デートも佳境に入り、現在の時間は午後三時。
色々と歩き回ったためか、疲労がたまりつつあったので近くの公園で休むことにした湊とレイナーレ、そしてミッテルト。
体力面では疲れるはずのない堕天使二人。別にレイナーレは疲れていないのだが、普段あまり運動しないという湊のことを慮って休憩を申し出たのだ。実際に湊は少しばかり息が上がっていた様子を見るに丁度良かったと言えよう。
対してミッテルトは肉体は兎も角、精神的に疲れていた。
何故かレイナーレが湊を案合いする場所に一緒に行く度に、ミッテルトは災難に見舞われたのだ。それも性的な危機ばかりに。
何で今日に限ってそんな目に遭うのかは分からないが、ミッテルトは内心気付き始めていた。きっと自分と湊の相性はよろしくないのだと。
別に嫌いではないし、性格は温厚で好ましい。だというのに、何故か湊と一緒にいるとミッテルトの運気は駄々下がりになるのである。
故に少しばかり苦手意識が芽生えつつあるミッテルト。疲れたのは運気が下がった性による被害だけではなく、レイナーレと湊が発する青臭いまでの青春感に瘴てられたというのもあった。
だから気疲れしてしまい、ミッテルトはベンチでぐったりとしていた。
その近くには湊が座っており、レイナーレは湊に寄り添うように一緒に座る。
その距離の近さにドキドキしてしまうレイナーレだが、自分が疲れている湊をしっかりと見なければと使命感を燃やして胸の鼓動を押さえ込む。
レイナーレ以外疲れている二人。そんな二人を見てレイナーレはこの公園にある物を思い出して声をかけた。
「二人とも、少し待ってて。丁度良い物を持ってくるから」
「あ、そんなに気にしなくても……」
「実はここにも来る予定だったから蒼崎君、気にしないで。ただ、今の蒼崎君にはピッタリだから。ミッテルトも疲れているようだからね」
その言葉に湊は申し訳無い気持ちで謝りつつ内心少しばかり期待してしまう。レイナーレの声から感じ取った喜びから、何が来るんだろうと楽しみになったのだ。
ミッテルトはういっすと返事を返すが、身体はグデンと倒れこんだままだ。
レイナーレは二人にそう言うと静かに立ち上がって公園の奥に歩いて行く。あおの背中をミッテルトは目の端で見送っていた。
レイナーレが少し何処かに言ってる間、二人は暇を持て余す。
それを感じてか、ミッテルトは湊に話を振ることにした。
「そういえばおにーさん。ずっと気になってたことがあったんすけど、聞いていいっすか?」
「僕に答えられるものでしたら」
ミッテルトの言葉に丁寧に返す湊。
その反応にミッテルトはニヤリと笑みを浮かべる。
これから彼女が振る話は、絶対にレイナーレには聞かせられないというわけではない。だが、その可能性の有無があるのかをはっきりさせるために聞くべき事でもあった。そして案外、これが湊への楔になる可能性もあると。
故にミッテルトは意地悪そうな笑みで湊に質問をした。
「おに~さんはぁ~、レイナーレ様のこと、どう思ってんすかぁ?」
その言葉を聞いて湊は少しばかり肩を振るわせるが、落ち着いた声で答えた。
「とても良くして貰ってますし、仲良くしていただいて、とても親しい人ですよ」
自分の心に芽生えた感情をわざわざ人に言う必要は無い。自分の想いは自分の中に秘めていくことにした湊はそう答えた。
そこで『友人』と言わなかったのは、彼の少しばかりの意地だ。
その答えを聞いてミッテルトは更に笑みを深める。
彼女は確かにレイナーレに比べれば幼いが、男女の仲においてはレイナーレなど比較にならないくらい詳しい。今まで何にもの男を閨を共にしたことから、男の感情を測る事が出来るようになっていた。その感覚がミッテルトに告げるのだ。
湊は嘘を付いている、と。
別に嘘と言う程ではない。実際に湊はレイナーレと仲良くしていて親しいのだから。だが、その感情の更に奥を隠しているとミッテルトは見破ったのだ。
