気付き、レイナーレは慌てて返事を返した。
「う、ううん、何でもないの! あははははは」
笑って誤魔化すと、レイナーレは湊に招かれて部屋の中へと入っていった。
そして部屋の中を見るなり、その光景に見入ってしまう。
別に美しい部屋というわけでもない。目も当てられない程に散らかった汚部屋というわけでもない。
強いて言うのなら、あまりにも物がない部屋だった。
別に生活感がないわけじゃない。それは部屋に置かれているテーブルの上に置いてある食器やらマグカップを見れば感じられる。
他の異性の部屋を見た事が無いレイナーレだが、それでも湊の部屋の物のなさは何となく分かった。
だが、寂しい感じは受けない。
レイナーレには純粋にこの部屋のことが実感できた。
(これが蒼崎君の部屋、なんだ。何かそう思うと、凄くドキドキしてきちゃう……)
初めて入る異性の部屋。それも想い人の暮らしている部屋と来れば、少女にとっては感激物である。
そのためか、妙に目が彼方此方に向いてしまう。
「そう見られると恥ずかしいですね。すみません、あまり見る物がなくて」
「っ!? ご、ごめんなさい!」
湊は困ったような笑顔で頬を軽く掻きながらそう言い、レイナーレは慌てて湊に謝る。その顔は真っ赤であり、レイナーレは恥ずかしさのあまり内心悶えた。
男の人の部屋を物色するかのように見るなんて、女の子としては実にはしたないことだ。
だからこそ、彼女は猛省する。
湊がレイナーレが周りを見渡していることに気付いたのは、レイナーレの雰囲気と時折彼女が洩らす一人言が聞こえたからだ。
「ごめんなさい、蒼崎君。私、男の人の部屋に入ったのって初めてだから……」
恥じらいで顔を赤くしながらレイナーレは湊に告げる。
それは今まで自分が異性と交友が無いこと湊に知らせ、同時に初めて交友を持ったのが湊であることも教えてくれた。
「そ、そうだったんですか。なら、色々見ても仕方ないですね(レイナーレさんが初めて入った異性の部屋が僕の部屋……何か凄くドキドキするなぁ)」
レイナーレの言葉を聞いて湊もまた顔を赤らめた。
それは好意を抱いている相手の『初めて』になれた事への喜び。決してイヤらしい意味ではなく、純粋にレイナーレの初めての体験の相手になれて嬉しかったのだ。だが、嬉しいと同時に恥ずかしいのはどうしようもない。
その言葉がより、『二人っきり』だということを実感させるから。
その気恥ずかしさは湊は勿論のこと、レイナーレにも伝わったらしく、彼女は顔を赤く染めて俯いてしまう。
(か、考えて見れば、蒼崎君って保護者の人とは一緒に暮らしてないって言っていたっけ…………っ!? ってことは、もしかして今って二人っきり! そんな、まだ早いわ! でも、えっと……キャーーーーーーーーー!)
(よくよく考えれば、僕ってレイナーレさんと今二人っきりってこと! あぁ~~~、なんて事をしたんだ、僕は。こんなの、傍から見たら下心があるように見えるじゃないか。! レイナーレさん、嫌がってないかな。あぁ~、僕の馬鹿……)
二人とも意識してしまい真っ赤になって部屋で佇む。
そのまま無言が続いてしまい、二人共自分の心臓がバクンバクンとなっている音だけが耳に入っていた。
しかもそれだけではない。湊は一切見えないので気付かなかったのだが、レイナーレの恰好は凄いことになっていたのだ。その事に今更ながら彼女は気付いた。
「っ!?」
レイナーレの服装は真っ白いワンピース。それが雨に濡れて身体にピッタリと貼り着き、肌が透けていたのだ。
身体のラインがはっきりと出ると共に、透けるために肌は勿論下着まで透けて見える。
今回はワンピースに合わせて真っ白い下着を選んできたレイナーレだが、その分下着はセクシーなデザインの物を選んでいる。それが透けたワンピース越しに見えるのは、何とも言えない艶めかしさを感じさせた。
早い話が凄くエロい恰好になっていた。
それを気付いた彼女は見えないと知っていても湊から身体を隠すように腕を回した。
そのせいでより透けてくっきりとした胸の形が歪んで卑猥に見えてしまうことなど気にせずに。
見えなくても、それでも彼女は恥ずかしかったのだ……自分の恰好に。
(わ、私ったら、何て恰好になってるの!? いくら蒼崎君が見えないからって、それでも、この透けた恰好は……うぅ~~~、恥ずかしいぃ………)
羞恥のあまり頭から蒸気が出始めるレイナーレ。
何度も言うが、湊には一切見られることはない。それでも彼女は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ない。男の部屋にエッチな恰好で上がってる女の子というのは、恥ずかしい以外の何者でも無いだろう。場合によっては此方から誘っているようにしか見えないのだから。
そのせいで二人とも何も言葉が出なくなる。
湊は二人っきりだという状況とそれに気付かなかったとは言え、普通に家に招いてしまった自分の気の回らなさに後悔しながら。
レイナーレは二人っきりだという状況は勿論のこと、湊の前で実に恥ずかしい恰好をしていることにどうしようもなく恥ずかしくて仕方なかった。
だが、その静寂も長くは続かない。
「……くしゅん……っ~~~~~~~~~~~~~!!」
濡れて透けたワンピースを着ていれば当然身体が冷えるもの。
