意中の相手に狙ってだが食べ物を食べさせることに成功したレイナーレ。
その心は何やら嬉し恥ずかしさで満たされており、とても満足だった。
そしてこんな嬉しいことがこの先のデートでもあるのだろうと胸に期待を膨らませていたわけだが、目の前に現れた部下にして妹分であるミッテルトによってその浮ついた心は途端に落ちた。
「ミッテルト……なんで貴方が此処にいるの。それに、『その言葉』は一体何なのかしら?」
急に声をかけられて戸惑いを見せる湊より先にレイナーレは怒りを込めた声でそう問いかける。まだたまたま人間界に遊びに来ていた所で会ったというのならそれで済ませられる。だが、ミッテルトの声は明らかに湊に向かってかけられていた。
そして隣にこうして一緒に歩いているレイナーレを見逃す訳が無い。
だからこそ、その真意を問う。いくら可愛い妹分の部下であろうとも、前回相談されたことを知ってそんな声をかけてきたのなら、ただでは済まさない。
その問いに対し、先に反応したのはミッテルトでは無く湊だった。
彼は目の前で声をかけてきた女の子だと思われる人がレイナーレと知り合いだと彼女の反応で分かったからだ。それにレイナーレと同じような気配がするだけに同じ堕天使なのだろうと予想も付いた。
「あの、レイナーレさん……この人とお知り合いなんですか?」
「あ、蒼崎君! そ、そうね……わ、私の部下なのよ、堕天使の組織の」
まさか湊から先に聞かれると思わなかったせいで少しばかり驚いてしまうレイナーレ。そんなレイナーレの反応と湊の自分に顔を向けている反応からミッテルトは本当に目が見えないんすねぇ~、と関心したようだ。
レイナーレにそう言われた湊は目の前の女性……ミッテルトの声から幼いと感じたらしく、レイナーレに不思議そうに問いかけた。
「随分と歳若い人なんですね。声が幼い感じですけど、堕天使の組織ってこんな若い人でも入れるんですか?」
「特に年齢制限とかはないのよ、優秀なら若くても入れるの。だからこの子、ミッテルトっていうんだけど、優秀ではあるのよ。優秀では……」
何とも言い辛い顔でそう答えるレイナーレ。そんな彼女の顔は若干ながら赤くなっている。
ミッテルトは優秀だが、別に戦闘能力が凄いというわけではない。
ならば何故、優秀なのかと言われれば……それは彼女に性質によるものだ。
堕天使社会は力社会だが、それ以外にも見られるものがある。
それは如何に人間を堕落させるか。
堕天使は人間を堕落させることに悦びを覚える存在だ。その点において、ミッテルトは類をみない程に人間を堕落させる才能を持っている。
勿体ぶった言い方をしたわけだが、正直に言えば男を堕とすのが得意なのだ。
見た目は13~14歳くらい、美しい金髪に成長途中の幼い顔立ち。レイナーレやカラワーナのようにスタイル抜群というわけではないが、決して悪いわけではない。そして何より、歳不相応の妖しい雰囲気が妙な色気を醸しだし、男なら誰もが魅入ってしまう。そんな純粋な少女と妖艶な女性の両方を兼ね揃えているのが彼女だ。
彼女は人間界に来ては何かと男を『喰らう』。その能力に突出しているからこそ、彼女は優秀なのである。
早い話が歳不相応なまでのビッチであり、可愛い妹分ではあるが湊には会わせたくない部下であった。
そんなミッテルトが湊に声をかけたというのだから、気が気では無いレイナーレ。
そんなレイナーレの様子を察してか、ニヤリと笑うミッテルトは湊に向かって柔らかな笑みを向ける。
「ども、レイナーレ様の部下にして妹分のミッテルトって言うっす。おにーさんが『あの』蒼崎君っすか~。レイナーレ様がよく言って……」
「ちょっ、ミッテルト!?」
ニヤニヤと笑いながら湊にそう言おうとしたミッテルトの口をレイナーレは慌てて塞ごうと声を荒立てる。
流石にこれ以上話されるのはレイナーレにとって非情によろしくない。
意中の相手のことを良く話しているだなんて、そんな恥ずかしいことを湊には知られたくなかったのだ。
それに対し、湊はと言えば特に気にした様子はない。
分かったことは自分の名前をミッテルトが知っているということ。レイナーレの部下だと言う話から何かしら聞いたのかも知れない。
だからこそ、湊はミッテルトに向かってニッコリと微笑みを向けた。
「ご紹介どうもありがとうございます。既に知っているようですが一応……蒼崎 湊です。どうも、よろしくお願いします」
「おぉ、これはこれはご丁寧にっす。おにーさんは凄く誠実っすね」
レイナーレの言い方とミッテルトの反応から歳下だということを理解した湊だが、それでも丁寧に挨拶を返す。
その様子を見たミッテルトは湊に感心すると共にまるで湊を測るかのような目で見つめる。
そしてレイナーレに向かって何か企んでいるような笑顔を向けた。
「せっかくっすから、ウチも少し一緒にいかせてもらうっす。おにーさんのこと、興味湧いたっすから」
「なっ!? ちょっ、ミッテルトッ!!」
急にそんなことを言い出したミッテルト。そんな彼女に対し、レイナーレは慌てて止めようとする。
せっかくのデートだというのに邪魔されてはたまらない。しかもミッテルトはレイナーレが湊のことをどう思ってるのか知ってるはずだ。具体的にその感情を言ったわけでは無いが、それはレイナーレの表情を見れば丸わかり。
だというのに湊にちょっかいをかけてきた。
それがレイナーレに炎の様な怒りを燃やさせる。
勿論そんな事を許すことは出来ない。だが……。
「あはははは、そう言ってもらえるのは光栄ですね。では、行きましょうか」
「えぇッ! 蒼崎君、何で!」
湊がそれを許してしまったことにレイナーレは途端に反応した。
せっかくの二人っきりなのに何故そんなことを言うのか?