だからこそ、もっと掘り深める。
「ウチはそういうこと聞きたいわけじゃないっすよ。おに~さんがレイナーレ様のこと、女の子としてどう思ってるのか聞きたいんっすよ。ウチはこれでもレイナーレ様の妹分。姉のようなレイナーレ様がどう思われてるのか知りたいんっすよ」
その言葉に湊は少し慌てながら答えた。
「お、女の子として、ですか……。そうですね……とても素敵な人だとは思いますよ。心が綺麗で優しくて、何というか………月みたいな人だと思います」
「月? 確かにレイナーレ様には似合うと思うっすけど、何でなんすか?」
「僕は小さい頃にしか月を見たことはありませんが、記憶にある月は何というか……優しいんですよ。月明かりは太陽の光と違って熱を感じない。だけど、皆を優しく照らし、まるで常に寄り添ってくれるかのように感じられます。その感じがレイナーレさんからも感じて……だから月のような女性だと、僕は思いますね」
その言葉にミッテルトはふむふむと頷く。
傍から見れば明らかだが、こうして本人の言葉を聞く限り湊がレイナーレを意識してることが良く伝わって来た。意識してない相手に『月のような女性』なんて普通はまず言わないから。
だからこそ、ミッテルトはここで更に発破をかける
「ふむふむ、つまりおに~さんは……レイナーレ様が好きってことっすね」
「いや、何でそうなるんですか! ただ印象を答えただけなのに」
自分の本心を言い当てられて顔真っ赤にして慌てる湊。
そんな湊の様子を見て何となくだがミッテルトは思う。
(確かにレイナーレ様が気にするだけはあるっすね。慌てる姿の可愛いこと可愛いこと。まさにDTって感じッすけど、それがまたいいアクセントになってるっすね。少なからず母性が刺激されるっすよ、これは)
そう思いながらミッテルトは少しおどけた様子で湊に話しかける。
「あれ? 違ったっすか? むぅ~、可笑しいっすね~」
明らかにわざとらしい声。生憎湊にはそのわざとらしいという認識が出来ないが。
そしてミッテルトは極上の『悪い』笑みを浮かべて湊に爆弾を放った。
「レイナーレ様はおに~さんのこと、四六時中夢中になって話してるっすからてっきりおに~さんもそうなのかと。何せレイナーレ様はおに~さんのこと、大……」
そこから先、ミッテルトの声は出なかった。
何故なら……。
「ちょ、ちょっと、ミッテルト、何言ってるの!? あぁ、もう、恥ずかしいわ! 蒼崎君、ミッテルトの言ったことは気にしないでね」
顔を恥ずかしさで真っ赤んしたレイナーレが戻って来たからだ。
どうやらミッテルトが言っていたことを途中から聞いていたようだ。
明らかに自分の本心を湊に密告しようとしていたミッテルトの口を慌てて塞ぎにかかった。
ジロリと睨まれているミッテルトは目を逸らしつつもしてやったりと笑った。
これが狙いだと言わんばかりに。
その結果はミッテルトにその言葉を言われた湊を見ればわかるだろう。
顔を真っ赤にして思考の海に入ってしまっていた。
(れ、レイナーレさんが僕のことを気にしてる……それってつまり……いや、早計はいけない。でも……意識して貰えているってことは……嬉しいな)
そんな風に嬉しさを噛み締めている湊だが、いくら何でも本人の前で長時間噛み締めているわけにはいかないと気を取り直す。レイナーレが慌てた様子で顔を真っ赤にしていて、その気配が伝わって来たからそれに対し笑いかけた。
「僕は特に聞いてませんよ。すみません、耳も少し悪くて」
「そ、そう? ならよかったわ」
湊が聞いていないと聞いてホッとするレイナーレ。勿論湊の嘘であり、目が見えない分聴力は優れているのだが、気まずくなりそうな雰囲気を察ししてそうした。
二人の顔が赤いままなのを見てミッテルトがほくそ笑む。彼女の狙いがばっちりと噛み合ったからだ。
そんなミッテルトに気付かず、二人は普通に話し始める。
