二人とも初めてのデートに緊張しつつ歩いて行く。
特にレイナーレはいつもよりも積極的に湊と接し、その手を引いて彼をリードする。
その手は恋人が繋ぐにしては離れていて、手を引いていくだけにしては近い距離。実に曖昧な距離だが、それでも繋がれた手はお互いを思って優しく握り合っており、その感触を感じてレイナーレは顔を赤くする。それは勿論湊も同じであり、互いの顔は緊張と気恥ずかしさで赤く染まっていた。
どうにも曖昧な二人の距離。だが、それでもレイナーレにとってこの手を繋ぐのは嬉しかった。彼女にとって、命一杯の勇気を出して手に入れた貴重な体験だから。
彼女はその浮かれた気持ちを悟られないように心がけつつも、にやけそうになる頬を引き締めて湊に話しかける。
「今日は蒼崎君に楽しんで貰えるような所を案内するから。だから、楽しみにしておいてね」
「はい」
レイナーレは湊に向かって微笑みかけると、湊もレイナーレに笑いかける。
その笑みを見てレイナーレは心の中でより意欲を燃やす。
(今日は頑張って蒼崎君に楽しんで貰わなくちゃ! 頑張るわよ~!)
そしてレイナーレに手を引かれながら、湊は町へと繰り出していった。
遂に始めるデートだが、ここで普通のデートとは違うことを言っておこう。
何せ湊は目が見えない。それが如何にデートの障害になることかをまず説明しよう。
まずデートにおけるウィンドウショッピングから。
これはデートにおける定番であり、所謂商品を見て気に入ったら買うといったことを何件も行きながら行うことだ。気に入るというのは使い勝手は勿論、何よりもそれを付ける者が似合うかどうか。普通ならそれは見れば分かるものだが、湊に限ってはそうではない。
彼は目が見えないので商品がどのような色形をしているのか分からないのだ。
だからこそ、彼にはウィンドウショッピングは向かない。デートにおいてこれが出来ないのは少し勿体ないと思うレイナーレだが、そればかりはどうしようもないので諦める。
次に娯楽。
よくレイナーレは人間界に来た際に遊んでいくのがゲームセンターなのだが、当然これも湊は殆ど楽しめない。目が見えないと画面で何が行われているのか分からないからだ。ボタンの配置などを覚えて音ゲーなどなら湊でも出来そうだが、それをするには時間が足りなさすぎる。
それに湊自身穏やかな性格だ。あまり騒がしいところは好まないかも知れない。
故にデートにおける重要な部分である二つが出来ないこのデート。
そこでレイナーレはカラワーナと相談した結果、湊が楽しめる所を紹介することにした。
「まずはここね」
レイナーレが湊に向かってそう良いながら止まる。
そう言われ湊は何処に止まったのか気になり早速レイナーレに問う。
「レイナーレさん、ここはどんなところですか?」
その質問は期待に胸を膨らませた声だった。
まったく不安など感じず、レイナーレのことを信頼しているからこそでる声。
それを聞いてレイナーレは嬉しくて笑いながら湊に答えた。
「ここはね………CDショップよ!」
レイナーレが最初に湊を連れてきたのは所謂ミュージックショップ。音楽を取り扱う店であり、数多くのCDや音楽商品を取り扱っている。
冥界ではまず有り得ない店なだけに、当時初めて来た時の彼女はとても感動した。
何故ここなのかと言えば……。
「ここなら蒼崎君も一緒に楽しめるでしょ」
「あ、ありがとうございます」
目が見えない湊でも、耳は聞こえるからだ。
これがレイナーレ達が出した答えの一つ。これなら目が見えない湊でも楽しめる。
音楽は数多くあり、貴賤は無い。ある意味において、音楽こそ全ての人に平等なのかも知れない。
だからこそ、湊でも楽しめるようにとここを紹介したのだ。
そしてレイナーレは湊を連れて店内に入っていく。
周りには様々な音楽を修めたCDが置かれており、そこから一つレイナーレは気に入っているアイドルの曲を取り出すと試聴用の機械にかける。
