皆さんに軽く問いましょう。青春とは何でしょうか。
作者はこの作品に、微妙な立ち位置から来る初々しさだと思っています。
「これが蒼崎君のいつも歩いてる道なんだ……」
お昼の暖かな日差しが差す林沿いの道を歩きながら、レイナーレは感慨深いような声で感想を口にする。
「何もない所だとは思いますけど、木々に風が通る音や鳥達の声、それと葉の御蔭で丁度良い日差しが当たって気持ち良い所なんですよ」
レイナーレの感想を聞いて湊は笑顔でそう答えた。
穏やかながらに楽しそうに会話を弾ませながら歩いている二人だが、歩いているのはいつもの公園ではない。
今回二人が歩いているのは、湊が休みの日に日課で歩いている散歩のコースだ。
前回のデートでレイナーレがどんな所に行っているのか少し学んだ湊。そうなると今度はレイナーレからお願いされたのだ。
『蒼崎君がお休みの日にしてる散歩ってどんなところを歩いてるのか、見てみたい……かな』
このお願いにより、二人は次の休みの日に一緒に散歩をすることにした。
湊からすればいつもとかわらない散歩のコースだが、レイナーレからすれば初めて見る場所であった。
彼女は基本、人間界の町で主に遊んでいる。年頃の少女が遊ぶにはそれが一番丁度良いから。故にそれ以外の場所であるこういった人気の少ない場所には今まで足を伸ばしてこなかった。
だから彼女にとって、この温かな風景はとても新鮮に感じられたのだ。
確かに歩いている道は町に比べれば刺激的な物はない。だが、その温かな雰囲気は時間がゆっくりと進んでいるように感じられる。
その不思議な感じがレイナーレにはこそばゆく、それでいて悪く無いように感じられた。
それはきっと、湊と一緒に居られる時間が長く感じられることへの喜び。
その事を意識してしまい、彼女は顔が熱くなっていくのを自覚する。
その恥ずかしさを紛らわすように、彼女はゆっくりと深呼吸をした。
「ん~~~~~~~~~~、何か空気が良い感じね。透んでいるように感じられるわ」
「確かに近くに林があるから空気は街中に比べれば幾分か綺麗ですよ」
しみじみそう言うレイナーレに湊はやんわりと答える。
彼からすれば慣れ親しんだものだが、レイナーレには感慨深いものがあるらしい。
同時にレイナーレは湊の事をより深く知った。
目が見えない湊にとって、この温もりのある日差しと自然から感じられる様々な音は彼にとって楽しみなのだろう。一緒に聞いていてレイナーレも心が穏やかになるのを感じる。
一緒に歩く何気ない道。だが、その穏やかな風景が彼女の心を癒してくれていた。
(これが蒼崎君の散歩なんだ…………少しお年寄りっぽいけど、こんな風にのんびり出来るなんて久しぶり。なんかこういうの、いいなぁ……)
穏やかな心でそう思うと共に、それを湊と一緒に感じられることに顔を赤くしつつも嬉しく感じるレイナーレ。
湊も又、レイナーレに自分がいつもしていることを一緒にして、少し恥ずかしかったが嬉しく思った。
いつもの散歩とかわらない、いつも通りのコース。だが、レイナーレと一緒に歩くこの散歩はいつもと違ってドキドキした。
そのままのんびりと、ゆっくりと林沿いの道を歩いて行く二人。
吹き抜ける風が心地良く二人の頬を撫で、木々の隙間から差す木漏れ日が二人の身体に適度にあたる。
こそばゆいような、それでいてどこかドキドキする散歩にどこか心満たされる二人。湊はいつもの私服であり、特にオシャレというわけではないが清潔感のある服装だった。対してレイナーレは真っ白なワンピースに麦わら帽子というどこか深窓の令嬢のような服装で、とても可憐な印象を見る者に与える。