(も、もしかして……やっぱり私と一緒なのがつまらなかったのかしら……だからミッテルトの話を聞き入れちゃったのかな……)
内心のショックが隠しきれず暗い表情になってしまうレイナーレ。
一緒のデートを楽しんでいたのは自分だけだったのか。湊は本当は楽しくなかったんじゃないかと、そう思ったのだ。だからミッテルトの方に気が向いてしまったと。
その表情に目が見えない湊では気付かない。だが、レイナーレから感じる雰囲気から彼女が暗くなってしまっていることはわかった。
だからこそ、次の瞬間にはレイナーレの表情が晴れるようなことを言った。
「ミッテルトさんはレイナーレさんの部下で妹さんのように可愛がっているんでしょう。だったら一緒に行っても問題無いじゃないですか。それに……ミッテルトさんからもレイナーレさんのこと、もっと聞きたいですしね。身内の方からのお話というのは、それはそれで気になりますし………」
「蒼崎君………」
途端に表情が晴れるレイナーレ。
この発言からはっきりとしていることは、決してレイナーレとのこのデートがつまらなかったということではない。レイナーレの身近な人と会ったことで、よりレイナーレのことを知ろうとしているということ。
それが分かったからこそ、途端に嬉しくなってしまうレイナーレ。
(そんな風に思ってくれてたんだ、蒼崎君……なんか……嬉しいな……)
レイナーレの表情と笑顔の湊。
そんな二人を見て少しばかり頬を膨らませたミッテルトは、湊の空いているもう片方の腕に飛び込んだ。
「んじゃ、レッツゴーっす!」
そう言いながら湊の腕に身体を密着させるミッテルト。
湊の腕は服越しとはいえ胸を押しつけられ、弾力のある柔らかさが腕から伝わって来た。
更に上目使いで湊を見上げる。それにより、少女らしい可愛らしさが溢れ出す。
こんな美少女にくっつかれたら男なら何もしないなんて考えられないだろう。
可愛らしく、それで何気ない仕草で胸を擦りつける。その男を刺激して止まない行動を同じ堕天使であるレイナーレは見逃さなかった。
「っ!?(ミッテルトったら、蒼崎君になんてことしてるの!)」
その顔はミッテルトの大胆な行動に真っ赤になっている。同じ女として、そんな行動をレイナーレは取ることなど出来ない。
だが、それでも……負ける訳にはいかないと闘志が燃え上がった。
(このままじゃ………蒼崎君を取られちゃう! そんなのは……絶対に嫌!!)
それも湊相手にやっていることなど、断じて許せるものではない。
だからこそ、レイナーレは羞恥よりも対抗心を取った。
「それじゃあ……ミッテルトも一緒に行きましょうか。ね、蒼崎君!」
そう言いながらレイナーレも湊に身体を押しつけた。
ミッテルトとは比べものにならないサイズの大きな胸が湊の腕を谷間へと誘う。
そしてより密着した事により香ったレイナーレの香り……所謂洗髪剤の香りが湊の鼻腔をくすぐり、途端に顔を真っ赤にさせた。
「れ、レイナーレさん、その、くっつきすぎなんじゃ……」
「べ、別にいいの! これからもっと人も増えてきて混雑すると思うから、これなら絶対にはぐれないと思うし」
腕から伝わるマシュマロのような感触とレイナーレから香る香りで湊は自分がどのような状況なのかを理解し、顔をトマトのように真っ赤にした。
レイナーレの顔も湊に負けず劣らずに赤く、近くで見ていたミッテルトは二人の初々しさの怖気だった。堕天使なのに妙に純粋なレイナーレはミッテルトのような心の穢れた堕天使には少しばかりきつい。
そのまま二人に引き摺られるように歩き出す湊。彼の精神は色々と大変なことになったが、そのことをレイナーレは気にかけている余裕はなかった。
湊に聞こえない様に小声で、レイナーレはミッテルトに言った。
『貴方が何の思惑で蒼崎君にちょっかいをかけてきたのかはわからないけど、絶対に負けないから! それと……帰ったら覚えてらっしゃい。お仕置きするからね』
それを聞いて若干顔を引きつらせるミッテルト。
だが、それでもニヤリと笑みを返すと、湊に笑いかけながら歩き始めた。
こうして傍から見たら両手に花の状態の湊だが、腕に抱きつく二人はそんなことを気にしている様子は無く、レイナーレはミッテルトに負けまいと必死だった。
(まさかからかうだけだったんすけどね~……でも、この蒼崎君も結構中々、悪くはなさそうっすね。しっかし……これだけ互いに意識し合ってるのに気付かないなんて………まぁ、だからこそ、ウチが刺激してあげるんすけどね)
こうして二人のデートは三人となった。