レイナーレは軽くだがくしゃみをしてしまい、その後は一気に恥ずかしくなり顔を真っ赤にした。これまでで一番恥ずかしく、その赤くなった顔はトマトよりも真っ赤だ。
恥ずかしい所を湊に知られたと思い、レイナーレはその赤くなった顔を湊に向けた。
すると湊はそんな事など気にせず、少し慌てた様子でレイナーレに話しかける。
「あ、すみませんでした! 身体が濡れてるのにこのままでいさせてしまって。直ぐにシャワーを浴びれるようにしますので待っていて下さい」
そう言うなり湊は杖もないのに室内を壁伝いとはいえ普通に早足で進み、風呂場へと歩いて行った。
そして少し散らかすような音がした後、湊はまた急いで戻って来た。
「ゆっくり暖まって下さい。出ないと風邪を引いてしまいますから」
「そんな、悪いわ」
「いいえ、もしレイナーレさんが風邪を引いてしまったら、僕はレイナーレさんに顔向けできないです。身体は大切なものですから、ちゃんと大切に扱わないと駄目です」
そう言われレイナーレは少し口を噤んだ後に……。
「そ、そこまで言うのなら……お借りします……」
湊の提案を受け入れることにした。
湊の前でシャワーを借りるということは確かに恥ずかしかったが、それよりも彼が自分の身体を慮ってくれたことが嬉しかったから。
目が見えない彼は、その身体の大切さを良く分かっているからこそ、その言葉には説得力がある。
「タオルと着替え、ここに置いておきますね。着替えは碌なモノが無くてTシャツしかないですけど、サイズは何とか着れると思うので」
レイナーレを風呂場まで案内すると、湊は顔を赤くしながら早口気味にレイナーレにそう言って急ぎ足で風呂場から出て行った。
彼だって年頃の男。見えないとは言えそういうことは意識してしまうもの。
だからこそ、変なことを考えないように早く行動して風呂場から出て行ったのだ。
湊がそうなのだから、当然レイナーレだって意識してしまい顔を真っ赤にする。
湊の優しさを感じつつも、これから異性の部屋ですることに恥ずかしさを覚えてしまう。
それでも彼の厚意に感謝して、早速ワンピースを脱ぎ始めるレイナーレ。
シュルシュルと衣擦れの音が妙に大きく聞こえ、鏡に映った自分の裸体が目に入った。
すらりとした身体にはっきりと主張する形の良い大きな胸。キュッとくびれたお腹と腰に、しっかりと女性らしさを感じさせるお尻。
それは女性ならば誰もが羨む抜群のスタイル。男が見れば殆どの者が欲情するであろう艶めかしい肢体。
その途端、妙なことを考えてしまい、レイナーレの顔はボンっと真っ赤になった。
(ま、まるで、その……エッチな事をする前みたい……て、何考えてるの、私……うぅ~、エッチなのは私だわ……もう、何でそんなこと考えちゃうのよ、私の馬鹿、バカ、ばか……っ~~~~~~~~~)
のぼせるかのように熱くなる顔を両手で押さえ、レイナーレはいそいそとシャワーを浴びることにした。
普通の、というよりは少しばかり小さい浴場。そこで蛇口を捻り、暖かなお湯を浴びる。
身体が温まっていくのを感じながら、レイナーレは胸のドキドキが収まらないことに困っていた。
初めて異性の部屋に入った上に、その上シャワーまで借りる。
彼女の描く想定図よりも格段に早いこの状況にどうして良いか分からず、ただ彼の優しさに甘えることにした。
恥ずかしい。だけど、嬉しい。
その感情が入り交じり、湊のことをもっと意識してしまい、胸の鼓動は加速する。好きだという気持ちが暴走仕掛けるのを、レイナーレは押さえるのに必死だった。
(蒼崎君が普段入ってるお風呂でシャワーを浴びるなんて………そう思うと、恥ずかしくて身体中熱くなってきちゃう……)
ナニかイケナイ気持ちが湧き上がってくるのを感じ、レイナーレは顔を真っ赤にしながら慌ててシャワーを浴びるのだった。
そしてシャワーを浴び終わり、用意されたバスタオルで身体を拭いて着替える。
渡されたTシャツは確かにレイナーレの身体より大きかった。
それは着るだけで足元まですっぽりと収まる程大きく、丁度湊に合うサイズなのだろう。この部屋にある以上、それは彼の私服だ。柄も何もなく、真っ白いTシャツは確かに彼らしい。
レイナーレはそれに頭を通している際、香った匂いに顔を真っ赤にする。
「これ……蒼崎君の香りがするのかな………この香りが……」
服から香った女ではない香りに、それが男の香りであることに気付くレイナーレ。
その香りを吸ったレイナーレは酔ったかのように顔を赤くし、無意識に服の首元を軽く引っ張って香りを嗅ぐ。
まるで香水を嗅ぐかのように、スンスンと興味深いかのように。
(これが蒼崎君の香り……その香りが染みついたこの服を着ていると、まるで蒼崎君に抱きしめられているような…………)
思秋期らしく、少しエッチな妄想をしてしまうレイナーレ。
そのまま少しした後、自分が如何にはしたないことをしているのかを自覚し、恥ずかしさのあまりしばらくの間悶えたのはいうまでもない。
(うぅ~~、私のエッチ。こんなんじゃ蒼崎君の顔、まともに見れなくなっちゃうじゃないの~~~~~~~~~~!)
恋する乙女は些細なことでも敏感になり、暴走しがちになるもの。
それ故に、誰もレイナーレの暴走を咎められるものはいないだろう。