二人で笑い合いながら散歩をする。
少し歳の割には似つかわしくない行動だが、それでも二人は楽しんでいた。
片や自分が普段していることを一緒にしていることで新鮮味を感じ、ドキドキする湊。自分のやっていることが年頃の女の子には退屈ではないのかと不安に思いつつも、楽しそうに笑うレイナーレの様子に胸を高鳴らせていた。
もう片や、意中の相手の趣味を知り、それを実際にやることでより相手のことを知ることが出来て嬉しいレイナーレ。
普段から行かないような所に行っては新鮮な体験をして、それが湊と一緒に感じ合うことが出来て嬉しかった。湊と一緒にいると、レイナーレは常に新しい何かを発見する。それが彼女には新鮮で楽しく、そんな素敵な機会を自分に与えてくれる湊に彼女は心底感謝すると共に、好きだという意識を高まっていった。それは際限がなく、彼女の心を優しく満たしていく。
お互いに好意を抱いているのに、相手の好意に気付かない。好きだという気持ちははっきりと自覚しているのに、告白まで踏み込めずにその手前で止まってしまう。それ故に傷付きはしないが、仲が進展しない。
そんなもどかしくて仕方ない、傍から見れば歯切れが悪く何とも言えない二人の仲。だが、それでも当人達は幸せを感じていた。
そんな二人が散歩を楽しんでいるわけだが、急に空が曇り始めて来た。
その日の天気は曇りのはずだが、雲の黒々とした様子を見る限り、雨雲の可能性が高い。
「空、急に曇ってきたけど大丈夫かしら……」
レイナーレは雲に覆われつつある空を見上げて若干の不安を滲ませながらそう呟く。
それを聞いた湊もまた、周りの様子を感じ取りながら答えた。
「少しですけど、湿気を帯びた風が吹いてきてますね。もしかしたら雨が降るのかも知れません」
「そんなことが分かるの? 見えないのに良くわかるわね」
湊のその言葉にレイナーレは不思議そうに答える。
雨雲を見れば雨が降るかどうかはわかるが、目が見えない湊にそれは判断出来ないはずだ。だというのに、彼は雨が降る可能性が高いと判断したのだ。
そう答えた湊は、少しばかり自慢げな笑顔でレイナーレに微笑みかける。
「目が見えないこともあって、色々と他の部分が鋭敏なんですよ。だから肌に当たる風の感触で湿気があがってるのかどうかも何となくですけど分かるんです」
そのちょっとした自慢のように語る湊を見て、少し幼いような感じにレイナーレは顔を赤らめつつ笑う。
普段は大人っぽい湊だが、その様子は少し幼く感じられてレイナーレは湊を可愛いと思ってしまったのだ。
男に可愛いなどと言えたものではないので胸の内にしまっておくが、彼女はその笑顔をしっかりと心に刻み込んでいた。
ともあれ、雨が降るかも知れないと分かったのなら、早く散歩を切り上げた方が良い。
二人とも雨が降るなど思わなかったので、傘など用意していないのだから。
だが、せっかくの散歩をこんな早い段階で切り上げるのも勿体ない。レイナーレはそう思うと、湊に少しばかりお願いする蚊のように提案した。
「でもまだ降ると決まったわけじゃないし、もうちょっと散歩を楽しもう。降ったら降ったで考えればいいんだしね」
その提案を受けて、湊は少しばかり困った笑みを浮かべる。
レイナーレの申し出は此方としても嬉しい。だが、湊は今まで天気を予想するのを外したことがないのだ。きっと雨は確実に降るだろう。
しかも困ったことに、ここら辺で傘が売っている店はない。駅前にまでいかないとそういった店はないのである。
だからこそ、レイナーレの提案に困ってしまう。彼女の提案は実に魅力的だが、雨が降ってきたときに傘を手に入れるのには駅前まで向かわなければならず、ここからは遠い。
だからその提案は断るべきだ。なのだが……湊も又、もっとレナーレと一緒に居たかった。
だから、彼女のそのお願いを断れなかった。
「……えぇ、そうですね。まだ降ると決まったわけじゃないですしね」
「うん!」
湊の返事にレイナーレは快く嬉しそうに笑顔で頷いた。
たかだか散歩だというのにその喜びはどうなのだと思うものだが、彼女にとって天気で中断されるより、少しでも湊と一緒に居られることの方が大切だから。
そして空模様が怪しい中、二人の散歩は再び再会される。
特に何かあるわけではない散歩道。だが、一緒に色々なことを話しながら歩く二人はとても楽しかった。
そんな風に歩いている間にも、空はより黒々と色を変えていく。
天気にレイナーレは不安を感じつつも、湊との会話を優先し楽しむ。
そんな不安と楽しさが入り交じった彼女に、湊はもうそろそろかなっと言った感じに話を切り出してきた。
「多分ですけど、もうそろそろ家が近くですね」
「そうなの!?」
「えぇ、この建物の壁は普通と違うんで、杖で軽く触れると分かるんですよ。家の近所にこの壁を使った建物は一つしかないので。後10分程歩けば着きますね」
その何気ない発言にレイナーレは驚いた。
何せ湊が暮らしている家が近くにあるというのだから、驚くのも無理は無かった。
(蒼崎君の住んでる家……どんなのだろう……凄く、気になる!)