今日の散歩に合わせ動きやすいような恰好にしつつ、見えないと分かってもオシャレに気をつけたのだ。
元から美少女であるレイナーレがそのような恰好をすれば人の目を集めるものだが、今は人気が少ない場所。時たま歩いている老夫婦などに見られはするが、その殆どが湊との恋仲だと判断され、『若いっていいわね~』と言われる。
それが恥ずかしいが嬉しいレイナーレ。湊も表には出さないようにしていたが、実は嬉しくてドキドキしたりしていた。
そんな気恥ずかしくも嬉しさを感じるレイナーレの胸には、前回のデートでプレゼントされたペンダントが木漏れ日を受けて輝いていた。
「蒼崎君から貰ったペンダント、あれから毎日付けてるのよ。とても大切にしてるの」
「それはよかったです。喜んで貰えて何よりですよ」
そんな会話を歩き始めた最初にした。
レイナーレにとってまさに宝物になったペンダントは、就寝時とシャワーを浴びる時以外は常に身から離さないものとなっていた。
その事をミッテルトにからかわれては顔を赤くしつつ怒るが、満更どころではない照れ隠しに皆見ていて嬉しい事がヒシヒシと伝わって来る。カラワーナとドーナシーク、ミッテルトの三人はそんな年相応の上司を微笑ましい目で見ていた。
そんな宝物を首にかけ、レイナーレはこののんびりとしつつもドキドキする散歩を歩いて行く。
散歩と言うからには目的地らしい所などない。歩いて行き、そして帰る。ただそれだけの行程。
それだけのことなのに、レイナーレの胸は湊と一緒にいることにドキドキとして高鳴らせていた。
そのまま歩いて行く二人だが、湊は途中で少し止まった。
それは林の中に立てられている休憩所。木で出来た簡素なモノだが、雨程度なら防げるだろう。
そこに向かって歩き始める湊。目が見えないのに真っ直ぐと休憩所に向かう足取りから、何度も何度も行ったことがあることが窺える。
「ここで一休みするの?」
レイナーレは休憩所に向かって歩く湊に向かってそう聞くと、湊は少しばかり含みを持った笑顔をレイナーレに向けた。それはまるでこれから起こるであろうことを内緒にする子供の様に。
「えぇ、ここで少し休むんです。可愛いらしい友人が来るんですよ」
「可愛らしい友人?」
不思議そうに聞き返すレイナーレの手を優しく繋ぎながら湊は一緒に休憩所に入る。扉もない東屋なだけに、日差しは入って来る上に風も入る。
そんな少し野ざらし気味な休憩所のベンチにレイナーレと湊は座った。
ここで隣に座りたいと思ってしまい顔を赤らめて急いで向かいに座るレイナーレ。まだ湊の隣に座るには彼女は早いと感じたようだ。
前回のデートであれほどくっついたというのにその程度のことで恥じらう辺り、やはり初心なことには変わりないらしい。
そして向かい合わせに座る二人。そうすると余計に二人っきりであることが自覚できてレイナーレは顔が赤くなっていく。
まるでそこが二人だけの世界になったかのように感じられ、湊を独り占め出来るような気がした。
だが、そんな二人だけの世界に侵入者が現れた。
「どうやら来てくれたみたいですね」
「え?」
その侵入者は可愛らしい鳴き声を上げると共に湊の方にすり寄ってきた。
「猫?」
「えぇ、そうなんですよ。どうやらここら辺に住み着いているようで」
そう言いながら湊は足下に来た猫を撫でてあげると、猫は気持ちよさそうに鳴き声を上げる。
そしてそれは一匹に収まらない。
次々に鳴き声が上がると共に猫が現れ、湊に甘えようとすり寄ってきた。
気が付けばあっという間に休憩所は猫だらけとなり、レイナーレの足下にもすり寄ってきた。