セットされた機械はヘッドセット越しに軽やかな音楽を奏で始め、それを聞いたレイナーレは微笑みながら湊の手を軽く引く。
「これ、私が人間界に来て初めて聞いた曲なの。凄く綺麗な曲で気に入っちゃって……だから蒼崎君にも聞いて貰いたくて」
レイナーレはそう言いながらヘッドセットを湊に渡す。
それを受け取った湊は手でその形を確認しつつヘッドセットを着け、そしてレイナーレが勧めた音楽に耳を傾けた。
これは彼女が初めて人間界に来たときに聞いた音楽。街中の放送で流れていただけのCMソングだったが、それでも彼女にとっては感動物だった。冥界ではまず聞けない美しい音楽であり、それに素直に感動した。
何故勧めたかと言えば、それは少しでも自分の事を知って貰いたいという乙女心。意中の相手に自分がどのような物が好きなのかを知って貰いたいから。そしてまた、湊がどんな物を好きなのか知りたいから。
だからこそ、自分の事を知って貰いたいと思いながらレイナーレは湊にこれを勧めたのだ。
その間音楽に集中する湊。その横顔をレイナーレはじっと見つめる。
(とても集中してるのかな? 何だか夢中になってるみたいだけど……蒼崎君の顔ってこうして見ると……可愛いかも……)
勧められた音楽を集中して聴く湊の横顔。それはリラックスしたような感じであり、湊の無邪気な感じがより前に出ていた。寝顔に近いとさえ言えるだろう。それがレイナーレには可愛く見えて、もっと見続けたくなった。
そして湊は少しした後にヘッドセットを外すと、レイナーレに向けて嬉しそうな笑顔を向けた。
「とても素敵な曲ですね。何だか聞いててワクワクしてくる気分になりました。レイナーレさんはこういう音楽が好きなんですね。何だか……」
そこで言葉を切った湊は途端に顔を赤くしつつ言い辛そうにする。
それが気になり、レイナーレは湊に少し心配した顔で聞く。
「何かあったの? もしかして変だったとか!」
自分が勧めた音楽が何か可笑しかったのかと思い不安が顔に表れるレイナーレ。それに対し、湊は慌てた様子でレイナーレに答えた。
「いえ、そうじゃなくて……その……凄く女の子っぽいって思って……可愛いなって……」
「そ、そう……なんだ……(改めてそう言われると嬉しいけど、やっぱり……恥ずかしいぃ……)」
急にそんな事を言われて恥ずかしがるレイナーレ。
意中の相手に可愛いと言われることは、恋する少女にとって殺し文句だ。
嬉しさのあまりに心の中でテンションを上げまくりキャーキャーと騒ぎ立てるレイナーレ。だが、そんな所を湊に気付かれてみっともない所を察せられるわけにはいかなかったので、何度か押しとどめる。
その代わりに口元がにやけてしまってどうしようも無い。
そんなレイナーレに湊は少し心配になったのか話しかけると、レイナーレは真っ赤な顔のまま大丈夫だと言って顔ほ引き締めようとする。
だが、それでも先程言われたことが頭の中で何度も繰り返し再生されるのが止められない。仕方なく、レイナーレは真っ赤な顔のまま湊に話しかけた。
「そ、そうだわ、蒼崎君はどんな音楽が好きなの!」
何とか普通に出そうとして少し引きつる声。それを恥ずかしく思いながらレイナーレは湊に問う。
急に問われた湊は少し困ったような顔をしながら答える。
「そう言われると困っちゃいますね。僕はあまり音楽を聴かない物ですから、好みと言えるほどの物はないんですよ。あ、でも静かな音楽とか自然の音とかは好きですよ」
そこで切った後、湊は少しばかり口をもごもごとさせた後に顔を真っ赤にしながらレイナーレに言った。
「それに……レイナーレさんが勧めてくれた音楽は……す、好きになりました……」
「そ、そう言ってくれると、嬉しいわ……(うぅ~、押さえろ、私! 告白されたわけじゃないんだから! でも、うわぁ~~~~~~!)」
お互いに真っ赤になる二人。