恋する乙女というのは、意中の相手のことを色々と知りたくなるもの。湊に恋しているレイナーレも当然湊が暮らしている家が気になった。
だからといって、家に連れて行って欲しいなどと、そんな事は口が裂けても言えない。それは女の子にとって、とてもはしたないことだから。
レイナーレはそう意識し、顔を赤らめつつもそうなんだと返事を返す。
恥ずかしいから聞けなかったけど、少し勿体ないような。そんな風に考えていたレイナーレの雰囲気を察してか、湊はレイナーレに軽く自分が住んでいる所について語り始めた。
何処にでもある普通のアパートの一室。それが湊が暮らしている所。特に障害者だからといって特殊な施設というわけでもない。本当に良くある、普通の人が暮らす用のアパートだ。
何故そんな所に暮らしているのかと言われれば、少しでも早く自立したいがため。祖父母に心配をかけないよう、やっていけると証明するために普通の人と変わらない生活を送っているのだ。
そのことを聞いてレイナーレは少しばかり感動した。
湊の心の有り様が立派だと、そう感じたから。
自分も親元を離れ一人暮らしをしている身だが、湊のようにそこまで深くは考えていない。
だから湊の考え方を素直に尊敬した。
それと同時に嬉しくもなる。自分が好いている相手はこんなに立派な人なのだと思えるから。
だが、一度その話を聞けばその後は当然気になってくるのが人情というもの。レイナーレは湊がどんな生活をしているのか気になった。
聞けば素直に答えてくれるだろう。だが、そうではない。湊が見た事無い自室を、生活環境を直に見たいと、そう思ったのだ。
当然無理なことは分かっている。それは叶わない願いだと理解している。
だから胸に秘めることにする。もしかしたら、そのうちに知ることが出来るかもしれないと期待しながら。
そんなレイナーレのささやかな願いが形を変えて叶う事になるとは、誰も予想出来なかった。
「あ、雨……」
湊がそう言うと共に、レイナーレも雨が降り始めたことに気付いた。
最初はポツポツと。だが、少しすると………。
「って、キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
スコールのように土砂降りとなってきた。
まさか一気に降るとは思わなかった二人の身体はびしょ濡れになることに。
この場で雨宿り出来る場所などそうはなく、レイナーレはどうしようと困惑する。
そんな彼女の手を湊は優しく掴んで握った。
その手の感触にドキっとしつつ、レイナーレは湊を見つめる。
湊はレイナーレの不安そうな顔が見えていないはずなのに、安心させるような優しい笑顔をレイナーレに向けていた。
「ここから一番近いのは家ですから。僕と一緒だと遅くなってしまって申し訳無いですけど、取りあえずはそこへ。この雨は通り雨だと思いますから、直ぐ止むはずです」
「う、うん……」
こうしてレイナーレのささやかな願いは叶うこととなった。
二人は雨に打たれながらも早足で歩き、約五分後に湊が暮らしているアパートに着いた。
それは普通に良くあるアパート。
その一室の扉の前で、水浸しになった身体の水分を少しでも切りつつ、湊はレイナーレに扉を差して言った。
「ここが僕が住んでる部屋ですよ。中は汚いので我慢して貰えると嬉しいですけどね」
そう言われたレイナーレだが、その言葉は耳に入らない。
彼女はその扉を前にして、緊張のあまり動揺していたからだ。
(まさか、こんな風に入ることになるなんて……うぅ、ドキドキしてきた……どうしよう、まだ心の準備も出来てないのに……)
だが、時は待ってくれない。
湊はドアノブを手探りで探すと、扉をゆっくりと開けた。
「どうぞ、中へ。レイナーレさん」
その言葉に、レイナーレは緊張のあまり無言で湊が暮らしている部屋に入った。
次回は『激甘』でいきます(ニヤリ)