その数はざっと七匹。全て色と柄が違う猫たちであった。
湊はそんな猫達に微笑ましい笑みを向けながら撫でると、猫は湊のことを好いているようで湊の身体によじ登ってくる。背中や肩、膝の上などに乗っかられ、まさに猫まみれになる湊。
そんな湊を見て、レイナーレは笑ってしまう。
「蒼崎君、また猫だらけになってるわよ。だから前にペットショップに行ったときにあんなに手慣れていたのね」
「ここに散歩で寄った際に懐かれてしまって。皆とても良い子ですよ」
そう言って猫を撫でる湊。猫はもっと撫でて欲しいのか額を湊に擦りつけていた。そんな猫達に湊は優しい笑みを浮かべながらゆっくりと撫でていた。
(蒼崎君、凄く優しい笑顔をしてる。少しだけだけど、いいなぁ……猫……)
少しばかり軽い嫉妬を覚えるレイナーレ。そんな彼女の膝の上にとすんと何かが乗っかってきた。
その衝撃に少し驚いたレイナーレは膝を見ると、そこには真っ黒な黒猫が座り込んでいた。乗った黒猫は撫でろと言わんばかりに丸くなる。
その様子に目を細めながらレイナーレもまた、猫を撫で始めた。
彼女は猫を撫でながら何となく考える。何故こうも湊は猫に好かれるのだろうかと。
そう考えていたら、今度は外から鳴き声が聞こえてきた。
それは猫のような声ではなく、声の持ち主は東屋の開いた窓の部分に飛び乗ってきた。
「あぁ、君達も来たのかい」
湊はそう言いながら懐から何かを取り出す。
それは袋に入ったパンの耳。
それを手に取ると、それは羽ばたきながら湊の側に寄ってきた。
「鳩?」
レイナーレのちょっとした驚きの声に湊は頷き返す。
そう、来たのは鳩だった。その数も一羽ではなく5羽ほど。
近くに天敵である猫がいるというのに、鳩は気にすることなく湊に近づいていく。
湊はその鳴き声を頼りにパンの耳を差し出すと鳩は差し出されたパンの耳を啄みに来た。
「どうもここに来ると皆が集まってしまって。なのでこれはお土産ですね」
湊はそう言いながらパンの耳を配っていく。
それをかぶりつくかのように懸命に突っつく鳩。猫も鳩を気にした様子はなく、湊にじゃれついていた。
どうやら彼は動物に好かれる体質らしい。
そのことは今の湊を見れば誰もが思うだろう。
レイナーレはそれを見て、胸が暖かくなるのを感じた。そして納得する。
きっと湊が心の底から優しいからこそ、動物たちは彼のことを好くのだろうと。
(蒼崎君はきっと……凄く優しいから、だからこんなに動物に好かれるのね。良く言うもの。動物は優しい人を好くって。これだけの猫や鳩に囲まれるのだから、その優しさもきっと凄いのかも。そう思うと、私も嬉しいかな。す、好きな人が優しいのは、やっぱり……嬉しいもの)
そんな素敵な部分に触れて、好いた相手のより良い部分を知って彼女は胸がときめいた。
また新しい一面が見られて嬉しいレイナーレ。そんな彼女に他の猫も興味を持ったらしく、湊から離れてレイナーレの足にすり寄ってきた。
湊もレイナーレにパンの耳を少し渡してあげて鳩にパンの耳を差し出すレイナーレ。鳩はそんなレイナーレを警戒しつつもパンの耳を突っついていた。
そんな可愛らしい侵入者を、二人は優しく撫でて一緒に餌をあげる。
それは20分程続き、猫たちが満足し鳩が去るまで二人は一緒に動物たちを愛で続けていた。
レイナーレは猫達や鳩との触れ合いで心をほんわかさせつつ、湊の優しさをより知って胸が暖かくなり満たされたような気持ちになった。それを噛み締めつつ、再び二人は散歩を再開する。
だが、その空には黒い雲が流れ込み始めていた。