唐突と言う程では無いが、レイナーレは湊にデートの約束を取り付けた。
それはデートというにはあまりにも微笑ましい物なのかも知れない。それに少し可笑しいとさえ言われるだろう。
何せ彼女よりも長くこの町に住んでいる湊にレイナーレが町のことを案内するというのだから。
傍から聞けば馬鹿馬鹿しい話。だが、それでも彼女にとっては大きな一歩だった。
気になる初めての異性とのデート。本音で言えば寧ろ誘って貰いたいところだが、それを湊に求めるのは酷という物だろう。何せ自分のことだけでも手一杯なのだから。
だが、それでもレイナーレはドキドキして仕方なかった。
冥界に戻り次第カラワーナに興奮しながら相談しに行き、デートプランを一緒に頭を捻りながら考えたりした。その時のレイナーレときたら、不安と期待と興奮が入り交じり、常に顔を赤く染めながらも一生懸命考えていた。そんな上司の姿にカラワーナは微笑ましく感じながらも相談に乗り、彼女の持つ知識を動員して一緒に考えて上げた。
その様子を見て何やらよろしくない事を考えている者がいることに気付かないままに……。
デート当日になり、湊は胸に期待を抱きながらベンチに座っていた。
待ち合わせとして決められたのはいつもレイナーレと会っているこの自販機の前のベンチ。
ここが湊とレイナーレにとってもっとも待ち合わせにふさわしい。
と言うよりも、二人にとって此処以外に接点が無いのだ。だからこそ、此処以外に選べる場所がなかった。
だが、それもこれからもっとレイナーレと一緒に居れば、自ずとそういった場所も増えていくだろう。
今日がその第一歩だ。湊もまた、レイナーレ同様に緊張していた。
これは彼にとっても初めての異性とのデート。それまでそんな事は夢物語のようなことだと思っていただけに、直に自分の事だと思うと緊張せずには居られなかった。
そして緊張しつつ家を出る前に恰好を気にするも、彼は自分が着ている服がどのようなものか良く分かっていないのでどうしようもなかった。
目が見えないので色などがまったく分からない。手触りなどでデザインやサイズなんかは分かるが、自分に似合っているかなど分からないのだ。湊は目が見えなくなってから今まで、自分の姿を見ていないから。
だからこそ、湊はレイナーレに変な恰好を見せられないと彼なりに頑張った。
結果、ジーパンにシャツと薄手のジャケットとという年相応の恰好になっている。
「変な恰好だって思われないといいけど、大丈夫かな……」
心配しつつもレイナーレが来るのを彼は待つことにした。
どちらにしろ、重要なのは彼女と一緒にいることだから。変なら変で話のネタになるだろうと開き直りながら。
そして待つこと15分後、緊張している湊に待ち望んでいた声がかけられた。
「ご、ごめんなさい、蒼崎君! 待った?」
「いいえ、今来ばかりですよ」
まるで漫画に出てきそうな挨拶。
それを聞いてレイナーレはよりこれがデートであることを意識してしまう。
そんな彼女は湊同様に勿論、オシャレをしている。
黒いミニのワンピースに薄桃色のボレロ、そして小さなバックを提げている。
顔は薄く化粧をしてあり、年相応の魅力に溢れていて十人の男が見れば全員が振り返るくらい可愛らしい美少女となっていた。
それも全て、今日のデートのため。いくら湊の目が見えないからと言っても、やはり初デートなのだからきちんとオシャレして行いたかったのだ。
そんなわけでレイナーレは緊張した様子で湊を見る。湊もレイナーレの方に顔を向けて笑うが、緊張してどこかぎこちなかった。
「「あ、あの…」」
緊張のあまりどう話を切り出してよいのか分からずに声が重なる二人。
重なったせいでより意識してしまい、顔が二人とも赤くなっていく。
そして互いにどうぞと譲り合うのだが、それがどちらに決まることも無い。自分から先に折れることにして湊は先にレイナーレに話を振ることにした。
「あの……この服装、似合ってますか? 正直色とかが分からないので自分に合ってるのかどうか分からないんですよ。こんな大切な日にレイナーレさんにみっともない姿は見せたくなくて。だから似合ってなかったら正直に言って欲しいんです。僕はそういうセンスは無いと思うので」
気恥ずかしがりながらそう聞く湊に、レイナーレは寧ろ少し興奮した様子で答えた。
「ううん、そんなことない。蒼崎君、とっても似合ってるわよ。その……格好いいと思う……」
「そ、そうですか……レイナーレさんにそう言ってもらえるなら、よかったです……」
互いに真っ赤になりつつも、何処か嬉しくて顔がにやつきそうになる。それを見られたくなくて、湊は気を持ち直しつつ、今度は彼女に謝った。
「こんなに嬉しいことを言ってもらえたのに、僕は貴方の服装を褒めるころが出来なくてすみません。でも、きっとレイナーレさんに似合ってるんだと思います。だってこんなに可愛らしい人なら、どんな服だって似合うと思いますから……」
謝りながら素直にそう言う湊。
そんな湊の素直な言葉にレイナーレは顔から湯気が出るんじゃないかというくらい真っ赤になりつつ、先程の言葉を脳内で反芻していた。
湊がレイナーレをどのように見ているかが分かり、それ故に彼女は嬉しさのあまり恥ずかしく思いつつも内心でガッツポーズを決める。
(見て貰ってないのに褒められるのはちょっとアレだけど……蒼崎君、そんな風に私のこと見てくれてたんだ……嬉しいなぁ……)
お互いにそんな雰囲気が伝播したのか、初々しい雰囲気を醸し始める二人。
気まずいけど嬉しいような、恥ずかしいけど何故か楽しいような。そんな雰囲気が辺りを満たし始める。きっとこの光景を見ていた者がいたら、きっと二人の初々しい青臭さに身悶えていたかもしれない。それが心が汚れている者ならなおさらに。
堕天使なのにこうも純粋というのはどうなんだ、などと突っ込んではいけない。恋する乙女にとって意中の相手と一緒に居る時間は種族問わずに純粋なのだから。
だが、いつまでもこうしては居られない。
二人はそう思いながらベンチから立ち上がる。
そして湊は杖を使おうとするが、その手はレイナーレによって遮られた。
「今日は私が蒼崎君のエスコートをするわ。私が案内するんだからそれぐらいはしないと。それに……」
そこで湊には見えないだろうが、レイナーレは凄く顔を真っ赤にして瞳を潤ませながら意を決して湊の手を掴んだ。
そして自分の方にたぐり寄せるようにして優しく湊の手を握る。
「こ、これならもっと一緒に歩けるし、それに……はぐれないでしょ」
「ッ!? …………そ、そうですね…………」
お互いに顔を真っ赤にしながら、二人にとって『初めて』のデートが始まった。