その様子は周りに居た客の目も惹き、何やら微笑ましいような、青臭いような、そんな何とも言えない気持ちに皆をさせた。
その視線に気付き、レイナーレは湊の手を優しく引きつつ早足で出口へと向かい始める。
「つ、次にいきましょうか! まだまだ蒼崎君には一杯案内したいところがあるし」
「え、ええ……」
互いに真っ赤になったまま、二人は更に町の中へと入っていった。
そんな二人を気付かれない様かなり離れた距離から見つめる影が二人。
「むぅ、何という青臭さ! 身悶えして虫唾が走りそうになるくらいの凄まじさだぞ。それにアレは本当にレイナーレ様なのか。いつもとまったく違う様子では無いか」
「そう言うな、ドーナシーク。アレがレイナーレ様の素だというのは貴様も分かっているだろう。と言うかだ……何で貴様もいる! 私はレイナーレ様の相談に乗った者として、レイナーレ様のこのデートを見守る義務がある。だが貴様はただの出歯亀ではないのか?」
湊の察知能力を気にして更に距離を取ったカラワーナ。彼女はレイナーレがデートに出掛けると共に、彼女達に気付かれない様に尾行を始めた。何せ妹のようにも思っている上司の初めてのデートだ。一緒にプランを練った身としては気になって仕方ないのである。だからこそ、二人を遠くから見守ろうと思いこうしている。ちなみに大学は今日休みだ。
それに対し、呼んだわけでも無く気が付けば一緒にレイナーレを見ているドーナシーク。
一体いつの間に居たのかは分からないが、上司のデートを覗いているなんてストーキングを働いている同僚にカラワーナはきつい視線を向ける。
それに対し、ドーナシークは普通に説明し始めた。
「私もさっきまでデートをしていたのだよ、麗しき熟女の渚さんとな。あぁ、ベットの上で跳ね上がる彼女の大きな胸を揉み上げながら突き上げるあの快楽、思い出しただけでも再び滾ってきた。この後は静恵さんとランチを過ごす予定なのだが、その移動の最中に見かけたのでついな。まだ時間はあるし、私も気になるのでな。だが、この滾りはどうすれば良い事やら。静恵さんは激しいのは得意ではないようだし……」
堂々と朝帰りをした上に更にこれからデートするというドーナシーク。
その如何にも卑猥な話にレイナーレの次にある意味純情なカラワーナは顔を真っ赤にして光の槍を生成。そのままドーナシークに向かって全力で投げつけた。
「このっ! 朝っぱらからナニをしてるんだ、この変態!」
飛んで来た光の槍をさっと躱しつつ呆れた様子で話しかける。
「何をそんな純情ぶらなくてもよいものを……貴様も私と同じような立派な趣味があるではないか、このショタコン」
「私のは『まだ妄想』だ! 貴様のように実行に移してなどいない! 寧ろ、よくも私にそんなことを聞かせたな、このド変態がッ!!」
「よくもあんなガキに欲情できるものだ。私には理解出来んよ」
「子供達は純粋なんだ! 貴様みたいに穢れきっていない。その美しさを理解出来ない貴様は心の底から穢れきっている!」
「堕天使なのだから当然であろう」
「五月蠅い、上手いことを言えなんて言ってない!」
レイナーレの動向を見守りつつ騒ぐ二人。
そんな二人だが、同時にあるものに気が付いた。
それはレイナーレと湊の後をばれないようにコソコソとついて行くゴスロリ服を着た少女。
それは彼等にとって同僚である少女であった。
「何故ミッテルトがあの二人を……?」
「大方人間界で漁りにでも来たのだろうが……それにしては行動が機敏だな。気配もあまり感じさせないように力を極力抑えている」
一番同僚の中で歳下の彼女がレイナーレ達を尾けている。
それが凄く、この二人には不安に見えた。
何せ……レイナーレの部下の内、一番性が乱れているのは間違いなく彼女だから。
そんな彼女があの二人に近づいているというのは、不安以外何も無い。
だからこそ、二人は更にレイナーレの尾行、もとい見守ること続行した。