「すみませんでした、レイナーレさん。ところで、先程言っていた『丁度良い物』って何ですか?」
「あ、そうね。疲れた身体には甘い物がいいから。はい、これ」
レイナーレはそう言って湊に持っていた物を手渡しする。
渡された物の感触と香りから湊はそれが食べ物であることを察した。
「甘い香りがしますね。これはお菓子ですか?」
その声にレイナーレは笑顔でその正解を湊に告げる。
湊の様子から渡した物が初めての物だと分かったから、レイナーレはその初めてを教えてあげられたことが嬉しかった。
「それはね……クレープよ。ここの公園内に良く屋台が来るのよ」
「あぁ、これが噂の。女の子にしか食べられないという……」
別にそんなことはないのだが、男が表立ってクレープを買いに行くのは色々ときついだろう。恋人が一緒ならそうではないが。
湊は学校のクラス内の話からそんな印象を持っていた。女子からは良く話題が出るのに男子からは一切そんな話がでないから。
それを聞いたレイナーレは少し可笑しそうに笑う。
「蒼崎君、それって偏見よ。別にクレープは女子しか食べられないってわけじゃないんだから。ただ、男の子にはハードルが高いんでしょう。周りに男子がいないから気恥ずかしいのね、きっと」
「そうだったんですか。これがクレープ……いただいてもいいですか?」
「えぇ、勿論! はい、ミッテルトも」
「ゴチになるっす」
そして湊は渡されたクレープを一口囓る。
口の中に広がるイチゴの味と生クリームの味を感じ、ほうっと感心した声が漏れた。
「これがクレープ……甘くて美味しいです」
「そう、よかったわ! 蒼崎君が喜んでくれて」
クレープの味に喜んでいる湊を見てレイナーレも嬉しそうに笑う。
(クレープ一つにあんなに喜んで貰えるなんて……蒼崎君……何か可愛いなぁ)
クレープに感動したようで丁寧ながら早めのペースで食べている湊をレイナーレはそう思う。男の子が可愛い物を食べているというギャップにどことなく惹かれた。
湊はそのまま食べていたが、在ることに気付いてレイナーレに問う。
「そういえばレイナーレさんの分はどうしたんですか? レイナーレさんからクレープの香りがしないようなので」
「私の分は買ってないわ。ミッテルトの分で両手が塞がってたから二つしか買わなかったの」
そう答えられ、湊は申し訳無い気持ちになった。
自分は恵んで貰い、レイナーレにないも返せないというのは恥ずかしいことだ。
だからこそ、湊はレイナーレのクレープを差し出した。
「あの、この部分はまだ食べていないので、良かったらどうぞ。食べさしで申し訳無いですけど」
苦笑と恥ずかしさが入り交じった顔でクレープを差し出す湊に、レイナーレは一気に顔が熱くなった。
湊の様子から他意はないだろう。
だが、どう見たってこの状況は一つのクレープを二人で食べさせ合うようにしか見えない。
勿論断ろうとしたが、この千載一遇のチャンスを逃すのもどうかと思い留まり、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら湊に返事を返した。
「じゃ、じゃぁ………いただきます……」
髪をかき上げながらクレープに顔を近づけるレイナーレ。
まるでキスをするかのような感じに更に心臓の鼓動が高鳴る。
そしてレイナーレは遠慮気味に一口だけ囓った。
それは湊が言っていた手の付けていない部分と、少し囓ってしまった部分の丁度間、実質間接キスが成立している場所。
「お、美味しいわね………」
「そうですね。こんなに美味しいんですね、クレープって」
共感が得られたことで喜ぶ湊。レイナーレはドキドキしすぎてクレープの味などわからなかったが、内心は間接キスしてしまったことの興奮と罪悪感で悶えていた。
そんな二人の様子を見て、ミッテルトは初々しさに精神にダメージを負いつつもしてやったりと言った顔をしていた。